中松義郎

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中松義郎
(なかまつ よしろう)
Nakamatsu.jpg
中松義郎(2010年5月)
生誕 (1928-06-26) 1928年6月26日(89歳)
日本の旗 日本東京府
国籍 日本の旗 日本
別名 ドクター中松
教育 東京大学工学部卒業(1953年)
子供 中松義成(シンガーソングライター)
中松芳野(母親)
業績
受賞歴 イグノーベル賞(栄養学賞)(2005年)

中松 義郎(なかまつ よしろう、通称: ドクター中松、英語表記: Dr. NakaMats 1928年昭和3年)6月26日[1][2] - )は、日本発明家実業家である。「ドクター中松創研」代表取締役、日本文化振興会第10代会長、現副総裁[注 1][3]、国際発明協会および世界天才会議の主宰者[4]東京都知事選挙に繰り返し出馬するなどのパフォーマンスで注目を集め、タレントとしてテレビに出演するようになった[5]。2010年にはマルタ騎士団からサーの称号を授与されたと主張しており[6]アパグループなどでは「サー中松義郎博士」と呼称しているが[7]、マルタ騎士団からは否定されている[8]ドクター中松とよばれているが、彼が保有する学位学士であり、博士(ドクター)ではない。

略歴[編集]

生い立ち[編集]

東京府(現在の東京都渋谷区)出身[9]。母親は東京女子高等師範学校(現:お茶の水女子大学)を卒業した教師であった[10]。学校は、初め麹町小学校越境通学した後、東京・原宿の自宅から至近の青山師範学校付属小学校(現:東京学芸大学附属世田谷小学校)に4年生から編入した[10]

その後は旧制:麻布中学校海軍兵学校舞鶴分校[11]、旧制:成城高等学校理科甲類(現:成城大学)。1953年(昭和28年)[12]東京大学工学部を卒業した[2][13]。卒業後は三井物産に就職した[2][13]。ヘリコプターの営業に携わり、この際にヘリコプターによる農薬散布を発案したという。

1959年(昭和34年)、イ・アイ・イに入社、専務副社長を歴任した。1971年(昭和46年)、同社社長との対立から独立した中松はナコー(現在のドクター中松創研)を設立、自らの研究開発の拠点とした。

発明家として[編集]

「送電線架設装置」を発明した中松義郎(1950年代)

これまでの発明件数は3,000件以上であり、トーマス・エジソンの1,093件を上回り世界一だとしている[1]。しかし、エジソンの発明が1,093件というのはアメリカ国内で取得した特許の件数であるが、中松による日本国内での特許取得件数は1991年時点で193件であり、中松の「3000件以上」という数字には特許を取得していない「発明」が多数含まれている[14]。また、特許取得件数のギネス世界記録では工学博士の山崎舜平が2004年に3,245件の特許を取得したとして世界一に認定(2011年には6,314件で再認定)されており、中松を大きく上回っている。

1980年(昭和55年)から1993年(平成5年)にかけては「発明件数2,360件」と主張していたが、『宝島30』1993年(平成5年)11月号に掲載された記事『「ドクター中松」という珍発明』(松沢呉一)において発明件数が10年以上も全く変化していないことを指摘[15]されて以降は、現在の「3,000件以上」という主張となった[14]

私生活[編集]

家族は妻と2男1女。座右の銘は「撰難楽」(“せんなんらく”。愚か者は楽な道を、天才は困難な道を選ぶという意味)。趣味・特技はカメラ、ピアノ、ダンス[16]

尊敬する人は101歳で死去した母であり、東京都知事選への出馬を促したのも母であったという[17][18]

野球などのスポーツに造詣が深く、1990年(平成2年)には日本人として初めてメジャーリーグ球団ピッツバーグ・パイレーツの始球式を行っている[19]

君が代」をコンピュータで行進曲調にアレンジし、歌詞は原曲の通りに自身で吹き込んだシングルCDを発売したことがある[20]

20歳の頃にセックスをすると頭が悪くなるとも主張しており、自身も24歳までセックスをしていなかったという[21]

政治活動[編集]

1991年東京都知事選挙に無所属で立候補、“21世紀の地球都市を発明する”の基本政策を掲げ、自作のジャンピングシューズ(ピョンピョンシューズ又はフライングシューズ)を履いたパフォーマンスを行った[5]。結果はわずか2万7,145票で惨敗ではあったが、その一方でバラエティー番組に「奇抜な発明家」として登場する機会も増え、一躍有名人になった[5]

翌1992年(平成4年)の参院選には比例区に政党「発明政治」を率いて出馬したが落選した[5]

また、1995年東京都知事選挙に立候補を表明するも[22]、告示前に断念し[23]上田哲候補の応援に回っている[24]

2003年(平成15年)の都知事選では、会見で「ドクター中松ディフェンス (DND)」という発明品で、「ミサイル攻撃を防止できる装置の発明で、首都を、そして都民をこのミサイル攻撃から救う」「北朝鮮のミサイルをUターンさせられる」などと発表した[5]

2005年(平成17年)のインタビューで「元来、政治家は国のために働くもの。『国のため』という気概をどの程度が持っているかが重要なポイントだ」と政治家には愛国心が必要であると訴えた[25]

2007年(平成19年)、第21回参議院選挙に立候補した際に発表した「ドクター・中松ドクトリン」には、「私にしか出来ない最先端の発明が日本のためになる」「官僚はよく働く者のみなし数を1/2にする」「現行憲法は存在しない。現行憲法の名称は大日本帝国憲法の昭和二十一年改正であるべきである」等記載されていた。2013年(平成25年)に「真の近現代史観」懸賞論文で佳作を受賞した論文「日本は負けていない」でも同様の主張を行っている[26]

2011年(平成23年)の都知事選に無所属で出馬した時には記者会見で、当選しない場合はあと10回以上選挙に挑戦し続けると宣言した[27]。また80代の年齢で都知事の激務に耐えられるかを尋ねられ、筋トレで身体を鍛えているため80歳時点で50トンの重り(キログラムの誤記ではない)を持ち上げることができ、体力に問題はないと答えた[28]

2012年(平成24年)の都知事選では、届け出名をそれまでの「ドクター」から本名に変えたが、これは橋下徹が「『カタカナ名前はふざけている』と言ったらしい」というのが理由であるという[29]

2013年(平成25年)、第23回参議院選挙を前に小林興起が設立した政治団体つばさ日本の最高顧問に就任し、公認候補として比例区から出馬すると発表[30]。しかしその後つばさ日本が候補者の選定などに難航し、同選挙への候補者擁立見送りを発表する[31]と、無所属で東京都選挙区から立候補すると発表した[32]。届け出名については前回に続き本名の「中松義郎」で届け出るとしており、理由については「偽物の博士が多くなった。一緒にされては困る。」と語った[33]

選挙 選挙区 政党 得票 惜敗率 順位 名義
1991年 東京都知事選 無所属 27,145 1.18% 7/16 中松義郎
1992年 第16回参院選 比例区 発明政治 139,728[注 2] 中松義郎[34]
1993年 第40回衆院選 旧東京3区 新自民党 13,965 21.66% 8/10 中松義郎
1995年 第17回参院選 東京都選挙区 無所属 101,547 23.30% 8/72 中松義郎
1999年 東京都知事選 無所属 100,123 6.01% 7/19 ドクター・中松[35]
2001年 第19回参院選 比例区 自由連合 36,076 ドクター・中松[36]
2003年 東京都知事選 無所属 109,091 3.53% 4/5 ドクター・中松[37]
2007年 東京都知事選 無所属 85,946 3.06% 5/14 ドクター・中松[38]
2007年 第21回参院選 東京都選挙区 無所属 92,512 13.53% 10/20 ドクター・中松[39]
2009年 第45回衆院選 比例東京ブロック 幸福実現党 35,667[注 3] 7/9 ドクター・中松[40]
2010年 第22回参院選 比例区 幸福実現党 38,242 ドクター・中松[41]
2011年 東京都知事選 無所属 48,672 1.86% 5/11 ドクター・中松[42]
2012年 東京都知事選 無所属 129,406 2.98% 5/9 中松義郎[43]
2013年 第23回参院選 東京都選挙区 無所属 48,362 7.90% 12/20 中松義郎[44]
2014年 東京都知事選 無所属 64,774 3.07% 6/16 ドクター・中松[45]
2014年 第47回衆院選 東京5区 無所属 12,777 12.47% 5/5 ドクター・中松[46]

政策[編集]

  • 外国人参政権に、明確に反対。本人は「当然」とツイート[47]
  • 2003年のアンケートでは、選択的夫婦別姓制度導入に賛同していた[48]。一方2014年の朝日新聞のアンケートでは反対としている[49]

幸福実現党名義での出馬[編集]

2009年(平成21年)7月、宗教法人幸福の科学を母体とする幸福実現党に招聘されて同党特別代表に就任し、2011年(平成23年)2月28日の退任まで務めた。中松は幸福の科学の会員ではないものの[50][51]第45回衆議院議員総選挙(2009年)には同党の比例代表東京ブロックに立候補して落選している[52]第22回参議院議員通常選挙(2010年)も同党から立候補するも落選[41]。その後は同党と一線を画し、無所属で立候補している。

発明品[編集]

灯油ポンプ
1942年(昭和17年)、中松が中学生の頃に母親が醤油を瓶に移し替えるのに苦労しているのを見て発明した「醤油チュルチュル」が現在の灯油ポンプとなったと主張している。これは1949年(昭和24年)に「サイフォン」として実用新案登録されているが、スプリングが必要な点で現在普及してる灯油ポンプとは構造が違う。ちなみに家庭用手動式石油ポンプは1950年代に、現在のプラスチック製のものは1970年代に普及したようである。(ポンプにスポイトを付けると言う特許は1907年(明治40年)に特許第13297号として登録されている)
頭に良い物質を適当に配合したことを特徴とする食品
特許出願では、「頭が良くなる根拠が不明である」との理由で不採用となっている。その他「頭に良い〜」シリーズの「発明」は膨大ながら、特許を得ているものはない。
原子力除雪装置
除雪車に搭載された原子炉の炉心に直接雪を送り込み、その熱で雪を溶かして一次冷却水にするというもの。ただし、放射性物質に汚染された排水の処理の仕方が明記されていないとの理由から特許としては不採用となっている[53]
ドクター中松エンジン
“宇宙エネルギー”[注 4]によって動作すると言われる原動機。実際には太陽電池と同じく電磁波をエネルギーに換えるものであり、もしくはラジオメーターラジオメーター効果)とも解釈される[注 5]
ハイドロジェン・オン・デマンド (HOD)
燃料電池用の水素の精製法の一つで、水素化ホウ素ナトリウムを混ぜて金属触媒によって水素を取り出す技術。2006年(平成18年)に中松が発明して特許を取得したとされるが、該当する特許は確認できない。この技術自体は以前から各所で研究されており、「HYDROGEN ON DEMAND」という名称もアメリカで2004年に登録されたMillennium Cell, Inc.の商標(登録2900094)。
この発明に、環境技術に関する映画を企画していた米国の製作会社「ダークホース・エンターテインメント」が注目、中松を主題としたドキュメンタリー映画「マスター・オブ・イノベーション〜ドクターナカマツ・ストーリー」の制作を2007年1月に発表した。制作発表ではこれは日本人として史上初の「個人」が扱われるハリウッド映画であり、年内に米国と日本で公開するとしていた[54]
フライングシューズ(ピョンピョンシューズ)
底が板バネになっており、ピョンピョンと高くジャンプできる靴。中松の代名詞的発明であり、テレビ出演時にこれを履いて登場することが多い。このまま旅客機に乗り込もうとして、ピョンピョン跳ねた勢いで天井に頭をぶつけてしまい「頭が悪くなったらどうしてくれる!」と怒鳴ったというエピソードを持つ。
ラブジェット
中松が発明した「セックス方程式」に基づいて開発された性感度が3倍になるとされる香水。男女共用で若返り効果もあるとしている。
ドクター中松パター
ゴルフクラブのパター。一般的なクラブよりグリップが太く短く、普通は右利き用の場合で右手の方がヘッドに近い位置を握るのに対し、両手で同じ位置を握る。
スマ手 (Smarte)
スマートフォンを固定できるポケットが付いた左手用グローブで、常に左手甲にスマートフォンを固定することで、使用時に取り出す手間が省け、置き忘れ防止効果があるとしている。2012年(平成24年)6月に84歳記念の発明品として発表し、ドクター中松公式サイトで市販を開始。国内スマートフォンユーザーの8割を販売目標としている[55]
ウデンワ
なお、中松は2003年(平成15年)にも既存の携帯電話を左手にベルトで固定する「ウデンワ」という類似の発明を発表している。

フロッピーディスク[編集]

1970年にIBMが開発したフロッピーディスクを、中松は1985年頃から[注 6]、自分の発明であると主張している[56]。中松が1985年(昭和60年)に配付したとされる資料では[57]、1947年(昭和22年)の東大在学中に「シートに面積型に記録する媒体」とその再生を行うドライブの着想を抱き、1948年(昭和23年)に特許を出願し、1950年(昭和25年)に完成させ、1952年(昭和27年)に特許が認められ、その製品化で1956年(昭和31年)に三井物産の株が上がったとしている[58]。また中松は1979年(昭和54年)にパテント契約をIBMと締結したとして、フロッピーディスクは中松の発明によるものだとしている[58]

実際にはIBMの特許は日米ともに審査を経て認められており[59]、中松の主張に対しIBMの担当者は、「IBMはいくつかの特許使用契約を中松から得たことがあるが、それはフロッピーディスクのものではなく、フロッピーディスクはIBMが独自に開発したものである」と述べている[60]

”フロッピー(ぺらぺら)媒体”である重色レコードの動作図。色分けされた二つの波形が記録されているので、往路と復路で異なる音声を再生することができる。

中松はフロッピーディスクのパテントを主張する一方で具体的な特許番号を明かしていないが、中松の主張にある「1948年(昭和23年)に特許出願して、1952年(昭和27年)に登録されたフロッピー媒体」[58]と時期が重なる特許に「重色レコード」(特公昭27-001322)[61]および「積紙式完全自動連奏蓄音器」(特公昭27-002166)[62]の2つがある。重色レコードは音の波形が段状に記録(印刷)された紙であり、積紙式完全自動連奏蓄音器は重色レコードの波形を光学的に読み取って音を再生するので(オプティカル・サウンド参照)「シートに面積型に記録再生する媒体とドライブ」ではあるが、フロッピーディスクの特許に抵触する様な内容ではない。 磁性体に円弧形に音声を記録する、よりフロッピーディスクに近いものは星野やすしが開発して「シンクロリーダー」としてキヤノンから1958年に製品化されており、その際に中松の特許が注目された事で当時中松が勤務しており、後の三井物産となる第一物産の株価が急騰したと見られている[63][注 7]。なお重色レコードの特許は料金未納で既に権利が消滅していた事が後日判明している[64]。その後シンクロリーダーの機能を簡略化した「シンクロファクス」がリコーから1959年に製品化され[65]、更にシンクロファクスに類似した「万能シートレコーダー」が「ナカビゾン」の別名で日本コロムビアから1961年に製品化された[66]。ナカビゾンは中松が開発したとされる。

中松の主張は変遷しており、1992年の著書では、中松はナカビゾン等の”フロッピー媒体”に代わってフロッピーディスクそのものを完成させ、コンピュータ用として日本の各社に売り込むも相手にされなかったところを、IBM副社長が権利を求めて来日したという話になっている[67]2017年現在でも中松のウェブサイトでは「フロッピーディスクの発明者、ドクター・中松」としてサイン入りのフロッピーディスクを販売しているが[68]、このサイトで販売されている「フロッピーディスク」は重色レコードや磁気シートではない、パソコンの5.25インチドライブで扱う本物のフロッピーディスクである。

リボディ理論[編集]

中松は食事を二食、一食と減らして自身の体調の変化を観察したところ、一食の時に調子が良かったことから、「リボディ」という健康法を思いついた。その中身とは、一日一食主義をはじめとして、体によい五十五品目の摂取、ビタミンBビタミンCD亜鉛といった栄養素の重要性、調理器具の正しい選択、強い精神の鍛錬、心地よい睡眠などであり、実践すれば144歳まで生きられるとしている[69]

しかし、自身の86歳の誕生日となった2014年(平成26年)6月26日、彼自身は治療不可能の前立腺がんに侵されており2015年(平成27年)末までの余命と医師から宣告されたことを公表した。彼は会見の場において、今後は残された時間を使って新しい「がん治療ロボット」の開発に取り組むことを宣言している[70]

商標登録[編集]

特許以外にも数多くの流行語の商標登録出願を行い、「元祖平成維新」や「新・民主党」[71]、「知本主義」などは商標登録されている。

しかし、「がんばれ日本(にっぽん)」はJOCから不使用取消審判が請求され、審決取消訴訟を経て、中松の商標登録取消が確定した[72][73]

2011年(平成23年)12月、「日本維新の会」の名称を商標登録するため特許庁に出願、2012年(平成24年)8月に拒絶査定(却下)されている[71]。中松は同年10月、不服を申し立てるため特許庁に審判請求書を提出し、審判が行われる見通し。特許庁の審判は1年程度かかるという。特許庁の審判結果になお不服の場合は知的財産高等裁判所を経て最高裁判所まで争うことができる。中松は1989年平成元年)より著書や講演活動などで「維新」の言葉を使用していると主張、既に「東京都維新の会」、「平成維新の会」については中松により「セミナーの企画・運営又は開催」、「書籍の製作」などを指定商品として商標登録が行われている。

2012年(平成24年)9月に大阪市長橋下徹らによって結成された政党日本維新の会は中松の届出に困惑しており、同会も商標登録を行う予定であった[74][75]。2014年8月16日に中松の申請は却下され、中松側の不服申し立ても2014年2月25日に再び却下された。中松側は審決取消訴訟を行ったが、知的財産高等裁判所は却下は妥当であるという判決を下した[76]

評価[編集]

1989年(平成元年)、ニューズウィーク誌に掲載された『Who Said Talk Was Cheap?』(言うは易しなんて誰が言ったの?)という短い記事において、講演料が高額な人物11人の中で元大統領ロナルド・レーガン超音速機パイロット・チャック・イェーガー、アメフトチーム監督マイク・ディトカ (Mike Ditka)、タイタニック号の発見者ロバート・バラード (Robert Ballard) と並んで唯一の日本人、フロッピーディスクを発明した「日本のエジソン」として講演料1万ドルと紹介された[77][要出典]。記事のソースは講演斡旋会社とされており、編集部が評価したものではなく、中松は12人の中で最も低額であった[14]。中松はこれを引用して「ニューズウィーク誌で世界で最も価値ある12人に選ばれた」と称している[78]

発明家としてメディアに露出している事で日本での知名度は高く、2006年(平成18年)に日本のインターネット世論調査会社が会員に対して行った調査で、「この人のおかげで今がある」とされる発明家として、6,088票中の129票と、1位のトーマス・エジソンの4%弱ながらも2位となった[注 8][79]。また別の日本語サイトで2016年に行われた特許数世界一の人物を問うアンケートでは、正解の山崎舜平や元世界一のエジソンを引き離し、13,961票中6,493票を得て1位となった[80]

2010年(平成22年)、インド・デリーの寺院でチベット仏教ゲルク派のトップ(教主)である第102代ガンデン・ティパ第3世セ・リンポチェ)から「金剛大阿闍梨」に認定されたという[78][81]。一方、問い合わせを受けたガンデン・ティパは、中松に金剛大阿闍梨の地位を授けたことはなく、そもそもガンデン座主にそのような権限や風習がない、とその事実を否定した[82]

アメリカ合衆国の11の州で名誉市民となっているほか、いくつかの場所では「ドクター中松デー」という記念日が制定されている[83]。ただし、アメリカでは名誉市民賞や記念日は市に対して本人が寄付を行えば授与されるケースが多く、一般的な顕彰とは位置付けが違っている[14]。また、世界発明コンテストに11年連続でグランプリ受賞したとしているが、そのコンテストの主催者である国際発明協会(社団法人「発明協会」とは無関係の組織)の会長は中松自身である[14]

イグノーベル賞[編集]

2005年(平成17年)、「35年間に渡り自分の食事を毎回撮影し、食べた物が脳の働きや体調に与える影響を分析し続けたこと」に対して、ノーベル賞のパロディであるイグノーベル賞(栄養学賞)が贈られた[84][85]。中松は42歳のときから食べた食事の記録、血圧や体重などの情報を集めるようになり、撮影した食事の写真は1万枚以上に上る[69]。中松はこの受賞は、自ら提唱した健康理論であるリボディ理論が認められたためであるとしている[85][86]

また受賞以来、政見放送や自サイトなどでこの受賞に触れる場合には、「IG(アイジー)ノーベル賞受賞」と表記、または発音している[7][85]。さらに中松自サイトや商品の販売では「IGノーベル賞」は「ノーベル賞の上のノーベル賞」であるとして、受賞者はノーベル賞受賞者が選ぶなどと説明している[85][86]。しかし、2016年(平成28年)の自著『私は死んでる暇がない』では「イグノーベル賞」「Ig(イグ)ノーベル賞」と表記している[87]。日本ではこの受賞を積極的に宣伝しており、ウェブサイトでの自己紹介でも一番に書かれているが、英語版の自己紹介では全く触れられていない[88]

2014年(平成26年)のイグノーベル賞授賞式では、日本人初となる基調講演に抜擢され[89]、当日は車いす姿で「がん撲滅食を発明した」と発表し、喝采を浴びた[90][91]

その他の肩書き[編集]

中松はその他、リンカーン記念平和財団総裁、世界宗教連合会総裁、世界宗教法王庁第二代法王、国際学士院大学総長、日本文化振興会第十代会長、世界婦人平和促進財団最高顧問などの肩書きを称している[78]

2014年(平成26年)5月に、全米がん撲滅協会の会長に就任し、がん撲滅の発明をすることを明言していたが、6月に自らも末期がんであることを公表。2015年(平成27年)4月18日にがん撲滅ソング「ガンの顔つき悪くても」(2015年6月24日発売)で歌手デビューを果たす[92]

賞罰[編集]

イグノーベル賞の他、中松の主張によれば、米国国会表彰、アメリカ大統領賞、米国発明会議最高賞、世界名誉賞、ミズーリ大学総長賞、米国ナショナル大学世界指導者賞、シカゴハイテク研究所天才賞、国際著名人名誉殿堂入り、韓国文化勲章、世界平和大賞、米国発明協会最高賞、ミレニアム賞、韓国蒋英実化学文化賞[93]などの顕彰を受けている[78]。1982年(昭和57年)に全人類に最も貢献した世界一の発明家賞、1983年(昭和58年)に発明大賞科学技術庁長官賞科学技術振興功績者表彰、1985年(昭和60年)社会貢献者特別功労者賞、1987年(昭和62年)に国際照明フェア最優秀賞天才賞、ビジティングスカラー大賞、1988年(昭和63年)にはアメリカ発明会議ライフタイム・アチーブメント賞などを受けたともしている[94]。 うち、日本の公的な賞である科学技術庁長官賞は、磁気テープドロップアウト除去装置の開発育成を評して1983年に実際に授与されており[95]、その年の園遊会にて中松が参列しているという写真が残されている[58]

「ブッシュ大統領親書」も受賞一覧に挙がっており[1]、著書「政治を発明する」(1990年)にて「アメリカ合衆国大統領 ジョージ・ブッシュ」によるものとされる手紙が掲載されているが、英文を見るとInternational Inventors Exposition(国際発明家博覧会)の主催者として受け取ったものである上[96]、手紙の日付にある1988年4月当時のジョージ・H・W・ブッシュは、大統領選挙前の副大統領である。

作品[編集]

図書[編集]

  • 『三倍の人生』 学習研究社1977年8月全国書誌番号:77012803NCID BA46467216
    • 『三倍の人生 脳細胞を三倍活用した人間ドキュメント』 シーピー1985年11月、新2版。ISBN 4-915637-00-X - 奥付の書名:発明サスペンス3×の人生。
  • 『独創力の秘密 画期的アイデアはどこから生まれるか 着想のヒント・成功への秘訣』 PHP研究所〈PHP business library〉、1981年9月ISBN 4-569-20636-0
  • 『人間関係方程式 人生を数式で開拓するバイブル』 現代史出版会〈Tokuma books〉、1983年9月ISBN 4-19-502799-3 - 発売:徳間書店
  • 『中松義郎式新頭脳革命 ベンチャービジネスのパイオニア』 山手書房1983年9月全国書誌番号:84029598NCID BN14052493 - 背の書名:新頭脳革命。
  • 『中松義郎式新創造革命 技術タダ乗りを叱る』 山手書房、1983年11月全国書誌番号:84030061NCID BN10899844 - 背の書名:新創造革命。
  • 『異学発想のすすめ』 講談社1986年4月ISBN 4-06-202606-6
  • 『子どもの頭をよくする生活習慣』 牧羊社〈ぼくようぶっくす〉、1986年6月ISBN 4-8333-1560-2
    • 『子どもの頭をよくする生活習慣』 牧羊社〈ぼくようぶっくす〉、1992年11月ISBN 4-8333-1560-2
  • 『中松義郎のゴロ寝してスーパーマンになる法 1%の汗と99%の超並イキスピレーション』上、マネジメント社1987年4月ISBN 4-8378-0198-6
  • 『中松義郎のゴロ寝してスーパーマンになる法 1%の汗と99%の超並イキスピレーション』下、マネジメント社、1988年4月ISBN 4-8378-0217-6
  • 『ドクター中松義郎の発明百科』 成美堂出版1988年6月ISBN 4-415-07365-4 - 著者の肖像あり。
  • 『ドクター中松平成日本を診断する 天気晴朗ならず波高し』 ビジネス社1989年5月ISBN 4-8284-0391-4
  • 『政治を発明する =Invention of politics 21世紀を拓く新発想』 山手書房新社、1990年5月ISBN 4-8413-0007-4
  • 『「スジ・ピカ・イキ」で考えろ』 情報センター出版局〈Joho business〉、1991年9月ISBN 4-7958-0135-5
  • 『ドクター中松の常識やぶりバンザイ! 世界最強の仰天科学者 1%の汗で成功する方法』 ベストセラーズ〈ワニの本. ベストセラーシリーズ〉、1991年10月ISBN 4-584-00774-8
  • 『ドクター中松の頭をもっと良くする101の方法 「バカは死んでもなおらない」というウソ』 ベストセラーズ〈ワニの本. ベストセラーシリーズ〉、1992年4月ISBN 4-584-00795-0
  • 『ドクター中松の0からの創造 知本主義の時代を生きろ』 広済堂出版1992年7月ISBN 4-331-50357-7 - 奥付の書名:0からの創造。
  • 『ドクター中松のスーパー育児術 頭の良い子を育てる』 自由国民社1993年1月ISBN 4-426-83101-6
  • 『頭の良い子を育てる環境・運動・食事 何歳からでも遅くない! ドクター中松のブレイン〈脳〉・エクササイズ』 ベストセラーズ〈ワニの本. ベストセラーシリーズ〉、1994年2月ISBN 4-584-00890-6
    • ドクター・中松 『頭の良い子を育てる環境・運動・食事 何歳からでも遅くない! ドクター・中松のブレイン〈脳〉・エクササイズ』 シーピー、2002年6月、新装版。ISBN 4-915637-01-8
  • 『ドクター中松超常現象裏のウラ』 ディーエイチシー1994年7月ISBN 4-88724-013-9 - 引用参考文献一覧:pp.291-292。
  • 『日本劣頭改造論』 創現社出版〈Go!books〉、1994年8月ISBN 4-88245-107-7
  • 『宇宙と地震のメカニズム 的中!!阪神大震災を唯一予知ドクター中松の』 泰流社1995年3月ISBN 4-8121-0110-7 - 中松義郎プロフィール:pp.213-223。
  • 『ドクター中松の超パソコン発想入門 脱マニュアルへの道』 青春出版社〈プレイブックス〉、1996年3月ISBN 4-413-01662-9
  • 『頭脳革命 脳外エネルギーで人生を変えろ!』 WAVE出版1996年11月ISBN 4-900528-75-7
  • 『ドクター中松の超創造力 頭脳こそ21世紀の究極資源』 廣済堂出版、1996年12月ISBN 4-331-50561-8
  • 『東大キャンパスにおける創造学講義』 ビジネス社、2002年1月ISBN 4-915637-02-6
    • ドクター・中松 『東大キャンパスにおける創造学講義』 シーピー、2002年6月、新装版。ISBN 4-915637-02-6
  • 『ドクター中松の独創思考』 日本能率協会マネジメントセンター1997年3月ISBN 4-8207-1251-9
  • 『ドクター中松のここちよいリボディ』 成星出版、1998年2月ISBN 4-916008-52-9
    • ドクター・中松 『ドクター・中松のリボデイ 144才健康法』 シーピー、2002年6月、新装版。ISBN 4-915637-03-4 - 背のタイトル:リボデイ。
  • ドクター・中松 『ドクター・中松ドクトリン 日本再生世直し発明』 シーピー、2003年1月ISBN 4-915637-04-2 - フロッピー発明50周年記念出版。
  • ドクター・中松 『ドクター・中松の発明伝説 スリル・サスペンスとロマン』 シーピー、2003年9月ISBN 4-915637-05-0 - 英文併記。
  • ドクター・中松 『ドクター・中松の発明ノート エジソンを超えた男』 PHP研究所、2007年11月ISBN 978-4-569-69298-2 - 年表あり。
  • ドクター・中松 『バカと天才は紙二重 「ミサイルUターン」発想法』 ベストセラーズ〈ベスト新書〉、2008年5月ISBN 978-4-584-12187-0
  • ドクター・中松 『お母様』 ミヤオビパブリッシング(出版) 宮帯出版社(発売)、2008年11月ISBN 978-4-900833-48-7
  • ドクター・中松 『クリエイティブパワー 創造の心で宇宙は進化する』 幸福の科学出版2010年6月ISBN 978-4-86395-051-1
  • 『日本は負けたのではない 超経験者しか知らない大東亜戦争の真実』 文芸社2013年5月ISBN 978-4-286-13911-1
  • 『打ち破る力 ドクター・中松の最終講義』 世界文化社2015年7月ISBN 978-4-418-15510-1 - 年譜あり。
  • ドクター・中松 『私は死んでる暇がない サムライスピリッツで正々堂々とガンと闘う! 23の頭脳を持つ超発明家からのメッセージ』 ヒカルランド2016年7月ISBN 978-4-86471-394-8

共著[編集]

翻訳[編集]

  • 中松义郎 (1989-06), 独创力的秘密, 张羽静, 上海科学普及出版社, ISBN 7-5427-0172-X 

CD[編集]

シングル[編集]

出演[編集]

映画[編集]

この他、2007年にアメリカの映画会社が企画していた、燃料電池を扱ったドキュメンタリーに関し、中松も取材を受けていた[102]

テレビ番組[編集]

CM[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 2010年12月就任
  2. ^ 「発明政治」全体の得票数
  3. ^ 幸福実現党に対しての得票。比例順位2位。
  4. ^ 宇宙航空研究開発機構(JAXA)で研究開発が進められているのとは全く別。JAXAの研究対象は、地球の大気で減衰する前の太陽光線のことである
  5. ^ 永久機関と称する向きもあるが、本来の永久機関の定義は外部から継続的にエネルギーを供給されないものを指すため、これに当たらない当該項目も参照)
  6. ^ 1982年3月発行の「日本機械学会誌」第85巻第760号に掲載された中松の手記『シート記録再生システム「ナカビゾン」開発記 : ねばり・ひらめき・ビフテキ』ではフロッピーディスクについて、「ナカビゾンのあとからIBMで開発されたディスケットは、ナカビゾンとほぼ同じ技術思想である」(P271)としか言及されておらず、この時点ではまだ自分の発明とはしていない。
  7. ^ シンクロリーダー絡みの株価急騰が日経新聞で報じられたのは昭和33年(1958年)2月27日。中松がフロッピーディスク発明の主張を始める以前の1977年の著書でもこの件に関する問い合わせが来た日を昭和33年2月27日としているが(「三倍の人生」 P112)、後の著書では昭和31年2月27日に変更されている(「ドクター・中松の発明ノート」 P242)。
  8. ^ 中松は129票を獲得(総数6,088票中)。1位のエジソンは3,383票。3位はグラハム・ベル、4位ライト兄弟、5位レオナルド・ダ・ヴィンチ、6位アルバート・アインシュタインであった。

出典[編集]

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参考文献[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]