森脇健児

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森脇 健児
本名 森脇 健児
ニックネーム 健ちゃん、健児、走る男、モリケン、ポスト明石家さんま
生年月日 1967年2月5日(49歳)
出身地 日本の旗 日本大阪府枚方市
血液型 AB型
身長 171cm
方言 関西弁
最終学歴 桃山学院大学社会学部
師匠 若井はやと
芸風 漫談コント
事務所 松竹芸能
活動時期 1984年3月17日 -
現在の代表番組 炎の体育会TV
過去の代表番組 笑っていいとも!
ざまぁKANKAN!
夢がMORI MORI
らくらぶ。
らくらぶR
走る男シリーズ 他
配偶者  既婚
受賞歴
上方お笑い大賞 話題賞(1989年)

森脇 健児(もりわき けんじ、1967年2月5日 - )は、日本お笑いタレントラジオパーソナリティー。本名同じ。

大阪府枚方市出身。松竹芸能所属。枚方市立殿山第一小学校枚方市立第一中学校洛南高等学校桃山学院大学社会学部卒。身長171cm、体重63kg。スリーサイズ B:92 W:76 H:96 。靴サイズ26.5cm 。趣味 マラソン、野球観戦、スポーツ観戦。京都市在住。2010年より京都美山高等学校特別顧問。既婚、1男1女あり。

来歴・人物[編集]

高校時代から地元枚方のライブハウス『ブロウ・ダウン』で自主企画イベントを数多く開催していた。

高校2年の時に「第1回松竹芸能タレントオーディション」に合格。1984年3月17日松竹芸能の所属となり、6月にエキスタ寄席で初舞台を踏む。その後、若井はやとに弟子入りする。1988年から山田雅人とのコンビで『ざまぁKANKAN!』、『森脇健児の青春ベジタブル』をはじめとする関西ローカルの番組に出演し、近畿圏で人気を博する。

その後、1990年代に入ってから東京に進出し、一時はバラエティ番組で司会を務めたりドラマに出演したが、『笑っていいとも!』降板や『夢がMORI MORI』等の主だったレギュラー番組終了の後、全国区でメインとなるレギュラー番組が獲得できず、1999年(平成11年)に近畿圏へ戻る。

エピソード[編集]

  • 桃山学院大学に在学中、『ざまぁKANKAN!』等の出演に忙殺され、勉学に支障をきたすようになり、留年を繰り返したが、大学の規定により7年以内に卒業要件を満たせなければ除籍処分とされるところを常勤教授陣の計らいでなんとか卒業させてもらう。
  • 森脇はTKOとも関係が深い。当時松竹芸能の養成所に所属していたTKOは、森脇が出演していたKBS京都のラジオ番組『森脇健児の青春ベジタブル』で、コンビ結成初めての放送出演を果たす。当時は「ベンチウォーマーズ」としてのイズなどと一緒に松竹芸能タレント総勢11名と一緒に出演。ラジオ・コント・ジングルなどで活躍した。
  • 1993年9月22日放送の『タモリのボキャブラ天国』最終回スペシャルで、田中義剛と森脇の作品が「問題外」とされた。
  • ダウンタウンは大阪にいる頃から森脇を嫌っており、後に『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』でのクイズ企画で、「面白くない芸人は誰でしょう?」という問題に、松本人志をはじめとする回答者は一斉に森脇の名前を挙げた。ゲスト回答者であった久本雅美は「山田くん、ゴメーン!」と言いながらフリップに「山田雅人」と書いた。
  • 1995年、東京帽子倶楽部による『ハットグランプリ'95』男性の部において1位に選ばれる。これは最も帽子が似合うと思われる人物をWEB投票によって決める賞である。
  • 2003年9月29日、『マネーの虎』(日本テレビ系)で、初の現役芸能人志願者として、「京都の町家を劇場に改装する」旨の構想に1811万円の出資を希望したが、事業計画の甘さがネックとなり、パトロン候補者である『虎』達からの怒号や非難に耐え切れず号泣した挙句、結局ノーマネーに終わった。
  • 2010年より京都美山高等学校の「特別顧問」に就任。長年ラジオで共演してきた同高校の校長である大野実の推挙によるもので、今後スクーリングなど様々な活動で支援していくという。
  • 鉄道ファンで、特に出身地を走っている京阪電車が大好き。2010年にはTwellVの番組『鉄道写真物語 1枚にかける旅』に出演、島崎俊郎との鉄道写真対決に勝利した。
  • コブクロが京都で路上ライブを行っていたときに森脇健児から声をかけられ、ラジオ番組『森脇健児の突撃!日本列島』へ出演したことがある。
  • 福岡ソフトバンクホークスの熱狂的ファンであり、球団名が南海ホークス時代からのファンである。『オールスター感謝祭』などでは、ダイエー時代のジャンパーやソフトバンクのユニフォームなどを着て出演している。また、パ・リーグ全体についても詳しい。
  • 「ハゲは一気に来る」を一貫した持論としており、20代前半の頃から薄毛であることをバラエティ番組で頻繁にネタにされていた。また、育毛剤CMにも出演していたこともある。現在は針治療により回復したことが後輩芸人達から語られている。
  • 子供の頃から好き嫌いが多く、現在もトマトきゅうりが食べられない。
  • 明石家さんまが『痛快!明石家電視台』で語ったところによると、森脇はさんまに初めて会った際、「さんまさん、僕走りならさんまさんに負けないですよ!」と言い放ったという。
  • 全盛期にCDをアルバム・シングル共に2枚ずつ出している。しかし、当の本人は歌唱を極端に苦手としており、本人出演の番組では共演者に「森脇健児のCDを聴いて、音がいくつ外れているかを数える」などとイジられることが多かった。TBSの番組で「チャート20位以内に入らなかったら、嫁さんの顔を全国に晒す」という罰ゲームを公約したが、当の妻が猛反発。結局、チャート20位以内・公約の実施という双方を実現できず、番組内でひんしゅくを買うこととなった。
  • 笑っていいとも!』において、全曜日でレギュラーを務めたのは森脇と香取慎吾の2名のみ。
  • 年間100日ロケに出ていた。
  • 2014年8月放送の『ナカイの窓』スペシャルにおいて全盛期の年収は約8000万円、低迷期は600万円と告白した。現在は850万円以上と口を濁している。
  • 東京のテレビ局に呼ばれた場合の移動手段に「のぞみ」ではなく「こだま」を利用している(ただし、午前中までに東京に着かなければならない場合や、東京から大阪に戻るときは「のぞみ」を利用することもある)[1]。その理由は「全国ネットに向けて気持ちを高めるには、のぞみでは早すぎるから」としているが、安田大サーカス団長安田によると「実際は格安チケットで安く移動してるだけ」とのこと。
    • 2015年6月30日に発生した東海道新幹線火災事件においては、東海道新幹線で移動中だった多くの芸能人が足止めで仕事キャンセルを余儀なくされる中、森脇は前述のとおりこの日も「こだま」で東京に向かっており、掛川駅停車中に事件が発生。「のぞみ」だと通過線になってしまい降りられないが、「こだま」なので降りることができたため掛川駅からタクシーで東京まで移動し、若干の遅刻で難を逃れることができた[1]
  • 2016年4月13日レニー・アブラハムソン監督作品「ルーム」を映画館に観に行った際、スマートホンをトイレに水没させた事を2016年4月16日放送のKBS京都ラジオ「サタデースタジアム」で公表した。「LINEもTwitterもメールもでけへん。docomoに修理で預けてあるわ」とdocomoユーザーである事もカミングアウトしていた。

スポーツ関連[編集]

  • 京都の高校陸上競技史上に名を残す洛南高校「森脇三兄弟」の次男(真ん中っ子)であり、現役時代にはインターハイで100m11秒02をマークした。
  • 1995年、ワタナベボクシングジム所属でフェザー級プロボクシングライセンス取得。忙しいながらも渡米に備え英会話と空手を習う吉田栄作のストイックさに影響を受け、ボクシングを始める。
  • 2000年代以降は長距離走での活躍が多く、以下のような活躍がある。
    • オールスター感謝祭』(TBS)の赤坂5丁目ミニマラソンには、2003年秋に初出場し、初出場で初優勝(タイム 14分36秒)を果たした。他の優勝経験者などが後に故障や加齢による体力低下などで出場をやめてしまうことが多い中、その後も毎回出演し、2016年春で26回連続出場となっている。毎回プロのマラソンランナーや猫ひろしらの次に重いハンデを背負う不利な状況ながら、2016年春時点で全て10位以内と好成績。また、本番前には毎回ホテルで遺書を書いている。毎回死ぬ気で走っている象徴的なエピソードである。
    • 2007年12月25日に行われた『第2回関西駅伝No.1決定戦』では松竹芸能チームとして出場し、前回大会の区間記録8分16秒(区間2.5Km)を上回る8分5秒を記録するも、当時セレッソ大阪所属の香川真司が8分4秒を記録し僅差で区間賞を逃す。尚、香川真司は駆け引きをして勝つことを狙ったようで、「最後のスパートでふりきった。 ポジションどりでうまくいった。」と語っている。
    • 走る男』シリーズは長距離走主体の番組であり、独立局共同制作番組では珍しく、IIF女子部THE FINALと5シリーズ、6年間に渡り続いていた人気シリーズである。同番組内のブログが事実上当該期間における森脇個人のブログともなっていた。また、Fの企画で行われた『au×adidas EKIDEN GRAND PRIX 大阪大会』(2011年1月22日)では、チーム走る男(Aチーム)が393組中3位に入った。
    • 上記の活躍から、全国各地のマラソン大会のゲストランナー・チャリティランナーとして参加することが多く、2011年に初開催の大阪マラソン・2012年に初開催の京都マラソンでもチャリティランナーを務めた。それに先駆け、『走る男F』内で大阪マラソン・京都マラソンのコースを試走する企画も行われた。

出演(現在)[編集]

テレビ[編集]

ラジオ[編集]

ネット番組[編集]

エッセイ[編集]

雑誌[編集]

  • 熱中!陸上部(ベースボールマガジン社) -森脇健児の熱中!陸上部相談室
  • 陸マガJr.(ベースボールマガジン社) -森脇健児の質問コーナー

出演(過去)[編集]

テレビ (バラエティ番組)[編集]

ほか多数

テレビ番組(ドラマ)[編集]

映画[編集]

ラジオ[編集]

CM[編集]

VHS[編集]

  • 夢がMORI MORI super live
  • 夢がMORI MORI supecial live
  • 史上最大のLive

DVD[編集]

  • 走る男
    • 北海道・東北篇
    • 関東・甲信越篇
    • 関東・東海篇
    • 関西・中国四国篇
    • 九州・沖縄篇
  • 走る男Ⅱ
    • 始走篇
    • 快走篇
    • 完走篇(3枚組)

CD[編集]

  • シングル「真夏のFANTASY」「真秋のFANTASY」
  • アルバム「LANDING BEAM」「真夏のFANTASY」(大黒摩季が参加)

書籍[編集]

  • アイ・ラブ・ユーにかえて
  • 森脇健児セーターブック
  • 走る男

雑誌[編集]

  • 日刊ランニングマガジン・クリール コラム「森脇健児陸上競技部」

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]