5年後

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5年後』(ごねんご)は、1992年10月から1993年3月までフジテレビ深夜番組放送枠『JOCX-TV2』 (JUNGLE) で木曜日に放送されていたバラエティ番組である。

概要[編集]

1993年から1997年までの「5年間」を、実際の計画による予測および確定した予定と勝手な推測を合わせながら映像で紹介していた深夜番組である。1997年10月から1998年3月に『5年前』という番組を放送しているという設定になっていた。毎週、あるテーマについて「テーマ別検証」として取り上げ、他の予測よりも細かく検証して予測していた(実際に予定されているものには「Real Information」と表示されていた)。年別検証では、社会、自然、エンタテイメント、スポーツ、レジャーの分野にわけて紹介した。放送時間は、25:40 - 26:10が中心だった。

オープニングでは、5年後の『朝日新聞』という設定(題字が変わっているが、実現していない。ここでの題字は『毎日新聞』が1991年から採用しているものをパロディーにしたものだった)の新聞が出てきて「きんさんぎんさん105歳に!」などの記事が目立ち、テレビ欄の『5年前』のところがアップになって『5年後〜FIVE YEARS AFTER』のタイトルが出る。テーマ曲としてグスターヴ・ホルストの『木星』が使用されていた。

フジテレビにはかつて『マーケティング天国』、『カノッサの屈辱』、『TVブックメーカー』という「マーケット3部作」が存在しており、関連性が強い。ただし、この3番組に携わったホイチョイ・プロダクションズは、当番組には関わっていない。

主な予測[編集]

バブル景気の崩壊直後であり、おもに明るい話題(早期に経済が立ち直るなど)を提供しようとしていた。

  • オープニング検証
  • テーマ別検証
  • 流行語大賞
  • エンディング検証

的中した予測[編集]

  • アルコールの回のエンディングに出てきた缶入り水割り(放送直後に実際にサントリーから発売された)や、電話の回の小学生の携帯電話所持など実現したものもあった。なお、AVの回で取り上げられた『CD-I』は現在DVDに形を変えて実現している。

外れた予測[編集]

各放送回[編集]

# 放送日 テーマ 備考
1 1992年10月15日 自動車業界
2 1992年10月22日 フード業界
3 1992年10月29日 AV業界
4 1992年11月5日 旅行業界
5 1992年11月12日 アルコール業界
6 1992年11月19日 学校
7 1992年11月26日 ファッション業界
8 1992年12月3日 電話
9 1992年12月10日 クリスマス
10 1992年12月17日 遊びの5年前 年末スペシャル。「旅行」「アルコール」「ファッション業界」の総集編。
11 1993年1月7日 テクノロジーの1993→8年 「自動車」「AV機器」「電話」の総集編。
12 1993年1月14日 スポーツ
13 1993年1月21日 結婚
14 1993年1月28日 フード業界 第2回の再放送。
15 1993年2月4日 家電
16 1993年2月11日 年別検証・1994年
17 1993年2月25日 年別検証・1995年
18 1993年3月4日 年別検証・1996年
19 1993年3月11日 年別検証・1997年
20 1993年3月18日 年別検証・1993年 最終回。

出演者[編集]

  • 牧原俊幸(当時フジテレビアナウンサー、進行役)
    髭を蓄えており、フリーアナウンサーになっているという設定であった。実際の牧原は2018年までフジテレビに在職(最終経歴はアナウンス室専任局長)し、同年7月31日付で定年退職したことでフリーへ転身している[1]
  • 城ヶ崎祐子(当時フジテレビアナウンサー、ナレーション)

制作[編集]

  • 構成 - 小山薫堂
  • 企画 - 小川晋一鈴木吉弘(フジテレビ)
  • 未来予測 - 川井凡、永弘道
  • 音効・選曲 - 角千明(プロジェクト80
  • 編集 - 薗部健
  • グラフィックデザイン - 下村哲也、阿部依久子、宮田弘美、渡辺雅美(プロメット)
  • タイトルロゴ - 岸和弘
  • 演出 - 田中経一
  • アシスタントプロデューサー - 藤井則子
  • プロデューサー - 古賀憲一(日本テレワーク)、西山雅庸(ZION[2]
  • 制作協力 - 日本テレワーク
  • 制作著作 - フジテレビ

その他[編集]

  • オープニングの新聞には「大洋優勝」の文字が踊っていた(放送開始翌月に横浜ベイスターズと改名、同時に新聞の見出しも改められた)が、1997年は惜しくも優勝を逃した(翌1998年に38年ぶりの日本一)。[3]
  • AV業界の回に出てきた新聞では、テレビドラマ『水戸黄門』最終回の水戸光圀役は里見浩太朗となっていたが、実際に第31部(2002年開始)から光圀役を務め、そのままシリーズ終了を迎えた。

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ サンケイスポーツ (2018年7月6日). “牧原アナ、今月末で定年退職 ダウンタウンと共演「最後にいい記念になりました」”. https://www.sanspo.com/geino/news/20180706/geo18070605020009-n1.html 2020年1月26日閲覧。 )。
  2. ^ 現在、ディ・コンプレックスの会長と社長。
  3. ^ ちなみに監督の設定だった田代富雄は1997年、ベイスターズの2軍打撃コーチとして招聘されている。