松村匠

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まつむら たくみ
松村 匠
生誕 (1962-11-09) 1962年11月9日(55歳)
日本の旗 日本大阪府大阪市西成区天下茶屋
出身校 慶應義塾大学経済学部
職業 株式会社AKSコンテンツビジネス本部・本部長
AKB48プロジェクト」プロデューサー

松村 匠(まつむら たくみ、1962年11月9日 - )は、株式会社AKSコンテンツビジネス本部・本部長[1][2]AKB48プロジェクトのプロデューサー[3]で主に映像作品のプロデュースを担当。

フジテレビジョン事業局企画部長。元編成制作局バラエティー制作センター副部長兼チーフプロデューサー

略歴・人物[編集]

口元に生やしたがチャームポイント。大阪府大阪市西成区天下茶屋出身。大阪府立北野高等学校卒業。北野高校ラグビー部OB。慶應義塾大学経済学部卒。

1992年、当時ADだった松村は、とんねるずのみなさんのおかげですのコントで人力車夫役を演じた際、石橋と木梨を人力車に乗せ動かした瞬間、松村の体重が軽かったため松村自身の体が宙に浮き人力車は石橋と木梨の2人を乗せたまま後ろに倒れてしまった。さらには、坂道から下るシーンが収録するシーンでは松村の体重では人力車を止めきれず、勢いそのままに石橋と木梨を乗せたまま目の前のセットの壁に激突した。[4]

2000年夏に「とんねるずのみなさんのおかげでした」で野猿の新メンバー候補になったにもかかわらず惨敗し、大玉の餌食になったが、「新春かくし芸大会」では2003年の第40回大会〜2005年の第42回大会に渡辺プロダクション大和田宇一と共に総合プロデューサーとして活躍していたが、2006年の第43回大会では「はねトびチーム演目」のプロデューサーとして参加した。

3番テーブルの客」(木梨憲武監督の回)でウエイター役として出演。「とんねるずのみなさんのおかげでした」では、『ノリタケーブルTV』の「笑店」(33ch)で野猿メンバーと一緒に出演したり、『ほんとのうたばん』で「シャングリラ」のプロモのパロディに出演したりしている。 仮面ノリダーでは、ジョッカー役として出演して格闘シーンでノリダーの顔に誤ってチョップした。敵役で出演していた石橋貴明が「いいぞ松ちゃん」と喜んでいた。

フジテレビを退社してから現在は、AKSに所属しコンテンツビジネス本部の本部長に就任[1]AKB48プロジェクトでの仕事やAKB48関連のテレビ番組をプロデュースなどに携わっている。

AKS移籍後の作品[編集]

プロデューサー[編集]

テレビ番組[編集]

映画[編集]

その他[編集]

過去の担当作品[編集]

AD/ディレクター/AP[編集]

プロデューサー[編集]

チーフプロデューサー[編集]

その他[編集]

  • 野猿
※メンバーでもなく特別に表記もないが以下の作品に参加している。
We're the "YAEN" (シングル『Be cool!』収録、チャチャ入れ役)
We're the "YAEN" 2000 (アルバム『evolution(初回版)』収録、チャチャ入れ役)
なんでやねんのブルース(アルバム『evolution(通常版)』・シングル『太陽の化石』収録、自己紹介的な歌詞のソロ歌唱楽曲)

脚注[編集]

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  1. ^ a b ドラマからコント番組、声優、演歌まで、活動範囲広げるAKB48の戦略(日本経済新聞、2012年3月26日)2012年3月27日閲覧。
  2. ^ 映画『DOCUMENTARY of AKB48 Show must go on 少女たちは傷つきながら、夢を見る』エンドロール内製作委員会スタッフクレジットより。
  3. ^ ギンガムチェック」ジャケット内スタッフ一覧より。
  4. ^ 「記録よりも記憶に残るフジテレビの笑う50年 ~めちゃ×2オボえてるッ!」~より

関連項目[編集]

外部リンク[編集]