平成教育テレビ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
FNSの日 > 平成教育テレビ
平成教育テレビ
ジャンル バラエティ番組 / 特別番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ / フジネットワーク
製作総指揮 鹿内宏明(1992年)
日枝久(1993・1994年)
演出 三宅恵介 / 上川伸廣イースト
(共に総合演出)
プロデューサー 王東順(総合P)ほか
出演者 総合司会
ビートたけし
("北野武"名義、1992 - 1994年)
逸見政孝(1992・1993年)
進行
中井美穂(1993・1994年)
ゲスト
タモリ
明石家さんま ほか
FNSの日スーパースペシャル
1億2000万人の平成教育テレビ
放送時間 1992年7月18日19:00 - 翌19日19:58(25時間58分)
放送期間 放送時間と同じ
FNS大サービスバラエティー
1億2450万人の平成教育テレビ
放送時間 1993年7月24日21:00 - 7月25日19:58(22時間58分)
放送期間 放送時間と同じ
FNS総力スペシャル1億2500万人の
平成夏休みバラエティー
放送時間 1994年7月23日21:00 - 翌24日19:58(22時間58分)
放送期間 放送時間と同じ

特記事項:
番組名の由来及びベース番組は『平成教育委員会』。
テンプレートを表示

平成教育テレビ』(へいせいきょういくテレビ)とは、1992年1993年生放送された長時間スペシャル番組(FNS27時間テレビ)。また、この項では1994年についても扱う。

番組概要[編集]

1991年まで放送されていた『テレビ夢列島』の内容を全面的に見直し、当時の高視聴率クイズバラエティ番組『たけし・逸見の平成教育委員会』を軸とした内容で放送された。

総合司会は「平成-」の司会であったビートたけし(日本テレビ『スーパーJOCKEY』に出演する日曜午後の時間帯は、同番組が生放送の為、フジテレビを途中退出して同番組に出演していた。)と逸見政孝。「平成教育委員会」同様、たけしは「北野武」名義で出演した。

1993年12月25日に逸見が逝去したのに伴って、1994年は『平成教育テレビ』の内容を一部受け継ぎたけしが総合司会を務めたが、結局番組の軸の一人だった逸見を失ってしまったことで企画自体が成立しなくなり1994年限りで終了、翌年からふたたび『テレビ夢列島』に戻された。

番組のメイン企画としてはFNS各局対抗の「全国一斉模擬試験」があった。土曜深夜から日曜夕方にかけて4回にわたって『平成教育委員会』のクイズを実施。河田町・フジテレビの第6スタジオにいるFNS各局女性アナと中継先のFNS各局代表一般解答者20人の合計点を競い、もっとも優秀な成績を修めた系列局を決めた。

スタッフ[編集]

主なコーナー[編集]

BIG3[編集]

1992年 『タモリ・たけし・さんまビッグ3世紀の教育スペシャル』「車庫入れ」「タモリ・たけし・さんまの小中高時代」

視聴者参加クイズ[編集]

  • 夜明けの全国一斉模擬試験・教科編(1992年、1993年)
  • 夜明けの全国一斉模擬試験・地方編(1994年)

プロ野球ニューススペシャル[編集]

  • 中継場所ラインナップ
    • 1992年はイタリアのセストリエール(「ツール・ド・フランス」)から
    • 1993年はドイツのホッケンハイムリンク(F1)とフランスのパリ(「ツール・ド・フランス」)から
    • 1994年は北海道の十勝(自動車)とフランスのパリ(「ツール・ド・フランス」)から

各年度のダイジェスト[編集]

第6回(1992年)FNSスーパースペシャル1億2000万人の平成教育テレビ[編集]

  • 放送時間は土曜夜7:00~日曜夜7:58。この年から1995年までの4回、日本テレビの『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』との兼ね合いで番組の終了時間が夜7:58までとなった。
  • 総合司会:北野武、逸見政孝
    • 裏番組などで逸見が出られない時間の進行はラサール石井。この時の活躍が契機となって、翌年以降の「○×王」の進行を任されるようになる。
  • 各時間を「教科」とし、授業を行った。
  • メインスタジオは学校の宿直室風のセット、通常の「平成教育委員会」用のセット、さらにFNS27局の女性アナウンサーが座る「全国一斉模擬試験」の回答席セットに分かれていた。
  • オープニングは、宿直室のセットで逸見とたけしがトークをするところから始まり、続いて「平成教育委員会」で当時使用していた(番組開始から逸見が休養する1993年まで使用)オープニングCGをベースにした番組タイトルが流れた後に、レギュラー放送と同様の流れ(先に逸見が登場し、軽く話した後にたけしを呼びトーク、逸見の「起立!礼!よろしくお願いします」で始まる)で「平成教育委員会スペシャル」が始まる形だった。
  • 土曜夜の『FNN NEWSCOMスペシャル』は逸見政孝と岡本夏生がキャスターをアシスタントを近藤サトアナウンサーが担当。
  • ウッチャンナンチャンダウンタウンによる深夜の保健体育(司会進行はなぎら健壱)。
  • 『北野ファンクラブ』(SPの題名は「北野武の平成ファンクラブ」)、『カルトQ』など当時の深夜番組がスペシャルで生放送。
    • 『北野ファンクラブ』はゲストに玉置浩二が来るなど華やかなものになり、最後は「Let it be」の替え歌で非常に盛り上がったエンディングとなったが、替え歌の歌詞の内容がアトピー患者を馬鹿にしているとも捉えられかねない内容であったため、後刻謝罪した。このほか、トークゲストとして山田邦子が出演した。
  • 夜明けの一般公開模擬試験
    全20問出題。全20問正解した応募者に奨学金100万円山分け。また全20問正解以外の応募者から抽選で100人に『平成教育委員会』の本をプレゼントした。
    応募総数・1910通、うち全20問正解した人は2人。よって正解者には50万円ずつ進呈された。
  • 社会見学(全国秘湯・グルメ列島リレー中継)
    東海テレビの中継では、健康ランド内にある黄金風呂の紹介をしていた男性アナの陰茎が見えそうになり、たけしらから「危ない!」「あんたの純金が危ない!」と突っ込まれた。なお、スーパー銭湯内では『本番中は決して立たないで下さい 平成教育テレビ』との看板が設置されていた。
  • 朝の大運動会
  • 『平成教育委員会』NG名場面集
  • あっぱれさんま大先生』スペシャル
うじきつよしが熟睡して、逸見をはじめ出演者陣が小声で進行し明石家さんまが登場。その後、天本英世がハリセンで2発そしてさんまもハリセン2発で起こし始まった。
  • BIG3コーナー「世紀の教育スペシャル」
前半は車庫入れ。昨年の仕返しとばかりに、日本テレビ「スーパーJOCKEY」生出演から河田町フジテレビに戻ってくるたけしの車(黒いロングボディのセンチュリーと伝えられていた)にブロックをぶつけようと待ち構えるさんまの前に現れたのは、助六姿で自転車に乗ってやって来たたけし。あ然とするさんまを尻目にさんまのレンジローバーに尺八を叩きつけ、自転車をぶつけるたけし。結局この年もさんまの車はボロボロに・・・
逸見の仕切りでBIG3の小中高時代を振り返る・・・はずだったが、最初は前半「車庫入れ」を振り返るトーク。タモリ「自転車をぶつけた程度では保険は降りないよ」、たけし「あそこで止めたら「意気地なし!」と言われる」、さんま「自転車が入ってきた時、チャップリンの映画かな?と思った」。続いて本題に入り、それぞれの小中高時代を秘蔵写真等で振り返る。
  • タモリ:学級委員をクビになる(小学校)、片思いの人現る(中学校)、長崎までヒッチハイク(高校)
  • たけし:「~だった」だらけの卒業文集の文体を、さんまが「ダッタマン」と呼んでからかった(小学校)、坊主にされる(中学校)、教頭先生を5円玉で引っ掛ける(高校)
  • さんま:ムササビを捕まえる(小学校。以前からデタラメ説が唱えられていたが、証拠写真提出)、相撲部で準優勝(中学校。当該記事をスタッフが奈良まで調べに行ったがなかった)、失恋。リレー事件(高校)
締めは「(話の流れから)性格は変わるってことですね」という逸見の発言に対し、三人が「変わったわけじゃないと思うなぁ」「いや、性格はかわらんでしょ」と発言[1]
  • 日曜夕方の『FNNスーパータイムスペシャル』は逸見政孝と岡本夏生がキャスターをスポーツ、天気予報を木幡美子アナウンサーが担当。オープニングでは逸見が担当していた当時の映像も流された。
  • 全国一斉模擬試験
この年は各局ごとに様々なジャンルから(大学教授、医師・看護師、農業、フリーター、さらには主婦・おばあちゃんなど)20名を選出した。
この年の全国一斉公開模試の優勝局は関西テレビ。2位は富山テレビ、3位が山陰中央テレビ、最下位はテレビくまもとで、26局中25位のブービーだったのがフジテレビ。第1・第2ブロックは関西テレビの独走だったが、いったんは富山テレビにトップを譲り、最終的には再びトップとなった。
関西テレビ会場からの中継は梅田淳アナ。「たけしさん・逸見さんにむかってズームイン!」や「スタジオの関口宏さんどうぞ」などのシャレも手伝い、各局中継のなかで一際目立っていた。
福島テレビ会場からの中継は金井淳郎アナと浜中順子アナ。様々なジャンルから選出したため、金井アナが参加した男性に何の職業なのか尋ねると、「百姓です」と答え、スタジオ中が大爆笑に包まれた。その後、たけしが「職業を聞きましょう」と何度も弄った。
最優秀生徒は北海道大学の大学教授(北海道文化放送)。
当時解答モニターは解答用紙に局名、名前を明記しなければならなかった。翌年以降『平成教育委員会』と同様、モニターにライトペンで書くものに変わった。ただ、翌年(1993年)は局名をコンピューター表記になり、1994年には名前も同様になった。
  • 提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは小島奈津子福原直英西山喜久恵の男性1人/女性2人の合計3人。
  • 画面下の提供スーパーアニメは、勉強小僧と緑色の鉛筆が登場して、鉛筆がしなったり、勉強小僧がジャンプしたりする所で「提供」とスポンサー名の表示が1回転しながら切り替わるもの。
  • 番組本編とは異なるが、この番組の前日に放送された『笑っていいとも!』のタモリ・さんまのトークコーナーに総合司会のたけしが参加している。BIG3の三人が『FNSの日』と正月の『世紀のゴルフマッチ』以外で集まった数少ない例である。
  • 鹿内宏明が製作総指揮を務めたのはこの年が最後となった(2日後の7月21日産経新聞社の社内クーデターで同社会長を解任され、フジサンケイグループの経営から退いたため。詳しくは鹿内の項目を参照)。
  • エンディングではクラッカーと紙テープと紙吹雪が舞う中でのエンディングとなった。
  • 瞬間最高視聴率はFNSの日史上最高となる38.3%を記録。この記録は2015年現在も破られていない。

第7回(1993年)FNS大サービスバラエティー1億2450万人の平成教育テレビ[編集]

※マルチ画面には『FNSの日 1億2450万人の平成教育テレビ』と書かれていた。

  • この年から1995年までの三回、土曜夜9:00 - 日曜夜7:58の23時間放送に。(いずれも土曜夜9:00まで野球中継があったため。)
  • 総合司会:北野武、逸見政孝
    • 逸見はこの年が最後の出演となった(同年12月25日逝去)。
    • この回からインフォメーションアナが導入(導入しない回はこの回の進行アナが担当することがあれば、導入しても内容や進行(主にコーナー進行する準備があるアナも居る)によってはこの回の進行アナが加わることもある)。
  • 接近した台風4号により、『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』の打ち切り(同項を参照)に伴うつなぎ番組として放送予定だったナイター中継の中日-巨人戦(ナゴヤ球場)が中止。番組中も随時台風情報を入れていた。
    • ちなみにナイター中継枠は『火曜ワイドスペシャル』などで放送された『いたずらウォッチング!!』(タレントではなく一般素人をだます企画)を放送。また、『平成教育委員会』の筆頭スポンサーであるツムラは『平成教育テレビ』の番組宣伝に差し替え。
    • オープニング直後、各地で行われるプロ野球の様子を中継する予定であったが、前述した台風4号の影響で中日 - 巨人戦(ナゴヤ球場)の他、ヤクルト-阪神戦(明治神宮野球場)、横浜-広島戦(横浜スタジアム)が雨天中止。試合が行われた近鉄-西武戦(藤井寺球場)、オリックス-日本ハム戦(グリーンスタジアム神戸)、ダイエー-ロッテ戦(北九州市民球場)も揃って9時前に試合が終了してしまうという散々な中継となってしまった。
    • 神宮球場は辺り一面真っ暗闇の中、福井謙二アナウンサーが学生服姿でリポートをし、笑いを誘った。たけしからは「どっかの苦学生みたいでしたね」と言われたこともあり、その後河田町本社のスタジオに戻り最初のインフォメーションコーナーの際には「喋る苦学生の福井謙二です」と自虐しつつ自己紹介した。
    • ナゴヤ球場は東海テレビ宗宮修一アナウンサーと森口博子が担当。
    • 藤井寺球場は関西テレビ塩田利幸アナウンサーが何を言っているかわからない状況の騒がしさであり、たけしが「少しは人の話を聞け」と突っ込んでいた。逸見がグリーンスタジアム神戸に中継を振った際、応対した関西テレビの岡林豊明アナウンサーが「静かなグリーンスタジアム神戸です」と閑静な中で試合が終了したことを告げると、たけし・逸見の2人が大コケした。この流れに乗って、北九州市民球場のテレビ西日本川崎聡アナウンサーは、福岡ダイエーホークスが8連敗したことも相まって「北九州市民球場も静かであります」と言った。
    • 他球場ではアナウンサーがレポートを行う中、横浜スタジアムは『ウゴウゴルーガ』の登場キャラクターである せんにちまえちなつ(大坪千夏)・ちあき(千秋)が、いきなり漫才を始め、スタジオに画面が戻るとたけしに「誰が一ネタやれつったんだ!この野郎!」と突っ込んだ。その後「山縣さんもう一度画をくだはい (ち)」と書かれた紙を掲げて歌い始め、たけしは「クビにしたほうがいいんじゃねぇか」、逸見は「しらっとやってますねぇーしかし」と言った。
  • 「全国一斉模擬試験」の結果は、優勝・秋田テレビ/準優勝・福島テレビ/第3位・長野放送。優勝した秋田テレビには、ゲージツ家の篠原勝之(クマさん)が製作した「鉄のモニュメント・≪楽天速度≫」が贈られた。
    • オープニングで、当時の河田町本社南口(タワービル前)にいる篠原に中継を降った際に、作品が大きい場合にどう運べばいいか逸見・たけしとトークしている時に、篠原が「めんこいテレビだとかあのセコいテレビ局[2]」と失言してしまい、たけしからは「クマ!誰がそんなこと言えつったんだ!」と突っ込み、その後逸見がフォローした。その後、めんこいテレビからの中継冒頭で、横山義則アナ(当時)が「セコいめんこいテレビのアナウンサーの横山です。クマさん、ありがとうございました。」と答えた。
  • 『平成教育委員会スペシャル』終了時の挨拶で逸見が「起立!」と「礼!」を続けて言ってしまい爆笑を誘う。どんとには、「続けて言って如何するのよ!」と突っ込まれた。
  • 深夜は北野ファンクラブをベースとした『平成ファンクラブスペシャル 深夜のカラオケステージ』。所ジョージをゲストに迎えてのカラオケ大会となった。逸見がカラオケ(千昌夫・君がすべてさ)を歌ったが、出だしをはずしたときに逸見にマイクを渡したガダルカナル・タカにたけし・高田両名から「だから歌わせるなって言ったろ!」と突っ込みを受けた。更に2番も入ろうとしたが逸見自身から「やめよう、やめよう・時間が勿体無い!1番で充分だよ」とどちらかと言えば怒る声に近い声で自ら強制終了させたがたけしは何故だか布団に入っていた。それを見ていた逸見はたけしに指を指しながら笑みを浮かべて大笑いしていた。
  • 『夜明けの一般公開模試試験』開始時に逸見が映っている事を知らずにスタッフに「入っていますよ!」と突っ込まれてスタジオ中が拍手と笑いに包まれた。この回では全問正解者は5人おり、1人ずつに20万円が進呈された。ちなみに全問正解者の中には『アメリカ横断ウルトラクイズ』の優勝者の名前も含まれていた。
  • 『全国模擬試験第2ブロック 本コース』時には、最下位を走っていためんこいテレビの横山義則アナが「しかし、みなさん!このままじゃ終われません!」と言ったことに対して、逸見からは「このまま終わりそうな気がします」と跳ね返した。逆にトップとなった秋田テレビに中継を繋いだ際に、地元マジシャンブラボー中谷が股間から鳩を取り出す手品を披露し、逸見が「なんかあの25位も1位もあまり変わらないですね」と呆れられてた。
    • その後、東海テレビ→山陰中央テレビテレビ愛媛→テレビ西日本→長野放送テレビ静岡から中継で繋いでいったが、大半の会場がホテルからであったため、ホテルと分かるとスタジオから大きな笑い声が起こった。
    • テレビ静岡では、清水FCエスパルスのサポーターが会場に集まり、その中には顔一面にイメージカラーの山吹色を顔に塗ったサポーターがおり、気になった逸見・たけしがそのサポーターにカメラを振らせようとするも、間違えて応援団長にズームアップされてしまい、そのまま中継終わってしまった。
  • BIG3コーナーでは、さんまの愛車レンジローバーのボンネットとバンパーが駐車場内で外され、雨ざらしになっていた。結局篠原勝之のオブジェ作品になった。さんまの曲「ウイスキー・コーク」(オリジナルは矢沢永吉)も頻繁にかかった。また前年のたけしの「ダッタマン」もクイズとなって登場していた。
  • 夕方は『奥山佳恵辰巳琢郎司会の『FNNスーパータイムスペシャル』(安藤優子キャスターと共に)
  • この年(1993年)と翌年(1994年)の2年間に渡って「平成GIダービー」が開催された。実況には元関西テレビアナウンサーの杉本清、解説に山田雅人を迎えて群馬県の高崎競馬場で1400Mの距離で開催された。優勝はゲンポイント、2着はミホノゴリボシだった。
    • 杉本アナが中継中、全員が3コーナーに行ったかと思ったら、まだ2コーナーの手前に到達できず、結局実況生活で初めてCMを入れることに。また、CM中にチャック・ウィルソンが足をけいれんしてリタイアした。
  • 『あっぱれさんま大先生SP』でさんまは帽子を反対向きにスポーツの球技をデザインしたTシャツを着たため、終盤に「ここから御覧の皆さん、うじきつよしじゃないですよ」と話した。
  • この年は、事前に視聴者が葉書で局対抗戦の優勝局及び準優勝局を連勝単式で予想する、「優勝キョクカルチョ」を実施(予想的中者で100万円の賞金を山分け・もし的中者が101通以上あった場合は抽選で100名に1万円)。応募総数は7万2250通。一番人気がフジテレビ・関西テレビの組み合わせで1301通、二番人気が関西テレビ・フジテレビ、三番人気がフジテレビ・東海テレビ、大穴はテレビ長崎・テレビ愛媛と沖縄テレビ・テレビくまもとの46通で、結果、上記の通り、秋田テレビ・福島テレビの組み合わせで72通だった。一方の福島テレビ・秋田テレビの組み合わせで73通あった。
  • 「全国一斉模擬試験」個人戦は、全国500人が優勝賞品である『フランス・パリ 留学の旅』を目指して、4回に分けて出題された問題に挑んだ。
  • 提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは奥寺健関戸めぐみ[3]濱田典子平松あゆみの男性1人/女性3人の合計4人。
  • この年の提供CGは、勉強小僧が登場して、ジャンプする度に社名が切り替わった。
  • この年から製作総指揮は日枝久に交代した。

第8回(1994年)FNS総力スペシャル1億2500万人の平成夏休みバラエティー[編集]

※マルチ画面には『FNSの日 1億2500万人の平成夏休みバラエティー』と書かれていた。

  • 総合司会:北野武(事実上、1992、1993年と同様、平成教育委員会がメイン)
  • この年は前年までの「-一斉模擬試験」に変わる「各局対抗クイズ」を実施。FNS25局の女子アナと各都道府県出身のタレントがチームでクイズに挑戦し、「女子アナコース」「タレントコース」とタレント・女子アナがタッグを組む「混合コース」の3パートに分け、『平成教育委員会』からの問題、FNS系列局からの問題など数十問、それに「平成G1ダービー」の予想、さらに「BIG3クイズ」「全国○×王決定戦」を加えて行い、総合得点で争う形式だった。
  • オープニングでさんまが「僕、この番組3時間出番頼まれてたんですよ。で、昨日台本見たら13時間!だったんですよ」と発言。
  • 総合司会はたけしの単独体制だが、さんまや所ジョージ楠田枝里子ヒロミ中井美穂アナらがかわるがわる、たけしとともにMC席に入るスタイルで放送された(1993年夏の企画を立て始めから冬あたりまでは、逸見のガン克服・復帰を想定して、この年もたけしと逸見を司会に「平成教育テレビ」を行う予定だったものの、それも叶わず、12月に逸見が逝去したことで企画が軌道修正され、たけしをメインに、さんま・所・楠田というたけしと親交の深い3人がサブとして参加したという経緯がある)。またこの年以降○×クイズ王決定戦などこれまでは逸見が進行していた部分は代理としてラサール石井が務めた。ラサールは全国一斉模試にも出演(ただし進行は、学級委員の中井アナが担当)。この年からメイン司会が、たけし・逸見体制からたけし・さんま体制へ変わる(1996年まで)。
  • 河田町・フジテレビ駐車場で23時間かけてジミー大西が巨大アートに挑戦
  • 各局対抗クイズの長崎の問題の答えでグリーンスタジアム神戸に居た桂三枝(現・六代目桂文枝)が「その答えに異議有り!」を申した。ただし、たけしはそれをボケる形で退けて長崎の正解を認めた(ちなみにこの問題は長崎が唯一正解となった)。
  • 深夜企画「夜のチョットスタジオ」は往年の同局の看板音楽番組「夜のヒットスタジオ」のパロディ。芳村真理(芳村ムリー)役には細川ふみえ井上順(井上不順)役にはヒロミ、指揮者のダン池田役にはガダルカナル・タカがそれぞれ扮装。ゲストには酒井法子近藤房之助高中正義の3名。たけしは『北野ファンクラブ』でのキャラクター「亀有ブラザーズ」ボーカルとして、下ネタメインの替え歌を数曲披露した。なお、この時間帯に、臨時ニュース「女性宇宙飛行士・向井千秋が地球に帰還する」が挿入され、このコーナーと後続のコーナーがそれぞれ時間短縮。
  • 「オールナイトフジリターンズ」スタッフによる「オールナイトFNSスペシャル」枠内のゲームに負けたため、同枠最後に、今田耕司がフジテレビ社屋前の駐車場で複数回逆バンジーされる。
  • 前年(1993年)に続いて平成GIダービーを開催。この年は「第2回平成GIダービー・北野大障害」と銘打って、様々な障害を越えて進む1000mのレースを実施。なお、前回の上位3頭にはハンデキャップが与えられた。第3障害の手前で先頭にたったダイカツノブリンが最終障害も楽々と越え、スタジオにいた各局女子アナの面々の驚嘆の声を浴びつつ、そのまま逃げ切って1着でゴール。奇しくもこの年の2着も、前年同様ミホノゴリボシ。ゴール前はダイカツノブリンとミホノゴリボシの一騎討ちとなりゴール板までもつれ込む大接戦となったがたけしの判断でダイカツに軍配が上がった。
  • ○×王は第2回全国○×王座決定戦として開催!試合は3人の決勝戦となったが最後はサガテレビが一気に優勝を決めて○×王を獲得した。
  • この年のBIG3枠はホールインワン対決だったが、例のごとくたけしの暴走でさんまの車はボコボコになり、あげくの果てに車のキーも折られてしまった。またこの年からBIG3枠の司会は、亡くなった逸見に代わり川端健嗣アナが正月特番同様に担当。またこのコーナーのオープニングで川端アナに「来年はどうやって(総合司会を)逃げようかと、今から真剣に考えているたけしさんです。」と紹介されたたけしだが、結局来年も逃げられず司会をすることになる。
  • 夕方は「露木茂&安藤優子&大塚範一のオールキャスターニュース」。宮崎の宮崎港からは台風最新情報・高知の早明浦ダムからは最新渇水情報を其々、放送した。
  • 視聴者参加クイズはFNS各局がVTRで出題するものであったが、昨年までの「夜明けの全国一斉模擬試験」などと違い予習が難しかったことから、正解者はいなかった。(20問正解が最高成績)
  • この年の『全国一斉模擬試験』は、各局のアナが地元出身のタレントとタッグを組んで挑むルール。優勝したのは、前年に引き続いて秋田テレビで、これにより史上初の連覇が達成された。優勝賞品であるジミー大西の巨大壁画アート「夏休み」を獲得。前年賞品の篠原勝之作モニュメントは1年間展示された別の所で展示となった。また、小倉智昭&宮越暁子アナにも「ハワイ旅行」がペアで贈呈られた。ちなみに2位は石川テレビ、3位はテレビ宮崎。最下位は沖縄テレビ(渡嘉敷勝男&仲地恵アナペア)。
    • そのとき、たけしは「沖縄は(この年から)4年連続最下位になるな。とかちゃんが居るから」と話したが、翌年(1994年)は異なっていた。
  • 第1問である「十勝レース予想クイズ」の山陰中央テレビのモニターがトラブルで書けなくなりその第1問自体もコンピューターのトラブルによって放送時間内で結果を出せず、この問題が無かった事として扱われた(後に結果は2位と番組終了後に発表された)。また、この問題予想タイムで山陰のモニターが書けなくなり後に口頭で解答する形で解決。現地の塩原恒夫アナはノーヒント状態で東京のスタジオに渡す。そして現在3位と言うヒントが後に来てノーヒントでスタジオに振った塩原アナは「もう一寸、上の方に書いて欲しかった」と正直な気持ちを言った所に・スタジオは半信半疑状態に(その後は所ジョージの独演会状態になっていた)。他にも、渡嘉敷勝男のモニターが書けなくなるトラブルが起きる等とトラブルに泣かされた大会と成った。
  • 大坪千夏アナ(当時)がロケ先から問題出題中にザーメンと発言したりするなど、ハプニングの多い放送だった。
  • 提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは木佐彩子佐野瑞樹武田祐子富永美樹の男性1人/女性3人の合計4人。
  • この年の提供CG:画面下に水槽が表示され、たけし先生が試薬のようなものをたらすと、提供社名が切り替わっていく。
  • この年のテーマ曲は東京音頭。
  • この年の放送直後にたけしはバイク事故を起こし、長期休養に入る。

脚注[編集]

  1. ^ また、たけし関連の物は翌年以降もしばしばネタにされ、2001年にたけしが『さんまのまんま』に出演した際にもダッタマンネタを指摘され、「こんなバカな小学生が世界の北野だなんだ言われて」と言われた。
  2. ^ めんこいテレビの社屋を使った『めんこい美術館』を運営している
  3. ^ 共同テレビからの派遣

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

フジテレビ系列 FNS27時間テレビ
前番組 番組名 次番組
平成教育テレビ