TVブックメーカー

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

TVブックメーカー』(テレビブックメーカー)[1]は、1991年4月8日から1992年3月23日までフジテレビの深夜帯(JOCX-TV+(プラス))で放送されていたクイズ番組。企画はホイチョイ・プロダクションズ。「現在」を取り扱う『マーケティング天国』、「過去」を題材にした『カノッサの屈辱』に続き、「未来」をテーマにした本作で「マーケティング三部作」とも言われた。

概要[編集]

イギリスのギャンブルの胴元、ブックメーカーをヒントに立てられた企画で、毎週オッズメーカーと3人のベッター(賭ける人)との一進一退の攻防が展開される。

収録は通常は放送の数時間前に行われていたが、生放送だった回もあり、当時真裏で放送されていたテレビ東京の『ザ・スターボウリング』まで対象にした賭けを行っていたこともあった。

なお、最終回で前番組『カノッサの屈辱』で歴史学者を務めた仲谷昇が登場し「今度は未来の生まれる瞬間の研究をしてみたい」としてこのクラブを創設した、と告白している。

この番組はフジテレビのみならず各地で放送されたが、遅れてテープネットされるのが常の深夜番組の中でこの番組も例外でなかったため、放送される頃には賭けの答えが分かってしまい、面白みが半減するケースもあった。他番組なら遅れネットでも支障がないケースのほうが多いことを考えれば、本番組は放送時に結果が判明している録画放送スポーツ中継と同様にテープネットに不適な番組でもあった。

ルール[編集]

毎週、これから結果が出るニュース、イベント、雑誌の記事などから2つの題目を立て、それについて賭けを行う。 賭けの対象となる題目はクラブマスターのアナウンスによって、これから結果が出るであろうと推測される「予測解答候補」に対してポジティブブファクター(プラス要素)と、ネガティブファクター(マイナス要素)に分けて紹介される。これら両要素は既に結果が出ている過去の事象から綿密に評価がなされ、それらの評価を加味して黒板にオッズメーカーが前述の「予測回答候補」のそれぞれにオッズをつけられる。

賭け金には番組独自の硬貨「カノッサ」が使用され、ベッターの持ち金は100カノッサからスタート。3000カノッサ以上を獲得すると、フジテレビの正面玄関に自分の肖像画を展示することができた。逆に持ちカノッサが全て無くなると“破産”となり、当クラブに一切出入り禁止になるが、クラブとの話し合いによっては、1週書記として働く(当クラブでの規定1回5カノッサ)もしくは乗用車など自分の愛用の品をこのブックメーカーのクラブに預けて100カノッサと交換し再スタートすることもできた(愛用の品を引き出す場合は交換したカノッサに3%の利息がつく)。なお、オッズメーカーは5万の持ちカノッサを全て失うとその職を解かれるということになっていた。 また、獲得カノッサが1万以上になると机にカノッサが乗らないため、特別なゴールドバー1本を5000カノッサとして扱った。

途中から一般視聴者もFAX会員として参加が可能になり、会員の手持ちコインが3000カノッサ以上獲得でクラブ内に肖像画を掲げることができた。 FAX会員で最初に肖像画が掲げられたのは山本忍。最終回のトップメンバーは大谷龍雄で手持ちコインは1870,000カノッサ。

放送時間[編集]

毎週月曜日 24:40 - 25:10(フジテレビにおいての放送時間)

  • 1991年10月7日はスペシャルとして25:20 - 26:20の放送(この時は賭けの題目が3つ出た)
  • 1991年12月30日もスペシャルとして23:55 - 25:25の放送(この時は生放送で、賭けの題目が4つ出た)

出演者[編集]

  • オッズメーカー:前田武彦
  • クラブマスター:牧原俊幸(フジテレビアナウンサー(放送当時[2]
  • ベッター(この中から、通常は毎週3人が出演)
第1回目のベッター
  • 糸井重里(本番組では「糸井重里七( - セブン)」、のちに「糸井重里七七七( - スリーセブン)」という名前で出演していた。非常に倍率の高い当たりを何度か出したため、カノッサ数は他を圧倒していた)
  • 青木謙知(データに基づく堅実な賭けを展開。出席回数はトップ。最終回では2位終了)
  • 栗本慎一郎(中期には愛車のマセラティを抵当に入れて100カノッサを借りたが、最終回ではその借り入れ分を返済した)
第2回目以降
  • 秋元康(一時は1,000カノッサ(メンバー3位)まで上げたものの、末期には6カノッサにまで減少してしまった)
  • 泉麻人(少量ベットで、最終回には総合3位にとどまっていた)
  • 鴻上尚史(しばしば残りカノッサ数が一ケタ台にまで減少したために、「血の1カノッサ」「魂の1カノッサ」と言って賭けていたこともあった。いよいよ破産間近(最小2枚)となった時にはカノッサの代用としてビスケットやせんべいを持ち込んでいたが、当たりを出してもオッズメーカーからビスケットやせんべいが支払われることはなかった。的中率はトップ。最終回では4位で終了。)
  • 陣内孝則(当クラブ初の負債を抱えたまま破産により降板。最終回には糸井重里からカノッサを借りて登場している)
  • えのきどいちろう(途中降板)
  • 黒鉄ヒロシ(破産により降板)
  • 井上陽水(マスター役の牧原アナ談によると、井上は正装を嫌いTシャツ姿で参加を希望したが、クラブ側から拒否された経緯がある。出演はスペシャルを含めた2回のみ)
1回のみベッターとして参加
クラブオーナー
  • 仲谷昇
    (前番組『カノッサの屈辱』の「教授」。拡大版スペシャルとして放送された1991年10月8日、オッズメーカー総選挙を行うことを宣言した1992年3月9日、そして最終回の1992年3月23日各放送に「オーナー」として出演)

スタッフ[編集]

FAX会員(一般視聴者)への交換景品[編集]

※生放送スペシャルでは、FAX会員もスタジオに招待し、合わせてスタッフによる交換業務も行われ、その場で景品を持ち帰ることも出来た。

ベティング(賭け)の題目の一覧[編集]

1991年[編集]

1992年[編集]

番組の歴史[編集]

番組開始当初はオッズメーカーの前田が優位に立ち、栗本を破産に追い込んだ一方、「放送衛星BS-3bの打ち上げは成功するか」では堅実なデータと専門分野という事から青木が「延期する(5倍)」に300カノッサをベット。見事的中させ1500カノッサを獲得し、前田の所持金が5万を割り込み、前田もにわかに弱気となる。

その後、「NHK『サンデースポーツ』でF1日本グランプリの報道で何個のフジサンケイグループの目玉マークが映るか」では「30個台」を4倍とする一方、「9個以下」に100倍を付けた中で糸井が30カノッサ、秋元に10カノッサをベット。結果は7個となり100倍の大穴配当に。これにより糸井はクラブ初の3000カノッサを達成する。

さらに11月には「ユーミンのニューアルバム『DAWN PURPLE』の発売3日間の売上げ枚数は?」には「75万枚以上(55倍)」に糸井が1000カノッサをベット、的中すれば確実に破産という状況だったものの、結果は73万枚となり「70~75万枚(16倍)」と辛くも凌ぎ切るも、オッズメーカーに破産の脅威が忍び寄っていることをうかがわせた。

年が明け「陣幕(現・九重)親方(元千代の富士)の断髪式後の髪型は」というベットでは「オールバック(5倍)」に糸井が2000カノッサ、青木に150カノッサを賭けられ、それぞれ1万・750カノッサを獲得。この時点で前田の資産は約3万5000カノッサに、さらに「今週(2月3日 - 9日)のTVショッピングで最もスポットCMの本数が多い商品は何か」では「その他(13倍)」に糸井が1000カノッサをベット。結果は「深型収納ボックス(8倍)」と「天然エメラルドウォッチ(その他扱い)」が同率で並ぶこととなり的中。糸井に1万3000カノッサを奪われ、糸井が2万2984カノッサ、前田が2万1585カノッサとついに糸井が前田を逆転する事態となる。

そして命運を分けたのは1992年3月2日放送。この日では2つのベティングを行った。そのうち「3月7日、神宮球場で行われるバルセロナオリンピック日本代表VSプロチームの野球交歓試合で、プロはいくつの三振を取られるか」では前田は8、9個程度と予想し3倍に設定、4、5個に関し12倍を設定した。それに対し糸井は「4、5個」に2万2981カノッサと3カノッサを残してほぼ全額をベット、青木も600カノッサをベットする。

その試合では序盤こそ三振が出たものの終盤では出なかったことや先攻の日本代表チームが負けたことが影響し「5個」となり、これにより糸井が27万5772カノッサ、青木が7200カノッサを獲得しこの時点で前田の破産及びオッズメーカー解雇が確定。2つ目のベット「今放送中のテレビ東京ザ・スターボウリング』で清水由貴子は何回『ナイスカン!』と言うか」も「1回(12倍)」を青木に1000カノッサで当てられ、最終的に

  • 糸井 27万5786カノッサ
  • 青木 2万1880カノッサ
  • 前田 -24万7336カノッサ

となった。

3月9日放送分は、マスター役である牧原俊幸アナが一人で務めることに(クラブ内は不在。主を失ったオッズメーカー専用の席とギャベル(小槌で鳴らす楽器)のアップ画像が寂しく映し出された)。前回の結果を発表後、特別編成で「前田武彦オッズメーカー・一年間の功績」(事実上の総集編)を紹介。後半は、仲谷昇オーナーの決断により、後任オッズメーカーをFAX会員のFAX投票に委ねられる事となる。立候補したのは青木、泉、鴻上、そして前任者の前田(VTRでの出演だったが、いつにない正念場を迎えた)。

3月16日放送。「数多くの修羅場をくぐってきた」という理由で鴻上の支持も多かったが、その後前田への同情票などが伸びて、結局は前田の再任が決まり、再びオッズメーカーの椅子に就いた。

しかし翌週3月23日が最終回だったため、わずか2週の再任期間だった。そのとき大量ベットをしてオッズメーカーを退任させた糸井は「(番組を終わらせたのは)俺のせいではない。俺は無実だ」とコメントしている。 最終回時点での所持カノッサは以下の通り

  • 糸井 27万5786カノッサ
  • 青木 1万5880カノッサ
  • 泉 154カノッサ
  • 鴻上 32カノッサ
  • 秋元 6カノッサ
  • 栗本 2カノッサ(105カノッサのうちマセラッティの抵当を外すのに100カノッサ+利息3カノッサを返済)
  • 陣内 -400カノッサ(糸井からの負債という形で出演)

最終ベットは『今世紀で一番偉大な人物「パーソン・オブ・ザ・センチュリー」は誰になるか』であり、それぞれ糸井→トーマス・エジソン(5倍)に1カノッサ、陣内→ウォルト・ディズニー(6倍)に糸井から1003カノッサを借りて1カノッサ、鴻上→エジソンに32カノッサ、泉→ディズニーに54カノッサ、青木→ライト兄弟(その他扱い・35倍)に1903カノッサ、栗本→エジソンに2カノッサ、秋元→ディズニーに6カノッサをベットした。

ベット後はクラブオーナーの仲谷からのメッセージが流され、ギャベルのアップのラストカットで締めくくられた。

しかし、前述の通り行っていたディズニー社が企画を中止したため不成立となったが、参考としてタイム誌が1999年に発表した「パーソン・オブ・ザ・センチュリー」ではアルベルト・アインシュタイン(25倍)(次点はフランクリン・ルーズベルト(12倍)とマハトマ・ガンディー(60倍))だったため、全員が外れている。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 英字タイトルは「WORLD-FAMOUS TV BOOK MAKER EXPECTATION GAME」。
  2. ^ 2018年7月末を以って定年退職。前番組 「カノッサの屈辱」に引き続きナレーターも兼任。

関連項目[編集]

フジテレビ 月曜24:40枠
前番組 番組名 次番組
TVブックメーカー
カルトQ
※火曜25:10枠から移動