築地市場

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築地市場

築地市場(つきじいちば、つきじしじょう)は、東京都中央区築地にある公設の卸売市場。東京都内に11か所ある東京都中央卸売市場のひとつだが、その規模は日本・世界最大(広さでは大田市場のほうが広いが、取引金額は大田市場より大きい)であり、代表的な卸売市場である。この項では外郭に存在する築地場外市場商店街(通称:場外、場外市場、築地場外、築地場外市場)についても記述する。なお、ニュース番組等で、しばしば築地市場の場所を指して「つきじしじょう」と呼ぶことがあるが、場所を指す場合は「しじょう」ではなく「いちば」である。

概要[編集]

築地中央卸売市場での冷凍マグロのセリの様子

築地六丁目にある駐車場の一部を除き、築地市場の所在地は「東京都中央区築地五丁目2番1号」。 築地市場は、面積約23ヘクタール。この中で、7の卸売業者と約1000(うち水産約820)の仲卸業者によってせりが行われる。2005年の取扱数量は、全品目合計で約916,866トン(一日当たり水産物2,167トン、青果1,170トン)、金額にして約5657億円(一日当たり水産物1,768百万円、青果320百万円)になる[1]

現在築地市場で取り扱う品目は水産物(取扱量日本最大)のほか、青果野菜果物、東京では大田市場に次ぐ第二位)・鳥卵(鶏肉および鶏卵)・漬物・各種加工品(豆腐もやし冷凍食品等)がある。

競り場や仲卸がある主な建物は、弧を描いている。これは国鉄東京市場駅が存在した事が大きな要因となっている。線路がこれらの建物に平行して存在しており、これを利用した鮮魚貨物列車などが入線していた。しかし生鮮食品でも貨物運送が貨物列車からトラックに徐々に移行し、その影響で冷凍車や活魚車などの貨車や鮮魚貨物列車なども廃止され、駅も廃止された。線路は市場内外でも撤去されているが、市場の青果門付近から朝日新聞東京本社の脇を通って旧汐留駅跡へと伸びる細い歩道が線路跡であり、その歩道には踏切の警報機も残されている。

銀座の繁華街が近い。他の地方の卸売市場では繁華街から1km以内という立地条件はあまりない。

構造[編集]

勝鬨橋前の入口にある「おさかな普及センター資料館」
正門
新大橋通りに面している築地市場の門。警視庁築地警察署中央市場交番、築地市場駅A1出口がある。道を隔てて国立がんセンター中央病院、朝日新聞東京本社がある。
青果門(せいかもん)
青果を扱うせり場付近にあることから命名された門。青果を運ぶトラックの往来が多い。
勝鬨門(かちどきもん)
勝鬨橋に隣接する築地市場の門。付近には、市場の敷地内に「おさかな普及センター資料館」、「築地市場厚生会館 」、そして敷地外には勝鬨橋とその資料を集めて公開している「かちどき橋の資料館」、晴海通りをはさんでニチレイ本社がある。
海幸橋門(かいこうばしもん)
波除神社に隣接した築地市場の門。名前は築地川の支川に架かるアーチ橋の海幸橋があったことに由来している。支川は、現在は埋め立てられ駐輪場として中央区が管理運営している。橋の構造物は橋桁と欄干を除き撤去されている。
市場橋門(いちばばしもん)
新大橋通りに面する門のうち最も東(あるいは北)にある門。付近に市場橋があったことからの命名。通路は狭く裏門的な状況で築地市場から退場方向に一方通行である。
関連事業者営業所
市場の主幹業務を補完する関連事業者物品販売業と飲食業が軒を並べる場所。このエリアは、海苔屋、お茶屋、本屋、乾物屋、包丁屋という具合に取り扱い品目が規定されており市場ならではの妻物屋などが存在している。飲食業については「飲食店」としか規定されておらず、近年、喫茶店が商売替えをしたり、IT関連企業が定食屋を買収するなどにより、観光客を標的とした寿司屋が増えている。
時計台
東京都の建物の屋上に存在したが、現在は撤去されている。目の前の通路の名称に旧時計台通りとして残っている。
買荷保管所(かいにほかんじょ)
仲卸などで購入した商品を預かって貰う場所。場内数箇所に「特」「東」「西」「新」の異なる呼び名で存在する。集積された荷物を横付けされた自動車などに積み込み商店や飲食店に配達される。「潮待茶屋」あるいは単に「茶屋」と呼ばれている。これは魚河岸が日本橋にあった頃、魚は東京市市内に張り巡らされた河川・運河などの水路を使って船で配達しており、満潮を待って仕事をしていたことに由来する。茶屋を使用するには契約が必要である。
東京都市場衛生検査所
検査所に所属する食品衛生監視員が市場内に流通する食品の監視、検査と事業者に対する衛生指導を行っている。東京都福祉保健局が管轄しており、足立市場と大田市場に支所がある。
築地場外市場商店街
築地市場の周辺にも買出人を相手とする店舗が多数あり、「場外」と呼ばれる商店街を形成している。これに対して築地市場は「場内」と呼ばれる。場外は場内に比べ一般客や観光客が比較的多い。
波除神社(なみよけじんじゃ)
築地市場の海幸橋門(かいこうばしもん)に隣接している神社。埋立地の別称である築地の地名からも解かる通り、この付近一帯は埋立地である。江戸時代初期、万治元年(1658年)に築地本願寺からこの付近にかけて埋め立てが開始されたが、次々と波に洗われて工事は難航していた。しかし海中から発見された稲荷神の像を祀ったところ、風波が和らぎ工事が完了したとされている。これが「波除」の由来で、厄除けや航海安全の神として信仰されている。また、築地市場に隣接していることから「海老塚」「すし塚」「玉子塚」などの水産物や食品に関わる霊を祀る塚がある。

歴史[編集]

建設中の築地市場
第五福竜丸のプレート

江戸時代から東京の食品流通を担ってきた日本橋魚河岸をはじめとする市場群が、1923年大正12年)9月に起きた関東大震災で壊滅したのを受け、12月、隅田川汐留駅といった水運、陸運に恵まれていた旧外国人居留地(築地居留地)の海軍省所有地を借り受けて臨時の東京市設魚市場を開設したのが、築地市場の始まりである。

観光地としての市場[編集]

築地市場
混雑する場内の寿司屋

築地市場の扱う生鮮品の良さや食堂棟のグルメがマスコミに頻繁に取り上げられるようになったこと、築地市場の売り上げの減少により業者以外の入場規制の解除を行い観光客の誘致を働きかけるようになり、一般の見学客や購買客が大勢訪れるようになった。現在は東京の観光ガイド本はもちろん、外国人向けガイドブックにも築地が取り上げられ、日本の観光地の一つとなっている。

また、築地市場の別称である場内市場と、築地市場に隣接した商店街である場外市場とがあり、市場敷地内は東京都管轄の卸・仲卸・関連事業者と呼ばれる業者販売を前提とした店であるが、場外市場は通常の商店街と同じで一般客や観光客を相手にした店が多い。新大橋通り晴海通りとの交差点から市場にかけての地域がそれにあたる。

  • 休市日の場内はほとんどの店が営業していない(場外もおよそそれに倣う)。
  • 場内は午前中でほとんどの店が閉店する。
  • 日曜日祝日は基本的に休市。
  • 日曜日を除いて祝日を含めた月2回ほど不定期で休市が設定されており、平日の休市は水曜日となっている(休市日の魚屋や飲食店の商品は前日仕入れの場合がある)。
  • 年末年始とお盆を除き原則的に3連休はない(2連休以下になるように開市される)。

観光客・一般客の急増に伴い、本来は立ち入り禁止区域の入所も黙認していたが、市場のルールやマナーに反する観光客・一般客が増え、市場本来の業務に支障を来すなどの問題も起きており、対策として2008年(平成20年)4月から、卸売場への立ち入りを原則禁止、冷凍マグロの競り場にロープで区切った見学エリア設置・時間限定(午前5時 - 午前6時15分)で容認、注意事項パンフレット(5ヶ国語)の用意、等が講じられた[3][4]。しかし、改善の兆しがあまり見受けられないことから規制を強化、観光客・一般客は2008年(平成20年)12月15日から2009年(平成21年)1月17日までの予定でマグロなどの水産物や青果の競りを行う区域を立入禁止とした[4][5]。国際取引禁止提案否決での関心もあり2010年(平成22年)3月頃から見学者が500人を超えることがあり同年4月8日 - 5月8日には年始年末以外で初めてマグロ競り見学禁止となったが、大使館等への事前連絡が周知徹底不足だったこともあり知らずに訪れた外国人観光者と揉める場面も見られた[6]。最悪の場合、全域立ち入り禁止にもなりかねない状況であったが、現在はマグロ競りの見学に時間制限や定員を設けたり、見学時間を原則午前9時以降にするなどの制限にとどまっている。

同様に2011年3月14日には、3月11日に発生した東日本大震災の影響により地震活動の影響を踏まえて7月25日までマグロの競り会場の見学が禁止された。この時もマグロのセリ会場以外は通常通り見学することはできたが、余震や津波への影響が残ることから、市場内の見学を控えるように要請した。[7]

この後、同7月26日からマグロセリ会場の見学が再び解禁(年末年始は従来通り見学不可のまま)となったが、

  1. 見学者数を1日当たり140人→120人(いずれも当日申し込み先着順)とする
  2. 受付開始を午前4:30から午前5時に繰り下げる
  3. 見学は「前半」と「後半」の2部構成は今まで通りだが、それぞれのパートの入場者数を70名ずつから60名ずつに減らす。また見学時間を「前半の部は5:00-5:40から5:25-5:50に」「後半の部は5:40-6:15から5:50-6:15に」それぞれ変更する

という改正を行っている[8]

中央卸売市場として集荷分配・価格決定をする公共市場としての性格が強く、もともと業者(小規模店、飲食店、料亭など)向けの卸売価格で販売されていることが多く、上野のアメヤ横丁などと異なり過度の値引き交渉を前提とした価格設定は基本的にされていない。観光客や一般客を前提とした店舗もあり、商品の購入自体は小口買いの業者も多いことから一般消費者だからといって断られることはないが、アメ横などと混同すると断られる場合も多い。

市場移転問題[編集]

アクセス[編集]

  • 鉄道
  • バス
都営バス市01系統
  • 新橋駅前から出ている都営バス市01系統が築地市場の場内にある築地中央市場停留所を経由して循環運行している。循環運行となっているが、到着した車両は場内に係留され時間調整されることから、往路復路の経路は同一ではないが実質は往復運行に近い。午前8時と9時台は場内が混雑するため場内には入らず、新大橋通りに面した正門前の交差点向かいにある朝日新聞本社前の「築地市場正門前」または「国立がん研究センター前」が最寄りの停留所となる。午後5時台が終バスで、日曜日や祝日など休市日には運行していない。(都バスで最も短い路線)。
  • また晴海通りにある築地六丁目停留所への利用も可能であり、当停留所には都03系統都04系統都05系統業10系統が経由している。
  • 自動車
    • 場内への車両の進入は登録制となっており、非登録車は終日入場禁止。関係者でなければ登録資格が無い。
    • 付近に駐車場は少なく、公共交通機関での利用が望ましい。
    • タクシーは終日入場禁止。

脚注[編集]

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参考文献[編集]

関連項目[編集]

関連著名人[編集]

  • 平野文 - タレント・夫が過去築地市場の仲卸業、現在築地で和食店店主。築地に関連する著作が多数。
  • 加藤武 - 俳優・築地の膝元小田原町(現・築地六丁目)の生まれで、実家が老舗場内仲卸「佃亀新商店」。縁戚に場内卸売会社中央魚類元社長の加藤弘。
  • 中田喜子 - 女優・実家は築地市場の仲卸を営んでいた。
  • 石丸謙二郎 - 俳優・下積み時代に場内仲卸「星庄」で勤務。自身のブログ[1]ターレット大八車を操っていたことが語られている。
  • テリー伊藤 - テレビプロデューサー・実兄が場外市場商店街で玉子焼き店を経営。場外市場商店街振興組合のポスターに出ている。
  • 武藤英紀 - レーシングドライバー・実家は築地市場の仲卸を営んでいる。
  • 山岸舞彩 - アナウンサー・キャスター・実家は場外市場に店舗を持っている。

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度39分41秒 東経139度46分11秒 / 北緯35.66139度 東経139.76972度 / 35.66139; 139.76972