モーニング娘。

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モーニング娘。
MORNING MUSUME。
別名 モー娘。
出身地 日本の旗 日本
ジャンル J-POPポップティーン・ポップ[1]
ダンス・ポップエレクトロ・ポップ
バブルガム・ポップポップ・ロック
パワー・ポップ
活動期間 1997年 -
レーベル URANEBA RECORD(1997年)
ONE UP MUSIC(1998年)
zetima(1998年4月 - )
事務所 アップフロントプロモーション
共同作業者 つんく♂
℃-ute
アンジュルム(旧:スマイレージ)
Juice=Juice
カントリー・ガールズ(旧:カントリー娘。
こぶしファクトリー
つばきファクトリー
公式サイト ハロー!プロジェクト オフィシャルサイト
モーニング娘。オフィシャルファンクラブページ
メンバー 譜久村聖生田衣梨奈鞘師里保鈴木香音飯窪春菜石田亜佑美佐藤優樹工藤遥小田さくら尾形春水野中美希牧野真莉愛羽賀朱音
旧メンバー 中澤裕子石黒彩飯田圭織安倍なつみ福田明日香保田圭矢口真里市井紗耶香後藤真希石川梨華吉澤ひとみ希美加護亜依高橋愛紺野あさ美小川麻琴新垣里沙藤本美貴亀井絵里道重さゆみ田中れいな久住小春光井愛佳ジュンジュンリンリン

モーニング娘。(モーニングむすめ)は、日本女性アイドルボーカル&ダンスグループ[2][3]アップフロントプロモーション[4]所属。ハロー!プロジェクト(以下、ハロプロ)の一員。

略称はモー娘。(モーむす)。日本国外での表記はMorning Musume。早安少女組。など。

正式名称について、2014年1月1日以降は「モーニング娘。」の後に当該年の西暦の下二桁を付して「モーニング娘。'○○」としている(例:『モーニング娘。'15』)。読みは、「もーにんぐむすめ」に続いて、西暦の10の位と1の位をそれぞれ英語読みする(例:『モーニング娘。'15』ならば「もーにんぐむすめわんふぁいぶ」)[5]

ほぼ全楽曲の作詞・作曲を同グループのプロデューサーであるつんく♂シャ乱Q)が手掛ける。1998年のメジャーデビューから2015年4月現在までにリリースしたシングルのうち58作品がオリコンの週間CD販売ランキングのトップ10に[注釈 1]、さらにその大部分がトップ5に入り[注釈 2]、過去には『NHK紅白歌合戦』に連続出場するなど、グループ発足から現在に至るまで15年以上に渡り人気を保ち続けている[3][6]。また、日本国外にも多くのファンが存在し、海外のイベントなどにも出演する[7][8]

メンバー[編集]

現在のメンバー[編集]

2015年3月12日現在
名前 よみがな 公式ニックネーム 生年月日 現年齢 加入年月日 イメージカラー[9] 色種 特記事項
譜久村聖 ふくむら みずき ふくちゃん 1996年10月30日 18歳 2011年1月2日 09期 ホットピンク
 
リーダー。元ハロプロエッグ
生田衣梨奈 いくた えりな えりぽん 1997年7月7日 18歳 黄緑[10]
 
サブリーダー。加入当初のイメージカラーは      紫で、
2012年秋のツアーから変更[注釈 3]
鞘師里保 さやし りほ りほりほ 1998年5月28日 17歳
 
鈴木香音 すずき かのん ズッキ 1998年8月5日 17歳
 
飯窪春菜 いいくぼ はるな はるなん 1994年11月7日 20歳 2011年9月29日 10期 ハニー色[10]
 
サブリーダー。加入当初のイメージカラーは
      チョコレート色で、2012年秋のツアーから変更[10]
石田亜佑美 いしだ あゆみ だーいし 1997年1月7日 18歳 ロイヤルブルー
 
佐藤優樹 さとう まさき まさき 1999年05月7日 16歳 エメラルドグリーン
 
工藤遥 くどう はるか くどぅー 1999年10月27日 15歳 オレンジ
 
元ハロプロエッグ
小田さくら おだ さくら さくら 1999年03月12日 16歳 2012年9月14日 11期 ラベンダー[11]
 
ハロプロ研修生
尾形春水 おがた はるな はーちん 1999年02月15日 16歳 2014年9月30日 12期 シーブルー[12]
 
野中美希 のなか みき のなかちゃん 1999年10月07日 15歳 [12]
 
牧野真莉愛 まきの まりあ まりあ 2001年02月2日 14歳 ライトピンク[12]
 
元ハロプロ研修生
羽賀朱音 はが あかね あかねちん 2002年03月7日 13歳 ライトオレンジ[12]
 
元ハロプロ研修生

過去のメンバー[編集]

モーニング娘。では、公式にグループから離れることを「卒業」または「脱退」という。この発表は公式サイトでの発表や記者会見などのマスメディアを通じて行い、コンサートでの最終公演日程などを前々からファンに伝えている。福田から市井までは脱退と公式に発表されてきたが、負のイメージを連想させない前向きな意味合いとして卒業という言い方を中澤の離脱時から使用するようになった。

モーニング娘。の「卒業」または「脱退」後は芸能活動を停止するか、ソロまたは他のグループとしてそのままハロプロに在籍して芸能活動を継続することが主流となっていた。2009年春のハロプロ再編以降はハロプロから離れつつも同事務所および系列事務所に所属し、芸能活動を続けるメンバーも少なくない。

卒業(脱退)の発表は、後藤以前は卒業の1〜2か月ほど前だったが、後藤と同時に卒業が発表された保田以降は、半年〜1年前となった。紺野と小川の卒業発表以降はそれまでの傾向より短くなり、2か月半〜4か月ほど前となっている(脱退となった矢口・藤本や急遽卒業が決定した光井は例外)。卒業の発表と卒業を同時に行ったのは、卒業後にユニットでの活動が予定されていた・加護、卒業後活動を休止する亀井と中国でソロ活動を行うジュンジュン・リンリンであるが、異なる時期に複数のメンバーの卒業が同時に発表されることもある(後藤と保田、飯田と石川、紺野と小川)。また、新垣の卒業ライヴの約2週間前に、光井が足の負傷を理由に急遽新垣と同時に卒業することとなり、卒業発表は同時でないが卒業は同時ということもあった。

「卒業」の発表とその後のコンサートでの「卒業公演」は、ワイドショー番組や『ASAYAN』などで大々的に取り上げられることが多かった。

追加メンバーの各期の分類[編集]

1998年5月加入の第2期メンバーや1999年9月加入の後藤真希(第3期メンバー)は単に「新メンバー」または「追加メンバー」と呼ばれており、2000年4月追加の第4期メンバーは「第3次追加メンバー」と呼ばれ、2001年8月追加の第5期メンバーも追加された当時は「新メンバー」と呼ばれていた。「期」と呼ばれるのは2002年募集の第6期からであり、その時点から遡って1期〜5期と呼ばれるようになった。

卒業・脱退メンバーの一覧[編集]

  • デフォルトでは卒業・脱退した日付順で配列。卒業・脱退日の列のソートボタンで元の順序に戻る。
  • 名前の欄は50音順ソート。
  • 在籍時年齢の欄は「加入時の年齢 - 卒業時(脱退時)の年齢」を表示。また、表中の年齢はすべて満年齢
  • 第1期メンバーについては、便宜上、モーニング娘の結成日とされている1997年9月7日を加入日付とした(後述該当節も参照のこと)。2期以降のメンバーの加入年月日については、後掲の推移年表の日付に準じた。
  • イメージカラーは、2005年春のコンサートツアー以降に在籍していたメンバーはコンサートの公式グッズの色を、それまでに卒業したメンバーについては、『ピンチランナー』で着用したジャージの色を参照している。
名前 生年月日
(現年齢)
加入年月日
(加入期)
卒業・脱退日
(発表日)
卒業公演の開催地
在籍時
 
加入-
年齢
 
卒業
在籍日数 イメージカラー[13] 色種 ハロプロへの在籍状況
ふくた あすか/福田明日香 1984年12月17日
(30歳)
1997年9月7日
(1期)
1999年4月18日
(1999年1月17日)
東京厚生年金会館
12歳08か月21日- 14歳04か月01日 0588日
(約1年7か月)
不明 不明 同時にハロプロも卒業
(同時に芸能界を引退[注釈 4]
いしくろ あや/石黒彩 1978年5月12日
(37歳)
1997年9月7日
(1期)
2000年1月7日
(1999年12月5日)
大阪厚生年金会館
19歳03か月26日- 21歳07か月26日 0852日
(約2年4か月)
不明 不明 同時にハロプロも卒業
いちい さやか/市井紗耶香 1983年12月31日
(31歳)
1998年5月3日
(2期)
2000年5月21日
(2000年5月7日)
日本武道館
14歳04か月03日- 16歳04か月21日 0749日
(約2年)
スカイブルー
 
同時にハロプロも卒業
なかさわ ゆうこ/中澤裕子 1973年6月19日
(42歳)
1997年9月7日
(1期)
2001年4月15日
(2001年3月7日)
大阪城ホール
24歳02か月19日- 27歳09か月27日 1316日
(約3年7か月)
深緑
 
ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
ことう まき/後藤真希 1985年09月23日
(29歳)
1999年8月22日
(3期)
2002年9月23日
(2002年7月31日)
横浜アリーナ
13歳10か月30日- 17歳00か月00日 1128日
(約3年1か月)
オレンジ
 
ソロとしてハロプロに在籍
2007年10月28日ハロプロを卒業
やすた けい/保田圭 1980年12月6日
(34歳)
1998年5月3日
(2期)
2003年5月5日
(2002年7月31日)
さいたまスーパーアリーナ
17歳04か月27日- 22歳04か月29日 1828日
(約5年)
ライトピンク
 
ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
あへ なつみ/安倍なつみ 1981年8月10日
(34歳)
1997年9月7日
(1期)
2004年1月25日
(2003年7月27日)
横浜アリーナ
16歳00か月28日- 22歳05か月15日 2331日
(約6年4か月)
 
ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
つし のそみ/希美 1987年06月17日
(28歳)
2000年4月16日
(4期)
2004年8月1日
(2004年1月3日)
代々木第一体育館
12歳09か月30日- 17歳01か月15日 1568日
(約4年4か月)
不明 不明 ユニットとしてハロプロに在籍
加護亜依と共に卒業
(同日に複数メンバー卒業は初)
2007年3月に加護の契約解除に伴いソロに移行
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
かこ あい/加護亜依 1988年02月07日
(27歳)
2000年4月16日
(4期)
2004年8月1日
(2004年1月3日)*
代々木第一体育館
12歳02か月09日- 16歳05か月25日 1568日
(約4年4か月)
不明 不明 ユニットとしてハロプロに在籍
希美と共に卒業
(同日に複数メンバー卒業は初)
2007年3月に契約解除により脱退
いいた かおり/飯田圭織 1981年08月8日
(34歳)
1997年9月7日
(1期)
2005年1月30日
(2004年5月23日)
横浜アリーナ
16歳00か月30日- 23歳05か月22日 2702日
(約7年4か月)
 
ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
やくち まり/矢口真里 1983年01月20日
(32歳)
1998年5月3日
(2期)
2005年4月14日
(2005年4月14日)
卒業公演なし[注 2]
15歳03か月13日- 22歳02か月25日 2538日
(約6年11か月)
      黄(ピンチランナー)
→薄紫(2005年春)
 
ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
いしかわ りか/石川梨華 1985年01月19日
(30歳)
2000年4月16日
(4期)
2005年5月7日
(2004年5月23日)
日本武道館
15歳02か月28日- 20歳03か月18日 1847日
(約5年1か月)
ディープピンク
 
ユニットとしてハロプロに在籍
2008年7月に美勇伝の解散に伴いソロに移行
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
こんの あさみ/紺野あさ美 1987年05月7日
(28歳)
2001年8月26日
(5期)
2006年7月23日
(2006年4月28日)
代々木第一体育館
14歳03か月19日- 19歳02か月16日 1792日
(約4年11か月)
ピンク
 
同時にハロプロも卒業(学業専念のため)
2007年7月15日にソロとしてハロプロに復帰・在籍
2009年3月31日に再度ハロプロを卒業[注 1]
おかわ まこと/小川麻琴 1987年10月29日
(27歳)
2001年8月26日
(5期)
2006年8月27日
(2006年4月28日)
新宿コマ劇場[注 3]
13歳09か月28日- 18歳09か月29日 1827日
(約5年)
 
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
よしさわ ひとみ/吉澤ひとみ 1985年04月12日
(30歳)
2000年4月16日
(4期)
2007年5月6日
(2007年1月2日)
さいたまスーパーアリーナ
15歳00か月04日- 22歳00か月24日 2576日
(約7年1か月)
 
ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
ふしもと みき/藤本美貴 1985年02月26日
(30歳)
2003年1月19日
(6期)
2007年6月1日
(2007年6月1日)
卒業公演なし[注 4]
17歳10か月24日- 22歳03か月06日 1594日
(約4年5か月)
 
ソロとしてハロプロに在籍
2009年3月31日ハロプロを卒業[注 1]
くすみ こはる/久住小春 1992年7月15日
(23歳)
2005年5月1日
(7期)
2009年12月6日
(2009年9月19日)
東京厚生年金会館
12歳09か月16日- 17歳04か月21日 1680日
(約4年7か月)
      グレー(2005年春)
→赤(藤本脱退以降)
 
同時にハロプロも卒業[注 5]
かめい えり/亀井絵里 1988年12月23日
(26歳)
2003年1月19日
(6期)
2010年12月15日
(2010年8月8日)
横浜アリーナ
14歳00か月27日- 21歳11か月22日 2887日
(約7年11か月)
オレンジ
 
同時にハロプロも卒業
(ジュンジュン・リンリンと共に卒業、
同時に芸能活動も休止)
しゆんしゆん/ジュンジュン 1988年02月11日
(27歳)
2007年3月15日
(8期 留学生)
2010年12月15日
(2010年8月8日)*
横浜アリーナ
19歳01か月04日- 22歳10か月04日 1371日
(約3年9か月)
 
同時にハロプロも卒業
(亀井絵里・リンリンと共に卒業)
りんりん/リンリン 1991年03月11日
(24歳)
2007年3月15日
(8期 留学生)
2010年12月15日
(2010年8月8日)**
横浜アリーナ
16歳00か月04日- 19歳09か月04日 1371日
(約3年9か月)
エメラルドグリーン
 
同時にハロプロも卒業
(亀井絵里・ジュンジュンと共に卒業)
たかはし あい/高橋愛 1986年09月14日
(28歳)
2001年8月26日
(5期)
2011年9月30日
(2011年1月9日)**
日本武道館
14歳11か月12日- 25歳00か月16日 3687日
(約10年1か月)
 
同時にハロプロも卒業[注 5]
にいかき りさ/新垣里沙 1988年10月20日
(26歳)
2001年8月26日
(5期)
2012年5月18日
(2012年1月2日)**
日本武道館
12歳10か月06日- 23歳06か月28日 3918日
(約10年8か月)
黄緑
 
同時にハロプロも卒業[注 5]
(光井愛佳と共に卒業)
みつい あいか/光井愛佳 1993年1月12日
(22歳)
2006年12月10日
(8期)
2012年5月18日
(2012年5月4日)**
日本武道館
13歳10か月28日- 19歳04か月06日 1986日
(約5年5か月)
薄紫
 
ソロとしてハロプロに在籍
(新垣里沙と共に卒業)
たなか れいな/田中れいな 1989年11月11日
(25歳)
2003年1月19日
(6期)
2013年5月21日
(2012年11月18日)**
日本武道館
13歳02か月8日- 23歳06か月10日 3775日
(約10年4か月)
水色
 
同時にハロプロも卒業[注 5]
みちしげ さゆみ/道重さゆみ 1989年7月13日
(26歳)
2003年1月19日
(6期)
2014年11月26日
(2014年4月29日)**
横浜アリーナ
13歳02か月8日- 25歳 4329日
(約11年10か月)
      レモン色(2005年春)
→ピンク(紺野卒業以降)
 
同時にハロプロも卒業
(同時に芸能活動も休止)
  1. ^ a b c d e f g h i j k 2009年3月31日にハロー!プロジェクトを卒業したメンバーファンクラブ組織は下記のとおりである。
  2. ^ 矢口のモーニング娘。メンバーとしての最後のステージは、2005年4月10日の大阪厚生年金会館公演だった。
  3. ^ 小川のモーニング娘。メンバーとしての最後のコンサートステージは、2006年7月23日の代々木第一体育館公演だった。
  4. ^ 藤本のモーニング娘。メンバーとしての最後のステージは、2007年5月6日のさいたまスーパーアリーナ公演だった。
  5. ^ a b c d モーニング娘。を卒業したメンバーは、以後ファンクラブであるM-line clubへの加入が発表された。

「卒業」と「脱退」の使い分け[編集]

「卒業」または「脱退」という表現について、初期にはほとんどの場合に「脱退」という表現を使用していたが[注釈 5]、2001年以降公式には「卒業」という表現が使用されており(「卒業メモリアル」グッズなど)、過去に遡って卒業という表現で統一されていることも多い(コンサートMCでの「卒業メンバー」呼称など)。ただし、2005年4月14日の矢口の場合は、写真週刊誌『FRIDAY』で小栗旬との交際が報道されたことを理由[要出典]とし、公式サイトには「モーニング娘。を辞し、ソロ活動を行う」という表現がなされている[14](テレビ番組やスポーツ新聞などマスコミによっては「卒業」と扱われることもある)。矢口自身も「卒業・脱退」とは言わず「モーニング娘。を辞めた」といった表現をとることがある。また、藤本も後に夫となるお笑いコンビ・品川庄司庄司智春との交際が同じく『FRIDAY』で報道されたことを理由[要出典]2007年6月1日付で脱退した。

「卒業」という表現自体は最初にグループを離れた福田がファンへの呼び掛けのメッセージの中などで当時から使用しており、1999年に出版された自伝『もうひとりの明日香』に収録された年表には、「モーニング娘。を卒業、芸能界を引退」と表記されている。

使い分けの事例として、

  • 2007年9月に出版された公式本『モーニング娘。誕生10年記念本』に掲載された年表では、矢口と藤本のみが「脱退」、その他のメンバーが「卒業」
  • 2008年4月25日放送の『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』(日本テレビ系。この日にゲスト出演)で紹介された「モーニング娘。メンバーの変遷」では、福田から市井までと矢口・藤本が「脱退」、その他のメンバーが「卒業」

となっていた。つまり、メンバー本人の都合または所属事務所との協議での了承を得た脱退(円満退社)は「卒業」、一方でメンバーの不祥事(スキャンダル)および何らかのトラブルから、所属事務所に損害または不利益を被った場合に責任をとる意味での脱退(解雇)は「脱退」という表現を使用している[要出典]と解釈できる。

メンバーの記載順序[編集]

公式本、コンサートのパンフレットなどの公式出版物や公式サイトなどで記載されるメンバーの名前は通常は加入時期順で、加入時期の同じ者は生年月日順となっている[注釈 6]。マスコミ報道などでもこの順序が使用されることがある。リーダーやサブリーダーについては過去にこの順序を適用した場合に先頭や2番目にならない時期があったが、そうした場合には順番を変更してリーダーとサブリーダーがそれぞれ先頭や2番目になるよう記載する場合もあった。卒業したメンバーの名前を並べる時にはこの順序が使用されている場合[注釈 7]と、卒業・脱退の時期が早い順番で並べられている場合[注釈 8]がある。在籍期間などを比較するためのメンバーの変遷表などでは、在籍しているか否かに関係なく、全員が上記の順序で並べられていることがある[注釈 9]

モーニング娘。さくら組モーニング娘。おとめ組といった派生ユニット内でメンバーの名前を記載する場合も通常はこの順序である。

各期メンバーの在籍状況[編集]

2014年11月27日現在
  • 全員在籍 : 9期 - 12期
  • 全員卒業または脱退 : 1期 - 8期

歴代リーダー・サブリーダーの一覧[編集]

リーダー 期間 サブリーダー 期間
1 中澤裕子 1998年1月28日[注釈 10] - 2001年4月15日 (不在)
2 飯田圭織 2001年4月16日 - 2005年1月30日 保田圭 2001年4月16日 - 2003年5月5日
矢口真里 2003年5月6日[注釈 11] - 2005年1月30日
3 矢口真里 2005年1月31日 - 2005年4月14日 吉澤ひとみ 2005年1月31日 - 2005年4月14日
4 吉澤ひとみ 2005年4月15日 - 2007年5月6日 藤本美貴 2005年4月15日[注釈 12] - 2007年5月6日
5 藤本美貴 2007年5月7日 - 2007年6月1日 高橋愛 2007年5月7日 - 2007年6月1日
6 高橋愛 2007年6月2日 - 2011年9月30日 新垣里沙 2007年6月2日 - 2011年9月30日
7 新垣里沙 2011年10月1日 - 2012年5月18日 (不在)
8 道重さゆみ 2012年5月19日 - 2014年11月26日 (不在)
譜久村聖 2013年5月21日 - 2014年11月26日
飯窪春菜 2013年5月21日 -
9 譜久村聖 2014年11月27日 -
生田衣梨奈 2014年11月27日 -

備考(リーダー、サブリーダー関連)[編集]

  • リーダーとしての任期が最も長いのは第6代・高橋愛の約4年4か月、最も短いのは第5代・藤本美貴の27日である。
  • 最年少でリーダーに就いたのは第9代・譜久村聖で18歳である(現時点で2人目の10代でのリーダー就任、1人目は飯田圭織)。
  • 初代リーダーは、CD5万枚手売りを達成し、メジャーデビュー決定後に決められた。当時、飯田が「リーダーをやりたい」と発言していたが、結果として中澤に決定した。選ばれた理由は「最年長だから」[15]
  • サブリーダーは、飯田の第2代リーダー就任(2001年4月16日)に合わせて創設され、初代サブリーダーに保田が就任した。当時は保田が初代であるか否かについては明らかにされていなかったが、2007年11月に行われた「Yahoo!ライブトーク」では保田が「初代サブリーダーである」とされている。
  • サブリーダーの就任日は明確な場合と曖昧な場合がある。
    • 明確なケースとして、就任前に決定していた場合(保田・吉澤・高橋)と、就任発表によって決定しそのまま就任した場合(新垣・譜久村・飯窪・生田)があった。
    • 曖昧なケースとしては矢口と藤本で、就任時点の発表がなく、ある程度の期間が経過してからテレビ番組(矢口:『ハロー!モーニング。』2003年8月3日放送分、藤本:『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』2005年7月15日放送分)でのトーク中に自らその時点でサブリーダーである旨が語られたことで就任が明確となった。
    • 上表では矢口と藤本の就任日は前任者が退任した日の翌日を就任日としているが、就任日時が正確でない(空席の期間がある)可能性がある。
  • 保田就任以前(中澤リーダー時代)は、サブリーダーという役職は公表されていない。石黒在籍時は彼女が中澤に次ぐ年長者で位置的にもナンバー2と見なされることはあったが、サブリーダーと明言はされていなかった。
  • 矢口から新垣まではサブリーダーがリーダーにも就任したため、実質的に「サブリーダー=次期リーダー(候補)」と考えられていた。
  • 新垣のリーダー下では、サブリーダーは置かれていなかった(CDジャーナル2012年2月号インタビュー、道重の発言より[16])。
  • 2013年5月21日に開催された『モーニング娘。コンサートツアー2013春 ミチシゲ☆イレブンSOUL 〜田中れいな卒業記念日〜 in日本武道館』で、田中は約1年8か月ぶりとなるサブリーダー制度の復活を提案し、9期の譜久村聖および10期の飯窪春菜を指名した。サブリーダーの二人体制はモーニング娘。史上初となる。譜久村のサブリーダー就任は16歳で、これは史上最年少である(2013年5月現在)。飯窪のサブリーダー就任はモーニング娘。に加入してから1年8ヶ月後で、これは史上最速である(2013年5月現在)。

グループ編成[編集]

モーニング娘。のメンバー変遷とシングル歴(2015年4月15日現在)

メンバー構成推移[編集]

モーニング娘。の最も大きな特徴はメンバーが加入・卒業あるいは脱退を繰り返していくという点で、これは結成当時には他の女性音楽グループに類を見ないものだった。
またグループのメンバー構成には、次の2つの特徴が見られる。

メンバー数が流動的である。
最少が5人(1度目は結成時、2度目は亀井、ジュンジュン、リンリン卒業から9期加入まで)で、最大が16人(6期加入から保田卒業まで)である。
メンバーの年齢差が大きい。
結成当時は約12歳差、最大は15歳差(4期加入から中澤卒業まで)、最小は約5歳差(矢口脱退から7期加入前まで)である。

2014年11月27日時点の平均年齢は15.69歳である。

推移年表[編集]

日時 メンバー 増減 人数 平均年齢 発売シングル
1997年8月20日結成 【1期】中澤裕子石黒彩飯田圭織安倍なつみ福田明日香 - 05人 17.40 01
1998年5月3日 【2期】保田圭矢口真里市井紗耶香 加入 +3 08人 16.75 234
1999年4月18日 福田明日香 卒業 -1 07人 18.29 56
1999年8月22日 【3期】後藤真希 加入 +1 08人 18.13 7
2000年1月7日 石黒彩 卒業 -1 07人 18.14 8
2000年4月16日 【4期】石川梨華吉澤ひとみ希美加護亜依 加入 +4 11人 16.55 9
2000年5月21日 市井紗耶香 卒業 -1 10人 16.60 1011
2001年4月15日 中澤裕子 卒業 -1 09人 16.56 12
2001年8月26日 【5期】高橋愛紺野あさ美小川麻琴新垣里沙 加入 +4 13人 15.77 131415
2002年9月23日 後藤真希 卒業 -1 12人 16.92 16
2003年1月19日 【6期】藤本美貴亀井絵里道重さゆみ田中れいな 加入 +4 16人 16.50 17[* 1]18[* 1]
2003年5月5日 保田圭 卒業 -1 15人 16.40 192021
2004年1月25日 安倍なつみ 卒業 -1 14人 16.86 2223
2004年8月1日 希美、加護亜依 卒業 -2 12人 17.42 2425
2005年1月30日 飯田圭織 卒業 -1 11人 17.64
2005年4月14日 矢口真里 脱退 -1 10人 17.40 26[* 2]
2005年5月1日 【7期】久住小春 加入 +1 11人 16.91
2005年5月7日 石川梨華 卒業 -1 10人 16.70 27282930
2006年07月23日 紺野あさ美 卒業 -1 09人 17.78
2006年08月27日 小川麻琴 卒業 -1 08人 17.75 31
2006年12月10日 【8期】光井愛佳 加入 +1 09人 17.56 32
2007年3月15日 【8期】(留学生)ジュンジュンリンリン 加入 +2 11人 17.82 33[* 3]
2007年5月6日 吉澤ひとみ 卒業 -1 10人 17.50
2007年6月1日 藤本美貴 脱退 -1 09人 17.00 3435363738394041
2009年12月6日 久住小春 卒業 -1 08人 19.88 4243A44
2010年12月15日 亀井絵里、ジュンジュン、リンリン 卒業 -3 05人 21.00
2011年1月2日 【9期】譜久村聖生田衣梨奈鞘師里保鈴木香音 加入 +4 09人 17.33 454647
2011年9月29日 【10期】飯窪春菜石田亜佑美佐藤優樹工藤遥 加入 +4 13人 16.54
2011年9月30日 高橋愛 卒業 -1 12人 15.83 4849
2012年5月18日 新垣里沙、光井愛佳 卒業 -2 10人 15.60 50
2012年9月14日 【11期】小田さくら 加入 +1 11人 15.73 51[* 4]5253
2013年5月21日 田中れいな 卒業 -1 10人 15.70 545556
2014年9月30日 【12期】尾形春水野中美希牧野真莉愛羽賀朱音 加入 +4 14人 16.07 57[* 5]
2014年11月26日 道重さゆみ 卒業 -1 13人 15.69 58
  1. ^ a b 6期メンバーは不参加。
  2. ^ 矢口を含む11人体制でのシングルだが、脱退後の歌番組では矢口抜きでの披露となった。
  3. ^ ジュンジュンとリンリンは不参加。
  4. ^ 小田を除く10人体制でのシングルだが、発売後、特設サイトに「小田さくらVer」の動画が公開された。
  5. ^ 12期メンバーは不参加。

モーニング娘。の結成日について[編集]

モーニング娘。の結成日については、公式資料やマスコミ報道などにより異なる日付が書かれていることがある。「モーニング娘。の結成日」として解釈できる日が複数あるためであると考えられる。「モーニング娘。の結成日」として解釈できる日としては、

  1. 1997年8月20日 … グループの結成について実際にメンバーに対する意思確認が行われた日
    『モーニング娘。5+3-1』(宝島社)ではこの時を「モーニング娘。誕生の瞬間」としている。
  2. 1997年9月7日 … グループの結成が発表された日(同年8月20日収録分の『ASAYAN』放送日)
    公式サイトや公式資料ではこの日をモーニング娘。の結成日としていることがある。
  3. 1997年9月8日 … プロデューサーのつんく♂が「モーニング娘」を発案した日(「。」はまだない)
  4. 1997年9月14日 … モーニング娘。というグループ名が決定したことが公表された日(『ASAYAN』放送日)
  5. 1997年11月3日 … 5万枚手売り初日(インディーズデビューの日)
  6. 1997年11月30日 … 5万枚手売りを達成し、メジャーデビューが決まった日
    『モーニング娘。×つんく♂』(ソニー・マガジンズ)では結成時のメンバーの在籍期間をこの日からとしている。
  7. 1998年1月28日 … メジャーデビューの日

などがある。つんく♂がモーニング娘。誕生10年記念隊に寄せたコメントでは「モーニング娘。は1997年の9月8日に、お台場フジテレビのとある楽屋で、僕が命名したときに魂が入った」という記述と「2007年11月3日の10歳のお誕生日」という記述がある[17]。この他にCDの販売関係のサイトや資料やマスコミなどでは、インディーズデビューの日やメジャーデビューの日をモーニング娘。が始まった日としているものがある。

追加メンバーの加入日について[編集]

追加メンバーの加入日についても、公式資料やマスコミ報道などで異なる日付が書かれていることがある。結成日と同様に「加入日」と解釈できる日が複数あるためである。

「加入日」として解釈できる日としては、

  1. 加入が実際に決まった日
  2. 加入が本人に伝達された日
  3. 加入が公表された日(合格が発表された番組の放送日)
  4. 初合流したコンサートなどの日
  5. 初参加したCDの発売日

などがある。このうち1と2については公表されないことがあるため、通常は3以降のいずれかの日が加入日とされている。公式資料では加入が公表された日を加入日としていることがある。また、合格発表からコンサートツアーへ本格的に合流するまでの間に、合流する以前のコンサート(1つ前のツアーの最終公演など)に、お披露目として挨拶あるいは1曲だけ公演に参加することもある。6期メンバー以降は、その間にファンクラブの会員を対象とした握手会を行っている。

こうした状況のため、新メンバーが加入した日より後にリリースされたCDや写真集に新メンバーが参加していないということもある。テレビ番組の収録も初参加CDの曲披露までは別行動となることがある。

公表日 お披露目日 コンサート正式合流日 初参加CD発売日
2 1998年5月3日 - 1998年7月12日[解説 1] 1998年5月27日
3 (後藤真希) 1999年8月22日 1999年8月23日 1999年9月19日 1999年9月9日
4 2000年4月16日 - 2000年5月20日 2000年5月17日
5 2001年8月26日 - 2001年10月21日[解説 2] 2001年10月31日
6 (藤本美貴) 2003年1月7日 2003年5月5日 2003年7月19日[解説 3] 2003年7月30日
6 (藤本以外) 2003年1月19日 2003年5月5日 2003年7月19日 2003年7月30日
7 (久住小春) 2005年5月1日 2005年5月6日 2005年7月10日 2005年7月27日
8 (光井愛佳) 2006年12月10日 2007年1月27日 2007年3月17日 2007年2月14日
8 (留学生) 2007年3月15日 2007年5月6日 2007年7月15日 2007年7月25日
9 2011年1月2日 2011年1月2日 2011年4月3日 2011年4月6日
10 2011年9月30日 2011年9月29日 2012年1月2日[解説 4] 2012年1月25日
11 (小田さくら) 2012年9月14日 2012年9月15日 2013年1月2日 2013年1月23日
12 2014年9月30日 2014年9月30日 2015年1月2日 2015年4月15日
  1. ^ モーニング娘。としての初コンサートの日であり、初期・2期メンバーいずれとしても初めてのコンサートである。
    なお、初期・2期メンバー共に初コンサートなので「この日から合流した」という表現には賛否があるだろうが、「合流」には、コトバンクによれば「別々に行動していた人・集団・党派などが一つになること」 という意味もあることから、言葉の使用方法としては問題ない。
  2. ^ 紺野あさ美のみテレビ番組収録中の怪我(うたばん事故)のためこの日は挨拶のみ。曲に合流したのは2001年11月3日からである。
  3. ^ 通常のコンサート以外では2003年5月31日のミュージカル『江戸っ娘。忠臣蔵』にて他の6期より早く合流している。
  4. ^ ただしこれより前の2011年11月23日における『ハロー!プロジェクト モベキマスsingleブスにならない哲学」発売記念イベント』の曲披露に参加しており(レコーディングは不参加)、モーニング娘。としても「LOVEマシーン」など10期加入前の持ち歌を数曲披露している。

加入・脱退(卒業)を繰り返すグループ編成[編集]

モーニング娘。は、「加入と脱退(卒業)を繰り返しながら進化していくグループ」と公式に表明されている。このメンバーチェンジを繰り返しながらグループを存続させていく方法は、音楽評論家の福田一郎がつんく♂に「『メンバーが脱退しても解散しないグループ』として、プエルトリコのアイドルグループMenudoメヌード)を参考にしなさい」とアドバイスをしたことが発端となり、モーニング娘。の着想やハロープロジェクトの構想に至ったことが、2003年10月12日に行われた「福田一郎を偲ぶ会」でのつんく♂の弔辞から明らかになった[18][19][20][21]

とは言え、1997年から1999年頃に出演していたテレビ番組内での状況、そして番組内でのつんく♂やメンバーの発言、コンサートのMCとの矛盾点もあり、1997年の結成当時から加入と脱退(卒業)を繰り返すシステムは実際に考えられていたか、もしくはそのシステムが結成当時から確立していたかなど、不明な点は多い。

  • 後につんく♂は「モーニング娘。はその年(1998年)の紅白に出て解散する予定だった」と語っていること(『モーニング娘。×つんく♂』でのインタビューなど)。
  • メジャーデビューの条件だったCD5万枚手売りに失敗した時、メンバーの追加・脱退がないまま即解散の可能性があったこと(詳細はモーニング娘。の歴史参照)。
  • グループ名の候補に第1期メンバーの属性から連想された名前が挙がっていたこと(詳細は後述のモーニング娘。#グループ名の由来参照)。
  • 1997年から2000年のモーニング娘。のオーディションや活動をドキュメンタリー形式で追ったテレビ番組『ASAYAN』の中で福田一郎がつんく♂に上記のアドバイスを行ったシーンが放送されなかったこと(詳細はモーニング娘。の歴史参照)。
  • 初めて新メンバーの加入が発表された時、当時のメンバーは全く予想していなかったとされ[22]、その時の衝撃が大きかったことは数年後になってもメンバー自身によって語られていること[23]
  • メンバーの加入・脱退が実際に行われた後でもメンバーは加入・脱退を一度だけのものと思っていた節の発言があり、事務所やスタッフから繰り返されるグループであるという説明を受けていない点(福田明日香脱退発表後に出演した1999年3月23日放送の『とくばん』(TBS系)で司会の石橋貴明からのメンバー補充を行うのかとの問いに、中澤裕子は「行わないのではないか」、安倍なつみは「増えないと思います」と答えていたこと)。

メンバーが全員未成年になったことはない。前述の通り未成年でリーダーに就任したメンバーは飯田圭織譜久村聖の2人だけであるが、いずれも20歳以上のメンバーが別に所属していた。飯田のリーダー就任時は保田圭が成人メンバーとして所属しており、飯田が20歳になった時点でも所属していた。譜久村のリーダー就任時は飯窪春菜が成人メンバーとして所属しており、現在も所属中である。

デビュー18年目となる2015年現在も活動を続けており、女性アイドルグループとして特異性が高かったことから、宝塚歌劇団や他のアイドルグループ、歌手ユニットなどとの比較対象として挙げられることがあり、そういった考察をした文献や書籍も多数発表されている。

グループ名の由来[編集]

モーニング娘。」は、「モーニングセットのように『いろいろ付いてくる、盛沢山、おトク感!』を意図したユニット」という理由からつんく♂によって命名された[24]

ユニット名(グループ名)の候補として、つんく♂の命名段階で下記のような名前が理由と共に挙げられた[24]

「モーニング娘。」の「。」について[編集]

  • 当初のつんく♂の命名では「。」が付いていなかった。しかし、当時『ASAYAN』では画面に表示されるテロップのほぼ全てに「。」を付けていた(その理由を番組「ハッピーバースデー!」では「テロップをつけるスタッフが文末に。をつける癖があった」と説明した)ため、ユニット名発表の際(1997年9月14日放送)にもステージ上の画面で「ユニット名はモーニング娘。」と表示されることとなった。それに対して司会のナインティナイン岡村隆史が「僕質問なんですけど、モーニング娘のあと『。』付いてますやん。(中略)あれは『。』は付いてるんですか?」と問いかけたところ、相方の矢部浩之が「ちょっと待ってもらえます。(舞台袖を見ながら)あれ僕の意見でいいすか今、あっそうですか。(正面に向き直り)あの『。』は…要ります!」と言ったため「。」付が正式な表記になった。その後の感想で、漢字のグループ名を希望していた当時のメンバー福田明日香が「漢字も『まる』もついて、お得だな〜」と発言した。
  • TBS系の番組『うたばん』で、「。」について聞かれた時にメンバーのほとんどは不要と答えた。しかし、中澤裕子の誕生日(26歳)を前に1999年6月13日に放送されたフジテレビ系の番組『ハッピーバースデー!』での安斎勝洋による姓名判断で「『。』が付いたことで画数が23画となり、理想的なグループ名となった」と言われた後、肯定的な発言をしている。「。」のない22画ではグループが分裂すると言われているため、後に別の番組でリーダー(当時)の中澤が「『。』は大事」と語っている。
  • シンボルマークもダブルエム(二重にした小文字の「m」、山が1つ多い)に「。」が付いた形で、商標登録されている英語の正式名称も「Morning Musume。」と「。」が付いている。
  • モーニング娘。やハロー!プロジェクトに関連するグループ名、ユニット名、番組名などにも「。」が付いているものが数多くある(「カントリー娘。」、「ココナッツ娘。」、「ミニモニ。」、「エコモニ。」、『ハロー!モーニング。』、『モー。たいへんでした』、「エアモニ。」、『モーニング刑事。』、『江戸っ娘。忠臣蔵』など)。
  • 単語の中に句点を含む語として初めての使用事例ではないが、モーニング娘。が広くメディアに取り上げられたことで、日本語の乱れの例、もしくはそれを広めたきっかけとして取り上げられたことがある[注釈 13]。実際には、草野心平が『河童と蛙』(教育出版の教科書でも取り上げられている詩)の中で文末でないところに「。」を付けた事例などがあり、芸能人でも藤岡弘、の事例がある。

「モー娘。」という略表現について[編集]

  • メンバー自身(特に初期のメンバー)は、自分達のグループを「モーニング」または「むすめ」と呼ぶことがある。
  • 「モー娘。」という表記自体は、当初ファンやマスコミが使い始めた呼び方であったが、所属事務所によって商標登録されており、映画『ピンチランナー』のキャッチコピーで「モー娘。、走る!」として使われている。
  • モーニング娘。、Morning Musume。およびモー娘。はいずれも株式会社アップフロントグループの日本における登録商標(商標登録第4555529号・第4566621号・第4555530号)で、登録呼称は「モーニングムスメ」および「モームスメ」である。なお、モー娘。は存続満了日以降も更新がないが、モーニング娘。においては存続の更新があり、存続満了日は2022年(平成34年)となっている(更新可能)。

特徴[編集]

教育係[編集]

モーニング娘。には、「教育係」という名目で先輩が後輩に指導する慣例がある。中でも3・4期メンバーでは『ASAYAN』で教育指導の模様が放送された。

  • 2期メンバー
    • 教育係の制度はなかった。『ASAYAN』では中澤裕子が叱っている姿が放送された。
  • 3期メンバー
  • 4期メンバー
  • 5期メンバー
    • 教育係の制度はない(2008年4月25日放送の『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』でメンバーが「5期と6期には教育係はいない」と語っている)。
    • 2001年11月2日に放送された『ミュージックステーション』での5期メンバー初登場時に吉澤ひとみ→高橋愛、石川梨華→小川麻琴安倍なつみ紺野あさ美、矢口真里→新垣里沙、という組み合わせで新メンバーの紹介を行った。これを聞いた司会のタモリが「教育担当者が決まっているんですね」と感想を述べたのに対してその場では誰も否定しなかったため、この組み合わせが教育係とされたこともあったが、後にメンバーの発言によって明確に否定されている[注釈 14]
  • 6期メンバー
    • 5期と同様に教育係の制度はない。
    • 「6期メンバーとほぼ入れ替わりで卒業する保田圭が6期メンバーにモーニング娘。の精神を伝える」という企画が2003年5月11日の『ハロー!モーニング。』で放送されており、この時点では教育係という呼び方はされていなかった。2007年11月に行われたYahoo!ライブトークでは保田圭が6期メンバーの教育係であったとされている[25]
  • 7期メンバー
  • 8期メンバー
    • 2008年4月25日放送の『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』において、ジュンジュンは遅刻が多いため、マネージャーが亀井か田中を教育係にすることを検討している、と田中が明かした(その直前に亀井が道重との待ち合わせに必ず30分遅刻するというトークをしていたため、司会者から「亀井ちゃんに教育させたらアカン」とつっこまれている)。
  • 9期メンバー
    • 「教育係はない」という発言が光井愛佳から出ている[26]
  • 10期メンバー
  • 11期メンバー
    • 不明
  • 12期メンバー[27]

メインパート・センターポジション[編集]

初期の楽曲はメイン(主旋律)とハモリ(ハーモニー)で構成されていたことから、『ASAYAN』でメインパート争奪戦として取り上げられていた。「LOVEマシーン」以降のリレー式歌唱でも、サビの歌唱を中心として歌唱パートが多いメインと、その他に区別できる。

人数の増加に伴い、歌唱の中心である「メイン」に加え、ジャケット写真やダンスフォーメーション位置の中心(センターポジション)にいる「センター」も注目されるようになった。センターとメインは必ずしも一致しない。メインやセンターを一度も経験せずにモーニング娘。を卒業したメンバーも多い。

メインやセンターについては多くの場合公式に発表されないため、客観的にも明確な場合もある一方で、誰がメインやセンターなのかはっきりせず、意見が分かれる場合も多い。

パート割り[編集]

  • 歌唱パートの割り振りは、メンバー構成が10人以上の大所帯である時期が多くあるため、曲によってはソロ歌唱フレーズがなかったり、1フレーズのみというメンバーも多い。
  • パート割りがライナー(歌詞カード)に記述されたのは 「女子かしまし物語」のみである。『つんく♂ベスト作品集(上)「シャ乱Q〜モーニング娘。」〜つんく♂芸能生活15周年記念アルバム〜』、『つんく♂ベスト作品集(下)「シャ乱Q〜モーニング娘。」〜つんく♂芸能生活15周年記念アルバム〜』に収録されている19曲については、それぞれの付属のブックレットにパート割りが記載されている。
  • MVでは、各メンバーがそれぞれソロパートが割り当てられている部分でクローズアップされていることがある。
  • 「LOVEマシーン」まではメンバー全員が曲全体のレコーディングを行い、ミックスダウンでパート割りを決定していた。後に、レコーディングでのプロツールスの本格的な導入に伴い、レコーディング時に担当パートのみを歌唱してアレンジすることが多くなる。
  • コンサートなどで卒業・脱退したメンバーが受け持っていたパートは、在籍するメンバーに振り分け、引き継いで歌う。卒業コンサートや『NHK紅白歌合戦』などの特別な場やコンサート構成の都合上メンバーの入れ替えに関係なくパートの変更が行われることもある。

エース格メンバー[編集]

エース格とは、ユニットの中心格(シンボル)という意味である。エースに該当しないメンバーが素質または才能、そして人気が劣っているという意味ではない。エースについては、つんく♂ら関係者やマスコミによって言及されることがあるが、リーダーなどのように公式発表されることはない。

インディーズデビュー曲である「愛の種」とメジャーデビュー曲である「モーニングコーヒー」に関わった桜井鉄太郎によれば、モーニング娘。に関わることとなった時に所属事務所の社員が「オーディションの落選者の中で安倍なつみがずば抜けて資質があるのでソロで売り出したいが、いきなりソロで売り出すのはちょっと早いのでしばらくグループの中で揉ませたい」と語ったことを述べている[28]。実際に安倍はモーニング娘。の初期のすべての曲でメインボーカルを務めており、中でも 「ふるさと」はモーニング娘。名義でリリースされた曲であるにもかかわらずソロパートがあるのが安倍1人であった(残りのメンバーはコーラスのみ)。かつてつんく♂は安倍についてモーニング娘。に在籍しソロデビューもしていなかった頃、当時安倍がユニット活動に参加せずソロデビューもしない理由として、安倍が「モーニング娘。のであり、マザーシップだからモーニング娘。としての活動に専念させている」としばしば語っていたが、ここでいう「顔」や「マザーシップ」は「エース」とほぼ同じ意味だと考えられる。安倍は歌手としてのソロ活動を開始したのはかなり遅かったものの、モーニング娘。初のCMは安倍のソロ出演CMである『SALA』(カネボウ→クラシエ)であり、ソロでの本格的なドラマ出演やソロ写真集の発売などはいずれもモーニング娘。のメンバーの中では安倍が初めてである。

  • エース格:安倍なつみ、後藤真希(共にソロデビュー時)、石川梨華(卒業時[29])、藤本美貴(セクシーオトナジャン結成時)、高橋愛(2005年以降)、田中れいな(2007年以降)、鞘師里保(2012年以降)。

ラブマの法則[編集]

LOVEマシーン」のシングルジャケットに写っている8名は、立ち位置(下記表)の右上から「石黒彩→市井紗耶香→中澤裕子→後藤真希→保田圭→安倍なつみ→飯田圭織→矢口真里」という順番で卒業(脱退)しており、法則があるとされていた。

飯田 保田 中澤 石黒
矢口 安倍 後藤 市井

通算3人目の卒業者となる中澤卒業後の2001年6月頃にネット上で話題となっているが、それ以前にも2人目の市井卒業時にネット上で議論されたことが確認されている。安倍卒業時にマスコミでも話題となったが、「LOVEマシーン」リリース時に在籍していない希美と加護亜依の卒業により法則は破られたと考えられた。最初に卒業した福田明日香も「LOVEマシーン」のリリース時に在籍していなかったという反論がある上、その後、飯田圭織が卒業した後にジャケット写真8名の立ち位置左下の矢口真里が最後に脱退した経過を考えると、法則は破られていないという考え方もある。

2005年5月11日放送の『トリビアの泉』や、『アッコにおまかせ!』、『情報プレゼンター とくダネ!』で報道していた。矢口が脱退した時も『ブロードキャスター』内のコーナー「お父さんのためのワイドショー講座」で放送された。

メンバー自身がこの件について言及したのは2003年4月24日放送の『うたばん』(TBS系)である。この回では保田のモーニング娘。からの卒業を主題とした構成になっており、その一環として当時のリーダーだった飯田が「LOVEマシーンのジャケットに関する噂」として話している。

楽曲オリジナルメンバー[編集]

2015年5月現在、モーニング娘。の最古参メンバーは9期メンバーの譜久村聖・生田衣梨奈・鞘師里保・鈴木香音であり、各シングル曲発売時に現在のメンバーが音源に含まれる楽曲として一番古いのは、45枚目のシングル「まじですかスカ!」である。それ以前のメンバーは全員卒業または脱退しているため、過去の楽曲は卒業メンバーのパートを引き継いで歌い続けている。

  • 2005年夏のハロー!プロジェクトコンサートでは、当時の卒業メンバーである中澤裕子・飯田圭織・安倍なつみ・保田圭・後藤真希・石川梨華・希美・加護亜依が「LOVEマシーン」を披露した(この時矢口真里は司会扱いで不参加であったが、同年大晦日の『第56回NHK紅白歌合戦』で実現した)。現在でも現役メンバーが同曲をコンサートで歌い続けている。

グループ内ユニット・レンタル[編集]

モーニング娘。は、グループ内ユニットとしての「タンポポ」、「プッチモニ」、「ミニモニ。」などの活動も活発だった。

グループ内ユニットとは、結成から長らくメイン歌唱の安倍なつみに対してコーラス担当となっていた飯田圭織と石黒彩の歌唱力を活かすため、グループ内ユニットである「タンポポ」が発案され結成されたことが始まりである。追加メンバー3名からは声の相性を重視して矢口真里が選抜された。『ASAYAN』の企画としても注目が集まり、「メンバーの個性を高めてモーニング娘。に還元する」循環の成功事例となった。

この成功に続いて「プッチモニ」が結成され、モーニング娘。に続くミリオンセラーとなる。続く「ミニモニ。」はハロー!プロジェクトから「ココナッツ娘。」のミカを迎えて70万枚を超える大ヒットを記録する。この方向性をさらに進め、モーニング娘。のメンバーを既存のハロプロユニットである「カントリー娘。」に加えるレンタルを開始した。

2002年7月31日のユニット改編(タンポポ、プッチモニ、ミニモニ。のメンバー総入れ替え)の結果、タンポポはシングル1曲のみ、プッチモニはアルバム収録曲のリリースはあったもののシングルリリースなしで両ユニットとも活動休止状態に、ミニモニ。も改編後の路線変更を前後して売り上げが半減し、2004年5月のミカの卒業をもって活動を停止した。

2004年6月には「エコモニ。」が結成され、環境活動限定ながらアルバム曲が収録されるなど活動を続けている。2006年からはグループ内ソロユニットの「月島きらり starring 久住小春 (モーニング娘。)」やハロプロ枠内のユニット「GAM」、「きら☆ぴか」、「アテナ&ロビケロッツ」、「MilkyWay」、「High-King」といったユニット活動が再開している。「モーニング娘。さくら組」、「モーニング娘。おとめ組」もグループ内ユニットとして扱われるのか否かは見解が分かれている。

2009年7月15日に発売された『チャンブル①〜ハッピーマリッジソングカバー集〜』でチャンプルユニットが結成され、High-Kingに加え、タンポポに亀井絵里光井愛佳、ミニモニ。にリンリンZYXに新垣里沙と久住小春、美勇伝に道重さゆみとジュンジュンがそれぞれ参加し、「タンポポ#」、「新ミニモニ。」、「ZYX-α」、「続・美勇伝」として活動した。

円陣および気合い入れ[編集]

モーニング娘。は、ライブやテレビ番組の本番前などに、控え室や舞台袖といった場所でメンバー全員が集合して円陣を組み、右手を重ね合わせ、掛け声によって気合い入れを行うことが仕来りになっており、モーニング娘。の歴史において欠かすことのできない独特の習慣である。メンバー間の絆や結束力を高め鼓舞し、『最高のパフォーマンスをしよう』という意思確認の目的で結成当時から行われている。

がんばっていきまっしょい!!
円陣を組み、リーダーが差し出した手の上からほかのメンバーが手を重ね、「がんばっていきまっ」(リーダー格のメンバー)「しょい!!」(メンバー全員)という掛け声を合わせる。この気合い入れはモーニング娘。のライブDVDや『ASAYAN』、『ミュージックステーション』などでも公開されている。通常は舞台裏で行われるが、2006年の『第57回NHK紅白歌合戦』ではステージ上で行われた。これは1995年に「坊っちゃん文学賞」を受賞した敷村良子原作の小説『がんばっていきまっしょい』が由来である。1998年にはこの小説が映画化され、これが縁となり、飯田圭織は同映画主演の田中麗奈と親友になった。
ダンシング シンギング エキサイティング
主にハロプロライブのときにハロプロメンバー全員での気合い入れ時の掛け声である。メンバー全員で両手をつなぐように円を作り、一斉に掛け声を合わせる形を取っている。「ダンシング シンギング エキサイティング」(リーダー格のメンバー)「ダンシング シンギング エキサイティング、オー!」(メンバー全員)という形になる。こちらも度々ハロプロのライブDVDなどに収録されている。

モーニング娘。さくら組とモーニング娘。おとめ組では下記の気合い入れも行っていた。

気持ちを合わせて頑張っていきますさくら
モーニング娘。さくら組の気合い入れ。「気持ちを合わせて頑張っていきます」(リーダー格のメンバー)+「さくら」(メンバー全員)。
おとめファイト
モーニング娘。おとめ組の気合い入れ。「おとめ」(リーダー格のメンバー)+「ファイト」(メンバー全員)。

この他にも、ハロプロの各グループごとに独特の気合い入れや掛け声が存在する。

卒業セレモニーでのサイリューム企画[編集]

モーニング娘。の各メンバーにはメンバーカラーが存在し、そのカラーと同じ色のサイリュームをライブで使用することなどから、誰のファンなのかを明確にするようになっているが、その該当メンバーの卒業時にはメンバーカラーのサイリューム一色で会場を染める卒業セレモニーの企画が行われる[30][31][32]。起源は2002年9月23日、モーニング娘。の横浜アリーナ夜公演でタンポポ登場時に行われた、黄色いサイリュームで会場を一色に染めた「タンポポ祭り」である。これはDVD『モーニング娘。LOVE IS ALIVE!2002夏 at 横浜アリーナ』にも収録された。以降卒業メンバーへの感謝の意味も込めたファンの贈り物として定着し、新聞や雑誌、マスコミやワイドショー番組などでも取り上げられた。この企画は後輩達に受け継がれ現在も続いている。現在は卒業公演だけでなく、凱旋コンサート(メンバーの出身地で行われるコンサート)や生誕祭(メンバーの誕生日、もしくは誕生日付近に行われるコンサート)でも行われ、後にハロー!プロジェクトの他ユニットでも行われるようになった。

作品・出演など[編集]

主な記録[編集]

オリコン記録[編集]

シングル[編集]

モーニング娘。は邦楽アーティストあるいは女性グループとして以下のオリコンのシングル主要5部門でトップ記録を独占し[33]、2015年3月現在もそのうちの2部門でトップ記録を維持し続けている。

また、シングルについては他にも以下のトップ記録がある。

  • 90年代00年代10年代の3年代で1位記録(1990年代 - 2010年代)(女性グループ史上初)[37]
    • 1998年9月発売の3rdシングル「抱いてHOLD ON ME!」で記録が始まり、2000年5月発売の「ハッピーサマーウェディング」、2013年1月発売の「Help me!!」で記録を達成。この記録は女性グループ史上初の記録となった。
  • シングルCDオリコントップ5作品数:56作(女性アーティスト1位)[注釈 1]
    • 全シングル中でトップ5に入らなかったのは、1998年1月発売のメジャーデビューシングル「モーニングコーヒー」、2007年11月発売の35thシングル「みかん」、2010年11月発売の44thシングル「女と男のララバイゲーム」の3作品(いずれも最高6位)であり、これら以外の56作品はすべてトップ5にランクインしている。
  • シングルCDオリコン連続トップ5記録:33作(女性グループ1位)
    • 1998年5月発売の2ndシングル「サマーナイトタウン」で記録が始まり、2007年7月発売の34thシングル「女に 幸あれ」まで継続した。しかし、同年11月発売の35thシングル「みかん」の最高位が6位であったため、記録が途切れた。
  • シングルCDオリコン連続トップ3獲得年数:18年(女性グループ1位)
    • 1998年9月発売の3rdシングル「抱いてHOLD ON ME!」で記録が始まり、2015年4月発売の58thシングル「青春小僧が泣いている/夕暮れは雨上がり/イマココカラ」で記録を18年連続に伸ばし、現在も記録を更新中。
かつてのトップ記録

※以下の記録はどちらも他アーティスト(AKB48)に更新され、2015年3月現在では2位となっている。

  • 女性グループシングルCDオリコン1位連続獲得年:6年(1998年 - 2003年)
  • 女性グループシングルCD総売上枚数
    • 2007年4月発売の33rdシングル「悲しみトワイライト」の初登場週においてシングルCD総売上が1,108.5万枚に達し、それまで1位だったピンク・レディーを抜いて1位を達成した。同曲は翌5月7日付けのオリコンシングルチャートで初登場2位を記録している。通算CDセールスが1,000万枚を突破したのはピンク・レディー、SPEEDに続き女性グループ史上3組目である(2003年7月発売の19thシングル「シャボン玉」で1,000万枚を突破)。
  • 女性グループシングルCD1位通算獲得数。
    • 1998年9月発売の3rdシングル「抱いてHOLD ON ME!」で記録が始まり、2003年4月発売の18thシングル「AS FOR ONE DAY」でそれまで1位だったピンク・レディーとタイ記録となり、2006年11月発売の31stシングル「歩いてる」で単独1位となった。その後2014年1月29日発売の55thシングル「笑顔の君は太陽さ/君の代わりは居やしない/What is LOVE?」で通算15作目の1位を獲得している[38]

アルバム[編集]

アルバムについても以下の2部門でトップ記録を有しており、上述のシングルの記録と合わせて「7冠」とされることもある。

  • アルバム連続TOP10獲得年数:10年(1998年 - 2007年)(女性グループ最高記録)
  • アルバム通算TOP10獲得作品数:14作(女性グループ最高記録)
    • 1998年7月発売の1stアルバム『ファーストタイム』で記録が始まり、2010年3月発売の10thアルバム『⑩ MY ME』で通算12作目となり、女性グループ歴代1位記録となった。

その他の記録[編集]

  • ミュージックDVDオリコン1位回数:19作(女性グループ最高記録)
  • ミュージックDVD総売上枚数:約274万枚(かつての歴代1位、現在は2位)
    • 2010年にに歴代総売上枚数1位記録を更新され[39]、歴代2位・女性アーティスト1位記録についても翌年に浜崎あゆみに更新されているが[40]、後に再び逆転している[41]

世界記録[編集]

  • 「1店舗における同一CDの1日の売り上げ枚数」の世界記録 : 15,612枚(1997年11月3日大阪・HMV心斎橋での「愛の種」手売りイベント)[42]

NHK紅白歌合戦関係[編集]

  • 女性グループとして最多出場 : 10回(1998年 - 2007年)
  • 最多初出場(3回) : 後藤真希(モーニング娘。・後藤真希・DEF.DIVA)(1999年の第50回・2003年の第54回・2005年の第56回)、藤本美貴(藤本美貴・モーニング娘。・GAM)(2002年の第53回・2003年の第54回・2006年の第57回)
  • 平成生まれの出場歌手第1号 : 道重さゆみ田中れいな(2003年の第54回)。

NHK紅白歌合戦出場歴[編集]

ここではモーニング娘。として出場したもののみ表記。

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手 備考
1998年(平成10年)/第49回 抱いてHOLD ON ME! 02/25 TOKIO
1999年(平成11年)/第50回 2 LOVEマシーン 01/27 DA PUMP
2000年(平成12年)/第51回 3 ハッピーサマーウェディング
大晦日スペシャル[注釈 15]
12/28 平井堅
2001年(平成13年)/第52回 4 Mr.Moonlight
〜愛こそがザ☆ピ~ス!〜
10/27 吉幾三
2002年(平成14年)/第53回 5 ここにいるぜぇ!
そうだ! We're ALIVE 2002 Ver.
10/27 Gackt
2003年(平成15年)/第54回 6 Go Girl 〜恋のヴィクトリー〜 07/30 Gackt(2)
2004年(平成16年)/第55回 7 2004年 愛・涙・キッス
紅白スペシャル[注釈 16]
02/28 w-inds. W(ダブルユー)と
合同で出演
2005年(平成17年)/第56回 8 気がつけば好きすぎて♪盛り上がって♪
LOVEマシーン!
05/29 コブクロ 松浦亜弥&DEF.DIVA
と合同で出演
2006年(平成18年)/第57回 9 Thanks! 歩いてる 2006
Ambitious バージョン
05/27 Aqua Timez GAMと合同で出演
2007年(平成19年)/第58回 10 Special LOVE Mix
〜幸せの平成20周年 Ver.〜[注釈 17]
01/27 美川憲一 ハロー!プロジェクト10周年記念
紅白スペシャル隊として
Berryz工房、 ℃-uteと
合同で出演
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。
  • 対戦相手の歌手名のカッコ内の数字はその歌手との対戦回数を表す。

獲得音楽賞[編集]

新聞記事・広告[編集]

  • 2000年頃から、スポーツ紙の他、モーニング娘。の記事や広告などが一般紙にも掲載されている。中でも一時期に読売新聞が記事や広告を掲載していたが、下記のような企画も行われた。
    • 2000年12月28日付けの夕刊には、20世紀末にちなみ、ほとんどの広告が「モーニング娘。のゆく世紀・くる世紀」として掲載された。
    • 2002年のミュージカル『モーニング・タウン』にはキリンビバレッジと共同でスポンサーを務めた。この時期には読売新聞の新規購読者に特典として「モーニング娘。目覚し時計。」が配布されており、同年1月には既存の購読者にもモーニング娘。のポスターやカレンダーが配布された。
    • 2007年1月16日付けの朝刊には、見開きの2ページにわたってモーニング娘。結成10年をアピールする全面広告が掲載された。内閣の組閣写真を模した写真に1〜8期の全メンバー23人(当時)の巨大な顔がコラージュされた写真が使われ、中央に「それではいっしょに唄いましょう。」、下に「構造改革は行いますが、解散は致しません。今年9月に10周年を迎えるモーニング娘。です。」というキャッチコピーが添えられた。なお、この広告は同日、日本経済新聞(東日本地区のみ)の朝刊にも掲載された。
    • 2000年7月18日夕刊に掲載された中澤裕子単独インタビューでは、一般紙として初めてモーニング娘。に「国民的アイドル」の表記を使用した(別冊宝島608『モーニング娘。バイブル』〈宝島社〉の調査による)。
  • 2007年3月24日付けの朝日新聞夕刊の中で、1面広告で8枚目のアルバム『SEXY 8 BEAT』の宣伝を行った。

その他[編集]

  • モーニング娘。は、中学生以下のメンバーの染髪・ピアスを禁止している。中学生時代にピアスを付けていたのは後藤(中2:オーディション時、1999年暮れ)、田中(中1:オーディション時、中3:2005年 - )、吉澤(中3:2000年10月 - )だった。石黒は耳の他、鼻にもピアスをしていた。
  • 2003年6月3日には、神奈川県横浜市と日本演劇興行協会が構造改革特区の1つとして午後10時まで延長する「子役特区」を提案した。鴻池祥肇特区担当大臣(当時)が「モーニング娘。特区」と名付けて実施を目指していたが、坂口力厚生労働大臣(同)は「義務教育を受けるためにも限界がある」と慎重な姿勢を示していた。内閣府で行われた同年9月3日の会談で坂口厚労相が「9時までは認める」と述べたのに対し、鴻池担当相が「それでいいです」と応じたという。これにより、2004年11月16日の労働政策審議会に対する答申にて、2005年1月1日から全国的に演劇などへの13歳未満の子役の出演が従来の午後8時までから午後9時までに延長されることとなった。
  • モーニング娘。はアメリカヨーロッパアジアなど海外にも熱狂的ファンがおり、数十万規模の私設ファンクラブが多数存在する。特にアジア(主に台湾、香港、韓国)ではジャニーズ安室奈美恵など他の日本人アイドルと共に人気が高い(中国語圏での表記は「早安少女組」。この表記については2007年5月20日の『ハロモニ@』で取り上げられた)。2006年7月に卒業メンバーの後藤真希が韓国で同国のファンへのイベントを開催し、11月に同国でライブを開催した。モーニング娘。も同年12月10日の光井加入時に「2007年は結成10周年の年であり、2007年をアジアの中の日本として位置付ける」ことや、翌2007年3月15日に中国人留学生のジュンジュンとリンリンが加入したこともあり、ハロプロ全体でアジア戦略を模索している。その影響を受けて、モーニング娘。のアジア進出が同年10月より具体的に動き出した。
    • 2007年10月26日〜28日、高橋・新垣・久住の3人で韓国を、同月29日〜31日にはメンバー9人全員で台湾をそれぞれ訪問し、10周年ベストアルバムの、両国での公式リリースのプロモーションとして実現した。両国共に多数のメディア取材があり、テレビ・ラジオ出演を果たした。台湾では公式ファンクラブイベントがあり、ファンの前で4曲を披露した。
    • 2008年5月24日に初の台湾公演を行った。これに先立って同年4月16日からの数日間、高橋・田中・ジュンジュンの3人による台湾公演のPR活動を行った。6月1日に初の韓国公演、同月28日には2010年の上海万博に先駆けて行われるコンサート『放歌世博』に日本人アーティストとして初出演した。
    • 2008年4月16日に発売された36thシングル「リゾナント ブルー」は、日本・韓国の同時リリースを実現した。
    • 2000年代後期以降はアジアに留まらず、アメリカ、ヨーロッパにも活動の場を広げている。2009年にロサンゼルスで開催された「Anime Expo」で特別ゲストとしてライブを開催し、ファン8,000人を動員した。2010年にパリで開催された「Japan Expo」では主賓ゲストとして初の有料ライブを開催。ファン4,000人を動員し、現地マスコミから「モーニング娘。こそが日本のアイドル文化の象徴だと思う。歌やダンスの見せ方、ショーのクオリティーは本当に高い。長年のオファーが叶って嬉しい」と評価され、欧米での人気の高さを証明した。
  • 2003年9月にモーニング娘。およびハロプロの選抜メンバーによる芸能人フットサルチーム「Gatas Brilhantes H.P.」(現在同チームからのモーニング娘。メンバーはなし)が結成された。2006年1月にはキックベースボールチーム「メトロラビッツH.P.」も結成している(現在活動休止中)。
  • 自衛官募集のポスターでは、起用された人物は自衛官の制服を着用して写るのが通例だったが(細川ふみえ岡田有希子の例)、モーニング娘。はそのポスターに初めて通例が破られる形(自衛官制服非着用)で採用された。
  • グループ在籍中は男女交際そのものが禁止とされる。2000年には安倍なつみ押尾学の自宅マンションに出入りしたことが写真週刊誌『FOCUS』に掲載され、それを受け事務所が「アイドルの自覚が足りないと注意した」ことが「スポーツ報知」で報じられた。石黒彩もかつて「恋人ができたら解雇だと言われた」と番組で告白したことがある。特にリーダーの地位にある場合は他のメンバーの規範となることが求められ、在任中に恋愛スキャンダルが発覚した3代目リーダーの矢口真里と5代目リーダーの藤本美貴は共に自主的に脱退したとされる。矢口の脱退は、公的には恋愛が理由とはされていない。

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ a b トップ10に入らなかった作品として「むてん娘。」名義でリリースされた「あっぱれ回転ずし!オリコン芸能人辞典>モーニング娘。>あっぱれ回転ずし!や、2005年3月2日に再発売されたシングル(例:「モーニングコーヒーオリコン芸能人辞典>モーニング娘。>モーニングコーヒー)がある。ちなみにオリコンでは「デビューからのシングル連続トップ10記録」歴代1位はSMAPとしている(『【オリコン】SMAP、史上初のデビュー曲から50作連続TOP10入り』. ORICON STYLE. 2013年6月11日)。
  2. ^ モーニング娘。の作品・出演一覧オリコン記録の欄を参照
  3. ^ 黄緑への変更は2012年7月4日に発表された。
  4. ^ その後、2011年から約12年ぶりに音楽活動を再開し、現在はPEACE$TONEのメンバーの 一人(asuka名義)として活動している。
  5. ^ 結成から中澤卒業までのモーニング娘。の歴史が掲載されている『ASAYAN』公式サイトなどでは現在でも「脱退」という表現で統一されている(ASAYAN公式サイト:モーニング娘。)。
  6. ^ 例:『モーニング娘。×つんく♂』『モーニング娘。×つんく♂2』
  7. ^ 例:『モーニング娘。誕生10年記念本』や『モーニング娘。 ALL SINGLES COMPLETE 〜10th ANNIVERSARY〜』初回限定版の付属ブックレット
  8. ^ 例:『モーニング娘。×つんく♂2』
  9. ^ 例:『モーニング娘。の変せん』『さいたまスーパーアリーナライブドキュメント速報 モーニング娘。 最初で最後の16人』(サンケイスポーツ特別版、2003年5月9日)
  10. ^ 2008年、ファンクラブ会員向けに出版された『ハロテン検定ドリル』によると、中澤がリーダーであった期間は「3年3か月だった」とされているため、逆算によりリーダー就任は1998年1月となる。
  11. ^ 公表されたのは『ハロー!モーニング。』2003年8月3日放送分にて矢口本人より。
  12. ^ 公表されたのは『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』2005年7月15日放送分にて藤本本人より。
  13. ^ 天声人語句読点』」(朝日新聞、2006年1月7日)、「天声人語(2006年1月 - 6月)」(朝日新聞社、2006年9月発行) ISBN 4-0225-0225-8 などに掲載。
  14. ^ 2008年4月25日放送の『音楽戦士 MUSIC FIGHTER』において、出演したメンバーが「5期と6期には教育係はいない」と語っている。
  15. ^ 「ハッピーサマーウェディング」「LOVEマシーン」「I WISH」のメドレー
  16. ^ 「愛あらばIT'S ALL RIGHT」「涙が止まらない放課後」「ロボキッス」のメドレー
  17. ^ LOVEマシーン、ザ☆ピ〜ス!、恋愛レボリューション21(モーニング娘。)、付き合ってるのに片思い(Berryz工房)、都会っ子 純情(℃-ute)、LALALA 幸せの歌(ハロプロワンダフルオールスターズ)

出典[編集]

  1. ^ Morning Musume オールミュージック
  2. ^ モーニング娘。原点回帰!! 新曲「リゾナントブルー」. BARKS. (2008年3月6日)
  3. ^ a b ハロー!プロジェクト15周年記念 モーニング娘。3時間スペシャル「あなたは、本当のモーニング娘。を知っていますか? 〜15年間の過去!現在!!未来!!!〜」”. スペースシャワーTV プラス. 2012年10月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2013年1月17日閲覧。
  4. ^ 旧・アップフロントエージェンシー
  5. ^ モーニング娘。に関してのお知らせ”. ハロー! プロジェクト オフィシャルサイト (2013年12月6日). 2015年1月1日閲覧。
  6. ^ 『「モーニング娘。」の失われた10年』. YUCASEE MEDIA. (2011年10月4日)
  7. ^ 『「鳥肌が立ちました!」 モーニング娘。のパリ公演に4000人が大興奮』. BARKS. (2010年7月3日)
  8. ^ アイドルの海外進出:モーニング娘。のワールドワイド・ルネサンス”. CNNGo (2010年8月12日). 2012年7月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年10月14日閲覧。
  9. ^ 高橋愛ブログ記事モーニング娘。リリース特設サイト|50thシングル One two three/The 摩天楼ショーモーニング娘。10期メンバー緊急生配信〜さよならチョコレート〜スペシャルを参照。
  10. ^ a b c モーニング娘。13枚目ニューアルバム9月発売、そしてメンバー・飯窪春菜から重大(!?)発表”. web De☆View. オリコン (2012年7月28日). 2012年7月29日閲覧。
  11. ^ つんく♂公式Twitter
  12. ^ a b c d モーニング娘。’15工藤 遥と12期メンバーのGRADATIONグッズ紹介”. UF Goods Land (2015年3月12日). 2015年3月12日閲覧。尾形春水:0分36秒 - 1分25秒。野中美希:1分26秒 - 2分31秒。牧野真莉愛:2分33秒 - 3分19秒。羽賀朱音:3分21秒 - 3分57秒。
  13. ^ 高橋愛ブログ記事Hello!Project 過去グッズ紹介コーナー
  14. ^ 公式サイト 『モーニング娘。』リーダー「矢口真里」についての重要なお知らせ
  15. ^ 『ずっと後ろから見てきた』(中澤裕子・著、2003年11月17日、ワニブックス)、137頁。
  16. ^ 「モーニング娘。」、『CDジャーナル』第56巻第20号、音楽出版社、2012年2月、 11頁。
  17. ^ モーニング娘。誕生10年記念隊”. つんく♂オフィシャルウェブサイト. つんく♂ネット. 2013年1月17日閲覧。
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  20. ^ 聞いてください…18人モー娘。熱唱”. デイリースポーツ (2003年10月13日). 2003年11月27日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年10月19日閲覧。
  21. ^ 18人で熱唱 モー娘。“生みの親”しのぶ”. めざましテレビ. MU-HA (2003年10月13日). 2003年12月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年10月19日閲覧。
  22. ^ 『モーニング娘。5+3-1』(1999年10月13日、宝島社、ASAYAN 編)、151頁、ISBN 4-796616047
  23. ^ 「増員」、『ずっと後ろから見てきた』(中澤裕子・著、2003年11月17日、ワニブックス)、148頁。
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  26. ^ 『モーニング娘。のオールナイトニッポンモバイル』 「9期メンバーについての質問にバンバン答えます!」(2011年2月16日配信分)より。
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  28. ^ 別冊宝島608『モーニング娘。バイブル』(宝島社、2001年9月29日発行)掲載の桜井鉄太郎のインタビューより
  29. ^ “全国ツアー直前に決起集会ランチ−美勇伝”. サンケイスポーツ. (2005年8月21日). オリジナル2008年4月2日時点によるアーカイブ。. http://wayback.archive.org/web/20080402030059/http://www.sanspo.com/geino/idol/ha/biyuden/20050821.html 2013年1月17日閲覧。 
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  37. ^ “【オリコン】モー娘。3年8ヶ月ぶり首位! 女性グループ史上初の3年代シングル1位”. ORICON STYLE (オリコン). (2013年1月29日). http://www.oricon.co.jp/news/rankmusic/2021089/full 2013年1月29日閲覧。 
  38. ^ “【オリコン】モー娘。17年目で初の4作連続1位 リーダー道重「勝負の年」”. ORICON STYLE (オリコン). (2014年2月4日). http://www.oricon.co.jp/news/2033659/full/ 2014年9月30日閲覧。 
  39. ^ “嵐がミュージックDVD総売上枚数273万枚で歴代1位、モー娘。の記録を抜く”. ORICON STYLE (オリコン). (2010年4月14日). http://www.oricon.co.jp/news/rankmusic/75293/full/ 2010年4月14日閲覧。 
  40. ^ “浜崎あゆみ、音楽DVD総売上で女性アーティスト首位に”. ORICON STYLE (オリコン). (2010年6月14日). http://www.oricon.co.jp/news/rankmusic/87335/full/ 2013年7月3日閲覧。 
  41. ^ “【オリコン】嵐、DVD総売上700万枚突破の金字塔”. ORICON STYLE (オリコン). (2013年1月9日). http://www.oricon.co.jp/news/rankmusic/2020408/full/ 2013年7月3日閲覧。 
  42. ^ 2011年12月4日放送『EXILE魂』(ドリームモーニング娘。出演)より。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]