明治大学ラグビー部

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明治大学ラグビー部
原語表記 明治大学体育会ラグビーフットボール部
クラブカラー      紫紺
愛称 メイジ
創設年 1922年
代表者 大六野耕作
監督 丹羽政彦
所属リーグ 関東大学ラグビー対抗戦グループ
チームカラー
公式サイト
http://www.meijirugby.jp/
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明治大学体育会ラグビーフットボール部(めいじだいがくたいいくかいラグビーフットボールぶ、Meiji University Rugby Football Club)は、関東大学ラグビー対抗戦Aグループに所属する明治大学ラグビー部。愛称メイジ。略称明大(めいだい)。全国大学選手権優勝20回(東西対抗8回、選手権12回)。日本選手権優勝1回。7人制では、ジャパンセブンズ優勝1回・YC&AC JAPAN SEVENS優勝2回・東日本大学セブンズ優勝1回を誇る。

概要[編集]

試合前に校歌斉唱をする明治大学の選手達(2011年10月・日本体育大学戦・秩父宮ラグビー場

明治大学14番目の運動部として1922年創部(翌1923年に正式に承認された)で大学ラグビーの伝統校の一つ。

日本ラグビー界では五指に入る人気を持つといわれている。部のエンブレムはペガサス。「重戦車」と呼ばれる強力FWがチームの特徴であるが、黄金期にはBKにも好選手を擁していた。

北島忠治1929年から67年間指揮を執り、彼が言い続けた「前へ」を合言葉に日本選手権1回、大学選手権12回優勝の名門に作り上げた。

明早戦は1973年~2013年まで国立競技場で開催されていた。(2007年12月)

長きに亘り、人気・実力共に大学ラグビーの中心的な存在であり、特に早大ラグビー部との対戦は「明早戦」(早明戦)と呼ばれる、日本ラグビー界を代表する伝統の一戦とされ、両校はこれまで大学選手権決勝で9度対戦し、6勝3敗で明治が勝ち越している。

1969年選手の丸刈り制を廃止。1972年度から1982年度まで11年連続で大学選手権決勝進出、その内5回優勝している。

1990年代には対抗戦優勝8回、大学選手権優勝5回・準優勝3回と圧倒的な強さを誇った。

しかし1998年度以降大学選手権の決勝から遠ざかっている。

2006年3月に明治大学のラグビー部員などが騒音を出し続けたため慢性的な睡眠不足になったとして、ラグビー部合宿所近くの住民が明治大学を相手取って慰謝料を求めた。東京地裁は明治大学に計45万円の慰謝料の支払いを命じた[1][2]

2008年度はシーズン中盤から終盤にかけて4連敗を喫し対抗戦で6位となり、24年ぶりに大学選手権出場を逃した。

2010年度の対抗戦では全勝で明早戦を迎え、12年ぶりの優勝に王手をかけたが、早稲田大学に15-31で敗れ復活優勝はならなかった。同年度の大学選手権準決勝でも早稲田大学と再戦したが10-74で完敗した。この74失点は2007年度の対抗戦における71失点を上回り、早稲田大学戦での最多失点となった。

2012年度は大学選手権を含めて100回目となる明早戦を後半ロスタイムで逆転勝利し、筑波大学帝京大学と同率ながら14年ぶりの対抗戦優勝を飾った。

2013年度は3勝4敗と負け越したが青山学院大学と同率で5位で大学選手権に出場した。なお国立競技場改修前に行われた最後の明早戦は、明治が先制するも早稲田に逆転され敗れた。

2014年度から明早戦が秩父宮ラグビー場で開催されている。

2015年度は明早戦を3年ぶりに勝利し、帝京大学と同率ながら3年ぶりの対抗戦優勝を飾った。

タイトル[編集]

ノーサイド後に相手チーム選手と健闘を称え合う明治大学の選手達(2011年11月・慶應義塾大学戦・秩父宮ラグビー場
1975
19721975197719791981、19853、19884、1990、1991、1993、
1995、1996
準優勝:9回(197319741976197819801982、1994、1997、1998)
1931、1935、1938、1939、1940、1949、1951、1954
1931、1934、1935、1938、1939、1940、1947、1949、1951、1954、
1961、1962、19751 、1977、1979、1985、1986、1988、19901 、1991、
1992、1993、1994、1996、1997、1998、20122、20155
  • 関東大学春季大会グループB:1回
2014
1993
1976、1982
2017
※年は全て年度。

1早稲田大学と同率1位
2筑波大学・帝京大学と同率1位
3慶應義塾大学と同点両校優勝
4大東文化大学と同点両校優勝
5帝京大学と同率1位

早慶2校との対戦成績[編集]

早稲田大学[編集]

大会 試合数 明治大学
勝利
引き分け 早稲田大学
勝利
関東大学対抗戦
(定期戦・明早戦
92 37 2 53
大学選手権 12 7 0 5
合計 104 44 2 58
※招待試合・練習試合・ジュニア選手権等は含まない。2016年度現在。

慶應義塾大学[編集]

大会 試合数 明治大学
勝利
引き分け 慶應義塾大学
勝利
関東大学対抗戦
(定期戦・明慶戦
92 53 3 36
大学選手権 8 6 1 1
合計 100 59 4 37
※招待試合・練習試合・ジュニア選手権等は含まない。2016年度現在。

戦績[編集]

近年のチームの戦績は以下のとおり。

年度 所属 勝敗 順位 監督 主将 大学選手権
1986 - 10勝0敗 1位 北島忠治 高橋善幸 準決勝 3-11 大東文化大学
1987 - 8勝2敗 3位 北島忠治 大西一平 1回戦 0-10 大阪体育大学
1988 - 9勝1敗 1位 北島忠治 安東文明 優勝 決勝 13-13 大東文化大学1
1989 - 8勝2敗 4位 北島忠治 竹ノ内弘典 1回戦 10-21 大阪体育大学
1990 - 8勝1分 1位2 北島忠治 吉田義人 優勝 決勝 16-13 早稲田大学
1991 - 9勝0敗 1位 北島忠治 小村淳 優勝 決勝 19-3 大東文化大学
1992 - 9勝0敗 1位 北島忠治 永友洋司 準決勝 18-42 法政大学
1993 - 9勝0敗 1位 北島忠治 元木由記雄 優勝 決勝 41-12 法政大学
1994 - 9勝0敗 1位 北島忠治 南條賢太 準優勝 決勝 17-22 大東文化大学
1995 - 7勝2敗 2位 北島忠治 信野將人 優勝 決勝 43-9 早稲田大学
1996 - 9勝0敗 1位 北島忠治
寺西博
松本幸雄 優勝 決勝 32-22 早稲田大学
1997 A 7勝0敗 1位 田中澄憲 準優勝 決勝 17-30 関東学院大学
1998 A 6勝0敗 1位 金谷福身(HC) 山岡俊 準優勝 決勝 28-47 関東学院大学
1999 A 5勝2敗 3位 金谷福身(HC) 斉藤祐也 2回戦 17-21 関東学院大学
2000 A 5勝2敗 2位 田中充洋 桜井崇将 2回戦 14-46 同志社大学
2001 A 5勝2敗 3位 田中充洋 松原裕司 2回戦 31-42 関東学院大学
2002 A 5勝2敗 3位 境政義 伊藤太進 1回戦 43-48 近畿大学
2003 A 4勝3敗 4位 境政義 小堀正博 2回戦 プール戦Bグループ 0勝3敗
2004 A 5勝2敗 3位 境政義 黒田崇司 2回戦 7-38 法政大学
2005 A 4勝3敗 4位 境政義 高野彬夫 1回戦 24-43 大阪体育大学
2006 A 5勝2敗 2位 藤田剛(HC) 日和佐豊 2回戦 14-28 大阪体育大学
2007 A 5勝1敗1分 2位 藤田剛(HC) 上野隆太 準決勝 27-34 慶應義塾大学
2008 A 3勝4敗 6位 藤田剛 杉本晃一 不出場
2009 A 3勝4敗 5位 吉田義人 金澤章太
西原忠佑
準決勝 12-43 帝京大学
2010 A 6勝1敗 3位 吉田義人 杉本博昭 準決勝 10-74 早稲田大学
2011 A 5勝2敗 2位3 吉田義人 溝口裕哉 2回戦 9-11 筑波大学
2012 A 6勝1敗 1位4 吉田義人 竹内健人 セカンドステージ敗退
2013 A 3勝4敗 5位5 丹羽政彦 圓生正義 セカンドステージ敗退
2014 A 5勝2敗 3位 丹羽政彦 勝木来幸 セカンドステージ敗退
2015 A 6勝1敗 1位6 丹羽政彦 中村駿太 準決勝 19-28 東海大学
2016 A 5勝2敗 3位 丹羽政彦 桶谷宗汰 3回戦 22-26 京都産業大学

1大東文化大学と同点両校優勝
2早稲田大学と同率1位
3早稲田大学・筑波大学と同率2位
4筑波大学・帝京大学と同率1位
5青山学院大学と同率5位
6帝京大学と同率1位

1975年度の日本一[編集]

1975年度の第13回日本ラグビーフットボール選手権大会1976年1月15日)で、三菱自動車京都を37-12で破り初優勝を果たした。下記は当校日本一の試合時におけるフィフティーンである。