牧原俊幸

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まきはら としゆき
牧原 俊幸
プロフィール
愛称 マッキー
出身地 日本の旗 日本 北海道江別市
生年月日 (1958-07-26) 1958年7月26日(60歳)
血液型 B型
最終学歴 早稲田大学第一文学部
職歴フジテレビアナウンサー〈1983年 - 2018年〉、アナウンス室デスク担当部長→アナウンス室部長(2008年6月27日付人事異動)→専任局次長(2010年6月29日付人事異動)→アナウンス室長(2012年6月28日付人事異動)→アナウンス室専任局長(2014年6月27日付人事異動)
活動期間 1983年 -
ジャンル 報道・バラエティ
配偶者 あり
出演番組・活動
過去

とんねるずのみなさんのおかげでした』『FNN NEWSCOM
カノッサの屈辱
クイズ!ヘキサゴンII』(出題)

など

牧原 俊幸(まきはら としゆき、1958年7月26日 - )は、フリーアナウンサーで、元・フジテレビアナウンサー。愛称は『マッキー』。

来歴・人物[編集]

北海道江別市の出身で、北海道札幌北高等学校を経て早稲田大学第一文学部へ進学した。大学では、「早稲田大学寄席演芸研究会」とアナウンス研究会に所属。就職活動中には、フジテレビのアナウンサー採用試験に加えて、当時落語研究会出身者を対象にアナウンサーを募集していた讀賣テレビ放送の入社試験にも臨んでいた[注釈 1]

大学卒業後の1983年4月1日付で、松尾紀子と共に、アナウンサーとしてフジテレビへ入社した。若手時代には『プロ野球ニュース』でNPB公式戦の試合結果を報告していたが、入社5年目の1988年頃から、進行役やナレーターとして多数のバラエティ番組に出演。『とんねるずのみなさんのおかげです』シリーズでは、長年にわたって「(新・)食わず嫌い王決定戦」の進行役を務めた。フジテレビの系列局・関西テレビの東京支社が制作に関与した番組(『とんねるずのハンマープライス』『SMAP×SMAP』など)にも出演する一方で、週末を中心に、全国向けニュース番組(『FNN NEWSCOM』『FNNスピーク』など)のキャスターをレギュラーで担当したこともあった。

2012年6月28日付で、福井謙二の後任として編成制作局アナウンス室長に就任。『FNS27時間テレビ』フィナーレ恒例のフジテレビ新人アナウンサー披露企画では、同年から第8代の立会人を務めた。

アナウンス室長への就任後も『とんねるずのみなさんのおかげでした』の「新・食わず嫌い王決定戦」などで番組出演を続けていたが、2018年の誕生日(7月26日)でフジテレビの定年(60歳)に達したことから、同月31日付で同局を定年退職。翌8月1日から、フリーアナウンサーへ転身した[1]。転身当初は古巣・フジテレビ制作の番組にのみ出演していたが、同年11月3日に関西ローカルで放送された『文化の時間~みんながアレを好きな理由わかりました~』(テレビ大阪)で司会を務めたことを皮切りに、フジテレビおよび系列局以外の放送局が制作する番組にも登場している[2]

大学生時代からマジックが得意で、フジテレビへの入社後に、地元・江別市での祭りでその腕前を披露したこともある。フリーアナウンサーへの転身後は、「マッキー牧原」の芸名で、寄席での色物としてマジックやトークを随時披露。転身直後の2018年8月に浅草演芸ホールで催された落語芸術協会下席・昼の部で、初めて寄席に出演している[注釈 2][3]

現在の出演番組[編集]

過去の出演番組[編集]

フジテレビアナウンサー時代[編集]

フリーアナウンサーへの転向後[編集]

  • さんまのお笑い向上委員会(2018年9月15日~9月29日) - マッキー牧原名義でモニター横芸人として出演
  • 文化の時間~みんながアレを好きな理由わかりました~(2018年11月3日、テレビ大阪) - 壇蜜と共に司会を担当

同期[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 実際には森武史を採用。
  2. ^ この席の主任(トリ)であった桂竹丸が入門前に駒澤大学の落語研究会で活動していて、かねてから牧原と親交があったことから実現した。

出典[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]