みのもんた

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みの もんた
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プロフィール
本名 御法川 法男
(みのりかわ のりお)
出身地 日本の旗 日本東京都世田谷区
生年月日 1944年8月22日(71歳)
血液型 A型[1]
最終学歴 立教大学経済学部
所属事務所 ニッコク
職歴 文化放送アナウンサー
活動期間 1967年 -
配偶者 御法川靖子(スタイリスト)(2012年没)
家族 父・御法川正男(2005年没)
出演番組・活動
現在

秘密のケンミンSHOW

みのもんたの ニッポンdiscover again
過去 セイ!ヤング
プロ野球ニュース
なるほど!ザ・ワールド
午後は○○おもいッきりテレビ
どうぶつ奇想天外!
クイズ$ミリオネア
みのもんたの朝ズバッ!
みのもんたのサタデーずばッと』など
その他 株式会社ニッコク代表取締役社長

みの もんた(本名:御法川 法男(みのりかわ のりお)、1944年(昭和19年)8月22日 - )は、日本フリーアナウンサータレント司会者ニュースキャスター実業家であり、自身の個人事務所である株式会社ニッコク代表取締役社長である。愛称は、みのさんみのちゃんなど。

東京都世田谷区祖師谷出身。現在は神奈川県鎌倉市在住[2]

来歴[編集]

幼少時、伯父が森繁久彌と一緒に芝居をしていた関係で、世田谷区の自宅の離れに森繁が下宿していた事があり[3]、森繁の出演する映画のチケットを貰って、よく見に行っていたため、小学校に入学した頃には、映画や芝居に興味を持っていたという[3]。『柔道一代』などの映画の撮影を御法川家で行っていたこともよくあった[4]

世田谷区立祖師谷小学校[5]立教中学校(現:立教池袋中学校 進学の理由は当時立教大学硬式野球部で活躍していた長嶋茂雄杉浦忠本屋敷錦吾の「立教三羽烏」への憧れから[6])、立教高等学校(現:立教新座高等学校)を経て[7]立教大学経済学部へ進学。大学では放送研究会に所属し、ラジオドラマをやっていた。みのは、4年先輩の徳光和夫から「アナウンサーはいいよ」「これからはテレビの時代だよ」などと言われ、スタジオ見学などに連れて行ってもらっていたと述べている[8]

立教大学経済学部卒業後、1967年(昭和42年)文化放送に入社。なお、就職先の第一志望はTBS(東京放送[9])だったが、採用試験で不合格となっており、同年TBSに入社した久米宏を長年に渡り常に意識していたと再三語っている[8]。なお、父親の御法川正男宮城県栗原郡鶯沢村(現:栗原市)出身である[10]

文化放送時代[編集]

文化放送ではほとんどの期間をアナウンサーとして活動した。同期には落合恵子などがいる。

初めの2年弱は研修として、同じフジサンケイグループ産業経済新聞社(産経新聞社)に通っていた[11]。新聞原稿をラジオニュース用の原稿(読み原)に書き換える仕事をしたが、まったくダメで「ニュースには向かない」と言われた[12]と、後に当時アナウンス部長だった土屋恵が語っている。

文化放送での初めてのレギュラー番組は『ゲリラでいこう』(15分番組)。そして、ニッポン放送の『オールナイトニッポン』やTBSラジオの『パックインミュージック』で、深夜放送ブームに火が点き、遅れて始まった文化放送の『セイ!ヤング』の初代パーソナリティ1969年6月 - 1973年3月まで担当)に抜擢される[13][14]

ほぼ同じ頃、洋楽ランキング番組『オール・ジャパン・ポップ20』(『全国ポピュラーベストテン』の前身)では、オープニングで「♪みのみのー、もんた、みのもんた」と、独特の節まわしでリスナーの関心を惹きつけた[15](高橋小枝子とDJを担当)。

またプロ野球中継でもベンチリポーターを務め、後楽園球場読売ジャイアンツ戦やオールスターゲームなどを担当していたこともある。

後に、『みのもんたのワイドNo1』、『ダイナミックレーダー〜歌謡曲でいこう!〜』等を担当し、文化放送と同じくフジサンケイグループに所属するフジテレビの番組にも出演。『オールスター水泳大会』の司会などで人気を博したが、人事異動で営業部へ配転される[16]

1979年(昭和54年)9月に文化放送を退社[17]

文化放送退社後[編集]

父親が経営する水道メーター製造・販売会社「日国工業」に入社し、10年間全国を営業で回った[18]

その間、フジテレビに声を掛けられ、『プロ野球ニュース』の週末版で、雨が降って野球が中止になると、MLBのビデオを流し、それに「よっ、真っ黒に日焼けして」などとナレーションを入れた所、これが当たった。また『なるほど!ザ・ワールド』の国内リポーターや、『オールナイトフジ』でオールナイターズの実家を訪ねる「深夜の家庭訪問」などを担当し、コミカル系サブ司会者(コメディ・リリーフ的存在)として認知される様になる。

1989年(平成元年)4月から『午後は○○おもいッきりテレビ』(日本テレビ)の司会を担当[19]。番組が高視聴率を取るようになり、一気に人気司会者の地位を築くに至った。

1999年(平成11年)10月、父親が経営する「日国工業」を受け継ぎ(それまでの自身の個人事務所「オフィスモンタ」を合併し、現在の「ニッコク」に社名変更)、代表取締役社長に就任。

タレント活動[編集]

  • 大学卒業時、TBSに入社を希望していた経緯もあり、同局(TBSテレビ)との関係を強化。

経営活動[編集]

  • 1999年10月から株式会社ニッコクの代表取締役社長を務めており、過密スケジュールの合間を縫って毎日出社し、業務を行っているとされる。入社試験の面接でみのが現れると驚く人もいるという。世間では副業ではないかといわれているが、会社経営のほうが本業だと語っている[20]
  • 同社は、父親から受け継いだ水道メーターの会社「日国工業株式会社」に、自分の事務所「オフィスモンタ」を吸収合併したものである[20]
  • 自身経営の水道メーター会社のライバル社「愛知時計電機」の株式を本名の「御法川法男」個人名義として発行済株式総数5,140万株中、365万3千株(7.11%)を所有(2014年9月30日現在)する第2位の株主[21][22]

談合事件[編集]

自身の番組で頻繁に政・官・業の不適切な関係を厳しく追及しているが、みの自身も、同様の関係を保持している。

  • 株式会社ニッコクは談合独占禁止法違反)で、何度も刑事告発をされていて、2003年に、追徴金7500万円、和解金3900万円を支払い、翌2004年には、再び他のメーカーとの談合で刑事告発された。さらに別口の談合で家宅捜査を受け、2005年2月には、追徴金400万円を支払っている。
  • 2004年(平成16年)7月15日に、ニッコクと愛知時計電機は他17社とともに2003年7月から2004年7月までの間に行われた東京都水道局発注の水道メータ買入れに係る競争入札に、いわゆる談合を行っていたとして公正取引委員会から排除勧告を受けた[23]。また、各社に対し審決に応じて東京都は損害賠償請求をしている[24]
  • 談合事件に関して社長としての責任を問われて、「名ばかり」のお飾り社長で実務はわからないと釈明しているが、上記来歴の通り実務には精通しており、自身の番組などでは「名ばかり」のお飾り社長を痛烈に批判したこともある。
  • その東京都水道局の広報誌「水道ニュース」2007年5月号 (PDF) では、司会者みのもんたとして御園良彦水道局長(当時)との特別対談が掲載されている。また同年10月には、同様にみのもんた名義として東京都から東京五輪招致大使に任命され、水道メーターの納入業者の社長と東京都との関係、報道を扱う番組の司会者と行政との関係に公正性が担保されるのか疑問が持たれている。
  • 後述する次男逮捕後のインタビューにおいて、上記談合事件は上場2社の主導であり、従わざるを得なかった旨を主張している[25]。なお、この上場2社のうち一社は上述のみの自身が第2位の株主である愛知時計電機である。

セクハラ疑惑騒動、次男の逮捕[編集]

2013年8月30日に放送されたTBSテレビみのもんたの朝ズバッ!』の生放送内のCM明け直後、隣に立つ吉田明世(TBSアナウンサー)の腰付近に手を伸ばし、吉田がその手を振り払ったように見える映像が一瞬流れた。これに対して、TBS広報部は「セクハラ行為があったとは認識していないが、紛らわしい行為だったため、今後このようなことがないよう『番組担当者』に口頭で注意した」と公式に発表している[26]。みの本人への注意には触れられていない。

同年9月9日より、みのは9月16日までの「夏休み」を理由にテレビ出演を休止した。みのはこの年の8月9日から16日にも夏休みをとっており、情報番組の司会者が1年に2度も「夏休み」で番組を休むのは異例のことである[27]

9月13日には、同月11日に当時日本テレビ社員の次男が、泥酔し道で横たわっていた男性の鞄からキャッシュカードを盗み出し現金を引き出そうとしたとして窃盗未遂容疑で逮捕されていたことがわかった[28]。次男は同年10月8日付で日本テレビを諭旨解雇処分となった[29]。 なお、みのは次男の日テレ入社経緯について、採用試験が難しすぎて名前と住所しか書けなかったため、当時社長の氏家齊一郎に依頼したコネ入社であったことを明かしている[30]。ただし日本テレビ社長の大久保好男は定例会見で「正規の手続きで入社している。名前しか書けない人は会社どころか大学にも入れない」と述べ、みのの発言内容について否定している[31]

『朝ズバッ!』・『サタデーずばッと』降板[編集]

「夏休み」でマスコミの前から姿を消していたみのもんたは次男の逮捕を受け、報道機関各社へ送信したファクスで自身が出演する『朝ズバッ!』と『サタデーずばッと』への出演を自粛すると発表[32]。その後、10月25日にTBSから全ての報道番組を降板させることが発表された[33]。『秘密のケンミンSHOW』と ラジオ番組『みのもんたのウィークエンドをつかまえろ』への出演は従来通り続ける[34]

記者会見

10月26日午後、記者会見を行う。その冒頭で「世間をお騒がせして、誠に申し訳ございません」と謝罪した上で、「辞めなければ収まらない風潮を感じた」「(報道は憧れであり)忸怩たる思い」と語った[35]。前述のセクハラ疑惑に対して記者から質問され、「(アシスタントやキャスターが)発言をとちることがあるので、『しっかりしろ』の気持ちで腰をたたいた。セクハラなどということは全くありません」と述べ、否定した[36]

人物[編集]

愛称[編集]

愛称は「みの」、「みのさん」、「みのちゃん」。

芸名の由来[編集]

  • 芸名の名付け親は野末陳平。由来は当時、御法川を略して「みの」と呼ばれていて、申年生まれ(monkey)であることと、当時人気だった競走馬「モンタサン」に掛けて、「もんた」とした[37]

睡眠時間[編集]

家族・縁戚[編集]

  • 父は日国工業創業者・御法川正男。みのは3人兄弟の二男であるが、兄・正昭はみのが生まれる前月(1944年7月21日)に3歳で夭逝している[39]
  • 妻・御法川靖子は自身の専属スタイリストだった。子供は2男1女がいる。長男はTBSに勤務しており、長男の結婚披露宴には民放各局トップや大手芸能プロのトップのほか、自民党の石原伸晃二階俊博、下川俊樹(自民党和歌山県連幹事長)、徳光和夫古舘伊知郎高田純次加藤晴彦ら約360人が列席した。司会は『みのもんたの朝ズバッ!』の裏番組だった『ズームインSUPER』(日本テレビ)の司会・羽鳥慎一(当時日本テレビアナウンサー)が務め、局の枠を超えた式となった。次男の雄斗[28]は日本テレビに勤務していたが、前述通り不祥事を起こしたため日本テレビを退社している。長女は母である靖子が亡くなってからは、父の専属スタイリストに転身した。
    • 妻・靖子はがんのため2012年5月22日に亡くなった(満66歳没)。その通夜では、野田佳彦内閣総理大臣(当時)からも供花があった。
    • 次男・雄斗は日本テレビ解雇後、みのの計らいでニッコクに再就職した[40]。事件発覚当初、みの自身は次男のニッコクへの再就職について明確に否定していた[25]。しかし、実際には、日本テレビ解雇直後から、社会保険と年金のためと称して、ニッコクに所属させていた。給料は支払っていないとみのは主張している[41]

交友関係[編集]

  • 交友関係は幅広く、芸能界やスポーツ界はもちろん、政財界などにも私生活で交流のある人物が多いのが特徴である。特に政界では遠縁に自民党所属の議員がいる事などから自民党関係者が多い。
  • 石原慎太郎と親密であるとされる。2007年には石原の要請を受け「東京五輪招致大使」に任命された[42]
  • 安倍晋三との交流も深く、1回目首相時代は秘書官の井上義行と逗子市の居酒屋で情報交換を繰り返し[43]、首相退陣の日には安倍自らがみのに電話している[44]
  • 二階俊博との親交は有名で、二階はみのの長男の披露宴で主賓として祝辞を述べ[45]、みのの「アナウンサー生活おもいッきり40周年ズバッと感謝の会」でも、芸能関係者に混じりお祝いのスピーチをした。2007年12月8日には、二階を団長とした経団連などを中心とした訪中団にみのも招かれていた[46]。東海地方で「ニッコク」を興したみのの父親が、二階俊博が秘書を務めていた遠藤三郎の後援者だった縁によるもので、20年来懇意にしており、大下英治著『躍動の日本経済へ 二階俊博の挑戦』には、みのが推薦文を寄せている[47]
  • 芸能界の友人は梅沢富美男高田純次[48]

その他・エピソード[編集]

現在の出演番組[編集]

ラジオ番組
テレビ番組
インターネット番組
  • みのもんたのよるバズ!(AbemaNews、2016年4月23日 - )

過去の出演番組[編集]

映画[編集]

劇場アニメ[編集]

コマーシャル出演[編集]

後述のコマーシャルに起用されている。ちなみに報道を扱う番組(『朝ズバッ!』、『サタずば』、『おもいッきりテレビ』内「情報特急便」、『おもいッきりイイ!!テレビ』内「Newsエスプレッソ」など)の司会者がコマーシャルに出演するという事例は、日本以外の先進国では通常ありえない[56]。これは、報道内容の公正性を担保できなくなるためである。ただし、過去にはTBSの夕方のニュース番組に出演していたラサール石井が保険会社のコマーシャルに起用されていた事例もある。
  • この他に、日本酒造組合中央会の新聞広告に起用されたことがある。

CDリリース[編集]

  • 元気イキイキ!おもいッきり(2003年
    • 自身が司会を務める「おもいッきりテレビ」放送15周年の企画曲。「イキイキふれんず」名義。カップリングは『健康!ピンピコピン』(「みのさん&かよちゃん」名義)。
  • 夜の虫/花と小父さん(作詞・作曲:浜口庫之助2006年11月22日
    • 1967年に浜口自身の歌唱で発売した曲のカバーであり、これがソロCDデビューとなった。同じくB面も浜口作詞作曲の作品で、伊東きよ子植木等のカバーである。
    • 10月19日に行なわれたレコーディングでは、「シラフじゃ歌えない」とブランデー片手に歌を歌い、2時間後にはすでに曲も本人も出来上がっていた。「紅白のオファーは(司会としても歌手としても)当然来るでしょう」「もしかしたらレコ大の司会オファーもあるかも」と発言している。結局は取り下げられてしまい、「よく分かりました。紅白の出演は年枠にします。」と発言。
    • 2006年11月10日 - 16日のUSENの総合チャートで、浜崎あゆみの『JEWEL』に次ぐ2位、演歌チャートで1位を獲得した。オリコンシングルチャート初登場で演歌チャート6位、総合チャート90位。
  • 口説きながら麻布十番 duet with みの もんた

著書等[編集]

  • みのもんたの七転び八起き(ワニブックス、1976年)
  • こころの案内図(朝日出版、1995年7月発行)
  • みのもんた十八番勝負 おもいッきり対談集(日本テレビ放送網、2002年9月発行)
  • それでも僕は立ち続ける(日本テレビ放送網、 2006年4月発行)
  • 腰痛スッキリ! 角川oneテーマ21 C-113(角川書店、2006年7月発行)
  • 義理と人情 僕はなぜ働くのか(幻冬舎、2007年3月発行)
  • 死んではいけない いじめ緊急レポート 7600通を超えた悲鳴!(TBS「みのもんたの朝ズバッ!」制作スタッフ著、毎日新聞社、2007年1月発行)
  • 敗者の報道(TAC出版、2014年)

ものまね・パロディ[編集]

カギカッコ内は、キャラクターの名前である。

脚注[編集]

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  1. ^ 決定!これが日本のベスト「血液型ランキング」”. テレビ朝日. 2016年2月16日閲覧。
  2. ^ “みのもんた 「みのもんたの朝ズバッ!」で“TV人生初”の遅刻”. スポーツニッポン. (2011年8月11日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/08/11/kiji/K20110811001387820.html 
  3. ^ a b 『敗者の報道』p.125
  4. ^ スポーツニッポン 2014年9月3日芸能面「我が道」
  5. ^ スポーツニッポン 2014年9月4日芸能面「我が道」
  6. ^ スポーツニッポン 2014年9月5日芸能面「我が道」
  7. ^ a b スポーツニッポン 2014年9月6日芸能面「我が道」
  8. ^ a b スポーツニッポン 2014年9月10日芸能面「我が道」
  9. ^ 会社法人としては、現在の東京放送ホールディングス(2009年4月より同社名)。放送局としては、現在のTBSテレビ(2009年4月、旧東京放送よりテレビの放送免許を継承)・TBSラジオ(2001年10月、東京放送よりラジオの放送免許を継承)。
  10. ^ 『敗者の報道』p.124 - 125
  11. ^ 当時は採用は別々だったが、研修は文化放送、フジテレビニッポン放送、産経新聞社とグループ合同で行われていた。
  12. ^ 『敗者の報道』p.60 - 61
  13. ^ みの本人は「組合に入っていなかったため、深夜労働が出来た」と語っている(『敗者の報道』p.57 より)。
  14. ^ 当時、既に人気を博していた先輩アナウンサーの土居まさるも、『セイ!ヤング』のパーソナリティだったが、みのが土居の口調・声質・抑揚など、全てを真似していたため、リスナーは聞き分けが付かない程だったという(セイ!ヤング&オールナイトニッポン 70年代深夜放送伝説(扶桑社)セイ!ヤング編p.56 - 57 より)。
  15. ^ セイ!ヤング&オールナイトニッポン 70年代深夜放送伝説(扶桑社)セイ!ヤング編p.53
  16. ^ 『敗者の報道』p.64 - 66
  17. ^ 『敗者の報道』p.76
  18. ^ スポーツニッポン 2014年9月10日芸能面「我が道」
  19. ^ 当初は番組内のコーナー司会のみを担当していたが、司会の山本コウタロー参議院選挙出馬による降板のため、後に2代目司会に昇格した。
  20. ^ a b 『敗者の報道』p.86 - 90、p.98 - 101
  21. ^ 四半期報告書 第92期第2四半期”. 愛知時計電機 (2014年9月30日). 2014年11月25日閲覧。 pp.7.、個人での株式取得数では第一位。
  22. ^ 経営者が競合企業の株式を所有することは、まま見受けられることであり特別なことではない。
  23. ^ 公正取引委員会 「東京都が発注する水道メーターの入札参加業者に対する勧告について」 平成15年7月15日
  24. ^ 東京都水道局 「水道メータ談合事件に係る課徴金納付命令に伴う損害賠償請求(第二次請求)の実施について」 平成17年4月22日
  25. ^ a b みのもんた 経営の水道会社「倒産を覚悟した」週刊朝日 2013年11月15日号
  26. ^ みのもんたさん、セクハラ?女性アナ手振り払う 読売新聞 2013年9月2日
  27. ^ みのもんたが今年2度目の「夏休み」 「セクハラ謹慎では」といった憶測広がるJ-CASTニュース(2013年9月9日)
  28. ^ a b 東京スポーツ (2013年9月14日). “みの次男(御法川雄斗容疑者)の主張に当局激怒!余罪追及へ”. 東京スポーツ. http://www.tokyo-sports.co.jp/entame/entertainment/183716/ 2013年9月14日閲覧。 
  29. ^ 窃盗容疑のみのもんた次男、日テレを諭旨解雇処分J-CASTニュース 2013年10月9日
  30. ^ 人気企業に親の七光りで「コネ入社」 法的に問題はないのか?弁護士ドットコム 2013年12月1日
  31. ^ 日テレ社長、みの次男のコネ入社報道を否定スポーツ報知 2013年12月3日
  32. ^ みのさん、報道番組自粛へ 次男逮捕「父として責任」 朝日新聞 2013年9月13日
  33. ^ みのもんたさん:「朝ズバッ!」などの出演終了 TBS 毎日新聞 2013年10月25日閲覧
  34. ^ 次男逮捕で「責任感じる」 みの、バラエティーは引き続き出演へ 楽天Women
  35. ^ みのさん「辞めなければ収まらない風潮感じた」 2013年10月26日 読売新聞
  36. ^ みのもんた、女子アナへのセクハラ疑惑は完全否定! シネマトゥデイ 2013年10月26日
  37. ^ セイ!ヤング&オールナイトニッポン 70年代深夜放送伝説(扶桑社)セイ!ヤング編p.52
  38. ^ a b スポーツニッポン 2014年9月23日芸能面「我が道」
  39. ^ みのもんた著『敗者の報道』(2014年、TAC出版)p.112
  40. ^ 『女性自身』でのみののインタビューより
  41. ^ スクープ・インタビュー120分! 次男の逮捕から1年 みのもんた「謹慎中に考えたこと、すべてお話しします」2014年09月09日 週刊現代
  42. ^ みの東京五輪招致大使、石原都知事が依頼”. 日刊スポーツ (2007年10月2日). 2016年2月15日閲覧。
  43. ^ 上杉隆『官邸崩壊』
  44. ^ フライデー』2007年10月2日号 みのに慰められた安倍は号泣したという。
  45. ^ 二階俊博 (2005年7月22日). “郵政民営化特別委員会 109時間の審議、粛々と採決”. 和歌山新報. http://s01.megalodon.jp/2009-0502-1750-22/www.wakayamashimpo.co.jp/ganbattemasu/2005/07/post_236.html 2010年5月16日閲覧。 
  46. ^ みのもんた 談合と政治家『週刊現代』2008年6月21日号
  47. ^ 『週刊新潮』2009年3月26日号「続小沢ショック/二階ファン、信頼する友人と公言しちゃったみのと王」
  48. ^ 週刊ポスト』2016年4月15日号みのもんた71歳「夜の部活」復活宣言
  49. ^ みのもんた、松崎しげる、黒さの真相”. アメーバニュース (2013年10月13日). 2016年2月15日閲覧。
  50. ^ “みのもんた タモリと29年ぶり共演!かつては同時間帯のライバル”. スポーツニッポン. (2013年5月6日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/05/06/kiji/K20130506005748990.html 2013年7月3日閲覧。 
  51. ^ 入学式に出席しただけで、現在ではウェブサイトからその名が削除されている。
  52. ^ 役員(一覧)”. 日本火消し保存会. 2016年2月15日閲覧。
  53. ^ みやぎ夢大使(宮城県)
  54. ^ 第6期みやぎ夢大使 みのさんら5人新任河北新報 2010年3月23日)
  55. ^ 実は「みのもんた」は三つ子だったと言う設定で、本人に相当する「みのもんいち」役や、三つ子の弟「みのもんじろう」「みのもんざぶろう」役も務めた。
  56. ^ ビデオジャーナリストの神保哲生によれば、日本のテレビ界でも、かつてはキャスターどころかお天気キャスターでさえ、報道番組に携わる人間はコマーシャルには出るべきではないという不文律があったという。
  57. ^ 公正取引委員会 「タマホーム株式会社に対する排除命令について」 平成19年3月29日
  58. ^ 2011年12月以降に登場している「もんたクロース」~「休みのもんた」は山寺がそのパペットを使って声を演じている。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]