秋元義孝

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
日本の旗 日本の官僚
秋元 義孝
あきもと よしたか
生年月日 (1953-01-01) 1953年1月1日(66歳)
出生地 東京都
出身校 東京大学法学部第二類
前職 駐オーストラリア特命全権大使
現職 宮内庁式部官長

在任期間 2015年5月1日 - 現職
テンプレートを表示

秋元 義孝(あきもと よしたか、1953年1月1日[1] - )は、日本の元外交官。2015年5月から第14代宮内庁式部官長

在ロシア日本国大使館公使、外務省アフリカ審議官儀典長、駐オーストラリア特命全権大使などを歴任した。

経歴[編集]

東京都出身。東京教育大学附属駒場高等学校卒業[2]

1976年10月 外務公務員採用上級試験合格[3]

1977年3月 東京大学法学部第二類卒業[3]。4月 外務省入省[3]

1991年11月 在英国日本国大使館 参事官[3]

1994年6月 在ロシア日本国大使館 参事官[3]

1997年(平成9年)8月 欧亜局東欧課長[3]

1999年8月 経済協力局無償資金協力課長[3]2001年1月 経済協力局政策課長[3]

2002年4月 在インドネシア日本国大使館公使[3]

2008年1月 外務省大臣官房審議官兼総合外交政策局(国連担当)大使[3]

2008年7月 中東アフリカ局アフリカ審議官[3]2010年8月 儀典長[3]

2012年9月 在オーストラリア日本国大使館 特命全権大使[3]

2015年5月1日付で宮内庁へ転じて宮内庁式部官長[4]

2019年4月30日の明仁天皇の退位礼正殿の儀並びに同年5月1日の徳仁天皇の剣璽等承継の儀と、2日間に亘る譲位関連の儀式に際しては宮内庁長官・山本信一郎と共に天皇を殿上へ先導する役目を担当した[5][6]

人物像[編集]

専門はロシアと経済協力の2つ[3]。外務省では入省した時点で専門の外国語を決められるが、秋元の場合はロシア語だった[3]。そのために若いころからソ連・ロシア関係に長く携わってきており、モスクワには3回、合計9年間勤務した[3]

自身のパーソナリティーについて、秋元によれば「ひと言で表現する上手い言葉が見つかりません。自分の性格はよく分かりませんが、極めて合理主義的な面と恩義を大切にする古風な面とが複雑に共存しているのでないでしょうか。」という[3]

座右の銘は「人間万事塞翁が馬」[3]。秋元によれば「人生は、何が最終的に福か禍かは誰にも判らないという故事です。だから、成功している時も奢らず、失敗した時も落ち込まず、という風に自分なりに理解しています。自分のこれまでの人生の中でいろいろな経験を積み重ねていくうちに、自然にこのようなことを会得したように思います。自分の娘たちが落ち込んでいる時なども、よく言って聞かせましたから、今では我が家の家訓になっています。」という[3]

家族・親族[編集]

秋元家[編集]

東京都

フジテレビ社員(元アナウンサー)の秋元優里と、テレビ東京アナウンサーの秋元玲奈は娘。優里の前夫はフジテレビアナウンサーの生田竜聖(竜聖の兄は俳優、タレントの生田斗真)。秋元は優里と生田竜聖の結婚に当初反対したとされる[7]。玲奈の夫の父は元フォーミュラ1ドライバーの鈴木亜久里[8]

略系図[編集]

 
 
 
 
秋元義孝
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
秋元玲奈
 
秋元優里
 
 
生田竜聖
 
 
生田斗真
 
 

入省同期[編集]

外部リンク[編集]

脚註[編集]

先代:
河相周夫
宮内庁式部官長
2015年 -
次代:
-