木村清

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きむら きよし
木村 清
生誕 (1952-04-19) 1952年4月19日(66歳)
日本の旗 千葉県野田市
国籍 日本の旗 日本
出身校 中央大学法学部
職業 実業家
配偶者 有り

木村 清(きむら きよし、1952年4月19日 - )は、日本実業家株式会社喜代村代表取締役社長

略歴[編集]

千葉県野田市生まれ[1]1967年、中学校卒業後[2]F104のパイロットを目指し[3]、15歳で航空自衛隊航空教育隊(航空自衛隊生徒第14期)に入隊。2年9か月で第4術科学校を卒業[4]。その後、18歳で大検に合格[4]航空操縦学生になる資格を得たが、事故で目を患いパイロットを断念[4]1974年に自衛隊を退官した[1]

その後、司法試験を目指し、中央大学法学部に入学[1]。2年で択一式試験に合格し[3]、1979年に中央大学を卒業[5]

百科事典のセールスマンなど職を転々とし、1974年に大洋漁業(現・マルハニチロ)の子会社である「新洋商事」に入社。当初は3か月のアルバイトで辞めるつもりであったが、司法試験を断念し入社した[3]。新洋商事で魚の仲買人となり、築地市場で多くの取引先を持つようになる。

1979年6月に新洋商事を退職し独立。喜代村の前身となる木村商店を創業した[1]。木村商店で弁当屋、カラオケ店、レンタルビデオ店などを経営し、1985年に喜代村を設立[1]。しかし、バブル崩壊に伴い全ての事業を清算。手元に残った300万円と、築地時代(新洋商事時代)のコネを活用し、寿司店「喜よ寿司」を開店。2001年4月に築地場外に日本初の年中無休・24時間営業の寿司店「すしざんまい本店」を開店した[1]

その他[編集]

  • 「すしざんまいの木村社長」と紹介されることが多いが、「すしざんまい」は喜代村が運営する寿司店の屋号であり、役職名としては「喜代村の木村社長」が正しい。
  • 築地市場の初競り日(1月4日または5日)に最高級マグロを競り落とすことが恒例となっている。競り落としたマグロは「すしざんまい」全店で通常価格で提供される。市場が豊洲に移転して初めての初競りとなった2019年1月5日には、史上最高値となる1本3億3360万円で落札し、話題になった[6]
  • マグロ解体のパフォーマンスとして自ら包丁を入れ解体ショーを行うが、寿司職人ではないため寿司は握れない。
  • メディアへの登場頻度が高く、自らが「すしざんまい」の広告塔になりテレビCMにも出演している。毎年正月には現職総理宅へ寿司の差し入れを行っている。
  • 幼いころから頭が良く、ピアノも弾けたというが音痴のため歌は歌わせないほうがいい、という。

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f 大手町ニュースカレッジ 講座のご案内”. 産経新聞社. 2013年1月3日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2019年1月6日閲覧。
  2. ^ THE FACE 福岡の顔 2011」、『ふくおか経済』vol.279、ふくおか経済、2011年11月2019年1月6日閲覧。
  3. ^ a b c 第7回 何でもやってみなければわからない。「もう駄目か」と諦めかけたときが夜明け前。”. あの社長が語る経営の極意. ブイネット・ジャパン. 2016年4月21日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2019年1月6日閲覧。
  4. ^ a b c 【第8回】24時間年中無休で、人で溢れさせる「すしざんまい」の超前向き経営”. なぜこの企業が凄いのか. ブイネット・ジャパン. 2016年8月6日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2019年1月6日閲覧。
  5. ^ 『すしざんまい』ナイター 始球式に登場! (PDF) 」 、『HAKUMON Chuo』2016 秋号、中央大学2016年、 51頁、2019年1月6日閲覧。
  6. ^ 森健太郎 (2019年1月5日). “マグロ1本3億円超、史上最高値 豊洲市場初競り”. 毎日新聞. https://mainichi.jp/articles/20190105/k00/00m/040/024000c 2019年1月6日閲覧。