ダンディ坂野

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ダンディ坂野
本名 坂野 賢一
生年月日 1967年1月16日(49歳)
出身地 日本の旗 日本石川県加賀市
血液型 AB型
身長 166cm
方言 共通語
最終学歴 石川県立大聖寺実業高等学校
グループ名 一発屋2008
芸風 漫談
事務所 サンミュージックプロダクション
活動時期 1996年 -
同期 品川庄司バカリズムゆってぃ
現在の代表番組 大爆笑!!サンミュージックGETライブ
過去の代表番組 おはスタ
完売劇場
配偶者  既婚
公式サイト 公式ブログ

ダンディ坂野(ダンディさかの、1967年1月16日 - )は、日本お笑いタレントである。本名、坂野 賢一(さかの けんいち)。

石川県加賀市出身。サンミュージックプロダクション所属。血液型はAB型。

人物[編集]

田原俊彦のようなアイドルに憧れて高校卒業後に上京を模索したものの、その資金がなかったことから、貯めるために地元で働いた後、26歳になった1993年に上京[1]。年齢的な理由とダウンタウンウッチャンナンチャンがテレビ番組でアイドルと親しげにしていたのを見て、アイドル路線からお笑い芸人路線に方針転換[1]プロダクション人力舎スクールJCAに2期生として入学する。漫才コンビ「ラブリン」を結成し、ボケを担当するも、「才能が無い」という理由で留年。一期下の3期生とともに1年間学ぶ。その時の3期生にはアンタッチャブルらがいた。卒業後、同スクールの講師だったブッチャーブラザーズの付き人となる。なお、同期とのジェネレーションギャップを感じていた坂野は、この頃(1996年頃)からピン芸人になることを決める[1]

1996年、大川興業の舞台『すっとこどっこい』でデビュー。そして、テレビ埼玉の番組『パンドラ御殿』でテレビ初出演。同番組内コーナー『探偵物集(ものたかり)』で、松田優作に扮した寺田体育の日とギャグ対決を繰り広げた。でんでんの芸風を受け継いだ漫談メインのスタイルであるため、第二電電とかけた「第二でんでん」が彼のキャッチフレーズだった。

1999年には、2002年以降のお笑いブームの火付け役となったNHKの番組『爆笑オンエアバトル』の第1回目に出演し、合格している。番組初期の功労者であり出場回数も多いが、オンエア率(合格率)はおよそ3割と低く、当時の番組歴代最多のオフエア回数15回という不名誉な記録も持っていた(後にHi-Hiが16敗で更新)。ただし、オフエアとなったネタも極端にKBが低いわけではなく、オンエア率の高い400KB台でオフエアになった時もあった。2000年6月放送分で当時の自己最高KBである393KBを記録したが、6位でオフエアになったため、司会の森下和哉(NHKアナウンサー)に向かって「超ムカつく!」と嘆いた。ちなみに最高KBは453KBである。オンエア率の低さとは裏腹に、後に番組の枠を超えて人気を博し、彼のブレイクはピン芸人ブームの先駆けとなった。

ゲッツのポーズ

様々な色のタキシードを着用し(ネタ以外では黄色のタキシードが多い)、粋なジョークを飛ばすのが彼の芸風であるが、そのジョークのほぼ全てがテーマに沿った駄洒落を連発するだけのものである。ジョークを言った後に苦し紛れで言う決め台詞「Get's!!(ゲッツ)」は、一時期若者たちの間で流行した。「面白くないネタを披露して、滑って気まずくなった空気の中で使う」のがゲッツの本来の使い方であるが、人気絶頂期には滑るはずのネタがしばしばウケてしまい、彼を困惑させたという。

基本的にはネタ芸人であり、お人好しな性格でフリートークは得意ではない。そのため、2003年をピークにその後人気が下降。唯一のレギュラー番組だった『3つのとびら』が2006年3月に終了して以来、テレビへの出演回数はめっきり減っていった。しかし、月に数本の深夜番組や地方のローカル番組、およびライブを主な活動の場に持ち、また、テレビ朝日雨上がり決死隊のトーク番組 アメトーーク』などの全国ネット番組に「一発屋芸人」として出演する機会も多くなってきており、完全にテレビから消えたわけではない。本人もそのキャラクターに徹しているようで、関西テレビたかじん胸いっぱい』に出演した際に「お笑いブームで残れないのは分かっていたし、ブレイクした時点で僕の中で何かが終わった気がした。これから頑張るより、一発屋芸人というキャラクターになろうと思った」と語っていた

1歳上の姉がいる。

家族[編集]

2004年8月22日に一般女性と結婚し、2009年7月7日に長女が、2014年2月5日に長男が誕生した[2]

逸話[編集]

  • アメリカンスタイルの司会やスタンドアップコメディ小噺だじゃれを絡めたスタイルに至った理由は、レンタルビデオ屋でアルバイトしていた時、エディ・マーフィー出演作品を見たのがきっかけ。名前の『ダンディ』もアメリカンな名前という理由から来ている[1]
  • 坂野の代名詞になっている黄色いスーツは、2003年に出演したマツモトキヨシのCMで着たのがきっかけ。マツモトキヨシの企業カラーがたまたま黄色だったからである[3]
  • 新橋ミュージックホール』1998年10月10日放送分のマイナーなタレント芸人を紹介する企画に出演し、ビートたけしと共演した。当時はまだブレイク前だったが、この頃から「ゲッツ!」などのギャグや芸風は確立されていた。ゲストの野口五郎からは「楽してるなぁ。僕たちがカックラキンやってる時はいつも傷だらけでやってた」と酷評された。
  • 2003年5月28日発売のシングルCD「OH! NICE GET's!!」は、オリコンインディーズチャート1位を獲得した。
  • 2003年9月に、ウルフルズの曲「ガッツだぜ!!」をパロディ化した「ゲッツだぜ!!」をリリースしたが、ウルフルズのファンなどからの抗議もあり、その年にブレイクしたはなわテツandトモと揃っての『紅白歌合戦』への出場はならなかった。しかし、綾小路きみまろとともに「応援」としての出場を果たした。
  • ブレイク時は10か月間休み無しで、早朝から深夜まで仕事をこなしていた。そのため、2003年下半期にはプチ鬱になり、身体が追いつかなくなっていったとのことである。ただし、仕事が激減した今でもまた若干憂鬱だそうである(『たかじん胸いっぱい』より)。
  • ブレイクするまで年齢を4歳若く発表していた。このことはテツandトモにネタにされたことがある。年下の若手芸人と共演する時に気を遣わせないためだったと理由をつけているが、某芸能事務所のタレント養成コースに数十万の授業料を支払った挙句にカリキュラムを1年延長されて延長料金を取られるなど、ブレイク前には涙ぐましい努力を続けていた。
  • 金沢美術工芸大学彫刻科を卒業して上京」というガセネタが流れているが、実際は石川県立大聖寺実業高等学校卒業後にフリーターとなり、上京資金を貯めていた。上京してからも10年ほどはマクドナルドでアルバイトをしていた。ブレイクするまでは、食費さえ出せば手軽に呼べるタレントだった。ちなみに、マクドナルドのアルバイトはブレイクによる多忙で退職することになったが、坂野本人は「いつでも戻ってこられるように、アルバイトの籍は残っている」と語っている。
  • 同じ事務所に所属するカンニング竹山はテレビ番組で最近のダンディ坂野について聞かれた時、「坂野が『もっと遅くにデビューすればよかった』と嘆いていた」と語った。これは自身がブレークしたことがきっかけになって若手お笑いタレントブームが到来してしまったことを指している。
  • ムーディ勝山とは色違いのタキシードを着用しているため、八代亜紀に「ダンディ」と「ムーディ」を間違えられた。
  • 内村プロデュース』では、ネタ帳がプールに水没するという不運に見舞われた。
  • その後は、野球の送りバントの構えで叫ぶ「二岡!」「江藤!」などの新ギャグの開発にも余念がない。しかし、持ちネタのひとつ「ライドオン!」がレイザーラモンHGに流用され、苦汁を舐めている。「サンキュー・ノーベンバー」などのレアなギャグは、着ボイスとして聴くことができる。
  • 2006年6月、『森田一義アワー 笑っていいとも!』内の私服姿のかっこ悪さで対決するコーナーで久々に全国放送の番組に出演した。対決相手は暫定チャンピオンの南海キャンディーズ山里亮太。坂野は「かっこ悪い」「似合っていない」と言われるも、結局判定で山里に敗れ、一度のみの出演となる。
  • 2006年、『イマだ!タレント再生工場 「ノムさん」』の企画を兼ねて元祖ムキムキマンとともにEXILEの新ボーカルオーディションに応募し、一次予選で落選した。
  • 2006年12月の『お笑い芸人大忘年会』では、事務所の先輩で師匠でもあるブッチャーブラザーズの2人からの手紙が読み上げられ、ブレイク前の苦労話や励ましの言葉が記されていた。
  • 特捜戦隊デカレンジャー』に悪役として出演した際、ヒーロー側のメインキャストとは極力話さないようにするなどして、役作りを真剣に取り組んだ。一方、当時ブレイク中の彼に会えることを楽しみにしていたメインキャスト陣はそのことを残念がっていたという。
  • 『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』で、カップ焼きそばを食べてその銘柄を当てられる特技を披露した。また、レトルトカレーの銘柄も味と匂いだけで当てることができ、『大爆笑!!サンミュージックGETライブ』でも特技として披露したことがある。
  • 東京腸捻転などのライブでは、ダンディNEWSなどの1人コントを披露することもある。漫談のイメージが強いためか、暗転直後に客席がざわめいたことがある(DVD『完売地下劇場REVENGE BASEMENT9 奪取 BASEMENT10 混迷』より)。
  • 外国人プロ野球選手のアレックス・ラミレスは、本塁打を打った際に「ゲッツ!」のポーズを取っている。そのためか、2008年頃に幼稚園児を笑わせなくてはいけない場面に遭遇した坂野は、「ここは芸人として意地をみせねば」と気負い込んで園児に「ゲッツ!」と言ったが、園児が発した「あっ、ラミレスのまねだ。」の一言で一蹴されてしまったというエピソードがある(島田紳助談)。ラミレスのまね(パクリ)だと思われていることについては半ばあきらめており、後に同じような状況に遭遇した際は、開き直って「パクリじゃない、リスペクトしてるんだ」と言い返している[4]
  • ドランクドラゴン塚地武雅がやる一発ギャグに、「100%の力でゲッツをする」というネタがある。
  • お笑いメリーゴーランド』2008年3月22日放送分(第1回目)では、後輩である小島よしおがリーダーを務めた「小島よしおチーム」の一員として出演した。チーム内で芸歴が一番長い芸人がリーダーでなかったのはこのチームのみである)。また、2009年1月6日放送分(第3回目)では、テツandトモ波田陽区猫ひろしらとともに「一世風靡チーム」として出演した。
  • クイズ!ヘキサゴンII』2008年4月16日放送分で、司会の島田紳助波田陽区の成績発表後と同時に、その日出演していた事務所の後輩の小島よしおに「ダンディも呼んだろか?」と発言し、その日のうちに出演が決まる(ここで、ネタ終わりで見切れる坂野をカメラが追うという展開も提案された)。これがきっかけで翌週の23日放送分に初出演し、それ以降同番組に定期的に出演するようになる。ペーパーテストの成績は優秀で、初出演時は35点で5位だったが、同年5月28日放送分では37点で3位となり、早抜けリレークイズ第1回答者に(同クイズでも山本モナラサール石井を抑えて最初の問題に正解した)。同年8月13日放送分では、6回目の出演にして念願の1位を獲得した。同年9月に小島よしお、波田陽区、金剛地武志の3人とともに一発屋2008というユニットを作ることになったが、金剛地と同様に彼をモチーフにしたアニメキャラクターは最後まで作られなかった。
  • 『ヘキサゴンII』での縁で、紳助と食事に行くなどの親交を持つようになるが、紳助曰く「普段は面白くない」とのことである。紳助は嫌いな人とはトークでネタ振りを余りしない、余り喋らないという性格であり、坂野を心配しての一種の愛情の裏返しとも取れる。
  • ホンネの殿堂!!紳助にはわかるまいっ』2009年11月6日放送分。トークで「同郷のお笑い芸人」を松井秀喜を勝手にお笑い芸人にして司会の島田紳助からハイキックを喰らわされていた。『面白くない芸人決定戦』でも、不名誉にも2代目チャンピオンになってしまった。最後の対戦相手は波田陽区で、10-9の大接戦だった。
  • 2009年12月26日にTwitterを開始し、開始当日に秋葉原の居酒屋で無料ライブの告知を行った。しかし、結局ライブに人は集まらず、Twitterもその日の投稿以来放置されていたが、2010年7月27日に再開し、現在も不定期ではあるが継続中である。
  • 近年[いつ?]頭髪が徐々に薄くなってきている。本人は「ハゲッツ!」等とネタにしている。
  • 2010年11月のさんまのまんま小島よしお鳥居みゆき竹山隆範髭男爵らサンミュージック所属の芸人と出演した。その際に竹山らは当時サンミュージックはお笑い芸人に関連する事業からの撤退を考えていたが、ダンディ坂野がゲッツで売れたことによりそれを免れることが出来た、と語っている。
  • 2012タレントCM起用社数8本。お笑い芸人としては最高本数を獲得[5]
  • 2015年10月から放送開始されるテレビアニメ『俺がお嬢様学校に「庶民サンプル」としてゲッツされた件』で持ちネタの「ゲッツ」を許諾した[6]。また、アニメ本編にも本人役で出演している。
  • 「ゲッツ」のポーズを取った時に手足を曲げるとぴったりになるように、着るスーツは袖と裾をわざと長く調整している。

出演[編集]

テレビ[編集]

現在の出演番組

過去の出演番組

ほか多数

ラジオ[編集]

  • テリー伊藤のってけラジオニッポン放送) - 準レギュラーゲスト出演。
    • 2005年5月2日放送・中継コーナー「のってけ笑いの殿堂」
    • 2008年3月28日放送・1時台ゲスト「のってけファミリー通信」
    • 2008年12月29日放送・2時台ゲスト
    • 2009年9月11日放送・2時台ゲスト
    • 2010年6月21日放送・3時台ゲスト

CM[編集]

他多数

映画・Vシネマ[編集]

劇場アニメ[編集]

テレビドラマ・特撮[編集]

テレビアニメ[編集]

PV[編集]

舞台[編集]

  • ハロ☆プロ オンステージ! 2006「友情と魔法のトランプ〜スター楽屋裏物語」(2006年、日本青年館) - ストーリーテラー、歌謡ショー司会 役
  • つんく♂タウンTHEATER第2弾 脱煙応援プロジェクト「手を上げろ!健康強盗だ!」(2007年、新宿村ライブ) - 田島誠一 役

CD(シングル)[編集]

VHS・DVD[編集]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]