荒波翔

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荒波 翔
横浜DeNAベイスターズ #4
20130818 Shou Aranami, outfielder of the Yokohama DeNA BayStars, at Yokohama Stadium.JPG
2013年8月18日、横浜スタジアムにて
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 神奈川県横浜市瀬谷区
生年月日 (1986-01-25) 1986年1月25日(31歳)
身長
体重
179 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投左打
ポジション 外野手
プロ入り 2010年 ドラフト3位
初出場 2011年9月11日
年俸 3,300万円(2017年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

荒波 翔(あらなみ しょう、1986年1月25日 - )は、横浜DeNAベイスターズに所属するプロ野球選手外野手)。 ホリプロとマネジメント契約。

経歴[編集]

プロ入り前[編集]

神奈川県横浜市瀬谷区出身。横浜市瀬谷区のオール三ツ境で野球を始める。横浜市立原中学校時代は遊撃投手で戸塚シニアでは主将として全国制覇する。

横浜高校へ進学。同級生には成瀬善久、1学年下には石川雄洋涌井秀章がいた。1年からレギュラーとして活躍。1年の夏に甲子園に出場し1番センターでスタメン出場し、ベスト4。3年の春の選抜では2回戦の明徳義塾高戦で自打球により骨折してしまい、以後の試合は欠場した。チームは準優勝。 3年夏は神奈川県大会準優勝。

東海大学へ進学し1年の春からレギュラーを獲得。首位打者になったものの、2年春に右ヒザ靭帯断裂の怪我を負う。3年春に復帰するとリーグ2位の打率.375をマークし、大学日本代表にも選ばれる。世界大学野球選手権では打率4割を超え、ベストナインを受賞した。 4年時の全日本大学野球選手権では準優勝。首都大学リーグ通算67試合出場、239打数72安打、打率.301、4本塁打、33打点。ベストナイン2回受賞。

トヨタ入社後はJABA愛知県野球連盟会長杯争奪野球大会で最優秀選手賞を受賞。1番センターの定位置を確保すると日本選手権では打率5割で猛打賞を3回。出塁率.522、長打率.773を記録し優勝に貢献。2年目は大不振。

2010年10月28日、プロ野球ドラフト会議で、横浜ベイスターズから3位指名を受け、11月26日に、契約金6000万円、年俸1200万円で契約した。

プロ入り後[編集]

2012年5月3日、横浜スタジアム
2011年

シーズン終盤の9月11日に一軍昇格・外野手として[2]初出場を果たし、同日にプロ初安打も記録した。最終的に28試合に出場。

ビジターユニフォーム姿の荒波
2012年

「機動力野球」を掲げるチームのキーマンの一人として7番センターで開幕スタメン出場。梶谷隆幸の不振もあり、4月後半から1番に抜擢される。1年間一軍登録を抹消されず、チームトップの141試合に出場。俊足を生かした守備範囲の広さで外野守備陣の要となり、自身初のゴールデングラブ賞を獲得した[3]。一方、打撃面では、一時は首位打者になるほど好調だったが、その後は失速し、安定感に課題を残した。

2013年

オープン戦で打点王に輝き開幕スタメンで起用された。4月17日広島戦で三盗に失敗した際の接触プレーで鼻と右頬を痛め途中交代[4]、同月19日に右頬骨陥没骨折と診断されて出場登録を外れ、同月22日に手術を受けると発表した[5]。この三盗失敗について監督の中畑に「考えられない。自爆だ」と苦言を呈されている[6]。5月6日に復帰後は主に1番として起用されるが打撃不振に陥り6月以降は下位で起用されることがほとんどでスタメン落ちも経験している。8月は3割を越える打率を残したが一転して9月は不振で、特に10日、11日の対巨人戦では満塁の好機で凡退を繰り返し中畑に「勢いを止めている」と評された[7]。最終的に打率は.258と前年を下回り、得点圏打率は.221、チーム2位の96三振を喫するなど不安定さが目立った。守備では外野手でリーグ最多の16補殺を記録するなど強肩ぶりを発揮し、2年連続でゴールデングラブ賞を受賞。この肩を評価されシーズン途中からはナイジャー・モーガンとの入れ替えで右翼手としての起用も多くなった。

2014年

骨折した右手薬指のリハビリのため開幕一軍入りを逃す[8]も、予定より大幅に早い4月8日に復帰した。当初はなかなか打率が上がらなかったが、同月29日の中日戦で自身初の満塁本塁打を放つ[9]と、5、6月は共に月間打率3割超を記録し、調子を上げていった。しかし6月に右ふくらはぎの肉離れで、8月には同箇所の張りで離脱するなど怪我に苦しみ、また桑原将志が中堅手としてスタメン起用されるようになったことから、後半戦はほとんど出番が無かった。出場は63試合に留まり、2年連続で受賞していたゴールデングラブ賞も逃した。

2015年

2年連続で開幕一軍入りを逃した。4月10日に一軍登録されると、主に1番、7番中堅手として試合に出場した。セ・パ交流戦では全試合に出場し、打率.383・3盗塁と活躍した。しかし、6月27日に右足付け根を痛め、翌日には登録抹消となった。 9月4日に再び一軍登録されると、1番中堅手として定着し、規定打席不足ながら打率.298を記録した。得点圏打率も.355とチャンスにも強かった。

2016年

梶谷隆幸が開幕前に肋骨を負傷した影響もあり自身3年ぶりに開幕一軍入り、開幕スタメン出場した。開幕戦(広島-横浜DeNA)には、「2番センター」でスタメン出場。その後、チーム全体が打撃不振に陥ったことなどから4月中旬には3番や5番といったクリーンナップで起用されることもあった。しかし、シーズン序盤から自身も打撃が振るわず、梶谷が復帰すると入れ替わる形で5月4日に二軍落ち。結果的に故障した梶谷のつなぎ役に留まった。9月6日に再昇格したが、以降の代打起用も限定的で出場機会を大きく減らした。36試合出場は、2011年のデビュー年以来の少ない数字である。

選手としての特徴・人物[編集]

遠投110メートルの強肩と広い守備範囲、一塁到達が4秒を切り、50メートルを5秒7で走る俊足外野手。時には中前打を二塁打にすることもあった。特にベースランニングについては、社会人時代の同期である荻野貴司千葉ロッテマリーンズ)が「一緒に走るとベース1周で1秒くらい差をつけられる」と語る程であった[10]が、度重なる脚の故障により鳴りを潜めている。

伯父はノンフィクション作家軍司貞則[11]

詳細情報[編集]

年度別打撃成績[編集]

















































O
P
S
2011 横浜
DeNA
28 92 86 11 22 1 1 0 25 1 6 1 5 0 1 0 0 23 0 .256 .264 .291 .555
2012 141 550 504 53 135 16 7 1 168 25 24 12 16 2 23 2 5 90 2 .268 .305 .333 .638
2013 126 490 445 65 115 23 3 2 150 30 19 9 4 2 37 2 2 96 9 .258 .317 .337 .654
2014 63 206 188 30 51 8 2 3 72 18 9 1 4 0 13 0 1 28 1 .271 .322 .383 .705
2015 70 207 188 29 56 15 2 4 87 14 4 3 1 1 16 0 1 26 2 .298 .354 .463 .817
2016 36 96 87 8 17 2 1 0 21 7 0 1 1 0 7 0 1 17 1 .195 .263 .241 .505
通算:6年 464 1641 1498 196 396 65 16 10 523 95 62 27 31 5 97 4 10 280 15 .264 .312 .349 .662
  • 2016年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 横浜(横浜ベイスターズ)は、2012年にDeNA(横浜DeNAベイスターズ)に球団名を変更

年度別守備成績[編集]



外野












2011 横浜
DeNA
26 47 0 0 0 1.000
2012 136 314 10 4 2 .988
2013 124 259 16 0 4 1.000
2014 53 88 2 3 1 .968
2015 59 89 1 3 0 .968
2016 27 44 0 0 0 1.000
通算:6年 425 811 29 10 7 .988

表彰[編集]

記録[編集]

背番号[編集]

  • 4 (2011年 - )

登場曲[編集]

脚注[編集]

  1. ^ DeNA - 契約更改 - プロ野球.日刊スポーツ.2016年11月26日閲覧。
  2. ^ “横浜 ルーキー荒波が昇格”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2011年9月11日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2011/09/11/kiji/K20110911001602100.html 2013年4月18日閲覧。 
  3. ^ “荒波 プロ2年目で初受賞「素直にうれしい」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2012年11月8日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2012/11/08/kiji/K20121108004511260.html 2013年5月3日閲覧。 
  4. ^ “荒波 接触プレーで鼻と右頬を痛め途中交代”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年4月19日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/04/17/kiji/K20130417005631980.html 2013年4月20日閲覧。 
  5. ^ “荒波 右頬骨陥没骨折も中畑監督「10日で復帰して即戦力」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年4月19日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/04/19/kiji/K20130419005642170.html 2013年4月20日閲覧。 
  6. ^ “荒波三盗失敗に中畑監督激怒「考えられない。自爆だね」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年4月18日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/04/18/kiji/K20130418005634030.html 2013年4月20日閲覧。 
  7. ^ “8回無死満塁で無得点 中畑監督「荒波が勢い止めている」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2013年9月12日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2013/09/12/kiji/K20130912006601660.html 2013年10月19日閲覧。 
  8. ^ “DeNA荒波 開幕間に合わず…右手薬指骨折でリハビリ中”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年3月21日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/03/21/kiji/K20140321007818830.html 2015年2月14日閲覧。 
  9. ^ “DeNA今季初連勝 荒波“全速力”人生初満弾「慣れてないので」”. スポニチSponichi Annex (スポーツニッポン). (2014年4月30日). http://www.sponichi.co.jp/baseball/news/2014/04/30/kiji/K20140430008067620.html 2015年2月14日閲覧。 
  10. ^ 『アマチュア野球』第25号、日刊スポーツ出版社、2009年、雑誌66835-63、103-104項。
  11. ^ 日刊スポーツ』2011年2月13日付。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]