ラサール石井

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ラサール石井
本名 石井 章雄(いしい あきお)
生年月日 1955年10月19日(60歳)
出身地 日本の旗 日本大阪府大阪市住吉区
血液型 O型
身長 163cm
方言 共通語大阪弁
最終学歴 早稲田大学第一文学部仏文科中退
師匠 杉兵助
出身 テアトル・エコー養成所
トリオ名 コント赤信号
相方 渡辺正行小宮孝泰
芸風 コント(グループ時代)
事務所 石井光三オフィス
活動時期 1977年 -
同期 小堺一機松本竜助
現在の代表番組 ちちんぷいぷい
クイズ!ヘキサゴンII
過去の代表番組 オレたちひょうきん族
明石家マンション物語
ウォッチ!
配偶者  既婚(離婚歴あり)
2012年 - )
公式サイト 「ラサール石井の生き急ぎ日記」

ラサール 石井(ラサール いしい、1955年10月19日 - )は、日本お笑い芸人俳優声優演出家。本名及び旧芸名、石井 章雄(いしい あきお)。愛称ラサール先生石井光三オフィス所属。

略歴[編集]

大阪府大阪市住吉区帝塚山出身。お笑い番組好きな家庭だった影響もあって子供の頃から三木のり平大村昆の番組を好んで視聴し、コメディアンに強い憧れを抱くが中学時代に自分よりも面白い生徒に敵わないと感じたため、青島幸男の存在から放送作家志望に転向する[1]

1960年代から1970年代にかけ、関西の有名学習塾「入江塾」で受験勉強をし(遅刻防止のため住み込みで通っていた)、鹿児島市の私立ラ・サール高等学校に入学。しかし東京大学受験には落ち、上京して浪人したら遊びの誘惑に勝てないと判断して卒業後は早稲田大学第一文学部に進学。同大学ミュージカル研究会にも所属しており、大学1年の時に放送作家をしている先輩の目に留まったことがきっかけで自身も放送作家としてテレビ朝日の歌謡バラエティ番組『チビラサンデー』のコント制作などに携わっていたことがあった[1]

早大在学中に劇団テアトル・エコー養成所に入所。声優養成試験はリップノイズがあることとマイクに息が吹きかかる癖があるという理由で落ちている[1]。その後、養成所で一期下の渡辺正行小宮孝泰と共にコント赤信号を結成。のち先輩コメディアンのコント太平洋から誘われて本格的に芸能活動を始める。多忙で単位不足となり学業の両立を断念し早大から除籍となる(中退ではない)。

1990年代にはテレビ番組『目撃!ドキュン』(テレビ朝日系)や深夜番組『おとなのえほん』(サンテレビ)などで司会を担当。また、お笑い界きってのクイズ王であり『オールスター感謝祭』(TBS)など数多くのクイズ番組で優勝経験を持ち、インテリ芸能人として知られる。『たけし・逸見の平成教育委員会』では、同郷出身の辰巳琢郎と共に優等生として活躍した。辰巳とは、後にキリンビール「秋味」のCMや『決戦!クイズの帝王』でも共演している。

1996年から放送されたテレビアニメ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』では主人公・両津勘吉の声を担当している(両津役以外の声優活動はほとんどしていない)。当初は「話題作りのための芸人起用」と批判されていたが放送開始されると、そのはまり役ぶりに原作ファン、更には原作者の秋本治からも絶賛された。主役だと自分専用のマイクが用意されるため、かつてテアトル・エコー時代に指摘されたマイクに息が吹きかかる癖はマイクの前に斜めに立つことで解消したという[1]。同作品の舞台版では、同じく両津役として出演した他、脚本・演出も担当。2009年放送のドラマ版こち亀では両津勘吉の父親・銀次役で出演した。当初は両津勘吉役でオファーが来たが本人が断り、香取慎吾に決定したという経緯がある[2]

2004年4月から2005年3月25日まで、『ウォッチ!』(TBS)に新聞コーナーの編集長として出演(月曜日 - 金曜日)し、2005年3月28日からはTBSの夕方の顔として『イブニング・ファイブ』(月曜日 - 金曜日16:54 - 18:55)に出演していたが、2006年3月に「舞台演出家としての仕事が好調で両立が困難なため」として番組を卒業した。2007年度からは、『イブニング・ファイブ』と同じ時間帯 (14:00 - 17:50) に、毎日放送(TBS系列)で関西ローカルとして放送されている『ちちんぷいぷい』に月1レギュラーとして出演している。

舞台・演劇活動にも力を入れ、俳優としての出演に留まらず、脚本・演出も数多く手がけている。主な作品は、舞台版『こちら葛飾区亀有公園前派出所』、日本音楽事業者協会創立40周年記念ミュージカル『スター誕生』等。

年に1度行われるイベント『M-1グランプリ』には、2001年の初回から計6回審査員を務めている(2006年2008年2009年は除く…石井の代わりに出演したのは2006年は南原清隆、2008年・2009年は渡辺正行[3])。[4]また、『R-1ぐらんぷり』でも2009年以降審査員を務めている。

2010年大学入試センター試験を受けた[5]

2011年1月、15年前から別居していた妻と正式に離婚が成立した。

2012年1月、24歳の一般女性(石井桃圭・旧姓不明)と再婚したことを31日に所属事務所が明らかにした。相手の女性は現役の薬学部の学生であるという。また、出会いから結婚に至るまでの交際期間が4か月というスピード婚であった。

人物[編集]

  • 渡辺リーダーと同様、兄と姉がいる末っ子。
  • ラサール』という名前は、そもそもラ・サール高等学校出身であると言うことを誇張するため、勝手に使用し始めた。それが学園側に伝わったが、この学園の卒業生ということもあり、『』(ラとサの間にある中黒)を付けないことを条件に学園側から借りているとされている。[要出典]
  • 幼少時は大村崑に憧れ、眼鏡をかけたいために自ら視力を悪くする努力をしていた。コンタクトレンズの使用を経て2005年にはレーシック(視力回復手術)を受けたが、奇遇にも同年同月日、同じクリニックで大村の長男もレーシックを受けていた。
  • 母と並んで微笑んでいる小学生時代の写真が、「笑える」として一時期ネタにされていた。また、その写真がカレンダーになったこともある。また、本人のTwitterアカウントのアイコンにも使われている。
  • テアトル・エコーに入った理由の1つは井上ひさしがいたことであったが、入所時にはすでに井上は同事務所を去っていた。2013年6月にはこまつ座の舞台『「てんぷくトリオのコント」〜井上ひさしの笑いの原点〜』で脚本・監修を務めた。
  • 学生時代に上京して芸歴を積んできたこともあり、全国ネットの放送では標準語で話すことが多い。ただし、関西芸人(明石家さんまなど)と共演するときや関西ローカルの番組に出演するときなどには、関西弁を使う場面が見られる。
  • 前妻との間に年子の娘が2人いる。
  • 名古屋ローカル番組ヴィヴィアン』の本番終了後、麻木久仁子らスタッフたちと一緒にホテル部屋で夜通しクイズ合宿をしていたことから、麻木には「クイズの師匠」と呼ばれている[6]
  • 1991年初頭、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のハガキコーナーで、ハガキを持ってくるアシスタントとして一度だけ出演したことがある。
  • 一時期は芸に悩み、コント赤信号を脱退したい旨を所属事務所社長の石井光三に伝えたが、彼に「そうか? ほなやめたらええがな! その代わりラサール高校からオモロイ奴1人連れて来てーな! そしたらそいつをラサール佐藤とかにして赤信号に入れるがな! ほな頼むで!」と甲高い声で明るく言われたことから、真剣に思い悩んでいた自分がバカバカしくなり、脱退を白紙撤回した。
  • 所属する俳優の多くが声優としても活躍するテアトル・エコーの養成所時代には劇団内での声優の試験を受けたが、合格しなかった。
  • 石井光三のモノマネを『オレたちひょうきん族』のコント内で一時期多用していた。
  • 『ひょうきん族』で共演したさんまとは仲が良く、彼の個人事務所「オフィス事務所」にも籍を置いている。また、年末年始にさんまがオーストラリアの別荘に向かう際にも毎年同行している。
  • 『ひょうきん族』時代の楽屋で付き人を叱責していたが、その格好が「フラワーダンサーズチーム」の黒パンツ1枚で、叱責の間は終始半ケツだったという。
  • 島田紳助が重傷を負わせた女性マネージャーに傷害罪告訴された件については、「社内のことだから示談で済むことなのに。(告訴した女性は)日本古来の"なぁなぁ"の文化が理解できない人。」と紳助を擁護するコメントを出した。
  • 1990年代後半、テレビ朝日に対して否定的な見解を持っていることを隠さなかった。視聴率低迷について認識の甘さを指摘、ABCテレビ『板東英二の水曜は白ごはん』で批判を行っていた。
  • 2001年3月31日放送の『オールスター感謝祭'01春』では、ボクシング対決で抜けた紳助の代役で司会を泉ピン子と共に務めた。
  • 2003年9月27日放送の『オールスター感謝祭'03秋』では、57問4:19.07で念願の初優勝を果たした。
  • クイズ!ヘキサゴンII』には頻繁に出演しており、その予選ペーパーテストでは、1位になることが多い。第1解答者をはずれたことがあるのは2010年12月現在で6回ある。最低順位は2009年12月9日放送分と2010年12月1日放送分の6位である。ちなみに2011年1月現在、通算60回の1位回数(同点を含む)を誇り、番組1位で、2位の山根良顕(31回)を大きく引き離している。また、「アナウンスクイズ」では野久保直樹にならぶ1位タイの120点を獲得していた(その後、木下優樹菜が140点を獲得して1位から陥落)。
  • 2008年10月1日放送分の『ヘキサゴンII』で紳助が企画して同年12月30日深夜に放送された『日本妄想大賞』では、共演者である里田まいとの妄想恋愛のエピソードを披露し、第1回の大賞を受賞した。また、2009年1月21日の放送でも里田を絶賛している。
  • 受験対策で社会科関係をほとんど勉強していないため、地理に関する問題が苦手である(関東の難関中学の入試は「国/算/社/理」の4科目が一般的だが、西日本の難関中学の入試は「国/算/理」の3科目が主流)。
  • 実家は帝塚山に在り、実兄が経営管理を行っているうどん屋「帝塚山めん処 いし井」[7]。『ヘキサゴンII』でメニューが出題されたことがある。
  • 並外れた運動音痴でも知られる。草野球では「外野手のラサールの周囲1メートル以内にフライが落ちた場合は打者はアウトになる」「もしフライを捕れたら一気に3アウトになる」との特別ルールがある、とさんまの口から語られた(さんまのギャグである可能性もある)。2009年3月放送の『ヘキサゴンII』では、複数回において、そのトラウマや野球対決での運動音痴ぶりを露呈したが、筋肉質の身体を持っており、同年4月1日放送分の『ヘキサゴンII』ではその筋肉を披露(舞台版『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のために鍛えた筋肉であるとされる)。共演者のオードリー春日になぞらえ、「ちっちゃい春日」と呼ばれていた。
  • 『ヘキサゴンII』の熱海合宿スペシャルで出演者が問題に関するキーワードの書かれたゼッケンを付け、それにボールを当て合うドッジボールを行った際には、ボールを取っても敵チームにパスしてしまったりと、何かとチームの足を引っ張っていた。しかし、ラサールのゼッケンのキーワード(「Ag」)のクイズに相手チームが連続して不正解したため、最終的にチームは勝利。紳助からは「ドッジ最弱やけどコレ(Ag)最強やわ」と笑われた。
  • 過去にゲイ雑誌「さぶ」のモデルをしていたことがあるという[8]
  • ゴジラシリーズ』などの怪獣映画が大好きで、テレビなどでよく知識を披露している。
  • 『こち亀』のアフレコは、いつも事前に台本を読まないで臨んでいた。
  • 受験関係の著作も多いが、その内容は入江塾時代のものが多い。
  • 渡辺正行に比べて知られていないが、ラサール自身も相当なスケベである、とも言われる。『平成教育テレビ』(1992年)のお色気コーナー「深夜の保健体育」にて、当初は正式な出演者ではなくたまたまスタジオに立ち会っただけであったが、司会進行役のなぎら健壱にのせられて番組に参加し、結果的に最もノリノリで出演していた。
  • 電通調べ認知度98%」と高い知名度であることを自認している[9]
  • 2008年に亀有に建立された両津勘吉銅像の除幕式にて、当時の総理大臣・麻生太郎から無視(ラサールの主張)され、ブログで麻生に対する批判を書いたところ、ブログが炎上して該当記事を削除するに至った[10]
  • とあるクイズ番組の問題で葛飾区の漢字を間違えて書き、司会の南原清隆から「あなたこれ(『こち亀』の主役・両津勘吉)で何年ご飯食べてたんですか?」と突っ込まれ、両津勘吉の声で謝った。
  • さんまによると、女優の穂花のファンとのことである。
  • 両津勘吉がアニメ『こち亀』の次回予告の際に言う「よろしくな」はラサールのアドリブから生まれたものである。
  • 2011年5月1日に自身のTwitterフィギュアスケーター浅田真央選手にセクハラ発言(「エッチしなきゃミキティキム・ヨナには勝てないよ。棒っ切れが滑ってるみたい。」)をし、炎上。当初「訂正も削除もしません」としつつも、発言を削除した[11]
  • いじめに対して肯定的な考えを持っている[12][13]

出演[編集]

バラエティ・情報番組[編集]

テレビドラマ[編集]

テレビアニメ[編集]

Webドラマ[編集]

CM[編集]

ゲーム[編集]

映画[編集]

劇場版アニメ[編集]

Vシネマ[編集]

舞台[編集]

  • こちら葛飾区亀有公園前派出所(1999年) - 両津勘吉 役
  • こちら葛飾区亀有公園前派出所再演(2001年) - 両津勘吉 役
  • 髑髏城の七人〜アオドクロ2004年) - 狸穴二郎衛門 役
  • こちら葛飾区亀有公園前派出所〜海パン刑事の逆襲・檸檬も出るのじゃ!〜(2003年) - 両津勘吉 役
  • こちら葛飾区亀有公園前派出所〜30周年だよ!おいしいとこ取りスペシャル!!〜(2006年) - 両津勘吉 役
  • マイホーム・オン・ザ・ビーチ〜ヘキサな海の家〜(2010年
  • ペテン・ザ・ペテン(2011年)- 演出・出演
  • 英国王のスピーチ2012年

舞台演出[編集]

  • 燃えよ剣(2004年) - 演出
  • プレイバックPart2 屋上の天使(2005年) - 演出
  • 志村魂(2006年) - 脚本・演出
  • 志村魂2(2007年) - 同上
  • 志村魂3(2008年) - 同上
  • ペテン・ザ・ペテン(2011年)- 演出・主演
  • 志村魂6(2011年) - 脚本・演出
  • オーデュボンの祈り(2011年) - 演出
  • HEADS UP!(2015年) - 原案・作詞・演出[17]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d くにまるジャパン 文化放送 2015年8月17日~21日放送
  2. ^ ラサール石井が明かした「ドラマ『こち亀』の両津勘吉役でない理由」。” (日本語). livedoorニュース (2009年6月20日). 2010年2月5日閲覧。
  3. ^ ラサール石井ブログ内「M-1グランプリ2008」
  4. ^ 石井の著書『笑いの現場 ひょうきん族前夜からM-1まで』によると、2006年については視聴率強化というテレビ局側の意向で審査員から外されたとのこと。石井はこの審査員の仕事が誰よりも適任だという自負から、この年はM-1グランプリの生放送を見ながら逐一評点をつけ、その評点をリアルタイムで自らのブログに公表するという試みをおこなった。
  5. ^ ラサール石井ブログ内「センター試験レポ」
  6. ^ ラサール石井ブログ内「クイズ女王」
  7. ^ 帝塚山めん処 いし井
  8. ^ こんちわコンちゃんお昼ですょ!』(2009年7月13日)での太平サブローの談話。
  9. ^ “(cache) 麻生総理そしてこち亀”. ラサール石井の鉄板少年らさある. (2008年11月12日). http://megalodon.jp/2008-1113-0838-26/blog.livedoor.jp/lasar1019/archives/65110728.html 
  10. ^ “ラサール石井、ブログで「麻生批判」 バッシング受けてすぐに削除”. ジェイ・キャスト. (2008年11月13日). http://www.j-cast.com/2008/11/13030313.html 2010年3月24日閲覧。 
  11. ^ “「浅田真央はエッチするべき」 「暴言」でラサール石井が謝罪”. J-CASTニュース. (2011年5月2日). http://www.j-cast.com/2011/05/02094737.html?p=all 
  12. ^ 2006年11月24日放送・日本テレビ『太田総理…秘書田中。』など
  13. ^ 太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。 2006年11月24日提出マニフェスト
  14. ^ 「赤めだか」二宮和也らが故・立川談志師匠に撮了報告”. ニュースウォーカー (2015年11月21日). 2015年12月7日閲覧。
  15. ^ “「こち亀」8年ぶり新作アニメ放送!ラサール石井らおなじみのキャスト集結”. コミックナタリー. (2016年6月20日). http://natalie.mu/comic/news/191467 2016年6月20日閲覧。 
  16. ^ ““秘書・貝原”高橋一生主演『民王番外編』ネット限定配信”. ORICON STYLE. (2016年3月23日). http://www.oricon.co.jp/news/2068930/full/ 2016年3月23日閲覧。 
  17. ^ 哀川翔がミュージカル初挑戦 ラサール石井演出『HEADS UP!』が上演”. シアターガイド (2015年7月23日). 2015年7月24日閲覧。

外部リンク[編集]