カルトQ

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カルトQ
ジャンル クイズ番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ
演出 小島俊一(4/g)
プロデューサー 加藤友和(フジテレビ)
阿部恒久(4/g)
島田大輔(4/g)
出演者 うじきつよし
中村江里子
エンディング 「カルトQのテーマ」(東京バナナボーイズ
番組初期
放送時間 火曜 25:10 - 25:40(30分)
放送期間 1991年10月22日 - 1992年3月
番組中期
放送時間 月曜 24:40 - 25:10(30分)
放送期間 1992年4月13日 - 9月28日
番組末期
放送時間 日曜 22:30 - 23:00(30分)
放送期間 1992年10月18日 - 1993年3月28日
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カルトQ』(カルトキュー)は、フジテレビ系列局で放送されたフジテレビ製作のクイズ番組である。製作局のフジテレビでは1991年10月22日から1993年3月28日まで放送。

概要[編集]

既存のクイズ番組とは一線を画し、特定ジャンルに徹底的に特化するマニアックなクイズ番組として、1991年に登場。クイズ番組としては珍しく深夜に放送された、「真夜中の狂信的(カルト)クイズ」。他にも『カノッサの屈辱』(1990年)など、個性的で独創的な番組を次々と送り出した事で知られる、1990年代前半のフジテレビの深夜番組黄金期(いわゆるJOCX-TV2)を代表する番組であり、1992年10月にはプライムタイム枠に昇格。本放送の終了後にはフジテレビ739(現・フジテレビONE)で再放送されていた。

第1回の「ブラックミュージック」を皮切りに、サブカルチャーオタク文化)を題材にしたテーマが多く採り上げられ、番組で扱われたテーマは50以上に上った(後述)。

  • 放送期間:1991年10月22日 - 1993年3月28日
  • 放送時間(日本時間、関東地区):
    • (開始当初)毎週火曜 深夜1:10 - 1:40
    • (1992年4月13日より)毎週月曜 深夜0:40 - 1:10
    • (1992年10月18日より)毎週日曜 22:30 - 23:00
    • カルトQスペシャル1 1992年1月4日(土曜日)深夜0:45 - 2:15
    • カルトQスペシャル2 1992年3月30日(月曜日)深夜1:10 - 3:10
    • FNSの日平成教育テレビ「朝錬」 カルトQスペシャル[1] 1992年7月19日(日曜日)4:30 - 5:30
    • カルトQスペシャルIII 1992年9月28日(月曜日)深夜1:40 - 3:40[2]
  • 司会:うじきつよし中村江里子(当時フジテレビアナウンサー
    • 出題:牧原俊幸(当時フジテレビアナウンサー)。

流れ[編集]

予選[編集]

まず、テーマごとに出場者を募集し、予選を行う。予選問題は筆記テスト。(初級、中級、超カルト=上級)。予選を通過し、本選に進めるのは上位5名のみ。専門知識に偏ったクイズ番組であるため、オールラウンドさに長けているクイズマニア(あらゆるクイズ番組に出場を重ねている人たち)は本選進出者だけでもごく僅かだった。

予選問題の例 「ジャパニーズポップス」(難易度:超。正解率:22%)
(Q)ユニコーンのバンド名は何から取ったもの? - (A)T・レックスのアルバムタイトル

本選[編集]

予選を通過した上位5名がスタジオに集結、カルトキング(女性ならカルトクイーン)を目指して戦う。優勝者には賞品ならびにトロフィーが与えられる。出題される問題は全て早押しで、1問につき5人全員が不正解するまで解答権があった。この結果、当時芸能人系クイズ番組で頻繁にあった早押しボタンの連打が素人系クイズ番組で見られるというケースが目立った。芸能人も例外ではなく一般参加者同様予選を通過しての出場となっている。

初級カルトクイズ
オープニング問題、全5問。5問終了後予選問題の一部と予選平均点、出場者の紹介が入る。出場者は画面向かって右側の解答者から紹介される。
中級カルトクイズ
難易度が上がるが、ルールは初級と同じ。
映像、イントロカルトクイズ
各回、それぞれのテーマにちなんだ映像や音声による問題を出題する。それぞれ、映像や曲名を当てる。
各テーマごとに特別なカルト問題を出題する場合もある。例えば「ラーメン」での「スープカルトクイズ」(スープを一口飲んでどの店のものかを当てる)、「プロレス」での「フィニッシュの技と勝者を全て当てる」、マッキントッシュでの「実演カルトクイズ」(指定された画面を表示させる)[3]、「競馬」での「杉本カルトクイズ」(杉本清が実況したレースのゴール時の杉本の実況を解答する)、「競馬②」での「血統カルトクイズ」(指定された競走馬の父・母・母の父を解答する)などがある。数秒の映像が流れただけで出題されるであろう問題まで推測して正解した解答者もいる。
各カルトクイズの得点は一律10点。
超カルトクイズ
本選中、特に難しい問題。正解すると20点。音楽が鳴ると最終問題。ゲーム終了時点で最高得点者が2人以上いる場合には決勝問題を出題し、正解したほうがカルトキングクイーン)となる。

不正解はその問題の解答権を失うだけで減点はないが、本当に分からない問題に解答者は当てずっぽうで答えることはほとんどなく、無闇にボタンを押さないことが多かった。また、カルトな問題が出た反面、正誤判定は非常に甘い。解答者が惜しい答えを言うと、うじきの裁量で言い直しを認められることがあった(その際に少しの間が空き、うじきが「ん?」や「ん〜?」などと唸って具体的な解答を求めた)。中には4、5回答え直して正解にたどり着くケースもあった。

「カルトキング(クイーン)」になると、その回のテーマにちなんだ賞品(に加え1992年3月30日放送分以降トロフィー)が授与された。トロフィーは深夜時代はヤマト徽章制作のシンプルなガラス製の三角タイプ、日曜プライム昇格後はマーク・ウィーガンによるデザインによる、その名も「カルトロフィー」だった。また全国ネット昇格の際に新ルールとして得点が250点を超えるとカルトゴッドとして「カルトな旅」が用意されていたが、250点以上を取った人は最終回まで1人も現れなかった。

(ただし、ネットローカル時代=カルトな旅が用意される前においては、通常放送では平成4年6月1日放送の「サーフィン」の280点、スペシャルでは平成4年3月30日放送の「大相撲」の330点が最高得点である)

テーマ[編集]

オリジナル版でのテーマ(五十音順)。歴代出場者・王者はほぼ全て一般人のため特記のない限り明記しない。

テーマ 放送回 備考
ブラックミュージック 平成3年10月22日
コンピューターゲーム 平成3年10月29日
スキー 平成3年11月5日
B級映画 平成3年11月12日
渋谷 平成3年11月19日
ポップアート 平成3年11月26日
ジャパニーズポップス 平成3年12月3日
ブランド 平成3年12月10日
競馬 平成3年12月17日
スティーブン・スピルバーグ 平成4年1月4日 スペシャル
ラーメン
コミックス 平成4年1月14日
F-1 平成4年1月21日
最近文学 平成4年1月28日
サッカー 平成4年2月4日
化粧品 平成4年2月11日
ジャパニーズポップスⅡ 平成4年2月18日 大木知之が出場
スポ根漫画 平成4年2月25日
マッキントッシュ 平成4年3月3日
東急ハンズ 平成4年3月10日
カレー 平成4年3月17日
総集編 平成4年3月24日
大相撲 平成4年3月30日 スペシャル
フォト・ア-ト
デヴィッド・リンチ 平成4年4月13日
阪神タイガース 平成4年4月20日
少女マンガ 平成4年4月27日
ビートルズ 平成4年5月4日
S・W・バロウズ 平成4年5月11日
スニーカー 平成4年5月18日
タカラヅカ(宝塚) 平成4年5月25日
サーフィン 平成4年6月1日
ロック&ギター 平成4年6月8日
ファミリーレストラン 平成4年6月15日
東横線 平成4年6月22日
メディカル・ドラッグ 平成4年6月29日
平成4年7月6日
ホーキング 平成4年7月13日
平成教育委員会 平成4年7月19日 FNSの日平成教育テレビ「朝錬」 カルトQスペシャル
東京ドライブ 平成4年7月20日
ルアーフィッシング 平成4年7月27日
ハーレー・ダビッドソン 平成4年8月3日
ケーキ 平成4年8月10日
ヤクザ映画 平成4年8月17日 杉作J太郎が出場
アクアリウム 平成4年8月31日
NBA 平成4年9月7日
サタデーナイト・ライブ・ファミリー 平成4年9月14日
レイヴ 平成4年9月21日
総集編Ⅱ 平成4年9月28日 総集編
ゲスト:森田芳光
東京ディズニーランド 平成4年10月18日
コンピューターゲーム② 平成4年11月1日
パチンコ 平成4年11月8日
競馬② 平成4年11月15日
ユーミン 平成4年11月22日
SF映画 平成4年11月29日
デパート 平成4年12月6日
ジャンクフード 平成4年12月13日
寅さん 平成4年12月20日
Jリーグ 平成4年12月27日 「サッカー」回の優勝者が二連覇
ラーメン② 平成5年1月10日
エルヴィス 平成5年1月17日
手塚治虫 平成5年1月24日
スクーバ 平成5年1月31日
サンダーバード・ファミリー 平成5年2月7日
ジャニーズ 平成5年2月14日
大相撲② 平成5年2月21日
渋谷② 平成5年2月28日
プロレス 平成5年3月7日 南原清隆(ウッチャンナンチャン)が出場
他に内村光良(ウッチャンナンチャン)、石橋貴明(とんねるず)、勝俣州和神田利則石原良純不破万作早坂好恵浅草キッド(水道橋博士玉袋筋太郎)の9名が応募したがいずれも予選落ち
YMO 平成5年3月14日 砂原良徳(当時電気グルーヴ)が優勝
ファッションブランド 平成5年3月21日
ホラー映画 平成5年3月28日 最終回
カルトQ特別編 フジテレビの日スペシャル 平成5年8月8日 出演・渡辺正行森口博子CoCo笑福亭笑瓶

スタッフ[編集]

カルトQ 問題作成委員会

  • 構成:大田一水
  • ブレーン:飯島雅彦、デッツ松田 ほか
  • 問題作成:マンダラハウス、フォーチュンスープ
  • SW:毛利敏彦
  • CAM:篠原栄二
  • VE:吉田正美
  • 音声:飯塚昭、首藤弘治
  • VTR:吉本勝弘
  • 照明:八木原伸治(東京テレビ照明 → FLT
  • 技術協力:八峯テレビ
  • 美術:北林福夫
  • 美術進行:林潤一、武田方征 → 菊地正人
  • デザイン:石森慎司
  • 電飾:井野岡利保
  • 大道具(途中から):田中伸哉
  • アクリル装飾(途中から):関雅史
  • アートフレーム(途中から):宮本幸二
  • メイク(途中から):梅沢文子
  • タイトル:山形憲一
  • 美術協力:フジアール
  • 音効:長内勇治(佳夢音
  • VTR編集:石川弘一(ARTPLAZA1000)→ 村井毅(四谷ビデオスタジオ)
  • MA:菱山和良(ARTPLAZA1000)→ 笹本光一(四谷ビデオスタジオ)
  • スタイリスト:大路真路
  • ディレクター:小島俊一(4/g)、黒河博之(4/g)、小杉雅博、頼誠司(4/g)
  • プロデューサー:加藤友和(フジテレビ)/阿部恒久(4/g)、島田大輔(4/g)
  • 制作協力:4/g(FOUR GRAM VISUAL DEPARTMENT)
  • 制作著作:フジテレビ
    • 本番組プロデューサーの加藤友和は、かつてのフジテレビの人気番組だった「なるほど!ザ・ワールド」の総合演出として活躍した。

ゲームソフト[編集]

  • クイズキャラバン カルトQ
本番組の最終回にうじきによりソフトの紹介と発売が告知され、放映終了から二ヶ月後の1993年5月28日にハドソン(現・KONAMI)よりPCエンジン SUPER CD-ROM2で発売された。
ゲームモードは、本番組とほぼ同様の展開の「ノーマルモード」(1~5人用)、ボードゲーム形式の「バトルモード」(2~5人用)、すごろく形式の「アドベンチャー」(1人用)、全20問のクイズを何秒で解答出来るかに挑む「タイムトライアル」(1人用)の4種類のモードが用意されていた。当時のゲーム機のクイズゲームという性質上、出題される問題は全て4択問題の選択式である。
尚、パッケージには司会のうじきと中村の両名本人の顔写真がプリントされていたが、ゲーム中は似た顔のグラフィックと別人が充てたナレーションを収録という形となっていた。

関連書籍[編集]

  • カルトQ問題作成委員会(編集)『カルトQ』
    • フジテレビ出版、1992年。ISBN 4594009905ISBN 9784594009908)。
    • 「ジャパニーズ・ポップス」「ラーメン」「マッキントッシュ」「競馬」「B級映画」「ブランド」の6テーマの問題を収録。

脚注[編集]

  1. ^ この回のみ、FNS26局(当時)全局同時ネットで放送された。
  2. ^ 出典:朝日新聞東京版1992年9月28日付け朝刊・夕刊のフジテレビ・テレビ欄。
  3. ^ このとき解答者は、番組側が用意した解答とまったく違うやり方で正解を出した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

フジテレビ 火曜25:10枠
前番組 番組名 次番組
地理B
(1991年4月9日 - 1991年9月24日)
カルトQ
(1991年10月22日 - 1992年3月)
フジテレビ 月曜24:40枠
TVブックメーカー
(1991年4月8日 - 1992年3月23日)
カルトQ
(1992年4月13日 - 1992年9月28日)
La cuisine
(1992年10月5日 - 1993年3月22日)
フジテレビ系列 日曜22:30枠
新伍&紳助のあぶない話
(1990年10月7日 - 1992年9月)
※日曜22:00枠へ移動
カルトQ
(1992年10月18日 - 1993年3月28日)
大石恵三
(1993年4月4日 - 1993年9月26日)