陣内孝則

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じんない たかのり
陣内 孝則
陣内 孝則
 第74回桜花賞表彰式にて(2014年4月13日)
本名 陣内 孝則
生年月日 1958年8月12日(57歳)
出生地 日本の旗 日本福岡県大川市
身長 176 cm
血液型 B型
職業 俳優歌手タレント映画監督
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1980年 -
活動内容 1980年 - 1982年:音楽活動
1982年:俳優デビュー
配偶者 あり(陣内恵理子
事務所 ジェイ・オフィス
公式サイト 【j-office】陣内孝則 立花裕大 所属事務所 公式サイト
主な作品
テレビドラマ
ライスカレー
君の瞳をタイホする!
愛しあってるかい!
青春家族
菊次郎とさき』シリーズ
1リットルの涙
映画
ちょうちん
さらば愛しのやくざ

陣内 孝則(じんない たかのり、1958年8月12日 - )は、日本俳優歌手タレント映画監督。本名同じ。福岡県大川市出身。ジェイ・オフィス所属(2013年12月よりオスカープロモーションと業務提携)。佐賀大学教育学部附属中学校西南学院高等学校卒業。妻は陣内恵理子

人物・来歴[編集]

中学校時代は、のちに佐賀県知事(2003年初当選)を経て衆議院議員(2014年初当選)となる古川康と同級生だった。

プロデューサーの上野義美に博多でスカウトされ、ザ・ロッカーズのボーカルとしてデビュー(当時はセクシャルバイオレットNo.1がヒットし、日本各地をコンサートでまわっていた桑名正博の前座としても活動していた)。

グループ解散後、役者に転向。転向した直後はトレンディドラマが流行しており、浅野ゆう子らとともに出演して顔が知られる。その後は途切れることなく作品に出演し続けている。

上京のきっかけは『ザ・ベストテン』で同郷の先輩である大川栄策がタンスを担いで出演したのを見て「俺も何かせんといかん」と決意したから(父親には「そんなもので食っていけるのか?」と言われ「俺は夢を食って生きていく!」と言い返した)。

「音楽で食っていけるんなら音楽を続けていたかったが、そういうわけにも行かなかったので俳優をやっている」とも発言している。ロッカーズ時代にルースターズ大江慎也池畑潤二らも出演した『爆裂都市 BURST CITY』が俳優デビュー作で、それ以降、音楽活動はほとんど行なっていない[1]

三上博史柳葉敏郎からは「ボス」と呼ばれており、いつの間にか一般的に広まりボスの愛称が定着。

コミカルな役から重厚な役まで様々な役を演じるが、実際はひょうきんな性格で、バラエティー番組にも積極的に出演。お笑い芸人並に喋るチャンスを窺っており、笑いに非常に貪欲である(特にダウンタウン (お笑いコンビ)からは毎度のようにツッコまれている)。

妻は資生堂キャンペーンアイドルグループのシャワーの元メンバーで、現在はファッション雑誌のモデルとして活動している。

笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」には、20回出演している(21回出演している和田アキ子に次いで歴代2位の記録で浅野ゆう子と同率)。(2013年5月現在)

2006年の誕生会には50人の芸能人が集まり、司会は今田耕司くずが歌ったり、山口智充がネタを披露した。松本人志は花を贈った(2006年11月30日『ダウンタウンDX』にて本人談)。

荒井由実(当時)の「卒業写真」が嫌い。これは喫茶店で高校生の時に付き合っていた彼女が、東京の大学へ進学するため付き合うのをお仕舞いにしようと言われ、陣内が必死に説得し、彼女が納得しようとしたその時「卒業写真」が流れ、彼女が「卒業写真」の歌詞と自分の今の状態と投影してしまい、結局陣内はその彼女と別れてしまったのが原因(2007年4月1日放送の『行列のできる法律相談所』より)。なお、陣内の『行列のできる法律相談所』の初出演はこの放送だったが、陣内の本人の話では「1度目は島田紳助の一身上の都合で出演キャンセル、2度目は紳助の高熱でダウンでやっと番組に出られるようになった」とコメントしている。

競馬には非常に強い関心があり、競馬関連のブログを展開している他、日本中央競馬会に登録の馬主として、自身も競走馬を所有している。自分の所有馬が勝利したレースで他の馬の馬券を買ってしまったこともあった。

その陣内の所有馬キクジロウ(名前の由来は自身が主演したテレビ朝日系テレビドラマ『菊次郎とさき』で演じたビートたけしの父:北野菊次郎から)が、2008年5月4日の第2回東京競馬第4日の第3競走の3歳未勝利戦(ダート1600m)で初勝利を挙げた。
表彰式では『菊次郎とさき』で着用したハッピを着て愛馬の口取りを行った。

また当日京都競馬場で開催された第137回天皇賞に優勝したアドマイヤジュピタの母:ジェイズジュエリーも所有馬であったため、陣内に取っては嬉しい一日となった。

陣内貴美子とは遠戚であることが、関西テレビの単発番組『陣内家』で共演を果たした際に判明した(このとき共演した陣内智則とは遠縁でも何でもないことが判明した。が、兄の名前は「隆則」と、字は違えど同音異字であることも判明した)。

ジャッキー・チェン主演『五福星』(1984年)の主題歌を担当し、その公開イベントが1984年8月に日本武道館で行われ、ジャッキーや渡辺徹と同じステージに立ち、主題歌を熱唱した。

1995年フジテレビ系で放送された「古畑任三郎・笑うカンガルー」で共演した俳優としての大先輩田村正和とは共演を機に確執が生まれたとされており、たびたび週刊誌で取りただされた。詳しくは古畑任三郎を参照。

作品[編集]

シングル[編集]

  • 陣内の自動車ショー歌/(b/w)D.D ROCK'N' ROLL(1982年10月21日)※ソロデビュー作品
  • ハートブレイクCrossin'/サヨナラを言わないでくれ(1984年)フジテレビアニメふたり鷹』主題歌
  • SUPER SUPERSTAR(1984年)ジャッキー・チェン主演『五福星』主題歌
  • 現在人 (Imagine)(1987年)
  • 涙のモーターウェイ(1988年)※ザ・ロッカーズ楽曲のセルフカヴァー
  • 辛口(1988年)
  • ワイルド・ジャンボ・ロック(2002年1月19日)※小西康陽プロデュース

アルバム[編集]

  • 旋風児(1982年11月、1995年にCD選書シリーズとして再発売)
  • ALL THROUGH THE NIGHT(1984年)
  • Rendez-Vous(1985年)
  • BALLAD OF T.J.(1986年)
  • Kir(1987年)
  • 陣内孝則ベスト(1987年)
  • 陣内孝則BEST HITS 16 "PRESENTS"(1988年)
  • B・BLUES(1994年)※PLATINUM SAX(陣内孝則、花田裕之窪田晴男らによるバンド)名義

参加作品[編集]

提供作品[編集]

出演作品[編集]

※主演は太字

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

舞台[編集]

劇場アニメ[編集]

ゲーム[編集]

MV[編集]

バラエティ[編集]

ナレーション[編集]

ナビゲーター[編集]

CM[編集]

監督作品[編集]

映画[編集]

受賞[編集]

脚注・出典[編集]

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外部リンク[編集]