イ・アイ・イ・インターナショナル

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イ・アイ・イ インターナショナル(EIEインターナショナル)はかつて存在した日本の不動産開発投資会社である。代表は高橋治則

概要[編集]

バブル期に日本長期信用銀行をはじめとした日本の金融機関から融資を受け、国内外においてリゾート開発、ホテル事業を中心に行った不動産開発投資会社。バブル経済崩壊により巨額の負債を抱え、2000年6月に破産を申し立て事実上破綻した。しかし、2004年に日本長期信用銀行による違法な債権回収手段が表面化し、新生銀行(旧日本長期信用銀行)が不法な手段で債権回収を行い損害を与えたと認め、イ・アイ・イ インターナショナル破産管財人へ賠償金218億円を支払う事で和解した。

1972年 イ・アイ・イ インターナショナルの前身である「国洋開発」を設立。

1986年 ハイアットリージェンシーサイパンへの投資を皮切りに、1987年には香港のボンドセンター(現:リッポーセンター)、オーストラリア(ゴールドコースト)にボンドコーポレーションと共同で、サンクチュアリーコーブを開発し、また、オーストラリア初の私立大学であるボンド大学を設立した。リージェント香港(現:インターコンチネンタルホテル香港)、リージェントシドニー(現:フォーシーズンズ シドニー)を買収、フィージー、タヒチ ボラボラ島でのリゾート開発を行った。1989年にはニューヨークのリージェント・ニューヨーク(現:フォーシーズンズ ニューヨーク)を建設するなど、世界各地で不動産投資、リゾート開発事業を行った。

日本国内でも積極的に事業展開を行い、1987年に伊豆シャボテン公園、伊豆海洋公園、伊豆ぐらんぱる公園を買収。1988年に日新汽船(シーコム)が旧ジャパンライングループから傘下入り。また、ロイヤルメドウゴルフクラブ、ヒルクレストゴルフクラブなど国内ゴルフ場開発も行った。

1991年1月 資金繰り悪化により、メインバンクである日本長期信用銀行の管理下に。

1993年7月9日 日本長期信用銀行が高橋治則へ和議の提案をした。高橋はこの提案を拒否した事により「イ・アイ・イ」グループへの支援が打ち切られた。後に発見された長銀の内部資料によると、債務整理と称して違法な債権回収を行って優良資産の切り離しを行った上で、絶対に合意出来ない内容の和議案を提示したものであり、最初から支援打ち切り・破産処理に持ち込む事が目的であった。      

2000年6月21日 イ・アイ・イ インターナショナルに破産宣告(負債総額4,764億円)

2004年3月9日 日本長期信用銀行が海外資産を不当に安く売却し損害を与えたとして、イ・アイ・イ インターナショナルの破産管財人が新生銀行(旧日本長期信用銀行)を相手取り、北マリアナ連邦サイパンの裁判所に提訴。

2004年5月10日 イ・アイ・イ インターナショナルの破産管財人が旧長銀による資産処分に伴う損害賠償を求めた訴訟で、新生銀行がイ・アイ・イ インターナショナル破産管財人に218億円の和解金を支払うことで和解した。

2005年 破産処理が終結。

脚注[編集]

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参考文献[編集]

  • 日経ビジネス編集部編 『真説 バブル』 日経BP社、2000年
  • ハゲタカが嗤った日 リップルウッド=新生銀行の「隠された真実」 [単行本] 浜田和幸 (著)