オリンパス

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オリンパス株式会社
Olympus Corporation
Olympus Corporation logo
Shinjuku monolith building cropped.jpg
本社がある新宿モノリスビル(東京都新宿区西新宿)
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7733 1949年上場
本社所在地 163-0914
東京都新宿区西新宿2-3-1 新宿モノリスビル
本店所在地 東京都渋谷区幡ヶ谷2-43-2
設立 1919年大正8年)10月12日
業種 精密機器
事業内容 精密機械器具の製造販売
代表者 代表取締役社長執行役員 笹宏行
資本金 483億3200万円
2012年平成24年)3月31日現在
発行済株式総数 2億7128万3千株
売上高 連結 7438億5100万円
(2013年3月期)
営業利益 350憶7700万円
(2013年3月期)
純利益 連結 80億2000万円
(2013年3月期)
純資産 連結 2806億2800万円
(2013年9月30日現在)
総資産 連結 9707億7200万円
(2013年9月30日現在)
従業員数 連結 3万2937人
(2013年3月31日現在)
決算期 3月末日
主要株主 #主要株主を参照。
主要子会社 #子会社を参照。
関係する人物 マイケル・ウッドフォード(元社長)(Michael C. Woodford)
菊川剛(元社長兼会長)
外部リンク http://www.olympus.co.jp/
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オリンパス株式会社 (Olympus Corporation) は、日本の光学機器電子機器メーカーである。本社は、東京都新宿区西新宿。

概要[編集]

デジタルカメラ顕微鏡、血液分析器、小型録音機などの光学機器、電子機器を製造・販売している。カメラ部門ではニコンキヤノンに次ぐ事業規模、ICレコーダーは日本国外で70%以上、日本国内でも50%近い高いシェアを占めている。

オリンパスの社名は、ギリシャ神話で神々が住む山とされるオリンポス山にちなむ。これは創業時の社名である「高千穂製作所」の由来である高千穂峰が、日本神話において神々が集う山とされているためで[1]、顕微鏡などのブランドネームに使用したことに由来している。コーポレートスローガンは「Your Vision, Our Future.」。

事業分野別にみたオリンパスグループの売上比率は、医療が39.7%、情報通信が21.4%、映像が19.8%などとなっている(2009年度時点[2])。

現在[いつ?]では最大の事業分野となった医療関連では1950年昭和25年)、胃カメラの試作1号機の製品化に初めて成功した。現在[いつ?]オリンパスの医療関連事業はその大部分が、2004年(平成16年)に分社化されたオリンパスメディカルシステムズを中心とする医療事業グループ各社に移管されているが[3][4]内視鏡分野では世界シェア75%程度を占めるなど、医療用の光学機器や顕微鏡分野では世界最大手となっている。

2011年に、過去十数年にわたる巨額の損失隠しが発覚し、日本における企業統治(コーポレート・ガバナンス)の不備についての問題も含めて世界中で大々的に報道された。

沿革[編集]

  • 1919年(大正8年) - 山下長が高千穂製作所を創業、顕微鏡や体温計など理化学計器類の製造・販売を始めた。
  • 1920年(大正9年) - オリンパス体温計と顕微鏡「旭号」を発売
  • 1921年(大正10年) - 商標"Olympus"を登録。
  • 1923年(大正12年) - 体温計製造分野を赤線検温器(現テルモ)に譲渡。
  • 1927年(昭和2年) - 油浸系1200倍の顕微鏡GK型完成。
  • 1928年(昭和3年) - 大礼記念博覧会に顕微鏡やその写真装置「エピディアスコープ」などを出品。GE型顕微鏡が第一位優良国産賞を獲得、天皇に献上した。
  • 1934年(昭和9年) - 顕微鏡で成功しカメラ製造に進出したカール・ツァイスやエルンスト・ライツ(現ライカ)に倣いカメラ製造を志し、写真レンズの設計を始めた。
  • 1935年(昭和10年秋) - 写真レンズの試作を始めた。
  • 1936年(昭和11年)6月 - 第一号写真レンズ「ズイコー」75mmF4.5を完成した。
    • 秋 - 第一号カメラ「セミオリンパスI型」を発売した。
  • 1939年(昭和14年) - 安宅商会の資本参加を得て200万円に増資した。
  • 1942年(昭和17年) - 高千穂光学工業株式会社に社名変更した。
  • 1943年(昭和18年)末 - 製糸工場だった諏訪工場を買収、光学兵器工場とした。
  • 1944年(昭和19年)春 - 製糸工場だった伊那工場を買収、光学兵器工場とした。
  • 1945年(昭和20年) - 渋谷工場を諏訪工場に疎開した。
    • 5月 - 空襲で本社と本社工場焼失。
    • 8月 - 終戦後、焼けなかった渋谷工場の後に本社を置き、諏訪工場がカメラ、伊那工場を顕微鏡工場として再起した。
  • 1949年(昭和24年) - オリンパス光学工業株式会社に社名変更、東京証券取引所に上場した。
  • 1950年(昭和25年) - ガストロカメラ発明。
  • 1954年(昭和29年) - 大阪証券取引所上場。
  • 1963年(昭和38年) - 胃カメラにファイバースコープを採用。
  • 2003年(平成15年)10月1日 - オリンパス株式会社に社名変更した。
  • 2004年(平成16年)10月1日 - 映像事業をオリンパスイメージング株式会社、医療事業をオリンパスメディカルシステムズ株式会社に分社した。
  • 2009年(平成21年) - 大阪証券取引所上場廃止した。
  • 2011年(平成23年)11月 - オリンパス事件が発覚した。
  • 2013年2月22日 - ソニーが11.46%の出資比率の筆頭株主になる[5]

事業所[編集]

本店 (東京・幡ヶ谷

主要株主[編集]

2013年3月31日現在。

  1. ソニー - 11.45
  2. ステート・ストリート・バンク・アンド・トラストカンパニー 505223 - 5.69
  3. 日本マスタートラスト信託銀行(信託口) - 4.93
  4. 日本生命保険 - 4.41
  5. 三菱東京UFJ銀行 - 4.41
  6. 日本トラスティ・サービス信託銀行住友信託銀行再信託分・三井住友銀行退職給付信託口) - 3.79
  7. 日本トラスティ・サービス信託銀行(信託口) - 3.19
  8. 三井住友銀行 - 2.77
  9. テルモ - 1.85
  10. ステート ストリート バンク アンド トラスト カンパニー - 1.64

製品[編集]

120フィルム使用カメラ[編集]

自社製カメラとは別に、スプリングカメラのマミヤシックス、二眼レフカメラのエルモフレックスズイコーレンズを供給していた。好評を博していたこれらの製品の中でもテッサー型のDズイコーは高級レンズの代表として絶賛を受けた。

スプリングフォーマットのカメラを重視していたため135フィルムカメラへの移行が遅れ、一時期は社内において「ノーモア・シックス」と言われていた。

スプリングカメラ[編集]

  • セミオリンパスI(1936年秋発売) - 6×4.5cm判。ズイコー銘のレンズを搭載した初めてのカメラ。ズイコー75mmF4.5は高品質だったが原価が高く、採用できるカメラメーカーがなかったため、オリンパス自身が縁故のあったプラウドからセミプラウドボディーの供給を受け、シャッターはドイツからデッケル製コンパーを輸入し製造したカメラ。1937年にシャッターを瑞穂光研で開発したコーホーに切り替えた。
  • セミオリンパスII1938年発売) - 6×4.5cm判。ボディーを自社製造し、全自社製となった。
  • オリンパスシックス1940年発売) - 6×6cm判。6×4.5cm判の撮影も可能。ボディーシャッターとなった。レンズは新たに開発されたズイコー75mmF3.5が装着された。田毎町の渋谷工場が諏訪工場に疎開した際、部品は繭の倉庫に運び込まれていた。これら民需製品は接収の対象から外れていたので、1946年2月には早くも再生産型を市場に送り始めた。
  • オリンパスクロームシックスI1948年発売) - 6×6cm判。ダイキャストボディーとなった。レンズはズイコー75mmF3.5。
  • オリンパスクロームシックスII(1948年発売) - 6×6cm判。レンズはズイコー75mmF2.8。
  • オリンパスクロームシックスIIIa1951年発売) - 6×6cm判。装填されたフィルムの両端を引っぱり平面性を確保するフィルム面安定装置を搭載。
  • オリンパスクロームシックスRIIa1955年発売) - 単独距離計搭載。レバー式フィルム巻上げ。自動巻き止め装置装備。
  • オリンパスクロームシックスIV
  • オリンパスクロームシックスV - オリンパスクロームシックスRIIaから距離計を省略したモデル。

二眼レフカメラ[編集]

マミヤ、エルモ社などの二眼レフカメラにズイコーを提供していたが、二眼レフカメラのブームに対応し自社でも製造しようということになり、1950年企画委員会を発足させたが、時すでに遅く1953年頃にはmブームが沈静化、普及版のAシリーズに移行して製造中止となった。

  • オリンパスフレックスBII1952年発売) - 撮影レンズにズイコー75mmF2.8を装着した最高級機。
  • オリンパスフレックスA2.8
  • オリンパスフレックスA3.5(1954年発売)

126フィルム使用カメラ[編集]

  • オリンパスクイックマチックEES2.8 - オリンパスペンEESの「126フィルム」版。フラッシュはAG-1フラッシュバルブを直結式ペンフラッシュCLに装着する。
  • オリンパスクイックマチックEES3.5
  • オリンパスクイックマチックEEM - オリンパスペンEMの「126フィルム」版。電源は単3×2本で、内蔵モータードライブやフラッシュの電源を兼ねる。
  • オリンパスクイックマチック6001970年6月発売) - このシリーズの最終型。定常光撮影ではプログラムAE。暗くなってAE機構連動外になると赤い警告が出てフラッシュキューブ装着を促す。定常光撮影でもフラッシュマチックは作動し、補助光として使うことができる。レンズは4群5枚のズイコー38mmF2.8。

127フィルム使用カメラ[編集]

  • オリンパススタンダード(1937年頃試作) - 4×5cm判の10枚撮り。距離計連動、レンズ交換可能、フォーカルプレーンシャッターとライカを少し大型化したようなカメラ。戦争激化により兵器生産の要請が強まり、開発は打ち切られた。

135フィルム使用カメラ[編集]

当初は24×36mm(ライカ)判が主力であったが後に24×18mm(ハーフ)判のペンシリーズで爆発的なブームを巻き起こした。オリンパスワイドの巻き起こしたワイドカメラブームも有名である。

オリンパス35シリーズ[編集]

24×36mm(ライカ)判コンパクトカメラ。

  • オリンパス35I(1948年発売) - 24×32mmでいわゆるニホン判。シャッターはセイコーシャラピッド00番。
  • オリンパス35III - オリンパス35I連合国軍最高司令官総司令部から「自動裁断機に掛けられない」旨クレームがあり、シャッターをシンクロ付きにする際に24×36mm(ライカ)判に改良された。
  • オリンパス35IVa1953年発売) - 平面性を向上するためガラス圧板を採用したが、フィルムとの摩擦による静電気発生の放電現象等のため、途中から金属製圧板に変更になった。
  • オリンパス35Va(1955年発売)
  • オリンパス35S(1955年発売) - レバー式フィルム巻き上げ、セルフコッキング、連動距離計搭載。当初はF3.5だったが後にF2.8モデル、F1.9モデルも追加された。
  • オリンパスオート1958年発売) - 絞り優先、シャッター速度優先AEが可能。さらにパララックス自動補正式ファインダー、連動距離計、大口径F1.8レンズ。
  • オリンパスエース(1958年発売) - 標準45mm、広角35mm、望遠80mmの3種類を交換可能。どのレンズでも距離計連動。
  • オリンパスオートアイ1960年発売) - 簡易フラッシュマチック機構。絞り値をファインダーに表示。
  • オリンパス35LE1965年発売)
  • オリンパストリップ351968年発売) - ペンEESをベースにしたフルサイズのカメラ。小旅行に気軽に持って行けるカメラとの意から「トリップ」と名付けられ、ロング&ベストセラーとなる。
  • オリンパス35SP1969年発売)
  • オリンパス35EC(1969年発売) - 最大4秒という長時間露光を持つプログラム露出。外付けストロボによるフラッシュマチック機構。
  • オリンパス35RC(1970年発売) - ペンシリーズとほぼ同じボディーサイズ。シャッタースピード優先AE、マニュアル露出可。距離計連動式。
35DC
  • オリンパス35DC1971年発売) - フラッシュマチック機構、逆光補正機能搭載。
  • オリンパス35EC2(1971年発売) - 電源警告装置、電圧が下がり過ぎた場合はレリーズロックして露光不足の失敗を防ぐ。レンズはEズイコー42mmF2.8。
  • オリンパス35ED1974年発売) - レンズはDズイコー38mmF2.8。連動距離計。

オリンパスワイドシリーズ[編集]

広角を装備した24×36mm(ライカ)判コンパクトカメラ。当時はドイツのカメラに倣ってレンズ交換式なら50mmレンズを標準装着し、レンズ固定であれば50mmレンズ、短くても45mm程度のレンズを装着するのが通例であったが、このシリーズでは広角35mmを固定装着してワイドカメラブームを引き起こした。

  • オリンパスワイド(1955年発売)
  • オリンパスワイドE1957年発売) - セレン光電池式露出計内蔵。
  • オリンパスワイドスーパー(1957年発売) - 35mmF2の大口径レンズを搭載した。一眼連動距離計、パララックス自動補正。
  • オリンパスワイドII(1958年発売)セルフタイマー付き。シャッター最高速1/500秒。レバー式巻上。

ペンシリーズ[編集]

ペンEE-2

24×18mm(ハーフ)判コンパクトカメラ。ベストセラーになり、他社も追随してハーフ判のカメラを多数販売することになった。

ペンFシリーズ[編集]

24×18mm(ハーフ)判一眼レフカメラ。

FTL[編集]

M42マウントの24×36mm(ライカ)判一眼レフカメラ。ペンFシリーズの販売が不調になりつつある中Mシリーズ(後のOMシリーズ)開発を急ぎつつつなぎで製造販売された。

OMシリーズ[編集]

OM-1

24×36mm(ライカ)判小型軽量一眼レフカメラ。当時は重厚長大な製品がほとんどであった中発売され、人気を呼んだため他社も一眼レフの小型軽量化を進める結果となった。

XAシリーズ[編集]

1978年のフォトキナで発表された24×36mm(ライカ)判コンパクトカメラ。スライド式のレンズバリアーを設けることでレンズキャップを不要にするという画期的なデザインで、類似のアイディアによる商品としてはチノンベラミやリコーFF- 1が挙げられる。海外ではクラムシェル(はまぐり)と呼ばれた。シリーズ共通のフラッシュA16、A11、A9Mはボディー横にねじ込む形式でデザインもボディーと調和している。レンズバリアーのコンセプトは、のちのμシリーズやキャメディアの一部機種にも受け継がれている。

XA
  • オリンパスXA(1979年3月発売) - 超小型ながら5群6枚のF-ズイコー35mmF2.8が距離計に連動する、シリーズ唯一のレンジファインダー機として独自の存在感を放った。絞り優先AE。バリアーを閉めるとシャッターロックされる。バリアーを閉めないと裏蓋が開かないので注意。裏蓋が開くとフィルム装填時の空シャッターを想定しシャッタースピードが自動的に1/8秒にセットされる。ボディー下のレバーを起こして行くと順に「+1.5EV補正」、「バッテリーチェック」「セルフタイマー」と機能が切り替わる。セルフタイマー時にはかなり起こされているこのレバーが転倒を妨げるので、三脚がなくてもちょっとした平面に載せて撮影が可能である。
  • オリンパスXA1(1982年発売) - セレン光電池使用のシャッター速度2速のプログラムAE。固定焦点のD-ズイコー35mmF4搭載であり、ペンEE-3相当の性能。フラッシュはA9Mを標準とする。
  • オリンパスXA2(1980年6月発売) - カメラでは初めて1981年グッドデザイン大賞を受賞した。プログラムAE。レンズはDズイコー35mmF3.5。3点ゾーンフォーカスだがバリアーを閉めると自動的に常焦点に復帰する。グレー、ブラック、ワインレッド、ブルー、ピンクの色違いモデルがありフラッシュA11も同色である。
  • オリンパスXA3(1985年4月発売) - XA4発売に若干遅れて発売された機種であり、レンズなど基本部分はXA2とほぼ同じである後継機種。発売当時に一般化されていたフィルム感度設定のDXコード対応・クォーツデート標準搭載・フィルム装填のオートローディング対応など操作の簡便化に対応した。
  • オリンパスXA4(1985年4月発売) - ズイコー28mmF3.5という当時のコンパクトカメラとしては珍しいが焦点距離のレンズが装着された広角モデルである。距離目盛は0.3、0.5、0.7、1、1.5、3m、∞だがバリアーを閉めると常焦点である3mに自動的に復帰する。他のXAシリーズ用とは異なるハンドストラップが付いていて、この長さが0.3メートル、途中の小瘤まで紐を伸ばすと0.5メートルになり、マクロ撮影時の距離測定に使える。DX対応。クォーツデート。オートローディング。

ミュー(μ)シリーズ[編集]

μ-II

24×36mm(ライカ)判コンパクトカメラ。それ以前の「ピカソ」シリーズに変わって登場した。現在、「μ-III」まで発売されている。カメラでは珍しい防滴機能や、一眼レフと同じように視界がさえぎられることでシャッターの音が聞こえなくても撮影されたことが分かるビジュアルファインダー機能は有名。

デジタルカメラ[編集]

一部機種は三洋電機からのOEM供給である。大きく次のように分けることができる。

Eシステム[編集]

E-300

コダックとともに規格提唱をおこなったデジタル一眼レフカメラの新システムフォーサーズシステムを採用し、2003年「E-1」を発売、以後実質的に「オリンパスOMシステム」の後継ラインナップとしての役割を担っている。

ペンシリーズ/OM-Dシリーズ[編集]

マイクロフォーサーズシステムを採用したミラーレス一眼カメラモデル。オリンパスでは「マイクロ一眼カメラ」と称している。名前の通り、オリンパス・ペンのデジタル版として位置づけられている。
2012年3月、往年の35mmフイルム式一眼レフ・OMシリーズのデジタル版としてE-システムのユーザーにも向けたEVF内蔵のOM-Dシリーズも登場し、ラインアップが拡充された。

キャメディアシリーズ[編集]

キャメディアC3000

コンパクトデジタルカメラ。かつては高い市場シェアを獲得していたが、近年[いつ?]は廉価帯の商品構成であり、オリンパス製品同士でもE-システムやμシリーズの陰に隠れている。

ミュー(μ)デジタルシリーズ[編集]

一部機種を除き生活防水機能を備えたμシリーズのデジタルカメラ版。コンパクトデジタルカメラとしてトップブランドを確立している。最近では、デジタルカメラもデジタルをつけず単に「μ」として発売されている。

スタイラスシリーズ[編集]

  • オリンパス・スタイラスVH-515 - 2012年9月リリース、裏面照射型1/2.3型CMOS、1200万画素、ISO100~6400、F3.3~F5.9・光学8倍ズームレンズ、フルHD動画
  • オリンパス・スタイラスVH-410
  • オリンパス・スタイラスSP-820UZ - 2012年9月リリース、裏面照射型1/2.3型CMOS、1400万画素、ISO100~6400、F3.4~F5.7・光学40倍ズームレンズ、フルHD動画
  • オリンパス・スタイラスSZ-15
  • オリンパス・スタイラスSZ-16
  • オリンパス・スタイラスSH-50
  • オリンパス・スタイラスSH-60
  • オリンパス・スタイラスVG-180
  • オリンパス・スタイラスVG-190
  • オリンパス・スタイラス1 - 2013年11月リリース、裏面照射型1/1.7型CMOS、1200万画素、ISO100~12800、F2.8・光学10.7倍ズームレンズ、フルHD動画
スタイラスXZシリーズ[編集]

E-システムに使われているZUIKO DIGITALレンズをコンパクト機用に新設計し、E-システム譲りの高品位処理エンジンや高度な撮影モードを搭載した画質優先の高級コンパクトデジタルカメラ。

スタイラスToughシリーズ[編集]
  • オリンパス・スタイラスTG-625 Tough
  • オリンパス・スタイラスTG-630 Tough
  • オリンパス・スタイラスTG-830 Tough

防水プロテクター[編集]

カメラ単体での防水機能搭載や防水プロテクターの純正オプション提供など、オリンパスはデジタルカメラの防水性の確保に注力している。

特に防水プロテクターに関しては、各時期の商品ラインナップのほぼすべてに対し、40 - 60mの耐圧水深を確保する本格的なモデルを個別に用意している。さらにはスピードライトやコンバージョンレンズの防水プロテクターまでも純正オプションとして提供するほどの力の入れようで、海水浴やファンダイビングからプロフェッショナル用途まで、水辺や水中での写真撮影に対する幅広いニーズに応え続けている。

顕微鏡[編集]

1920年に初の顕微鏡製品として「旭号」が発売され、以後日本の多くの研究者に用いられてきた。1928年から製造された「精華号GE」は、昭和天皇が愛用していたことで知られている。現在では、生物用顕微鏡と工業用顕微鏡の2分野に分かれている。工業用途の顕微鏡では半導体や電子部品、液晶分野など幅広い用途に応じた製品を発売している。現在は、工業用の走査型共焦点レーザー顕微鏡LEXTシリーズが市場の高い評価を得ている。共焦点走査顕微鏡や全反射照明蛍光顕微鏡でのアーク光源によるレーザー光源照射の代替法開発にも積極的に取り組んでいる。

BX / IXシリーズ[編集]

研究用生物顕微鏡として、固定標本の観察や電気生理などに使用される正立型のBXシリーズ、接着性の培養細胞の観察などに使用される倒立型のIXシリーズがあり、共焦点走査顕微鏡などの特殊観察法のプラットフォームになっている。

LEXTシリ−ズ[編集]

2003年に市場投入された工業用レーザ顕微鏡シリーズ。

  • LEXT OLS3100(2007年1月発売) - 408nm半導体レーザーの使用により、高分解能で微小領域の表面形状観察・計測が可能。誰にでも理想的な3次元画像が取得可能なオートマティック操作を実現している。主な計測項目は平面計測、段差計測、非接触表面粗さ解析、膜厚計測。
  • LEXT OLS3500 - OLS3100とSPMが一体になったタイプ。ミリからナノまで1台で観察や計測が可能。
  • LEXT OLS3000-IR - 波長の長い赤外レーザーを使い、シリコンを透過し裏側が観察・計測できる特殊なレーザー顕微鏡。

内視鏡[編集]

その他[編集]

マイクロカセットを開発したことで知られ、レコーダーはパールコーダー(Pearlcorder )の商標を持つ。マイクロカセットとしては特異なヘッドホンステレオ発売当時は(PearlTone)とも名乗っていた。マイクロカセットの後継といえるICレコーダー(「ボイストレック」シリーズおよびリニアPCMレコーダー「LS」シリーズ)、MOドライブxDピクチャーカード富士フイルムとの共同開発)、工業用ビデオスコープ、理想科学工業との合弁による産業用大型プリンターなどを手がけている。なお、MOドライブについては市場縮小の影響を受けて撤退することが発表された。デジタルオーディオプレーヤー「m:robe」も手がけていたが、短期間で撤退した。スキャントーク紙に印刷された2次元バーコードをスキャンすると音が出る機器も開発販売していた。

コンテンツ事業[編集]

olio(オーリオ)[編集]

2006年6月に新事業として写真・音楽のコンテンツサービス「olio(オーリオ)」 を立ち上げた。アルバムサービス「olio photo」、音楽配信サービス「olio music」、映像と音楽のリミックスサービス「olio remix」の3サービスを同年7月に開始した。2010年4月23日サービス終了。[6]

不祥事[編集]

報復人事訴訟[編集]

2008年(平成20年)4月、自分が配置転換を受けたのは、内部告発を行ったことに対する報復人事であり、不当であるとして、オリンパス社員がオリンパスや元上司を相手取って異動の取り消しなどを求める訴訟を起こした。

これによるとこの社員は2007年(平成19年)4月、営業における機密侵害に係わる上司の不正な行動を察知し、同6月にこれをオリンパス社内のコンプライアンス担当に通知した。通知された不正の事実を認めたオリンパスは、この事実を公表、また取引先に対して謝罪を行った。しかしながら、内部告発がこの社員によるものであることがコンプライアンス担当者から当該社員の上司に伝えられ、この結果、当該社員は部署異動とされると同時に、社内では最低の人事評価をなされるようになったという。

審理した東京地方裁判所2010年(平成22年)1月、配置転換は報復目的ではなく、上司への連絡にも本人の同意があったとして、請求を棄却した。しかし、翌年8月の東京高等裁判所による控訴審判決では配置転換には業務上の必要がなく、事実上の報復人事であったと認め、賞与減額分と慰謝料とを併せて、オリンパス及び上司に220万円の支払を命じた[7]

これを不服とするオリンパスは上告、裁判は長期化しており結審していない。当該社員はこれまでに2度[8]東京弁護士会に対して人権救済を求めているが[9]、こちらの調査も長期に及び、1回目の申立てについても未決となっている[10]

イギリス人社長解任・M&A疑惑・損失隠し問題[編集]

オリンパスが過去の企業買収において不透明な取引と会計処理を行なっていたことが2011年(平成23年)、雑誌『月刊FACTA』の2011年8月号で報じられた[11]

2011年(平成23年)4月に社長に就任したイギリス人マイケル・ウッドフォードは、この企業買収の問題を調査して、同年10月に、一連の不透明で高額な企業買収により会社と株主に損害を与えたとして、菊川会長及び森久志副社長の引責辞任を促した。ところがその直後に開かれた取締役会議でウッドフォードは社長職を解任されてしまう[12]。後任には菊川が「代表取締役会長兼社長執行役員」として社長に就任。ウッドフォードは事の経緯を公表し、その異常な企業買収と会計処理の実態に株価は急落した。菊川は同月26日付で「代表権」も「会長兼社長執行役員」の役職も返上することとなった。

2011年11月、オリンパスは弁護士と公認会計士から構成される第三者委員会を設置し[13]、さらに「損失計上先送り」を公式に認めた[14] [15]。11月24日付で菊川は取締役を辞任した。

実は、オリンパスは、バブル崩壊時に多額の損失を出したが、歴代の会社首脳はそれを知りつつ公表していなかった。例を見ない大変な長期にわたる「損失隠し」だった。同社はこれを会計処理するために、2008年に実態とかけ離れた高額による企業買収を行い、それを投資失敗による特別損失として計上して減損処理し、本当の損失原因を粉飾しようとしたのである。

就業規定[編集]

所定就業日数は240日、休日日数は125日である[16]。有給休暇は入社初年度から20日が付与され、取得促進を目的とする「クリエイティブホリデー」制度によって連続5日間の休暇を各人が任意の時期に設定できる。

主要子会社[編集]

  • オリンパスメディカルシステムズ株式会社
  • ソニー・オリンパスメディカルソリューションズ株式会社
  • オリンパスイメージング株式会社
  • オリンパスビジネスクリエイツ株式会社
  • オリンパスメディカルサイエンス販売株式会社
  • 長野オリンパス株式会社(旧オリンパスオプトテクノロジー株式会社)
  • 会津オリンパス株式会社
  • 青森オリンパス株式会社
  • 白河オリンパス株式会社
  • ティーメディクス株式会社
  • 株式会社オリンパスエンジニアリング
  • オリンパスソフトウェアテクノロジー株式会社
  • オリンパス知的財産サービス株式会社
  • オリンパスデジタルシステムデザイン株式会社
  • オリンパステルモバイオマテリアル株式会社
  • オリンパスメモリーワークス株式会社
  • オリンパスリース株式会社
  • オリンパスロジテックス株式会社
  • オリンパスサポートメイト株式会社
  • 株式会社AVS
  • オリンパスシステムズ株式会社
  • オリンパスビジュアルコミュニケーションズ株式会社

かつての子会社[編集]

イメージキャラクター[編集]

日本国内[編集]

現在
  • 宮崎あおい - デジタルカメライメージキャラクター、企業広告「ココロとカラダ、にんげんのぜんぶ」CMキャラクター
過去

日本国外[編集]

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脚注[編集]

  1. ^ オリンパスホームページの中の「オリンパスの歩み」参照
  2. ^ オリンパスグループ事業分野別連結売上高比率(2009年度) オリンパスメディカルシステムズのウェブサイト、平成23年10月28日閲覧
  3. ^ オリンパス 医療事業グループ オリンパスメディカルシステムズのウェブサイト、平成23年9月29日閲覧
  4. ^ オリンパス本体でも分析機器など一部の医療機器を扱っている
  5. ^ “オリンパスへのソニー出資完了、筆頭株主に”. (2013年2月22日). http://jp.reuters.com/article/jp_electronics/idJPTYE91L03S20130222 2013年2月28日閲覧。 
  6. ^ olio サービス終了のお知らせお知らせ本体はリンク切れ)
  7. ^ オリンパス訴訟:社員側逆転勝訴「配置転換は人事権乱用」 毎日jp毎日新聞)2011年8月31日
  8. ^ 2009年3月と2011年10月の
  9. ^ オリンパス訴訟:内部通報報復 社員が再度救済求める 毎日jp(毎日新聞)2011年10月13日
  10. ^ 人権救済:「調査」2年超す 東京弁護士会 毎日jp(毎日新聞)2011年10月7日
  11. ^ http://facta.co.jp/article/201108021002.html オリンパス 「無謀M&A」巨額損失の怪 零細企業3社の買収に700億円も投じて減損処理。連結自己資本が吹っ飛びかねない菊川体制の仮面を剥ぐ。2011年8月号 COVER STORY]
  12. ^ 代表取締役の異動に関するお知らせ 2011年10月14日
  13. ^ http://www.olympus.co.jp/jp/corc/ir/data/tes/2011/pdf/nr20111101.pdf 「第三者委員会設置」のお知らせ
  14. ^ 過去の損失計上先送りについて オリンパス株式会社 平成23年11月8日(pdf) (適時開示情報: 2011年 オリンパス株式会社)
  15. ^ オリンパスが買収資金を損失先送りに利用、含み損穴埋め認める ロイター 2011年 11月 8日
  16. ^ 2010年度
  17. ^ http://www.getolympus.com/willitblend/index.asp?cid=oima_rdct_geto_pen#

参考文献[編集]

  • 現代カメラ新書別冊 35ミリ一眼レフシリーズNo.4『オリンパスのすべて OM-1 OM-2』朝日ソノラマ ISBN4-257-10004-4

関連項目[編集]

  • 八王子市民会館 - 命名権を取得し、「オリンパスホール八王子」と設定した。

外部リンク[編集]