はなわ

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はなわ
Hanawa Shiodome 20080803.JPG
基本情報
出生名 塙 尚輝
生誕 (1976-07-20) 1976年7月20日(42歳)
出身地 日本の旗 日本 埼玉県
学歴 専門学校東京アナウンス学院
ジャンル J-POP
職業 シンガーソングライター
お笑い芸人
ベーシスト
担当楽器 ボーカル
ベース
活動期間 1997年 -
レーベル インペリアルレコード
ビクターエンタテインメント
事務所 ケイダッシュステージ
共同作業者 CRY -叫-

はなわ1976年7月20日 - )は、日本ピン芸人ケイダッシュステージ所属。本名:塙 尚輝(はなわ なおき)。専門学校東京アナウンス学院お笑いタレント科(現:芸能バラエティ科)卒業。血液型O型。公称身長は175cm。左利き。 既婚。

3人男兄弟の次男。漫才コンビ「ナイツ」の塙宣之は弟[1]

経歴[編集]

埼玉県春日部市にて1976年7月20日に出生。転居して幼少時から小学校6年生まで千葉県我孫子市で生活。再び転居して佐賀県佐賀市で生活し「佐賀県出身」としている。

小さい頃から夢は「お笑い芸人」だったが、両親の反対を恐れ言い出せず「照明さんになる」と話し、高校卒業後すぐに上京し東京の専門学校に入学。当時、先に弟の宣之が現在の土屋伸之とは違う相方とテレビ西日本オーディション番組『第3回激辛!? お笑いめんたい子』に出場し優勝していたため焦り、触発されたと語っている。

専門学校在学中に芸能事務所ケイダッシュステージに所属し、『続!ボキャブラ天国』や数々のバラエティ番組などで、出身地の「佐賀県」を題材にしたベース弾き語り漫談で話題となる。

1999年NHKの『爆笑オンエアバトル』に第1回から出演し、全国にその名が知られるようになる。この頃からツノのように髪の一部を細長く立たせたヘアスタイルがトレードマークとなる。

2001年野球バットを持って、スウィングを行い、「んー、ハイッ!」と甲高い声で言い放つ、松井秀喜物真似で人気が急上昇する。

2003年1月には初出演映画『アカルイミライ』が公開される。同年5月21日にシングル佐賀県』でCDデビュー。オリコン初登場9位、最高5位、総売上枚数約25万枚。同年10月には初のCCCDアルバムHANAWA ROCK』もリリース。この中には、はなわが真面目に歌った曲も収録されている。オリコン初登場9位。同年12月31日の『第54回NHK紅白歌合戦』では、テツandトモとの合同で「なんでだろう佐賀県ヴァージョン」を歌う。衣装は「はなわ」と名前が似ていて間違えられるという「はにわ」(埴輪)の着ぐるみで、これは福山雅治ラジオリスナーのアイディアで、福山本人から直接はなわに伝えられ、日本テレビ美術スタッフが制作したものである。

2004年には第41回ゴールデン・アロー賞芸能新人賞受賞。同年3月12日深夜、5時間1分ライブを敢行。同年4月から9月まで『AX MUSIC-TV 01 はなわまおー』の司会を宮地真緒と共に務める。同年6月、『エンタの神様』で2003年10月から披露してきた持ちネタ「ガッツ石松伝説」を『伝説の男 〜ビバ・ガッツ〜』としてCD化。その当時、ガッツ本人の著書が売れたり、二人で雑誌の対談やテレビ出演などを受けるなどの、いわゆる「ガッツブーム」が一時期起きた。その後は、直接はなわがガッツ本人に問題を出し、それに対しガッツがおかしな回答をしたというVTRを披露し、歌で紹介するパターンとなった。この「ガッツ伝説」は2004年秋の2時間スペシャルで完結し、その後は畑正憲松島トモ子輪島功一具志堅用高をはじめ、さまざまな有名人に対してガッツ伝説後半と同じように問題を出したVTRを披露し、歌で紹介する形式にリニューアルされ翌々年3月まで出演。同年9月から『脳内エステ IQサプリ』で、都道府県名を当てるなぞなぞを歌にした「IQ都道府県」を歌うレギュラーになる。答えが分からなかったパネラーから、腹いせに「モヤッとボール」を投げつけられた。同年11月、所属レコード会社「インペリアルレコード」の担当スタッフが音楽バラエティ番組『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』に出演していた縁で、司会の青木さやかの独断により、はなわが新曲を作ることに。その後、妻へ贈るラブソング「あのね、」を完成させ、一般の夫婦の結婚式でライブを行う模様が翌年1月、2月に放送された。同年12月には、『1億3000万人が選ぶ!ベストアーティスト』に出演。観客席からステージに上がる演出で多数の観客にもみくちゃにされ、結局ほとんど歌えなかった。

2005年1月から約1年間、当時自身が住んでいた中野区のライブハウスにて、歌あり、コントあり、ゲストとのトークありといった単独ライブ「HANAWA JACK」を毎月敢行。同年2月、アニメMAJOR』で上河内役で声優出演。また、バラエティ番組の企画で徳島インディゴソックス応援歌を作った。同年9月28日、2ndアルバム『HANAWA PACK』発売。同年の『エンタの神様』放送98回目には、カンニングのオンエア時間が長引いたことから、はなわのネタはオンエアされず終わった。同年12月放送の『歌スタ!!』内で、歌手を目指す介護士の男性をスカウトしプロデュースすることになり、はなわが絵本『だいじょうぶ だいじょうぶ』(著者・いとうひろし[2]を元に絵本と同名の歌を作詞・作曲。翌年7月、歌を提供された介護士の男性が同番組内で披露した。

2006年資源エネルギー庁のキャンペーン「悪玉ガソリン、ぜったい反対!」の歌を作詞・作曲した。また前年に引き続き『MAJOR(2ndシーズン)』で上河内役で声優出演したほか、劇場版アニメデジモンセイバーズ THE MOVIE 究極パワー!バーストモード発動!!』においても、極悪のデジモン・アルゴモン役で声優として出演。同年、雪国もやし(株式会社雪国まいたけ)のテレビCMに出演し、「高い」、「買うな」などと弾き語っている。曲の候補は自らいくつも作ったが、全てボツにされ、ヤケになって作った曲が採用されたと語っている。そして、2006年度・第46回「ACC CMフェスティバル」のブロンズ賞、ベスト音楽賞を受賞した。さらに日本テレビ系の『ミラクル☆シェイプ』に出演。77.0kgの体重を69.4kgまで落とすことに成功した。

2007年6月から2009年3月まで『体操の時間。』に自ら作曲した「お仕事体操」が披露される回に出演するようになった。

2008年には、自身が出演している『DHCドリームプロジェクト〜はなわ・こんのひとみ 夢をかなえよう』の企画にて、千葉県立東金特別支援学校の校歌の作詞・作曲を行った。同年8月24日放送『ウチくる!?』では、弟と共演するが、宣之が登場することは知らなかった。はなわはパニックのあまりか「地上波初の絡み」と言っていたが、実際は『銭形金太郎』以来約3年半ぶりの共演であった。ただし、インターネット番組では、GyaOで同年5月29日に配信された『はなわ・ナイツのはなイツ(仮)』で共演している。また、その後は兄弟で共演することも多くなった。同年9月28日放送『タモリのボキャブラ天国 大復活祭スペシャル』では、かつてレギュラー出演していた金谷ヒデユキに憧れていたことを語った。また過去に「おでん」をコンビニエンスストアで作り売りした経験等があり、おでんに縁があると感じて歌を創作。同年秋から年明け頃まで日本全国のセブン-イレブン等で、おでんソング「あったか戦士!おでんセブン」が流れた。

2009年6月3日発売の『腐男塾』の3rdシングル『勝つんだ!』の作詞・作曲を担当。以降、サウンドプロデューサーとして60曲以上もの楽曲制作に携わっている。腐男塾は、はなわの遠い親戚であるジャジィはなわプロデュースの男子高校生ユニット[3]。同年9月、作詞作曲したリカルデントのPRソング『美歯3歯!』(ビバサンバ)を所属事務所の後輩でリカルデントのCMに出演しているスザンヌと共に披露。同年、“元祖白いたい焼き”の「たい焼き本舗 藤家」のイメージソングも担当し披露している。

2010年1月3日に放送された『ザ・イロモネア』の「なりきりモネアSP」で弟が自身のモノマネをやったのに対し、自身は弟のモノマネで出場し兄弟競演を果たした。なお、この回では第1ステージを弟・宣之のモノマネでクリア、第2ステージも松井秀喜のモノマネでクリアし見事商品のハワイ旅行を獲得している。同年2月、はなわが作詞作曲し、熊本県出身のスザンヌが歌う、熊本のPRソング『ダイスキ! くまもとファイヤー!』が発表された。同年6月、映画『ソフトボーイ』で佐賀県のB級グルメだという「カルチャー焼き」の店主を演じたことが縁で、映画のPRも兼ねて恵比寿に約1ヶ月限定で実際にカルチャー焼き屋台をオープン。中身の具材などをプロデュースしたほか、実際に店頭に立つこともあった。

2015年4月、約9年ぶりとなる単独ライブ「はなわ音楽会」を開催。歌をメインとしたライブで、同年9月と翌年の3月、9月にも開催している。

2016年に左利きのあるあるネタ『つらいぜ!ダリヒー』が話題になる[4]

2017年5月24日、ビクターエンタテインメントよりシングル『お義父さん』を発売。約12年ぶりのCDリリースとなる。妻・智子さんの失踪した父(はなわにとっての義父)へ宛てた、妻の苦労や幸せな今を歌った曲。2015年7月に結婚15周年を迎え、2016年3月に妻・智子さんへ誕生日プレゼントとして贈り、ライブなどでも披露した曲であり、2017年3月4日(妻の誕生日)にYoutubeへはなわ本人が「お義父さん」ライブ映像をアップしたところ話題になり、視聴回数が20日間で100万回を突破。これまで、はなわはテイチクエンタテインメントからCDをリリースしていたが、ビクターからの熱烈なオファーがあり、CD発売化へ至った。ちなみにその義父は、はなわとの対面後に末期の胃癌と診断され闘病中だったが、2017年10月8日に死去した。義父の死後、『お義父さん』の書籍化が決定し、2017年12月14日にKADOKAWAから発売された[5]

2018年10月3日、ビクターエンタテインメントより約13年ぶりとなるオリジナルアルバム『カラアゲ』を発売。同アルバムでは弟・宣之が在籍するコンビ・ナイツや所属事務所の先輩である原口あきまさがコーラスで参加している他、歌手・中村あゆみとのデュエットソングも収録されている[6]

ネタにまつわるエピソード[編集]

「佐賀県」の歌詞に登場する牛丼屋「吉屋(よしや)」はネタだが、はなわがプロデュースして唐津市に「吉田家」が2005年7月1日に開店。しかし、2006年9月25日に閉店。また、佐賀駅の近くに「スターバックスはない」と歌っていたが、2006年12月にゆめタウン佐賀内に開店したため、歌詞と異なる事態になった。なお、佐賀県内1号店は鳥栖プレミアム・アウトレット店。また佐賀県出身で、はなわと親交もある中越典子は「佐賀県」の歌詞の内容を、出身者として「ほとんどデタラメ!!」と一蹴した。松雪泰子は、「佐賀県」の歌で佐賀県出身であることを公表して無いと歌われていることに関し「公表してます」と番組で話しており、はなわは松雪と番組で共演した際、真っ先に土下座をした。「佐賀県」のリリースから14年後、牧瀬里穂に対しても「佐賀県」で名前を無断使用したことをブログ内で謝罪しており、番組で共演した際にもはなわは楽屋で牧瀬に謝罪したが、牧瀬は逆に名前を使ったことを喜んでいる[7]。「佐賀県」以外にもメディアの流す事実とは異なるステレオタイプなイメージをさらに誇張した歌詞が多いが、はなわなりのギャグの一種である。

47都道府県すべての歌に関しては「ショートショートなら全部いけます」と言っているが、実際に全部作ってあるかどうかは不明。大分県の歌を歌って欲しいとリクエストされたことがあるが、「すいません、作っていないので」という理由で大分県の歌は歌わなかった。しかし、2005年7月23日放送の『IQサプリ』では歌っている。ただし、これは普段から同番組で披露している県名をかけたクイズ形式の歌であり、ネタで歌っている曲とは違うものである。また、佐賀県は『オンエアバトル』出場時に「第○章」とネタ前にいっていたものの、ブレイク後は余り言わなくなった。

2003年10月に、日本テレビ系『エンタの神様』の中ではなわが披露した「ガッツ伝説」の歌詞が、「2002年に嘉門達夫が発表した『ガッツ石松伝説』に酷似している」といった抗議が相次ぎ、意図的な盗作では無いものの、はなわ本人が嘉門達夫公式ホームページの掲示板に謝罪文を書き込む事態にまで発展した。嘉門本人は特に怒った様子はなく、はなわに今後のアドバイスなどをして和解した。その後、嘉門も翌2004年に発売された自身のアルバム『人類はいつの日でもバカ』の中で、「47都道府県の唄」という曲を発表した。

「伝説の男〜ビバ・ガッツ〜」の替え歌で、「解説の男〜福本豊伝説〜」という歌を歌ったことがある。その際、曲中の福本役の台詞はますだおかだ増田英彦が担当した。

その他[編集]

左利きだがベースは右利き用を使用している。これは右利きの兄から借りてはじめたためである[4]

原口あきまさは、専門学校および芸能事務所の先輩で、個人的にも親しい。原口と「原口・はなわ」というコンビ[8]を組み、演芸番組等でモノマネを交えたコントを披露することがある。

ピン芸人ではあるが、まれに座興として弟の相方である土屋伸之とナイツのネタで漫才をすることもある。

福山雅治は、はなわの「佐賀県」をリリース前からラジオ番組で取り上げており、それを契機に親交が深い。ニッポン放送主催のライブイベントでは、はなわのバックバンドとして福山がギターを演奏した。また、2003年秋から翌年夏頃までバックバンド妻夫木聡の実兄である妻夫木晋也がいた。

父親は商社勤務であり、体格は細いが原口あきまさの父親(元自衛官)と相撲を取り、勝ったことがある。

妻・智子は、MIYUKI(諸隈美幸・以下諸隈と記す)と小学校・中学校の同級生であり仲が良く、過去に一緒にオーディションを受けたことがある。諸隈によると、智子は美人でクラスのアイドル的存在だったと言う。はなわは、そんな智子に中学時代から惚れており、初恋の相手だとしており、諸隈から告白された時も「彼女いるから」とふって居るが、その時既に智子に惚れており、実際は彼女居なかった。その後、友人の結婚式で再会し、2000年7月20日に結婚。NHK紅白歌合戦に出場が決まった際「何組で出るの?」と聞いたり、「前説の仕事」を「猥褻な仕事」と聞き間違えるなど、芸人のはなわを唖然とさせるほどの天然キャラである。その他、授業参観の親子水泳大会で水着になりたくないという理由で、弟の宣之に行って貰っている。また智子は佐藤弘道に惹かれており、はなわは佐藤をライバル視している。しかし、『女性自身』2005年10月4日号で佐藤と育児対談をしている。また、パパタレントとして佐藤一家と家族ぐるみで番組で共演する機会も多い。

3男の父親である。2009年頃から一家全員で『さんまのSUPERからくりTV』に出演している。長男は2000年12月に誕生。『佐賀県』ブレイク時には既に生まれていた。はなわのベースを担いだ長男に、「パパ、『残念!!』やって!!」と波田陽区のネタをせがまれたことがある。また同様に「『自由だ〜!!』ってやって!」と犬井ヒロシのネタをせがまれたこともある[9]。長男は大柄な体格を生かして柔道をやっており、区の指定強化選手にも選ばれている。次男は2004年4月に誕生。最近では次男が春日俊彰のモノマネにはまっている。2010年8月『からくりTV』にて、はなわが結婚10年目を記念し妻の為に作詞作曲した「10年のうた」を妻と長男・次男の前で披露する模様が放送された。三男は2010年9月に誕生。妻が三男を妊娠した際も『からくりTV』で取り上げられたが、その収録時まで家族から子供の性別を知らされていなかった[10]ため、かなりショックを受けていた。また、2015年からは『有吉ゼミ』にて“はなわ家 柔道三兄弟”に密着した模様が不定期放送されている。

ちなみにはなわ自身も男3人兄弟で、続柄は次男にあたる(宣之は三男)。

雑誌『ファミ通キューブ+アドバンス』では「はにわ」と間違って表記されていた。ちなみに、地元でのイベント出演時も名前を間違えられたことがあり、その時の詳細をネタにしている。

弟と共に野球のほか「好角家」と公言しており相撲に詳しい。元々柔道をやっていたため相撲も得意で、息子と相撲を取ったりもしている。特に武蔵丸光洋のモノマネを始めてから、武蔵丸の断髪式に呼ばれたり、武蔵丸とともに大相撲中継に出演するなど何かと武蔵丸とは縁が広がり、武双山正士琴ノ若晴將の断髪式にも出ている。さらに、アルバム「HANAWA PACK」発売時期にCDの宣伝を兼ね懸賞旗を6本出している。ちなみに弟の宣之も野球及び相撲ファンである。また、千代大海龍二が角界に入門する前のヤンキーぶりは、「『大分の龍二』と言えば僕でも知っている位大変有名人だった」という。その影響で長男の元気も相撲を行うようになった。[11]

の品種や炊き方にも詳しく、匂いや味で品種を当てることができる。テレビ番組でも何度か披露しており、『アッコにおまかせ!』の「人間遺産」のコーナーでは4種類中1種類を外したが、人間遺産として認定された。また米好きということで、妻と二児と共に半年間掛けて種もみまきから米作りをする東海テレビ制作の番組企画に挑戦した。

また、お笑いコンビ「ザ・たっち」の代表的ギャグ「ちょっと!ちょっとちょっと!」の考案者である。かつて同事務所に所属していた「楽しんご」の旧芸名(しんご☆くん)の考案者でもある。

1999年6月15日に放送された『古畑任三郎』第3シーズン「最も危険なゲーム(最後の事件)前編」に、ストリートミュージシャン役として特別出演(ただし出番はほんの一瞬)している。

2003年2月8日放送の『爆笑オンエアバトル』で、ネタ披露中にセリフが飛び、その場はアドリブでやり過ごしたが、その後の計量は辞退した。ただしネタ後の審査は行われ、同じく収録でネタを披露した増田英彦の提案で計量したところ、401KBでその週のオンエア圏内であったが、この計量シーンは放送されていない(ちなみに、はなわが計量辞退したことによりキャン×キャンが繰り上げでオンエアとなっている)。後の特別編放送時にこのことが伝えられた。ちなみに、仮に計量辞退をしなかった場合その年の年間オンエア合計KBが1760KBとなり、年間ランキング14位で第5回チャンピオン大会進出となっていた(代わりにチャンピオン大会進出となったのはアルファルファ)。

「社歌を歌うことが多い」と本人が言うように、これまで多くの企業や省庁等のキャンペーンソングやPRソングを作詞作曲し歌唱及び提供している。上記プロフィールの項目内以外にも「伝説の男〜ビバ・ガッツ〜」のカップリングである「この夏はバナナ」は、日本バナナ輸入組合のキャンペーンソングであったりと、とにかく多い。

2009年8月30日に、はなわ自らが乗用車を運転中、首都高速道路1号線の左車線に停車。これを避けようとした後続車が中央分離帯に衝突し、車が損傷する交通事故が発生した。本人、後続車の運転手共に怪我は無かった[12]

主なモノマネレパートリー[編集]

出演作品[編集]

テレビ[編集]

出演中

過去の単発・レギュラー・不定期出演

過去・インターネット番組

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
2003年(平成15年)/第54回 佐賀県なんでだろう
〜スペシャル合体バージョン〜
19/30 Every Little Thing テツandトモと合同で出演
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

ラジオ[編集]

現在のレギュラー

過去のレギュラー

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

アニメ[編集]

  • まっすぐにいこう。(2004年4月30日、日本テレビ系、8話) - パン屋役
  • MAJOR 1stシーズン(2005年2月12日、NHK教育、13話) - 上河内役
  • MAJOR 2ndシーズン(2006年3月11日、NHK教育、39話) - 上河内役
  • デジモンセイバーズ(2006年4月・8月、フジテレビ系) - ハグルモン、警官

CM[編集]

OVA[編集]

ディスコグラフィー[編集]

シングル

  1. 佐賀県(2003年5月21日)
  2. 岩手県[16](2003年)
  3. 伝説の男 〜ビバ・ガッツ〜[17](2004年6月30日)
  4. あったか戦士 おでんセブン(2008年9月12日・配信限定)
  5. お義父さん (2017年4月12日・ビクターエンタテインメントより配信開始)
  6. お義父さん (2017年5月14日・ビクターエンタテインメントより Type A,B,C 計3種類CD発売 Type CのみDVD封入)

アルバム

  1. HANAWA ROCK(2003年10月1日)
  2. HANAWA PACK(2005年9月28日)
  3. カラアゲ(2018年10月3日・ビクターエンタテインメント)

DVD

  1. 楽観しゅぎるライブ(2004年5月26日)
  2. 雪国もやし探検隊(「雪国もやしの歌」のPV等を収録、非売品)

書籍

  1. HANAWA BOOK(はなわブック)(2003年10月18日・ブックマン社)
  2. お義父さん(2017年12月14日・KADOKAWA

関連項目[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 宣之は(はなわとは異なる)マセキ芸能社所属。
  2. ^ 図書番号 ISBN 978-4062528634
  3. ^ 腐男塾は2011年7月、「風男塾」と名を改め、2012年1月からプロデューサー名義が「ジャジィはなわ」から「はなわ」に代わった。現在、風男塾は「男装アイドルユニット」として活動している。
  4. ^ a b はなわが語る左利きの辛さ カウンター席で客の目が冷たい”. エキサイトニュース (2016年7月5日). 2016年8月11日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2016年8月9日閲覧。
  5. ^ はなわ「お義父さん」書籍化 未公開のエピソードも収録「最高の家族に囲まれた」”. ORICON NEWS (2017年11月5日). 2018年10月8日閲覧。
  6. ^ オリジナルアルバム「カラアゲ」 豪華ゲスト参加のバラエティーに富んだ全容発表!”. ビクターエンタテインメント公式HP (2018年8月29日). 2018年10月8日閲覧。
  7. ^ はなわの名前無断使用の謝罪に、牧瀬里穂が神対応 日刊スポーツ 2017年3月21日11時16分
  8. ^ 原口とのコンビでイロモネアの前身番組『ウンナン芸人道祭り'05極限ネタバトル』出演経験がある。
  9. ^ ちなみに波田、犬井ともにネタで使っている楽器はアコースティックギターであり、はなわとは異なる種類の楽器である。
  10. ^ はなわ自身は女児を望んでいたため1人で勝手に舞い上がり、収録時次男に「お前、妹になんて名前つけたい?」とかなりノリノリで尋ねていた。
  11. ^ はなわ長男が相撲デビュー Archived 2014年2月22日, at the Wayback Machine. 中日スポーツ 2014年2月2日 紙面から
  12. ^ はなわさんの車を避けようとして、後続車が事故 産経新聞 2009年8月31日
  13. ^ オンバトサポーター - はなわ
  14. ^ さとう珠緒&はなわ、映画で夫婦役「濡れ場があるかも」”. シネマトゥデイ (2015年7月11日). 2015年7月13日閲覧。
  15. ^ 実弟の塙伸之も出演している
  16. ^ フジテレビ脳内エステIQサプリの出題・正解発表ソング
  17. ^ CD化はされていないが輪島功一具志堅用高など世界ボクシングチャンピオンの伝説ソングは多数ある。

外部リンク[編集]