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森次晃嗣

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もりつぐ こうじ
森次 晃嗣
本名 森次 浩三
別名義 森次 浩司(旧芸名)
生年月日 (1943-03-15) 1943年3月15日(75歳)
出生地 日本の旗 日本 北海道滝川市
身長 176 cm[1]
血液型 O型[1]
職業 俳優歌手
ジャンル テレビドラマ映画舞台
配偶者 金子江見(シャンソン歌手)
事務所 オスカープロモーション
公式サイト 森次晃嗣公式サイト
主な作品
テレビドラマ
ウルトラセブン
美しきチャレンジャー
ウルトラマンレオ
銭形平次
太平記
仮面ライダー剣
映画
人間革命
ふりむけば愛
ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟
オリジナルビデオ
ウルトラセブン

森次 晃嗣(もりつぐ こうじ、1943年3月15日[1][2][3][4] - )は、日本俳優。旧芸名、森次 浩司(読み同じ)[3][4]。本名、森次 浩三(もりつぐ こうぞう)[3][4]

北海道滝川市出身[2][4]滝川商業高等学校(現・北海道滝川西高等学校)卒業[3][4]オスカープロモーション所属[2]

来歴

滝川市の土木建設業のまとめ役で元滝川町議会議員の父の次男として生まれる[5]

1961年、高校卒業後に上京[4]。さまざまなアルバイトやモデル活動をしながら俳優を目指し、1965年テレビドラマ『青春をぶっつけろ』でデビュー[6][2]1967年には『ウルトラセブン』の主役オーディションに50名の中から選ばれ、モロボシ・ダン役を演じて年少ファンの人気を得た[4]。その後、現代劇から時代劇まで、テレビ作品、映画などに幅広く出演[2]

1969年松竹と専属契約を結び、井上梅次監督の『夕陽の恋人』で本格的に映画デビューする[4]1972年フリーとなり、増村保造監督『音楽』(ATG)に助演した[4]

当初、芸名は森次 浩司(もりつぐ こうじ)だったが、当時自宅が近所同士でもあり、占いに凝っていた萬屋錦之介淡路恵子夫妻の勧めで、1973年に今の芸名に改名した[5]

俳優業の傍ら、1988年頃から[4]神奈川県藤沢市鵠沼海岸でカフェレストラン「JOLI CHAPEAU」 (ジョリー・シャポー、#外部リンクを参照)を経営しており[6][7]、店にいる時には自らシェフとしてハヤシライスを調理している[8][2]。店内ではウルトラアイなどのウルトラセブングッズの販売、定期イベントとしてジャズ・シャンソンのライブ、ウルトラ関連のファンミーティングなども行われている。

現在はオスカープロモーションに所属。1997年9月、神奈川県に個人事務所「森次晃嗣事務所」を設立し、タレント業と並行してウルトラ関連グッズの製造販売やイベントの開催運営なども手掛けている。円谷プロとの業務提携により、ヒーローショー、アトラクションやウルトラ関連イベントの開催運営事業に参入する。2002年4月、業務の拡大に伴いイベント事業部が「有限会社 森次エンターテインメント」と改称し、森次晃嗣事務所関連企業として独立している[9]

人物・エピソード

ウルトラシリーズ関連

  • 『ウルトラQ』『ウルトラマン』では出演者は東宝の俳優が中心となっていたが『セブン』では適当な人材が選出されず、森次の噂を聞いて国際放映での『天下の青年』の撮影を見学した円谷プロダクション演技課の新野悟によってモロボシ・ダン役の候補に選ばれた[10]
  • 同第17話「地底GO!GO!GO!」でダンの元になった薩摩次郎を一人二役で演じた時は、ダンより次郎に入れ込んで演技したと後のインタビューで明かしている[11]
  • 特撮については『ウルトラセブン』でやりきったと思っており、『帰ってきたウルトラマン』にモロボシ・ダンとして出演した際も邪道ではないかと感じていたが、ファンの要望があったからどの年代でもモロボシ・ダンを演じてきたと述べている[6]。若い頃はモロボシ・ダンのイメージを払拭するために様々な役柄に挑戦していたが、次第に自身の中にモロボシ・ダンが息づいていることを感じるようになり、自然に受け入れられるようになったという[2]。一方で、モロボシ・ダンであることは自身を律する枷にもなったと述べている[2]
  • ウルトラマンレオ』企画当初、MAC隊長は「川上鉄太郎」という名前の地球人であり、ゲンの正体を知った川上がゲン=レオを鍛え、そして協力するという設定で、製作側では当初から川上役には森次を起用する予定だった。しかし、森次はウルトラシリーズでダン以外の役を演じる事に異を唱え出演を逡巡したために、制作側は隊長をダンに変更して再度オファーを行った[10][6]。森次は「自分のわがままのせいでレオを弱く見せてしまったのかもしれない」と述べたこともある[12]。また、第40話でダンは退場するが、森次はこれが最終回だと思っておりその後も続くことを知らず、ダンとして中途半端に終わってしまったことに忸怩たる思いであったとしている[10]。かつて週刊プレイボーイのインタビューで「レオ時代の話はあまりしたくない」と発言していたが[13]2000年代後半には、自著やインタビューなどにおいて「モロボシ・ダン隊長はレオ(ゲン)に厳しかったが、同時に愛情をもって鍛えていた事も見て欲しい」と語っており[12]、より肯定的なコメントが増えている。それと共に「真夏(真夏竜)は本当によく付いて来てくれた」と当時を振り返っており、今でも親交は深いという[12]
  • 作品観としては『ウルトラQ』『ウルトラマン』『ウルトラセブン』は独立した作品であるという考えを持っており、ウルトラセブンの息子という設定のウルトラマンゼロについても完全に認知はしていないと冗談交じりに述べている[6]
  • 平成ウルトラセブン関連のインタビューでは、自身の手で『セブン』を映画でリメイクし、ファンへのメッセージとしてモロボシ・ダンの最後を描きたいと述べている[14][10]

出演

テレビドラマ

映画

オリジナルビデオ

舞台

その他のテレビ番組

OVA

吹き替え

※いずれもNHK

ゲーム

CM

イベント

その他

  • THE SLUT BANKS「PIKA-BANG」 プロモーションビデオ
  • CANTA 「セブン」アルバムジャケット

音楽

シングル

  • 夢の糸 / あやまちは愛のアリバイ(1984年、東芝EMI

アルバム

  • ジョリーシャポー 〜悠久(とき)〜(2008年、ジョリーシャポー) - 森次自身によるシャンソンバージョンのウルトラセブン主題歌などを収録したアルバム。また封入特典DVDには、ダンディー4こと黒部進、森次、団時朗、高峰圭二の4人によるジョリーシャポーでの座談会の模様が収録されている。

著書

出典

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  1. ^ a b c d 森次 晃嗣”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2018年12月9日閲覧。
  2. ^ a b c d e f g h 座談会 石黒英雄×高橋健介×森次晃嗣」、『宇宙船』vol.156(SPRING 2017.春)、ホビージャパン2017年4月1日、 79頁、 ISBN 978-4-7986-1434-2
  3. ^ a b c d 『テレビ・タレント人名事典 第5版』 日外アソシエーツ2001年、1078頁。ISBN 978-4816916779
  4. ^ a b c d e f g h i j k 『日本映画人名事典』男優編〈下巻〉、キネマ旬報社1996年、784-785頁。ISBN 978-4873761893
  5. ^ a b c 週刊文春 2017年12月29日号 p.118 - 121「新・家の履歴書」
  6. ^ a b c d e f g 「Pickup Interview 森次晃嗣」『別冊映画秘宝 円谷プロSFドラマ大図鑑』 洋泉社〈洋泉社MOOK〉、2013年、95頁。ISBN 978-4-8003-0209-0
  7. ^ 東京新聞』(2010年10月31日 11版 28面)
  8. ^ 『ウルトラセブン・森次晃嗣が作る「モロボシ・ダンのハヤシライス」』 ぐるナビ(『爆報! THE フライデー』2012年3月16日放送分)
  9. ^ 会社概要”. 有限会社 森次エンターテインメント. 2013年10月30日閲覧。
  10. ^ a b c d 「森次晃嗣インタビュー」『ウルトラセブンイズム』 辰巳出版〈タツミムック〉、2002年11月15日、2 - 5頁。ISBN 4-88641-779-5
  11. ^ サンデー毎日 2016年6月5日号 142-146頁
  12. ^ a b c ダン〜モロボシダンの名をかりて〜「第4章 ウルトラセブン、その後」
  13. ^ 「週刊プレイボーイ」2013年2月4日号「円谷プロ50周年記念特集」
  14. ^ 『ビデオ版ウルトラセブン超全集小学館てれびくんデラックス 愛蔵版〉、1998年10月ISBN 978-4091014641
  15. ^ TOYOTA CROWN CM COLLECTION 1963-2010 (ライナーノーツ). エイベックス・マーケティング. (1981年) [DVD 2011年]. AQB1-50612/B. 

外部リンク