FNS27時間テレビ

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FNSの日 > FNS27時間テレビ
FNS27時間テレビ
ジャンル バラエティ番組 / 特別番組
放送国 日本の旗 日本
制作局 フジテレビ / フジネットワーク
製作総指揮 日枝久(1997 - 2000年)
村上光一(2001 - 2003年)
日枝久(制作代表)
出演者 総合司会
ナインティナイン岡村隆史矢部浩之)(2004・2011・2015年)
中居正広SMAP)(1998 - 2000年)
みのもんた(2002 - 2003年)など。
進行
川端健嗣(1997年)
西山喜久恵(1998 - 2003年)
木佐彩子小島奈津子(2001年)
内田恭子(2002年)
高島彩(2003年)
その他の出演者については各項目を参照
音声 ステレオ放送
疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI 真夏の27時間ぶっ通しカーニバル〜REBORN
放送時間 1997年7月26日18:00 - 翌27日20:54(26時間54分)
放送期間 放送時間と同じ
'98FNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島 てれずにいいこと、てれずに楽しく
放送時間 1998年7月18日18:00 - 翌19日20:54(26時間54分)
放送期間 放送時間と同じ
'99FNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島 てれずに楽しく、てれずに愛して
放送時間 1999年7月17日18:00 - 翌18日21:24(27時間24分)
放送期間 放送時間と同じ
2000FNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島 家族 愛 LOVE YOU
放送時間 2000年7月8日18:00 - 翌9日20:54(26時間54分)
放送期間 放送時間と同じ
FNS ALLSTARS 27時間笑いの夢列島
放送時間 2001年7月21日18:00 - 翌22日20:54(26時間54分)
放送期間 放送時間と同じ
FNS27時間テレビ みんなのうた 〜あの素晴らしい日本をもう一度〜
放送時間 2002年7月6日18:30 - 翌7日21:00(26時間30分)
放送期間 放送時間と同じ
FNS27時間テレビ みんなのうた
放送時間 2003年6月28日18:00 - 翌29日 21:00(27時間00分)
放送期間 放送時間と同じ

特記事項:
2001年(第15回)は総合司会不在。
2004年からの放送内容については各記事を参照。
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FNS27時間テレビ』(エフエヌエスにじゅうななじかんテレビ)は、1997年以降の『FNSの日』の通称であり、1年に1度生放送されている日本の長時間特別番組。その年のメインコンセプトテーマに沿った内容となる。2005年以降は放送時間が25 - 26時間になることもあるが、本項目では便宜上、回数が多く通称として使われる「27時間テレビ」としている。「27HTV」と略されることもある。

タイトルは日本テレビ系列『24時間テレビ 「愛は地球を救う」』を真似たもの。

制作著作はフジテレビではなく、テレビ大分を除くFNSフジネットワーク(または「フジネットワーク27社[1]」)となっている[2]

放送遍歴[編集]

第11回(1997年)疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI真夏の27時間ぶっ通しカーニバル 〜REBORN〜[編集]

概要[編集]

オープニングは、フジテレビが河田町からお台場に引っ越したということから、スタジオではなく社屋前の海に浮かぶ船上の生中継からスタート。松本は、乗り物酔い持ちのため「吐きそう」「なんでこんな船の上からするの。」と何度も嘆いていた。

台風関連

7時台と9時台に台風情報を放送した。オープニングの後に放送する予定だったナゴヤドームでの中日-巨人戦が台風のため中止(ナゴヤドームでプロ野球の試合が中止されたのは初めて)になり、急遽ヤクルト野村克也監督、古田敦也ドゥエイン・ホージー両選手(いずれも当時)が招かれ、オールスター戦のダイジェストとヤクルト選手などの名珍場面を放送した(神宮球場のヤクルト戦も中止だった)。また、「お台場GAME BATTLE」のみ出演の予定だった「ビーチボーイズ」の俳優陣(反町隆史竹野内豊広末涼子稲森いずみマイク眞木)が中継に登場した。後の「お台場GAME BATTLE」も当初は屋外の特設会場に1万人の観客を招いて行なう予定だったが、公開放送を中止。さらに、特設会場で使われる機械が故障。急遽、出演者が仮設のテントの中で「ぷよぷよ」対決を行うことになった。プロ野球は福岡ドーム(当時)以外の4試合も中止となり1試合しかなかったため、「プロ野球ニュース」も内容を変更、前年に引き続き「居酒屋あぶさん」からの中継を継いで「緊急討論・巨人は優勝できるか?」を放送した。

深夜帯

LOVE LOVE あいしてる」スペシャル内で中居正広がKinKi Kidsに電話をかけた。深夜企画ではお色気企画も復活し、ブレイクする前のココリコ雨上がり決死隊ネプチューンオセロチュパチャップスなどが出演した。ココリコはこの年以降「27時間テレビ」に連続出演している。

浜田が志村けんと、大箱根カントリークラブにて早朝ゴルフ対決。

お台場特設会場(観衆1万人)

前年に引き続いて「全国フリースロー選手権大会」を開催。決勝はお台場の特設会場。優勝は福島テレビで、最終戦のドリームマッチでもデニス・ロッドマンに勝利。

MAXT.M.RevolutionSPEEDEvery Little ThingGLAYPUFFY華原朋美西城秀樹が特設野外ステージでスペシャルライブを行った。(天候は前日と変わり晴天)。

「大決戦!日本列島エエヒト怪獣ツルベVSワガママ怪獣ヒトシ」では、互いに同姓同名の素人(中継で登場)と組んで対決。

さんまのスポーツするぞ!」ではさんま・今田・東野・ナイナイのさんまチームがロッドマンとフリースロー対決をし、岡村と東野が決め2対1でさんまチームが勝利。松本vsロッドマンのビリヤード対決終了後、ダウンタウンとさんまの共演もあった。

めざましテレビ 達人SP」にて、武道家の玉城厚志が「1分間の瓦早割り」に挑戦、それまでの世界記録の191枚を89枚更新する280枚の世界新記録を樹立した。静岡、大阪、愛知、岩手、福島の5ヶ所からも達人が登場した。

夕方は「川端健嗣アナウンサー・篠原ともえザ・ヒューマンデラックス」を放送。

長時間の出演で疲れ切った状態で、西川貴教とトーク、KinKi Kids吉田拓郎の中継が行われた。

FNS局対抗戦(第2回全国フリースロー選手権大会)
今回は1回戦の試合数が前回の9試合から2試合増えて11試合に。又、大会的に有利とされるシード枠(1回戦は不戦勝で2回戦から登場)は前回の7チームから2枠減って5チームにとトーナメントに若干、変更点があった。
フジテレビが1回戦で前回優勝の鹿児島テレビを/続く2回戦で前回準優勝の長野放送を立て続けで破った(前回のファイナリストが連続して敗れる波乱があった)。
決勝戦テレビ長崎福島テレビの対戦。1万人の観客が見守る目の前で行なわれて福島が勝利。ドリームマッチのデニス・ロッドマンも含めて全国優勝・完全優勝の2冠達成となった。
グランドフィナーレ

漁船が続々と到着。放送エリアで唯一海のない(他の内陸県は広域局エリアに属するか、フジテレビ系列局がない県だった。)長野県からは笹船が乗ったトラックに乗って登場した。 提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは宇田麻衣子春日由実桜井堅一朗深澤里奈の男性1人、女性3人の計4人だった。唯一の男性アナの桜井アナは何故か総合司会のダウンタウンの2人に弄られっ放し状態になっていた。

今回の27時間テレビの瞬間最高視聴率は東野幸治篠原ともえが担当したコーナー「プリプリプリティ」で22.1%だった。この事が翌年の27時間テレビでも東野が登場した際にも、壁に「ウェルカム最高視聴率男」と書かれた張り紙が貼ってあった。

主要スタッフ[編集]

FNS1億2700万人の27時間テレビ夢列島(1998年 - 2000年)[編集]

 SMAPの中居正広を総合司会に据え、当時若者を中心に人気だった「サタ☆スマ」をベースに放送された。進行役はフジテレビの西山喜久恵アナウンサー。

この3回は、荒井昭博総合プロデューサー、坪田譲治総合演出、構成鈴木おさむの3氏が製作を指揮していた。また、「笑っていいとも!増刊号」が2部構成で放送された。

第12回(1998年)〜てれずにいいこと・てれずに楽しく〜[編集]

  • 総合司会:中居正広(SMAP)
  • 番組テーマの「てれずに〜」は“照れず”にと“テレビ”をかけている。

「ドミノを27時間以内に立てられるか」という企画が始まり、翌年から北広島市で連続して行われた(北海道文化放送が中継)。“倒れない車ドミノ”は特徴的。

  • ナゴヤドームから2年連続の生中継。この年はK-1中継を放送した。
  • 2年ぶりにこの枠で放送された「笑っていいとも!増刊号スペシャル」はお台場・フジテレビのスタジオではなくスタジオアルタからの放送だった。後半・永井美奈子のヒミツを当てる問題で、加藤浩次は「中年男性のウップンを受け止める」と答え、タモリは「今、何時だと考えろ!夜中のナイナイのコーナーじゃないから」と激怒。加藤はナイナイのコーナー「流出!裏めちゃイケ」にも登場した。
  • この年のFNS系列・恒例の局対抗企画はFNS空き缶アートフェスティバルに使った空き缶の総数で争い結果、テレビ愛媛が四国勢初優勝を決めた。尚、東北の仙台放送は時間内に作品が出来なかった為に大会史上初めての失格局となってしまった。
  • 深夜のお色気コーナーで中居が男性器の俗称を絶叫し話題になった。また出場した女性が顔射と言ってしまい、インタビューをした矢部が慌てて外車、と言い直した。
  • 提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは西岡孝洋荒瀬詩織八馬淳也島田彩夏の男性2人・女性2人のあわせて4人。

第13回(1999年)〜てれずに楽しく・てれずに愛して〜[編集]

  • 総合司会:中居正広(SMAP)
  • 18:00放送開始。1992年から行われていたスポーツ中継が廃止された。
  • ドミノ倒し タモリがドミノ監督
    • 中村玉緒が福岡・太宰府天満宮から「成功祈願ドミノ」(実況・川崎聡アナウンサー)。
    • 前回(1998年)の夢ドミノで失敗した岡山と北海道だったが今回は明暗クッキリの結果に。岡山は前回止まってしまった石ドミノの下にベニヤ板を乗せて対策し、リベンジ成功。同局はドミノマッチに負けた為、罰ゲームとして人間ドミノ・10体も投入。北海道は車ドミノがまた上手く倒れず失敗。だがトラックドミノ3台の方は倒れた。
    • 鹿児島テレビのドミノ倒しでは超豪華なドミノが登場した。鹿児島県北部の住友金属鉱山菱刈鉱山の協力で1個10kgの金塊を20本、合計200kgを使用。総額は何と驚愕の2億円(1本/1000万円で1kg換算で200万円)にも上り現地リポーターの角盈男を驚かせたが実は本当の所、全てレプリカだった。角はえー!、そんなの聞いてないと絶叫していた。
    • 仙台放送のドミノ倒しは正しく大成功尽くしだった。先ず、岡山放送との一騎討ちとなったドミノマッチのドミノ100M走を勝利したかと思えば大本番のドミノでも垂直落下ドミノが見事に決まる等とまさにこの上の無い最高の結果になった事で前年、石川が獲得したドミノMVPをこの年、仙台が獲得した。
  • 深夜コーナー「よる☆スマ」はキャイ〜ンココリコ極楽とんぼがヤング代表として、ガッツ石松鈴木史朗大竹まこと石田純一の4人がアダルト代表として参加。
  • 「サタ☆スマ」の香取慎吾プレゼン企画で、香取と子供たちが作った手作りのコーナー「うたまるまるだいなくしょう」を放送。
  • この年のFNS系列・恒例の局対抗企画はスーパーバスケを開催した結果、サガテレビが優勝した。尚、2回戦では北の北海道文化放送と歴史に残る延長ロング試合を演じた。
  • 提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは内田恭子長谷川豊大橋マキの男性1人・女性2人のあわせて3人。
  • この後、1999年12月31日21:00から2000年1月1日には『LOVE LOVE あいしてる』を母体にした大型年越し番組24時間まるごとライブ LOVE LOVE2000』も放送されたので、1999年度のフジテレビでは2回も大型特別番組を放送した事になった。

第14回(2000年)〜家族 愛 Love You〜[編集]

  • 総合司会:中居正広(SMAP)
  • 三宅島の火山活動が6月末から活発化し、放送中に何度も地震速報のテロップが表示された。午前3時57分に三宅島でM6.0の地震が発生、新島村で震度6弱の地震が観測され、番組を中断して地震の情報を伝えた。
  • 『サタ☆スマ』の企画「中居の27時間赤ちゃん預かります!」が通し企画。各コーナーに赤ちゃんが登場した。
  • SMAP×SMAP』の企画(ゲーム)、スーパーバスケで各局が対戦し、前年に引き続きサガテレビチームが優勝した。
  • サタ☆スマの企画「境界線クイズ」をFNS各系列から選抜された12局で競う「全国境界線クイズ王座決定戦」を開催。試合は二者択一の問題を3問出題して3問終了時点での残り人数で勝敗を決するルールを採用した。鹿児島テレビと山陰中央テレビが並び、ジャンケン・プレーオフで鹿児島が優勝した。
  • 勝俣州和・キャイ〜ン・ココリコと大橋マキ・佐野瑞樹の7人が「お台場ドリームチーム」としてスーパーバスケに挑戦。生放送中は1回も成功しなかったが、後日「100%キャイ〜ン!」の中で再挑戦し、なんとか成功した。
  • さんま・中居の今夜は眠れない(さんま・中居の今夜も眠れない)」がこの年始まった。
  • 深夜コーナー「女子アナといろいろやってみようスペシャル」の「ココリコ投稿番長スペシャル」でココリコが草彅剛、キャイ〜ンらとともにネタを制作し、FNS各局の女子アナがジャッジ。
  • 提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは梅津弥英子千野志麻政井マヤの女性3人。政井が新人アナとしては初めてスポンサー名を読み間違えてしまい、全て読み終えたあとに訂正するという一幕があった。この年露木茂が定年退職するため、立会はこの年で最後になった。
  • ドミノ倒しで2年連続失敗に終わっている北海道の車ドミノは10台目で止まってしまった。そしてこの年のドミノMVPは長野放送のファミリードミノに決まった。家の中を縦横無尽に駆け巡り最後は家族の記念写真で終わったこのシーンが全て止まらずに進んだ事が評価されての選出だった。
  • この年のFNS系列・恒例の局対抗企画は7人兄弟スーパーバスケを開催した結果、サガテレビが前回に引き続き優勝、2連覇した。尚、決勝戦では北の北海道文化放送との再戦を演じた。

第15回(2001年)FNS ALLSTARS27時間笑いの夢列島[編集]

タイトルは当時放送されていたバラエティ「プレゼンタイガー」で2つの候補の中から決定したもの。もう1つの候補は「FNS1億2700万人のファイナルアンサー笑う27時間TV」だった。

  • これまでのように総合司会は据えず、コーナーごとにメイン司会をバトンタッチしながら進行していた。また、番組全体の進行役としてフジテレビ女性アナウンサーの3人(西山・木佐・小島)を起用した。
  • これまで出演をことごとく断っていたとんねるずが初めて出演した。また、パター対決の際に石橋扮するダーイシ[3]が打った球が勢いよくメインモニターに直撃し、メインモニターが割れてしまった[4]
  • 番組のテーマ曲はサザンオールスターズの「希望の轍」。番組テーマが「希望」であったことから。
  • 福岡ドーム(当時)から中継し、同年のオールスターゲーム両軍監督である長嶋茂雄監督と王貞治監督が握手をして開会宣言した。しかし、選手インタビュー中に堀内健が周囲を凍り付かせるようなギャグを言い放ったことが日本プロ野球機構の逆鱗に触れ、「今後フジテレビでのオールスターゲームの中継から手を引く」と通告されるに至る事態を招くこととなった(その後、2004年に再び中継を再開)。
  • BIG3コーナーの車庫入れシリーズが復活、名倉潤シボレーが破壊された。進行役は今田耕司ほんこん村上ショージの3人。ビビる大木がハンドルを握り、花壇に乗り上げて登場した。かつてのたけし以上に派手にブロック塀に当ててしまう。CM後には車に付けられた風船をトスバッティングで割る企画に。途中軟球から硬球に変更され、さんまも「これは酷すぎる」と言い出した。最後には山口智充が砲丸投げ選手に扮して登場し、名倉が止める中、窓ガラスを粉々に割ってしまう。車庫入れシリーズ史上最も破壊されたが、壊された車の会社側が「宣伝になる」として無料で修理した。
  • クイズ$ミリオネア』初の生放送では、明石家さんまがクイズに挑戦(当初応援ルームにいてクイズに挑戦する予定がなかった)。ライフラインのテレフォンで前妻の大竹しのぶに生電話。このときから並び替え早押しなしの「エキシビション・マッチ」が登場した。
ピリオド 挑戦者 結果 賞金 備考
1 遠藤章造 Q09NG 10万円 テレフォンブレーン・横山三兄弟[5]
2 明石家さんま Q10NG 10万円 テレフォンブレーン・大竹しのぶ
3 ユースケ・サンタマリア Q10NG 10万円 7月26日に結果が放映

以上、「とっても安上がり(の賞金放出)」で終了した。

FNS27時間テレビ みんなのうた[編集]

この年、初めてFNS27時間テレビの冠が付き、これ以降FNS27時間テレビと冠がつくようになった。

第16回(2002年)〜あの素晴らしい日本をもう一度〜[編集]

  • 総合司会 : みのもんた
  • 進行 : 西山喜久恵、内田恭子
  • サブタイトルは「あの素晴らしい日本をもう一度」。テーマ曲であった「あの素晴しい愛をもう一度」になぞらえて。「もう一度プロジェクト」などの通し企画があった。

1月の時点でサンケイスポーツ内で主な企画を発表し賛否両論を巻き起こした。その直後から「みんなでハモネプ」(「力の限りゴーゴゴー!!」の「ハモネプ」コーナーの27時間テレビ版)の出場者募集及び予選会を「めざましテレビ」の中で放送し、各局の代表を決定。優勝したのは、新潟総合テレビの音楽一家の日下ファミリーだった。

  • テレビ大分がネット開始。クロスネット(FNN/NNN)の関係で中断を繰り返し、フィナーレは深夜(月曜未明)に録画で放送。
オープニング

画面の左上に「July6&7 J.T.O/Japan Tokyo Odaiba 27Hour-TV START!」と書かれていた。ハモネプ全国大会の決勝戦7月7日だった事から「七夕ファイナル」と銘打った。

「あの素晴らしい日本をもう一度」プロジェクト

「あの素晴らしい日本をもう一度」プロジェクトと題し、27時間内で物を作ったりや各地を清掃する企画が北海道富良野市から宮崎県西都市まで全国11ヶ所で展開された。 尚、★印が付いている局はさだまさしとくずがライブを実施(後述)。

テレビ長崎「あの平和な世界をもう一度」(オープニングライブとして★)、全長20メートルの特製鐘楼船と世界190カ国の平和を願って190個以上の灯篭を作り、改めて「世界平和」をこの原爆被災地の長崎から日本全国の皆さんに問いかける、という企画。大村市長崎市から中継。山本耕一アナウンサーが進行役を務めた。

テレビ宮崎「素晴らしい歴史遺産をもう一度」 : 地元の古墳周辺が草だらけになってしまったので、草を刈って遠いご先祖様に喜んで貰おうという主旨に。西都市西都原古墳群から中継、高橋巨典アナウンサーが進行役、地元出身の0930がサポーター役で応援した。

テレビ新広島「子供達が集まる学校をもう一度」★ : 全校児童がたった2人の小学校にジャングルを作る。三良坂町(現在の三次市)から中継、石井百恵アナウンサーが進行。

岡山放送「あの素晴らしい伝統をもう一度」★ : 香川の名物讃岐うどんをこの年に因んで2002杯再現させる。香川県善通寺市から中継、上岡元アナウンサーが進行役。

関西テレビ「あの美しい川をもう一度」(東海への★で大阪空港) : 「道頓堀川を27時間でどの位、綺麗にするか?」の挑戦。ペットボトルで作ったイカダなども登場した。また、1985年阪神タイガース優勝時に投げ込まれたカーネル・サンダース像の救出作戦も行われた。大阪市中央区道頓堀から中継され、桑原征平アナウンサーが進行役。

福井テレビ「あの素晴らしい森をもう一度」 : ダストポットを230個作って県内の小学校に送るプロジェクト。そして230個である一文字を作った。和泉村からの中継、桑原達秋アナウンサー(桑原アナの息子が登場し親子共演が遂に実現した)が進行役、芸能界一の自然派タレント・清水国明がプロジェクトのリーダー役で登場した。

東海テレビ「あの素晴らしい故郷をもう一度」(関西から★で二元中継) : 廃線になった駅舎を掃除したり飾り付けをして現役当時の電車を迎える。谷汲村(たにぐみむら)(現揖斐川町)から中継、庄野俊哉アナウンサーが進行役。主役となる赤い電車(名鉄モ750形)の重量を庄野がオープニングで25tと言い間違い、地元の人に翌日の朝の大本番前に35tと訂正される場面があった。

石川テレビ「美しい物を作りたい/芸術の心をもう一度」 : 金沢城を舞台に繰り広げる芸術の祭典。石川県金沢市金沢城公園から中継、小谷あゆみアナウンサーが進行役。

フジテレビ「あの綺麗な海岸をもう一度」 : 葉山逗子七里ヶ浜江の島鵠沼辻堂茅ヶ崎大磯の8ヶ所で「湘南海岸クリーン大作戦」を展開。逗子では同時進行でシーグラスアートを作った。島田彩夏アナウンサー、奥寺健アナウンサーが進行役、スペシャルゲストに加山雄三佐藤藍子TUBEを迎えた。一部海岸ではクリーン大作戦を行う前にきれいになっていた。実際は2ちゃんねるでの呼びかけで集まった有志による清掃活動の結果であったが、レポーターはその裏をとらずに「ライフセーバーによる活動」と誤放送した(2ちゃんねるの歴史#2002年も参照)。

仙台放送「あの活気ある街をもう一度」★ : 100台の自転車を漕いで人力でバッテリーに蓄電。どれだけのバッテリーが蓄積するのか、更にフィナーレにそれをイルミネーションとして一気に放出するという挑戦だった。宮城県仙台市の繁華街から中継、柳沢剛アナウンサーが進行役を務めた。

北海道文化放送「あの感動をもう一度」(ラストライブとして★) : 22年間に渡って放送したドラマの『北の国から』が同年9月放送の「北の国から 2002遺言」で最後を迎えるのを前に、ドラマの舞台となった五郎の石の家周辺を草取りするという内容だった。富良野市から中継。加藤寛アナウンサーが進行役。このプロジェクトは、『とくダネ!』スペシャルでも放送した。

「みんなでハモネプ全国大会2002」の決勝リーグ進出チーム・発表タイムでは、名倉が9組目の進出チームを発表し段取りをうっかり忘れていたみのが名倉の前に出たために名倉に突っ込まれるハプニングがあった。みのは名倉に向かって笑いながらも謝った。

「全国縦断27時間テレビ ドリームさだまさし夢ライブ2002」 : さだまさしらが、さだの故郷・長崎をスタートし、広島(後述のクイズ$ミリオネアSPの途中に中継)→香川→岐阜&大阪(さだらは台風のため岐阜にヘリが飛べず大阪国際空港止まり)→宮城→北海道・富良野&旭川空港(さだとくずの3人は雨天のため富良野にヘリが飛べず旭川空港止まり)→東京/さだのコンサート会場→東京/くずのスタジオの順に、ライブを行った。宮城では山口の相方が・北海道では宮迫の相方がそれぞれ応援にまわった。長崎から広島へ移動する時に長崎空港でヘリコプターに搭乗する予定だったが台風並みに風が強まりヘリコプターでの移動が不可能(飛行許可が出ない)となり、急遽、通常報道専用で強風の影響を受けにくい高度で飛行可能なフジサンケイグループ所有の小型ジェット機「オーロラ」を羽田空港から派遣(報道用なので24時間体勢で待機している)し、同機で広島へ。(これ以降ヘリでの移動が危険なため、長距離移動には同機を使用)。

浜崎あゆみがライブ会場の福岡・海の中道海浜公園から生出演した。

スペシャル・ドラマは「東京物語」、出演は宇津井健八千草薫松たか子の3人。

前年のクイズ$ミリオネアに引き続き、この年の「さんま・中居の今夜も眠れない」でも明石家さんまが大竹しのぶに生電話(原因:中居正広が大竹しのぶにプロポーズすると書いた為)。また、ミリオネアの延長でこのコーナーの時間は縮小されるはずだったが延長されてしまい、F1予選の中継に間に合わせるためその後に放送の「真夏の爆笑ヒットパレード」が大幅に短縮された。

この年から土曜夜・日曜朝・昼・夕方に定時ニュースが入るようになった。

『めざましテレビ』、『とくダネ!』を日曜日にも関わらず放送。「めざまし調査隊スペシャル」(日曜11時頃に放送)の中では、爆笑問題が、「真夏の爆笑ヒットパレード」の時間を大幅に擦り減らされた元凶・犯人である明石家さんまを捕まえて大激怒しその後、みのもんたや久本雅美さらに八木亜希子も入れての入り乱れての大乱闘へと発展していった。

中居とみのが「珍プレー」のナレーションに生放送で挑戦した。特に中居が挑戦したのは本家・みのも難しいと認定するじっくり映像だったが中居はその映像を読み切り、みのから太鼓判を押された。当然みのも「珍プレー」のナレーションに生でチャレンジした。

「みんなでハモネプ全国大会 〜Road to 上海〜」 : 野村雅子先生と佐藤裕美ちゃんの再会で先生が我を忘れて強く抱き締めたシーン。みのは感動したが名倉は「潰されそうですよ!」と裕美ちゃんを庇(かば)った。その後に地元・岩手からの応援中継で裕美ちゃんの大親友・めいちゃんが登場して「粘土、忘れ物だよ!」と発言。裕美ちゃんや先生達は泣きながら爆笑したが、みのにとっては強く抱き締めたシーンと合わせてダブルで号泣した。

決勝戦でみのが決勝リーグでの事に逸早く触れて「泣かせられたよ」と発言(メンバーは全員笑った)。ところが裕美ちゃんはさくらちゃんと喧嘩をして謝らないまま転校してしまった過去があり、東京の裕美ちゃんに地元・岩手のさくらちゃんが謝って「ずっと友達だよ」と仲直りした場面で、みのが「おいおい、また泣かせるのかい」と一言。

決勝進出した3チームの決勝戦用の曲が披露された後にみのもんた暴走。3組のファイナル・パフォーマンスが終了した後にみのは、審査委員(秋元康島倉千代子野口五郎麻丘めぐみ・犬飼将博の5人)を「鬼の様な審査委員だね」と批判した。決勝ゲストの久本雅美は笑って誤魔化すしか方法はなかった。

  • 笑福亭鶴瓶ココリコ山形県飛島に向かい、放送時間内に何人の島民の夢を叶えられるか、という企画に挑戦した。ところが深夜の「さんま・中居の今夜も眠れない」で入った飛島からの中継では、酒を飲んだ末に泥酔していた鶴瓶がパンツ一枚の尻を丸出しにして寝ている様子が全国の茶の間に流された。

F1世界選手権第10戦イギリスGP予選

競馬中継はマーメイドステークス石巻ゆうすけの実況で生中継。その後、マーメイドステークス発走直前に行われた七夕賞高橋雄一の実況で録画放送。

前年度と同じく「笑う犬」より、堀内健演じる「お兄やん」が日本全国ホリケンサイズを行った。

フィナーレ

提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは中野美奈子渡邉卓哉中村仁美の女性2人・男性1人の計3人。中村アナが提供読みを全て終えた後に泣いてしまい、中野アナももらい泣きしていた。須田哲夫アナウンサーが新人アナを紹介した。

第17回(2003年)[編集]

  • 総合司会 : みのもんた
  • 進行 : 西山喜久恵・高島彩
  • 番組パーソナリティ : モーニング娘。
放送日
2003年6月28日 - 6月29日
例年は7月の放送だが、第17回は初めて6月に放送した。
テーマ
前年の「みんなのうた」に「再会」というテーマを加え、前年にも増して感動企画が多数を占めた。視聴率10.3%。「お笑い」コーナーであった「さんま・中居の今夜も眠れない」の視聴率は深夜帯にもかかわらず高かった。放送日が「宝塚記念」と重なった為、翌年からは7月放送に戻しバラエティ中心になった。
全国各地で再会企画を放送した。テレビ新広島東海テレビ富山テレビの再会企画と、テレビ西日本新潟総合テレビの2局合同再会企画が放送された。
各コーナーの概要
桑田佳祐の音楽寅さん 〜MUSIC TIGER〜 サザンオールスターズスペシャル」を放送。鎌倉市建長寺からのライブを放送した。
この年のFNS局対抗企画は女子アナ家族歌合戦を開催。優勝はテレビ新広島だった。
鶴瓶の離島企画
鶴瓶とココリコが離島に上陸し島民が会いたい人との再会を実現させる企画で、この年は長崎県松浦市の飛島へ向かったが、中継中に何度も酒を飲んで泥酔。深夜、裸で寝ていた鶴瓶が起き抜けに局部を放送に乗せてしまい、高島アナが謝罪した。この模様はインターネット上でも盛り上がり、放送翌日の東京スポーツに記事が掲載されるほどの騒ぎとなり、BPOにも多数の苦情が寄せられた[6]。また、フジテレビからも鶴瓶に事情を聴いたが、局部露出について鶴瓶は「(その瞬間は)覚えていない」と答え、意図的なものではないとした。鶴瓶は後日、フジテレビの村上社長に謝罪した。
「ドーハの悲劇」から10年を記念し、ラモス瑠偉が当時のイラク代表選手3人と当時の日本代表選手6人の合計9人との再会でドリームチームを組み、一般公募のフットサルチームと試合をした。
第16回(前回)のエンディングで見せた内田恭子アナの音痴を治す企画。ビビる大木米良美一が協力。
提供クレジットを読み上げた新人アナウンサーは田中大貴石本沙織戸部洋子長野翼の男性1人、女性3人の計4人。

2004年以降[編集]

詳細は以下を参照。

2004年 2005年 2006年 2007年 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年 2013年 2014年 2015年 2016年 2017年

複数回行われた企画[編集]

笑っていいとも!増刊号生スペシャル(1987年 - 1990年、1992年 - 1996年、1998年 - 2001年、2004年 - 2013年)
笑っていいとも!』のダイジェスト番組『笑っていいとも!増刊号』のスペシャル版。通常の『増刊号』の内容とは異なり、『笑っていいとも!』司会のタモリをはじめとするレギュラー出演者がほぼ全員出演し、特別企画が行われる。1987年、1996年、1999年の3回は2部制だった。2013年は厳密には「増刊号スペシャル」ではないため、タイトルに『増刊号』とつかなかった。2012年は『いいとも!』自体が27時間のベース番組を担当。2014年3月31日に『笑っていいとも!』が最終回を迎えたため、2013年の放送が最後となった。

※お台場でやった回もあれば、1998年では通常放送で借りていたスタジオアルタでやったこともある

プロ野球ニューススペシャル(1987年 - 2000年)→すぽると!スペシャル(2001年以降)
多彩なアスリートゲストの出演や生中継などが行われる。
全国縦断27時間夢ドミノ(ドミノ倒し、1998年 - 2000年)
1998年の元旦に放送された「SMAP×SMAP '97→'98/カウントダウンスペシャル」で行ったフジテレビ内ドミノの全国版。北海道文化放送の車・トラックドミノは3年連続で失敗した。2001年は「大嵐浩太郎のひとりドミノ」を予定していたが明石花火大会歩道橋事故のため中止。
さんま・中居の今夜も眠れない(2000年 - )
タイトルは「さんま・中居の今夜は眠れない」(2000年)、「さんま・中居の今年も眠れない」(2001年)、「さんま・中居の今夜も眠れない」(2002年 - 2004年、2006年 - )、「さんま・中居・鶴瓶の今夜も眠れない」(2005年)タイトルの上にそのときの27時間テレビのタイトルが付く。
深夜の定番となったさんまと中居による台本が一切ないフリートークコーナー
当コーナー用のインフォメーション担当アナウンサーが、チャイム音と同時にテレビ画面から話しかけてくる。
インフォメーションアナウンサーは2000年・2001年が小島奈津子(現フリー)、2002年 - 2004年、2009年 ‐が西山喜久恵、2005年 - 2008年が佐々木恭子が担当した。
一部の年にはゲスト及びその年の総合司会者も登場しており、2004年・2011年はナインティナイン岡村隆史矢部浩之、ただし、2011年は矢部がマラソン挑戦中のため岡村のみ出演。矢部は中継で出演)、2005年・2009年・2010年が島田紳助、2008年が大竹しのぶビートたけしが別々に、2012年は森田一義そして中盤より笑福亭鶴瓶渡辺直美が登場している。
このコーナーでは、万年床ちゃぶ台が置かれたうえに洗濯物が上から吊るされ無造作に物が散乱しているという、一人暮らしの男性が住む狭い部屋を思わせるセットが毎回組まれている(中居が最も好きな原辰徳を始めとする巨人軍の選手のポスターも、毎回貼られている)。そのセットのなかにいる中居を、さんま(+ゲスト)が訪ねて来てトークが始まる、といった段取りになっている。また、「さんまと中居のどちらか一方が結婚したら、このコーナーは終了する」という設定もある。
裏めちゃイケ(1998年、2001年、2011年)
めちゃ×2イケてるッ!の深夜版生放送。いわゆる「エロ企画」で、殿様のフェロモンのコーナーなどが再現された。
BISTRO SMAP SPECIAL(1998年 - 2000年、2007年、2011年 - 2014年)
SMAP×SMAPの1コーナー「BISTRO SMAP」の生放送版。
ゲストは1回目の1998年が細川護熙、2回目の1999年は野猿、3回目の2000年は田中眞紀子、4回目の2007年は総合司会の香取慎吾(SMAPメンバーがゲストになるのは1996年のコーナー開始以来初)。5回目の2011年は「出張BISTRO SMAP」と題し、同年3月の東日本大震災で被災した岩手県福島県で料理を披露した。6回目の2012年は総合司会の森田一義率いる「笑っていいとも!」チーム(メンバーはベッキー三ツ矢雄二)と、ウェイターの中居正広、マラソン挑戦中の草彅剛を除く「SMAP」チームによる料理対決が行われた(判定はいいともレギュラー陣)。7回目の2013年は女芸人のお母さん達が判定していた。8回目の2014年はSMAPが来店し、今田耕司+馬場裕之ロバート)対坂上忍高橋尚子荒川静香の対決が行われた。
ボク生きスペシャル(1998年 - 2000年)
中居正広のボクらはみんな生きている」の生放送版。
SATURDAY NIGHT LIVE×LIVE(1999年、2000年、2002年)
アーティストを迎えての音楽コーナー。
真夏の爆笑ヒットパレード(2001年 - 2003年、2005年)
若手芸人が登場しネタを披露するコーナー。
真夜中の大かま騒ぎ(2004年、2005年、2009年、2011年)
めちゃ×2イケてるッ!の人気コーナー、恋のかま騒ぎの生放送版。レギュラーメンバーのほかにゲストで出てくる芸人もいるため、出演者の人数が多い。2011年は「真夜中の大若騒ぎ」と題された。

スペシャルドラマ[編集]

スポーツ中継[編集]

脚注・出典[編集]

  1. ^ 2002年 - 2006年はテレビ大分を含む28社
  2. ^ 2002年 - 2006年はテレビ大分でも放送されていたが、2007年以降、同局の週末のゴールデンタイムが専ら日本テレビ系列となり放送枠の確保が難しくなったため、打ち切られた。
  3. ^ この時、とんねるずの2人はそれぞれ、石橋がダーイシ(石田弘)に、木梨が小港浩一(港浩一)に扮していた。
  4. ^ 2014年の「武器はテレビ。SMAP×FNS27時間テレビ」のVTRより
  5. ^ 横山やすしに扮した明石家さんま今田耕司村上ショージで、「明石家マンション物語」のキャラクター。
  6. ^ 2003年度 放送局への回答のお願い 『27時間テレビみんなのうた』(フジテレビ/2003年8月)より
  7. ^ このドラマのみがオムニバス形式である。
  8. ^ 女芸人イレブンとは、2013年の総合司会を務めた女芸人たちの事。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

フジテレビ系列 FNS27時間テレビ
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疾風怒涛!FNSの日スーパースペシャルXI
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