山本信一郎

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

山本 信一郎(やまもと しんいちろう、1950年8月23日 - )は、日本の元自治総務官僚内閣府事務次官宮内庁次長宮内庁長官(2016年9月26日 - 2019年12月17日)を歴任。

概要[編集]

福井県今立郡池田町出身[1]藤島高校を経て、1973年(昭和48年)、京都大学法学部卒、同年自治省入省[2]2008年(平成20年)7月から2009年(平成21年)7月まで内閣府事務次官を務めた。のち消防試験研究センター理事長。

人物[編集]

2016年(平成28年)7月13日にされた、「第125代天皇明仁(上皇明仁)が生前退位、次期皇位継承者である皇太子徳仁親王(今上天皇)へ譲位する意向を示している」という報道について、宮内庁次長(当時)として「報道されたような事実は一切ない。」「その大前提となる(天皇の)お気持ちがないわけだから、検討していません。」と述べたが、同年8月8日、約11分間のビデオを通じて第125代天皇明仁自身が日本国民に向けて伝えた「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」で、間接的ながら自身の生前退位(譲位)への意向について言及した。

2017年(平成29年)9月3日、秋篠宮文仁親王の長女で当時の皇太子徳仁親王(現在の今上天皇)の姪、当時の天皇明仁(現在の上皇)の初孫にあたる眞子内親王と小室圭の婚約内定が発表された[3]。宮内庁長官の山本信一郎は記者会見で、小室圭について「ご結婚のお相手としてふさわしい誠に立派な方」と述べた[3]

略歴[編集]

  • 1973年(昭和48年) 自治省入省(税務局市町村税課[4]
  • 1975年(昭和50年)4月 自治省行政局公務員部公務員第一課[4]
  • 1976年(昭和51年)4月 自治省税務局固定資産税課[4]
  • 1977年(昭和52年)10月 自治省行政局行政課[4]
  • 1978年(昭和53年)4月 島根県企画部開発課[4]
  • 1980年(昭和55年)島根県総務部地方課[4]
  • 1991年(平成3年) 岡山県総務部長
  • 1993年(平成5年)4月1日 自治省大臣官房情報管理室長
  • 1993年(平成5年)9月20日 自治省行政局選挙部管理課長
  • 1998年(平成10年)1月6日 自治省行政局選挙部選挙課長
  • 1999年(平成11年)8月14日 自治省行政局行政課長
  • 2000年(平成12年)5月24日 自治大臣官房審議官選挙担当)
  • 2001年(平成13年)1月6日 総務省大臣官房審議官(選挙担当)
  • 2001年(平成13年)7月3日 総務省大臣官房審議官(地方行政地方公務員制度、選挙担当)
  • 2001年(平成13年)8月1日 内閣府大臣官房審議官(沖縄担当)
  • 2003年(平成15年)1月17日 内閣府政策統括官(総合企画調整担当)
  • 2004年(平成16年)4月 内閣府政策統括官(共生社会政策担当)
  • 2005年(平成17年)9月1日 内閣府大臣官房長
  • 2008年(平成20年)7月1日 内閣府事務次官
  • 2009年(平成21年)7月7日 退官
  • 2011年(平成23年)9月 消防試験研究センター理事長
  • 2012年(平成24年)6月1日 宮内庁次長[5]
  • 2016年(平成28年)9月26日 宮内庁長官[6]
  • 2019年(令和元年)12月17日 - 退官[7]

脚註[編集]