紅葉山御養蚕所

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1950年代の紅葉山御養蚕所

紅葉山御養蚕所(もみじやまごようさんじょ)は、東京都千代田区千代田皇居内にある養蚕施設[1]1914年(大正3年)に紅葉山に建てられた[2]

皇室と養蚕[編集]

1859年(安政6年)、開国直後の日本にとって生糸蚕種は最大の輸出品目であった。1871年(明治4年)、それまで長らく途絶えていた宮中での養蚕(ご養蚕)を昭憲皇太后吹上御苑内にて復活。その後火災や戦災などにより中断していたが、1879年(明治12年)には英照皇太后が青山御所に御養蚕所を新設し再開。同皇太后の崩御により中断の後、1908年(明治41年)に貞明皇后よって再開。1914年(大正4年)に当地を新設。1928年(昭和3年)に香淳皇后が引き継ぎ、1989年(平成元年)から1990年(平成2年)の間に皇后美智子が引き継いだ[3][4][5]

歴代の皇后のほか、眞子内親王や華族の子女などが作業をされることもある[6][4]。節子皇太后時代の貞明皇后や親王などが大日本蚕糸会の総裁を務めており、1981年(昭和56年)4月からは常陸宮正仁親王が務めている。

2012年(平成24年)には、三の丸尚蔵館にて養蚕を主題とした皇后陛下喜寿記念特別展「紅葉山御養蚕所と正倉院裂復元のその後」が開催された[6]

歴代御世話役・主任[編集]

主任は2か月近くを宮中で過ごす[7]。助手は群馬県立安中実業高等学校などのOBが務めているという[8]

  • 田島武平(1871年)[9]
  • 田島弥平(1872年 - 1873年)[9]
  • 神戸禮二郎(?年 - ?年)[8][10]
  • 佐藤好祐(1996年[4] - 2007年3月[9]
  • 藤枝貴和(2007年[11] - )

主な年中行事[編集]

2 - 3月頃に、所の主任と助手が準備を始める[5]

春に「御養蚕始の儀」(ごようさんはじめのぎ)にて掃き立てが行われ、養蚕作業が本格的に始まる[12]

その1週間から10日後に「御給桑行事」(ごきゅうそうぎょうじ)の1回目が行われ、皇居内の桑園で栽培された桑を与える。それから10日後に2回目が行われる[5]

熟蚕になると「上蔟」(じょうぞく)が行われ、種類に適した蔟(まぶし)に移す[13]

それから1週間後、「初繭掻」(はつまゆかき)にて収繭が行われる。その後、繭を蚕糸科学研究所に移し、繰糸、揚げ返し、仕上げを行い生糸になる[5]

その生糸で織られた絹製品は、宮中儀式や祭祀、贈物(御贈進品)に用いられるほか[5]、皇室の儀典用衣裳等に用立てられる。

繭の出荷後も採種などの作業をする[5]

初夏、「御養蚕納の儀」(ごようさんおさめのぎ)で終了する[5]

以上のほか、公務の合間をぬってあらゆる工程に携わっている[5]

取り扱う種[編集]

合計で12 - 15万頭のカイコを飼育している[3]

小石丸(こいしまる) 
純国産種。日中交雑種などに比べ繭が小さいことなどから昭和60年代から飼育中止が論議されていたが、皇后美智子の意向で続けられている。その繭から採れた絹糸は正倉院などの古代裂の復元や春日権現験記絵の修理に用いられている[3][5]
白繭(はっけん) 
日中交雑種[5]
黄繭(おうけん) 
欧中交雑種[5]
天蚕(てんさん) 
日本原産の野生種[5]

御歌・発言[編集]

  • 真夜まよこめて秋蚕あきごは繭をつくるらしただかすかなる音のきこゆる
    • 1966年(昭和41年)、皇后美智子の御歌[14]
  • 時折ときをりに糸吐かずをり薄き繭の中なるかひこつかれしならむ
    • 1966年(昭和41年)、皇后美智子の御歌[15]
  • 籠るのなほも光に焦がるるごとつひの糸かけぬたたずまひあり
    • 1966年(昭和41年)、皇后美智子の御歌[15]
  • 音ややにかすかになりて繭の中野しじまは深く闇にまさらむ
    • 1966年(昭和41年)、皇后美智子の御歌[16]
  • 夏の日に音たて桑をみゐしら繭ごもり季節しづかに移る
    • 1966年(昭和41年)、皇后美智子の御歌[16]
  • いく眠り過ごしし春すでにしてとほる白さに糸吐き初めぬ
    • 1973年(昭和48年)、蚕に関する皇后美智子の御歌[17]
  • 葉かげなる天蚕はふかく眠りゐてくぬぎのこずゑ風渡りゆく
    • 1992年(平成4年)、歌会始御題「風」に対する皇后美智子の御歌[18]
  • この年もがひする日の近づきて桑おほし立つ五月晴れのもと
    • 1996年(平成8年)、五月晴れに関する皇后美智子の御歌[19]
  • 初繭を掻きて手向けむ長き年宮がひ君はりし
    • 1996年(平成8年)、神戸禮二郎紅葉山御養蚕所主任をいたみて皇后美智子の御歌[10]
  • 約二か月にわたる紅葉山での養蚕も、私の生活の中で大切な部分を占めています。毎年、主任や助手の人たちに助けてもらいながら、一つ一つの仕事に楽しく携わっています。小石丸という小粒の繭が、正倉院の古代裂の復元に最もふさわしい現存の生糸とされ、御物の復元に役立てていただいていることを嬉しく思っています。
    • 1999年(平成11年)10月20日、誕生日に際する記者会見にて、「プライベートの皇后さま」についての質問に対して、皇后美智子[20]

脚注[編集]

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  1. ^ よくあるご質問”. 宮内庁. 2015年5月26日閲覧。
  2. ^ 年表”. 東京農工大学工学部百年史. 東京農工大学. 2015年5月26日閲覧。
  3. ^ a b c 真鍋光之 (2014年4月30日). “皇室:皇后さま 皇居で「御養蚕始の儀」”. 毎日新聞 (毎日新聞社). http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20140430k0000e040140000c.html 2015年5月26日閲覧。 
  4. ^ a b c 天皇家御養蚕所と東京農工大学”. 東京農工大学工学部百年史. 東京農工大学. 2015年5月26日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l (日本語) 皇后陛下のご養蚕 (インターネットテレビ). 内閣府.. (2014年2月14日). http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg9310.html 2015年5月26日閲覧。 
  6. ^ a b “【皇室ウイークリー】 (222)皇太子ご一家も御所訪問のご意向 訪仏お取りやめ「8日前」の理由は?+(4/5ページ)”. MSN産経ニュース (産業経済新聞社). (2012年3月10日). http://sankei.jp.msn.com/life/news/120310/imp12031007000001-n4.htm 2015年5月26日閲覧。 
  7. ^ 上毛新聞「世紀をつなぐ」 - 繭の記憶 - (4)”. 2015年5月26日閲覧。
  8. ^ a b 菅原龍彦 (2008年4月22日). “蚕糸高 御養蚕所で卒業生激励”. 上毛新聞 (上毛新聞社). http://www.jomo-news.co.jp/rensai/watashi/kiji/402.htm 2015年5月26日閲覧。 
  9. ^ a b c ““ご養蚕”に島村の技術 紅葉山御養蚕所前主任 佐藤さんが講演 伊勢崎”. 上毛新聞 (上毛新聞社). (2007年5月15日). http://www.jomo-news.co.jp/silk/new/20070515/20070515.htm 2015年5月26日閲覧。 
  10. ^ a b 皇后美智子 『瀬音』 大東出版社、1997年4月10日、214頁。ISBN 4-500-00633-8
  11. ^ 【7月1日】群馬県立日本絹の里新館長の就任について(蚕糸園芸課)”. 報道提供資料. 群馬県. 2015年5月26日閲覧。
  12. ^ “皇后さま:御養蚕始の儀に出席”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2015年4月30日). http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20150501k0000m040064000c.html 2015年5月26日閲覧。 
  13. ^ “皇后さま:蔟に蚕入れる作業行う 皇居・紅葉山御養蚕所”. 毎日新聞 (毎日新聞社). (2014年5月23日). http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20140524k0000m040025000c.html 2015年5月26日閲覧。 
  14. ^ 皇后美智子 『瀬音』 大東出版社、1997年4月10日、22頁。ISBN 4-500-00633-8
  15. ^ a b 皇后美智子 『瀬音』 大東出版社、1997年4月10日、23頁。ISBN 4-500-00633-8
  16. ^ a b 皇后美智子 『瀬音』 大東出版社、1997年4月10日、24頁。ISBN 4-500-00633-8
  17. ^ 皇后美智子 『瀬音』 大東出版社、1997年4月10日、54頁。ISBN 4-500-00633-8
  18. ^ 皇后美智子 『瀬音』 大東出版社、1997年4月10日、174頁。ISBN 4-500-00633-8
  19. ^ 皇后美智子 『瀬音』 大東出版社、1997年4月10日、213頁。ISBN 4-500-00633-8
  20. ^ 皇后陛下お誕生日に際し(平成11年)”. おことば・記者会見. 宮内庁. 2015年5月26日閲覧。

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度41分7.5秒 東経139度45分9.1秒 / 北緯35.685417度 東経139.752528度 / 35.685417; 139.752528