おぎやはぎ

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おぎやはぎ
メンバー 小木博明
矢作兼
別名 やはぎおぎ
結成年 1995年
事務所 プロダクション人力舎
活動時期 1995年 -
出身 東京都
出会い 東京都立北野高等学校
旧コンビ名 ベルトオンサスペンダー
金歯銀歯
おぎとやはぎ
現在の活動状況 テレビ・ライブなど
芸種 漫才コント
ネタ作成者 矢作兼
現在の代表番組 ゴッドタン
天才!!カンパニー
AKB48ネ申テレビ
バイキング
マスカットナイト
など
過去の代表番組 爆笑オンエアバトル
エンタの神様
リチャードホール
AKB48の今夜はお泊まりッ
SICKS〜みんながみんな、何かの病気〜
など
同期 ガレッジセール
ダイノジ
など
公式サイト 公式プロフィール
受賞歴
2001年 M-1グランプリ10位
2002年 M-1グランプリ4位
2002年 NHK新人演芸大賞特別審査員賞
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おぎやはぎは、小木博明矢作兼によるお笑いコンビ。所属事務所プロダクション人力舎1995年結成。略称おぎや[1]

メンバー[ソースを編集]

小木博明(おぎ ひろあき、本名の読みは「こぎ ひろあき」、1971年8月16日 - )ボケ担当。立ち位置は左。

矢作兼(やはぎ けん、1971年9月11日 - )ツッコミ担当。立ち位置は右。

  • 東京都出身(出生地は山梨県)。東京都立北野高等学校卒業。
  • 未婚。

来歴[ソースを編集]

芸風[ソースを編集]

  • 漫才では主にお互いを褒め合い、高め合うというネタを使うことが多く、ジワジワ笑いを誘う脱力系。まったりとしたスローテンポと独特のボケ、ツッコミ(激しいツッコミはほぼ無い為、ツッコミというよりも「宥め」「訂正」「説得」と取ることもできる)で展開される漫才が特徴的。
  • つかみには必ず「小木です」「矢作です」「おぎやはぎです」あるいは「おぎやはぎですけど何か?」、「おぎやはぎですけど何か質問でも?(もしくは「問題でも?」)」と言い、漫才に入る。
    • 「何か」の部分はたまに変わることがある。例えば、「怪我をしないように頑張ります」や、正月だと「あけましておめでとうございます」など。また「何か問題でも?」は長いためか、テレビでは「何か?」でネタに入るようになったという。
  • 小木が「…になりたい」又は「…したい」と矢作に頼む(「俺…になりたいの」)。矢作:「俺、小木に言われると弱いからな」「小木のやりたいことはなるべくやらせてやりたいと思っているからな」→矢作:「よし、いっちょやってみるか」→小木:「いつも悪いなぁ」→矢作:「いいんだよいいんだよ」という、日常にあるような、会話を取り入れた前ふりがお決まりになっている。
  • 元々コント専門であったが、テレビ出演は少なかった。そこで、2001年に創設された漫才のコンテストである『M-1グランプリ』に出場するために漫才を始める。また、コント用の小道具の用意や持ち運びが面倒と感じてマイク1本で出来る漫才を始めたと語った事がある(実際はM-1開始以前からも、何度か『爆笑オンエアバトル』で漫才を披露したことがあった)。漫才では後述通り、比較的高い評価を得ている。なお、M-1グランプリ出場以前も、笑福亭鶴瓶など、一部の関係者からは、おぎやはぎの漫才を評価されていた。
  • 頻繁に単独ライブやユニットを組み、コントを披露していた。毎回数分で完売するほど人気があったが、2005年以降テレビの露出と並行してコントライブは行なわれていない。なお、単独ライブ中のコントを収めたDVDはJACK POTの一本のみしか発売されていない。
  • コントでは、小木のキャラに矢作が乗っかっていく展開や、二人の話を中心にストーリーが進んでいく展開が多い。独特の間と空気間で「中毒性がある」と評されていた。ゆるいながらも癖が強く、犯罪を風刺した際どい長編コントが非常に多い。コントというよりはストーリーを重視した、芝居に近い長さのコントが多く、これらのコントをテレビでやるには時間に制限がありすぎるため、テレビでは短めのコントか、漫才を披露することが多い。
  • 雛壇では今までに無い形で目立つ手段を取り注目されることとなる。通常雛段にいる芸人は自己の存在をアピールするため、大きな声を上げたり、野次を飛ばしたり他の芸人を押しのけてでもガツガツ前に出ようとするが、おぎやはぎは騒ぐところで口を閉ざし、笑うところで無表情。立つべき場所では一切立たず、声を上げるべき時でも物静かに構えるなどを行っていた。結果として他の若手芸人とは違い一歩引いた立場を維持するというスタンスで注目を浴び、若手ブームの中ブレイクを果たした。また、近年においては、小木、矢作の両者ともに毒舌家としての一面も見せており、『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』や『ロンドンハーツ』等で毒気のある発言が多く見られる。
  • 番組によってはいじられるケースもある(『とんねるずのみなさんのおかげでした』等)。

エピソード[ソースを編集]

  • 2人とも山梨県に縁がある。矢作の生まれは山梨県で、小木の母は山梨県甲府市出身である[2]
  • 2人の出会いは東京都立北野高等学校時代で、小木はサッカー部、矢作はテニス部に所属しており両方エースでキャプテンだった。
  • オーディションでコンビ名を決めず、とりあえず「小木と矢作」と書き部屋に入ると、次は「おぎやはぎ」と言われそれをそのままコンビ名にした。他のコンビがぎりぎりまで練習するのに、集合時間に間に合いそうになかったら次の機会(オーディション)にするほどマイペースだった。
  • 人力舎所属以前は、どこにも属さずフリーで活動してからナベプロロンドンブーツ1号2号やフローレンス(ネプチューン原田泰造堀内健が組んでいたコンビ)が当時は研修生としていた)、ホリプロなど東京の事務所を転々としていた時期がある。
  • デビューしたのが遅いため年下の先輩芸人が多い。そのため年下の先輩芸人(ロンドンブーツ1号2号、バナナマン、アンジャッシュ、有吉弘行など)におぎやはぎがタメ口を使うといった奇妙なケースもある、芸人からもおぎやはぎとTIMは芸歴の差に関わらず、芸人の間でタメ口をきいていいと許されている[3]
  • 野田凪はおぎやはぎの大ファンで「テレビ自体あまり見ないのでお笑いはあまり知らなかったのですが、おぎやはぎさんの存在を知ってからテレビを見るようになりました。番組収録を観に行ったのは初めてでちょっと恥ずかしかったのですが、お友達が応募してくれたので2度も行ってみました」と語るほどである。また、「おぎやはぎnoだっぴんぐ」において制作費を出してまで、おぎやはぎ二人のPVを制作したり、小木を被写体にして写真を撮るなどしている[4]
  • 小木の妻である、森山奈歩(森山良子の娘)は不思議系キャラであることから、芸人仲間や相方の矢作のみならず小木も認めるブスであり、様々なバラエティーでネタにされている[5]

交友関係について[ソースを編集]

  • バナナマンと非常に仲が良く、営業の楽屋を一緒したり、宇田川フリーコースターズというユニットを結成しライブを行ったり、BS日テレの『epoch TV square』で共演している。それからというもの、テレビでの共演も多くなり(『くりぃむナントカ』、『落下女』、『30minutes』、『ゴッドタン』など)、『おぎやはぎのメガネびいき』のレイティング2週間前には、ゲストとして毎回バナナマンが出ていた時期もある。また、『ゴッドタン』で共演している劇団ひとりとも仲が良い。
  • ラーメンズとも交友があり、おぎやはぎ・バナナマン・ラーメンズで君の席というユニットを組んでいた。また、バナナマンも「俺たちは7-8割は人力舎に育てられた」と恩義に感じていることを語っている。
  • 初期のライブは「おぎやはぎ+3」でラーメンズの小林、アンタッチャブル山崎、当時アルファルファ(現在東京03)の飯塚と共演、「おぎやはぎつかじ」ではドランクドラゴンの塚地、当時アルファルファ(現在東京03)の飯塚と共演、「東京ヌード」ではドランクドラゴン、東京03とユニットを組むなど、公私ともに交流がある芸人との共演が多い。
  • バカリズムとは実は同期であるがおぎやはぎのほうが年上ということもあり、おぎやはぎはバカリズムに対してタメ口だがバカリズムは敬語で接している。「ゴッドタン」などで多数共演。
  • 事務所や芸歴、芸風は全く異なっているがFUJIWARAとはロンブー龍日本テレビ系)の「ワーキャー隊」のコーナーで、子供や女性相手にネタをやり、2組ともネタが滑ってしまい、お互いの傷をなめ合うことをきっかけに仲良くなる。FUJIWARAとおぎやはぎはその後「クイズ☆タレント名鑑」「テベ・コンヒーロ」等の多くの番組で共演するほど交友がある。

眼鏡について[ソースを編集]

  • メガネブームの火付け役の1組[要出典]
  • 2人そろって眼鏡をかけるようになったのは、加藤浩次の助言によるもの。それ以前は小木しか眼鏡を掛けていなかった。明石家さんまからは「2人そろって眼鏡かけているコンビは珍しいよねえ」と言われている[6]

M-1グランプリについて[ソースを編集]

  • 結成6年目に第1回大会決勝進出(関東組では唯一の決勝進出)したが、新ネタ(「歌手になりたい」というネタ)を本番でやってしまう(矢作曰く「魔が差した」)。審査員は皆キョトンとした表情を浮かべていた。結局、全10組中大差で最下位(540 / 1000点、9位DonDokoDonは614点)と言う悲惨な結果となった。大阪の一般審査員からは(9 / 100点)と一桁得点。札幌(22/ 100点)、福岡(12/ 100点)でも圧倒的に低い点しか取れなかった。会場には客の悲鳴が響き、本人たちもその評価の低さに微妙な失笑の表情を晒すこととなった。DonDokoDonも大阪の一般審査では18点の低評価を受けた。仮に一般審査がなければおぎやはぎ9位(497 / 700点)、DonDokoDon8位(520点)で、最下位はチュートリアルになっていた。この一般審査に関しては、“関東芸人”を不当に低く評価したとして公平性を疑問視する声が出たため[要出典]、翌年から一般審査員制度は廃止された。第2回大会決勝では第4位と健闘し、審査員の立川談志に絶賛された(詳しくは後述)。
  • 上記の一般審査について、審査員の松本人志が「大阪の客、頭おかしいんちゃいます?」と番組中にもかかわらず語気を荒げて批判した。当時TVで観戦していた宮迫博之は後に「おもわずTVの前で『なんでやねん! ちゃんと審査したれよ!』と叫んだ」と語っている。当時会場で見ていた博多大吉は「2001年の時、会場は受けてたんだよね。少なくとも地方票であんな点数取るほど酷い出来ではなかった。あれは俺たちもおかしいとおもってたよ」と「ただたんにテレビに出ている芸人を贔屓している知名度票になり当時まったくの無名のおぎやはぎが割を食う形になってしまった」と語っている。
  • バラエティ番組などで共演した芸人に、時々第1回大会の事をネタにされるが、本人たちも「ビリでした」「大阪の票は100票中9票ですよ」「俺らのおかげでルールが変わった」と自虐ネタにしている。
  • 後日談ではあるが、東京吉本の芸人はこの第1回大会で同事務所の芸人は応援せず、おぎやはぎを応援していた。その応援は熱気を帯びており、ルミネtheよしもとにみんなで集まり、ワールドカップを応援するサポーターのように熱気を帯びていたと、ワッキーが述べている。
  • おぎやはぎがM-1で残した功績は大きく、おぎやはぎが出て以降つっこみを行わない形式を取ったコンビが続出した。大会実行委員長の島田紳助は「M-1、そして漫才の幅が広がった」と 『松本紳助』(広島テレビ)で語っている。
  • M-1に第2回大会から9年連続決勝進出し、2010年に優勝した笑い飯も、おぎやはぎのスタイルに大きく影響を受けた。彼らが東京勢で唯一笑ったコンビがおぎやはぎで、「次に売れるのはこの人たちやなと確信した。この絶妙な間とこの空気を作れるのはこの人たちしかいないと思った」と、M-1事前番組で語っている。

評価について[ソースを編集]

  • 『M-1グランプリ2002』決勝では、審査員の立川談志より「皆それぞれいいけどいいです。千太・万吉を思わせるようなね。(矢作「千太・万吉さんを知らないもので…」)縁があったらやってあげますよ。」と絶賛された。また『鶴の間』出演時、笑福亭鶴瓶は「俺、若手の中でおぎやはぎが一番好き」、「ただ、『鶴の間』なんかは、30分持っていかなあかんから、30分喋らなあかんっていうのは、お互いが助け合わないと。お互いがズバーンズバーン来たって、そんなの笑わへんよ。ホリケンなんかでも、あんなリズムでも一生懸命作ろうとしてやってたから、段々面白くなって来るのよ。だから、一線に出て来てるヤツっていうのはみんなそれ出来る。オモロない人っていないんですよ。『おぎやはぎ』。あいつらは自分の間をずーっと持ってるからね。だから、矢作とこの前『鶴の間』やったけど、スゴいやりやすかった。自分のリズムを絶対に崩さないからね。矢作のリズムに入って、自分が感じるってコトがスゴい大事なのよ。」と以後のインタビューで語っている。その後、売れてから共演した『A-Studio』(2014年5月9日放送分)にて「俺(鶴瓶)は売れない頃から絶対売れるし才能を見込んでいて、今ようやく売れて凄くうれしいな」とも語っていた[7]
  • 『M-1グランプリ2002』決勝では、審査員の大竹まことから「確かに面白いが、こっちで新聞を読みながら聞いていても面白いと感じると思う。2人の世界観に聞き手を引き込みたいのかそうでないのかが分からない」との評価もされている。また、大竹まことはおぎやはぎの雛壇での立ち位置や司会について「小木には欲がない(視聴者に良く思われようとしない)から、つまらなかろうが見られる」「俺は小木ほど、不細工に対する気持ちいいほどの差別心はないから、やりきれない。小木はそこが良い」「矢作の仕切りは、東京流の仕切り。すぐ落としてとかそういうフリではなく、『そういうこともあるよね』と言える。間を持たせつつ、笑いを取れる。東京流のこういう仕切りがちゃんと育ってきててよかった。」と、ゴールデンラジオで語っている。
  • たけしの誰でもピカソ』で漫才を披露した際、ビートたけしより「いとし・こいしさんみたいだな。いいと思う。漫才はずっと続けなさい」と評価されている。
  • 2004年の『FNS27時間テレビ』内で放送された笑わず嫌い王決定戦に出場しコントを披露した際、とんねるず石橋貴明から「(おぎやはぎは)大好きです。昔、お笑いスター誕生!!に出ていた象さんのポットみたいだ。」と評されている。因みに、おぎやはぎの二人は同番組内で「僕らとんねるずさん好きでしたよ」と公言している。なお、結果発表の際に「石橋が嫌いな芸人」には選ばれなかったため、石橋の発言は事実であると思われる。
  • 光浦靖子は「おぎやはぎって現場で接すればみんな分かると思うんだけど、凄く優しい。すべってもすべったなりに『あの間はひどかったねえ』とか笑い所を必ず見つけてくれる。すべったり、からまわったりしても、笑いを必ず見つけてくれる。たまにわざとすべらせたり、冷めた態度を取るような芸人がいるがおぎやはぎは絶対にやらない。だから慕われる。」、「矢作はねえ、あの人はようできた人ですよ。色々聞いてね、色々良いこといってくれた。『自分の言葉で喋ってる人しか信用しないし、信用されない』『むこうさんのルールがあるじゃないですか。いきなりぽいってアウェイに放り込まれて、出来上がったルールがあって。こっちができないのを見せつけるのを写らせないような。それにヘラヘラ合わせるほど格好悪いことはない。だったらずっとむすっとしてなさい』と矢作が言ってくれた。」、「おぎやはぎは最初からオリジナルだった」「仲が良いコンビなんておぎやはぎが初でしょ。ああいう、褒め合うという。それに右へならえで、芸人たちがどんどん影響されて行った。」と、ゴールデンラジオで語っている。
  • ダウンタウンと共演が多い。松本人志はラジオ番組『放送室』にて、「矢作は『浮遊芸』ですね。一流の格闘家というのは『勝ちたいと思う気持ちすら邪魔や』と。浮いとけと。もう、もう行くとこまで行ったら、もう、そこに達する。そこでたぶん、ぺちゃくちゃ言ってるほうがおもろいねんな。もう。もうちょっと突き詰めて行けばフェアウェイに行ってんのに浮き芸の空気残ってる! みたいな位置に行けるよあいつはね。」と語った。他にも、とんねるずやナインティナインとも共演が多い。
  • 小林信彦は最近気に入っている芸人におぎやはぎを上げている。自身の著書にて『おぎやはぎのメガネびいき』(TBSラジオ)を毎週聴いていることを明かし、「小木と矢作のさり気の無い語り口がどうにもおかしく、心地よいのだ」と述べている。

コンビ仲について[ソースを編集]

  • 仲の良いコンビとして知られている。学生時代から仲がよく高校時代に「あいつら、できているのでは?」と噂が立ったり[8]、小木が高校一年から一年間付き合っていた子と、矢作は高三から七年間付き合ったといったエピソードが多々ある。矢作は小木と遊びすぎて彼女に振られた事がある。今まで一度も喧嘩をしたことがない。
  • 矢作は上海で仕事をしていた頃、ホームシックで病んでいた。小木に助けを求めて電話をすると次の日、小木が上海の矢作のところまで来て矢作はビックリしてしまったそうな。ゴルフ中、矢作があまりに小木が面白すぎる為「小木と毎日遊んで楽しく暮らせたらいいのになー」と言うと小木が真顔で「俺、仕事辞めて来た。明日からずっと一緒にゴルフができるよ」とまるでプロポーズのようなことを告白。小木は矢作が心配すぎるあまり安定した仕事を捨てている。
  • プライベートの旅行で別々にハワイに行ったのにも関わらず、滞在4日中2日一緒に遊ぶ等のエピソードからすると、仲の良いコンビである[誰によって?]。また、小木の眼鏡を買いに矢作も一緒に買い物に行ったりもする。またラジオ番組などで、未だに一緒に食事をする事を公言している。
  • 古閑陽子アナウンサーに『天才!!カンパニー』おぎやはぎ爆裂トーク(89)にて「ロケ中やバスの中でもずっと一緒にいて仲が良いのにびっくりしました。こんなに人ってお互いを思いやれるものなんですね」と感心され、「食事中は先に食べていいよって譲り合っていた」「矢作さんは移動するたびに写真を撮るんですけど小木さんばっかり毎回撮って、『小木はどんなポーズとってもかっこいいなぁ』『小木は文化人みたいでかっこいい』と褒めまくっていた」「小木さんは小木さんで『矢作はなんでも知っているから矢作に聞けばなんでもわかるよ』ってずーっと褒めあってました」と暴露され、二人は「恥ずかしいよ」と赤面している[9]
  • 加藤浩次に、「こいつらは本当にコンビ仲が良すぎる」「ハワイにまで一緒に行っていた」と暴露される[10]
  • おすぎとピーコの金持ちA様×貧乏B様』に出た際、ピーコに「貴方たち、体の関係あるわね?」と唐突に聞かれている。ピーコの視点から見ると、裏でも仲が良いおぎやはぎの様子や雰囲気が正にゲイカップルそのものに見えたと述べている。また、ピーコは矢作がお気に入りなので小木を敵対視している。
  • ラジオ中、あまりに仲が良すぎる為にリスナーから「ラジオ中キスしたりするのは止めてください」など意味の分からないメールが送られてくる。
  • 矢作の携帯の待ち受けは小木である。色んな人に証言され「だって好きなの」と本気で照れる矢作の小木愛は異常である。
  • 基本的にラジオでも仲の良さがにじみ出ている。基本的にバカップルのような会話をし出すのでリスナーから「ラジオ中キスをするのはやめてください!」など意味の分からない苦情が送られてくる。

現在の出演番組[ソースを編集]

メンバー単独での出演は、小木博明矢作兼の項を参照。

テレビ番組[ソースを編集]

レギュラー
不定期
不定期特番

ラジオ番組[ソースを編集]

連載[ソースを編集]

  • Waggle(ワッグル)「めがねゴルファーですが、ナニか?」(2007年12月号 - 毎月21日発売)

過去の出演番組[ソースを編集]

メンバー単独での出演は、小木博明矢作兼の項を参照。

テレビ番組[ソースを編集]

レギュラー
スペシャル
その他

テレビドラマ[ソースを編集]

ラジオ番組[ソースを編集]

映画[ソースを編集]

PV[ソースを編集]

  • GRAPEVINE「アダバナ」(2005年)
  • ACO「Ya-yo」(2006年)

CM[ソースを編集]

奇抜な衣装のコンビ、ビンゴ〜レ ボンゴレに扮し、つんくの作詞・プロデュース・ゲストコーラスでラテン系音楽「サンバ で 夏だ」(実質は洋楽カバー)をCM中に歌った。

ライブ歴(ユニット、単独)[ソースを編集]

  • おぎやはぎ+3(ラーメンズ小林賢太郎アンタッチャブル山崎弘也アルファルファ飯塚悟志)(1999年12月)
  • おぎやはぎづかじ(ドランクドラゴン塚地アルファルファ飯塚)(2000年8月15日、11月14日)
  • おぎやはぎ単独ライブ「めがねびいき」(2001年3月8 - 9日)
  • 東京ヌード「喧嘩プロフェッショナル」(おぎやはぎ、ドランクドラゴン、アルファルファ)(2001年9月18 - 19日)
  • おぎやはぎ単独ライブ「週末ロマンテイスト」(2002年2月8 - 10日)
  • ライヴ!君の席(おぎやはぎ、ラーメンズ、バナナマン)(2002年3月2 - 3日)
  • 東京ヌード「女」(2002年5月3 - 5日)
  • 光が丘大サーカス(おぎやはぎ、バナナマン、バカリズム劇団ひとり、アルファルファ、エレキコミックスピードワゴン)(2002年9月16日)
  • おぎやはぎ単独ライブ「DOG LEG」(2003年1月23 - 26日)
  • 宇田川フリーコースターズ(おぎやはぎ、バナナマン)コントライブ「epoch conte square」(2003年3月11 - 12日)
  • 宇田川フリーコースターズ(トークライブ)(2004年2月12日)
  • おぎやはぎ単独ライブ「Keep Keep」(2004年3月12 - 14日)
  • おぎやはぎ単独ライブ「JACK POT」(2005年9月18日)
  • ミランカトークライブ「〜おぎとやはぎでおぎやはぎです。別にやはぎおぎでもいいんですけど。」(2007年6月24日)

作品[ソースを編集]

ビデオ・DVD[ソースを編集]

番組DVDはそれぞれの項目を参照。

  • 君の席 vol.1 - 3(バップ
  • ライブ!君の席(バップ)
  • epoch conte square 宇田川フリーコースターズ(バップ)
  • epoch shortfilm square〜錆鉄ニュータウン(キングレコード
  • おぎやはぎBEST LIVE "JACK POT"(ポニーキャニオン
  • おぎやはぎの110番(ローランズフィルム)
  • おぎやはぎの人体実験(ローランズフィルム)
  • おぎやはぎ&北陽 ダック引越劇場 ファーストシーズン(ポニーキャニオン)
  • おぎやはぎ&北陽 ダック引越劇場 セカンドシーズン(ポニーキャニオン)
  • おぎやはぎのゴルフが2.8倍楽しくなったらいいんですけど何かご提案でも?(2007年8月24日、バンダイビジュアル
  • ライブミランカ おぎやはぎトークライブ『〜おぎとやはぎでおぎやはぎです。別に、やはぎおぎでもいいんですけど』(2007年11月、ジェネオンエンタテインメント
  • 有田哲平監督作品『特典映像』上巻(ビクターエンタテインメント)矢作のみ
  • ピューと吹く!ジャガー THE MOVIE(2008年6月23日、コンビニ限定DVD)小木のみ、ハマー役
  • 一杯いきますか!! 幸せのレモンサワー(2008年8月8日、ギャガ・コミュニケーションズ)矢作のみ、主役
  • 一杯いきますか!! ある意味、不器用です。(2008年8月8日、ギャガ・コミュニケーションズ)
  • 怒りオヤジ3のDVDですけど何か…?(2008年8月22日、東宝)矢作のみ
  • 爆笑オンエアバトル おぎやはぎ(2003年10月16日、ポニーキャニオン)

CD[ソースを編集]

アルバム
  • ビジトジ(2005年1月、MusicWeb RECORDS)芸人ユニット「ビジトジ」名義
シングル
  • ケロロダンシング(2006年3月、GT music)映画『超劇場版ケロロ軍曹』主題歌
  • サンバ で 夏だ(2007年5月、ティーエヌミックス)サントリー「ビンゴ☆ボンゴ」CMソング、「ビンゴ〜レ ボンゴレ」名義

書籍[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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  1. ^ “おぎや&バナナのヤングJUNKに山里仲間入り”. お笑いナタリー (ナターシャ). (2014年11月4日). http://natalie.mu/owarai/news/130318 2015年7月7日閲覧。 
  2. ^ 2012年2月7日放送『ぶらぶら美術・博物館』(BS日テレ)内で発言
  3. ^ 2007年10月11日放送『雨上がり決死隊のトーク番組アメトーーク!』(テレビ朝日
  4. ^ 耳袋&目袋. “DVD「おぎやはぎnoだっぴんぐ」”. 2008年6月8日閲覧。
  5. ^ http://news.livedoor.com/article/detail/10467868/
  6. ^ 踊る!さんま御殿!!」(日本テレビ)、『さんまのまんま』共演時に発言
  7. ^ A-Studio|2014/05/09(金)放送”. TVでた蔵. ワイヤーアクション. 2015年8月30日閲覧。
  8. ^ 中居正広の金曜日のスマたちへ』(TBS)内の担任教師のインタビューより
  9. ^ 第2日本テレビ. “おぎやはぎの炸裂トーク(89)”. 2008年6月8日閲覧。
  10. ^ 2008年10月24日放送『Shibuya Deep A』にて
  11. ^ Czecho No Republic、オードリーと再タッグ コント番組の主題歌担当”. ORICON (2015年9月9日). 2015年9月9日閲覧。

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]