イグノーベル賞

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生きたカエルを磁気浮上させる実験画像。アンドレ・ガイムとマイケル・ベリー卿はこの実験で2000年イグノーベル物理学賞を受賞した。なおマイケル・ベリー卿はイギリス王立協会会員であり、量子力学におけるベリー位相を命名した科学者である。また、ガイムはイグノーベル賞に続いてノーベル物理学賞も受賞した史上初の人物である(2010年)。

イグノーベル賞(イグノーベルしょう、: Ig Nobel Prize)は、1991年に創設された「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に対して与えられるノーベル賞のパロディーである。

名称[編集]

「イグノーベル (Ig Nobel 英語発音: [ˌɪɡnoʊˈbɛl])」とは、ノーベル賞の創設者ノーベル (Nobel 英語発音: [noʊˈbɛl]) に、否定を表す接頭辞的にIgを加え、英語の形容詞 ignoble 英語発音: [ɪɡˈnoʊbəl]「恥ずべき、不名誉な、不誠実な」にかけた造語である。公式のパンフレットではノーベルの親戚と疑わない Ignatius Nobel(イグネイシアス・ノーベル)という人物の遺産で運営されているという説明も書かれている[1]が、ノーベル賞にちなんだジョークである。

概要[編集]

イグノーベル賞を企画運営するのは、サイエンス・ユーモア雑誌『風変わりな研究の年報』 (Annals of Improbable Research) と、その編集者であるマーク・エイブラハムズである[1]。共同スポンサーは、ハーバード・コンピューター協会、ハーバード・ラドクリフSF協会など。

毎年10月、「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」や風変わりな研究、社会的事件などを起こした10の個人やグループに対し、時には笑いと賞賛を、時には皮肉を込めて授与される。このようにインパクトのある斬新な方法によって、一般の人々に科学の面白さを伝えたいといった狙いもある。

科学研究以外に、カラオケたまごっちバウリンガルといった商品の発明に対して賞が贈られる場合もある。

賞が創設されて以来、日本は繰り返し受賞しており、イグノーベル賞常連国になっている。(1991年、1993年、1994年、1998年、2000年、2001年、2006年は受賞していない)

部門[編集]

毎年テーマがあり、その中から多くて10部門が賞に選ばれる。同賞には、ノーベル賞と同じカテゴリーの賞もあれば、生物学賞、心理学賞、昆虫学賞など本家ノーベル賞には無い部門も随時追加されている。そのため賞が贈られるジャンルは多種多様といえる。

選考[編集]

選考対象は5000を超える研究や業績(自薦も含む)で[2]、複数の選考委員会の審査を経て行われる[1]。受賞は「人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究」に合致する項目から条件をクリアーした10程度の個人団体が選考される[1]

皮肉風刺が理由で賞が授与される場合もある。例えば「水爆の父」として知られるエドワード・テラーは「我々が知る「平和」の意味を変えることに、生涯にわたって努力した」として、1991年にイグノーベル平和賞を受賞した。1995年には、フランスジャック・シラク大統領も「ヒロシマの50周年を記念し、太平洋上で核実験を行った」ため、平和賞を受賞した。1999年科学教育賞は、進化論教育を規制しようとしたカンザス州教育委員会並びコロラド州教育委員会に贈られた。

授与式に受賞者が現れないことも多いが、エイブラハムズの本ではこれに対し「受賞者は授与式に出席できなかった(出席する気もなかっただろうが)。」と批評する。

授賞式[編集]

  • 授賞式は毎年10月、ハーバード大学サンダーズ・シアターで行われる。ノーベル賞では、式の初めにスウェーデン王室に敬意を払うのに対して、イグノーベル賞では、スウェーデンミートボール(スウェーデンの郷土料理)に敬意を払う。また、受賞者の旅費と滞在費は自己負担で、受賞式の講演では、聴衆から笑いをとることが要求される[1]
  • 受賞者は一本の長いロープにつかまり、一列になってぞろぞろと壇上に登場する。これは引率されている幼稚園児のパロディであるという。
  • 60秒の制限時間が過ぎると、ぬいぐるみを抱えた『ミス・スウィーティー・プー』と呼ばれる進行役の8歳の少女[注 1]が登場し「もうやめて、私は退屈なの(Please stop. I'm bored.)」と連呼するが、この少女を贈り物で買収する事によって、講演を続けることが許される[3]。ただし買収が効かず、贈り物だけ持ち去られてしまう事もある[1]
  • 授賞式の間、観客もおとなしく聴いているだけでなく、舞台に向かって紙飛行機を投げ続けるのが慣わしで、その掃除のためのモップ係は、ハーバード大学教授(物理学)のロイ・グラウバーが例年務めている(2005年のみ例外となった。これはグラウバーがノーベル物理学賞を受賞し、そちらの式典に出席していたためである)。
  • 2007年国立国際医療センター研究所の山本麻由が「牛の排泄物からバニラの香り成分『バニリン』を抽出する研究」で受賞した際は、ケンブリッジ市の有名アイスショップ「トスカーニ」が「ヤマモトバニラツイスト」なるバニラアイスを新たに発売し、スピーチ中に会場で観客に振る舞われた。

評価[編集]

イギリス政府の主任科学アドバイザー、ロバート・メイは1995年、「大衆がまじめな科学研究を笑いものにする恐れがある」と、イグノーベル賞の運営者に対しイギリス人研究者に今後賞を贈らないよう要請した。この主張に対し、イギリスの科学者の多くからは反発・反論が起こった。メイの要請にも関わらず、1995年以後もイギリス人にはイグノーベル賞が贈られ続けている。

歴史[編集]

「イグノーベル賞」という名称を最初に考案したのは、イスラエルの物理学者アレクサンダー・コーンであるといわれている。コーンは1955年The Journal of Irreproducible Results (JIR) 誌を創刊し、1968年の同誌上で Ignobel Prize という語を複数回使用している。また、コーンは JIR 誌の編集者であったマーク・エイブラハムズに実際にイグノーベル賞を設立することを勧め、1994年には共同で現在のイグノーベル賞を主催する Annals of Improbable Research (AIR) 誌を創刊している。

1997年、JIR 誌の編集者ジョージ・シェアは、商標侵害、詐欺共謀などを理由としてエイブラハムズを訴え、また420万ドルの賠償金を求めた。これに対し、ノーベル賞受賞者のリチャード・ロバーツダドリー・ハーシュバックウィリアム・リプスコムは、"Strategic AIR Defence Fund" (戦略防空基金 = 雑誌名 AIR と、防空 "air defence"かけた洒落)を設立し、エイブラハムズを支援した。

受賞者一覧[編集]

脚注[編集]

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注釈
  1. ^ ある年齢の子どもには大人にはない特殊な能力があるといい、スピーチを制止するのは必ず8歳の少女というのは決まっている。
出典

参考文献[編集]

関連項目[編集]

その他
  • バッドアート美術館 - 真面目な意図で制作されたにもかかわらず、あまりに酷すぎて目をそらせないほどの迫力がある「悪い芸術品」を集めた美術館。

外部リンク[編集]