上野

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上野
—  町丁  —
上野駅 JR・正面玄関口(2008年7月)
上野の位置(東京23区内)
上野
上野
上野の位置
座標: 北緯35度42分32.09秒 東経139度46分27.25秒 / 北緯35.7089139度 東経139.7742361度 / 35.7089139; 139.7742361
日本の旗 日本
都道府県 Flag of Tokyo Prefecture.svg 東京都
特別区 Flag of Taito, Tokyo.svg 台東区
地域 下谷地域
人口 (2017年(平成29年)12月1日現在)[1]
 - 計 3,760人
等時帯 日本標準時 (UTC+9)
郵便番号 110-0005[2]
市外局番 03[3]
ナンバープレート 足立

上野(うえの)は、東京都台東区の地名で、旧下谷区にあたる下谷地域内である。現行行政地名は上野一丁目から上野七丁目。郵便番号は110-0005[2]

概要[編集]

地形は、上野恩賜公園のある上野山が北区の方面から伸びる上野台地(武蔵野台地の分脈)の先端部分にあたる。下谷地域に属する。正確には台地である上野山は標高20mほどの高さをもち、上野の街は上野山の東と南に開けている。上野台地の西には東京大学の位置する文京区本郷台地があり、上野公園西南部にある不忍池はもともと両台地の間の谷(谷中根津)を流れてきた谷田川(藍染川)が流れ込む場所に自然に形成された池である。現在では谷田川は地表から消滅し、不忍池も面積を縮小させている。

和文通話表で、「」を送る際に「上野のウ」という。

広域地名[編集]

広域地名としては浅草と共に上野・浅草副都心を形成する、上野駅を中心とする一帯の地域を指す。 ここで言う上野エリアは、台東区上野北上野東上野、上野公園などからなり、日本最初の公園である上野恩賜公園(上野公園)や、デパート飲食店などが集まる繁華街喫茶店発祥の地を地域内に持つ。また上野は戦前から男娼が集まったゲイ・タウンとしても知られる。

地理[編集]

下谷地域の南部に位置し、千代田区外神田)・文京区湯島)との区境にあたる。

歴史[編集]

戦国時代[編集]

『小田原衆所領役帳』に江戸上野という記述が見られ、北条領であった。

江戸時代[編集]

1752年の地図上の不忍池(中央上やや右)。シュリ画。

上野山は、戦国時代には忍岡(しのぶのおか)と呼ばれており、元々江戸においては人口の少ない地域であった。

1603年江戸幕府が開かれた頃、忍岡には、伊賀国上野を本拠地とする外様大名藤堂高虎の屋敷が置かれた。

後に徳川将軍家の菩提寺である寛永寺が建立され、門前町が開けた。この頃から、寛永寺付近の一帯を「上野」と呼ぶようになる。これは、藤堂家の所領である上野に地形が似ていたためと言われている。寛永寺には歴代将軍の墓も建てられ、江戸幕府から保護されたので繁栄し、それに伴って門前町の上野も発展した。上野寛永寺は、江戸城から見て陰陽道上の鬼門に当たり、京都延暦寺(京都から見た場合は北東)に擬えた江戸鎮護のでもあった。

明暦の大火後には上野に広小路が設置された。ただし、当時の上野広小路は現在の上野駅付近にあり、現在の広小路は江戸時代には「下谷広小路」と呼ばれていた。

明治時代以後[編集]

1868年に新政府軍と彰義隊による上野戦争で寛永寺が焼失し、その跡地が上野公園となった。その後、東京市15区6郡制の下で、上野公園とかつての門前町は下谷区に編入される。

1883年上野駅開業後には、上野駅が東北本線の始発駅となったことから、東京の北の玄関口の役割を担うようになり、街も発展した。1947年東京都の区が23区に再編されると、下谷区と浅草区が合併し、台東区となるとその一部となり、現在に至っている。

地名の由来[編集]

「上野」という地名の由来には諸説有る。

  • 藤堂高虎が、当地の地形が本拠地たる「伊賀上野(いがうえの/現在の三重県伊賀市上野)」に似ている点から「上野」と命名したという説。
  • 小野篁が「上野国(こうずけのくに/現在の群馬県)」での任を終えてへ帰る途中で、当地に館を建ててしばらく滞在し、その際地元の人が篁のことを呼んだ「上野殿」が地名になったという説。
  • 付近の「下谷(したや)」に対して、「上野」と呼ばれるようになったという説。
  • ソメイヨシノの原木が植えられたことにちなむという説。

世帯数と人口[編集]

2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]

丁目 世帯数 人口
上野一丁目 412世帯 683人
上野二丁目 108世帯 166人
上野三丁目 528世帯 790人
上野四丁目 32世帯 52人
上野五丁目 436世帯 593人
上野六丁目 162世帯 261人
上野七丁目 734世帯 1,215人
2,412世帯 3,760人

小・中学校の学区[編集]

区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]

丁目 番地 小学校 中学校
上野一丁目 全域 台東区立黒門小学校 台東区立上野中学校
上野二丁目 全域
上野三丁目 1〜9番
27番1〜6号、11〜13号
台東区立御徒町台東中学校
その他 台東区立忍岡中学校
上野四丁目 全域
上野五丁目 1〜9番 台東区立平成小学校 台東区立御徒町台東中学校
11〜19番
20番1〜4号、11〜16号
台東区立黒門小学校
その他 台東区立忍岡中学校
上野六丁目 5〜16番
その他 台東区立御徒町台東中学校
上野七丁目 全域 台東区立上野小学校 台東区立忍岡中学校

施設[編集]

教育学校
企業

観光[編集]

名所史跡
寺社

交通[編集]

鉄道
新幹線
道路
首都高速道路・出入口

画像一覧[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 町丁名別世帯・人口数”. 台東区 (2017年12月5日). 2017年12月29日閲覧。
  2. ^ a b 郵便番号”. 日本郵便. 2017年12月29日閲覧。
  3. ^ 市外局番の一覧”. 総務省. 2017年12月29日閲覧。
  4. ^ 区立小学校・中学校の通学区域”. 台東区 (2016年9月5日). 2017年12月29日閲覧。

外部リンク[編集]