底ぬけAIR-LINE

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
底ぬけAIR-LINE
メンバー 古坂和仁
小島忍
村島亮(1997年脱退)
結成年 1991年
事務所 M2カンパニー→ホリプロコム
活動時期 1991年 - 2005年
出会い 日本映画学校
現在の活動状況 活動休止中(古坂はピン、小島はプロデューサー ほか、村島は俳優として活動)
芸種 コント
ネタ作成者 古坂和仁
過去の代表番組 ボキャブラ天国
爆笑オンエアバトル
テンプレートを表示

底ぬけAIR-LINE(そこぬけエアライン)は、かつて日本に存在したお笑いコンビ1997年まではお笑いトリオ)である。M2カンパニー→ホリプロコムに所属していた。2003年より、メンバー2人がテクノユニットNO BOTTOM!(現:NBR (NEW BUSHIDOU RAVERS))を結成。その後、所属事務所を離れたため、事実上解散状態である。メンバー全員、日本映画学校中退。

メンバー[編集]

旧メンバー[編集]

来歴[編集]

  • 1991年結成。結成時のグループ名は「よにん組」。「ハ〜イどーも!」のブリッジを挟んだスピード感溢れるショートコントや、初めにやった芝居が後に流れる音楽の歌詞と同じ動きをするという「あてぶり」というコントを得意としていた。音楽(テクノ)を駆使したコントの先駆的存在であった。
  • ボキャブラ天国」シリーズには「タモリのsuperボキャブラ天国」内の「ヒットパレード」の頃から参加していた。元器械体操部である小島の特性を活かし大きなアクションを伴うネタを披露。その後、「家族そろってボキャブラ天国」まで参加した。キング(優勝)経験は無く、最高位は3位。キャッチフレーズは「きりもみ空中3回転」。村島の脱退後は「2回転」に変更された。
  • 第1回爆笑オンエアバトル チャンピオン大会では「テクノ体操」というネタを披露したが結果は165KBという散々な結果で、出場10組の中で9位だった。ところが特別審査員として参加していた立川談志が「元気があって面白かったよ」と評価し「審査員特別賞」を与えた。その収録後、古坂と小島は談志から食事に誘われた。
  • 2003年9月からお笑い活動を休止し、テクノグループ「ノーボトム!」の活動に専念した。
  • ノーボトム!として音楽性を追求するため2005年10月11日に所属事務所のホリプロコム(M2カンパニーの後身)を離れ、事実上の解散となった。
  • 2005年、小島がゲーム開発プロデューサーに転向し、ノーボトム!を脱退。最後のライブには村島も客として参加し、小島自身も「ノーボトム!から依頼があれば引き受ける」と言った発言をしていることから、3人は現在も交流を持っていると思われる。
    小島は、2017年10月8日(関東地区放送日)の「ウチくる!?」にメインゲストの古坂の元相方として出演して、解散の真相を語った。

解散後[編集]

  • 2008年から古坂がピン芸人としての活動を再開。
  • テレビ番組などで過去の映像が流れる際、2008年の時点では古坂以外の2人の顔の部分は「元相方」のマークで隠されていた[1]2018年になると小島のみ顔が隠されて村島はそのまま顔出しをしており[2]、トークの中でも実名を出されるなど村島のみ解禁状態となっている。

過去の出演番組[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ タモリのボキャブラ天国大復活祭 伝説のキャブラー大同窓会&NEWキャブラーもボキャブる3時間SP』2008年9月28日放送分。
  2. ^ アメトーーク』2018年9月20日放送分。

外部リンク[編集]