X-GUN

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X-GUN~ばつぐん~
メンバー さがね正裕
西尾季隆
別名 アジアの超特急
結成年 1990年
事務所 株式会社ホリプロコム
活動時期 1990年 -
出会い 音響専門学校
旧コンビ名 丁半コロコロ
芸種 漫才
ネタ作成者 西尾季隆
公式サイト 株式会社ホリプロコム 公式ホームページ 内 公式プロフィール
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X-GUNバツグン)は株式会社ホリプロコム所属のお笑いコンビである。

「X-GUN」としてデビューし、一時期「丁半コロコロ(ちょうはんコロコロ)」にコンビ名を変更。その後再度「X-GUN」へ戻している。

メンバー[編集]

西尾 季隆(にしお ひでたか、 (1970-02-20) 1970年2月20日(47歳) - )

  • 身長176cm・体重110kg・血液型O型(公式プロフィールより)。
  • 東京都荒川区出身だが後に一家(両親と姉一人)で京都府へ転居し以降南京都高等学校卒業まで府内で育つ。
  • ボケ、ネタ作り担当。立ち位置は向かって左。
  • 太っている方。「おばちゃんのマネ」「K-1参戦の時の子供のイニシャルの刺繍入りパンツを手にしている曙太郎」など、誰もしないモノマネが得意である。
  • テレビ番組では、正論を並べたり説教系ダメ出しをしたりする事がある。また、Twitterでも田原総一朗ら有名人に噛みついたりする事がある(ただし本人に直接リプライする訳ではない)。
  • 体格に似合わず運動神経もあり、番組やイベントでシャープな踊りを見せる事もある。
  • 人志松本の○○な話」2011年11月11日放送の「ゆるせない話」に出演した際に「『売れてる空気を出す』後輩に腹が立つ」と発言し、松本人志に「なんか怖い」と言われ、千原ジュニアからも「嫉(そね)みですやん」と言われた。
  • コントでは主に女性キャラを演じる。おばちゃん(これのイメージモデルは自身の母親らしい)や、突然逆ギレしたり妄想の世界に入り込んだりする女性が多い。
  • バンドメンバーやアイドルなど音楽関係の知人が多く、底ぬけAIR-LINE時代からのつき合いの古坂大魔王と共に音楽イベントも開催。GOING UNDER GROUNDのファンでPVにも数回出演している。
  • K-POPに詳しい。特に少女時代のテヨンとKARAハン・スンヨンが好き。
  • 2011年ごろによくやっていた説教コントではさがねにあれこれとダメ出しをして、最後に「もう…終わりですよ」と決めセリフを言う。一時これで再ブレイクしかかったが(下記も参照)、2016年12月3日放送の「あるある議事堂」で語った所によると、「視聴者から『見ていて不快だ』『リアリティがありすぎて笑えない』などとクレームが来たため、すぐに出演オファーが来なくなってしまった」という。
  • 2007年10月、S状結腸憩室穿通を発症し約半月間入院した[1]その時のブログ。患部の切除手術は4時間に及んだという。それ以降は体質改善などのためえのき氷エノキタケをミキサーで挽いた後煮出してから凍らせた物)を食べるなど心がけている。また2013年8月21日には、この体験を踏まえたえのき氷に関する書籍「えのき氷 本当にすごいから試してよ!マニュアル」が発売されている。
  • サンボマスターの大ファンでライブへは頻繁に通っている。ライブの曲中にヴォーカルの山口隆にステージ上から名前を呼ばれ、アリーナからステージに上がり一緒に歌った事がある。
  • 古坂大魔王がピコ太郎で再ブレイクを果たした際は、長年苦楽を共にした親友のブレイクを喜ぶと同時に羨望や嫉妬を抱いたそうで、そんな感情を持ってしまう自分に嫌気がさしたという。そしてその事をLINE上で古坂本人に告白すると、「逆の立場だったらとか、自分には想像できない。でもお前にそう言ってもらえたのは嬉しい」と返信が来たという。

さがね正裕(さがね まさひろ、本名:嵯峨根 正裕(読み同じ)、 (1970-03-25) 1970年3月25日(47歳) - )

  • 身長170cm・体重64kg・血液型O型(公式プロフィールより)。
  • 京都府舞鶴市出身。
  • ツッコミ担当。立ち位置は向かって右。
  • 痩せている方。
  • ニックネームは「ガネさん」「ガネック」。
  • 基本的に地味でいじられキャラ(ボキャブラ天国シリーズで『いっぱいいっぱいなキャブラー』や『目立たないキャブラー』の第1位に選ばれた事がある)。近年では番組のオーディションで後輩芸人から若手芸人と勘違いされてタメ口で話しかけられたり、学園祭に出演した際は実行委員の人に一般人と間違われて楽屋入口で止められたりと「華・オーラのなさ」がネタにされる事も多い。芸人だがトークが苦手であまり話さない。やたら一発ギャグをやりたがる。そのため、西尾にネタ振りやツッコミをさせる時も。
    • 例:「(ビートたけしの『コマネチ』のような動作で)ウィ、ウィ、ウィー」
「すっとんとん、すっとんとん、ハミルトン、スケルトン」
「こんにちワッショイ、WHO ARE YOU!」
「うーん、感謝感激乱れ打ち、ボォ〜!!」
「アラブのおやじに見つかって、ごめんなさいと謝った、意味わかんね(片手を振る)」
「あ、ワン!あ、ツー!あ、ワン・ツー・スリー!(踊り出す)踊りにくっ!」
「ふっさ、ふっさ、ふっさふっさ、ふっさふさ〜!(頭に手をやる)いらないっ!(投げ捨てる動作)」
「最初はグー、シャンパンポ〜ン!(シャンパンを開ける動作をする)」
など。
一発ギャグをやる時の声は基本的に裏声である。また、パーソナリティーを務める「X-GUNのぐんぐんサタデー」ではリスナーから「こんな局面で使える一発ギャグ」を募集する「さがね一発ギャグ工場」というコーナーを持っている。
  • 顔立ちが少し木村拓哉に似ており、「爆笑ものまね紅白歌合戦」ではSMAPのものまねをやり好評を受けた。
  • 全盛期はとにかく女性にもてたそうで、居合わせた女性が尋ねもしないのに電話番号を教えてきたりなんて事はザラだったという。
  • 2006年から名字平仮名表記に変更。これは知り合いの占い師に「画数が悪い」と言われたため。
  • 「ボキャブラ天国」終了後に仕事が激減して本気で芸人を辞めようかと考えていた際、有田哲平くりぃむしちゅー)や山崎弘也アンタッチャブル)から「お前は社会に出てもどーせ何もできないよ」「お前は芸人しかできないよ」と激励されたという。
  • 既婚(できちゃった結婚)で子(長男)がある事を事務所・webサイトを通じ公表している。「内村プロデュース」2001年9月15日放送の「芸人に歴史あり!をプロデュース」の回に出演した際にも、「辛かった自慢」のお題に対して「仕事が減ったとたん彼女がにんしん、そして入籍、親に借金!!」とフリップで答えていた。
  • 「芸人に愛される芸人」タイプで、ボキャブラメンバーとの交遊も続いている。
  • 同世代の安田和博デンジャラス)と間違われる事がある。また2010年には有吉弘行のプロデュースの下、さがねと安田と河田貴一(BOOMER)の3名で「元祖・じゃない方芸人」によるユニット「有吉命名☆ゴーストバスターズ」を結成、阿佐ヶ谷ロフトAで3回に渡りトークライブを行ったほか同年5月3日放送の「やりすぎコージー」や5月16日放送の「アリケン」に出演している[1]。さらにこのユニットのテーマソングとしてさがね作詞の楽曲「前に進め」が制作され、PVも作られている。ライブのオープニング映像は「ゴーストバスターズ」のパロディで、メンバーの衣装も「ゴーストバスターズ」のユニフォームに似た白いつなぎ服だった。結成のきっかけは前年の「キズナ食堂」の海の家企画(下記参照)でさがねと河田が来客に一般人と間違われた事だそうで、安田を入れたのは彼が「アメトーーク」の「じゃない方芸人」に出演していたためだという。なお、3回目のトークライブには児嶋一哉(アンジャッシュ)がゲストに来ており、「ゴーストバスターズ4人目のメンバー候補」に挙げられていた。
  • 高校(京都府立西舞鶴高等学校)在学中には「MOON LIGHT HEAVEN(ムーンライトヘヴン)」というバンドを組んでいてボーカルを担当していた。その時のナンバーはラジオ「X-GUNちゃうんかい」のオープニング曲に使用された事もある。また現在は「さがね侍BAND」というロックバンドを主催し、自らボーカルと作詞を担当している。
  • 長渕剛のファンで、ライブでは長渕のパロディーキャラ「峨根渕剛」として自作の歌を披露した事もあった。またハードロックヘヴィメタルにも詳しい。
  • PASSPO☆のファンでもあり、ライブ(フライト)にも何度か足を運んでいるといい、番組での共演もしている。
  • 2013年6月23日、御徒町に実家の味を基にした「お母さんの味」がコンセプトのレストラン「ステーキ・ハンバーグさがね」を開店するも、2013年11月30日閉店。その後2014年2月10日より西新宿で串揚げ焼酎BAR「嵯峨根家」を開店し、2015年には愛知県豊橋市と高知県高知市はりまや町にそれぞれ支店を開店している。

略歴[編集]

X-GUN(第1次)時代[編集]

  • 大阪の音響専門学校で出会う。学校ではクラスが同じで、共に周囲と話が合わず孤立気味だったのとお笑い好きという共通点から接近していったという。
  • 1990年、「X-GUN」としてコンビ結成。いくつかの事務所のオーディションを経て渡辺正行に誘われ、彼の主宰だったM2カンパニー(現・ホリプロコム)に入る。コンビの名前は西尾が好きだったバンド・おかげ様ブラザーズのアルバムタイトルから取った。西尾が気取りの全くない関西のおばちゃんを延々と演じ続け、それに耐えかねた嵯峨根が思い切りのいいツッコミを入れるのが漫才のパターンだった。
  • 「芸人になりたい!」と最初から思っていた訳ではなく、当時の心斎橋筋2丁目劇場では1人500円の参加料で舞台に立てる一般参加型イベント「2丁目アマチュアナイト」が開催されていた(吉本興業主催のオーディションイベントであると思われる)。その司会が今田耕司東野幸治であったため「500円出せば2人に会える」という動機で出演し、ネタを見た今田と東野から「君らプロになるの?」「(プロに)なったらええのに」と言われた事がキッカケで芸人の道を進む事になった[2]
  • 芸人になるにあたっては層の厚かった吉本には入らず東京の事務所に入るために上京する事を決め、それぞれアルバイトで働いて資金を貯める事にした。だが嵯峨根は両親に芸能界入りを反対されて西尾に何も言わずに就職してしまい、この事に西尾が憤慨して一旦絶交状態になってしまう。それから西尾は一人でも上京するつもりでいたが、嵯峨根の方もどうしても夢を諦めきれなかったのと西尾との友情を失いたくないとの思いから両親を説き伏せてようやく同意をもらい、半年ほどで退職して西尾に連絡を入れた。最初は「何を今さら」と思っていた西尾も話を聞くうちにわだかまりを捨てて一緒に上京する事を決意し、一緒に東京行きの新幹線に乗ったという。
  • 1994年、「GAHAHAキング 爆笑王決定戦」にてチャンピオンに向け、2度の挑戦の末10週目寸前の9週目まで勝ち抜くが、同時に番組が終了。審査員だったテリー伊藤から慰められるものの、ブレイクチャンスをつかみ損ねる。またその翌年には「GAHAHAキング」の後身番組「GAHAHA王国」出身のお笑いユニット「東京ギャグファクトリー」による合同ライブも行っている。メンバーはネプチューン、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)、底ぬけAIR-LINE、X-GUN、ノンキーズピーピングトムU-turnの7組16名で、東京のお笑いを強化するため各メンバーの所属事務所が共同で立ち上げた一大プロジェクトだった。この頃吉本興業が東京で売り出していた吉本印天然素材への対抗策ともいわれている。
  • 1990年代後半、「タモリのボキャブラ天国」などで人気を博す。西尾は登場時のつかみに得意のおばちゃんの物真似を織り交ぜたデブネタを使っていた(2人で『バッツグーン!』と両手を交差させ×印を作った後片方の拳を突き上げるポーズを決め(参考画像)、その後西尾が『キャ〜! リズミカルデブ!』と叫ぶなど)。
  • 番組「前略ヒロミ様」内でヒロミを中心に結成したバンド、フライングオイスターズに西尾はドラマーとして参加。ライブを行い、CD「振り向け」(作曲は宇崎竜童)をリリース。
  • TBSラジオの「サタデー大人天国! 宮川賢のパカパカ行進曲!!」番組内コーナー「ツムラ街角ヤッホークイズ」の司会を務める。
  • 1998年テレビ朝日深夜ドラマせつない TOKYO HEART BREAK」に、三角関係に悩む売れない芸人「フラワーボーイズ」として主演。バナナマンも共演していた。
  • TBCラジオの夜番組「イキナリ!」の月曜枠「X-GUNの一発かましたれ!!」(22:00-23:00、番組自体はイキナリ!が始まる前の2000年1月から放送されている)でパーソナリティーを務める。
  • X-GUN(第1次)時代に、底ぬけAIR-LINEとともに伊東一雄(パンチョ伊東)のモノマネで「ダ・パンチョ」という4人グループを組んでDA PUMPの「if」の替え歌で歌った。メインボーカルは西尾が担当した。
  • 単独ライブは1997年に渋谷ON AIR EAST(現・Shibuya O-EAST)、1999年赤坂BLITZで上演。コントに音楽を盛り込んでおり、オリジナル楽曲も披露された。ライブハウスでのお笑いライブの上演は当時は異例だった。
  • 全盛期の金遣いの荒さは凄まじく、一万円札をあたりにばら撒いて「俺らはそのお札に嫌われたみたいだからお前らにやるわ」と言って後輩たちに拾わせ、その様子を楽しんだりしていたという。その当時は「このまま収入が鰻登りになって、そのうち億単位になるんじゃないか」と真剣に思っていたらしい。
  • 1999年に「ボキャブラ天国」が終了して以降は仕事が激減し、月給もピーク時の200万円から2万9000円と約1/70にまで下がってしまった。事務所の後輩に前説の仕事を譲るよう迫ったり、営業でスーパーに行ったところ全くと言っていいほど客がおらず営業先から「人を集めてください」と言われたり、後輩と一緒に営業のイベントに出た事を「売れっ子の後輩にくっついてってるコバンザメ」呼ばわりされたり、客がネタを見るためでなくネタを披露した後のトイレットペーパー積み放題の無料プレゼントゲーム目当てで仕方なく残っているのがミエミエだったりと辛酸をなめる日々を送る。それでも、売れっ子になった爆笑問題が自分の冠番組の一コーナーに起用するなど仕事を回してくれたおかげで乗り切れたという[3]

丁半コロコロ時代[編集]

  • 2006年、「細木数子が緊急大予言・アナタの将来を幸せにするSP」(テレビ朝日)[4]で改名アドバイスをもらう予定だったが、細木の「続きは他局でやる」という意向により「ズバリ言うわよ!」、(TBS)で「丁半コロコロ」に改名(その時の西尾のブログ)。その時の解説によると嵯峨根が「丁」で西尾が「半」らしい。
  • 「現在のコンビ名での活動が10年以下」という参加条件に則って2006年の第6回M-1グランプリに出場するが3回戦止まりだった(その時の西尾のブログ)。なおX-GUNとしては第1回の時点で結成から10年を越えていたため参加資格がなかった。
  • 2006年9月5日放送の「くりぃむしちゅーのオールナイトニッポン[2]」で、さがねのダメダメぶり・いっぱいいっぱいぶりを後輩のくりぃむしちゅーに諌められ、くりぃむしちゅーの二人は「解散しなきゃ西尾さんがかわいそうだ」と冗談半分で発言。これは前回のさがねをゲストに迎えた24時間テレビ反省会が、24時間テレビ内で史上最悪レベルのダダ滑りを連発した「さがね反省会」になってしまった事を受けて「丁半コロコロ解散総選挙」として行われた物で、実際西尾は「本気で解散を考えている」と語り、飛び入りの土田晃之とデンジャラスも加わってさがねへの不満を語った。特に土田は「自分のコンビが解散した時と一緒」と語るなど、事態の深刻さを匂わせていた。同番組内でさがねは脳天気に「今頑張ってる事は家の掃除」「(西尾は)1くらいの話を100に膨らまして話してる」などと発言、それに対して西尾は「1の話を0.5にしてる、そのまんま話したらマジ喧嘩になってしまうから」とコンビ間の温度差が目立っていた。そして番組中のリスナー投票では解散を支持する声が多かったが、別室にて二人きりで話し合った所さがね自身も「壁に突き当たって悩んでいる」と告白したりして、最終的に西尾が「今後のギャラの8割を自分がもらう」と条件を言って正式にコンビ継続を発表したものの存続が危ぶまれる事となった(その時の西尾のブログ)。しかし後に自身のラジオ番組で西尾が「解散はない」と発言した。同年10月に「BINGO75」(BSフジ)で、コンビ結成以来、解散を考えたのはこの1回のみと明かしている[5]
  • 2008年3月18日生放送を以て2000年1月から8年3か月続いていたTBCラジオ「丁半コロコロの一発かましたれ!!」(月曜日、23:30 - 25:00)が終了した。3月23日にはエル・パーク仙台ギャラリーホールで「丁半コロコロの一発かましたれ!!トークライブ」と題した番組終了記念ライブが行われ、その模様は特別番組として放送された。

X-GUN(第2次)時代[編集]

  • 2008年9月28日に放送された「タモリのボキャブラ天国 大復活祭スペシャル」の番組内で、「(改名した事を)誰も知らなかったのに、今日を境に(コンビ名を)『X-GUN』に戻そうと」と発言し、同番組では最後までX-GUN名義で参加。その後、西尾が自身のブログで正式に「X-GUN」への再改名を発表した。
  • 2009年7月19日に原宿で行われた「サイボーグ009」の連載開始45周年記念イベントにおいて、スピードワゴンクワバタオハラヒデヨシの3組と共にスペシャルユニット「ホリプロ009」として出演。全員が劇中のメンバーの衣装を着用して登場しチャリティオークションを行ったほか、劇中のサイボーグたちが各々違う特殊能力を持っている事にちなんで各自が自分の「特殊能力」と称した持ち芸を披露した。ここで西尾はレッドカーペットを歩く広末涼子のモノマネや事務所の大先輩・和田アキ子の「笑って許して」発売当時レコードバージョンのモノマネなどで客席から喝采を浴びていたが、さがねの方は「この場の空気を一瞬で変えます」と意気込んで「こっちはこれぐらいコングラッチュレーション !!」というポーズつきの一発ギャグをやったところ客席がしんと静まり返ってカメラのシャッター音だけが鳴り響く事態となり、場の空気を(悪い方へ)一瞬で変えてしまった。西尾はこれを、「普通ネタやった後は(会場が盛り上がるから)こんなシャッターの音聞こえませんよ。カメラさんにシャッターの音を出させる特殊能力です」とフォローして笑いを取っていた。
  • 2009年7〜8月、TBS系のバラエティ番組「キズナ食堂」の一発屋芸能人救済企画として、BOOMER鉄拳ムーディ勝山ダンディ坂野・小梅太夫(現・コウメ太夫)・鼠先輩と共に江ノ島の海岸で「一発屋芸人・一発屋歌手による海の家『一発屋』」の経営にチャレンジした。本業の手が空いている時はこの店で働いて売り上げ金の一部を給料としてもらえるシステムで、番組中で毎週目玉企画として放送されるなど告知効果もあって売り上げは上々で、お盆初日の売り上げは65万9200円、お盆期間中の売り上げは207万2900円、2ヶ月間で合計1648万8,550円の売り上げとなり、番組内でも「海の家としては大成功」との評価を受けた。西尾のブログによると、その中である日のさがねは仕事中しょうもない替え歌を歌ったり、ずっと小梅太夫のモノマネをしてたり、勝手にフランクフルトを食べたり、変な声で「いらっしゃいませ」と言ったりと調子に乗りまくった挙げ句最後には疲れきって腑抜け状態になっていたそうで、そのブログ中で「疲れるならちゃんと仕事して疲れてくれ」と苦言を呈されていた。
  • 2011年、「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!![6]の「山-1グランプリ」に出演。西尾がさがねに痛烈なダメ出しをするという漫才を披露。高須光聖は「それこそ裏でやってるような、ものすごいリアルな文句で面白かった」と他の放送作家に語った[7]。そんな事もあってか、後日、同番組の「餃子の王将のメニュー全部食べて100万円」という企画で助っ人として登場。だが少食だと明かしたさがねに西尾が店の隅で延々と説教、その間に料理が運ばれてテーブルいっぱいになってしまい、しまいには松本人志に「もうええわ!」と突っ込まれて結局最後まで食べられないというオチだった。番組の冒頭で松本は「X-GUNは今年来る(ブレイクする)んじゃないか」「X-GUNか髭男爵か」と語っていた。ちなみにこの年は「THE MANZAI」に出場したが2回戦止まりだった。
  • 2011年9月15日、東京・渋谷のダンススタジオBEASTARで行われた韓国映画「ホワイト」のダンスバトルイベントに、事務所の後輩KICK☆と共に映画に登場するアイドルグループ「ピンクドールズ」の日本版グループとして参加した。イベントでは「T-ARA」のカバーダンスチーム「M:name」とダンスのカバーバトルで対決。お揃いの白いロン毛のカツラをかぶり、ジュリアナクイーンの荒木久美子師匠をチームに迎えて特訓を行ったダンスを披露した。本作でダンスの振りつけを担当したダンサーの三枝真希からは「今までにない。本人(『ピンクドールズ』のメンバー)たちに見せたい」とお墨つきをもらい、西尾は「これでK-POP界に殴り込みをかけられる!」と意気揚々だったが、会場に流れる失笑に近い空気に「ちょっと待ってください、この温度差は何ですか?」とさがねが冷静なツッコミを入れていた。
  • 2012年1月13日放送の「叱るGENJI」において、そのライバルグループ「怒るGENJI」として出演。本物のお説教アイドルの座を賭けて“本家”とかくし芸対決を行った。だが事あるごとにさがねがダメダメぶりを露呈し、対戦相手でなく相方から「お前、制限時間の1分間、何もしてないからな」などとガチのダメ出しをされ、対戦相手からも心配されるという意外な展開になってしまった。
  • 2012年、「AAA TOUR 2012 -777- TRIPLE SEVEN」では西尾がツアーレポート番組「有沙と洸とブーデーの追いかけセブン」でレポーターを務める。
  • 2013年、「AAA TOUR 2013 Eighth Wonder」では西尾に加えさがねも参加するツアーレポート番組「ブーデーpresents逢いたかったらWonderパフォーマンス!」でレポーターを務める。
  • 2014年、PlayStation 3専用ソフト「魁!!男塾 〜日本よ、これが男である!〜」のPR用ムービー「男の大バトルスペシャル」にさがねが古坂大魔王、クロちゃん(安田大サーカス)、ななめ45°と共に出演。メンバーは「魁!!男塾」の世界を再現した衣装(古坂は長ランに白鉢巻きに下駄履き、さがねは羽織袴、クロちゃんとななめ45°は長ランに学生帽に下駄履き)を着用、古坂とさがねはナース風レースクイーンの衣装を着た木口亜矢と共に進行係を務め、後の4人が白褌一丁になって「男塾入塾試験」と称した過激なゲームを行った[8]ファミ通.com内記事)。
  • またこの年、さがねはR-1ぐらんぷりに出場して2回戦まで進んでいる。
  • 2015年7月12日、東京・しもきた空間リバティにてユニットライブ「ホニーライブ」を開催。西尾がチャーミングのネタに「『こんな面白いネタをやる人たちがいるなんて!』と思ったと同時に、自分たちが忘れていた何かを思い出させてくれた」と感銘を受けた事が開催の動機で、ライブにはチャーミングとその同僚のオテンキ、それに自分の後輩のオレンジサンセットを呼んでいる。なおライブ名は4組の所属事務所の名前(ホリプロコムSMA NEET Project)を組み合わせた物で、次回以降については楽しいかどうかに重きを置いて柔軟に展開していくとの事[9]
  • 2016年5月、漫才協会に加入[10]。同年3月の漫才協会のライブ「漫才大行進」の「道場破り枠」への出演がきっかけで、ライブ後の打ち上げの席上で青空好児(青空球児・好児)から「やはり芸人は舞台の上でネタをやらないと」と言われた事から、芸人として自分たちの芸を磨き直すために入会を決めたという。

エピソード[編集]

  • 西尾は男性アイドルマニアとしても有名。THE GOOD-BYEに関しては特に熱心で、トークイベントに自ら売り込み参加するほどだった。反対に「女子アナかモデルになりたいです」とコメントした女子大生に対し、「甘ったれるな、バカヤロー!!」と叱るなど女性に厳しい一面もある。
  • 独身時代のさがねは金遣いの荒さで有名だったが、結婚し子供がいる現在はかなりの倹約家となった。さがねは恐妻家でもあり、相方からブログで「尻兄(尻に敷かれてる兄さんの意)」と呼ばれたりもする。これについては2012年2月20日放送の「お願い!ランキング」内の「やってはいけない風水ランキング」において、「食卓の南側に座っているから家庭内での立場が弱くなっている」と指摘されていた。また一番立場が強いのは北側に座る人だそうで、そこには彼の妻が座っていた事が判明している。
  • 2006年の24時間テレビで2006年8月時点の給料は18万と暴露(上田晋也曰く『西尾のギャグ』)。この時点で既に改名していたが、テロップには「丁半ロコロコ」と間違って表示された。
  • タモリのボキャブラ天国」では原田泰造ネプチューン)に対して、やたらと西尾が噛みついていた。
  • 爆笑オンエアバトル」で西尾がキロバトルを測る計量器の上に乗り、壊してしまったことがある。
  • 西尾は上京当時、オールナイトニッポン第2部を担当していた伊集院光を尊敬し、出待ちをしていたことがある。その後、伊集院光は自身が尊敬の対象になっていることを意識するあまり西尾とは距離を置いていたが、最近では「伊集院光のばんぐみ」で共演するようになった。
  • 事務所の後輩のバナナマンと仲がいい。日村勇紀は実際は先輩だが後輩として接しており、日村もX-GUNの二人を先輩として接している。
  • 西尾は先輩である爆笑問題・太田に対して、自身を「雑学王に出せ」と迫った事がある。
  • 2人とも歌唱力には定評があり、CDデビューを目指しているらしい。いろんなアーティストを自分のラジオに呼びプロデュースしてくれる人を探したが、未だ実現には至っていない模様。
  • ファーストライブビデオ「Go!」によると、X-GUNにはテーマ曲がある(振りつけあり)。作詞はTBSアナウンサーの浦口直樹らしい。
  • 西尾の演じるおばちゃんキャラは髭男爵の山田ルイ53世の母親に似ているらしい。「ボキャブラ天国大復活祭スペシャル」において、山田自身が「放映当時上京中で一人暮らしだったので、テレビでおばちゃんキャラを見るたびに実家を思い出して懐かしい気持ちになった」と語っている。
  • AAAとはデビュー当初から仲がよく、2008年のドラマ「未来世紀シェイクスピア」のDVDでも共演し、現在ではツアーレポート番組のレポーターを務めている。またその縁で、西尾はメンバーの宇野実彩子が出演するドラマ「東京トイボックス」(テレビ東京系)の第5話にゲスト出演もしている。なお、ツアーレポート番組のタイトルにつく「ブーデー」とはAAAのメンバーが西尾につけたあだ名である。

賞レース[編集]

  • 2006年 M-1グランプリ 3回戦進出(丁半コロコロとして)
  • 2011年 THE MANZAI 2回戦進出

出演[編集]

テレビ[編集]

テレビCM
  • こんがりクラブ(ロッテ・1992年)
  • au損保『あ・う・て』自転車親子篇(2014年 さがねのみ、小原正子(クワバタオハラ)との共演)
終了番組

ラジオ[編集]

終了番組

ドラマ[編集]

映画[編集]

作品[編集]

書籍[編集]

  • えのき氷 本当にすごいから試してよ!マニュアル(ルックナゥ、2013年8月)

CD[編集]

  • 「ネタDE笑辞典」M2カンパニー編(日本コロムビア、1998年1月)
  • 君を抱きしめたい[11](ホリプロ、1998年8月)
  • 振り向け[12](東芝EMI、1996年8月)
  • まんぷくトランス(ビクターエンタテインメント、2006年5月)西尾のみ

VTR[編集]

  • X-GUN"GO!"(ポニーキャニオン、1997年10月)
  • X-GUN"STAY OR GO"(ポニーキャニオン、1999年11月)
  • ギャグウォーズ3(ハピネット・ピクチャーズ、1997年)

単独ライブ[編集]

日程 タイトル 会場
1997年6月24日 GO! 渋谷ON AIR EAST
1999年8月23日 STAY OR GO 赤坂BLITZ
2002年8月18日 ペラい男 新宿シアターモリエール

主催ライブ[編集]

日程 タイトル 会場 ゲスト
2015年7月12日 ホニーライブvol.1 しもきた空間リバティ チャーミング、オテンキ、オレンジサンセット
2015年10月4日 ホニーライブvol.2 しもきた空間リバティ チャーミング、オテンキ、オレンジサンセット
2015年12月6日 ホニーライブvol.3 しもきた空間リバティ チャーミング、オテンキ、オレンジサンセット

脚注[編集]

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  1. ^ お笑いナタリー記事、2010年2月14日
  2. ^ 「ココロの旅」2012年11月20日放送分(webアーカイブ)
  3. ^ ブラマヨとゆかいな仲間たち アツアツっ!」2011年10月22日放送より。
  4. ^ 1月1日放送分
  5. ^ 「コンビ解散を考えたのは何回?」というクイズとして出題された。
  6. ^ 1月30日放送分
  7. ^ Quick Japan」vol.94
  8. ^ お笑いナタリー記事、2014年2月27日
  9. ^ お笑いナタリー記事、2015年5月28日
  10. ^ お笑いナタリー記事、2016年5月5日
  11. ^ 単独ライブ「STAY OR GO」の会場内で発売されたCDつきパンフレットで、曲はX-GUNの2人が作詞・作曲した物である。後にライブビデオの付録にもなっている。
  12. ^ 「前略ヒロミ様」(フジテレビ)の番組内で結成されたバンド「ザ・フライングオイスターズ」のナンバーで、当時番組に出演していた西尾がドラムを担当している。

外部リンク[編集]