ビートたけしのお笑いウルトラクイズ

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ビートたけしの
お笑いウルトラクイズ!!
ジャンル クイズバラエティ / 特別番組
放送時間 放送日時・歴代優勝者を参照
放送期間 1989年1月2日 - 1996年4月6日
2007年1月1日
(20回)
放送国 日本の旗 日本
制作局 日本テレビ
企画 テリー伊藤[1](第20回)
演出 財津功
監修 テリー伊藤(第20回)
プロデューサー スタッフを参照
出演者 司会者
ビートたけし
そのまんま東
宝田明
東野幸治
アシスタント
鈴木君枝
大島智子
長野智子
永井美奈子
森口博子
山口美江
野沢直子
大神いずみ
松本明子
東ちづる
飯星景子
久本雅美
山本モナ
主な出演者の項目も参照)
オープニング Shocker (Reprise)「The Dudes Of Wrath」
エンディング Suzi Quatro「The Wild One」

特記事項:
ナレーション:小倉淳ほか
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ビートたけしのお笑いウルトラクイズ』(ビートたけしのおわらいウルトラクイズ)は、1989年1月2日から1996年4月6日にかけて日本テレビ系列で放送された特別番組で、ビートたけし冠番組2007年1月1日の20:30から、3時間の正月特番として11年ぶりに復活した。

概要[編集]

ロケ地の一つ・熱海温泉

日テレ系の看板番組だった『史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ』をモチーフとしたお笑いタレント版クイズ番組としてスタート。芸人数十人を集め、熱海静岡県)やスパリゾートハワイアンズ福島県いわき市湯本温泉)など関東周辺の温泉地に宿泊しながらロケを行い、クイズ(という名の過酷なゲーム)で体力・知力を競い優勝者を決する番組である。

たけしは本番組の目的を「売れない芸人をテレビに出してやること」としていた。たけし自身も本番組がかなり気に入っていたらしく、「週刊文春」の連載で(のちに『場外乱闘』に収録)(『たけし・逸見の平成教育委員会』が予想外に好視聴率な一方で)「オイラの一番大好きな」本番組の視聴率が振るわないことを嘆いている。

放送回数を重ねるたびにクイズ番組という本旨から大きく離れていき、例えば爬虫類での過激な度胸試しといった1980年代の『ザ・ガマン』(フジテレビ)や『ザ・しごき』(日本テレビ)を髣髴とさせる内容になったり、プロレスラーとの対戦やスカイダイビング、爆破、カースタントといった過激で無茶な企画に挑まされる芸人達のリアクション芸に重きが置かれるようになる。過去に実績を残した芸人数名が毎回ターゲットとなって勝ち残り、どうでもいい無茶な問題に答えるために、過酷なゲームにチャレンジさせられ、残った1人が「優勝セレモニー」(ウィニング・ラン)という名の罰ゲームに挑戦させられるという「様式美」が完成された。

優勝者には賞金と、第6回から栄光の「唐草模様のジャケット」が贈られることになっているが、毎回、何らかの理由をつけて(無茶なゲームをさせて)、与えようとはしなかった。実際には優勝者にはオーストラリア旅行などの海外旅行が与えられることもあった。また、出演している話題の人物にちなんだ副賞(というネタ)もあった。

また、「人間性クイズ」という、もはやクイズとは名ばかりのドッキリ企画も評判を呼んだ。さらには、芸人をもてあそぶだけだった司会のビートたけしがだまされてしまい、熱湯に浸かるなどのシチュエーションに陥る「下剋上」もあった。

第19回まではテロップは殆ど出さずに必要最低限に抑えていたが、第20回ではクイズ毎に説明テロップがずっと付いた状態で、聞こえる言葉にもテロップがたくさんつくことが多かった。

2006年元日の『大笑点』では、事実上当番組をそのまま復活した企画が多数放送されていた。そして2006年、盛り上がりを見せていたお笑いブームと相まって、約11年振りに復活となった。収録は12月5、6日。放送時間は、2007年1月1日20:30-23:30のゴールデンタイム枠(前日の2006年12月31日11:40-13:45には一部地域を除いてPR番組を放送した)。たけしの出演はもちろん不祥事発覚後、NEWS23を降板して以来テレビ等に出演していなかった山本モナがこの番組で復帰した。

復活版はディテールに渡って過去のプロットを着実に踏襲していたが、平均視聴率は11.1%(関東地区)に留まった。

スタジオ収録部分にて、たけしによって第20回大会のTV放映未公開シーンを収録したDVDが発売されることが明らかにされた。(詳しくは日本テレビの公式サイトを参照)

出演者の出川哲朗によると、番組出演料は「2日間で10万円」。この額は第一線の芸能人としては当時の相場より安い。更に粉に落ちる、蝋をかけられる、トリモチに落ちると出演料とは別に数千円前後の手当てが貰え、収録終了後にスタッフから現金で渡される(取っ払い)。ほとんど出ているダチョウ倶楽部は多く貰っていたと、出川は語っている。

この番組を制作していたのは、渡辺プロダクション(当時。現・ワタナベエンターテインメント)系の制作会社であるザ・ワークスだった(後述の「スタッフ」欄も参照)。「元気が出るテレビ」などでたけし関係者とつながりのあるIVSテレビ制作は、この番組においてはプロデューサーや一部ディレクターなどを派遣する程度の関与に留まった。よく比較・関連されがちであるが、本番組と「元気が出るテレビ」との関連性は薄い。

2011年7月より、CS放送の日テレプラスにて第1回から順次再放送が行なわれている。ただし、第2回と第5回と第7回の再放送は予定されていない。また放送されている回でも、現在の社会規範などに沿わない企画や出演者は、映像のカットや加工(ボカシなど)が施されている。

審査員[編集]

本編の過激さからあまり語られることはないが、クイズツアー出場者(たけし曰く「観覧者」などの表現がされる)が一堂にそろうスタジオ収録部分があり、女優審査員を集めて ロケVTRを見るというのが番組の基本的なスタンスである。とはいっても彼女達は別に何の審査もせず、単なるゲスト扱いでバカバカしいVTRの内容に呆れてコメントするのが定番。ごくたまに、クイズコーナー(例:“指パッチンは何回できるか?”、“たけしの「今のモノマネは誰でしょう?」”など)もあったが、このクイズで競うことはない。出演した審査員全員にはなぜか、お笑いタレントの優勝賞品よりも、豪華で金額のはる多数の賞品が贈られていた。1996年春の回はスタジオ収録自体は行なわなかった。

アメリカ横断ウルトラクイズとの関連[編集]

  • 基本的にはクイズ番組とかけ離れているものの、演出面では本家の『史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ』の要素を一部分残している。
  • オープニング・テーマも本家と同じく、メイナード・ファーガソントランペット)の『Theme From Star Trek(スター・トレックのテーマ)』が使用されている。オープニングの背景については、本家がニューヨークの街並みを撮影したものに対して、当番組では自由の女神をバックに撮影したものがほとんどである。なおオープニングは、番組全体のオープニングとVTR本編のオープニングの2つがあり、本項で触れているのは後者のオープニングである。ただし回によっては、このオープニングが使用されず直接本編に入る場合もある。ちなみに復活版では、テーマ曲の最後の部分をバックに本編開始という流れだった。
  • 本家も「お笑いウルトラクイズ」も、打ち切られた数年後に1度だけ復活している。

主な司会者[編集]

主なアシスタント[編集]

ナレーション[編集]

主な出演者[編集]

  • ☆付きは第20回大会にも出演したもの、出演者はほとんど男性のタレントで固定され、女性アイドルはほとんど出演せず、体を張ったクイズに参加することもない。
  • 太字は優勝経験者。カッコ内の回数は優勝回。
  • 出演者の多くはたけし軍団員や相方のビートきよしやたけしの友人である島田洋七など、たけしに関連する人物もしくは、たけしに憧れて芸人になった人物、もしくは、出演経験こそないが、たけしを尊敬するとんねるずに憧れて芸人になった人物が多い。

あ行[編集]

か行[編集]

さ行[編集]

た行[編集]

な行[編集]

は行[編集]

ま行[編集]

やらわ行[編集]

第20回大会から参加[編集]

スペシャルゲスト
スタジオ審査員

ウド鈴木のみ、決勝戦での『天の声』形式で出演

主な人気企画[編集]

基本的に“クイズ”というのは建前に過ぎず、解答の正誤よりも芸人としてのリアクションが重視される。そのため優勝者は大抵目立った参加者や芸人として「おいしかった参加者」という傾向がある。本家『アメリカ横断ウルトラクイズ』の“クイズ”と“罰ゲーム”を最初から足していると思えばよいだろう。カースタントや火薬を使って爆破させる企画が多く、芸人達が体を張って挑戦した。ダチョウ倶楽部出川哲朗、当時全国区の番組に出演経験が無かったナインティナインらにとっては、この番組が出世作だったと言っても過言ではない。

○×クイズ[編集]

  • 殆どの回の序盤で行われるクイズ。
  • クイズの開始前に出場者の1人を模った人形を使った爆破のデモンストレーションが行われることがあり、人形は木っ端微塵に吹き飛ばされる(それを見た出場者は恐れおののく)。
  • 初期は本家の『史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ』に倣って、○か×か正しいと思う方のパネルを突き破り、不正解だと粉まみれになったり、海に落下させられたりした。
  • その後、殆どの参加者が一斉に参加し、間違えると爆撃や海に沈められるといった形式に変化。
○×爆破クイズ
  • ○か×か正しいと思う方のエリアに移動。
  • 不正解のエリアは、戦車による砲撃やヘリコプターからの爆撃、ミサイル攻撃によって爆破される(実際は、攻撃のタイミングに合わせて地中に埋めた火薬を爆破させて、爆撃された様に見せかけている)。
  • 沖縄ロケの際には実際の在日米軍(主に海兵隊)が協力、また戦車は映画『戦国自衛隊』・『ぼくらの七日間戦争』で使用された61式戦車のレプリカを使用する等、本物志向だった。
  • オチとして、エリア外を逃げ回っても結局爆撃されてしまう(その場合、大量の爆破攻撃を受ける)。
  • 誰かが脱いでいる(ガダルカナル・タカ、井手らっきょ、上島竜兵あたりの可能性が高い)。
バス吊り下げアップダウンクイズ
  • タイトル通り『アップダウンクイズ』(毎日放送)のパロディだが、解答者はゴンドラではなく○バスか×バスか正しいと思うバスに乗る。
  • 不正解のバスはクレーンで吊り上げられて海上で再度クイズが行われる。正解すれば元の場所へ戻されるが、誤答するとそのまま海に沈められる。
  • クイズ自体は難しいものだが、二台用意されたバスは一方はちゃんとしたものでもう一方は明らかにボロボロ(廃車になっているもの)であるため、どちらか正解かは一目瞭然なのだが、お約束として皆ボロボロの方に乗り込んでいた。
  • 地元漁師が漁を止めた程の大時化の海で行った為、死人が出てもおかしくない過酷な状況下でのクイズとなり、視聴者・出演者共に番組の名シーンとして挙げる事が多い。
  • CSでの再放送では、このクイズがあった第9回大会は放送されたものの、「東日本大震災」を考慮して、このクイズのみカットして放送された。
  • このクイズ形式は後に「家吊り下げアップダウンクイズ」という3択クイズ形式の続編が制作され、ここでもお約束として一部の芸人は安上がりに作られていた和風ハウス・洋風ハウスに入っていた。また、クイズに誤答するとバス同様にクレーンで湖に沈められる(本来は第10回大会で放送される予定だったが、あまりにも悲惨すぎたために放送されず、お蔵入り。数年後に、全3巻からなるビデオ『北野武のお笑いウルトラクイズ講座』が発売され、その中でこのクイズの模様が収録されていた)。
  • また回答者には服の下にスウェットスーツを着用していた。
石倉三郎○×クイズ
  • 第2回に行われた企画。
  • 石倉三郎に関する○×クイズが3問出題される。
  • ○か×か正しいと思う方のエリアに移動。
  • 正解発表後、芸人達が石倉に関するエピソードを暴露した。
  • 最後の3問目のゾーンは落とし穴になっており、隠れていた石倉本人が激怒して、ハリセンで芸人を襲うというオチだった。

人間ロケットクイズ[編集]

  • クイズに間違えたり、早押しの解答権を得ようとする際に、人間ロケット(いわゆる逆バンジージャンプ)をさせられる。
  • 垂直に上がるタイプと斜め方向へ正にロケットの様に発射されるタイプの2タイプがある。恒常的に行われていた時期の後期では後者が多かったが、復活した第20回では前者が採用された。
  • 打ち上げられる高さは第19回までは最近のテレビでは考えられないような高さだったが、第20回ではそれほど以前に比べ高く打ち上げられていなかった。
  • お約束として、不自然な衣装を着たダチョウ倶楽部の上島が、人間ロケットの際に衣装が脱げて、全裸になる。最初の数回は綺麗に脱げなかった等失敗続きであった。しかしウド鈴木との合同で挑戦したとき、上島は正解していたが、妻の広川ひかるが間違えて発射ボタンを踏んでしまい、上島がきれいに脱げて大成功。さらにウドもきれいに脱げたため、2人で成功を喜び、素敵な抱擁をした。(同大会で江頭2:50も同様に人間ロケットの餌食になったが、普段とは違い服を脱がず素に戻っていた。父・江頭2:45のフリに応じるのがやっと。)
  • 第20回の放送で大島美幸が、その不自然な(脱衣前提の)衣装を脱いで(上下お揃いの白の下着のみになって)飛び出しただけでなく、空中で泣き出して鼻水を出し、さらに衝撃的な腹の肉を見せた。女性の出場者の服が脱げたのは初めてだった。逆に同組だった上島は正解扱いになってしまったため逆バンジーすることができず、非常に悔しがっており、見かねた野沢直子が発射ボタンを押したが、飛ぶ高さが低空に改造されており、不発で放置されてしまった。因みにこの時は猫ひろしも衣装を脱いで飛び出している。
  • 以前までは、まるでロケットのように背中や足元から、火花(花火)が噴射していたが、復活した第20回では噴射していなかった。
  • 2007年11月、この逆バンジージャンプが速水もこみちが出演しているサントリー「ビタミンウォーター」のCMで再現された。出演は上島竜兵と小島よしお。上島はこのCMでも低空にしか飛ばされず、服が途中までしか脱げず上島自ら服を脱ぐ行為に出ている。

ダジャレクイズ[編集]

  • 温泉に浸かったり、サウナや冷凍庫の中に閉じ込められたり、金粉を全身に塗ってマラソンをしている状態で長時間ゲストの講演や歌を聞いた後、お題の物を使ったダジャレを答える。講演には放送当時ワイドショーなどで話題になった人物が出演する。
  • 合格する(面白いダジャレを言う)まで解放されない。
  • 歌のゲストで最も登場していたのはにしきのあきら(現・錦野旦)だった。
  • マラソンクイズでは当時チャンピオンだった辰吉丈一郎も講演者側になったことがあるが、渡嘉敷勝男が話を伸ばす努力をしたこともあり、金粉まみれで苦しんでいる解答者たちからは散々な罵られようだった。
  • 第20回では冷凍庫の中に閉じ込められた上に、不合格になると高温のロウ液をかけられて体を固められるという新たな罰が用意された。合格しても、たけしの独断でかけられることがある(ちなみに、このときは林葉直子が自己破産についての講演を約1時間10分行った)。
  • 松村邦洋の持ちギャグ「バウバウ」(元ネタは北野ファンクラブにおける相手役高田文夫の合いの手的な笑い方)はこのクイズで産まれた(第8回)。またこの時は当時幸福の科学に入信し、世間を驚かせた景山民夫が「宇宙・愛・そして笑い」についての講演を約1時間半行った。

粘着もの[編集]

  • ゴキブリ駆除に使われる様な、非常に粘着力の強い物質の上でクイズを行う。
  • クイズ収録後、サラダ油などを使って数時間かけないと取れない程強力な為、挑戦者の殆どは髪の毛部分をタイツやフェイスガードなどで覆って挑戦(井手らっきょを含む)、女性参加者はウェットスーツを着用、また参加すると3万円の特別手当も貰えた。そのため志願制でありながら貧乏な若手芸人が手当てを目当てに多数参加した。
  • 間違えると乗っている滑り台が傾けられて粘着へ落とされる、粘着の上で相撲やポカポカドボンを行う等様々な趣向で行われたが、末期は後述の格闘技クイズでの罰ゾーンの一角として設けられた。
  • アゴ勇はほとんどの回でこの粘着クイズに参加しており、特徴のある長いあごに粘着物を必ず付けて伸ばして笑いを取っていた。
  • 粘着を長く伸ばせば伸ばすほど賞賛される。
  • 長く伸ばすと、巨大なシャボン玉が出来上がる。
  • 第20回では、出演者にハーネスが装着され、クレーンで持ち上げる仕組みが導入され、粘着が長く伸びて、前述のようなシャボン玉がたくさんできて、他の出演者を感動させた。
  • 粘着のはがし方が、第20回大会のDVDに収録されている。ビニールプール(子供用)にサラダ油を入れて他の参加者からの協力で粘着を剥がしていた。(ロウかけなども同様)

ロウかけもの[編集]

  • 粘着もののポスト企画として、第18回で初登場。「固まったら負けよじゃんけんロウかけクイズ」と題して、じゃんけんで負けると、水の代わりにロウを、体に固まるまでかけられるというものだった。1対1、または、1対2で行われた。
  • グレート義太夫はその収録の後日に髪に付いたロウが取れなかったとして結局スキンヘッドにしたことを「北野ファンクラブ」で披露した。
  • 第20回では、冷凍庫に閉じ込められ、長らくゲストの口演を聞いたうえで、ダジャレに挑戦し、面白くないとロウをかけられるという内容だった。このクイズで、ボビー・オロゴンは面白いダジャレを言ったが、たけしに何回も挑戦させられる羽目に。それに怒ったボビーは「お前ロクな死にかたしねぇよ」とキレていた。

プロレス(格闘技)字読みクイズ[編集]

  • キラー・カーン佐竹雅昭らプロレスラー・格闘家を相手に、挑戦者が勝負を挑む。第20回ではスターレスラーの一人である蝶野正洋が登場した。
  • 格闘家以外にも、ブル中野などの女子プロレスラーを相手にした公然猥褻もお楽しみであった。
  • 足の裏や、内股に貼ってある単語を読み取れば正解なのだが、次第にこのルールはスルーされるようになり、格闘家と挑戦者の闘いと、後述の罰ゾーンでの挑戦者の状態を楽しむ傾向になっていた。
  • ダチョウ倶楽部が3対1で挑むも、コンビネーションがバラバラだったり、井手らっきょ春一番アントニオ猪木ものまねを持ちネタとする者同士でタッグを組んで挑戦するといったことがお約束。ただし、出演者たちが相手レスラーを挑発するときに、実際のリング上で発せられたセリフを使ったり、プロレス作法にのっとった動きを見せるなどして、出演するレスラーに対して相応の敬意も示していた(ダチョウ倶楽部や春一番は根っからのプロレスファンである)。
  • トリは井手らっきょが毎回、自前のコレクションから様々な下着を着用して現れる(着用していたのはすべて既製品)。ビキニブリーフ、ペンギンTバック、パンダTバック、ケツ割れサポーター等そのコレクションの充実ぶりがわかった。
  • 当初リング周囲には何もなかったが、後に水溶き小麦粉や爆破、粘着や海といった罰ゾーンが設置された。
  • 終了後、春一番の「本日は負けてしまいましたが〜」「いくぞー!」「1、2、3、だーっ!」が恒例だった[2]
  • 復活した第20回では、試合で負けると「三角木馬」か、初登場の罰「ピッタリ吸引拘束マシーン」という真空パック状のなかに放り込まれ、掃除機で中の空気を抜いて、身動きがとれずにさらし者にされるという、過激な罰を受けた。その際、森三中の大島と神無月の愛のハーモニーは、規制が厳しいためか放送されず、DVDで明らかになった。罰としては、吸引の罰の方が目立っていた。
  • 第20回では、試合前に「ウルトラハッスル軍」のダンカン総統(ハッスル高田総統パロディ)が挑戦者達に宣戦布告をするという演出が加えられた(もっとも挑戦者達から「緊張されてます?」といったツッコミが入ったが)。DVD版では、ハッスルに所属しているレイザーラモンHGレイザーラモンRGが、リングコスチュームで格闘家たちと対戦する地上波未公開映像が収録されている。

たけし十番勝負[編集]

  • 参加者ばかりに過酷なクイズをさせていることに対して、一部から抗議があった事に端を発した企画。
  • たけし軍団として配下に置いている、ダンカンやラッシャー板前らとゲームで対決したり、大脱出に挑戦したり、ワイヤーで吊るされた状態で巨大しゃぶしゃぶ焼肉の料理に挑戦している。
対決もの
  • じゃんけん水かけゲームやポカポカドボン、すまきプロレス(双方がマットで簀巻きにされた状態で、周囲に粉が敷かれたリング上でプロレス)などで挑戦者と直接対決。
大脱出もの
  • 制限時間以内に脱出しないと爆破される、個室の中に閉じ込められた状況下で、個室からの脱出を試みる。
  • 爆破が予想より早い・中々脱出しない(ように見せて)見ている参加者をやきもきさせているが、脱出は無事成功させる(その点は、後述の人間性クイズに通じるものもある)。ただし生還時には、ツッコめる、変な格好で出てくる場合が多い。
    • 「シャワールーム大脱出」はラッシャー板前と2人で挑戦。2人とも脱出に成功した。
    • 「デビルタワー大脱出」はその後、ほぼ同じ仕掛けや制作班で、別番組で香取慎吾松浦亜弥岡村隆史が挑戦している(彼らも成功)。
ワイヤー吊り上げもの
  • たけしがワイヤーに吊るされて参加者がそのワイヤーを持っている状態で、彼らのアシスト(上げ下げ)により、たけしが巨大なしゃぶしゃぶや焼肉を調理する。
    • しかし、お約束として異常に高くしたり、逆に手を離したりして、しゃぶしゃぶの鍋や焼肉の熱された鉄板に、たけしの体を落としてしまう事も多々ある。
  • 内村光良がタネを作る役、たけしがそれを焼く役として、共作でお好み焼き作りに挑戦した回もある。
  • 同様の装置で『めちゃイケ』の日本一周企画にて、中居正広が巨大焼きそば作り(「焼いて焼かれてアッチッチ!巨大焼きそばゲーム」)に挑戦した(お約束として熱々の鉄板に落とされる)。
  • 2011年12月25日に放送した『さんま&SMAP!美女と野獣のクリスマススペシャル』のお仕置きとして香取慎吾が「人間熱湯しゃぶしゃぶ」をやる事になった。(お約束として熱湯の中に落とされる)

人間性クイズ[編集]

  • いわゆるドッキリで、このコーナーだけはクイズとは本当に無関係である。内容は、ドッキリに嵌められた者並びにその風景を隠しカメラで撮影し、別室モニターで他の出演者一同がその模様を楽しむという企画である。なお、ターゲットにされた芸人が、その回の優勝者になることも少なくない(過去に、ガダルカナル・タカ、井手らっきょ、バナナマン日村、カンニング竹山など)。
  • 参加者をはめる事が多いが、ビートたけしも1度だけ、偽企画でサウナに閉じ込められた事がある。
  • 第20回(復刻版・人間性どっきりクイズ)ツアー参加者はドッキリがある事を既に分かっている為、ターゲットは仕掛け人と共に別のニセ番組ロケに参加した上でドッキリにかかっていた。
先輩・後輩もの
  • 先輩芸人が後輩芸人に対して力関係を使い、ホモプレイやSMプレイを強要する。
  • 仕掛け役として出川哲朗ポール牧岡村隆史上島竜兵ら。
  • 仕掛け役のはずが逆に騙される逆襲パターンも多い。例えば、チャンバラトリオ結城哲也が仕掛け役になった「チャンバラトリオ結城哲也はSMがお好き」では、仕掛けられ役の上島が、逆に結城に対しお得意のホモSMで逆襲した。
  • 出川哲朗も仕掛け役だったが(表向きは上述の結城同様後輩にSMプレイを強要させるもの)、岡村にSMプレイをしている最中に岡村がキレるというシチュエーションがあり、マジ切れした岡村に対し、出川はあたふたしていた。その後「番組を台無しにしやがって!」と、出川がたけしに激怒されていた(勿論、逆ドッキリの一環)。
お色気もの
  • マッサージを頼んだら、目隠しをされ、いつの間にかSM嬢やプロレスラーに変わって痛い目にあわされたり、ターゲットを露天風呂の女湯覗きに誘ったりするなど。坂田利夫松村邦洋らがターゲットになった。
家族・恋人同席もの

スタントクイズ[編集]

  • カースタントの名門・タカハシレーシングの協力の下、カースタント、バススタント、モーターボートスタント等、様々なスタントに参加者が挑戦。決勝戦の定番だった。
  • お約束として、クライマックスはぶつかると爆破・炎上する(もしくは既に炎上している)張りぼてのバスに突っ込むスタントがある。

ヘリコプタークイズ[編集]

  • ヘリコプターから下ろされた縄梯子を登り、途中にある問題に答えて正解というもの。第1回、第3回の決勝問題。
  • 答える以前に、縄梯子に取り付いて空へ飛び上がれば、それで正解となる。

スカイダイビングクイズ[編集]

空中パラシュート受け取りクイズ
  • ダチョウ倶楽部の上島が挑戦。
  • インストラクターがパラシュートを背負っておらず、落下中に○か×か正しいパラシュートを選んで装着しないといけない。
  • 間違いのパラシュートは開かず、また猶予も1分強と、インストラクターも半ば諦めた程、非常に猶予時間が短い状況下の中だったが、見事成功。

その他(人気企画)[編集]

ワニクイズ(熱川バナナワニ園での収録)
  • アクリルボックスに頭を突っ込んで、中にいるワニと対面した状態でクイズに挑む。
  • 誤答するごとに反対側からワニが接近。
  • このクイズで見せた桜金造のリアクションは伝説である。
    • 「(ワニが)シュ〜って言ってるよ!、シュ〜って!」は名言とされている。
    • ワニが急接近して、泣きながらアクリルボックスを壊し、なんとか逃げた・・・などがある。
  • 派生型としてワニ池の上を鶏肉付でロープで渡ったり、金網越しにワニの腹に記された文字を読む、字読みクイズも登場した。
闘牛字読みクイズ
  • 荒れ狂う闘牛の格好をした車が参加者に襲い掛かるというもの。このクイズで参加者は撥ねられたりと、一歩間違えれば大怪我という大変過激なクイズだった、最後は、お約束として闘牛が暴走し、参加者たちは逃げ回っていた。林家ペーはこのクイズで、闘牛の上に乗って写真を撮ろうとしたが、転落してしまった。
バンジージャンプクイズ(霞ヶ浦ふれあいランド虹の塔(玉造町=現在の行方市)での収録)
  • 高所恐怖症のダンカンが企画するも、太田プロダクションなどから「金を積んでもやらない」と言われてしまい、やる人がいなかったそうである。結局はダンカン自身で行った。
  • 問題は「世界最大の両生類は?」[3]。正解は「オオサンショウウオ」だったが、ダンカンの答えは「カルーセル麻紀」で不正解。
人間水車クイズ(沖縄残波岬ロイヤルホテル駐車場での収録)
  • 水車の側面に大の字に縛られた姿でクイズの問題や質問に解答。
  • 誤答する毎に水車が回転し頭が水没。
  • たけしが張り付けになって、当時話題になっていた宮沢りえとの関係を質問された時は、その模様やたけしの発言が、翌日のスポーツ新聞各誌で記事となった。
熱湯イントロクイズ ドレミファポン!(スパリゾートハワイアンズでの収録)
  • 曲のイントロを聴き、熱湯で満たされたプールに浮く発泡スチロールの浮島の上のマイクでその曲を歌えば正解。(そこまでは同じく発泡スチロールの浮島の上を渡っていく)
  • 熱湯はタコが茹で上がるほどの温度、と言う設定で、岸には氷を入れた箱が用意してあった。
  • 最後になぜか全裸になった上島が、キラー・カーンと一緒にウォータースライダーで滑り降りるという罰ゲームを受けた。
リュックサック爆破クイズ(熱海サンビーチでの収録)
  • 爆薬が入っているリュックサックを背負い、クイズに正解できないと導火線に火をつけられて爆破される。
  • ダンカンが挑戦した際は、参加者から離れると見せかけて、自爆テロさながらの突撃をみせた。
  • ダチョウ倶楽部が挑戦した際、海に飛び込む前に爆破の炎が頭を直撃し、肥後の髪が焦げてしまった。さらに上島の髪の毛が抜けてしまった。
  • 2010年9月30日に放送されたたけし・所VSとんねるず 全罰ゴルフにおいて『お笑いウルトラ爆弾』として復活した際にはリュックをバズーカで狙撃して爆破する演出になっていた[4]
愛車破壊クイズ
  • 芸人に対してクイズを出題し、クイズに間違えると大型ブルドーザーでその芸人の愛車を踏み潰していく物。
  • 結果としては、“手違い”という形で正解しても、誤答しても、ブルドーザーを前進させ、愛車を破壊していった。同型の新車(または改良型の新車)を後になって愛車を破壊された芸人に代償として渡したが、これらの負担は製作局の全額負担であった。
政治家クイズ王日本一決定戦(拷問つき)
  • 5人の国会議員と出演者のペアによる早押しクイズ。
  • 解答権があるのは国会議員のみで、お手つき・誤答すると、出演者が乗っている三角木馬の角度が鋭角になっていく。
  • 5問正解で勝ち抜け。最後の負け残りペアが罰ゲーム(出演者のみ罰ゲーム)。
  • 罰ゲームはロデオ機能付き三角木馬に乗り、国会議員が誤答すると木馬が激しく動く。
  • 負け残った上島が罰ゲームを受けた。
お好み演芸アワー
  • 芸人の中から抽選で組み合わせが決定し、即興芸を行うというもの。
  • お客さんの支持率が75%未満の場合、罰ゲームとしてパイがぶつけられる。
  • 梅垣義明の「イヨマンテの夜」がアイヌ団体から抗議を受けた。
  • たけしと水道橋博士が漫才を披露し、即興とは思えぬほどの実力を発揮したが、お約束通り罰ゲームを受けた。

メイキングクイズ[編集]

  • 本編の合間に収録したミニクイズで、審査員の女性芸能人らが解答する。
ポール牧指パッチンクイズ
  • ポール牧が指パッチン100回を何秒でできるか当てる。(ちなみにこのときの正解は36.2秒。91回目からは画面がスローモーションになり、更に爆笑を誘っていた。)
  • その他、10秒間で何回指パッチンできるか、水中やロデオマシーン上で何回できるか、などのバリエーションあり。
  • また『スーパークイズスペシャル』でも、「『お笑いウルトラクイズ』からの問題」として1991年-1994年に同様の数当てクイズを出題した。

主な出来事[編集]

定期的開催時代
  • 第1回は、あまり予算もなく、オープニングも都内某所の公園にて行なわれ、他のロケも路線バスを借り切って移動するなどして行なわれた、最後のコーナーも東京江戸川にて行なわれるぐらいで、大きな企画は出来なかった。また、芸人参加者によるバスツアー形式のクイズは前半の1時間程度のみで、後半の1時間はたけし軍団らがロケに赴いたVTRから出題されるクイズや、下品な言葉を言わないとパネルを捲る事が出来ない神経衰弱等を、ゲストの女優陣に答えさせていた(第1回の優勝者への賞品は、後半パートへの参加権)。時はバブルの絶頂期だったが、当時の世相や流行に逆行するかのような、手作り感覚の番組だった。
  • だが、第1回の視聴率が予想をはるかに越えて高かったため、第2回は元日夜9時からの放送となり『新春かくし芸大会』(フジテレビ系)の真裏で放送された。それと同時に、第2回以降から予算も徐々に上がり、バススタントやスカイダイビングなどの大掛かりな企画が出来るようになって、バスツアー部分に割かれる時間も、回を増す毎に増加した(第19回はスタジオ収録は無し)。その結果、第2回も高視聴率を獲得。1996年まで、元日に加え春・秋の年3回に増した。一方の『かくし芸』は、1994年から、放送時間が4時間から3時間半に縮小し、2007年は前年「応援合戦」に出演したタレントのほとんど(ナベプロ所属のタレントなどが出演したが、画面ではあまり登場せず)がこの番組に出演したりしたが、開始1時間前にたけし本人が『かくし芸』に出演したことで、逆に視聴率が『かくし芸』の方が『ウルトラ』より5%上回り、『かくし芸』が返り討ちになってしまった。
  • 派手なリアクションが当番組の目玉だったため、出演者には危険が伴っていた。安全対策には十分に気をつけていたが、大怪我をしてしまう者もいた。しかし、マイナーな芸人にとっては、その治療費以外に、番組プロデューサーから「気持ち」として上乗せされるギャランティーがありがたかったという[5]
  • 番組が終了する間近ぐらいの回に野放しされている土佐犬の上に、宙つりされている芸人がクイズに答え、不正解だと土佐犬に噛まれる距離まで近ついて、最終的に土佐犬に噛まれる企画があったが、収録当日の日が予想よりも気温が高く、いつもは威勢の良い土佐犬もこの気温でばてて噛む状況にはならなくなり、結局企画倒れに終わる。結局この企画はボツ企画となった。また、この企画の他にも様々な事情によりボツ企画が多数ある。実際に、負傷および流血の可能性が高い企画案は一切採用されていない。なぜか、前述の土佐犬の企画など、アゴ勇がその被害者になることが多い。
  • ダチョウ倶楽部の名をあげたリュックサック爆破クイズでは、爆破の炎が頭に直撃し頭が焦げてしまったが、その際、とても「おいしい」ハプニングになったということで、その夜、プロデューサーから「おいしい」エビフライをごちそうしてもらった。(DVDの座談会で感謝していた。)
  • 第9回の時に行われた「溺死寸前!バス吊り下げアップダウンクイズ」は、番組史上最も危険かつ秀逸な企画。クイズを間違った芸人達を乗せたバスが海へ沈められる企画だったのだが、収録当日の海が大荒れ状態だったにもかかわらず収録は決行。荒れ狂う海に芸人たちがバスもろとも沈められ、上島竜兵などは本当に溺死寸前となった(ラッシャー板前が助けてくれたと上島は述懐している)。だがそんな切迫した状況においても、芸人たちが笑いを忘れない振る舞いを見せたことがこのクイズを名企画へ押し上げた(DVD発売の際には初回特典としてこれをモチーフにしたブルブル震える手のひらサイズのバス型ぬいぐるみが付いてきた)。なお、CS放送日テレプラスで第9回が再放送された際にはカットされた。
  • 粘着を使う企画にて、粘着が固まり易過ぎて(皮膚から粘着を剥がすのに収録終了から5時間もかかった)出演者・スタッフ共々苦慮していた、そこで固まりにくいラブラバー(歯形を取る時に使われる、凝固し易い赤色のシリコン)を使ってみたが、今度は逆に固まりが悪かった。そこで、今度はどろどろに溶けたロウを用いたが、結局粘着と同じ位の粘着力だったという。
  • 第15回のグランドチャンピオン決定戦では、決勝のカースタントクイズにてクイズに正解すればグランドチャンピオンの栄誉に輝くものだったが、出場した桜金造とダチョウ倶楽部は途中でリタイアし最後に残った井手らっきょとダンカンで優勝争いを行う事に、解答権を奪い合う際に、ダンカンが乗る車が大転し、ダンカンはリタイア、最後に残った井手らっきょもボケて不正解になり、結局グランドチャンピオンは不在となった。
  • 低俗番組と呼ばれたことから、視聴者からのクレームが放送回数が増えるたびに多くなっていったが、これらのクレームは、当時の出演者のふるまいが「リアクション芸」として認知されていなかった故の非難だったとも言える。このため現在、この番組を『リアクション芸』の発祥として再評価する向きもある。
  • クレームの多さを受け、一部のレギュラー枠を提供しているスポンサーは別スポンサーに差しかえられる。また、第20回の放送では番組開始前にカウキャッチャー扱いでCMを放送することも多々あった。(トヨタ自動車武田薬品工業=共にたけしがレギュラー出演している「世界まる見え!テレビ特捜部」のスポンサー)また、同じ「世界まる見え!〜」のスポンサーである花王も別スポンサーへ差し替えではなく、PT扱いでCMを流した。
  • 番組が終了した後に、日本テレビの上層部から番組プロデューサーにその件に関する処分が下った。また、参加芸人に対しての賠償も、桁外れな額にのぼっており、それらの負担は総て日本テレビが負った。
  • 後述でも触れているが、第11回大会以前は、司会のビートたけしは参加せずにただ見ているだけで、「ばかやろっ」と悲鳴をあげる芸人をあざ笑っていたため、たけしの毒のある笑いを理解している視聴者までも激怒させた。このため、たけしは一時「人間失格」と一部の論客から非難されていたほどである。しかし、これに対してたけしは「自分の看板番組で自分自身が参加しては、他の出演者が目立たなくなる」ということで参加はしていなかった、と後述のDVDに収録された座談会でダンカンなどが語っている。そもそも、この番組自体の趣旨は「たけしが、まだ売れていないがおもしろい芸人を集め、『救済』という形で仕事を与える」ことにあった、としている。だが、世間の声は無視できず、「たけしも解答者として参加させるべき」という声が、日本テレビ内部(特に製作スタッフ)からも上がった。
  • この結果、第11回大会において、ビートたけしの師匠である松鶴家千代若・千代菊から「たけしも司会で見てるだけではなく、他の芸人とともに参加しろ!」という言葉でたけしも芸人と一緒に参加することになった(『第1回宝田明のお笑いウルトラクイズ』として宝田明が司会)。そして、様々なクイズに参加して活躍し、最後の決勝ではカースタントに挑戦した、だがそのカースタントでは、車が横転して危機的状況になり、車から脱け出したたけしの行動を見て、車に一緒に乗車し運転していたタカハシレーシングの社長の高橋が、現場で逃げ回った。
  • また、戸塚ヨットスクール事件で逮捕された戸塚宏を出演させ、半殺し同然のシゴキを披露させたり[6]梅垣義明が、全身金粉で股間にコテカを装着し、イヨマンテの夜を歌い踊ったことで、北海道ウタリ協会(現:北海道アイヌ協会)から抗議を受けるなど、番組自体が社会的に非難された。
  • 1994年8月にビートたけしがバイク事故に遭い療養していたため、1994年秋と1995年正月は収録・放送をせず、1994年12月30日(金)に『金曜ロードショー』枠内で事故を起こす前に収録された『北野武のお笑いウルトラクイズ講座』を放送した(第16回扱い)。これは、本来は3巻分のビデオで発売する予定だった内容の総集編を、更に番組として2時間に再編集したものである(後にビデオも発売)。ビデオの内容は第1日目(第1回〜第6回)、第2日目(第7回〜第10回)、第3日目(第11回〜第15回)の3巻で概要だけでなくボツになった企画(前述)やクイズの傾向も解説していた。(ビデオではサリン北野、ダイオキシン北野などの名義)(1995年2月1日発売 各90分)また、1995年春もたけしが仕事復帰したが、番組は無かった。
  • 第13回大会の優勝記念のウイニングラン。出川哲朗が車のボンネットに張り付けになって、大型バスに突っ込んで大型バスが爆破する企画だったのだが、スタントが終わり出川が張り付けになっていた車から下りた直後、車がアクシデントで爆発し、それを見たスタッフが「惜しかったねー、乗ってるときに爆発すればおいしかったのに」と言った(後に、出川哲朗本人が『24時間テレビ』内の深夜のコーナーにて、「あの人達(お笑いウルトラクイズのスタッフ)は頭がおかしいですよ!乗ってる時に車が爆発したら死んじゃいますよ!」と暴露した。また、後述のDVDに収録された座談会でも語っている)。
  • この番組をきっかけに、90年代はカースタントや爆破ものを使ったバラエティ番組が多くなった。また、タカハシレーシングがバラエティ番組の企画に協力する事も多くなっていた。しかし、2000年代に入ると、BPOなどにより規制が厳しくなり、爆破ものを使った企画は非常に少なくなってきている。
  • 沖縄で行われた第5回大会では、オープニングを漫湖公園で行った(名前で笑いを取る為)。
  • 山崎邦正がこの番組に出演した際、美味しいところのほとんどを、新人だったナインティナインの岡村隆史に持っていかれてしまい、「番組が悪い。自分の魅力を引き出してくれない。(言わば)たけしさんが悪い。」と言い、以降の出演を断った。これについては、山崎がダウンタウンのシンパであることも少なからず影響しているのではという説もある。また、この出来事は今田耕司が『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』(1999年11月28日放送)にVTR出演した際に語ったものであり、番組を面白くするためのいわゆる「ネタ」である可能性も否定できない。
  • 第4回では岸谷五朗寺脇康文が「SET隊」としてツアーに参加していた。芸人が目立っていた中での参加だったが、出番はほとんど無かった。スタジオでもたけしから聞かれると、岸谷は「私達は参加したんですかね?」とスタジオの笑いを誘った。
  • 回数カウントはきちんとされているが、たけしの開催の挨拶では、必ず「第○○○回」と極端に大きい回数(400回台が多かった)が発せられ、とりあえずオープニングもその回数で表示される場合が多い。なお、正式な回数は2007年正月放送の時点で、本家『史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ』の回数を3回上回っている。
  • 1991年秋-1994年春まで『スーパークイズスペシャル』では、この番組用にクイズを出題。この番組用だけ行ったゲームでの近似値クイズが中心だった(1993年春では、この番組用のロケを行わず、代わって過去のたけしの被り物の映像を見た後にクイズを出題した)。また、1993年春-1996年春までは出場番組として参加した(優勝したのは1993年春の1回で1995年春は放送の予定が無かったにもかかわらず出場した)。
休止期間中
  • 第19回を最後に、約10年半の長い休止期間に入る。この間、数々のバラエティ番組で類似した内容の企画・番組が放送された(近年の例:テレビ朝日の『Qさま!』・『笑いの金メダル』・TBSの『DOORS 2006』など)。しかし、近年のテレビ界に吹き荒れる規制の嵐の影響で、この番組ほどの過激さを打ち出す事はなかなか難しく、かつての出演者や視聴者などから、本番組を懐かしみ、復活の機運が少しずつ挙がる様になっていく。
  • 2005年12月7日、本番組の放送元・日テレ系の映像ソフト会社であるバップからDVDが2巻構成で発売。1巻が第1回から第9回(創世/過渡期)を、2巻が第10回から第19回(進化/変貌期、第15回・第16回除く)を、人気のあったコーナーや有名な出場者別にまとめた総集編的内容。歴代優勝者の座談会も特典映像として収録された。このDVDの売れ行きが相応に宜しかったことが、2007年の復活を後押しした。
    • このDVDでは諸事情により、佐竹雅昭ら一部の参加者の姿はモザイク処理で消されている。
  • 2006年12月6日放送の情報バラエティ番組『ラジかるッ』にて、本番組の復活版を収録している千葉県富津市マザー牧場に生中継が入った。これは、ラジかるッにレギュラー出演しているザ・たっちが、同番組に参加することになり、スケジュールを合わせられなくなったため、この様なことが起こった。
第20回
  • プロレス字読みクイズの冒頭、解説者としてテリー伊藤の物真似で実況席に座っていたホリの目の前に当の伊藤本人が乱入し、伊藤は激高するあまり実況席を蹴り飛ばすなど、暴虐の限りを尽くした。なお、第1回からスタッフとして番組に関わってきた伊藤が、ちゃんとした形で番組に登場したのはこれが初めてである。

名台詞 [編集]

  • クイズ番組と思ったら、大きな間違いです。バラエティーショーですから、あくまでも、間違った方がメリットあります。なまじ正解してしまいますと、画面に映らない場合があります」
ビートたけし 第6回 オープニングセレモニー
  • ナポレオンの女房の名前は?」――「レミーマルタン
林家ペー 第1回 「ハンデ付き早押しクイズ」
  • 「歩行者用信号、赤は・・・」「止まれ!」「問題を最後まで聞きなさいよ。歩行者用信号、赤は・・・」「止まれ!」「聞けってんだ、バカヤロー!歩行者用信号、赤は、上下どっち?」――「・・・横?」(他に「吉本ばななのお父さんの名前は?」「パイナップル!」(吉本隆明が正解))
ジミー大西 第2回 「温泉のぼせクイズ」(たけしの出題に対して)
  • 「シュ〜って言ってるよぉ〜」
桜金造 第3回 「大接近! ワニクイズ」
  • 「変なこと聞くけど、最近ヤッてる?」 「頼む!ヤらせてくれ!」(頭を下げて) 「馬鹿野郎!男と女は会ったその日にヤるもんだぞ!」
ガダルカナル・タカ 第4回 「人間性クイズ タカの女好きを考える」(松坂季実子を口説く)
  • 「これよー!今までほしかった画はこれよー!!」
野沢直子 第6回 「パクッ!! ワニ池渡りクイズ」
  • 「ワニは怖い!!」(鶏肉を付けている状態でワニ池を綱渡りして)
中村有志 第6回 「パクッ!! ワニ池渡りクイズ」
  • 「今回も我々負けてしまいましたが、最後にこれだけはやらせてください。1、2、3、でダーです。いくぞー!! イーチ、ニィ、サン!ダァー!!」
春一番 第7回 「闘魂!! ウルトラビックファイトシリーズタッグ字読みクイズ」他
  • 上島竜兵に対し)「お前、ホンマモンちゃうか!?」
ゆうき哲也 第7回 「人間性クイズ 結城哲也はSMがお好き」
  • (裸になった後)「全国のみんな、これが俺の芸風だ!!」
上島竜兵 第10回 「世界初! 人間大砲でこんにちは」
ダンカン 第10回 「ビルの屋上急転直下! すべり台バンジークイズ」
  • 「殺す気か!?」(三角木馬にかけられて)
上島竜兵 第12回 「政党対抗! 政治家クイズ王日本一決定戦」
  • 「うちの寺門なんですけれど、選挙前になって来るとうちの実家とかに電話して来るのやめてくれよ!」(ラバーを大量にぶっ掛けられた時)
上島竜兵 第17回 「愛の暴露対決ラブラバー生き埋め拷問クイズ 」
  • 「やめろー!!最高責任者!!」(ウド鈴木の車をペチャンコにする時)
ウド鈴木 第19回 「ぺっちゃんこ!!爆走ローラーお宝いけにえクイズ」
  • 「・・・こんなのクイズじゃねえよ!」(出川張付けのダンプが転倒して)
出川哲朗 第20回 「爆走! ダンプ張りつけ目隠しカースタントクイズ!!」

放送日時・歴代優勝者[編集]

放送日時 主要ロケ地 優勝者
1 1989年1月2日 20:00 - 21:50(110分) 東京都葛飾区 林家ペー
2 1990年1月1日 21:03 - 23:24(141分) 静岡県伊東市 ジミー大西
3 1990年4月1日 19:00 - 20:54(114分) 静岡県熱海市 桜金造
4 1990年9月30日 19:00 - 20:54(114分) 福島県いわき市 ガダルカナル・タカ
5 1991年1月1日 21:03 - 23:22(139分) 沖縄県宜野湾市 ラッシャー板前
6 1991年4月6日 19:00 - 20:54(114分) 静岡県熱海市 井手らっきょ
7 1991年9月30日 19:00 - 20:54(114分) 山梨県富士吉田市 上島竜兵
8 1992年1月1日 21:03 - 22:54(111分) 沖縄県宜野湾市 ラッシャー板前
9 1992年4月4日 21:03 - 22:54(111分) 静岡県熱海市 松村邦洋中村有志
10 1992年10月16日 21:00 - 22:52(112分) 茨城県玉造町 ダンカン
11 1993年1月1日 21:00 - 22:54(114分) 沖縄県中頭郡 ダチョウ倶楽部
12 1993年4月10日 21:03 - 22:54(111分・プロ野球延長が20分繰り下げ) 静岡県熱海市 井手らっきょ
13 1993年10月16日 21:03 - 22:54(111分) 福島県いわき市 出川哲朗
14 1994年1月1日 21:00 - 22:54(114分) 沖縄県中頭郡 該当者なし(最終問題で正解者現れず)
15 1994年4月8日 21:03 - 22:54(111分) 福島県いわき市 該当者なし(前述の理由・グランドチャンピオン大会)
16 1994年12月30日 21:02 - 22:54(112分) 日本テレビ(ロケなし) 該当者なし(前述の理由・開催はなく総集編)
17 1995年10月5日 19:00 - 20:54(114分) 福島県いわき市 広川ひかる
18 1996年1月1日 21:00 - 23:09(129分) 沖縄県中頭郡 上島竜兵
19 1996年4月6日 21:00 - 22:54(114分) 静岡県熱海市 井手らっきょ
20 2007年1月1日 20:30 - 23:30(180分) 千葉県富津市 バナナマン日村カンニング竹山

主な開催地[編集]

※ひねった地名やマイナーな箇所などを意図して開催することがある。

テーマ曲[編集]

  • オープニング曲:Shocker (Reprise)『The Dudes Of Wrath』
  • エンディング曲:スージー・クアトロ『The Wild One』

スタッフ[編集]

第20回(復活SP)[編集]

第1回 - 第19回[編集]

  • 企画:ビートたけし
  • 構成:伊藤輝夫(テリー伊藤)、岩立良作ダンカン池田一之そーたにおちまさと、口岩秀喜、都築浩渡辺哲夫堀江利幸、西条昇
  • 美術:羽谷重信
  • デザイン:石附千秋、中野嘉一郎、久保玲子、渡辺俊孝、黒木遠志、小林俊輔
  • 俳優座:谷恒光、鎌田直毅、和田俊輔、小泉稔、谷川雅一、箱田一郎
  • テルミック:小野寺正富、大脇豊、渡辺俊孝、北山隆人
  • オブジェ:生方一芳、飯尾次郎、下吉克明、田中源造、岩瀬充幸
  • 特殊効果:平岡栄治
  • 東京衣裳:市川竜史、林知美
  • 京阪商会:門田悦子
  • スタジオ技術
    • TP:須田昌宏(日本テレビ)
    • TD:松村興(日本テレビ)
  • ロケ技術:八峯テレビ、FLT(旧・彩光)、ブル
    • TD:金岩昭博
    • CAM:元木宏、天沼聡、武石典之、小林重徳
    • VE:土佐谷和利、中井章晴、菅原潤、大高浩、佐藤浩一、島田靖久、久保田雅文、藤崎康広、吉本勝弘
    • AUD:倉上宏之、木俣洋一、小沢成人
    • LD:金澤利徳、伊藤恵吉、米田晴夫
    • PA:藤田洋幸、山田光夫
  • 編集:TDKビデオセンター、チサンユニテック → ユニテックリファインド、スタジオヴェルト
  • EED:島田一浩、大貫豊一(2人共ユニテック)/森田祐司(WELT)
  • MA:石井勇人(ユニテック)/村松勝弘(WELT)
  • 音効:幾代学、石川良則、和田勝之、田中稔、宮坂睦美、白根沢修
  • TK:塚越倫子
  • デスク:櫛山照美、安徳篤子、所里美、国方里香
  • 演出補:坂本交司、志熊康治、近藤弘史、百合勝典、吉田美之、山田直樹、石川光一、金子泰之、米澤敏克、幸高広、平野覚、荒木宏幸、芝崎孝雄、早瀬志都加、川口淳一、山下尚樹、斉藤香世子、池田純、星野直美、太田幸生、栗原憲也、山中れい子、西村晋也、菊地正喜、藤田清志、松本哲也、平田健太郎
  • 制作進行:北村佳子、西雅史、田中悦子、神成欣哉、三木武
  • ディレクター:斉藤敏豪高須信行、小林宏充、花岡圭一郎、増岡伸介、斉藤順、古山晃、畑岡英男、長谷川孝行、高橋純一、石水浩、米川昭吾、佐々木敦規中野行男、石和富志男、小島悟、峯山聡志、佐藤俊一郎、堀田浩司、西本孝明、神崎啓太郎、岡村勝久、栗山暁、柳井誠也、海野裕二、藍沢勇、諏訪一三、川勝茂
  • 演出:財津功(日本テレビ)
  • プロデューサー:金谷勲夫・甘利孝・桜田和之(日本テレビ)、望月政道・玉井浩(IVSテレビ制作)、天笠ひろ美、大滝均、小山伸一
  • 制作:加藤光夫(日本テレビ)
  • 制作協力:THE WORKSザイオン

ネット局[編集]

系列は第20回放送時(2007年1月)のもの。

放送対象地域 放送局 系列 備考
関東広域圏 日本テレビ 日本テレビ系列 制作局
北海道 札幌テレビ
青森県 青森放送 [7][8]
岩手県 テレビ岩手
宮城県 ミヤギテレビ
秋田県 秋田放送
山形県 山形放送 [9][8]
山形テレビ テレビ朝日系列 1993年3月まで[10]
福島県 福島中央テレビ 日本テレビ系列
山梨県 山梨放送
新潟県 テレビ新潟
長野県 テレビ信州 [11][8]
静岡県 静岡第一テレビ
富山県 北日本放送
石川県 テレビ金沢 1990年4月開局から
福井県 福井放送 日本テレビ系列
テレビ朝日系列
[8]
中京広域圏 中京テレビ 日本テレビ系列
近畿広域圏 読売テレビ
広島県 広島テレビ
山口県 山口放送 [12][8]
徳島県 四国放送
香川県
岡山県
西日本放送
愛媛県 南海放送
高知県 高知放送
福岡県 福岡放送
長崎県 テレビ長崎 フジテレビ系列 1990年9月まで[13][8]
長崎国際テレビ 日本テレビ系列 1991年4月開局から
熊本県 熊本県民テレビ
大分県 テレビ大分 日本テレビ系列
フジテレビ系列
[12][8]
宮崎県 テレビ宮崎 日本テレビ系列
フジテレビ系列
テレビ朝日系列
[8]
鹿児島県 鹿児島テレビ フジテレビ系列 1994年3月まで[14][8]
鹿児島読売テレビ 日本テレビ系列 1994年4月開局から

脚注・出典[編集]

  1. ^ 第1 - 19回では本名の"伊藤輝夫"名義で構成を担当。
  2. ^ なお、第20回は病み上がりのため欠場。その後2014年7月3日に逝去。
  3. ^ この問題は本家「アメリカ横断ウルトラクイズ」の第7回決勝にて最後に出題された
  4. ^ 実際には『テスト』ということでデンジャラスが行った
  5. ^ 『21世紀版 ビートたけしのお笑いウルトラクイズ 非常識大百科』p65
  6. ^ なおこの以前に本家の「アメリカ横断ウルトラクイズ」第7回にて「クイズヨットスクール」という名のクイズが行われた(ただし戸塚は出演していない)
  7. ^ 1991年9月30日までテレビ朝日系列にも加盟。
  8. ^ a b c d e f g h i クロスネット局は現旧ともに、いずれも日本テレビ系同時枠での放送回のみネット。
  9. ^ 1993年3月31日までテレビ朝日系列にも加盟。
  10. ^ 日曜プライムタイムでの放送回のみネット。
  11. ^ 1991年3月31日までテレビ朝日系列にも加盟。
  12. ^ a b 1993年9月30日までテレビ朝日系列にも加盟。
  13. ^ 1990年9月30日まで日本テレビ系列にも加盟。
  14. ^ 1994年3月31日まで日本テレビ系列にも加盟。

関連項目[編集]

参考文献[編集]

  • 『ビートたけしのお笑いウルトラクイズ!! 21世紀版―非常識大百科』2007年、 日本テレビ放送網

外部リンク[編集]