吉野家一号店

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築地一号店

吉野家一号店(よしのやいちごうてん)は、2018年まで東京都中央区築地築地市場内で営業していた、吉野家の第一号店舗「吉野家 築地店」の通称である。

沿革[編集]

料亭で働く松田栄吉は、当時流行し始めていた「牛めし」に目をつけ[1]1899年東京都中央区日本橋の魚市場で個人商店を開業した[2]1923年関東大震災後に魚市場とともに築地へ移転[3]したが、1945年東京大空襲で焼失し、戦後すぐに屋台で営業を再開[1]した。まもなく栄吉の子息の松田瑞穂は店を継ぐと、再び市場近くで店を開くために築地の人脈を頼りに尽力し、立地条件の良い角地を得て1947年に店舗を再開[3]し、のちに吉野家一号店「築地店」となる[1]。当時の牛丼はうな重と同様にやや高級であったが、一日に5万人が訪れる築地市場で味の良さで評判を得て繁盛し[1][3]、当時は新奇な24時間営業も、深夜や早朝から慌しい市場関係者に歓迎された[1]

瑞穂は1958年に吉野家を株式会社として登記し、客席15の店で1日に客数1000人以上を扱い、年商を6倍にして1億円とする目標を定めた。品質を維持しながら客席の回転数を上げるために創意工夫を重ね[3]、品書きは牛丼のみで、具は牛肉玉葱のみ、従業員は体力のある男性を主力に、調理手順の教育を徹底する、牛肉を練馬の畜産工場で加工し、店舗は盛り付けに注力する[3]など様々な新機軸を実践した。1959年に数10メートル離れた[4]東京都中央区築地5-2-1 1号館へ移転し、2018年に閉店するまで営業[5]した。1965年に年商1億の目標を達成し、事業を拡大するため1968年新橋店で2号店を開店した[3]

2004年牛海綿状脳症 (BSE) の流行で米国産牛肉が調達不可能となり、一時は牛丼の記載がない品書きとなるが、一号店だけは国産牛で牛丼の提供を続けた[4][6]。アルバイトから勤め始めて会長まで昇格した「ミスター牛丼」の安部修仁も、一号店で勤務経験がある[7]

一号店は、2018年時点で国内外2000店を超える[5]吉野家の愛好客らから、「“吉牛”発祥の地[2]」「聖地[1][6]」として長らく親しまれた。築地市場が豊洲市場へ移転するため2018年10月6日に閉店し、当日は入店を待つ客が長蛇の列となり話題になった[1]。実質的な後継店舗として10月11日に豊洲市場店が新規開店[7]し、一号店ではないが[4]一号店の独自オペレーションを多く引き継いだ[7]

店舗跡近傍の波除稲荷神社に、大きく「吉野家」と刻んだ記念石碑が2016年に奉納されており、築地に一号店があったことを伝えている[2]

店舗[編集]

営業時間は5時から13時まで、日曜日は定休日であった。現在の豊洲市場店も同様である[7]

開店当初から[5]、従業員の動線が効率的なコの字型カウンターに客席を配し[2]、コの字型カウンターの発祥と言われる[2]

客の注文に応じて食器の色を使い分けて会計[2]し、吉野家全店でPOSシステムを導入後も変更せずに継続した。豊洲市場店も、他店と同じ丼ながら同じ方式で会計[7]する。

仲卸に勤めるせっかちな客の立ち喰いに利便を計らい[5]、木箱の入れを壁面に設け[8]、カウンター席の客は後ろを振り向いて箸を取る[9]。手狭な店内を効率的に使う工夫で、一号店の歴史的シンボル[1]とされた。

一号店は味覚が肥えた顧客が多いことから、高い技術を有する社員が店長に就くことが常とされ[4]、数百人の常連客の顔と注文内容を記憶して代々の店長が引き継ぎ[6]、客が黙っていても好みのメニューを提供した[4]

裏メニュー[編集]

他店は扱わない、一号店独自の「特殊注文」[1]である。食品市場の味覚が肥えた顧客に対応するため始めた[1]

  • ネギだく - タマネギを多く盛ったもの[5]
  • トロだく - 脂身の多い肉を増やして盛ったもの[1][5]
  • トロぬき - 脂身の多い肉を減らして盛ったもの[1]
  • かるいの - 白飯を少なめにしたもの[1]
  • にくした - 丼の底に敷いた肉の上から白飯を盛ったもの[1]。タレが染みていない白飯を好む人[5]の「裏中の裏メニュー[1]」。
  • ツメシロ - 冷ました白飯に具を盛りつけたもの[7]。急いで食する客に配慮したもの[7]
  • アツシロ - 通常より熱くした白飯に具を盛りつけたもの[7]

一号店がアタマ(具)の大盛りを初めてメニューに記載した[2]

豊洲市場店も裏メニューを受け継ぐ予定[1][5]だが、営業を軌道に乗せるために2018年内は裏メニューの提供を見送る[10]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 豊洲移転に伴い閉店した吉野家「築地1号店」食通たちが愛したワケ”. ORICON NEWS (2018年10月7日). 2019年4月29日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g 築地で営業中! 吉野家1号店のトリビア5選”. ウォーカープラス (2018年5月26日). 2018年10月23日閲覧。
  3. ^ a b c d e f 吉野家の歩み”. 吉野家. 2018年10月23日閲覧。
  4. ^ a b c d e ファン心配…築地「吉野家1号店」営業終了で店長はどこへ”. 日刊ゲンダイ (2018年9月25日). 2018年10月23日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h 10月6日で閉店する吉野家1号店 築地ならではのこだわり”. livedoor NEWS(テレ朝news) (2018年10月3日). 2018年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月23日閲覧。
  6. ^ a b c さよなら吉野家1号店 築地最後の店長「おいしい牛丼、豊洲でも」”. withnews (2018年9月28日). 2018年10月23日閲覧。
  7. ^ a b c d e f g h 豊洲市場の吉野家が面白い 「時給1500円」に「超少ないメニュー数」”. ITmediaビジネスONLINE (2019年4月29日). 2019年4月29日閲覧。
  8. ^ 豊洲移転に伴い閉店した吉野家「築地1号店」食通たちが愛したワケ”. ORICON NEWS (2018年10月7日). 2019年4月29日閲覧。
  9. ^ 10月6日で閉店する吉野家1号店 築地ならではのこだわり”. livedoor NEWS(テレ朝news) (2018年10月3日). 2018年10月4日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年10月23日閲覧。
  10. ^ “豊洲新市場の吉野家後継店、年内は裏メニュー封印”. 日刊スポーツ. (2018年10月12日). https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/201810120000163.html 2019年4月29日閲覧。 

外部リンク[編集]