眞子内親王

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眞子内親王
秋篠宮家
Princess Mako and Princess Kako at the Tokyo Imperial Palace (cropped).jpg
2015年平成27年)1月2日 撮影
続柄 秋篠宮文仁親王第1女子[1]

全名 眞子(まこ)
身位 内親王
敬称 殿下
お印 木香茨
出生 (1991-10-23) 1991年10月23日(29歳)
日本の旗 日本東京都千代田区千代田
皇居宮内庁病院
父親 秋篠宮文仁親王
母親 文仁親王妃紀子
栄典 宝冠大綬章
JPN Hokan-sho 1Class BAR.svg
役職 公益財団法人日本テニス協会名誉総裁
公益社団法人日本工芸会総裁
東京大学総合研究博物館特任研究員
インターメディアテク客員研究員
テンプレートを表示
称号: 内親王
Japan Kouzoku Flag 16ben.svg
敬称 殿下
Her Imperial Highness the Princess
皇室
Imperial Seal of Japan.svg

天皇 徳仁
皇后 雅子






眞子内親王(まこないしんのう、1991年平成3年〉10月23日 - )は、日本皇族身位内親王敬称殿下[2]お印木香茨(もっこうばら)。勲等宝冠大綬章

秋篠宮文仁親王同妃紀子の第1女子で、徳仁(第126代天皇)は伯父にあたる。妹に佳子内親王、弟に悠仁親王がいる。2021年令和3年)現在、内親王では最年長[3]

住居は、東京都港区元赤坂赤坂御用地内にある秋篠宮邸で、改修工事に伴い、2022年(令和4年)3月まで「御仮寓所(ごかぐうしょ)」に仮住まいしている[4]

来歴[編集]

幼少時代[編集]

1991年平成3年)10月23日宮内庁病院にて誕生。同日、賜剣の儀。この時に第125代天皇明仁から授けられた守り刀は、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された隅谷正峯の作。

同年10月29日命名の儀が執り行われ、父の秋篠宮文仁親王により、「眞子(まこ)」と名付けられる。この名は、「天性のものを失わず、自然に、飾ることなく、ありのままに人生を歩む」願いを込めて命名された[5]

学習院進学[編集]

1998年(平成10年)4月、学習院初等科入学。その後学習院女子中・高等科に進学。この間、2005年(平成17年)頃からは、日本国内を中心として両親の公務、接見に同行・同座することが多くなり、最年長の内親王として国民の前に姿を現す機会も増えている。高校時代のあだ名は「まこしー」[6]

2006年(平成18年)8月の夏休み期間中、2週間に渡ってオーストリアウィーンホームステイをした。ホームステイ先は、女系の祖父・川嶋辰彦の仕事仲間だったオーストリア人の家。かねてより美術建築に関心があり、美術館や、シュテファン大聖堂シェーンブルン宮殿などの建築物を見学した[7][8]

2006年(平成18年)には、父・秋篠宮の三重県訪問に同行して伊勢神宮式年遷宮の行事「川曳き」を視察、自ら行事に参加した。高等科在学中の2008年(平成20年)からは、単独公務も開始している。

大学時代[編集]

2009年(平成21年)11月、国際基督教大学AO入試で受験して、合格したことが発表された[9]。2010年(平成22年)に学習院女子高等科を卒業し、同年4月、国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科に入学。皇族の同大学への入学は初となる[注釈 1]。雪面滑走競技部に入部した[10]。同年7月14日から、同大学の海外英語研修としてアイルランド共和国に留学し、1か月間、アイルランド国立大学ダブリン校英語を学んだほか、研修生の一員としてアイルランド大統領メアリー・マッカリースとの懇談や、イギリス北アイルランド地方への訪問も行った[11][12]

2011年(平成23年)7月、東北地方太平洋沖地震東日本大震災)の被災地で身分を隠してボランティア活動を行った[6]。同年10月23日、成年を迎え、宝冠大綬章を授与された。以後、成年皇族として各種行事、儀式に出席している。

2012年(平成24年)4月、3学年に進級し、美術・文化財研究を専攻。在学中に学芸員資格および運転免許証を取得[13][14]。2012年(平成24年)8月3日、同年9月から2013年(平成25年)5月までイギリスエディンバラ大学に留学することが閣議で報告された[15]。同大学では美術史などを学んだ[13]。皇族の同大学への留学は高円宮家承子女王に次いで2人目となる。

2014年(平成26年)3月、国際基督教大学教養学部を卒業し、「学士(教養)」の学位を修得[10]卒業論文日本神話を題材とした絵画をテーマとした「明治時代における神話画の誕生、発展、そして葛藤」(英文、80頁)。同年国際陶磁器フェスティバル美濃名誉総裁に就任[13][16]

大学院時代[編集]

2014年(平成26年)9月、レスター大学大学院博物館学研究科に入学し[17][18]、日本を離れる。翌2015年(平成27年)9月、同大学院の課程を終えて帰国する[19]

大学院在学中は、他の学生と変わらず学生寮で生活し、サイモン・ネル教授(Simon Knell)の指導の下、ブラシュカ父子の海洋生物模型を題材に、修士論文「博物館におけるオブジェクトの解釈の可能性」を執筆したほか、イギリス王室との交流も行った。また、2015年(平成27年)7月から8週間、コヴェントリーハーバート美術博物館英語版で実務研修プログラムに参加し、レスターニュー・ウォーク博物美術館英語版での研究にも従事した[20][21][22][23][24]

帰国後の同年10月、父の文仁親王から引き継ぐ形で、日本テニス協会名誉総裁に就任[25]全日本テニス選手権表彰式では、天皇杯を授与している。同年11月、東京大学総合研究博物館客員研究員に就任。

2016年(平成28年)1月21日、レスター大大学院の修了式に出席し、「修士(博物館学)」の学位記を受けた[26]。同年、JPタワー学術文化総合ミュージアム(日本郵便東京大学産学協働プロジェクト)「インターメディアテク」客員研究員就任[27][28]。同年4月1日、東京大学総合研究博物館特任研究員に就任。公務を優先しながら週3回ほど勤務している[29]。同年6月15日、日本工芸会総裁に就任[30]。同会の主要事業である日本伝統工芸展では、総裁賞と高松宮記念賞の選定を行っている[31]

同年9月、国際基督教大学大学院アーツ・サイエンス研究科博士後期課程に入学し、比較文化を研究領域とする博物館学を中心に研究に取り組んでいる[32][33]

婚約内定と延期[編集]

2017年(平成29年)5月16日、国際基督教大学の同級生で、法律事務所勤務のKと婚約する準備が進められていると報道された[34]。同日、宮内庁も婚約することを明らかにし[35]、当初は同年秋以降に予定していた婚約内定発表を前倒しすることになった[36]

同年9月3日午前、祖父にあたる当時の天皇・明仁の裁可を得て婚約が内定し、午前11時15分、山本信一郎宮内庁長官が婚約内定を正式発表した[37]。同日午後3時、眞子内親王とKは、赤坂御用地内の赤坂東邸で婚約内定会見を行った[38]。なお、婚約内定は7月8日に発表される予定だったが、平成29年7月九州北部豪雨を受けて延期されている。

その後、「Kの母親と元婚約者との間に金銭問題が生じている」などKの家庭を巡る様々な報道が相次ぎ、2018年(平成30年)2月6日、宮内庁は眞子内親王の納采の儀を始めとする結婚関係諸儀式を延期すると発表した[39]。眞子内親王は文書で「お気持ち」を公表し、「予期せね時期の報道をきっかけに、結婚に関わる様々な行事や結婚後の生活にむけて、二人で話し合い、それぞれの親や関係する人々と相談しながら準備を進めてきたが、現在予定している秋の結婚までに行う諸行事や結婚後の生活について、充分な準備を行う時間がないことを認識するようになったためだ」と説明した[40]

私たちは,今まで結婚に関わる様々な行事や結婚後の生活にむけて,二人で話し合い,それぞれの親や関係する方々と相談しながら準備を進めてまいりました。しかし,その過程で,現在予定している秋の結婚までに行う諸行事や結婚後の生活について,充分な準備を行う時間的余裕がないことを認識するようになりました。

これまでのことを振り返ってみたいと思います。昨年5月,予期せぬ時期に婚約報道がなされました。このことに私たちは困惑いたしましたが,結婚の意思を固めていたことから,曖昧な状態を長引かせない方がよいとの判断をし,当初の予定を大きく前倒しして婚約が内定した旨を発表することにいたしました。婚約の内定発表に際しては,多くの方々がお祝いのお気持ちを寄せてくださったことを大変有り難く思っております。その後,昨年11月には,それ以降の諸行事の予定を立て,発表いたしました。

しかし,色々なことを急ぎ過ぎていたのだと思います。ここで一度,この速度が自分たちに本当に合っているのかを慎重に考えるべきでしたが,婚約の内定発表に関しても,それ以降の事柄に関しても,私たちはそのまま前に進むという選択をしてまいりました。

今,私たちは,結婚という人生の節目をより良い形で迎えたいと考えております。そして,そのために二人で結婚についてより深く具体的に考えるとともに,結婚までの,そして結婚後の準備に充分な時間をかけて,できるところまで深めて行きたいと思っております。本来であれば婚約内定の発表をするまでにその次元に到達していることが望ましかったとは思いますが,それが叶わなかったのは私たちの未熟さゆえであると反省するばかりです。

これらのことを踏まえ,それぞれの親や関係の皆様と相談を重ねた結果,この度,今後の私たちの結婚とそれに関わる諸行事を,これから執り行われる皇室にとって重要な一連のお儀式が滞りなく終了した後の再来年に延期し,充分な時間をとって必要な準備を行うのが適切であるとの判断に至りました。

一度決めた予定を大幅に変更することは,私たちの結婚に快く協力してくださっている方々に多大なご迷惑とさらなるご負担をおかけすることとなり,大変申し訳なく思っております。

私は,結婚に関わる諸行事を延期したい旨,天皇皇后両陛下にご報告申し上げました。両陛下は,私たち二人の気持ちを尊重してくださいました。

私たちは,この度の延期を,新たな生活を始めるための時間を作る良い機会と考え,その時間を大切に,結婚までの期間を過ごしてまいりたいと思います。 — 眞子内親王殿下、宮内庁

2018年(平成30年)11月22日、父の秋篠宮文仁親王は、53歳の誕生日に先立って行われた記者会見の際に、「今でもその2人が結婚したいという気持ちがあるのであれば、やはりそれ相応の対応をすべきだ」と指摘し、「多くの人が納得し喜んでくれる状況にならなければ、いわゆる婚約に当たる納采の儀を行うことができない」との認識を示した[41]

2020年(令和2年)9月11日、母の文仁親王妃紀子は、54歳の誕生日に際して文書を発表し、「長女の気持ちをできる限り尊重する」と思いやった[42]

11月13日、眞子内親王は自身のKとの結婚について「お気持ち」として宮内庁を通じて文章を公表した。その中で、「結婚は、私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択」と述べ、改めて結婚への強い意志を表明した[43]

一昨年の2月7日に,私とKさんの結婚とそれに関わる諸行事を,皇室にとって重要な一連のお儀式が滞りなく終了した後の本年に延期することをお知らせいたしました。

新型コロナウイルスの影響が続くなかではありますが,11月8日に立皇嗣の礼が終わった今,両親の理解を得たうえで,改めて私たちの気持ちをお伝えいたしたく思います。

前回は,行事や結婚後の生活について充分な準備を行う時間的余裕がないことが延期の理由である旨をお伝えいたしました。それから今日までの間,私たちは,自分たちの結婚およびその後の生活がどうあるべきかを今一度考えるとともに,様々なことを話し合いながら過ごしてまいりました。私たちの気持ちを思いやりあたたかく見守ってくださっている方々がいらっしゃいますことを,心よりありがたく思っております。

一方で,私たち2人がこの結婚に関してどのように考えているのかが伝わらない状況が長く続き,心配されている方々もいらっしゃると思います。また,様々な理由からこの結婚について否定的に考えている方がいらっしゃることも承知しております。しかし,私たちにとっては,お互いこそが幸せな時も不幸せな時も寄り添い合えるかけがえのない存在であり,結婚は,私たちにとって自分たちの心を大切に守りながら生きていくために必要な選択です。

今後の予定等については,今の時点で具体的なものをお知らせすることは難しい状況ですが,結婚に向けて,私たちそれぞれが自身の家族とも相談をしながら進んでまいりたいと思っております。

この度,私がこの文章を公表するに当たり,天皇皇后両陛下と上皇上皇后両陛下にご報告を申し上げました。天皇皇后両陛下と上皇上皇后両陛下が私の気持ちを尊重して静かにお見守りくださっていることに,深く感謝申し上げております。

11月20日、文仁親王は、55歳の誕生日記者会見で「結婚することを認める」とし、婚姻の自由を保障した憲法の規定を理由に、2人の結婚を容認する気持ちを初めて明言した[44]。一方で「決して多くの人が納得し、喜んでくれている状況ではない」とも述べ、「やはりそれ(相応の対応)が見える形になるというのは必要なこと」と一定の対応を促した。また、「結婚と婚約は違う」との見解を示し、憲法にある結婚は認めるものの、両家の約束に当たる婚約の儀式(納采の儀)実施については含みを残した[45]

11月30日内閣官房長官加藤勝信は同日午前の定例会見で、文仁親王が眞子内親王とKの結婚を認めると発言したことについて、「政府としては今後とも静かに見守っていきたい」と述べた[46]。また、文仁親王が婚約の条件として多くの人が受け入れることを挙げたと指摘し、「一般論として、多くの人にお祝いされる(ことを望む)のは、親としては当然なのではないか」とも語った[47]

12月3日皇室会議及び皇室経済会議元議員で、現予備議員の伊吹文明は、Kの姿勢に異例の苦言を呈し、一連のトラブルについて国民への説明責任を果たすよう求めた[48]

12月10日、宮内庁長官西村泰彦は定例の記者会見で、「結婚に向けて、批判に対して説明責任を果たすべき方が果たしていくことがきわめて重要だと考えている」と述べ、K親子側の対応を求めた[49]

2021年(令和3年)2月19日今上天皇は、誕生日に先立って行われた記者会見にて、眞子内親王の結婚問題に言及し、「国民の間でさまざまな意見があることは私も承知している」とした上で「眞子内親王が、ご両親とよく話し合い、秋篠宮が言ったように、多くの人が納得し喜んでくれる状況になることを願っております」と述べた[50]

年譜[編集]

外遊歴(単独公式訪問)[編集]

2015年12月、ホンジュラス訪問時

ブラジルペルーボリビアなど日本人移民の歴史を持つ南米各国とのパイプ役を上皇夫妻から引き継いだほか、ブータン王室とも家族ぐるみの交流がある[51]

海外訪問
出国 帰国 訪問地 備考
2015年(平成27年) 12月2日 12月12日 エルサルバドルの旗 エルサルバドルホンジュラスの旗 ホンジュラス
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国立ち寄り)
エルサルバドル国政府及びホンジュラス国大統領からの招待 外交関係樹立80周年記念[52]
2016年(平成28年) 9月6日 9月16日 パラグアイの旗 パラグアイ
ドイツの旗 ドイツブラジルの旗 ブラジル立ち寄り)
パラグアイ国政府からの招待 日本人の同国移住80周年記念[53]
2017年(平成29年) 5月31日 6月8日  ブータン
シンガポールの旗 シンガポール立ち寄り)
ブータン国政府からの招待 [54]
2018年(平成30年) 7月17日 7月31日 ブラジルの旗 ブラジル
ドイツの旗 ドイツアメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国立ち寄り)
ブラジル国政府からの招待 日本人の同国移住110周年記念[55]
2019年(令和元年) 7月9日 7月22日 ペルーの旗 ペルー ボリビア
アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国立ち寄り)
ペルー国政府及びボリビア国政府からの招待 日本人の同国移住120周年[56]

逸話[編集]

  • 平成の天皇(第125代天皇、現上皇)夫妻の初孫であるため、注目度の高さから幼年期は報道ワイドショーへの露出も多かった。また、この時期は警備にも多数の人員が割かれていたという。
  • 1993年(平成5年)夏、軽井沢静養の折り、大型犬が母の紀子に抱かれた眞子内親王の眼前まで飛び上がり、驚いた飼い主に対し紀子が「お友だちになりたいのね」と咄嗟にフォローしたことがある。
  • 1995年(平成7年)5月、葉山静養の折り、浜辺の散策において、海蛇に関心を持っていた当時3歳の眞子内親王が「あっちまで行ったら海蛇がいるよね、お父さま。(あの人たちは)どうして海蛇釣るの?」と父の文仁親王にしきりに尋ねる映像がある。幼少時のエピソードの中でも有名なもので、皇室特番やニュースでも頻繁に紹介されている。
  • 美術古文書建築物などに関心がある。特に日本画に関心が深く、学習院初等科を卒業した時の作文には正倉院唐招提寺京都御所において美術を鑑賞し、奈良鳥類研究所において鳥を描く際の心得についての指導を受けた出来事が記されている。同作文においては、修復技術への関心もうかがわせた。
  • 祖母の上皇后美智子(当時は皇后)が手がけていた養蚕皇后御親蚕)を、母の紀子や妹の佳子内親王と共に手伝っていた。皇后御親蚕において小石丸から採取された糸から作られたは、皇族が儀式に用いる着物に用いられ、眞子内親王も瑞鳥であるをあしらった晴れ着を着用した。
  • 同様に1996年(平成8年)から、妹とともに祖父の上皇(当時は天皇)が行っていた皇居での稲作(お田植え)も手伝っている[57]
  • インターネット上での人気が高く、話題となったことがある[58]
  • ジャニーズ事務所所属の芸能人男性アイドルのファンと言われ、そのコンサートに観客として行ったとするゴシップ記事が掲載されたこともあったが[59]2008年(平成20年)9月26日になって、テレビ番組での報道と併せ、コンサートを鑑賞した事実が宮内庁発表により否定されている[60]
  • 公式には宮家の当主ではないため「秋篠宮」の宮号は冠しないが、自署などでは「秋篠宮眞子」とした例がある[61]

系譜[編集]

眞子内親王 父:
文仁親王(秋篠宮)
祖父:
明仁
曾祖父:
昭和天皇
曾祖母:
香淳皇后
祖母:
美智子上皇后
曾祖父:
正田英三郎
曾祖母:
正田富美子
母:
紀子
祖父:
川嶋辰彦
曾祖父:
川嶋孝彦
曾祖母:
川嶋紀子
祖母:
川嶋和代
曾祖父:
杉本嘉助
曾祖母:
杉本栄子
 
 
 
 
 
 
 
 
歴代天皇
 
歴代皇后
 
親王
 
内親王女王
 
臣籍降下
 
 
 
 
大正天皇(明治天皇の子)
 
貞明皇后(大正天皇の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
昭和天皇(大正天皇の子)
 
香淳皇后(昭和天皇の妻)
 
秩父宮雍仁親王(大正天皇の子)
 
雍仁親王妃
勢津子
(秩父宮雍仁親王の妻)
 
高松宮宣仁親王(大正天皇の子)
 
宣仁親王妃
喜久子
(高松宮宣仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
三笠宮崇仁親王(大正天皇の子)
 
崇仁親王妃
百合子
(三笠宮崇仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
東久邇成子
(照宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
久宮祐子内親王(昭和天皇の子)
 
鷹司和子
(孝宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
池田厚子
(順宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
上皇
明仁
(昭和天皇の子)
 
上皇后
美智子
(上皇明仁の妻)
 
常陸宮正仁親王(昭和天皇の子)
 
正仁親王妃
華子
(常陸宮正仁親王の妻)
 
島津貴子
(清宮)
(昭和天皇の子、臣籍降下)
 
近衞甯子(三笠宮崇仁親王の子、臣籍降下)
 
寬仁親王(三笠宮崇仁親王の子)
 
寬仁親王妃
信子
(寬仁親王の妻)
 
桂宮
宜仁親王
(三笠宮崇仁親王の子)
 
千容子(三笠宮崇仁親王の子、臣籍降下)
 
高円宮憲仁親王(三笠宮崇仁親王の子)
 
憲仁親王妃
久子
(高円宮憲仁親王の妻)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
今上天皇(明仁の子)
 
皇后
雅子
 
皇嗣秋篠宮文仁親王(明仁の子)
 
皇嗣妃文仁親王妃紀子(秋篠宮文仁親王の妻)
 
黒田清子
(紀宮)
(明仁の子、臣籍降下)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
彬子女王(寬仁親王の子)
 
瑶子女王(寬仁親王の子)
 
 
 
 
 
承子女王(高円宮憲仁親王の子)
 
千家典子(高円宮憲仁親王の子、臣籍降下)
 
守谷絢子(高円宮憲仁親王の子、臣籍降下)
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
敬宮愛子内親王(徳仁の子)
 
 
 
眞子内親王(秋篠宮文仁親王の子)
 
佳子内親王(秋篠宮文仁親王の子)
 
悠仁親王(秋篠宮文仁親王の子)


脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ なお同大学の創設には高松宮宣仁親王も関与しており、皇室と縁のある大学の一つである。詳細は国際基督教大学#沿革を参照。

出典[編集]

  1. ^ 宮内庁 秋篠宮家
  2. ^ 皇室典範第二十三条第二項「前項の皇族以外の皇族の敬称は、殿下とする。」
  3. ^ ご略歴 宮内庁
  4. ^ 秋篠宮ご一家「仮住まい」に 宮邸の改修に伴い”. 日本経済新聞. 2019年2月7日閲覧。
  5. ^ “秋篠宮「眞子」さま 内親王命名の儀 ご夫妻でお決めに”. 読売新聞. (1991年10月29日). オリジナルの2014年7月6日時点におけるアーカイブ。. http://archive.is/qhOkO 2013年10月18日閲覧。 
  6. ^ a b “眞子さま、大学時代に名前隠しボランティア 担当記者の解説です。”. Yahoo!ニュース. (2015年11月6日). オリジナルの2015年11月6日時点におけるアーカイブ。. http://archive.is/YoNNK 
  7. ^ 眞子さまがホームステイ 夏にオーストリアへ 北海道新聞 2006年7月11日10時44分[リンク切れ]
  8. ^ 世界遺産の宮殿を見学 ウィーンで眞子さま 中国新聞 2006年8月12日[リンク切れ]
  9. ^ “眞子さまが国際基督教大に合格 AO入試、教養学部進学へ”. 47NEWS. (2009年11月5日). オリジナルの2009年11月7日時点におけるアーカイブ。. http://web.archive.org/web/20091107031243/http://www.47news.jp/CN/200911/CN2009110401000832.html 2013年10月18日閲覧。 
  10. ^ a b 眞子さま、ICU卒業 結婚は、「遅過ぎず早過ぎず」 朝日新聞 2014年3月26日[リンク切れ]
  11. ^ Japanese royal to spend time in Dublin studying English”. The Irish Times (2010年6月18日). 2016年4月11日閲覧。
  12. ^ 眞子さま、アイルランドから帰国 日本経済新聞 2010年8月15日
  13. ^ a b c 眞子さま、国際基督教大学をご卒業 「感謝しています」 iza 2014年3月26日
  14. ^ “〈眞子さま〉国際基督教大学を卒業「一生の思い出の4年間」”. 毎日新聞. (2014年3月26日) 
  15. ^ “眞子さまが9月に英国ご留学”. 産経新聞. (2012年8月3日). オリジナルの2012年12月19日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20121219000021/http://sankei.jp.msn.com/life/news/120803/imp12080310480001-n1.htm 2013年10月19日閲覧。 
  16. ^ “眞子さま 卒業 国際基督教大学 公務専念の意向”. 読売新聞. (2014年3月26日東京夕刊12頁) 
  17. ^ “眞子さま、英大学院へ…期間未定・寮で生活”. 読売新聞. (2014年6月20日). オリジナルの2014年6月20日時点におけるアーカイブ。. http://archive.is/qtyQV 
  18. ^ 眞子さま、英国に留学へ 日本経済新聞 2014年6月20日
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参照文献[編集]

  • 久能靖『知られざる皇室ー伝統行事から宮内庁の仕事まで』河出書房新社、2019年
  • 『読売新聞』2014年3月26日東京夕刊
  • 『読売新聞』2017年5月17日東京朝刊

関連項目[編集]

  • 宮中某重大事件 - 大正時代に起きた皇族の婚約(皇太子裕仁親王と良子女王、眞子内親王の曽祖父母にあたる昭和天皇香淳皇后の結婚)を巡る騒動。
  • 久邇宮朝融王 - 上記事件とは別の婚約騒動を起こした皇族(眞子内親王の曾祖母にあたる香淳皇后の実兄)。

外部リンク[編集]