オリンパス

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オリンパス株式会社
Olympus Corporation
Olympus Corporation logo
Shinjuku monolith building cropped.jpg
本社がある新宿モノリスビル(東京都新宿区西新宿)
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7733 1949年上場
本社所在地 日本の旗 日本
163-0914
東京都新宿区西新宿2-3-1 新宿モノリスビル
本店所在地 東京都渋谷区幡ヶ谷2-43-2
設立 1919年大正8年)10月12日
業種 精密機器
事業内容 精密機械器具の製造販売
代表者 代表取締役社長執行役員 笹宏行
資本金 1245億2000万円
(2015年3月31日現在)
発行済株式総数 342,671,508株
(2015年3月期)
売上高 連結 7646億7100万円
(2015年3月期)
営業利益 909憶6200万円
(2015年3月期)
純利益 連結 △87億3700万円
(2015年3月期)
純資産 連結 3572億5400万円
(2015年3月期)
総資産 連結1兆0815億5100万円
(2015年3月期)
従業員数 連結 3万1540人
(2015年3月31日現在)
決算期 3月末日
主要株主 #主要株主を参照。
主要子会社 #主要子会社を参照。
関係する人物 マイケル・ウッドフォード(元社長)(Michael C. Woodford)
菊川剛(元社長兼会長)
外部リンク http://www.olympus.co.jp/
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オリンパス株式会社(Olympus Corporation)は、日本の光学機器電子機器メーカーである。本社は東京都新宿区西新宿に所在。

目次

概要[編集]

医療事業・科学事業・映像事業の3つの分野で、内視鏡顕微鏡デジタルカメラ小型録音機などの光学機器、電子機器を製造・販売している。事業分野別にみたオリンパスグループの売上比率は、医療が73.0%、科学が13.6%、映像が11.0%など(2015年3月期[1])。内視鏡分野では世界シェア75%程度を占めるなど、医療用の光学機器や顕微鏡分野では世界最大手となっている。カメラ部門ではニコンキヤノンに次ぐ事業規模、ICレコーダーは日本国外で70%以上、日本国内でも50%近い高いシェアを占めている。

オリンパスの社名は、ギリシャ神話で神々が住む山とされるオリンポス山にちなむ。これは創業時の社名である「高千穂製作所」の由来である高千穂峰が、日本神話において神々が集う山とされているためで[2]、顕微鏡などのブランドネームに使用したことに由来している。コーポレートスローガンは「Your Vision, Our Future.」。

最大の事業分野である医療事業では、1950年昭和25年)、胃カメラの試作1号機の製品化に初めて成功した。オリンパスの医療事業は、2004年(平成16年)に分社化されたオリンパスメディカルシステムズを中心とする医療事業グループ各社に大部分が移管されていたが、2015年(平成27年)にオリンパスメディカルシステムズの主要事業を会社分割によりオリンパス本体に戻し、再び集約している。

2011年に、過去十数年にわたる巨額の損失隠しが発覚し、日本における企業統治(コーポレート・ガバナンス)の不備についての問題も含めて世界中で大々的に報道された。

沿革[編集]

  • 1919年(大正8年) - 山下長が高千穂製作所を創業、顕微鏡や体温計など理化学計器類の製造・販売を始めた。
  • 1920年(大正9年) - オリンパス体温計と顕微鏡「旭号」を発売
  • 1921年(大正10年) - 商標"Olympus"を登録。
  • 1923年(大正12年) - 体温計製造分野を赤線検温器(現テルモ)に譲渡。
  • 1927年(昭和2年) - 油浸系1200倍の顕微鏡GK型完成。
  • 1928年(昭和3年) - 大礼記念博覧会に顕微鏡やその写真装置「エピディアスコープ」などを出品。GE型顕微鏡が第一位優良国産賞を獲得、天皇に献上した。
  • 1934年(昭和9年) - 顕微鏡で成功しカメラ製造に進出したカール・ツァイスやエルンスト・ライツ(現ライカ)に倣いカメラ製造を志し、写真レンズの設計を始めた。
  • 1935年(昭和10年秋) - 写真レンズの試作を始めた。
  • 1936年(昭和11年)6月 - 第一号写真レンズ「ズイコー」75mmF4.5を完成した。
    • 秋 - 第一号カメラ「セミオリンパスI型」を発売した。
  • 1939年(昭和14年) - 安宅商会の資本参加を得て200万円に増資した。
  • 1942年(昭和17年) - 高千穂光学工業株式会社に社名変更した。
  • 1943年(昭和18年)末 - 製糸工場だった諏訪工場を買収、光学兵器工場とした。
  • 1944年(昭和19年)春 - 製糸工場だった伊那工場を買収、光学兵器工場とした。
  • 1945年(昭和20年) - 渋谷工場を諏訪工場に疎開した。
    • 5月 - 空襲で本社と本社工場焼失。
    • 8月 - 終戦後、焼けなかった渋谷工場の後に本社を置き、諏訪工場がカメラ、伊那工場を顕微鏡工場として再起した。
  • 1949年(昭和24年) - オリンパス光学工業株式会社に社名変更、東京証券取引所に上場した。
  • 1950年(昭和25年) - ガストロカメラ発明。
  • 1954年(昭和29年) - 大阪証券取引所上場。
  • 1963年(昭和38年) - 胃カメラにファイバースコープを採用。
  • 2003年(平成15年)10月1日 - オリンパス株式会社に社名変更した。
  • 2004年(平成16年)10月1日 - 映像事業をオリンパスイメージング株式会社、医療事業をオリンパスメディカルシステムズ株式会社に分社した。
  • 2009年(平成21年) - 大阪証券取引所の上場を廃止した。
  • 2011年(平成23年)11月 - オリンパス事件が発覚した。
  • 2013年(平成25年)2月22日 - ソニーが11.46%の出資比率の筆頭株主になる[3]
  • 2015年(平成27年)4月1日 - オリンパスイメージング株式会社及びオリンパス知的財産サービス株式会社を吸収合併するとともに、オリンパスメディカルシステムズ株式会社の事業のうち法規制対応・製造の各一部を除く事業を会社分割により継承[4]。ソニーがJPモルガン証券に保有株式の約半数を売却[5]

事業所[編集]

本店 (東京・幡ヶ谷

主要株主[編集]

2015年3月31日現在。

  1. ソニー - 10.06%
  2. 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) - 4.83%
  3. ステート ストリート バンク アンド トラスト カンパニー - 4.36%
  4. 日本生命保険 - 3.88%
  5. 三菱東京UFJ銀行 - 3.88%
  6. 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) - 3.39%
  7. 日本トラスティ・サービス信託銀行(三井住友信託銀行再信託分・三井住友銀行退職給付信託口) - 3.33%
  8. ステート・ストリート・バンク・アンド・トラストカンパニー 505223 - 2.59%
  9. 三井住友銀行 - 2.44%
  10. テルモ - 1.63%

製品[編集]

フィルムカメラ[編集]

120フィルム使用カメラ[編集]

自社製カメラとは別に、スプリングカメラのマミヤシックス、二眼レフカメラのエルモフレックスズイコーレンズを供給していた。好評を博していたこれらの製品の中でもテッサー型のDズイコーは高級レンズの代表として絶賛を受けた。

スプリングフォーマットのカメラを重視していたため135フィルムカメラへの移行が遅れ、一時期は社内において「ノーモア・シックス」と言われていた。

スプリングカメラ[編集]
  • セミオリンパスI(1936年秋発売) - 6×4.5cm判。ズイコー銘のレンズを搭載した初めてのカメラ。ズイコー75mmF4.5は高品質だったが原価が高く、採用できるカメラメーカーがなかったため、オリンパス自身が縁故のあったプラウドからセミプラウドボディーの供給を受け、シャッターはドイツからデッケル製コンパーを輸入し製造したカメラ。1937年にシャッターを瑞穂光研で開発したコーホーに切り替えた。
  • セミオリンパスII1938年発売) - 6×4.5cm判。ボディーを自社製造し、全自社製となった。
  • オリンパスシックス1940年発売) - 6×6cm判。6×4.5cm判の撮影も可能。ボディーシャッターとなった。レンズは新たに開発されたズイコー75mmF3.5が装着された。田毎町の渋谷工場が諏訪工場に疎開した際、部品は繭の倉庫に運び込まれていた。これら民需製品は接収の対象から外れていたので、1946年2月には早くも再生産型を市場に送り始めた。
  • オリンパスクロームシックスI1948年発売) - 6×6cm判。ダイキャストボディーとなった。レンズはズイコー75mmF3.5。
  • オリンパスクロームシックスII(1948年発売) - 6×6cm判。レンズはズイコー75mmF2.8。
  • オリンパスクロームシックスIIIa1951年発売) - 6×6cm判。装填されたフィルムの両端を引っぱり平面性を確保するフィルム面安定装置を搭載。
  • オリンパスクロームシックスRIIa1955年発売) - 単独距離計搭載。レバー式フィルム巻上げ。自動巻き止め装置装備。
  • オリンパスクロームシックスIV
  • オリンパスクロームシックスV - オリンパスクロームシックスRIIaから距離計を省略したモデル。
二眼レフカメラ[編集]

マミヤ、エルモ社などの二眼レフカメラにズイコーを提供していたが、二眼レフカメラのブームに対応し自社でも製造しようということになり、1950年企画委員会を発足させたが、時すでに遅く1953年頃にはmブームが沈静化、普及版のAシリーズに移行して製造中止となった。

  • オリンパスフレックスBII1952年発売) - 撮影レンズにズイコー75mmF2.8を装着した最高級機。
  • オリンパスフレックスA2.8
  • オリンパスフレックスA3.5(1954年発売)

126フィルム使用カメラ[編集]

  • オリンパスクイックマチックEES2.8 - オリンパスペンEESの「126フィルム」版。フラッシュはAG-1フラッシュバルブを直結式ペンフラッシュCLに装着する。
  • オリンパスクイックマチックEES3.5
  • オリンパスクイックマチックEEM - オリンパスペンEMの「126フィルム」版。電源は単3×2本で、内蔵モータードライブやフラッシュの電源を兼ねる。
  • オリンパスクイックマチック6001970年6月発売) - このシリーズの最終型。定常光撮影ではプログラムAE。暗くなってAE機構連動外になると赤い警告が出てフラッシュキューブ装着を促す。定常光撮影でもフラッシュマチックは作動し、補助光として使うことができる。レンズは4群5枚のズイコー38mmF2.8。

127フィルム使用カメラ[編集]

  • オリンパススタンダード(1937年頃試作) - 4×5cm判の10枚撮り。距離計連動、レンズ交換可能、フォーカルプレーンシャッターとライカを少し大型化したようなカメラ。戦争激化により兵器生産の要請が強まり、開発は打ち切られた。

135フィルム使用カメラ[編集]

当初は24×36mm(ライカ)判が主力であったが後に24×18mm(ハーフ)判のペンシリーズで爆発的なブームを巻き起こした。オリンパスワイドの巻き起こしたワイドカメラブームも有名である。

オリンパス35シリーズ[編集]

24×36mm(ライカ)判コンパクトカメラ。

  • オリンパス35I(1948年発売) - 24×32mmでいわゆるニホン判。シャッターはセイコーシャラピッド00番。
  • オリンパス35III - オリンパス35I連合国軍最高司令官総司令部から「自動裁断機に掛けられない」旨クレームがあり、シャッターをシンクロ付きにする際に24×36mm(ライカ)判に改良された。
  • オリンパス35IVa1953年発売) - 平面性を向上するためガラス圧板を採用したが、フィルムとの摩擦による静電気発生の放電現象等のため、途中から金属製圧板に変更になった。
  • オリンパス35Va(1955年発売)
  • オリンパス35S(1955年発売) - レバー式フィルム巻き上げ、セルフコッキング、連動距離計搭載。当初はF3.5だったが後にF2.8モデル、F1.9モデルも追加された。
  • オリンパスオート1958年発売) - 絞り優先、シャッター速度優先AEが可能。さらにパララックス自動補正式ファインダー、連動距離計、大口径F1.8レンズ。
  • オリンパスエース(1958年発売) - 標準45mm、広角35mm、望遠80mmの3種類を交換可能。どのレンズでも距離計連動。
  • オリンパスオートアイ1960年発売) - 簡易フラッシュマチック機構。絞り値をファインダーに表示。
  • オリンパス35LE1965年発売)
  • オリンパストリップ351968年発売) - ペンEESをベースにしたフルサイズのカメラ。小旅行に気軽に持って行けるカメラとの意から「トリップ」と名付けられ、ロング&ベストセラーとなる。
  • オリンパス35SP1969年発売)
  • オリンパス35EC(1969年発売) - 最大4秒という長時間露光を持つプログラム露出。外付けストロボによるフラッシュマチック機構。
  • オリンパス35RC(1970年発売) - ペンシリーズとほぼ同じボディーサイズ。シャッタースピード優先AE、マニュアル露出可。距離計連動式。
35DC
  • オリンパス35DC1971年発売) - フラッシュマチック機構、逆光補正機能搭載。
  • オリンパス35EC2(1971年発売) - 電源警告装置、電圧が下がり過ぎた場合はレリーズロックして露光不足の失敗を防ぐ。レンズはEズイコー42mmF2.8。
  • オリンパス35ED1974年発売) - レンズはDズイコー38mmF2.8。連動距離計。
オリンパスワイドシリーズ[編集]

広角を装備した24×36mm(ライカ)判コンパクトカメラ。当時はドイツのカメラに倣ってレンズ交換式なら50mmレンズを標準装着し、レンズ固定であれば50mmレンズ、短くても45mm程度のレンズを装着するのが通例であったが、このシリーズでは広角35mmを固定装着してワイドカメラブームを引き起こした。

  • オリンパスワイド(1955年発売)
  • オリンパスワイドE1957年発売) - セレン光電池式露出計内蔵。
  • オリンパスワイドスーパー(1957年発売) - 35mmF2の大口径レンズを搭載した。一眼連動距離計、パララックス自動補正。
  • オリンパスワイドII(1958年発売)セルフタイマー付き。シャッター最高速1/500秒。レバー式巻上。
ペンシリーズ[編集]
ペンEE-2

24×18mm(ハーフ)判コンパクトカメラ。ベストセラーになり、他社も追随してハーフ判のカメラを多数販売することになった。

ペンFシリーズ[編集]

24×18mm(ハーフ)判一眼レフカメラ。

FTL[編集]

M42マウントの24×36mm(ライカ)判一眼レフカメラ。ペンFシリーズの販売が不調になりつつある中Mシリーズ(後のOMシリーズ)開発を急ぎつつつなぎで製造販売された。

OMシリーズ[編集]
OM-1

24×36mm(ライカ)判小型軽量一眼レフカメラ。当時は重厚長大な製品がほとんどであった中発売され、人気を呼んだため他社も一眼レフの小型軽量化を進める結果となった。

XAシリーズ[編集]

1978年のフォトキナで発表された24×36mm(ライカ)判コンパクトカメラ。スライド式のレンズバリアーを設けることでレンズキャップを不要にするという画期的なデザインで、類似のアイディアによる商品としてはチノンベラミやリコーFF- 1が挙げられる。海外ではクラムシェル(はまぐり)と呼ばれた。シリーズ共通のフラッシュA16、A11、A9Mはボディー横にねじ込む形式でデザインもボディーと調和している。レンズバリアーのコンセプトは、のちのμシリーズやキャメディアの一部機種にも受け継がれている。

XA
  • オリンパスXA(1979年3月発売) - 超小型ながら5群6枚のF-ズイコー35mmF2.8が距離計に連動する、シリーズ唯一のレンジファインダー機として独自の存在感を放った。絞り優先AE。バリアーを閉めるとシャッターロックされる。バリアーを閉めないと裏蓋が開かないので注意。裏蓋が開くとフィルム装填時の空シャッターを想定しシャッタースピードが自動的に1/8秒にセットされる。ボディー下のレバーを起こして行くと順に「+1.5EV補正」、「バッテリーチェック」「セルフタイマー」と機能が切り替わる。セルフタイマー時にはかなり起こされているこのレバーが転倒を妨げるので、三脚がなくてもちょっとした平面に載せて撮影が可能である。
  • オリンパスXA1(1982年発売) - セレン光電池使用のシャッター速度2速のプログラムAE。固定焦点のD-ズイコー35mmF4搭載であり、ペンEE-3相当の性能。フラッシュはA9Mを標準とする。
  • オリンパスXA2(1980年6月発売) - カメラでは初めて1981年グッドデザイン大賞を受賞した。プログラムAE。レンズはDズイコー35mmF3.5。3点ゾーンフォーカスだがバリアーを閉めると自動的に常焦点に復帰する。グレー、ブラック、ワインレッド、ブルー、ピンクの色違いモデルがありフラッシュA11も同色である。
  • オリンパスXA3(1985年4月発売) - XA4発売に若干遅れて発売された機種であり、レンズなど基本部分はXA2とほぼ同じである後継機種。発売当時に一般化されていたフィルム感度設定のDXコード対応・クォーツデート標準搭載・フィルム装填のオートローディング対応など操作の簡便化に対応した。
  • オリンパスXA4(1985年4月発売) - ズイコー28mmF3.5という当時のコンパクトカメラとしては珍しい焦点距離のレンズが装着された広角モデルである。距離目盛は0.3、0.5、0.7、1、1.5、3m、∞だがバリアーを閉めると常焦点である3mに自動的に復帰する。他のXAシリーズ用とは異なるハンドストラップが付いていて、この長さが0.3メートル、途中の小瘤まで紐を伸ばすと0.5メートルになり、マクロ撮影時の距離測定に使える。DX対応。クォーツデート。オートローディング。
オートフォーカスシリーズ[編集]
  • オリンパスC-AF - 昭和56年(1981年)の発売。XAシリーズに拘わり、他社(ジャスピンコニカは1977年、初代オートボーイは1979年発売)に後れをとった初のオートフォーカスカメラです。セイコー光機(株)と共同開発した独自の自動焦点方式を組み込みました。
  • オリンパスAFL(ピカソ) - 昭和58年(1983年)に発売。リチウム電池を使用するカメラの先駆けです。大電流を引き出せるリチウム電池を内蔵することで、ストロボのチャージ時間を約1.5秒に短縮。ストロボが光る様子から命名した「ピカソ」の愛称で親しまれました。後継機として、1985年に交換可能なリチウムう電池パックを搭載する、AFL-Sが発売されます。
  • オリンパスAF-1(ぬれピカ) - 昭和61年(1986年)の発売。愛称「ぬれピカ」は、キャッチコピーの「ぬれてもピカソ」の略。その名の通り、世界初の生活防水機能を実現した、全自動のコンパクトカメラです。前カバーがスライドする、伝統のカプセル型ボディ。レンズは全4枚中の1枚に、非球面プラスチックレンズを実用化したオリンパス最初のカメラです。この機種より、シャッター・オートフォーカスが自社開発と成ります。
  • オリンパスAF-10(ピカソmini) - 昭和62年(1987年)の発売。AF-1が好評な為、シリーズの廉価版としてAF-10が投入されます。新種ガラスの採用に拠り、トリプレットタイプながら、良い描写力が好評でした。CR123Aのリチウム電池を使用可能とした、最初のカメラです。
  • オリンパスAM-100(ピカソぷち) - 昭和62年(1987年)の発売。AF-1、AF-10に続く、最廉価版。オートフォーカスで無く、3点のゾーンフォーカス。価格とサイズ、デザインで、女性に人気と成る。
  • オリンパスO・product - 昭和63年(1988年)発売。日産の乗用車「Be-1」の開発に携わってきたコンセプター坂井直樹氏、プロダクトデザイナー山中俊治氏らの協力により、世に送り出された。ボディ外装にアルミニウムを採用し、円と四角を組み合わせた大胆なデザインのコンパクトカメラ。性能はAF-10に類似。国内1万台、海外1万台という限定台数が予約制で発売されました。
  • オリンパスAF-1TWIN - 2焦点カメラで、昭和63年(1988年)の発売です。ワイド35mmとテレ70mmのツインレンズシステムを採用し、ボタンひとつで切り替えることができました。「ぬれピカ」で実現した生活防水機能も装備しています。
全自動ズームシリーズ[編集]
  • オリンパスAZ-1 ZOOM - 昭和62年(1987年)発売。オリンパス初となるズームレンズ(35mm〜70mm)搭載のコンパクトカメラ。日東光学からのOEM供給と成る。
  • オリンパスIZM300 - 昭和63年(1988年)の発売。名誉ある「ヨーロピアン・コンパクト・カメラ・オブ・ザ・イヤー」を受賞した。又、イギリスの「PEOPLES CHOICE」も受賞。国内では、此の年の「日経優秀製品・サービス賞」の優秀賞に選ばれた。38mmワイドから望遠105mmまでの明るい・高性能の3倍ズームレンズを搭載。一眼レフに近い機能を持ち全自動コンパクトに新領域を開いたカメラとして、「ブリッジカメラ」、「クロスオーバー商品」と言われた。そのデザインにも注目が集まったレンズシャッターカメラです。搭載されている新タイプのズームレンズは、多くの技術者の工夫と奮闘の末に完成したものだと伝えられています。
ミュー(μ)シリーズ[編集]
μ-II

24×36mm(ライカ)判コンパクトカメラ。それ以前の「ピカソ」シリーズに代わって登場した。「μ-III」までが発売された。カメラでは珍しい防滴機能や、一眼レフと同じように視界がさえぎられることでシャッターの音が聞こえなくても撮影されたことが分かるビジュアルファインダー機能は有名。

デジタルカメラ[編集]

大きく次のように分けることができる。2010年-2012年時点では、一部機種は三洋電機フォックスコンからのOEM供給であった[6][7]

Eシステム[編集]

E-300

コダックとともに規格提唱をおこなったデジタル一眼レフカメラの新システムフォーサーズシステムを採用し、2003年に「E-1」を発売、以後実質的に「オリンパスOMシステム」の後継ラインナップとしての役割を担った。

2010年10月29日に発売された「E-5」以降は新製品が発売されていない。2013年10月にはマイクロフォーサーズシステムのフラッグシップ機「E-M1」が発売されており、以後、フォーサーズシステムの新製品の予定はないとされる[8]

ペンシリーズ[編集]

マイクロフォーサーズシステムを採用したミラーレス一眼カメラモデル。オリンパスでは「マイクロ一眼カメラ」と称している。名前の通り、オリンパス・ペンのデジタル版として位置づけられている。

OM-Dシリーズ[編集]

ペンシリーズと同様にマイクロフォーサーズシステムを採用したミラーレス一眼カメラモデル。2012年3月、往年の35mmフイルム式一眼レフ・OMシリーズのデジタル版として発売された。EVFを内蔵しており、E-システムのユーザーにも向けられたシリーズである。

キャメディアシリーズ[編集]

キャメディアC3000

コンパクトデジタルカメラ。かつては高い市場シェアを獲得していたが、廉価帯の商品構成となった。2012年秋に統一ブランドスタイラス(STYLUS)が導入された後は使用されていない。

ミュー(μ)デジタルシリーズ[編集]

一部機種を除き生活防水機能を備えたμシリーズのデジタルカメラ版。後にデジタルカメラもデジタルをつけず単に「μ」として発売されるようになった。2012年秋に統一ブランドスタイラス(STYLUS)が導入された後は使用されていない。

スタイラスシリーズ[編集]

スタイラス(STYLUS)は、2012年秋に導入されたコンパクトデジタルカメラの新ブランド[9][10]

  • オリンパス・スタイラス1 - 2013年11月リリース、裏面照射型1/1.7型CMOS、1200万画素、ISO100〜12800、F2.8・光学10.7倍ズームレンズ、フルHD動画
  • オリンパス・スタイラス1s
スタイラスSシリーズ[編集]
  • オリンパス・スタイラスSP-820UZ - 2012年9月リリース、裏面照射型1/2.3型CMOS、1400万画素、ISO100〜6400、F3.4〜F5.7・光学40倍ズームレンズ、フルHD動画
  • オリンパス・スタイラスSZ-15
  • オリンパス・スタイラスSZ-16
  • オリンパス・スタイラスSH-50
  • オリンパス・スタイラスSH-60
  • オリンパス・スタイラスSP-100EE - 2014年3月リリース、世界で初めてドットサイト式の光学照準器を搭載[11]
  • オリンパス・スタイラスSH-1 - 2014年4月リリース[12]
  • オリンパス・スタイラスSH-2
スタイラスXシリーズ[編集]

E-システムに使われているZUIKO DIGITALレンズをコンパクト機用に新設計し、E-システム譲りの高品位処理エンジンや高度な撮影モードを搭載した画質優先の高級コンパクトデジタルカメラ。

  • オリンパスXZ-1 - 2011年2月リリース、1/1.63型CCD、1000万画素、ISO100〜6400、F1.8〜F2.5・光学4倍ズームレンズ、1280x720動画
  • オリンパス・スタイラスXZ-2 - 2012年10月リリース、裏面照射型1/1.7型CMOS、1200万画素、ISO100〜12800、F1.8〜F2.5・光学4倍ズームレンズ、フルHD動画
  • オリンパス・スタイラスXZ-10 - 2013年2月リリース、裏面照射型1/2.3型CMOS、1200万画素、ISO100〜6400、F1.8〜F2.7・光学5倍ズームレンズ、フルHD動画
μTOUGH/Tough/スタイラスTシリーズ[編集]

防水コンパクトデジタルカメラのシリーズ。かつてはμTOUGHシリーズ、Toughシリーズとして発売されていた[13]

  • オリンパス・Tough TG-1 - 2012年6月リリース[14]
  • オリンパス・スタイラスTG-2 Tough - 2013年2月リリース[15]
  • オリンパス・スタイラスTG-3 Tough - 2014年6月リリース[16]
  • オリンパス・スタイラスTG-830 Tough - 2013年2月リリース[15]
  • オリンパス・スタイラスTG-835 Tough - 2014年2月リリース[17]
  • オリンパス・スタイラスTG-850 Tough - 2014年3月リリース[17]
  • オリンパス・スタイラスTG-4 Tough
  • オリンパス・スタイラスTG-860 Tough
スタイラスVHシリーズ[編集]
  • オリンパス・スタイラスVH-515 - 2012年9月リリース、裏面照射型1/2.3型CMOS、1200万画素、ISO100〜6400、F3.3〜F5.9・光学8倍ズームレンズ、フルHD動画
  • オリンパス・スタイラスVH-410
  • オリンパス・スタイラスVG-180
  • オリンパス・スタイラスVG-190

防水プロテクター[編集]

カメラ単体での防水機能搭載や防水プロテクターの純正オプション提供など、オリンパスはデジタルカメラの防水性の確保に注力している。

特に防水プロテクターに関しては、各時期の商品ラインナップのほぼすべてに対し、40 - 60mの耐圧水深を確保する本格的なモデルを個別に用意している。さらにはスピードライトやコンバージョンレンズの防水プロテクターまでも純正オプションとして提供するほどの力の入れようで、海水浴やファンダイビングからプロフェッショナル用途まで、水辺や水中での写真撮影に対する幅広いニーズに応え続けている。

顕微鏡[編集]

1920年に初の顕微鏡製品として「旭号」が発売され、以後日本の多くの研究者に用いられてきた。1928年から製造された「精華号GE」は、昭和天皇が愛用していたことで知られている。現在では、生物用顕微鏡と工業用顕微鏡の2分野に分かれている。工業用途の顕微鏡では半導体や電子部品、液晶分野など幅広い用途に応じた製品を発売している。現在は、工業用の走査型共焦点レーザー顕微鏡LEXTシリーズが市場の高い評価を得ている。共焦点走査顕微鏡や全反射照明蛍光顕微鏡でのアーク光源によるレーザー光源照射の代替法開発にも積極的に取り組んでいる。

BX / IXシリーズ[編集]

研究用生物顕微鏡として、固定標本の観察や電気生理などに使用される正立型のBXシリーズ、接着性の培養細胞の観察などに使用される倒立型のIXシリーズがあり、共焦点走査顕微鏡などの特殊観察法のプラットフォームになっている。

LEXTシリ−ズ[編集]

2003年に市場投入された工業用レーザ顕微鏡シリーズ。

  • LEXT OLS3100(2007年1月発売) - 408nm半導体レーザーの使用により、高分解能で微小領域の表面形状観察・計測が可能。誰にでも理想的な3次元画像が取得可能なオートマティック操作を実現している。主な計測項目は平面計測、段差計測、非接触表面粗さ解析、膜厚計測。
  • LEXT OLS3500 - OLS3100とSPMが一体になったタイプ。ミリからナノまで1台で観察や計測が可能。
  • LEXT OLS3000-IR - 波長の長い赤外レーザーを使い、シリコンを透過し裏側が観察・計測できる特殊なレーザー顕微鏡。

内視鏡[編集]

その他[編集]

マイクロカセットを開発したことで知られ、レコーダーはパールコーダー(Pearlcorder )の商標を持つ。マイクロカセットとしては特異なヘッドホンステレオ発売当時は(PearlTone)とも名乗っていた。マイクロカセットの後継といえるICレコーダー(「ボイストレック」シリーズおよびリニアPCMレコーダー「LS」シリーズ)、MOドライブxDピクチャーカード富士フイルムとの共同開発)、工業用ビデオスコープ、理想科学工業との合弁による産業用大型プリンターなどを手がけている。なお、MOドライブについては市場縮小の影響を受けて撤退することが発表された。デジタルオーディオプレーヤー「m:robe」も手がけていたが、短期間で撤退した。スキャントーク紙に印刷された2次元バーコードをスキャンすると音が出る機器も開発販売していた。

コンテンツ事業[編集]

olio(オーリオ)[編集]

2006年6月に新事業として写真・音楽のコンテンツサービス「olio(オーリオ)」 を立ち上げた。アルバムサービス「olio photo」、音楽配信サービス「olio music」、映像と音楽のリミックスサービス「olio remix」の3サービスを同年7月に開始した。2010年4月23日サービス終了[18]

ib on the net(アイビーオンザネット)[編集]

2010年10月、β版運用を行っていた写真の保管や共有を行えるオンラインサービス「http://www.ibonthenet.com/ns/ (ib on the net)」の正式運用を開始した。 ib on the netはデジカメ画像の閲覧/公開と保存の双方に注力したサービスで、公開についてはアップロードした後に閲覧する「フォトスペース」には、非公開の「プライベートスペース」と公開先を限定できる「シェアスペース」が用意されており、シェアスペースにはSNS的なコミュニケーション機能も用意されている。

2012年4月、フォトクラウドサービス [ib on the net] (アイビー・オン・ザ・ネット) を2012年4月17日にリニューアルし、写真保存容量・アップロード枚数・写真利用期間の3つの制限を無くした「実質無料・無制限」のサービスを提供。 また、[ib on the net]サイト内より、

フォトブック(http://www.ibonthenet.com/ns/jp/photobook/)

フォトプリント(http://www.ibonthenet.com/ns/jp/photoprint/)

フォトカレンダー(http://www.ibonthenet.com/ns/jp/calendar/)

年賀状(http://www.ibonthenet.com/ns/jp/nenga/)

がオンライン注文できる。

不祥事[編集]

報復人事訴訟[編集]

2008年(平成20年)4月、自分が配置転換を受けたのは、内部告発を行ったことに対する報復人事であり、不当であるとして、オリンパス社員がオリンパスや元上司を相手取って異動の取り消しなどを求める訴訟を起こした。

これによるとこの社員は2007年(平成19年)4月、営業における機密侵害に係わる上司の不正な行動を察知し、同6月にこれをオリンパス社内のコンプライアンス担当に通知した。通知された不正の事実を認めたオリンパスは、この事実を公表、また取引先に対して謝罪を行った。しかしながら、内部告発がこの社員によるものであることがコンプライアンス担当者から当該社員の上司に伝えられ、この結果、当該社員は部署を異動されると同時に、社内では最低の人事評価をなされるようになったという。

審理した東京地方裁判所2010年(平成22年)1月、配置転換は報復目的ではなく、上司への連絡にも本人の同意があったとして、請求を棄却した。しかし、翌年8月の東京高等裁判所による控訴審判決では配置転換には業務上の必要がなく、事実上の報復人事であったと認め、賞与減額分と慰謝料とを併せて、オリンパス及び上司に220万円の支払を命じた[19]。これを不服とするオリンパスは上告したが、2012年6月に棄却され、社員の訴えを認めた東京高裁判決が確定した[20]。当該社員は2009年3月、2011年10月、及び、判決確定後の2012年7月の3度、東京弁護士会に対して人権救済を求めている[21][22][23]

イギリス人社長解任・M&A疑惑・損失隠し問題[編集]

オリンパスが過去の企業買収において不透明な取引と会計処理を行なっていたことが2011年(平成23年)、雑誌『月刊FACTA』の2011年8月号で報じられた[24]

2011年(平成23年)4月に社長に就任したマイケル・ウッドフォードは、この企業買収の問題を調査して、同年10月に、一連の不透明で高額な企業買収により会社と株主に損害を与えたとして、当時会長であった菊川剛及び副社長であった森久志の引責辞任を促した。ところがその直後に開かれた取締役会議でウッドフォードは社長職を解任されてしまう[25]。後任には菊川が「代表取締役会長兼社長執行役員」として社長に就任。ウッドフォードは事の経緯を公表し、その異常な企業買収と会計処理の実態に株価は急落した。菊川は同月26日付で「代表権」も「会長兼社長執行役員」の役職も返上することとなった。

2011年11月、オリンパスは弁護士公認会計士から構成される第三者委員会を設置し[26]。さらに、バブル崩壊時に出した多額の損失を会計処理するために、2008年に実態とかけ離れた高額による企業買収を行い、それを投資失敗による特別損失として計上して減損処理し、本当の損失原因を粉飾しようとしていた「損失計上先送り」や、歴代の会社首脳はそれを知りつつ公表していなかったことを公式に認めた[27][28][29]。11月24日付で菊川は取締役を辞任した。

就業規定[編集]

所定就業日数は240日、休日日数は125日である[30]。有給休暇は入社初年度から20日が付与され、取得促進を目的とする「クリエイティブホリデー」制度によって連続5日間の休暇を各人が任意の時期に設定できる。

主要子会社[編集]

  • オリンパスメディカルシステムズ株式会社
  • オリンパスビジネスクリエイツ株式会社
  • オリンパスメディカルサイエンス販売株式会社
  • 長野オリンパス株式会社(旧オリンパスオプトテクノロジー株式会社)
  • 会津オリンパス株式会社
  • 青森オリンパス株式会社
  • 白河オリンパス株式会社
  • ティーメディクス株式会社
  • オリンパスソフトウェアテクノロジー株式会社
  • オリンパスデジタルシステムデザイン株式会社
  • オリンパステルモバイオマテリアル株式会社
  • オリンパスメモリーワークス株式会社
  • オリンパスロジテックス株式会社
  • オリンパスサポートメイト株式会社
  • 株式会社AVS
  • オリンパスシステムズ株式会社
  • NOC日本アウトソーシング株式会社
  • オリンパスRMS株式会社
  • ソニー・オリンパスメディカルソリューションズ株式会社(持分法適用関連会社)

かつての子会社[編集]

  • アイ・ティー・エックス株式会社 - 2012年に日本産業パートナーズに事業譲渡。
  • オリンパスイメージング株式会社 - 2015年にオリンパスへ吸収合併。
  • オリンパス知的財産サービス株式会社 - 2015年にオリンパスへ吸収合併。
  • 株式会社オリンパスエンジニアリング - 2015年に長野オリンパスへ吸収合併。

イメージキャラクター[編集]

日本国内[編集]

2015年1月現在
  • 宮崎あおい - デジタルカメライメージキャラクター、企業広告「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」CMキャラクター
  • 本田圭佑 - OM-Dシリーズイメージキャラクター
過去

日本国外[編集]

提供番組(全て過去)[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 投資家情報: 分野別売上高(年間/5年) オリンパス株式会社
  2. ^ オリンパスの歩み: VOL.1 社名の由来 オリンパス株式会社
  3. ^ “オリンパスへのソニー出資完了、筆頭株主に”. (2013年2月22日). http://jp.reuters.com/article/jp_electronics/idJPTYE91L03S20130222 2013年2月28日閲覧。 
  4. ^ グループ組織再編(当社子会社との吸収合併及び吸収分割)に関するお知らせオリンパス株式会社
  5. ^ 主要株主である筆頭株主の異動に関するお知らせオリンパス株式会社
  6. ^ パナソニック、三洋のデジカメ事業をアドバンテッジに売却で調整 ロイター、2012年12月12日
  7. ^ 台湾デジタル・スチル・カメラ産業の台頭 (PDF) 沼田郷、日本大学経済科学研究所紀要 第42号、2012年
  8. ^ オリンパス、新フラッグシップ機「OM-D E-M1」 デジカメ Watch、2013年9月10日
  9. ^ ニュースリリース: コンパクトデジタルカメラの新ブランド「STYLUS(スタイラス)」について オリンパス
  10. ^ 今までに発表した製品 | コンパクトデジタルカメラ オリンパス(本節のシリーズ名は原則として本ページに拠る。)
  11. ^ 新製品レビュー:OLYMPUS STYLUS SP-100EE デジカメ Watch
  12. ^ 新製品レビュー:OLYMPUS STYLUS SH-1 デジカメ Watch
  13. ^ オリンパス、3D静止画対応の防水・耐衝撃デジカメ「Tough TG-310」 デジカメWatch
  14. ^ オリンパス、GPS搭載・広角端F2のタフネス最上位機「Tough TG-1」 デジカメWatch
  15. ^ a b オリンパス、F2レンズ搭載「TG-2」など防水デジカメ3機種 デジカメ Watch
  16. ^ オリンパス、防水コンパクト最上位機「TG-3」 デジカメ Watch
  17. ^ a b オリンパス、チルト式液晶を搭載した初の防水カメラ デジカメ Watch
  18. ^ olio サービス終了のお知らせお知らせ本体はリンク切れ)
  19. ^ オリンパス訴訟:社員側逆転勝訴「配置転換は人事権乱用」 毎日jp毎日新聞)、2011年8月31日
  20. ^ オリンパス社員の勝訴確定 内部通報後の配転無効 最高裁《記者会見一問一答》 法と経済のジャーナル Asahi Judiciary
  21. ^ オリンパス訴訟:内部通報報復 社員が再度救済求める 毎日jp(毎日新聞)、2011年10月13日
  22. ^ オリンパス社員の浜田さんが「最高裁勝訴後も会社が人権侵害」で三たび救済申し立て 法と経済のジャーナル Asahi Judiciary、2012年7月23日
  23. ^ 人権救済:「調査」2年超す 東京弁護士会 毎日jp(毎日新聞)、2011年10月7日
  24. ^ オリンパス 「無謀M&A」巨額損失の怪 零細企業3社の買収に700億円も投じて減損処理。連結自己資本が吹っ飛びかねない菊川体制の仮面を剥ぐ。 月刊FACTA 2011年8月号 COVER STORY
  25. ^ 代表取締役の異動に関するお知らせ 2011年10月14日
  26. ^ 「第三者委員会設置」のお知らせ (PDF) ]
  27. ^ オリンパス、「不適切な処理」認める 過去の損失計上先送り ITmedia ニュース、2011年11月08日
  28. ^ 過去の損失計上先送りについて (PDF) オリンパス株式会社、2011年11月8日 (適時開示情報: 2011年 オリンパス株式会社)
  29. ^ オリンパスが買収資金を損失先送りに利用、含み損穴埋め認める ロイター、2011年11月8日
  30. ^ 2010年度
  31. ^ http://www.getolympus.com/willitblend/index.asp?cid=oima_rdct_geto_pen#

参考文献[編集]

  • 現代カメラ新書別冊 35ミリ一眼レフシリーズNo.4『オリンパスのすべて OM-1 OM-2』朝日ソノラマ ISBN4-257-10004-4

関連項目[編集]

外部リンク[編集]