バッファロー吾郎

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バッファロー吾郎
メンバー バッファロー吾郎A
竹若元博
結成年 1989年
事務所 よしもとクリエイティブ・エージェンシー
活動時期 1989年 -
出身 NSC大阪校8期
影響 シティボーイズとんねるず
出会い NSC
旧コンビ名 Wメガネ
ミキ&アイガン
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 コント漫才
ネタ作成者 両者
現在の代表番組 特になし
過去の代表番組 所のジオ玉
スッごい!おとなの時間
よしもと○○同好会
同期 千原兄弟
FUJIWARA
なだぎ武
など
受賞歴
1992年 第13回ABCお笑い新人グランプリ新人賞(本選進出)
2008年 キングオブコント優勝
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バッファロー吾郎(バッファローごろう)は、日本お笑いコンビ1989年10月結成。よしもとクリエイティブ・エージェンシー東京本部所属。NSC8期生。キングオブコント2008優勝。略称は「バッファロー

メンバー[編集]

バッファロー吾郎Aバッファローごろうエー〈本名:木村明浩(きむら あきひろ)〉、1970年11月24日 - )、ツッコミ担当(ネタによってボケ)。

竹若元博たけわか もとひろ、1970年8月12日 - )ボケ担当(ネタによってツッコミ)。

略歴[編集]

1989年
コンビ結成。命名は吉田ヒロ
1991年
若手ユニット吉本印天然素材に結成時より参加。
1994年
吉本印天然素材解散。吉本印天然劇場開始。大阪に戻り、自分達の笑いを展開しようと心に決める。
1999年
この頃まで小規模のライブハウス(時にビルの会議室)で活動を続ける。
吉本印天然劇場休止。
baseよしもと開場、所属。ダイナマイト関西第一回大会を心斎橋MUSEにて開催。
2001年
木村結婚。baseよしもとメンバーとして「base japan tour」に参加。
2002年
baseよしもとのメンバーとしてお笑い史上最大となる三万人ライブ。梅田コマ劇場にて「バッファロー吾郎特別公演 梅田コマ劇場1回連続出演記念 ご存知!ねずみ小僧次郎吉 木村ファミリー大いに笑う」を開催。
2003年
ダイナマイト関西第十回大会を、大阪府立体育会館にて開催。その後、ファンの声によりDVD化。
うめだ花月開場に伴い、baseよしもと卒業。
バッファロー吾郎監修「ゴチャゴチャ言わんと誰が一番おもろいんか決めたらええんや」発売。
2004年
Zepp Osakaにて「バッファロー吾郎の23時間半ライブ〜再入場OKなんです〜」開催。その後、その中の「バトルオワライヤル」のコーナーがDVD化。
2005年
竹若結婚。松本人志高須光聖のラジオ番組『放送室』内の企画「カプリチョーザ杯」にて竹若が第四回優勝者に輝く。毎日放送との共同企画おもしろGP喜利王スタート。
2006年
おもしろGP喜利王ファイナルがシアターBRAVA!にて開催。1200枚即日完売。ダイナマイト関西第十二回大会「オープントーナメント大会」開催。
オールザッツ漫才」(毎日放送)に1990年の第一回から16年連続で出演し、2004年からはネタ組の大トリも務めていたが、この年をもって番組卒業。
2008年
ダイナマイト関西オープントーナメント大会2008開催。キングオブコント2008で優勝。
2009年
木村が離婚[1]
コンビ結成20周年イベント開催(ABCホールで、8月5日から9月4日までの31日間の連続イベント)。
15年ぶりに東京再進出。
2011年
木村がバッファロー吾郎Aと改名。

概要[編集]

吉本印天然素材解散後、大阪に戻り、ライブは小規模なライブハウスから始まったが、年々ライブの規模は大きくなっている。梅田芸術劇場大阪府立体育会館など、通常、お笑いのイベントを行わないような大規模な会場でライブを行っている。「バッファロー吾郎」の命名者は、本人らによると吉田ヒロ

若手芸人を自分達のイベントに呼び、育てている。その基準は「実力があるのに会社が推す事のなさそうな奴ら」だと言う。

バッファローファミリー(バッファロー軍団)というファミリーが存在する(本人達が公言しているわけではなく、後輩やメディアがそう銘打っている。さらに、これはリットンファミリーの内部組織と思われる)。主にダイナマイト関西などの出演者で構成されている。メンバーはケンドーコバヤシ小籔千豊土肥ポン太野性爆弾ザ・プラン9サバンナレイザーラモン笑い飯千鳥南海キャンディーズダイアンとろサーモン友近ネゴシックス中山功太など。このファミリーの一部で『やりにげコージー』や『アメトーーク!』に出演した事もある[2]

年末恒例の特番『オールザッツ漫才』には開始以来16年連続で出演し、最年長のコンビとなっていたが、2007年度以降出演を辞退している。

2008年の第1回キングオブコント優勝後、全国区のテレビ番組への出演が増えたことや、2009年にはコンビ結成20周年という節目の年を迎えたことから東京再進出を決める[3]

ネタ[編集]

  • プロレスネタなどのネタを展開する。
  • 舞台を所狭しと暴れまわるダイナミックな動きと、重箱の隅をほじくるようなマニアックなネタが特徴。
  • 格闘技ネタが多く、その芸風はデビュー当時から現在までほとんど変わっていない。
  • デビュー当時は、ネタの冒頭に木村が「バッファロー吾郎!○○するの巻!」と叫んでいた。
  • マニアックな芸風はリットン調査団からの影響を受けている。
  • 木村は自己紹介をする際、「絶好調、中畑清です!」と叫ぶギャグがある。また「美味しゅうございます、岸朝子です!」「恐縮です、梨元勝です!」なる別バージョンも存在する。また、ラジオ番組、『よしもとオンライン大阪 よしもと○○同好会』内で、「絶好調、中畑清です!」に代わるフレーズを毎回募集し、選ばれたものは実際にいろいろな番組で使われている。
  • 木村は架空の薬品「オモシロクナール」(亜種あり)を服用してきたという小ネタを出す事が多い。そのフリがあってすべったときは"間違って「ヨクスベール」を飲んでしまった"と切り返すことが多い。どちらも31日連続ライブで限定グッズとして発売された(中身はラムネ菓子)。

エピソード[編集]

  • バッファローファミリーの若手はバッファロー吾郎を追い抜いて出世して行く事が多いので、ケンドーコバヤシ曰く「バッファロー吾郎は若手の極上の踏み台」とのことであるが、もちろん彼特有のジョークであり、彼なりにバッファロー吾郎を尊敬しているようである。[4]
  • まったく売れておらず、会社にも相手にされていなかった頃に、バッファロー吾郎に目をかけてもらったメンバーもおり、たくさんのメンバーがバッファロー吾郎に対する感謝の念を語っている。
    • 友近は芸人としての活動を始めた頃、バッファロー吾郎のラジオに出演した。この時に友近が行った「ミナミの帝王に出てくる竹井みどりのものまね」に二人が爆笑し、「面白い奴がいる」として業界関係者に彼女をPRした。このため友近の番組出演は増加し、全国区の芸人として活躍するようになった。その後の逸話として、すでに全国区で売れ始めていた友近が、バッファロー吾郎の主催する年末カウントダウンイベントに参加するために、全国放送される年末特番の仕事を断わった事がある。この時、友近は「テレビの仕事はまたあるけど、兄さん達のカウントダウンはもう二度とないじゃないですか」と語ったという。[5]
    • ケンドーコバヤシは「バッファロー吾郎のために何ができるか?」というインタビューの問に、「死ねと言われたら躊躇するかもしれないが、銃弾が二人に飛んできたのなら迷わず盾になります」と珍しく真面目に答えている。
    • ジャイケルマクソン』で、若手に「尊敬する芸人は」というアンケートが行われた際2位にランクインした。
    • 中山功太はNSC出たての1年目、バッファロー吾郎のイベントに呼んでもらえたが、緊張しまくっていた。そこで木村が最初に自らスベって、若手が出やすい状況にしてくれ、凄く嬉しかったらしい。後で木村に「あの時はありがとうございました」と言ったところ、「あぁ、あれガチでスベってん!」と笑い飛ばした事もある。
    • 笑い飯はデビュー直後にバッファロー吾郎のイベントに呼ばれ、木村から「ネタ時間は10分くらいでいいから」と言われていたにも関わらず、1時間近く演じてしまい、木村に怒られた。
  • 若手時代にMBSヤングタウンにゲスト出演した際、当時の火曜日メインパーソナリティーの嘉門達夫から「(相方として一緒に仕事をしている・又後に「吉本印天然素材」に誘ってくれた)ぜんじろうよりもラジオでの喋りがうまい」と誉められた。
  • 木村、竹若ともにシティボーイズを敬愛。「futten」(主婦と生活社)誌上で芸人たちがお気に入りのDVDを紹介するコーナーでは、木村が「シティボーイズミックス PRESENTS NOTA 〜恙無き限界ワルツ〜」を挙げ、竹若が「シティボーイズミックス PRESENTS だめな人の前をメザシを持って移動中」を挙げていた。特に木村は紹介文に「僕はシティボーイズさんのステージの雰囲気をそのままに、いつか自分たちの舞台でやりたい。タイトルもちゃんと決めてやりたいくらい、憧れる方」と記すほど。
  • 第1回キングオブコント優勝後、竹若元博のブログ「竹若元博の幽境からの咆哮」が炎上。コメント欄の閉鎖に至った。これを受けた竹若による優勝を報告する記事が更新され、「(寄せられたコメントは)全て胸に刻みます」と記された。この事態と関連するかは不明だが、炎上が起こった数日後には竹若が運営する個人HPの掲示板も閉鎖された。
  • 旧コンビ名の「Wメガネ」「ミキ&アイガン」の名付け親は原西孝幸FUJIWARA)である(2007年12月30日ルミネtheよしもと「べしゃり部年末スペシャル〜8期だョ!全員集合〜」にて木村談)。

主な主催イベント[編集]

出演[編集]

バラエティ[編集]

ラジオ番組[編集]

過去

ドラマ[編集]

映画[編集]

新聞・雑誌[編集]

書籍[編集]

  • ゴチャゴチャ言わんと誰が一番おもろいんか決めたらええんや(ぴあ)
  • 偽自伝〜我が生涯にいっぱいの悔いあり(東京ニュース通信社)
  • B面-baseよしもとOFFICIAL BOOK
  • B面03-baseよしもとOFFICIAL BOOK
  • うめだ花月芸人読本-吉本興業オフィシャルブック

DVD[編集]

  • バトルオワライヤル(YOSHIMOTO WORKS、2005年05月25日)
  • バトルオワライヤル〜バッファロー吾郎芸歴20周年記念版〜(R and C、2010年03月10日)
  • ダイナマイト関西 〜全日本大喜利王決定トーナメント大会〜(YOSHIMOTO WORKS、2003年11月26日)
  • ダイナマイト関西2006 〜オープントーナメント大会〜(YOSHIMOTO WORKS、2006年12月6日)
  • ダイナマイト関西2008 〜オープントーナメント大会〜(R and C、2009年2月11日)
  • ダイナマイト関西〜バッファロー吾郎芸歴20周年記念版〜(R and C、2010年03月10日)
  • 緊急特別DVD 追悼ケンドーコバヤシさん(YOSHIMOTO WORKS、2005年10月26日)
  • ビバリーヒルズ晴天白書R and C、2008年01月23日)
  • キングオブコント2008(R and C、2009年2月18日)
  • 春子ブックセンター(R and C、2008年11月12日)
  • 水野キングダム(YOSHIMOTO WORKS、2007年9月21日)
  • 水野キングダムII(R and C、2008年6月18日)
  • 新吉本プロレス 〜伝説の旗揚げ戦〜(YOSHIMOTO WORKS、2007年1月17日)

脚注[編集]

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  1. ^ 「バッファロー吾郎」木村“糟糠の妻”と離婚 2009年3月19日 スポニチ閲覧
  2. ^ 2005年10月24日放送 テレビ朝日『アメトーーク!』にて
  3. ^ ホームラン日記: 20周年 2010年3月7日閲覧
  4. ^ 2006年8月7日放送 テレビ朝日「アメトーーク!」にて
  5. ^ ナンバ壱番館朝日放送

関連項目[編集]

外部リンク[編集]