森脇和成

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森脇 和成
本名 森脇 和成
生年月日 (1974-08-01) 1974年8月1日(43歳)
出身地 日本の旗 日本広島県安芸郡熊野町
血液型 A型
身長 168cm
言語 日本語
方言 なし(共通語
活動時期 1994年 - 2004年
2015年 -
同期 劇団ひとり
ビビる大木
ふかわりょう など
配偶者  一般女性(2007年 - 2013年)
受賞歴
猿岩石として受賞したものは当該項目を参照。

森脇 和成(もりわき かずなり、1974年8月1日 - )は、日本タレント広島県安芸郡熊野町出身。

来歴[編集]

地元の高校を中退後、圧接工になる[1]。有吉がオール巨人の弟子を破門になり、地元に帰ってきたことがきっかけで芸人を目指すことになる。

猿岩石時代は、太田プロダクション所属。なお、相方の有吉弘行は、現在も太田プロに所属している。2004年、猿岩石解散と同時に事務所を退所し、実業家に転身。ろくに顔を合わせず、連絡も取らなかったというが、その後も実業家とタレントの立場として稀に有吉と共演することがあった。

「猿岩石」の人気絶頂期の頃、毎日のように六本木で飲み歩いていたという。その後、友人から「毎日飲んでるなら店開けば?」と勧められたことがきっかけでサパークラブ経営に手を出したが、経営に関する知識がなかったため小学生レベルのミスを繰り返し「ものの半年でウン千万円がとけた」と、大失敗。破産の危機を感じ、その店は畳んだものの、3つ目の店の経営で成功した[2]

これまでに13種もの職業を転々とし、直近ではブランド品の輸入販売会社で営業をしていた。2015年11月11日放送のフジテレビ系「ライオンのごきげんよう」によると、妻の妊娠判明を機に「子供を育てるなら堅い仕事をしないといけない」とサラリーマン転身を決断。自分が経営していた店の客の会社で働くことになったが、サラリーマン生活はかなり苦しく、営業担当だったようだが「サラリーマンがこんなにつらいとは思わなかった。たくさんの人がやってらっしゃるから、できるだろうくらいに思ってたけど、一番できなかった」、「飛び込み営業のつらさ。へこむ毎日で、数字が伸びなきゃ会社でも立場的につらい。世の中のみなさんはこういうことを何十年もやってるんだと思うと、すごいなと。今までナメてたな、俺は」という[2]。子供を二人授かるもののその後、離婚[3]

そんなつらいサラリーマン生活の中、森脇は社長に芸能界復帰を勧められた。社長は「つらいだろ? 芸能界もう1回やってみたら? おまえはサラリーマンやってても顔が死んでいるぞ。おまえらしくない」と森脇の背中を押してくれたと言い、「『もしだめだったら戻ってこいよ』とまで言ってくださった」という[2]

2015年に辺見プロモーションから芸能界復帰したが、ほどなく所属リストから姿を消している。

2017年5月23日、YouTuberのラファエルに誘われ、YouTubeを始める[4]

脚注[編集]

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  1. ^ 『もしかして、崖っぷち』pp.24-27
  2. ^ a b c 元「猿岩石」森脇和成 地獄のサラリーマン生活語る「なめていた」”. スポーツニッポン (2015年11月11日). 2015年11月11日閲覧。
  3. ^ 『もしかして、崖っぷち?』pp.153-155
  4. ^ 元猿岩石・森脇和成、YouTuberになる 電波少年時代の裏話も披露 - Abema TIMES