家庭用電気機械器具

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家庭用電気機械器具(かていようでんききかいきぐ)は、電気機械器具の中で、主に家庭用として使用されるもの。いわゆる家電機器(かでんきき)、家電製品(かでんせいひん)である。白物家電娯楽家電、家庭用の照明器具や冷暖房器具を包括する概念である。 

名称[編集]

諸法令[1]や、行政発行の文書における用例では「家庭用電気機械器具」が用いられているが、一般的には、次のように呼ばれることもある。

  • 家庭用電気器具(かていようでんききぐ)
  • 家庭用電気機器(かていようでんききき)
  • 家庭(用)電気製品(かてい(よう)でんきせいひん)
    • 略称・電気製品(でんきせいひん)、家電製品(かでんせいひん)、家電(かでん)
  • 家庭(用)電化製品(かてい(よう)でんかせいひん)
    • 略称・電化製品(でんかせいひん)

文中では、主に「(家庭用)電気製品」の名称を使う[要出典]

家庭用と工業用との商用電源では電圧電流が異なるが、家庭用電気製品は、一般家庭に配電されている単相100ボルトまたは単相200ボルトの電圧に対応し、販売は電気用品安全法(PSE法)に定められており、素人が使用しても危険がないように設計され、説明書なども詳しく書かれている。

家庭用電気機械器具(家電)業界[編集]

家庭用電気製品を販売する小売店舗を家電店(電気店、電器店)と呼び、製造卸売を含めて家電業界と呼ぶ。

2000年代に入り「ヤマダ電機」や「コジマ」など上位家電小売業チェーンによる販売の寡占化が進んだ結果、また2009年頃から家電レンタル業者の参入もあり、家電業界全体が熾烈な競争社会となっている。

家庭用電器機械器具製造業[編集]

  • 1920年代より、輸入されていた家庭用電気製品について、簡単なものから国産化を進めていった。
  • 1950年代には、家庭の電化が進み製造量が飛躍的に伸び始めた。
  • 1960年代より、輸出されるようになっていった。
  • 1970年代は、品質も向上し主要な輸出品目となった。
  • 1980年代中ごろより、円高による製造部門の海外移転(主に東南アジアを中心としたNIES諸国)により、現地生産や逆輸入が拡大した。そのため、国内では高級品や主要部品のみの生産となっていった。
  • 1990年代中ごろより、技術の確立した部品も現地生産されるようになり、先端商品のみの国内生産となっていった。
  • 2000年代に入り、海外メーカの技術力向上により、海外や国内の普及品の市場が供給過剰となった。

主な企業は、日本の企業一覧 (電気機器)を参照

家庭用電器機械器具小売業[編集]

  • 1950年代より、メーカー系家庭用電気製品小売業チェーンの個人商店の組織化(例:松下電器産業(現在のパナソニック)による「ナショナルショップ(現在のパナソニックショップ)」「ナショナル店会」、日立製作所の「日立チェーンストール」、東芝の「東芝ストアー」、三菱電機の「三菱電機ストアー」など)がされ、家庭への普及の足がかりとなった。
  • 1970年代より、スーパーマーケットチェーンが、家庭用電気製品の安売りをはじめた。
  • 1970年代中ごろより、日本電気大型店協会加盟企業を中心とした、独立系家電小売業チェーンが、鉄道の主要駅前に大型店舗を出店するようになった。
  • 1980年代中ごろより、独立系家電小売業チェーンが、ロードサイド郊外型の大型店を出店しはじめた。この頃から、「○○電気商会」といった、メーカー系個人商店の減少が始まる。
  • 1990年代後半から独立系家電小売りチェーン企業の競争が全国レベルに激化し、和光デンキそうご電器など多くの地方家電が姿を消した。一方、価格破壊を全面的に打ち出した通称YKK(ヤマダ電機コジマケーズデンキ)やカメラ系量販店(ビックカメラヨドバシカメラなど)が急速に台頭、これらは従来の電気街を凌駕する勢力を見せるようになった。
  • 2000年代になってから、高齢化の進行に伴い、個人商店への回帰が徐々に始まり、その存在が見直されつつある。もっとも、経営者の後継者不足という根本的問題を解決しない限り、今後供給不足という事態に陥る危険は高い。
  • 2010年頃から、イオンがプライベートブランドトップバリュで家電製品の販売を拡大。

主な独立系家電(カメラ系含む)小売チェーン企業は、家電量販店を参照

脚注[編集]

  1. ^ 割賦販売法施行令特定商取引に関する法律施行令日本標準産業分類など

外部リンク[編集]