高千穂峰

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高千穂峰
Kirishima Takachihonomine 2.jpg
南西、高千穂牧場から望む
標高 1,573.36[1] m
所在地 宮崎県鹿児島県
位置 北緯31度53分11秒
東経130度55分08秒
座標: 北緯31度53分11秒 東経130度55分08秒[2]
山系 霧島山 (霧島火山群)
種類 成層火山
高千穂峰の位置
Project.svg プロジェクト 山
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高千穂峰(たかちほのみね)は、宮崎県鹿児島県の県境に位置する火山。標高は1,574 m[3][4]で、霧島連峰の第二峰。日本二百名山の一つ。

概要[編集]

典型的な成層火山であり、西部に活火山である御鉢(おはち)、東部に二ツ石の寄生火山を従えた美しい山容を示し、山体は霧島錦江湾国立公園に指定されている。

西方上空から、手前が御鉢火山の火口
高千穂峰の位置(100x100内)
高千穂峰
霧島火山群における
高千穂峰火山の位置

行政境界が入り組んでおり、宮崎県小林市西諸県郡高原町都城市の境界部に、鹿児島県霧島市(旧姶良郡霧島町)が御鉢西斜面、火口内縁部分として割って入り込む形となっており、北斜面は小林市、南斜面は都城市に属する。なお、御鉢西斜面内凹縁線とそれに繋がる御鉢火口内縁線そのものが、宮崎・鹿児島両県の県境となっている。山頂部は宮崎県西諸県郡高原町に属する。

霧島連峰の第一峰である韓国岳が山塊中の一峰であるのに比べ、高千穂峰は都城盆地他平野部から直接望まれ、都城盆地にしばしば発生する雲海に対し山頂部が島に見えることから霧島の名の由来ともなったとされる。天孫降臨神話の地とされており、山頂にある青銅製の天逆鉾が、霧島東神社(きりしまひがしじんじゃ)の御神体(社宝)として崇められている。

自然[編集]

更新世安山岩で構成された比較的新しい火山である。山頂は溶岩ドームをなし、火口が塞がっている。一方、御鉢は直径東西約550 m、深さ約200 mの火口があり、1913年にも噴火を起こした。二ツ石は浸食が進み、火口の地形がほとんど残っていない。

東麓にある火山湖の御池(みいけ)周辺はヤイロチョウブッポウソウなどの野鳥が飛来する。

植生[編集]

火山活動が繰り返されているため土壌が貧弱であり、特に有史以降も活発に活動している御鉢に近い西側は荒れ地または草原となっている。北側及び東側は標高400-700 mにかけてイスノキウラジロガシ、700-1,000 mにかけてコガクウツギミズナラ、1,000-1,500 mにかけてキリシマヒゴタイとニシキウツギの林となっている。標高1,000 m以上の荒れ地にはミヤマキリシママイヅルソウが見られる。

南側山腹は標高900 m付近までスギヒノキアカマツの人工林が多く、北側山腹も標高800 m付近まで植林が進んでいる。東側山腹から御池にかけて広がるイチイガシの林は植林されたものと考えられている[5]

神話と信仰[編集]

御鉢火山の火口縁と
高千穂峰(左上)

天照大神の孫であるニニギノミコト(瓊瓊杵尊)が、葦原中国の統治のために降臨(天孫降臨)した山であるとされ、『紀元節の歌』(作詞 高崎正風)にも「雲に聳ゆる 高千穂の」と愛唱された。なお、天孫降臨の地を宮崎県北部の高千穂町域に比定する説もある。

現存する山頂の天逆鉾

山頂には、ニニギノミコトが降臨したときに峰に突き立てたとされる、青銅製の天逆鉾が立っており、山岳信仰霧島六所権現)の舞台となった。社伝によると、国史の初見である『続日本後紀』の承和4年(837年)8月1日条の「日向国子湯郡都濃神妻神。宮埼郡江田神。諸県郡霧島岑神。並預官社(都農神社・都萬神社・江田神社・霧島岑神社を官社に預かる)」とし従五位上を授けられたと記載されている「霧島岑神」が当社であるといわれる。『日本三代実録』には、天安2年(858年)従四位下に叙せられている[6]。また、『延喜式神名帳』記載の「日向国諸県郡霧嶋神社」を当社に比定する説がある(式内社論社)。

鎮座地の地名を瀬多尾といったことから瀬多尾権現とも称され、別当寺を瀬多尾寺と称したと伝わる[6]。その神仏習合の時代には、参道途中の瀬多尾寺に大日如来が据えられ、霧島山中央六所(六社)権現霧島岑神社)とも言われるようになった[6]。その後その名の通り、霧島六社権現の中心として信仰を集め、霧島信仰が隆盛期を迎える。

当初は高千穂峰と火常峰(ひのとこみね、御鉢の旧名)の中間地点「背門丘(せとお)(宮崎県西諸県郡高原町)」にあったが、霧島連山噴火により社殿がたびたび焼失し、文暦元年(1234年)に天の井が渇水したことから日向国宮崎県)側の麓に遷座することとなり、その地を”新背門丘”とも称した[6]

坂本龍馬が妻お龍とこの地を訪れ、天逆鉾を抜いたことが姉乙女宛の書簡に残されており、これが「日本初の新婚旅行」とも言われる。

登山[編集]

新燃岳噴火の影響でしばらく登山禁止となっていたが、2012年7月15日より解禁された。 標高は韓国岳より低いが急な斜面と石が大量に転がっているため、霧島連山中登山するのに最も苦労する。また、馬の背付近では御鉢火口縁がそのまま登山道になっており、特に風の強い日などは火口へ滑落する危険が大きい。これらの理由から、登山にはトレッキングポールを持参するのが望ましい。御鉢、新燃岳など霧島山系の火山活動の状況によっては入山が規制される場合があるので、気象庁の噴火警報・予報、鹿児島県霧島市の防災情報等を事前に確認しておく必要がある。

参考画像[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 基準点成果等閲覧サービス”. 国土地理院. 2011年11月3日閲覧。
  2. ^ 日本の主な山岳標高(宮崎県)”. 国土地理院. 2011年11月3日閲覧。
  3. ^ “標高値を改定する山岳一覧 資料1”. 国土地理院. http://www.gsi.go.jp/common/000091072.pdf 2014年3月26日閲覧。 
  4. ^ GNSS測量等の点検・補正調査による2014年4月1日の国土地理院『日本の山岳標高一覧-1003山-』における改定値。なお、旧版での標高は1,573m。
  5. ^ 河野耕三 「霧島山の植生」 宮崎県総合博物館編・発行 『宮崎県総合博物館総合調査報告書 霧島山の動植物』 2004年
  6. ^ a b c d 引用エラー: 無効な <ref> タグです。 「小林市史3」という名前の引用句に対するテキストが指定されていません

関連項目[編集]

外部リンク[編集]