佐藤義和

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さとう よしかず
佐藤 義和
生誕 (1948-04-06) 1948年4月6日(69歳)
宮城県
国籍 日本の旗 日本
別名 佐藤ゲーハー義和
民族 日本人
出身校 東北学院大学
職業 フリープロデューサー
活動期間 1971年 - 現在
テレビ番組 オレたちひょうきん族
森田一義アワー 笑っていいとも!」他
配偶者 あり

佐藤 義和(さとう よしかず 1948年4月6日 - )はフリープロデューサー。愛称は「ゲーハー佐藤」もしくは「サトちゃん」。宮城県塩竈市出身。沖縄県中頭郡在住。

来歴・人物[編集]

1971年東北学院大学法学部法律学科卒業。女優篠ひろ子は東北学院大学の1年先輩である。当初は仙台地区の民放に就職を希望していたが、新卒の募集がなかったため上京。フジテレビの制作系子会社「フジポニー」へ、2年間のアルバイトを経て正社員として入社。その後フジ制作を経て、1980年に行われた機構改革でフジテレビに入社。ディレクターやプロデューサーとして数々のバラエティ番組を手掛ける。『オレたちひょうきん族』では「ひょうきんディレクターズ」の一員としてシングル「ひょうきんパラダイス」をリリースもした。1993年7月にバラエティ番組の制作の功績が認められて演芸担当部長に昇格、その後アーカイブセンター勤務を経て、2005年にフジテレビを退職。その後は沖縄県に移住し、フリープロデューサーとして活動中。

「○○だから~」という語尾をタモリ明石家さんまが強調し、「○○だかだ~」と真似されていた時期がある。

手掛けた番組[編集]

ディレクター
プロデューサー
1993年7月以降は「制作」(ゼネラルプロデューサー)として各番組の制作に携わる。

その他[編集]

  • 2008年~2011年「ファイブエル」私のテレビ史〜コラム連載開始
  • 2011年~2014年「ファイブエル」佐藤義和のご無沙汰してます〜コラム連載開始
  • 2011年〜    日本大学芸術学部放送学科 非常勤講師

著書[編集]

  • 「他人の才能でメシを食う方法」(同朋舎)1997年
  • 「バラエティ番組がなくなる日」(主婦の友社)2011年

佐藤班のスタッフ[編集]

演芸担当部長に昇格後は小須田と荒井、吉田がそれぞれ番組のプロデュースを受け継いだ。

小須田和彦
バラエティー制作センター専任局次長→『ダウンタウンのごっつええ感じ』を引き継ぐ
荒井昭博
編成制作局編成局長 →『夢がMORI MORI』を引き継ぐ
吉田正樹
ワタナベエンターテインメント会長、個人事務所「吉田正樹事務所」代表 →『ウッチャンナンチャンのやるならやらねば!』を引き継ぐ

関連項目[編集]

脚注[編集]