秋篠宮
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| 秋篠宮 | |
|---|---|
|
きくつが 菊栂 | |
| 家祖 |
文仁親王 (今上天皇の第二皇男子) |
| 種別 | 皇族(直宮家) |
| 出身地 |
|
| 主な根拠地 |
東京都港区元赤坂・赤坂御用地内 秋篠宮邸 |
| 著名な人物 |
秋篠宮文仁親王 文仁親王妃紀子 眞子内親王(第一女子) 佳子内親王(第二女子) 悠仁親王(第一男子) |
| 凡例 / Category:日本の氏族 | |
| 皇室 |
|---|
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秋篠宮(あきしののみや)は、日本の宮家。第125代・今上天皇の第二皇男子・文仁親王の宮号。
概要[編集]
1990年(平成2年)6月29日、秋篠宮文仁親王と川嶋紀子との結婚を機に創設された。
宮号は和歌の歌枕として有名な奈良県奈良市の「秋篠」に由来する。なお宮号の候補には、常陸宮の宮号の由来のように、かつての親王任国である関東の令制国名(上総国、上野国)を由来とした“上総宮(かずさのみや)”、“上野宮(こうずけのみや)”などが挙がっていたともいわれている。
宮号に秋篠が選ばれたことで、同地が話題となった。特に、秋篠寺の技芸天像が文仁親王妃紀子に似ているとも言われた[1]。
構成[編集]
| 読み | 性別 | 生年月日 | 現年齢 | 続柄 | 皇位継承 順位 | |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 秋篠宮文仁親王 | ふみひと | 男性 | 1965年(昭和40年)11月30日 | 53歳 | 今上天皇第二皇男子 | 第2位 |
| 文仁親王妃紀子 | きこ | 女性 | 1966年(昭和41年)9月11日 | 52歳 | ||
| 眞子内親王 | まこ | 女性 | 1991年(平成3年)10月23日 | 27歳 | 文仁親王第一女子 | |
| 佳子内親王 | かこ | 女性 | 1994年(平成6年)12月29日 | 24歳 | 文仁親王第二女子 | |
| 悠仁親王 | ひさひと | 男性 | 2006年(平成18年)9月6日 | 12歳 | 文仁親王第一男子 | 第3位 |
系図[編集]
| 125 今上天皇 | |||||||||||||||||||||||
| 皇太子 徳仁親王 | [秋篠宮] 文仁親王 | 紀子 | |||||||||||||||||||||
| 眞子内親王 | 佳子内親王 | 悠仁親王 | |||||||||||||||||||||
職員[編集]
職員の総勢は20名ほどである[2]。
- 宮務官
- 1名。旧称は家令。宮家とその当主の側近奉仕のことを総括・掌理する。
富士亮[注釈 1]、山口弘康、徳丸久衛、中島慶二、小原邦彦、坪倉昭
- 侍女長
- 1名。妃の側近奉仕のことを総括・掌理する。侍女長補を監督する。
笠松祐子、犬伏紗知子、飯島蘭子、大内映子、池上礼子、山崎敦子
- 侍女長補
- 妃の側近奉仕のことを分掌する。侍女長を補佐する。
- 事務官
- 8名ほど
- 運転技官
- 専任の運転手。定員は5名ほど
- 調理技官
- 専任の調理師。宮内庁大膳課から配属される。
宮田拓矢[注釈 2]
- 臨時職員
- 3名ほど。他部署との併在辞令を受けた職員。
谷みどり
注釈[編集]
脚注[編集]
外部リンク[編集]
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