元木大介
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| 読売ジャイアンツ 内野守備兼打撃コーチ #77 | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 国籍 |
|
| 出身地 | 大阪府豊中市 |
| 生年月日 | 1971年12月30日(47歳) |
| 身長 体重 |
180 cm 83 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 内野手、外野手 |
| プロ入り | 1990年 ドラフト1位 |
| 初出場 | 1992年4月8日 |
| 最終出場 | 2005年10月5日 |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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選手歴 | |
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監督・コーチ歴 | |
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この表について
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元木 大介(もとき だいすけ、1971年12月30日 - )は、大阪府豊中市出身の元プロ野球選手(内野手、外野手)。右投右打、 U-12日本代表 監督(2018) 、読売ジャイアンツ1軍内野守備兼打撃コーチ(2019 - )。
現役引退後は、野球解説者(TBS「S☆1」、日テレG+「徳光和夫の週刊ジャイアンツ)、タレント業、Vシネマ中心の俳優業などで活動している。所属事務所はケイダッシュグループのアワーソングスクリエイティブ。2018年にはカル・リプケンU12世界少年野球大会における日本代表監督を務め、その後(2019年)、読売ジャイアンツの内野守備兼打撃コーチに就任し、現在も務める。
目次
経歴[編集]
プロ入り前[編集]
幼少時代は南海ホークスファンで、たびたび大阪スタジアムに足を運び、ホークス友の会に入会していた他、南海OBによって運営されていた少年野球チーム・ジュニアホークスにも入っていた。小学6年生の頃、当時巨人の監督だった王貞治と対面し、一緒に記念撮影をした際、「プロ野球に入るなら巨人に来いよ」と激励された事に感激して以来巨人ファンに転向したという[1]。
上宮高校で甲子園に3回出場。1989年の夏の甲子園では1試合2本塁打を放つなど注目された。同校では種田仁、小野寺在二郎、星田英利(お笑い芸人)、1学年下に宮田正直、2学年下には薮田安彦、中村豊、市原圭、久保孝之。高校通算24本塁打。甲子園通算6本塁打は清原和博に次いで歴代2位タイ(桑田真澄,中村奨成と同数)の記録である。
当時はその端正なマスク、スターと言われた外見とは裏腹に、あまりに唐突な発言の連発でチームの人気者となり、キャプテンに選ばれた。殺到するファンを避けるどころか、気さくな笑顔で手を振って応じるなど、それまでの人気選手の立ち振る舞いとは一線を画していた。別の高校に進学した先輩にもきちんと挨拶に行く等、礼儀正しい選手だった[要出典]。
3年時の夏は大フィーバーで、大阪大会や甲子園練習には女性ファンが殺到。開会式当日、出場校は球場の外で待機することになっているが、混乱を避けるために上宮だけ隔離されるという異例の措置も取られた。
1989年の夏の甲子園3回戦の対八幡商で内野フライを放ち、1塁へ走るのをやめたことがあった。ところが、そのフライを相手内野手が落球。走るのをやめてしまっていた元木は1塁でアウト。ベンチに戻ってきたところを山上監督に怒鳴られるシーンが全国に中継された。
1989年10月15日に電車の中で当時の近鉄バファローズ監督・仰木彬と乗り合わせ、握手をしてもらっていた。当日は近鉄の優勝が決まるかというタイミングで仰木の出勤シーンを撮りにテレビのカメラマンがついてきており、その模様がニュースで放映されていた。
同年のドラフト会議では読売ジャイアンツの指名を希望するが、巨人は大森剛を1位指名。福岡ダイエーホークスから野茂英雄の外れ1位で指名されるがこれを断り、1年間ハワイに野球留学する[2][3]。実際にはハワイの環境では本格的な野球練習は出来ず、大学・社会人に進むと次回ドラフト指名まで年数がかかるためそれを避ける行動だったといわれる。この野球留学中、ベニー・アグバヤニ(元・千葉ロッテマリーンズ)とチームメイトになり、知り合いになったという。
プロ入り後[編集]
1990年のドラフト会議で巨人より1位指名を受けて入団する。
1992年から1軍で出場。バッテリーを除く全てのポジションを守れるユーティリティープレイヤーとして活躍する。オールスターゲームでは、初出場の98年は遊撃手、翌99年は三塁手のファン投票で選ばれるも、1998年は代打のみ、1999年は二塁手で試合に出場した。
2000年9月24日の中日ドラゴンズ戦(東京ドーム)で「2番・左翼手」として先発出場し、8回まで被安打5・無四球無失点と、好投を続けていた前田幸長からライト前ヒットで出塁、2番手エディ・ギャラードから江藤智が同点満塁弾、二岡智宏がサヨナラホームランを放ち、巨人が4年ぶりにリーグ優勝を決定する口火を切った。
2003年以降は度重なる故障に悩まされ、2005年は堀内恒夫監督のチーム若返りの方針により後半戦は戦力構想から外れて2軍生活を送り、9月に戦力外通告を受ける。オリックス・バファローズや東北楽天ゴールデンイーグルスなどから入団の誘いがあった[4]ものの、浪人してまで巨人入団を1年待った経緯もあり、「ジャイアンツが好きだから、入団したときからこのチームでいらないと言われたら辞めようと決めていた」と33歳で現役を引退。後藤孝志と共に自ら身を引く形となった。世代交代する巨人に迷惑をかけたくなかったという。最終戦で引退試合に出場した。
引退後[編集]
| もとき だいすけ 元木 大介 | |
|---|---|
| 生年月日 | 1971年12月30日(47歳) |
| 出生地 |
|
| 活動期間 | 1990年(プロ野球選手として) - |
| 活動内容 | 元プロ野球選手、野球解説者、タレント |
| 配偶者 | 大神いずみ[5] |
| 事務所 | アワーソングスクリエイティブ |
2005年シーズンオフから日本テレビ系列のTHE・サンデーのスポーツコーナーにレギュラー出演、2006年よりTBSラジオ野球解説者、スポーツ報知評論家となった。30代半ばの時期は若いこともあり、中継の際は必ず年上・年下問わず「XX選手」と言うようにしていた。
2007年から、マスターズリーグ・東京ドリームスに参加している。内野手登録で、背番号は2となっている。
2009年5月16日の収録の『ヘキサゴンII』内の「みんなで跳ぼう! 縄跳びクイズ!」で、長縄跳びから脱出する際に転倒してアキレス腱を断裂する重傷を負った[6]。
バラエティタレントとしても活躍する傍ら、2010年9月に仲御徒町、2012年9月には広尾にラーメン店「元福」をオープンしたものの両店舗ともに閉店。2013年6月から足立に本店を構えたが2014年暮れに閉店した[7]。それに関しては、後に「しくじり先生」に出演した時に詳細を語っている[8]。
2013年に元プロ野球選手が9人出演する仁侠映画『ダイヤモンド』に出演し、映画初出演[9]。これをきっかけに俳優業にも意欲を見せ[10]、翌年以降Vシネマを中心に仁侠ものの作品に出演し始めている。
2018年、カル・リプケンU12世界少年野球大会における日本代表監督に就任、優勝し、チームは、3連覇を達成した[11]。
2018年10月22日、2019年から巨人の一軍内野守備兼打撃コーチに就任することが発表された[12]。
選手としての特徴[編集]
高校時代は甲子園通算6本塁打を記録したスラッガーだったが、プロ入り後はつなぎ役に徹していた[13]。また1998年には得点圏打率1位に輝くなど勝負強かった[13]。
現役時代は隠し球や状況を読んだ打撃などの卓越した技術とセンスによるプレーから、監督の長嶋茂雄に「くせ者」と評された[14]。カル・リプケンU12世界少年野球大会における日本代表監督に推薦した星野仙一からも生前は「巨人で一番嫌だったのはオマエだ」と言わしめた[15]ほどで、相手チームの首脳陣や選手が嫌がるプレー(=巨人としては頼もしい)をしており、野球を熟知していた。
守備では内野ならどこでもこなす他、外野手としても出場した[13]。出場試合数が一番多かったのは三塁である[16]。
現役時代は鈍足であったが、相手の癖や配球を考えた上での走塁技術には自信はあったことをかつて新聞の連載で述べている[17]。
詳細情報[編集]
年度別打撃成績[編集]
| 年 度 |
球 団 |
試 合 |
打 席 |
打 数 |
得 点 |
安 打 |
二 塁 打 |
三 塁 打 |
本 塁 打 |
塁 打 |
打 点 |
盗 塁 |
盗 塁 死 |
犠 打 |
犠 飛 |
四 球 |
敬 遠 |
死 球 |
三 振 |
併 殺 打 |
打 率 |
出 塁 率 |
長 打 率 |
O P S |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1992 | 巨人 | 34 | 72 | 59 | 7 | 11 | 2 | 0 | 0 | 13 | 2 | 2 | 2 | 2 | 0 | 10 | 0 | 1 | 15 | 2 | .186 | .314 | .220 | .534 |
| 1993 | 80 | 222 | 186 | 25 | 44 | 7 | 1 | 4 | 65 | 15 | 1 | 3 | 3 | 0 | 32 | 0 | 1 | 25 | 7 | .237 | .352 | .349 | .701 | |
| 1994 | 90 | 248 | 218 | 26 | 61 | 6 | 0 | 4 | 79 | 25 | 1 | 2 | 6 | 1 | 21 | 0 | 2 | 23 | 3 | .280 | .349 | .362 | .711 | |
| 1995 | 67 | 219 | 197 | 13 | 48 | 11 | 1 | 3 | 70 | 25 | 5 | 3 | 5 | 1 | 15 | 0 | 1 | 23 | 5 | .244 | .300 | .355 | .655 | |
| 1996 | 91 | 326 | 288 | 34 | 66 | 14 | 1 | 9 | 109 | 35 | 3 | 2 | 6 | 4 | 25 | 0 | 3 | 51 | 5 | .229 | .297 | .378 | .675 | |
| 1997 | 101 | 337 | 312 | 33 | 88 | 10 | 1 | 9 | 127 | 32 | 1 | 1 | 7 | 2 | 14 | 0 | 2 | 46 | 6 | .282 | .317 | .407 | .724 | |
| 1998 | 114 | 456 | 397 | 49 | 118 | 18 | 3 | 9 | 169 | 55 | 3 | 2 | 6 | 3 | 45 | 0 | 5 | 56 | 18 | .297 | .376 | .426 | .802 | |
| 1999 | 114 | 372 | 327 | 28 | 75 | 12 | 0 | 6 | 105 | 34 | 0 | 1 | 8 | 1 | 36 | 1 | 0 | 49 | 11 | .229 | .306 | .321 | .627 | |
| 2000 | 114 | 353 | 310 | 40 | 85 | 17 | 0 | 5 | 117 | 29 | 0 | 2 | 7 | 1 | 34 | 1 | 1 | 47 | 7 | .274 | .348 | .377 | .725 | |
| 2001 | 123 | 441 | 391 | 51 | 114 | 16 | 3 | 9 | 163 | 39 | 3 | 0 | 9 | 2 | 37 | 3 | 2 | 51 | 13 | .292 | .356 | .417 | .773 | |
| 2002 | 121 | 381 | 343 | 39 | 88 | 12 | 1 | 6 | 120 | 52 | 1 | 0 | 8 | 5 | 23 | 2 | 0 | 58 | 19 | .257 | .303 | .350 | .653 | |
| 2003 | 60 | 153 | 143 | 11 | 32 | 9 | 0 | 0 | 41 | 14 | 0 | 0 | 3 | 0 | 5 | 1 | 2 | 19 | 6 | .224 | .260 | .287 | .547 | |
| 2004 | 55 | 128 | 121 | 11 | 29 | 5 | 0 | 2 | 40 | 13 | 0 | 1 | 0 | 1 | 6 | 0 | 0 | 24 | 3 | .240 | .276 | .331 | .607 | |
| 2005 | 41 | 120 | 105 | 9 | 32 | 4 | 0 | 0 | 36 | 8 | 1 | 1 | 4 | 1 | 9 | 0 | 1 | 21 | 2 | .305 | .365 | .343 | .708 | |
| 通算:14年 | 1205 | 3828 | 3397 | 376 | 891 | 143 | 11 | 66 | 1254 | 378 | 21 | 20 | 74 | 22 | 312 | 8 | 21 | 508 | 107 | .262 | .328 | .369 | .697 | |
年度別守備成績[編集]
| 年 度 |
一塁 | 二塁 | 三塁 | 遊撃 | 外野 | |||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 |
試 合 |
刺 殺 |
補 殺 |
失 策 |
併 殺 |
守 備 率 | |
| 1992 | - | 13 | 19 | 21 | 0 | 2 | 1.000 | - | 14 | 10 | 24 | 6 | 0 | .850 | - | |||||||||||||||
| 1993 | - | 51 | 74 | 114 | 2 | 21 | .989 | 6 | 2 | 12 | 1 | 3 | .933 | 15 | 6 | 6 | 1 | 3 | .923 | - | ||||||||||
| 1994 | - | 57 | 97 | 141 | 2 | 29 | .992 | 21 | 6 | 16 | 2 | 0 | .917 | 9 | 10 | 16 | 0 | 3 | 1.000 | - | ||||||||||
| 1995 | - | 47 | 68 | 87 | 4 | 18 | .975 | 6 | 1 | 2 | 1 | 0 | .750 | 19 | 30 | 56 | 1 | 8 | .989 | - | ||||||||||
| 1996 | - | 77 | 188 | 222 | 2 | 57 | .995 | 8 | 3 | 5 | 1 | 0 | .889 | 16 | 14 | 22 | 1 | 6 | .973 | - | ||||||||||
| 1997 | - | 35 | 72 | 90 | 1 | 22 | .994 | 42 | 23 | 64 | 4 | 6 | .956 | 28 | 33 | 50 | 0 | 13 | 1.000 | - | ||||||||||
| 1998 | - | 15 | 26 | 35 | 0 | 5 | 1.000 | 60 | 45 | 64 | 5 | 8 | .956 | 51 | 74 | 115 | 2 | 27 | .990 | - | ||||||||||
| 1999 | - | 11 | 20 | 25 | 1 | 5 | .978 | 88 | 55 | 117 | 4 | 10 | .977 | 4 | 6 | 10 | 0 | 2 | 1.000 | 1 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |||||
| 2000 | 6 | 15 | 1 | 0 | 1 | 1.000 | 7 | 14 | 11 | 0 | 2 | 1.000 | 34 | 15 | 25 | 1 | 1 | .976 | 54 | 67 | 98 | 7 | 22 | .959 | 28 | 15 | 0 | 0 | 0 | 1.000 |
| 2001 | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 3 | 2 | 2 | 0 | 1 | 1.000 | 19 | 4 | 13 | 0 | 1 | 1.000 | 83 | 92 | 194 | 4 | 42 | .986 | 35 | 39 | 3 | 0 | 1 | 1.000 |
| 2002 | 19 | 93 | 3 | 0 | 3 | 1.000 | 27 | 35 | 62 | 0 | 11 | 1.000 | 60 | 28 | 67 | 6 | 5 | .941 | 30 | 41 | 63 | 0 | 13 | 1.000 | - | |||||
| 2003 | 11 | 27 | 2 | 0 | 1 | 1.000 | 16 | 25 | 49 | 0 | 8 | 1.000 | 42 | 18 | 41 | 1 | 3 | .983 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | - | |||||
| 2004 | - | 1 | 2 | 5 | 0 | 1 | 1.000 | 5 | 1 | 0 | 1 | 0 | .500 | 23 | 32 | 63 | 1 | 13 | .990 | - | ||||||||||
| 2005 | 11 | 66 | 0 | 0 | 7 | 1.000 | 13 | 22 | 29 | 2 | 7 | .962 | 8 | 4 | 6 | 0 | 2 | 1.000 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | - | - | |||||
| 通算 | 48 | 202 | 6 | 0 | 12 | 1.000 | 373 | 664 | 893 | 14 | 189 | .991 | 399 | 205 | 432 | 27 | 39 | .959 | 348 | 415 | 717 | 23 | 152 | .980 | 64 | 56 | 3 | 0 | 1 | 1.000 |
記録[編集]
- 初記録
- 初出場:1992年4月8日、対阪神タイガース2回戦(東京ドーム)、7回裏に大森剛の代走として出場
- 初安打:1992年4月15日、対広島東洋カープ3回戦(東京ドーム)、8回裏に北別府学から中前安打
- 初先発出場:1992年4月28日、対中日ドラゴンズ4回戦(東京ドーム)、7番・二塁手として先発出場
- 初打点:1992年5月5日、対阪神タイガース5回戦(阪神甲子園球場)、6回表に猪俣隆から
- 初盗塁:1992年5月30日、対阪神タイガース11回戦(阪神甲子園球場)、4回表に二盗(投手:渡辺伸彦、捕手:山田勝彦)
- 初本塁打:1993年5月12日、対阪神タイガース5回戦(東京ドーム)、3回裏に門奈哲寛の代打として出場、仲田幸司から左越ソロ
- 節目の記録
- 1000試合出場:2002年7月23日、対阪神タイガース16回戦(阪神甲子園球場)、7回表に川中基嗣の代打として出場 ※史上379人目
- その他の記録
- オールスターゲーム出場:2回 (1998年、1999年)
背番号[編集]
- 37 (1991年 - 1993年)
- 2 (1994年 - 2005年)
- 77(2019年 - )
登場曲[編集]
- 「Shooter」Jim Johnston(2001年)※WWEカート・アングル入場曲
- 「2000 Watts」Michael Jackson(2002年)
- 「Boom」P.O.D.(2003年)
- 「Dirt Off Your Shoulder」Jay-Z(2004年)
- 「海の家」TUBE(2004年)
- 「Nasty Girl」Nitty(2005年)
- 「Party Starter」Will Smith(2005年)
関連情報[編集]
著書[編集]
単著[編集]
- 『クセ者:元木大介自伝』(双葉社、2006年3月、ISBN 4575298794)
- 『元木大介の1分で読めるプロ野球テッパン話88』(ワニブックス、2009年9月、ISBN 9784847018497)
監修[編集]
- 『野球少年必見!打撃上達パーフェクトマニュアル:みるみる打球が変わるバッティングの強化書』(ベースボール・マガジン社、2008年12月、ISBN 9784583615714)
- 『少年野球上達パーフェクトマニュアル』(川崎憲次郎共監修、ベースボール・マガジン社、2010年5月、ISBN 9784583102603)
出演[編集]
テレビ[編集]
- 徳光和夫の週刊ジャイアンツ(日テレG+)- 解説
- S☆1(TBS)- 解説
- World Baseballエンタテイメント たまッチ!(2007年3月25日 - 2018年11月11日、フジテレビ)- レポーター(不定期出演)
- クイズ!ヘキサゴンII(2008年12月 - 2011年9月、フジテレビ)
- THE・サンデー(- 2008年、日本テレビ) - リポーターもしくはスポーツコメンテーター
- 午後は○○おもいッきりテレビ(日本テレビ) - コメンテーター
- M・Mメジャーゴルフ (2006年10月 - 、サンテレビジョン) - 司会
- 元木大介がセレクト!ビジネス隠し玉企業2017(2017年4月8日 - 2017年12月30日、千葉テレビ放送)
- 元木商店「商売繁盛してまっか?」(2018年1月6日 -、千葉テレビ放送)
- フルーツ宅配便 第2話 (2019年1月19日、テレビ東京) - 本人役
ラジオ[編集]
- TBSラジオ エキサイトベースボール (2006年 - 2017年、TBSラジオ)- 解説
- 元木大介のエキサイトサタデー (2006年10月7日 - 2007年3月31日、TBSラジオ) - パーソナリティ
- 元木大介のエキサイトベースボールサタデー (2007年10月6日 - 2008年3月29日)
映画[編集]
- ダイヤモンド(オールインエンタテインメント、2013年8月3日公開)[9]
- 鷲と鷹(ユナイテッドエンタテインメント、2014年5月24日公開)
- 表と裏シリーズ(オールインエンタテインメント) - 安住秀幸 役
- 表と裏(2015年3月14日公開)
- 表と裏 第2章(2015年8月29日公開)
- 表と裏 最終章(2016年2月6日公開)
- CONFLICT 最大の抗争(オールインエンタテインメント、2016年5月28日公開) - 遠藤亘 役
Vシネマ[編集]
- 暴力水滸伝(2014年)
- 極サギシリーズ(2014年 - 2015年)
- YOKOHAMA BLACK2(2016年)
- 修羅の男と家なし少女シリーズ(2016年 - 2017年)
- 若頭暗殺史 修羅の男たちシリーズ(2016年 - 2017年)
- GRAY ZONEシリーズ(2017年)
- 極道天下布武シリーズ(2017年)
- 虎狼の群れ1・2(2017年、コンセプトフィルム、オールインエンタテインメント)[18]
- 覇者の掟 第一章(2018年、コンセプトフィルム)
- YOKOHAMA BLACK6(2018年6月、オールインエンタテインメント) - 真壁 役[19]
CM[編集]
- ファミリー引越センター
CD[編集]
DVD[編集]
- 産経新聞創刊85周年記念作品 平成三十年史(2018年) - ナレーション
脚注[編集]
- ^ 以前『プロ野球ai』に母親が寄稿した際にその時の写真が掲載されていた。この経緯から引退して解説者となってからも、王からはよく声をかけてもらったと語っていた。
- ^ [1]
- ^ [2]
- ^ チームの中心選手ではない元木がトレードされる憶測はそれ以前にもしばしば流されており、2004年シーズン途中には、当時大阪近鉄バファローズの高村祐とのトレードという誤報を東京中日スポーツに出されている。
- ^ “大神いずみ、夫・元木氏に「別に寝てほしい!」理解不能な持論に"激怒"”. サンケイスポーツ. (2017年10月20日) 2018年1月28日閲覧。
- ^ 元巨人の元木なわとびで左アキレス腱断裂、2009年5月28日、日刊スポーツ
- ^ [3] - 日刊ゲンダイ2015年5月27日配信、同日閲覧
- ^ http://news.livedoor.com/article/detail/10591676/
- ^ a b “劇場公開作品|オールイン エンタテインメント”. オールイン エンタテインメント 2017年5月9日閲覧。
- ^ “元木大介、俳優業に意欲?「クセになりそう」”. ORICON NEWS. (2013年7月16日) 2018年6月17日閲覧。
- ^ “元木大介氏、日本代表監督に就任!「チーム星野」を継承、U12世界一に挑む”. スポーツ報知. (2018年7月11日) 2018年8月9日閲覧。
- ^ “来季スタッフ発表…鈴木氏、杉内氏、堂上氏、古城氏、藤村氏らが入閣”. スポーツ報知. (2018年10月22日) 2018年10月22日閲覧。
- ^ a b c 『日本プロ野球偉人伝 vol.13 1997→99編』 ベースボール・マガジン社、2014年、82頁。ISBN 978-4-583-62103-6。
- ^ BASEBALL KING. (2016年5月7日). https://baseballking.jp/ns/69825+2018年8月9日閲覧。
- ^ [“クセ者”元木大介の巨人再建案「二宮清純のスポーツ一刀両断」 https://news.nifty.com/article/sports/athletic/12205-114414/]
- ^ Daisuke MotokiBASEBALL-REFERENCE.COM、2014年10月31日閲覧。※英語
- ^ https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/sports/239856/2
- ^ “虎狼の群れ|オールイン エンタテインメント”. www.all-in-ent.com. 2018年7月16日閲覧。
- ^ “YOKOHAMA BLACK6”. all-in-ent.com. 2018年12月7日閲覧。
関連項目[編集]
- 大阪府出身の人物一覧
- 読売ジャイアンツの選手一覧
- 10.8決戦
- TVおじゃマンボウ - 東京ドームで行われる試合で司会の中山秀征と無言のやり取りをしていた。
- ズームイン!!サタデー
外部リンク[編集]
- ケイダッシュ 公式プロフィール
- 元木大介 (motoki_daisuke) - Instagram
- 個人年度別成績 元木大介 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)
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