ビッグ3 (日本のお笑いタレント)

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ビッグ3(ビッグスリー、英称BIG3)とは、日本のお笑い界のトップに君臨する3大お笑いスターを指す総称。タモリビートたけし明石家さんまの3人を指す。

元々はフジテレビが自局の高視聴率獲得に貢献していたお笑いタレントの代表格3人を括って呼んでいたが、現在はフジテレビ以外でも使用されている[1][2][3]

概要[編集]

1988年から1999年まで毎年、年末年始1月1日 - 1月3日)に放送されていた、新春特別番組タモリ・たけし・さんまBIG3 世紀のゴルフマッチ』(フジテレビ系列)などで「BIG3」の名称が使用され、こういった呼び方が定着した。

芸歴では、ビートたけし(1972年 - ) → 明石家さんま(1974年 - ) → タモリ(1975年 - )の順番ではあるが、基本的に3人を並べて表記したり紹介する時には年齢順となり、タモリ(1945年生まれ) → ビートたけし(1947年生まれ) → 明石家さんま(1955年生まれ)の順番となる。

BIG3の競演[編集]

タモリ・たけし・さんま[編集]

第1回放送の『FNSスーパースペシャル1億人のテレビ夢列島』に於いて、フライデー襲撃事件逮捕起訴され、長らく謹慎をしていたビートたけしが、判決確定・謹慎明け後に初めてテレビ出演を果たす。総合司会のタモリ・明石家さんまと共演したことで大きな話題を呼んだ。

これをきっかけに『タモリ・たけし・さんまBIG3 世紀のゴルフマッチ』(フジテレビ系列)が始まることとなる。その後は、1988年1989年はたけしがゲストと言う形で数コーナーやエンディングに登場していた。

1990年 - 1996年の7年間は、毎年、日曜日の「BIG3」スペシャル企画が始まり競演が始まる。このコーナーは、1996年まで継続され、「車庫入れ事件」(さんまの愛車を所有者に無断で拝借し、その目の前で破壊する)など、テレビ史に残る数々の伝説を残した。下記の『ゴルフマッチ』とともに、「BIG3」の歴史を語る上でなくてはならない番組である(詳しくはリンク先を参照)。

2008年の『FNS27時間テレビ!!みんな笑顔のひょうきん夢列島!!』には『オレたちひょうきん族』(フジテレビ系列)の三宅恵介ディレクターの呼びかけで、12年ぶりに『FNSの日』に「BIG3」が出揃い(タモリは「笑っていいとも!増刊号生スペシャル」内の出演)、さんまやたけしは往年の衣装を揃えるなどして番組に貢献した。また「車庫入れ」も復活し、さんまと岡村隆史ナインティンナイン)の愛車に鬼瓦権造(たけし)がペンキで落書きする、パフォーマンスが行われ、さんまも「誰か奴を止めなさい!」と叫ぶことでこれに応じた。

2009年には、たけしが深夜名物コーナー「さんま・中居の今夜も眠れない」に内包にされた企画「笑顔でポン!」に出演した。その放送回では、2009年の『FNSの日26時間テレビ 2009 超笑顔パレード 爆笑!お台場合宿!!』の総合司会・島田紳助(当時お笑いタレント)も出演しており、たけし・さんま・紳助の3ショットが実現した。ちなみに、タモリとたけしの絡みは2008年・2009年ともに実現していない。

2012年の深夜名物コーナー「さんま・中居の今夜も眠れない」の後半部分では『FNSの日』としては、約16年振りに「BIG3」が揃うこととなり、話題となった。

  • タモリ・たけし・さんまBIG3 世紀のゴルフマッチ1988年1989年1991年 - 1994年1996年 - 1999年、フジテレビ系列)
    • バラエティスポーツゴルフ)番組。3人ともゴルフの腕は相当なものであり、また、様々な仕掛けや移動中などの会話も好評であった。
  • 和田アキ子殺人事件2007年TBS系列
  • 森田一義アワー 笑っていいとも!笑っていいとも!増刊号(フジテレビ系列)
    • 1986年9月5日金曜日)の『笑っていいとも!』の生放送で、オープニングいいとも青年隊がテーマ曲「ウキウキWATCHING」を通常通り1フレーズ歌った後に、通常は総合司会のタモリが正面から登場するはずが、「サプライズ・スペシャルゲスト」としてたけしが登場した。遅れてタモリも登場し、たけしに「なにやってんの? 誰?」と質問、たけしは「B&Bですけど。『笑っている場合ですよ!』」とおどけてみせた。その後、当時金曜レギュラーのさんまも登場し、「立つ位置困るわー」と困り果てていた。
    • その結果、「BIG3」の共演が実現した(ただし、まだ当時はあまり、この3人が「BIG3」と言われていなかった時代のことであり、当時は年に1、2回はほぼ必ずBIG3の共演が番組で実現していた)。この時、当時の番組スタッフは、レギュラー陣のさんまどころか総合司会者のタモリにすら、たけしが『いいとも!』のスタジオアルタに来ることを知らせていなかったらしく、タモリがたけしに「何かあったのかと思った」と言うほど驚いていた。
    • また、『平成教育テレビ』(1992年)の前日には、タモリとさんまのトークコーナー「タモリ・さんまの日本一のホラ吹き野郎」に出演している。
    • 下記の通り、『いいとも!』レギュラー放送最終回の「テレフォンショッキング」にたけしが番組最後のテレフォンゲストとして出演したが、たけしは(実際には明日の放送はないものの)明日のお友達にさんまを紹介し、さんまの電話出演という形で3人が共演した。なお、さんまは当日夜の『笑っていいとも!グランドフィナーレ感謝の超特大号』にゲスト出演した。
  • なるほどザ・春・秋の祭典スペシャル
    • 基本的には「ビッグ3」間の絡みは無し。タモリは「笑っていいとも!」チーム、たけし・さんまは「オレたちひょうきん族」チームとして出演。「オレたちひょうきん族」終了後は、タモリは引き続き「笑っていいとも!」チーム、さんまは「あっぱれさんま大先生」チーム、たけしは予選Bブロックの「平成教育委員会」の司会として、逸見政孝と共に出演。
  • オレたちひょうきん族 (フジテレビ系列)
    • たけしとさんまのコント「THEタケちゃんマン」のコーナーにタモリがゲスト出演している。この時は、さんま扮するブラックデビルJr.がテレフォンショッキングに出演した設定で、たけし扮するタケちゃんマンが次のゲストとして紹介されるも、そこへ乱入してくると言う内容のコントを行った(これがお笑いBIG3が3人揃って初共演した番組とされている)。

2人の競演[編集]

それぞれが大物故、レギュラー番組も多いため3人で共演することは少ない。そのため1人が欠けた状態で共演することも多い。

タモリ・たけし[編集]

この2人が同じ番組で顔を合わせるのは、間にさんまを挟んだ場合がほとんどであり、2人だけの共演は数える程しかない。ただし、1970年代後半に面白グループを介した交流はあり、1980年代前半では、テレビ番組ラジオ番組などで時々共演する場面も見られた。

タモリ・さんま[編集]

さんまは、タモリ司会の『笑っていいとも!』(フジテレビ系列)の長期レギュラー出演者(1984年 - 1995年まで出演)であったため、付き合いは長い。さんまの『いいとも!』降板以降は特別番組などでたまに競演している。

たけし・さんま[編集]

この2人は特に共演が多かったが、2000年頃からしばらくの間は数える程しかなかった。しかし、2007年以降は共演が再び多くなっている。たけしの暴走にさんまが振り回される、という演出が定番である。

3人別々の競演[編集]

日本テレビ開局記念番組[編集]

2008年11月28日 - 11月30日の21:00 - 23:24(JST)枠のゴールデンタイム3夜に渡って、日本テレビの開局55周年記念特別番組[1]として『BIG3』3人がそれぞれ、以下の冠番組を担当した。

放送日 放送時間 番組タイトル
2008年11月28日 21:00 - 23:24(2時間24分) 明石家さんまに聞きたかったのはそういうコトだったのねスペシャル
2008年11月29日 タモリ教授のハテナの殿堂?
2008年11月30日 ビートたけしの今まで見たことないテレビ

フジテレビ開局記念番組[編集]

2014年3月1日の19:00 - 23:10(JST)枠のゴールデンタイムフジテレビの開局55周年記念特別番組として『BIG3』3人がそれぞれ『めちゃ×2感謝してるッ!お笑いBIG3も参戦の4時間超スペシャル』にスペシャルゲスト出演を果たした。

タモリは「ガリタ食堂」改め「モリタ食堂」にナインティナイン笑福亭鶴瓶と食事、たけしは「たかっしー&ふなっしーが行く!!」に「たけっしー」の着ぐるみを着て出演、さんまは「めちゃギントン」のコーナーにそれぞれゲスト出演をした。

2000年代以降[編集]

エピソード[編集]

  • 『タモリ・たけし・さんまBIG3 世紀のゴルフマッチ』(フジテレビ系列)などの新春特別番組も1999年を以って終了し[4]、日本のお笑いタレントとしての「BIG3」を使用することは以前よりは少なくなっていて(2000年代以降、「BIG3」を冠したお笑い番組はない)、お笑いタレントとしての「BIG3」を知らない者も多いが、業界人の間ではしっかりと根付いており、テレビ局等での扱いにも他のお笑いタレントとは明確な差があり、例えば、笑福亭鶴瓶が番組内で「『BIG3』になりたい」「『BIG3』に憧れを持っている」と語ったり、若手芸人の場合は「BIG3」との共演の有無がお笑い芸人としての一種の格付け要素となっていて実際にギャラに影響するほか、「ミドル3」や「ヤング3」という呼び方が間接的に使用されることもあり、BIG3の名称が完全に消えたわけではない。
  • 爆笑問題太田光田中裕二)がメインパーソナリティーを務めていた、TBSラジオ爆笑問題カーボーイ』(2007年11月20日放送分)にて、爆笑問題がフジテレビのプロデューサー結婚式に招かれた際、タモリ・さんまと鶴瓶が同席だったことを明かしている。
  • タモリは「俺は自分の才能で番組をやっていない。『いいとも!』なら旬のお笑いタレントやタレント、『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系列)なら旬の文化人、『ミュージックステーション』なら旬のアーティストを目当てに視聴者がいる。どの番組も俺を目当てに観られていない。たけしやさんまは凄い。あの2人は自分を売りに番組をやっている」と述べている[5]

約13年ぶりの競演[編集]

2012年、タモリ総合司会による『FNS27時間テレビ 笑っていいとも!真夏の超団結特大号!!徹夜でがんばっちゃってもいいかな?』(フジテレビ系列)では「さんま・中居の今夜も眠れない」内でのたけしによる中継で「BIG3」が約13年振りに競演を果たす。

さらに、全3本の中継を終えた、たけしがスタジオに乱入したことにより、1999年の『タモリ・たけし・さんまBIG3 世紀のゴルフマッチ』(フジテレビ系列)以来から約13年振りの3ショットが実現し、往年のエピソードを語り合った。

その後、たけしが「来年は3人で『27時間テレビ』をやりたい」と宣言し、さんまやタモリが否定する場面もあった。このスタジオには3人の他にも中居正広SMAP)と笑福亭鶴瓶も居たが、中居の配慮により2人が一時退場。「BIG3」の3人だけという貴重な共演シーンとなった。

この様子を爆笑問題太田光は、スタジオ裏で膝を抱えながらずっと見ていた。劇団ひとりが「乱入しないんですか?」と聞いたところ「あの雰囲気には無理だよ」と話していた。これを見た劇団ひとりは「太田さん実は空気読めるじゃないですか」と思ったことを当日の「やべっち寿司」で話している。

『FNS27時間テレビ』の5大企画であった「100kmマラソン」の最中であったSMAPの草彅剛も走行しながらモニターを通じて、この「BIG3」の共演を見ていたという[6]

2012年7月29日放送分の『いいとも!増刊号』の増刊号スペシャル「森田一義アワー 座っていいとも!」では、タモリ・たけし・さんま、鶴瓶、中居、太田で写真を撮ったエピソードが語られた。太田曰く、「これを逃したら一生無いかもしれない」と思ってギリギリのスケジュールの中で写真を撮ったとのこと。

関連人物[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b “さんま タモリ たけし 「ビッグ3」 夢の競演 バラエティー制作ガチンコ対決 11・28から3夜連続 3者3様の内容に気合満々”. デイリースポーツ: p. 24. (2008年10月30日) 
  2. ^ 「たけし、さんま、タモリ(お笑いビッグ3)『忍び寄る老いと女』」、『週刊文春』第51巻1号(通巻2509号)、文藝春秋社2009年1月1日、 206-211頁。
  3. ^ 「浮き沈みの激しい芸能界で、三者三様の選択をした大物たち タモリ たけし さんま お笑いビッグ3に学ぶ : 大淘汰時代を生き残るヒント」、『週刊現代』第56巻11号(通巻2750号)、講談社2014年3月29日、 158-161頁。
  4. ^ 3人それぞれと親交が深く、これらの特番などでホスト役を務めた逸見政孝1993年12月25日に逝去し、以降3人を完全に仕切れるホスト役に恵まれなかった影響も大きかった。
  5. ^ 女性セブン2014年4月10日号、60頁。
  6. ^ 2012年7月23日放送分の『笑っていいとも!』内「テレフォンショッキング」で同日のゲストであった草彅本人が語った。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]