東野幸治

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東野 幸治
ニックネーム ひがしのり
ちりちり
生年月日 (1967-08-08) 1967年8月8日(49歳)
出身地 日本の旗 日本兵庫県宝塚市
血液型 O型
身長 178cm
方言 関西弁
最終学歴 兵庫県立宝塚高等学校
出身 心斎橋筋2丁目劇場のオーディション
コンビ名 Wコウジ(非公式)
相方 今田耕司(Wコウジとして)
芸風 コント
立ち位置 右(Wコウジとして)
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1985年 -
同期 木村祐一
リットン調査団
現在の代表番組 レギュラー番組
行列のできる法律相談所
東野・岡村の旅猿 プライベートでごめんなさい…
ワイドナショー
主治医が見つかる診療所
1周回って知らない話
スペシャル番組
爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル
やりすぎ都市伝説
ものまね王座決定戦
鳥人間コンテスト選手権大会
過去の代表番組 ダウンタウンのごっつええ感じ
4時ですよーだ
ダウンタウン汁
あらびき団
配偶者  既婚(一度離別したが再び入籍[要出典]
親族 娘2人

東野 幸治(ひがしの こうじ、1967年8月8日 - )は、日本お笑いタレント司会者である。兵庫県宝塚市出身。よしもとクリエイティブ・エージェンシー吉本興業)所属。身長178cm、体重65kg血液型はO型兵庫県立宝塚高等学校卒業。愛称はひがしのり(髪の毛が濡れた時に頭に海苔がのっているようだったから)[1]

来歴[編集]

1985年、高校3年生の時に吉本興業の新人オーディションを受け合格し、そのまま芸人となる。当時、お笑いブームが終わりダウンタウンという新しい世代の芸人を中心に吉本興業が新たなムーブメントを起そうとしていて、そのオーディションの一環でダウンタウンが2丁目劇場で公開録音していた「心斎橋お笑い探検隊」(ラジオ大阪)というラジオ番組に出演する。番組に出演すると豪華商品がもらえると友達に誘われたのがきっかけであるが、もらえたのはボールペンであった。なお、同じオーディションをリットン調査団も受けていた。一時期、大学に通う友人に乗せられ大学受験を決意し芸人を休業するも受験に失敗し、その後は芸人活動に本腰を入れる。

若手時代は心斎橋筋2丁目劇場を中心に活動、ダウンタウンが司会を務める公開生番組『4時ですよ〜だ』などに出演していた。番組開始当初は素人参加コーナー「ダウンタウンの欲望」の募集の告知を呼びかける「欲望の男」だけの役であったが、次第に頭角を現し、最後の半年は今田耕司石田靖らとともに司会を任されることとなる。また『4時ですよ〜だ』が放送されていた頃、今田とのコンビで2丁目劇場の超若手が出演するライブイベント「2丁目jrたんけんたい」(上部組織にダウンタウンがメイン司会を務める「2丁目探検隊」というライブがあった)の司会進行を担当していた。この頃の月収は7〜8万円程度で、とくに危機感も向上心も湧かなかったという。

また、同時期に夕方の帯番組として放送されていた圭・修が司会を務める『素敵!KEI-SHU5』では、白いランニングにトレパン姿の「セニョール東野」というキャラクターで各地をリポートするVTR企画も担当(このセニョールのキャラは、当時の舞台上でのネタで演じられていたものだった)。

『4時ですよ〜だ』の終了後、今田らと共に、当時立て直しが急務とされていた吉本新喜劇の補強メンバーとして出向を命じられる。当初は吉本新喜劇行きをどうしても受け入れる事ができず、芸人を引退し植木屋への転職を考えていた。しかし、今田らの熱心な説得により芸人引退を思い止まり、新喜劇入りも受け入れる事になる。その吉本新喜劇では主に主役として出演する。その後、24歳で結婚、子供をもうける。今田同様、ダウンタウンを慕い、彼らが上京した1年後に東京へ進出。NSC出身ではないため、4期生で数ヶ月先輩である今田などには敬語を使い、ほぼ同時期に芸能界デビューした木村祐一には、東野の方が数ヶ月先輩ではあるものの同期として接し(ただし、初対面の時木村は自分が東野より数ヶ月後輩という事を知っていたが、東野に「木村さん」と言われたのをきっかけに「東野」と呼び捨てになったと言う)、5期生の辻本茂雄に対しては先輩として振舞っている。ただし最近では、約2年後輩の石田靖や、約3年後輩の松村邦洋に対して『ほぼ同期』『40歳を超えたら(2〜3年程度の芸歴差なら)同期と同じ』といった発言もしている[2]。同い年には吉田ヒロ(NSC2期生で2年数ヶ月先輩だが、芸能界デビューはほぼ同時期である)や月亭方正(1年数ヶ月後輩)や雨上がり決死隊蛍原徹安尾信乃助(共に2年数ヶ月後輩)や川畑泰史(4年数ヶ月後輩)、他の事務所では前述の松村邦洋やさまぁ〜ず浅草キッド玉袋筋太郎中山秀征などがいる。

人物[編集]

水泳の実績を生かし、2009年・2011年、『行列のできる法律相談所』の番組企画で、トライアスロン大会に3回出場した。2009年4月26日『石垣島トライアスロン2009』、2011年5月15日『第25回指宿トライアスロン大会』、2011年9月4日『2011佐渡国際トライアスロン大会』。この内、2009年石垣島・2011年指宿の2つの大会で完走した[3]。「かた焼きそば」のような髪型でごっつええ感じで酷い目に合ったことがあった。

芝居[編集]

  • コントの経験は豊富なものの、シリアスな芝居をさせると途端に大根役者になる。
    • ダウンタウンのごっつええ感じ』では彼の演技力を鍛えるためのコーナー(コーナー名は「龍としのぶ 俳優養成テレビ小説」)まで作られた。この企画では東野がセリフを言うシーンにだけ、台本に書かれている本当のセリフを字幕スーパーにして、画面下部に表示していた。これにより、ストーリーだけを見ればギャグの無いシリアスな筋書きのドラマなのであるが、本人が劇中で発するセリフが台本のそれとは全然違うことがわかり、視聴者の笑いを誘発するという仕掛けが施されていた。
    • その後2001年に『明日があるさ』で久々のドラマ出演を果たしたが、演技力は全く成長しておらず、挙句には彼の演技のあまりの酷さに他の共演者のNGを誘発する始末となった(撮影初日のシーンで出したNGは8回)。そのため、本来ならNG同然の箇所も見受けられるが「これ以上の演技力は求められない」として放送されている部分もある。ガチガチの動きは浜田曰く「東野だけ時代劇だった」とのこと。浜田がアドリブで東野に振った際には驚愕して固まっていたそうである。
    • 若手の頃Vシネマに出演し、ベッドシーンで騎乗位を行ったが、ガチガチで「高い高い」のようになっていた。
  • 2004年に子供向け特撮ドラマ『戦隊シリーズ』の司令官役での出演オファーが来ていた事を自身の番組内で公表していたが、これは東映制作のスーパー戦隊ではなく、松竹制作の『魔弾戦記リュウケンドー』であった模様。後にこの役は諸処の事情から同じ吉本興業所属の清水圭が演じる事となった。
  • 尊敬する役者は萬屋錦之介である。

評価[編集]

  • 中心から少し離れた位置でのトーク力があり、「ちょっと待って下さいよ」と話に割り込んでくる姿は他のお笑い芸人たちに多くものまねされている。
  • 今田と共に「雛壇芸人」のお手本的存在と言われている。
  • ファンは全員中年男性なため「Mr.好感度ピンポイント芸人」と評される[4]
  • 井上公造から「東野さんの仕事の量と日本の景気は連動している」と言われたことがある。テレビ局側の立場に立つと、景気が悪いからといって大御所芸人を降板させることはできず、また若手芸人はギャラが安いので景気が悪くても使える。東野のような中堅芸人が一番切りやすいため、その仕事量で景気が把握できるという説で、実際2001年頃のデフレ不況の時、東野はレギュラーが8本なくなった事があり、本人もこの説を支持している。
  • お笑いコンビのアンガールズは、2人とも東野のファンであることをきっかけに仲良くなり、その後コンビを結成している[5]
  • 有吉弘行からつけられたあだ名は「二軍のボス」[6]
  • カメラの回っていない所では極端に寡黙で存在感もなく、本性はまったく感情を持ち合わせていないと島田紳助松本人志らに揶揄された。

バラエティ、情報番組[編集]

現在の出演番組[編集]

レギュラー番組

スペシャル番組 (最新出演から1年未満の間隔で継続出演している特別番組)

過去の出演番組[編集]

レギュラー番組

スペシャル番組

ドラマ[編集]

ラジオ[編集]

CM[編集]

  • ジョージア・エメラルドマウンテンブレンド(2010年・浜田率いる「王道派」)

テレビゲーム[編集]

著書[編集]

CD[編集]

メンバーとして参加したRe:Japanエキセントリック少年ボウイオールスターズ(ニイハオ役)、日影の忍者勝彦オールスターズ(アメ入道役)も参照。
また、テイ・トウワプロデュースによる今田のKOJI1200名義のアルバム「I LOVE AMERICA(アメリカ大好き!)」にも今田をサポートする役割で大きく参加した。歌とラップ、コーラス、ベース(の口真似)、コントを披露している。

脚注[編集]

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  1. ^ 他にも、チリ毛(天然パーマから)、白い悪魔(色白で人の不幸をよく嘲う事から)、チリチリ、かたやきそば、陰毛食べ食べ(野性爆弾川島邦裕命名)、2軍のボス(有吉弘行による命名)、東野りん(出川哲朗による命名および特にそう呼称している)などがある。
  2. ^ 朝日放送東西芸人いきなり!2人旅2012年7月8日7月29日放送分で発言。
  3. ^ 各大会の詳細は公式HP参照。石垣島トライアスロン指宿トライアスロン大会佐渡国際トライアスロン大会
  4. ^ ゴッドタン』の「マジギライ1/5」に登場した際の紹介文を自身のブログに引用したもの(2012年8月12日「ピンポイント。」)が、『この間。』内容紹介文に流用された。
  5. ^ 内村てらす 2016年5月27日放送 - gooテレビ番組
  6. ^ 有吉弘行(@ariyoshihiroiki) Twitter - 2013年3月7日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]