さまぁ〜ず

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さまぁ~ず
SUMMERS
メンバー 大竹 一樹
三村 マサカズ
結成年 1989年
事務所 ホリプロ
活動時期 1989年4月 -
影響 ビートたけし
タモリ
とんねるず
ダウンタウン
ウッチャンナンチャン(特に内村光良
出会い 東海大学付属高輪台高等学校
旧コンビ名 バカルディ
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 コント漫才
ネタ作成者 両者
(大竹がネタの大半を書き、三村がツッコミを考える)
現在の代表番組 レギュラー番組
Qさま!!
さまぁ~ず論
モヤモヤさまぁ〜ず2
内村さまぁ〜ず
世界さまぁ〜リゾート
スペシャル番組
とんねるず×さまぁ〜ずの一文無しジャーニー2×2
名曲お宝音楽祭
内村&さまぁ〜ずの初出しトークバラエティ 笑いダネ
過去の代表番組 神さまぁ〜ずさまぁ〜ず式ホリさまぁ〜ずマルさまぁ〜ず
キカナイト
おもしろ言葉ゲーム OMOJAN
リンカーン
笑っていいとも!
ネリさまぁ〜ず
さまぁ〜ずの世界のすげぇにツイテッタ〜
ポンコツ&さまぁ〜ず
さまぁ〜ずの神ギ問
さまスポ
同期 爆笑問題
テンション
月亭方正など
公式サイト 公式プロフィール
受賞歴
2003年 ゴールデン・アロー賞芸能賞
2014年 ベストジーニスト協議会選出部門
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YouTube
チャンネル
活動期間 2020年 -
ジャンル バラエティ
登録者数 22.7万人
総再生回数 664万回
事務所(MCN ホリプロ
ジーヤマ
チャンネル登録者数、総再生回数は2020年10月19日時点。
テンプレートを表示

さまぁ〜ずは、ホリプロに所属する大竹 一樹三村 マサカズからなる日本お笑いコンビ。キャッチコピーは「東のコント職人」。

メンバー[編集]

大竹 一樹(おおたけ かずき)(53歳)
1967年12月8日生まれ[1]
東京都墨田区押上出身。
身長170cm。血液型O型。
ボケ(たまにツッコミ)・ネタの原案作り担当、立ち位置は向かって左。ユルめのセクハラ担当でもある。
三村 マサカズ(みむら まさかず)(53歳)
1967年6月8日生まれ[1]
東京都墨田区押上出身
身長165cm。血液型A型。
本名:三村 勝和 (読み同じ)
ツッコミ(たまにボケ)・ネタのツッコミ作り担当、立ち位置は向かって右。強めのセクハラ担当でもある。

来歴・人物[編集]

デビュー前[編集]

2人とも東海大学高輪台高等学校工業科(現:東海大学付属高輪台高等学校)に単願推薦で入学し、2学年の時に同じクラスとなったことがきっかけで出会う[2]坂上忍も同級生だったが、2人と出会う前に中退しているため芸能界で初対面となった。

1988年5月、すでに事務所からスカウトされていた高校時代の同級生に連れられホリプロの事務所に見学に訪れたことがきっかけで、お笑いの道へ進むことになった。当初は元同級生・大竹・三村のトリオ(トリオ名は「しゃぶしゃぶ」)として活動を開始するも、程なくして解散。後に東海大学文学部北欧文学科デンマーク語専攻在学中に大竹が大学で知り合った友人を三村に紹介し、再びトリオを結成。しかし、その友人も程なくして脱退。

バカルディ時代[編集]

1989年4月、ホリプロのお笑いライブに出演し、お笑いコンビ「バカルディ(『バカルディー』の表記も混在[3])」として活動を開始。コンビ名の「バカルディ」は、ネタを考えていたときに着ていたバカルディのTシャツの文字が由来。また、ダブルミーニングとして日本語の「バカ」の意味も込められている[4]。同期に田口浩正小浦一優(芋洗坂係長)が組んでいたお笑いコンビ「テンション」等がいる[5]

1990年代前半、テレビ朝日『ザ・テレビ演芸』の審査員をしていた山藤章二の支持を受け(他の審査員はキリングセンスを支持していた)、関東期待の若手芸人としてテレビ・ラジオ等で活躍。同時期に人気を博したホンジャマカと共に、当時の人気力士に準えて「お笑い界の」とも称され、各局にレギュラー番組を持った。しかし1990年代半ば頃からメディア露出の機会が減り、しばらく不遇の時期を過ごした。当時『ボキャブラ天国』の出演打診を受けるも大竹は断った。番組がヒットしボキャブラブームが到来した後に再度途中出演の打診を受けるも「一度決めたことを今更変えられない」という想いを固持し続け『ボキャブラ天国』へ出演することはなかった。その後は主な活動の場を舞台へと移し、コンスタントにライブ活動を続けていた。

さまぁ〜ず時代[編集]

2000年に出演した『新ウンナンの気分は上々。』(TBS系)の企画において、コンビ名を「さまぁ〜ず」へ強制的に改名させられた(後述)。これをきっかけに再び世間の注目を受け始め、三村独特の「 - かよ!」に代表されるツッコミ芸(通称「三村ツッコミ」)が認知され再ブレイク。これを足掛かりに徐々にその活動の場を広げていった。

2000年以後は人気が定着、お笑いブームの中にありゴールデンタイムから深夜番組まで八面六臂の活躍ができる中堅芸人としてテレビ番組を中心に活躍。舞台、書籍などでも活動している。

2003年、第41回ゴールデン・アロー賞芸能賞受賞[6]

2007年フジテレビNHKを除くキー局で新番組が開始するなど飛躍。深夜のレギュラーが多いことから「深夜の帝王」という異名を付けられた[7]

2010年、大竹が第10回M-1グランプリ決勝の審査員を務めた。

2011年、大竹が第10回M-1グランプリに引き続き、THE MANZAI 2011の決勝審査員を担当。

2014年7月、日本テレビ系で新番組ネリさまぁ〜ずが開始し、NHKを含む全てのキー局で同時にレギュラー番組を持つ[8]

同年10月9日、第31回ベストジーニスト2014で協議会選出部門で受賞[9]

2015年以降は、コンビでキングオブコント決勝の審査員を担当している。

2020年8月12日、YouTubeチャンネルさまぁ〜ずチャンネル」を開設[10][11][12]

芸風[編集]

深夜帯のトーク系バラエティ番組が多いことから、テレビタレントとしてのさまぁ〜ずの芸風は「ユルい」と評されることが多い。これについて三村は「ユルいことやってるつもりはないけどそう見られる」、大竹は「ユルいは俺らにとってあまりいいことじゃないのに」と語っている。

芸風は主にコントで、ネタ作りは共同で行う。大竹がネタの大半を作り、三村がツッコミのフレーズを考える。大竹の「大竹ワールド」とも称されるシュールなボケと三村の「〜かよ!」に代表される豪快なツッコミが特徴的で、ダウンタウンの漫才の芸風に似ていると言える。「〜かよ!」は三村の持ちネタに思われがちだが、大竹も使っている。毎年(2005年以降は2年に1回)開催している単独コントライブはチケットが即日完売するほど人気や評価が高い[13]。メンバーは自分たちの本分は舞台コントにあると考え、多くのレギュラー番組を持っている現在でもコントライブに重きを置いており、「東のコント職人」と評されている。テレビでは、コントをベースとした漫才(コントでは使用する道具を使用しないなど)を披露することもある。他にも大竹の考えたダジャレをコントのネタに織り込んだり、提示されたフリップに対して三村がひたすら「○○かよ!」とツッコむ芸もテレビで披露することがある。

即興芸の場では2人とも下ネタを好み、セクハラネタも多い。下ネタやセクハラをしすぎてBPOに苦情が来たことがあるほどであるが、オリコン調べの「好きな男性芸人ランキング」(2008年)では総合9位(明石家さんまと同率)、男性回答だと3位。同調査だと女性回答では5位圏外だが[14]、情報誌『日経エンタテインメント!』が毎年行っている「好きな芸人嫌いな芸人ランキング」では男女での支持の差は、それほどない[15]。また、同調査では若い世代ほど彼らを支持している傾向にあり同誌はそれを「冠番組のほとんどが深夜帯であるため、視聴者層がそのままランキングの結果に反映されているのでは」と分析している[15]

漫才形式のネタの際は、登場時の「つかみ」として汗を拭うフリをしながら「夏だからっ、さまぁ〜ず!」と言うものがある(夏以外の場合は「○○なのに、さまぁ〜ず!」となる)。このつかみの原案を考えたのは有田哲平(海砂利水魚、現・くりぃむしちゅー)(後述の改名対決の際)だが、ほとんどの場合大竹はこの動作をやらず苦笑いで無視し、三村に「やれよ!」とツッコまれる。また主にネタ見せ番組などでの出囃子(登場する際のBGM)として、TUBESUMMER CITY』などが使われる。

デビュー当時はボケ・ツッコミを入れ替えてネタを行っていたが、三村がボケていると自覚する笑顔が不評だったためツッコミを担当するようになった。元々はコント以外のフリートークやバラエティ番組などでもボケ(大竹)とツッコミ(三村)の役割がはっきりしたコンビだったが、『内村プロデュース』に出演するようになって以降こうした番組では2人が等しくボケ合ったり、大竹がツッコミ役に回ることも多くなった。これについて三村は「以前はいいボケを思いついても大竹の役割だからと遠慮していたが、『内P』でその遠慮が消えた」と語っている[16]

1990年代前半から単独ライブをソフト化しており、先進的な試みであった。

ゲスト出演した『グータンヌーボ』では「ボケがドSでツッコミがドMの珍しいコンビ」という診断結果が出たことがある(精神科医の名越康文による)。実際、コント内でも大竹の理不尽なボケの連続に三村が対応しきれなくなり、慌てふためいたところに笑いが起こるといった状態がよく見られる。

冠番組を多数持つが、司会業には苦手意識がある。特に三村は自身の仕切り能力を自己分析した結果「司会はできない」と公言し、周囲も認めている(ただし『クイズプレゼンバラエティー Qさま!!』など司会を務める番組の進行は強制的に三村が担当)。そのためか「さまぁ〜ずに3人目を入れるなら司会進行のできるアナウンサーしかない」と2人の意見が一致している(3人目のメンバーの例として『Qさま!!』で一緒に進行しているテレビ朝日の清水俊輔アナウンサーを上げている)[5]

エピソード[編集]

  • 楽屋が同室(『さまぁ〜ず×さまぁ〜ず』など2人だけでトークする一部の番組を除く[17])だったり、新幹線飛行機などの移動の際に隣同士で座ること等から「仲がいい」と言われることが多い。後者に関して大竹は「隣に知らないおじさんが来るより"知ってるおじさん"が来たほうがいい」と理由を述べている。
  • 喧嘩なども少ないが理由としては「他の芸人と戦わねばならないのに、コンビで喧嘩をしている場合ではないから」と語っている[18]
  • 「大竹は神経質で潔癖症。三村はガサツでおおらか」というイメージがあるが、実際は三村もかなり神経質であり、三村がものすごく気にする事を逆に大竹が全く気にしない事もある。
  • 低迷していた頃、三村は大竹に「バカルディの核は大竹だ。ヨゴレ仕事は全部オレが引き受けるから、お前は思う存分ネタを書け」と言い続けていた[5]
    • あくまで本業はお笑いであるとお笑い系でない仕事を多く断っており、社内では売れていないくせに態度が大きいと不評だったという[18]
    • 三村はその間、ほぼ手しか映らないようなレポーターなどやや毛色の違う分野で活動しコンビを支えた[19]。その一方、大竹は地上波などのバラエティ番組(日本テレビ「ジャムパラ」など)の構成を担当する時期もあった。
    • コンビ愛は強く、三村は『いろもん』ソロで出演した際のことを「俺の面白さに満足するんじゃねぇよ!と思ってた。バカルディには俺の後ろにもっと面白い奴(大竹)が控えてるんだぞ!」と振り返っている[5]
    • 出川哲朗はさまぁ〜ずのコンビ愛の象徴的エピソードとして上記の逸話を好むが、大竹曰く「(レポーター等の)ギャラは全て三村のみであり、自分は生活が苦しかったので支えてもらっていたわけではない」と語っている[16]
  • 2人の身長差はないように見えるが、三村は普段から厚底靴を愛用している。(三村は165cm、大竹170cm)
  • 冠番組にはほぼ全てコンビ名「さまぁ〜ず」、もしくは「さまぁ〜ず」をもじったものが付いている(特に深夜番組)。これはテレビ欄を見たときに誰が出ている番組かすぐに分かるようにするためと、これならさまぁ〜ずに興味のない人はまず見ようとしないだろう、という大竹の戦略によるもの。これを続けている以上、ファンが根強いファンになることはあっても、それ以上増えることも減ることもまずないだろうと2人は語っている[5]
  • テレビ番組でのイメージカラー(名前テロップ、発言テロップ、衣装の色など)について、おおむね大竹は青、三村は赤が多い(「トゥルルさまぁ〜ず」のみ、大竹はピンク)。
  • 伊集院光は『大石恵三』が視聴率が悪く打ち切られた事がバカルディ時代の低迷・不遇の原因だと指摘している。また、メンバーは当時の自分たちを「クソつまらなかった」と振り返っている[18]
  • 1996年頃、『ナインティナインのオールナイトニッポン』(ニッポン放送)の番組内で三村のツッコミが何度もネタにされた。岡村隆史ナインティナイン)は当時から三村を「関東一のツッコミ」と称賛し各所で三村のものまねを披露していたが、当時の三村の知名度からテレビでそのシーンが放送されることは稀だった。また『めちゃ2イケてるッ!』(フジテレビ系)のコーナー「笑わず嫌い王決定戦」にもコーナー開始当初から出演(一時期、裏番組の『ビートたけしの!こんなはずでは!!』のレギュラーであったため出演していない時期がある)。これらもまたさまぁ〜ずがのちに再び脚光を浴びる下地となっており、当人たちも様々な場所で「(再ブレイクは)ナインティナインのおかげ」と語っている[18]
  • 2人とも学生時代からビートたけしが憧れの芸人である[5]。また、北野武監督作品の映画のファンであることも公言している。お笑い芸人としてはとんねるずウッチャンナンチャン(特に内村光良を大変尊敬している)から、タレントとしてはタモリ、芸風としてはダウンタウンの影響が強い。芸人では唯一、とんねるず・ダウンタウン・ウッチャンナンチャンといったお笑い第三世代の3組と昔から現在までそれぞれ交流を持っている。
  • 所ジョージはバカルディ時代から「俺は面白いと思うよ。俺が面白いだけで売れないかもしれないけどね」とそのコントを評価している[5]
  • 下ネタセクハラも辞さず既に「エロ芸」の域まで高めている2人だが『モヤさま』アシスタントをしていた大江麻理子アナは「さまぁ〜ずのお二人は普段非常に紳士的。だからセクハラも気にならない」と語っている[18]。しかしその芸風でBPOに苦情が寄せられたこともある[20]
  • ズージャ語、いわゆる「業界用語」をおどけて使うことが多い(「ションテン(=テンション)が下がる」「ルーシー(=汁)が出る」など)。
  • 出川哲朗ネプチューンキャイ〜ンよゐこTIMらと共にウンナンファミリーと呼ばれている[21]
  • 2010年はリリースしたさまぁ〜ず関連のDVDが30本を超えた。冠番組のDVDについて大竹は「気がついたらこんなに増えていた」「DVDに相応しくないものは出したくないっていうスタンスじゃないとダメ」、三村は「あらかじめDVDにしますって番組が始まるのが一番嫌い。結果、作品としてよかったらDVDにしてくださいって言っています」と述べている。
  • 携帯電話の普及後まもなく2人で一緒に契約しに行ったため、電話番号が2数字しか違わない。そのためお互いに相手の番号を覚えている[22]
  • 2人とも好きなミュージシャンはサザンオールスターズで共通しており、桑田佳祐とも交流がある[23]
  • 2人とも同じ美容室に通っている。また、偶然だが同じ美容室に通っている芸能人には桑田・原由子夫妻がいる[24]
  • 桑田は2人の才能を認めており、『桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜』(フジテレビ)の収録中に前述の美容院の美容師を通して「なんかいいボケがないか、大竹ちゃんに訊いてくれる?」と尋ねたこともあったといい、収録では大竹が提案したボケを行ったもののオンエアではその部分はカットされたという逸話が存在する[23]。また三村は自身がデザインしたTシャツを桑田にプレゼントしたことがあり、桑田の映像作品にも三村がデザインしたTシャツを着た姿が映された事もある[25][26]

改名のエピソード[編集]

TBS系列のバラエティ番組『新ウンナンの気分は上々。』において、海砂利水魚(現・くりぃむしちゅー)と因縁の対決として数々の企画が組まれた。当初は芸能界引退を賭けた勝負だったが、いずれも未経験な競技ゆえに試合が白熱してしまい最初は洒落だと思っていたものが徐々に現実味を帯び始め、3回目の対決となった2000年10月20日放送分において陸上競技対決を行い、敗れた方が罰としてコンビ名を屈辱的な名前に改名させられることになった。敗れたバカルディは、半年間(後にもう半年延長)「さまぁ〜ず」として活動する憂き目に遭った。

「さまぁ〜ず」というコンビ名は内村によって命名された(原案は対戦相手である有田が考案。その時は「サマーズ」という案であった。)。由来は同番組内で2人が好きな物を質問された際に、大竹が「俺は一年中夏で良い」と答えたことによる。脱力感のあるひらがなと「〜」の表記、また「バカルディ」の名に愛着が湧いていたこともあり改名決定直後の2人は大きな抵抗があった。しかし事務所の対応はスムーズで、社内外の資料や仕事先での応対などは瞬く間に「さまぁ〜ず」へ移行された。

当初この改名は期間限定だったが、その期限が過ぎる頃になると徐々にブレイクし「さまぁ〜ず」で定着し始めた。2001年3月30日に「さよならさまぁ〜ず」と題して番組初の生放送でバカルディへの再改名をかけて再び卓球対決が行われ、白熱した挙句放送時間に間に合わず終了し、その翌週さまぁ〜ずが負けたことが放送された。この白熱は後に「ものすごい葛藤があったから」と三村は語っており、この放送翌日から「さまぁ〜ず」として腹を括ったとのこと[27]。その後のビーチバレー対決(2001年9月28日放送)の際は有田が、さまぁ〜ずが負けたら個人の芸名をそれぞれ「ビーチ三村」と「大竹すいか割り」にする条件を突きつけたが、結果は海砂利水魚の負けとなり海砂利水魚は「くりぃむしちゅー」へと改名した。

しかし、芸人の看板とも言うべきコンビ名を安易に変えてしまった内村はその責任を重く感じ、その後両コンビ(特にさまぁ〜ず)を自身のレギュラー番組などで積極的に起用していった。これが不遇の時期を過ごしていた両コンビに世間の目に触れる機会を与え、後のブレイクと現在の活躍を後押しする形となった。

出演[編集]

テレビ番組[編集]

現在の出演番組[編集]

レギュラー

スペシャル

ネット配信

過去の出演番組[編集]

「バカルディ」時代を含む。

レギュラー

ゲスト出演・その他

スペシャル

ネット配信

  • 所さんの真剣ゴルフ対決! 〜勝てるものならかかってきなさい〜(GyaO

ラジオ[編集]

CM[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

  • ハンブン東京(2007年11月16日 - 18日)
  • こどもさんかん日(2008年11月26日 - 30日)
  • エルダーソルジャーズ(2009年11月26日 - 12月1日)

ゲーム[編集]

DVD/CD[編集]

DVD[編集]

  • バカルディライヴV せんた(ハゴロモ) (1994年、全労済ホールスペース・ゼロ)絶版
  • バカルディライヴX 〜サラダで白飯くえねーよ!(ポニーキャニオン)(1997年、銀座博品館劇場
  • バカルディライヴ なまたまごかけ御飯(ポニーキャニオン)(1998年、青山円形劇場
  • バカルディライヴXII 少年と犬と公園と私(ポニーキャニオン)(1999年、新宿シアターアプル)
  • 冬なのにさまぁ〜ずライブ(ポニーキャニオン)(2000年、朝日生命ホール
  • さまぁ〜ず ライブ2(ポニーキャニオン)(2001年、グローブ座
  • さまぁ〜ず ライブ3(ポニーキャニオン)(2002年、天王洲アートスフィア
  • さまぁ〜ず/バカルディライブ DVD-BOX(ポニーキャニオン)(ライヴXからさまぁ〜ずライブ3までのDVDをまとめたもの。マイナスターズのCD付き)
  • さまぁ〜ず ライブ4(ポニーキャニオン)(2003年、天王洲アートスフィア)
  • さまぁ〜ず ライブ5(ポニーキャニオン)(2005年、原宿クエストホール)
  • さまぁ〜ず ライブ6(ポニーキャニオン)(2007年、恵比寿ザ・ガーデンホール)
  • さまぁ〜ず ライブ7(ポニーキャニオン)(2009年、恵比寿ザ・ガーデンホール、初回限定版はおまけ付き)
  • さまぁ〜ず ライブ8(ポニーキャニオン)(2011年、天王洲 銀河劇場、初回限定版はおまけ付き)
  • さまぁ〜ず ライブ9(ポニーキャニオン)(2013年、天王洲 銀河劇場、初回限定版はおまけ付き)
  • さまぁ〜ず ライブ10(ポニーキャニオン)(2015年、天王洲 銀河劇場、特別版は製作日記(ブックレット)付)
  • さまぁ〜ず ライブ11(ポニーキャニオン)(2017年、天王洲 銀河劇場、通常版と特別版)
  • ライブミランカ さまぁ〜ずトークLIVE 三村もいるよ! (2006年、原宿BlueJayWay)
    • ミランカVOD配信されていたソフトのDVD化。ネオから発売。
  • さまぁ〜ずの笑ってキレイ!(ビデオヘッドクリーナ内収録、TDK
  • バカルディーの通販コント「ほっぷ、すてっぷ、じゃんぷ通信販売&契約」(1991年、啓発用ビデオ(社)日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会 [1])一般流通はしていない。

CD[編集]

  • ヤリー BE GOOD!(1998年07月23日) - ヤリリン・クリリン名義、プロミスCMソング
  • 逆境ファイター(2006年7月19日、コーラス、所ジョージアルバム「安全第二」収録、総合格闘家・所英男入場曲)
  • 「NO PLAN」として、シングル2枚、アルバム3枚、DVD3枚リリース。
  • 「マイナスターズ」として、シングル・アルバム・DVDを1枚ずつリリース。

書籍[編集]

  • さまぁ〜ずの悲しいダジャレ(2003年、宝島社
  • RUN! DOG! RUN! さまぁ〜ずの紙コント(2003年、角川書店
  • ドッグとキャットとトリとほか(2003年、光文社
  • さまぁ〜ずの悲しい俳句(2004年、宝島社)

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ a b ホリプロオフィシャルサイト さまぁ〜ず”. ホリプロ. 2011年7月12日閲覧。
  2. ^ いろもん弐』1999年10月29日放送回、日本テレビ
  3. ^ 例として、ジャンプ・コミックスこちら葛飾区亀有公園前派出所』第78巻巻末に2人がコメントを寄せた際は、この表記が用いられていた。
  4. ^ 象印クイズ ヒントでピント』にゲスト出演した際、コンビ名の由来を尋ねられた大竹は「最初は『バカ』というコンビ名にしようと思った」と語っている。
  5. ^ a b c d e f g QuickJapanvol.85 「22年目のさまぁ〜ず」内の20000字インタビューより
  6. ^ GOLDEN ARROW AWARDS 受賞者一覧”. 社団法人日本雑誌協会. 2011年7月12日閲覧。
  7. ^ 「人気者の賞味期限『PARTお笑い芸人編 芸歴15〜20年「ミドル世代」が人気のワケは?』」『日経エンタテインメント!』第12巻第5号、日経BP社、2008年4月、 p.42。
  8. ^ “さまぁ〜ず、地上波全局同時レギュラー! 日テレで4年ぶり新バラエティー”. ORICON STYLE. (2014年7月9日). http://www.oricon.co.jp/news/2039564/full/ 2014年7月30日閲覧。 
  9. ^ “ベストジーニスト キスマイ藤ケ谷&ローラが受賞!マー君は特別賞”. スポニチ. (2014年10月9日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2014/10/09/kiji/K20141009009071940.html 
  10. ^ “さまぁ~ずのYouTubeチャンネル開設「今年の夏は面白くなるためならNGなし!」”. お笑いナタリー (ナターシャ). (2020年8月12日). https://natalie.mu/owarai/news/391630 2020年8月12日閲覧。 
  11. ^ “【さまぁ~ず】YouTubeチャンネル開設” (プレスリリース), 株式会社ホリプロ, (2020年8月12日), https://prtimes.jp/main/html/rd/amp/p/000000296.000028143.html 2020年10月20日閲覧。 
  12. ^ HoriPro Inc. / 株式会社ホリプロ [@HORIPROMEGURO] (12 August 2020). "さまぁ〜ずチャンネル!!! t.co/yJcsQdjcaq #さまぁ〜ず #三村マサカズ #大竹一樹 #さまぁ〜ずチャンネル #YouTube @hentaimimura @taketakeyakiimo" (ツイート). Twitterより2020年10月20日閲覧
  13. ^ 大竹の「M-1グランプリ2010」登場時の紹介ナレーション
  14. ^ “好きな男性芸人は「世界のナベアツ」と「チュートリアル」が同率首位”. オリコン. (2008年7月9日). http://contents.oricon.co.jp/news/ranking/56184/full 
  15. ^ a b 「2008年版お笑い芸人人気ランキング 好きな芸人嫌いな芸人」『日経エンタテインメント!』第12巻第8号、日経BP社、2008年4月、 pp.36,37。
  16. ^ a b 雑誌「QuickJapan」(第74号、2007年10月刊)のインタビューにて。
  17. ^ 「さまぁ〜ず×さまぁ〜ず DVD-BOX (1・2)」特典DVDなど。
  18. ^ a b c d e 日刊スポーツ、2011年7月10日付紙面 p.10
  19. ^ 発足したてのフジテレビ739で毎週土曜昼過ぎから放送されていた『CXスポーツサンデー』では三村のみが出演(MC)。
  20. ^ 2016年11月に視聴者から寄せられた意見 【番組全般・その他】
  21. ^ QuickJapan vol.88 ウッチャンナンチャンのインタビューより
  22. ^ 2013年5月4日 『さまぁ〜ず×さまぁ〜ず』
  23. ^ a b 「別冊カドカワ 総力特集 桑田佳祐」P133 - 135より。 角川書店 2011年
  24. ^ 三村マサカズ @hentaimimura 2015年4月30日6:21 のツイート
  25. ^ 2016年3月4日のツイート
  26. ^ 2016年1月9日のツイート
  27. ^ 「ウンナンの気分は上々。ベストセレクション」p142-
  28. ^ Inc., Natasha,. “さまぁ~ずがワンテイクドラマに挑戦、のん、芦名星ら豪華ゲストと反省会も(動画あり / コメントあり) - お笑いナタリー” (日本語). お笑いナタリー. 2018年4月20日閲覧。
  29. ^ さまぁ~ずが太鼓判 フジ新人・宮司アナ「下ネタ、ウェルカムです!」”. ORICON STYLE (2015年10月5日). 2015年10月5日閲覧。
  30. ^ “さまぁ~ず、ダリ展の応援団に就任「だり(誰)よりも光栄」”. お笑いナタリー. (2016年8月25日). http://natalie.mu/owarai/news/199306 2016年8月25日閲覧。 
  31. ^ “「ムーミン」声優にさまぁ〜ず!三村「俺らにピッタリ」”. シネマトゥデイ. (2014年12月19日). http://www.cinematoday.jp/page/N0069213 2014年12月19日閲覧。 
  32. ^ Wii アッコでポン!~イカサマ放浪記~|キャラクター”. 2020年3月15日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]