志穂美悦子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
しほみ えつこ
志穂美 悦子
Sue Shihomi
志穂美 悦子Sue Shihomi
(2010年出版)
本名 長渕 悦子(ながぶち えつこ)
塩見 悦子(しおみ えつこ、旧姓
生年月日 (1955-10-29) 1955年10月29日(62歳)
出生地 岡山県西大寺市
国籍 日本の旗 日本
血液型 A型
職業 女優歌手フラワーアーティスト
ジャンル 映画テレビドラマ演劇フラワーアート
活動期間 1973年 - 1987年2011年 -
配偶者 長渕剛(1987年 - )
著名な家族 文音(長女)、WA航RU(長男)、長渕蓮(次男)
主な作品
映画
女必殺拳シリーズ[1]
若い貴族たち 13階段のマキ
華麗なる追跡』 『瞳の中の訪問者
柳生一族の陰謀』 『宇宙からのメッセージ
里見八犬伝[1]上海バンスキング
二代目はクリスチャン
男はつらいよ 幸福の青い鳥
テレビドラマ
キカイダー01』 『ザ★ゴリラ7
柳生一族の陰謀』 『熱中時代
噂の刑事トミーとマツ
気になる天使たち』 『影の軍団シリーズ
柳生十兵衛あばれ旅』 『親子ゲーム
スタンドバイミー 〜気まぐれ白書〜
演劇
ゆかいな海賊大冒険』 『酔いどれ公爵

志穂美 悦子(しほみ えつこ、1955年10月29日[1] - )は、日本女優歌手フラワーアーティスト[注釈 1]

海外ではSue Shiomi の名で知られ[5]、日本で初めて女優自らスタント擬斗を演じ[2][3][1]1970年代から1980年代にかけて活躍した。ジャパンアクションクラブ (JAC) が初めて輩出した女優でもある[1]。愛称は悦っちゃん[5]岡山県西大寺市出身。

本名は長渕 悦子(ながぶち えつこ)[注釈 1]。旧姓は塩見(しおみ)。

来歴・人物[編集]

生い立ち[編集]

父親が大蔵省造幣局に勤務する家庭に長女として生まれた。弟が一人いる。岡山市立西大寺中学校から1971年岡山県立西大寺高等学校へ進学。子供のころから運動が得意で、中学・高校と陸上部に所属[1]。中学時代には80メートル・ハードルで、13秒4という岡山県歴代2位の記録を残す。1968年から放映されていたテレビドラマキイハンター』を観て以来、千葉真一の熱狂的ファンとなり[2][5][6]、感化された志穂美は高校生の時にスタント・パーソンになりたい夢を抱く[6]1972年8月、千葉が主宰するジャパンアクションクラブ (JAC) を受験して合格[1]。同年10月に上京して入会するとともに中延学園高等学校に転校し、1974年に卒業した[1]

アクションスター[編集]

1973年千葉真一主演映画ボディガード牙』で、牙直人の妹であるマキ(渡辺やよい)の擬斗吹き替えをし、本名の塩見 悦子でデビューを果たした。テレビドラマ『現代鬼婆考・殺愛[注釈 2]』(1973年)で、主演・千葉(大庭しげ男)の妹・大庭しげみ役を経て、シリーズ化された映画『ボディガード牙 必殺三角飛び』(1973年)では、千葉の本名から「穂」を一字貰い受け、本作から芸名を志穂美 悦子にして活動し始める。原作者である梶原一騎が、第一作の塩見の吹き替えを気に入ったことから本作での配役に繋がった。同年末、テレビドラマ『キカイダー01』の第30話『悪魔? 天使? ビジンダー出現!!』(1973年)から、ビジンダー役でレギュラーになった。

1974年には千葉真一主演映画『激突! 殺人拳』に助演したあと、映画『女必殺拳』の主人公に選ばれる[7]。日本では同年8月31日に公開され大ヒットし、千葉真一・山下タダシカラテ映画と同様にシリーズ化された[8]。『女必殺拳シリーズ』として、同年12月には『女必殺拳 危機一発』、翌年8月には『帰ってきた女必殺拳』と封切りし、同シリーズは海外でも公開され、Sue Shihomi の異名で世界的に知名度を上げ、出世作となった。剣技だけでなく格闘をメインにし、吹き替えなしで複数作品に主演したアクション女優としては日本映画史上初の存在であり、その後も追随する存在は出ていない[9]

1975年には梶原一騎原作の映画『若い貴族たち 13階段のマキ』や志穂美の多羅尾伴内的七変化が見所の映画『華麗なる追跡[注釈 3]』、翌1976年には『必殺女拳士』、『女必殺五段拳』といったカラテ映画など主演作が相次ぎ、当時の人気スターのバロメーターであったブロマイドの売上がNo.1となり[5]、以後数年間その地位を固守した。初主演に起用した鈴木則文は志穂美を「清潔で情感豊かに演じる出色の感性がある」と評している[10]

千葉真一主演映画『逆襲! 殺人拳』、『直撃地獄拳 大逆転』(1974年)、『少林寺拳法』(1975年)、『激殺! 邪道拳』、『ゴルゴ13 九竜の首』(1977年)の助演や、テレビドラマでも『ザ・ボディガード』(1974年)、『ザ★ゴリラ7』(1975年)、『燃える捜査網』(1975年 - 1976年)、『大非常線』(1976年)にレギュラー出演し、JAC における千葉の妹的な立場となった[5]。その一方で、東京・下町の鉄工所を舞台に幼いときに別れた母親を迎え入れた家族の人間模様を描いた、千葉主演のテレビドラマ『七色とんがらし』(1976年、NET)ではホームドラマにレギュラー出演し、スタントや擬斗を演じない初めての作品は芸域を拡げる転機になった。

バラエティ・ミュージカル[編集]

大江戸捜査網』(1976年 - 77年)にて初の時代劇に進出。普段は自分の正体を隠して探索を行い、悪を倒す忍者集団である隠密同心・風でレギュラー出演(第159〜202話)。時代劇だが志穂美の立ち回りシーンにはほとんど日本刀を使わず、蹴り技ヌンチャクで相手を倒す擬斗を披露した[1]。この頃から刑事ドラマ明日の刑事』(1977年 - 1979年)、『ドラマ人間模様 サーカス』(1977年)、柔道ドラマ『姿三四郎』(1978年 - 1979年)、学園ドラマ熱中時代』(1978年 - 1979年)、『気になる天使たち』(1981年)で教師を演じるなど、それまでと異なる作品にも出演。その後も運動神経を生かした仕事に多く恵まれた[1]

バラエティ番組では『みどころガンガン大放送』(1977年)に初出演。学園を舞台にしたドタバタ劇で志穂美は劇中で「シスター 兼 教師」で登場し、「ミニスカートでのアクション・擬斗や、歌を歌う」など違った一面を披露。独身男3人が互いの友情を深めていく『やる気満々』(1979年)や病院を舞台に大家族が繰り広げる『三男三女婿一匹III』(1979年 - 1980年)などのホームドラマにも立て続けにレギュラー出演し、アクションだけではない女優として認知されるようになった。アクションコメディの刑事ドラマ『噂の刑事トミーとマツ』(1979年 - 1981年)では、気弱な弟・トミーを叱咤激励している姉・幸子(サッチ)を演じた。

映画『瞳の中の訪問者』(1977年)でヒロイン・片平なぎさの友人、1978年の映画『柳生一族の陰謀』では千葉真一扮する柳生十兵衛三厳の妹で男装の剣士・柳生茜に扮し、興行収入30億円以上を記録した[11]。同映画は連続ドラマ『柳生一族の陰謀』(1978年 - 1979年)として放送され、柳生茜を再び演じている。以降、『柳生あばれ旅[注釈 4]』(1980年 - 1981年)の続編となる『柳生十兵衛あばれ旅』(1982年 - 1983年)でも柳生茜でレギュラー出演し、本作での主題歌「明日よ、風に舞え」も歌っている。1978年の映画『宇宙からのメッセージ』ではガバナス帝国の侵略を受けて追われる身となった惑星ジルーシアの王女・エメラリーダ姫、1979年には映画『金田一耕助の冒険』、コメディ映画『ピーマン80』に出演した。

1980年には時代劇影の軍団シリーズ』で『服部半蔵 影の軍団』(1980年)のみ第9話のゲスト出演だったが、『影の軍団II』(1981年 - 1982年)、『影の軍団III』(1982年)、『影の軍団IV』(1985年)、『影の軍団 幕末編』(1985年)までの全作品を、それぞれ役名が代わりながらも各ドラマの主要人物として出演していく。同年、JAC の弟分・真田広之の初主演となった東映の時代劇映画『忍者武芸帖 百地三太夫』で主人公・鷹丸に加勢する中国の女拳士・愛蓮を、翌1981年にも同じく真田主演のアクション映画『吼えろ鉄拳』に助演し、真田の姉役として盲目のカラテの達人を演じる。この頃には千葉の主演映画『冒険者カミカゼ -ADVENTURER KAMIKAZE-』にカメオ出演するなど、JAC が関わる映画ではサポートへ回る配役が多く、真田に続くJAC の若手ホープ・黒崎輝主演映画『伊賀野カバ丸』(1983年)、『コータローまかりとおる!』(1984年)にも応援出演[5]

1981年には映画『魔界転生』を演劇化した『柳生十兵衛 魔界転生』で天草四郎時貞を演じ、同時上演ではJAC創立からの物語である『スタントマン物語』にも出演。1982年から1985年までJAC総出演のミュージカルゆかいな海賊大冒険』、『酔いどれ公爵』や、水曜ロードショー特別企画として放映されたJAC 総出演のテレビドラマ『素晴らしきサーカス野郎』(1984年)にも出演。映画『蒲田行進曲』(1982年)では本人役で友情出演し、時代劇映画『里見八犬伝』(1983年)に八犬士の一人・犬坂毛野で出演。同作品は配給収入23.2億を超えるヒットをした[12]

独立[編集]

1984年には芸能界を舞台にした青春映画『ザ・オーディション』、『上海バンスキング』に出演。上海とジャズを題材とし、日中・太平洋戦争の激動の時代を生きる中国人歌手・林珠麗(リリー)を演じた。テレビドラマ『金曜日の妻たちへII』(1984年)にレギュラー出演。サラリーマンの愛人であるスナックの店員・大石千佳を演じる。バラエティ番組『欽ドン!良い子悪い子普通の子おまけの子』(1983年 - 1985年)に出演。『良い悪い 普通のお婆ちゃんと妻の悦ちゃん』でコントを行い、これまでのイメージを一新することとなった。

1985年にはJACサニー千葉エンタープライズ)より独立し、個人事務所『ハンドレット』を設立[注釈 5]。映画では角川春樹事務所創立10周年記念作品『二代目はクリスチャン』に主演した。同作は劇作家つかこうへいが志穂美を念頭に原作・脚本を執筆をした作品で、教会に仕える清純なシスターが、ひょんなことからヤクザの二代目を襲名する物語である。志穂美にとっては『女必殺五段拳』(1976年)以来、9年ぶりの主演作となり、配給収入12.5億を超えるヒットとなった[注釈 6]。1986年には映画『熱海殺人事件』では警視庁の名物刑事・二階堂部長刑事の10年来の愛人で女刑事・水野朋子を演じるなど幅広い役柄をこなした。

結婚・引退[編集]

1986年6月からホームドラマ親子ゲーム』で、元暴走族ラーメン屋を営む青年(長渕剛)と同居する恋人を演じた。撮影中に志穂美が左手小指の付け根を骨折し、病院に向かう志穂美に長渕が付き添ったことから親密となる[14]。不器用ながらもお互い魅かれ合っていくカップルが描かれた映画『男はつらいよ 幸福の青い鳥』(1986年)でも長渕と共演し、志穂美にとって最後の映画となった。この頃には公に親密に交際を育んでいることを双方とも認めている。1987年8月29日に長渕と結婚[14]。入籍のみで済ますつもりだった長渕だが、初婚である志穂美は「芸能人としてでなく、普通の人としてひっそり式を挙げたい」という希望から、9月17日に師匠・千葉真一が修行した寺の近くにある奈良県天川村天河大弁財天社にて、双方の両親と親しい知人のみの参列を前に式を挙げた[14]。長渕の意向で芸能界を引退した志穂美は、「クセのある男なので専業主婦したい」とこれ以降は芸能活動を行っていない[14]1988年3月17日に長女・文音女優)を授かったのを皮切りに、長男・WA航RU(ヒップホップミュージシャン)、次男・長渕蓮レーシングドライバー)らの娘・息子がいる。

1995年1月に長渕が大麻取締法により逮捕され、それ以前に長渕との不倫関係が噂されていたタレント・国生さゆりが記者会見を開き「薬物に対する身の潔白と、長渕夫人を交えて話し合い、長渕との不倫関係を清算させた」と発表した事により、志穂美の名が再びマスコミの注目を浴びることになった。1996年8月7日には二人が結ばれるきっかけとなった『男はつらいよ』シリーズの主人公・寅さんを演じる渥美清の訃報が報道され、長渕・志穂美夫妻の連名入りで渥美への追悼詩を寄せた[15]

2002年には前年から始めた趣味のマラソンをきっかけに、月刊誌「ランナーズ」誌上にて対談「悦ちゃんといっしょに話走(はなそう)」が連載開始。2006年、長渕の父が他界した事により葬儀に参列し、十数年ぶりに公の場に姿を現す。

フラワーアーティスト[編集]

2011年11月20日、長渕が経営する自由が丘カフェ『ROCK ON』の特別企画に賛同し、東日本大震災復興支援・チベット難民キャンプ支援としてフラワーアレンジメントの写真集『Flower Arrangement INSPIRE 〜いちかばちか〜』を自費出版で発売。それに伴い、約5年ぶりに公の場に姿を現し、握手会とサイン会を催した。尚、売上金は全額寄付されるという[16]

2013年2月16日、地元・西大寺で行われた西大寺会陽のRSKラジオに、12月18日にはTBS系情報番組『はなまるマーケット』にそれぞれゲストで招かれた。『はなまるマーケット』は27年ぶりのテレビ出演となり、女優時代の回想やフラワーアーティストとしての活動を語った[2][3][4][5]

2017年1月10日、テレビ朝日『徹子の部屋』に31年ぶりに出演、近況などを語った[17]。同番組ではゲストのイメージに合わせた生け花やフラワーアレンジメントを専属のスタッフが用意し配置するセットを常としているが、当日は近年「花活動家」として活躍している志穂美自らが活けた“再会”と題した作品を使用した。

出演[編集]

☆太字は主演作品。

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

演劇[編集]

バラエティ・教養番組[編集]

バラエティ番組
教養番組
  • 美の壺 「春のフラワーアレンジメント」(2012年 NHK)

CM[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル
  • 13階段のマキ / 夜明け前
  • 影法師/白いシャツ
  • 恋のサタデーナイト / 誘われてYOKOHAMA
  • ふたりだけの結婚式 / 二人の愛はしあわせ模様
  • 明日よ風に舞え/思い出 So Long(1982年、CANYON 7A-0219)
  • 南の砂のエアメール / シングルルージュ(1984年)
アルバム
  • 女必殺拳 志穂美悦子参上!!
  • 恋のサタディーナイト
  • スリー・ディメンション(CDもリリース)
  • ゆかいな海賊大冒険
  • 酔いどれ公爵
  • 上海バンスキング

書籍[編集]

写真集
著書
  • Flower Arrangement INSPIRE 〜いちかばちか〜(2011年11月20日)
  • Flower Fighting INSPIRE 〜いちかばちか〜(2012年05月31日)
  • Flower Arrangement Works INSPIRE 3 In New York(2013年09月21日)

脚注[編集]

[ヘルプ]
注釈
  1. ^ a b フラワーアーティストは本名の長渕 悦子で活動している[2][3][4]
  2. ^ サスペンスシリーズ』(MBS)の一本で、雑誌『コミック&コミック』に連載されていた小池一雄原作による殺し屋をしながら、数百年も生きている鬼婆の兄妹の物語を描いた劇画をテレビドラマ化したもの。
  3. ^ 本作のクランクイン一週間前に右膝の内側靭帯を断裂していたが臨んだ[4]
  4. ^ 第24話にゲスト出演。
  5. ^ 事務所の名称は、師匠・千葉真一の千に肖り、百を英語にした。
  6. ^ 映画早春物語』と二本立てでの配給収入である[13]
出典
  1. ^ a b c d e f g h i j 別冊宝島2551『日本の女優 100人』p.90.
  2. ^ a b c d “長渕悦子さんが27年ぶりテレビ出演”. 日刊スポーツ (nikkansports.com). (2013年12月18日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/f-et-tp0-20131218-1232885.html 2013年12月24日閲覧。 
  3. ^ a b c “志穂美悦子さん「浦島太郎状態」27年ぶりTVで変わらぬ美貌披露”. スポーツニッポン (スポニチ Sponichi Annex). (2013年12月18日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2013/12/18/kiji/K20131218007224010.html 2013年12月24日閲覧。 
  4. ^ a b c くれい響 (2013年12月22日). “27年ぶりのテレビ出演で再注目 元女優・志穂美悦子のスゴさ2”. クランクイン. 2013年12月24日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g くれい響 (2013年12月22日). “27年ぶりのテレビ出演で再注目 元女優・志穂美悦子のスゴさ1”. クランクイン. 2013年12月24日閲覧。
  6. ^ a b 「可能性に最大限挑戦したい!志穂美悦子」『JAC特集号』第8巻第4号通巻34号、小杉修造近代映画社〈別冊 近代映画〉(原著1982年3月5日)。
  7. ^ 東映ゲリラ戦記、145頁。
  8. ^ 東映ゲリラ戦記、148頁。
  9. ^ 四方田犬彦鷲谷花 『戦う女たち 日本映画の女性アクション』 作品社2009年8月8日、223 - 224頁。ISBN 978-4-86182-256-8
  10. ^ 東映ゲリラ戦記、149頁。
  11. ^ 西郷輝彦、深作欣二作品の萬屋錦之介に身震い」、『アサ芸+』、徳間書店2012年12月12日2013年1月1日閲覧。
  12. ^ 1984年(1月~12月)”. 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組). 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2012年8月7日閲覧。
  13. ^ 1985年(1月~12月)”. 過去配給収入上位作品(配給収入10億円以上番組). 一般社団法人日本映画製作者連盟. 2012年8月7日閲覧。
  14. ^ a b c d 長渕剛と入籍、極秘挙式した志穂美悦子」、ゲンダイネット2013年2月28日2013年4月3日閲覧。
  15. ^ 報知新聞』1996年8月8日第2面掲載。
  16. ^ Etsuko Nagabuchi フラワーアレンジメント写真集 Archived 2011年12月20日, at the Wayback Machine. 長渕剛オフィシャルサイト
  17. ^ 長渕剛の妻・志穂美悦子、31年ぶり出演「徹子の部屋」で夫語る”. SANSPO.COM (2017年1月10日). 2017年1月10日閲覧。

参考文献[編集]

※異なる頁を複数参照をしている出典のみ。出版年順。

外部リンク[編集]