マツダ

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マツダ株式会社
MAZDA Motor Corporation
Mazda logo.svg
Mazda head office 2008.JPG
マツダ本社(2008年5月撮影)
種類 株式会社
市場情報
東証1部 7261
1949年5月上場
略称 マツダ
本社所在地 日本の旗 日本
730-8670
本社:
広島県安芸郡府中町新地3番1号
北緯34度22分37秒 東経132度30分11秒 / 北緯34.377058度 東経132.503011度 / 34.377058; 132.503011 (本社)座標: 北緯34度22分37秒 東経132度30分11秒 / 北緯34.377058度 東経132.503011度 / 34.377058; 132.503011 (本社)
東京本社:
東京都千代田区内幸町一丁目1番7号NBF日比谷ビル18F
北緯35度40分18秒 東経139度45分28秒 / 北緯35.671767度 東経139.757682度 / 35.671767; 139.757682 (東京本社)
設立 1920年大正9年)1月30日
(東洋コルク工業株式会社)
業種 輸送用機器
法人番号 3240001036223
事業内容 乗用車・トラックの製造・販売等(車種一覧を参照)
代表者 金井誠太(代表取締役会長)
小飼雅道(代表取締役社長兼CEO)
丸本明(代表取締役副社長)
資本金 2,589億5,700万円
(2017年3月期[1]
発行済株式総数 5億9,987万5,479株[1]
売上高 連結:3兆2,143億6,300万円
単独:2兆4,813億8400万
(2017年3月期[1]
営業利益 連結:1,256億8,700万円
単独:456億8,400万
(2017年3月期[1]
純利益 連結:937億8,000万円
単独:566億1,800万
(2017年3月期[1]
純資産 連結:1兆640億3,800万円
単独:9,224億9,100万
(2017年3月期[1]
総資産 連結:2兆5,245億5,200万円
単独:1兆8,820億800万
(2017年3月期[1]
従業員数 連結:4万8,849人
単独:2万1,400人
(2017年3月現在[1]
決算期 毎年3月31日
会計監査人 有限責任あずさ監査法人[2]
主要株主 日本トラスティ・サービス信託銀行:6.6%
日本マスタートラスト信託銀行:4.6%
三井住友銀行:2.2%
(2017年3月31日現在[3]
関係する人物 松田重次郎(事実上の創業者)
外部リンク マツダ オフィシャルウェブサイト
マツダ株式会社 企業サイト
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マツダ株式会社英語: Mazda Motor Corporation)は、広島県を本拠地としている日本自動車メーカーである。

概要[ソースを編集]

自動車及び同部品の製造・販売を事業としている自動車メーカーである。本社所在地は広島県安芸郡府中町新地3番1号[4]東京証券取引所におけるTOPIX Large70の構成銘柄に選定されている[5]2016年度の世界販売台数は155万台[1]

ロータリーエンジンを搭載した自動車を量産していたほか、ロードスターは「2人乗り小型オープンスポーツカー」の生産累計世界一としてギネス世界記録の認定を受けている[6]1991年には日本メーカーとしては唯一ル・マン24時間レースでの総合優勝を果たした[7]2000年代以降は「Zoom-Zoom」のキャッチフレーズの下、走行性能とデザインを特色とした車作りに特化する戦略を進めている[8]。今後は、顧客との間に強い絆をもった「プレミアムなブランド」を目指すとしている[9]

1979年以来、フォードとの提携関係が長く、1996年5月には同社の傘下に入りプラットフォームや生産施設などの共有化が進められたが、2015年9月に資本関係を解消し、グループから独立した[10]

2015年5月にはトヨタ自動車と中長期的な提携関係を結ぶことを発表し[11][12]2017年8月には業務資本提携を結ぶことで合意した[13]

1920年に、コルクを生産する「東洋コルク工業株式会社」として創業[14]1927年以来、「東洋工業株式会社」が正式社名であったが[14]1984年にブランド名に合わせて「マツダ株式会社」に改称した[15]。英語表記は「MAZDA[4]。コーポレートマークの「mazda」は1975年から、「M」を模った現在のエンブレムは1997年から使用されている[16]。現在の社名は、事実上の創業者である松田重次郎の姓と、叡智・理性・調和の神を意味するゾロアスター教の最高神アフラ・マズダー (Ahura Mazdā)にちなみ、自動車産業の光明となるよう願ってつけられた[16]

年表[ソースを編集]

1945年米軍作成の広島市地図。右下猿猴川下流東側が現在の府中本社に当たる。"Tōyō Aircraft Industry"表記のとおり当時米軍には航空機部品加工業と思われていたことがわかる。
1968年式マツダ・T600のフロントガラスに刻印された当時の東洋工業のロゴマーク(右端)。
  • 1920年(大正9年)
    • 1月 - 東洋コルク工業株式会社設立[17]。本社は広島県広島市中島新町10番地[18]
    • 2月 - 初代社長海塚新八が就任[17]
    • 6月 - 本社および工場を広島市吉島町234番地の1に移転[18]
  • 1921年(大正10年)3月 - 2代目社長に松田重次郎が就任[17]
  • 1927年(昭和2年)9月 - 社名を東洋工業株式会社に改称[17]
  • 1928年(昭和3年)10月 - 広海軍工廠の指定工場となる[18]
  • 1929年(昭和4年)
  • 1931年(昭和6年)
  • 1935年(昭和10年)10月 - 削岩機を初出荷[17]
  • 1936年(昭和11年)8月 - 三菱商事と3輪トラックに関する国内の販売契約を解除[18]
  • 1937年(昭和12年)12月 - 三菱商事と3輪トラック輸出に関する販売契約を解除[18]
  • 1938年(昭和13年)1月 - 軍需工業動員法に基づき陸海軍共同管理工場に指定[14][18]
  • 1941年(昭和16年)7月 - 内山コルク工業所にコルク事業の売却を決定[18]
  • 1943年(昭和18年)10月 - 工作機械工場および鍛造工場が商工省の管理工場に指定[18]
  • 1944年(昭和19年)1月 - 兵器および工作機械部門が陸海軍の軍需会社に指定[18]
  • 1945年(昭和20年)8月 - 広島市への原子爆弾投下に際し、本社施設の一部を広島県に貸与、県庁の全機能が設置される(1946年7月15日迄)[18]。同月、軍需会社指定の取り消しを受ける[18]
  • 1946年(昭和21年)
    • 5月 - 裁判所に建物の一部を貸与[18]
    • 8月 - 会社経理応急措置法に基づき特別経理会社に指定される[18]。同月、工作機械部門が賠償工場に指定[18]
    • 12月 - 民間兵器工場部門が賠償工場に指定[18]
  • 1948年(昭和23年)7月 - 企業再建整備計画に基づき新旧勘定の整備を完了、特別経理会社指定の解除[18]
  • 1950年(昭和25年)6月 - マツダ初の小型4輪トラックCA型発売[18]
  • 1951年(昭和26年)12月 - 3代目社長に松田恒次が就任[17]
  • 1952年(昭和27年)4月 - 工場の賠償指定解除[18]
  • 1957年(昭和32年)1月 - 生産累計20万台達成[19]
  • 1960年(昭和35年)5月 - マツダ初の量産型乗用車となるR360クーペ発売[19]
  • 1961年(昭和36年)
  • 1962年(昭和37年)3月 - ベルトーネと乗用車設計について技術提携[20]
  • 1963年(昭和38年)
  • 1965年(昭和40年)
  • 1966年(昭和41年)11月 - 宇品乗用車専門工場が完成[18]
  • 1967年(昭和42年)
  • 1969年(昭和44年)1月 - 生産累計300万台達成[21]
  • 1970年(昭和45年)
  • 1971年(昭和46年)2月 - MMA(マツダモーターオブアメリカ)を設立[23]
  • 1972年(昭和47年)
    • 11月 - 宇品第2工場完成[23]
    • 12月 - 生産累計500万台達成[23]
  • 1974年(昭和49年)1月 - フィリピンで現地組立を開始[23]
  • 1975年(昭和50年)1月 - タイで現地組立を開始[23]
  • 1977年(昭和52年)12月 - 5代目社長に山崎芳樹が就任[23]
  • 1978年(昭和53年)1月 - ロータリーエンジン車生産累計100万台達成[23]
  • 1979年(昭和54年)
    • 6月 - 生産累計1000万台達成[23]
    • 11月 - フォードが株式の24.5%を取得し資本提携[23]
  • 1981年(昭和56年)12月 - オートラマ設立[23]
  • 1983年(昭和58年)
  • 1984年(昭和59年)
    • 5月 - 社名をマツダ株式会社に改称[23]
    • 10月 - マツダ財団を設立[23]
    • 11月 - 6代目社長に山本健一が就任[23]
  • 1985年(昭和60年)
    • 1月 - 米国生産会社MMUCを設立[24]
    • 8月 - 乗用車生産累計1000万台達成[24]
  • 1986年(昭和61年)4月 - ロータリーエンジン車生産累計150万台達成[24]
  • 1987年(昭和62年)
  • 1988年(昭和63年)
    • 5月 - 経営計画「マツダ・イノベーション計画」を開始[24]。同月、アメリカのアーバインに研究開発拠点「マツダR&Dセンター・アーバイン」を設立[25]
    • 10月 - ヨーロッパに販売会社MMEを設立[24]
  • 1989年(平成元年)
  • 1990年(平成2年)
    • 4月 - M2を設立[24]
    • 5月 - 欧州に研究開発拠点MREを設立[26]
    • 12月 - 生産累計2500万台を達成[24]
  • 1991年(平成3年)
  • 1992年(平成4年)
    • 2月 - 防府第2工場操業開始[24]
    • 6月 - 米国生産会社MMUCの社名をオートアライアンスインターナショナル(AAI)に改称し、フォードとの合弁企業化[24]
    • 7月 - オートラマへの出資比率をフォードと均等化[24]
  • 1993年(平成5年)12月 - フォードとの新戦略的協力関係構築を発表[24]
  • 1995年(平成7年)
    • 4月 - 生産累計3000万台を達成[24]
    • 11月 - タイにフォードと合弁でオートアライアンスタイランド(AAT)を設立[26]
  • 1996年(平成8年)
    • 4月 - アンフィニ店をマツダアンフィニ店に呼称変更、ユーノス店をマツダアンフィニ店またはマツダ店に統合[28]
    • 5月 - フォードが出資比率を33.4%に引き上げ[28]
    • 6月、9代目社長にフォード出身のヘンリーD. G. ウォレスが就任[28]
  • 1997年(平成9年)
    • 6月 - 新ブランドシンボルを制定[28]
    • 10月 - 北米事業を統合[28]
    • 11月 - 10代目社長にジェームズ・E・ミラーが就任[28]
  • 1998年(平成10年)
    • 1月 - 社章を変更[28]
    • 5月 - タイ・AAT社で量産を開始[26]
  • 1999年(平成11年)
    • 6月 - 三菱自動車と小型商用車のOEM供給で合意[28]
    • 8月 - 保有するジヤトコの全株式を日産自動車に売却[29]
    • 11月 - フォードと新型エンジンシリーズの共同開発及び分業生産を発表[28]
    • 12月 - 11代目社長にマーク・フィールズ 英語版が就任[28]
  • 2000年(平成12年)
    • 7月 - ロードスターが生産台数世界一でギネス世界記録に認定[28]
    • 11月 - 中期経営計画「ミレニアムプラン」を発表[28]
  • 2001年(平成13年)9月 - 宇品第2工場を閉鎖[28]
  • 2002年(平成14年)
  • 2003年(平成15年)
  • 2004年(平成16年)
    • 4月 - 本社第1工場での生産を終了[28]
    • 5月 - 宇品第2工場を再稼働[28]
  • 2005年(平成17年)
    • 3月 - 中国に統括会社を設立[28]
    • 8月 - 中国技術支援センターを開設[28]
    • 9月 - マツダ、フォード、長安汽車の合弁で南京にエンジン生産会社を設立[28]
  • 2006年(平成18年)5月 - 美祢自動車試験場(旧・MINEサーキット)を開所[30]
  • 2007年(平成19年)
    • 3月 - 中期計画「マツダ アドバンスメントプラン」および技術開発の長期ビジョン「サステイナブル“Zoom-Zoom”宣言」を策定[30]
    • 7月 - 国内生産累計4000万台を達成[31]
  • 2008年(平成20年)11月 - 14代目社長兼CEOに山内孝が就任[30]。フォードが株式を13%残して売却[32]
  • 2010年(平成22年)
  • 2011年(平成23年)
    • 6月 - 北米生産からの撤退を発表[35]。同月、メキシコに車両組立およびエンジン組立工場建設を決定[36]
  • 2012年(平成24年)
    • 2月 - 中期計画「構造改革プラン」を発表[37]
    • 11月 - トヨタとメキシコ工場における北米向けトヨタ車の生産について合意[33]
    • 10月 - ロシア工場の操業開始[38]
  • 2013年(平成25年)
    • 3月 - フィアットとオープン2シータースポーツカーにおける事業契約を締結[39]
    • 6月 - 15代目社長兼CEOに小飼雅道が就任[40]
    • 8月 - 防府工場の生産累計台数1000万台を達成[41]
  • 2014年(平成26年)
    • 1月 - メキシコ工場操業開始[42]
    • 4月 - コロンビア生産から撤退[43]
  • 2015年(平成27年)
    • 1月 - タイのパワートレイン工場が操業開始[44]
    • 4月 - 中期計画「構造改革ステージ2」を発表[45]
    • 5月 - トヨタ自動車と中長期的な業務提携に向けて基本合意[11]
    • 9月 - フォードがマツダの全株式を売却し資本関係を解消[46]
  • 2016年(平成28年)7月 - いすゞ自動車から次世代ピックアップトラックOEM調達することで基本合意[47]
  • 2017年(平成29年)8月 - トヨタ自動車と業務資本提携することを発表[13]。同月、技術開発の長期ビジョン「サステイナブル Zoom-Zoom宣言 2030」を発表[48]

歴代社長[ソースを編集]

氏名 在任期間 備考
初代 海塚新八 1920年09月 - 1921年03月 広島産業銀行頭取。倒産寸前の清谷商会を再建するため、広島の財界人に呼びかけて東洋コルク工業株式会社を設立したが、病気のため半年ほどで辞任し、松田重次郎に社長の椅子を譲った。
2代 松田重次郎 1921年03月 - 1951年12月 実質的な創業者。社名を東洋工業株式会社に改称。オート三輪製造へ進出して成功、日本国内の小型自動車業界での地歩を築く。広島市への原子爆弾投下の影響により、広島県庁に本社施設を一時提供。東京証券取引所上場。
3代 松田恒次 1951年12月 - 1970年11月 松田重次郎の長男。4輪車業界進出・ロータリーエンジン開発を推進し、コスモスポーツ発売。大ヒットモデル・ファミリアルーチェカペラ発売。広島東洋カープ初代オーナー。社長現職のまま死去。
4代 松田耕平 1970年11月 - 1977年12月 松田恒次の長男。低公害車のルーチェAP登場。コスモ復活。広島東洋カープ2代目オーナー。野球殿堂特別表彰者。広島東洋カープ3代目(現)オーナー・松田元広島エフエム放送社長・松田弘の父。
5代 山崎芳樹 1977年12月 - 1984年11月 松田家以外の初の社長。サバンナRX-7発売。ファミリア、カペラFF化。大型ワンボックスボンゴブローニィ登場。社名をマツダ株式会社に変更。サンフレッチェ広島の前身・東洋工業サッカー部の初代監督。
6代 山本健一 1984年12月 - 1987年11月 マツダの元技術者。ロータリーエンジン開発リーダー。R360クーペの生みの親。
7代 古田徳昌 1987年12月 - 1991年12月 通商産業省(現・経済産業省)出身、初の外部出身の社長。販売5チャンネル化推進。往年の軽自動車・キャロルがオートザムブランドで復活。高級セダンセンティア、カペラセダンの後継車・クロノスロードスター発売。サンフレッチェ広島初代球団社長。
8代 和田淑弘 1991年12月 - 1996年06月 住友銀行(現・三井住友銀行)出身。バブル崩壊で経営悪化、5チャンネル化が影響。ブローニィの後継ワンボックス・ボンゴフレンディ登場。カペラセダン復活。タクシー専用車から撤退。
9代 ヘンリー・ウォレス
(Henry Wallace)
1996年06月 - 1997年11月 フォード出身、初の日本人以外の社長。経営危機のマツダを救ったコンパクトカー、デミオ発売。
10代 ジェームズ・ミラー
(James Miller)
1997年11月 - 1999年12月 フォード出身者としては2代目。ミニバン・MPV初のモデルチェンジ。プレマシー発売。軽自動車完全OEM化。最高級車センティアの生産中止、FRセダン市場から撤退。
11代 マーク・フィールズ
(Mark Fields)
1999年12月 - 2002年06月 フォード出身者としては3代目。新キャッチコピー「ZOOM-ZOOM」展開。独自開発のSUVトリビュート、カペラの後継・アテンザ発売。
12代 ルイス・ブース
(Lewis Booth)
2002年06月 - 2003年08月 フォード出身者としては最後の4代目。英国出身。RX-8発売、デミオ初のモデルチェンジ。
13代 井巻久一 2003年08月 - 2008年11月 日本人では和田以来7年ぶり、生え抜きでは山本以来16年ぶりのトップ。ファミリアの後継・アクセラ発売。ミレーニア生産終了、高級車市場から完全撤退。ベリーサCX-7ビアンテ発売。ロードスター、デミオ、アテンザがモデルチェンジ。2010年6月まで代表取締役会長[49]
14代 山内孝 2008年11月 - 2013年06月 代表取締役副社長からの昇格。アクセラがモデルチェンジ。SKYACTIV TECHNOLOGY展開開始。CX-5発売。アテンザがモデルチェンジ。中期計画「構造改革プラン」の発表。メキシコタイロシアに工場建設を決定。北米生産から撤退。2010年6月より代表取締役会長兼任[49]
15代 小飼雅道 2013年06月 - 取締役専務執行役員からの昇格。アクセラデミオロードスターCX-9CX-5がモデルチェンジ。CX-3CX-4発売。フォードとの資本提携を解消。中期計画「構造改革ステージ2」を発表。メキシコ工場操業開始。コロンビア生産から撤退。トヨタ自動車と業務資本提携することで合意。

車種一覧[ソースを編集]

技術[ソースを編集]

ロータリーエンジン[ソースを編集]

マツダはロータリーエンジンの量産化に成功したメーカーであったが、2012年6月RX-8の生産完了後[50]は、ロータリーエンジン搭載車の生産から遠ざかっている。

2013年には、新型ロータリーエンジンを発電機レンジエクステンダー)として搭載した電気自動車の試作車「マツダ RE レンジエクステンダー」を公開[51][52]

2015年10月には、次世代ロータリーエンジン「SKYACTIV-R」を搭載したコンセプトカーRX-VISIONを発表した[53]

スカイアクティブ・テクノロジー[ソースを編集]

2011年、自動車を構成する諸要素の全てを刷新し、SKYACTIV TECHNOLOGYとして発表した。SKYACTIV TECHNOLOGYを全面的に搭載した車両は、この取り組みと並行的に進められてきた生産分野の改革「モノ作り革新」により、1ドル77円でも日本国内から輸出して全ての地域で利益を生み出せるコスト競争力を持つ[54]

SKYACTIV TECHNOLOGYの開発には「モデルベース開発」と呼ばれる手法が用いられており[55]、この手法を用いた開発力については業界随一と他社から評されている[56]

2017年8月、技術開発の長期ビジョン「サステイナブル Zoom-Zoom宣言 2030」を公表し、圧縮着火による燃焼方式を世界で初めて実用化したガソリンエンジンSKYACTIV-X」を2019年より市販することを発表した[57][58]

デザイン[ソースを編集]

ロードスター(NA型・1989年)
RX-VISION(2015年)

1980年代後半から1990年代前半に、デザイン本部長である福田成徳の指揮の下、「ときめきのデザイン」をテーマにボディをコントロールする造形を追求した[59][60]。1989年に発表した初代ロードスターリアコンビネーションランプは、そのデザイン性と機能性の両立が評価され、ニューヨーク近代美術館に展示・永久収蔵されている[61]。1991年に発表した3代目RX-7は、2008年にイギリスデイリー・テレグラフ紙が選ぶ「最も美しい車100選」の61位に選出された[62][63]。また、1991年に発表したユーノス500のデザインは、イタリアジョルジェット・ジウジアーロに絶賛されたと言われる[64]

1996年にはデザインテーマ「コントラスト・イン・ハーモニー」を制定し、全ての車種のフロントグリルに5角形の「ファイブポイントグリル」を適用することを決定[65][66]。2001年にはフォード出身のモーレイ・カラムがデザイン本部長に就任し[67][68]、デザインテーマ「アスレティック」の下、躍動感のある造形を追求した[59][65][69]

2006年にはローレンス・ヴァン・デン・アッカーがデザイン本部長に就任[70]。デザインテーマ「NAGARE」の下、流 (NAGARE)流雅 (RYUGA)葉風 (HAKAZE)大気 (TAIKI)清 (KIYORA)風籟 (FURAI)といった、自然界に存在する動きの美しさを取り入れたコンセプトカーを発表し[59][71]、その造形は2010年に発表された3代目プレマシーのデザインに反映された[59][72]

2009年にはアッカーのルノーへの転職に伴い[73]、デザイン本部長に前田育男が就任[74]。2010年にデザインテーマ「魂動-Soul of Motion」をコンセプトカー・靭 (SHINARI)と共に発表して以来、生き物が見せる一瞬の動きの躍動感や緊張感、美しさを取り入れたデザインを進めている[75][76]。2015年に発表したRX-VISIONは、フランスで最も美しいコンセプトカーに選出され[77]、2016年には、4代目ロードスターが日本車としては初めて「ワールド・カー・デザイン・オブ・ザ・イヤー」を受賞した[78]

マツダコネクト[ソースを編集]

アテンザに搭載されるマツダコネクト

マツダが開発するカーナビゲーションシステム及びインフォテインメントシステム。日本アメリカカナダメキシコを除いた地域での名称はMZD Connect[79]2013年11月発売の3代目アクセラに初めて搭載された。一部のグレードを除き、ほぼ全てのマツダ車に搭載されている。「ヘッズアップコックピット」の考え方の下、「センターディスプレイ」、「アクティブ・ドライビング・ディスプレイ(ヘッドアップディスプレイ)」、「コマンダーコントロール」により構成され、脇見運転や不注意運転を最小化するようレイアウトされている[80]

ナビゲーション機能は、ショップオプションとして販売される地図データが書き込まれたSDメモリーカードを別途購入し、車載スロットに差し込むことで利用が可能になる。地図データは3年間無料で更新でき、更新ツールを利用すれば自宅でのアップデートも可能である[81]。 発売当初、ナビゲーションシステムにはハンガリーNNG英語版社製のものがグローバルに採用されたが[82]、日本のユーザーからはナビゲーション性能の不足を指摘されたことから[83]2015年から日本市場のみ、日本のミックウェア社製のシステムに切り替えられた[84]

スマートフォンとも連携し、ハンズフリー通話やSMSの読み上げの他、TwitterFacebookといったSNS、対応するインターネットラジオの利用も可能である[85]アプリケーションの追加や[86]アップルが提供するCarPlayGoogleが提供するAndroid Autoの対応も発表されているが[87][88]、現時点では実現していない。

マツダコネクトは2DIN規格に対応していないため、他社のカーナビゲーションに換装することはできない[89]

マツダ車以外では、OEM供給するトヨタ・ヤリスiAフィアット・124スパイダーアバルト・124スパイダーに採用されている。

販売[ソースを編集]

現在のディーラー[ソースを編集]

マツダ店
メイン店舗。商用車・乗用車の全車種を販売している。
マツダアンフィニ
旧マツダオート店。乗用車を中心としたディーラーとして登場し、1991年11月アンフィニ店に改称、1996年4月にはユーノス店との統合と同時にマツダの名を冠しマツダアンフィニ店となる。アンフィニ店時代はRX-7MS-8などの専売車種があったが、現在はマツダ店同様全車種扱いである。
マツダオートザム
元々は軽自動車・小型車を中心としたチャンネルで1989年にオートザム店として開設。経営母体は町の整備工場や中古車ディーラーが多かった。1998年から一定の基準を満たす店舗にマツダの名を冠し現在の名称に変更。軽自動車・小型車のみならずミニバンなどの量販車種も扱うようになった。これまでマツダオートザム店で扱っていないマツダ車はアテンザロードスタータイタンファミリアバンの4車種のみであったが、2016年4月からは、これまでのマツダ店・アンフィニ店同様全車種扱いを販売を開始した[90]

過去に存在したディーラー[ソースを編集]

マツダモータース店
経営母体は主に町の整備工場で、他チャンネルへの統合等は行われなかった。マツダ販売会社グループには属しておらず、実質淘汰された。
ユーノス
1989年9月開設。高級車志向のチャンネル。ロードスターやコスモなどの名車を生んだほかシトロエン車の販売も行ったが、販売が伸び悩み、1996年4月アンフィニ店に統合。
オートラマ
フォード車のチャンネルとして、レーザーテルスターなどマツダ車の姉妹車を数多く販売した。1994年にチャネル名称を「フォード店」へ変更後はマツダの販売チャネルとしての性格は薄れて行き、1999年に運営会社のマツダ保有分の全株式がフォード側へ売却された事によってマツダから完全に独立した。その後2016年内に輸入販売を含む日本におけるフォード事業を撤退する事が明らかとなり[91]、2016年9月末日を以って、フォード店としての営業を終了した。

販売方針[ソースを編集]

マツダブランドスペース大阪

マツダは1988年に、海外販売に依存していた経営体質を改善するため、国内販売を倍増させるとする「B‐10計画」を策定し、従来のマツダ、マツダオート、オートラマに加え、1989年にユーノスとオートザムの独自ブランドと販売網を新たに設立し、当時のトヨタや日産と同様の国内5チャンネル体制を敷いた[92]。1991年にはマツダオートの名称をアンフィニに改称し、高級車専門店とした。しかし、急激なモデル数の増加によるブランドイメージの混乱や研究開発費・固定費の増大を招いた上に、バブル崩壊後の景気低迷の影響も受け、結果的に5チャンネル体制は失敗に終わった[93]

以来、住友銀行の主導の下、1994年から5チャンネルに広がった販売網の統廃合を進め、1996年にはマツダブランドに再び一本化された。しかし、国内販売では大幅な値引きや安売りに頼った販売拡大策を推し進めたためマツダ車の中古車査定価格は下落し、他社のディーラーに下取りに出そうとしても残価が低すぎるため、結果としてマツダ車以外に乗り換えられないマツダ地獄と揶揄される状態を招き、ブランドイメージの低下と販売不振を深刻化させる悪循環に陥った[94]

フォードの傘下に入ってからは、「Zoom-Zoom」のキャッチフレーズの下、スポーティなブランドイメージを構築する戦略を進め、大幅値引きに頼る販売を段階的に止めて、メーカーとディーラーとが一体となってマツダのブランドイメージ向上に努めている。2011年のSKYACTIV TECHNOLOGY導入以降は、世界的に「売り方革新」と呼ばれる販売改革を進めており、インセンティブの削減、正価販売の定着をこれまで以上に進めていくとしている[95]

2014年には、デザイン本部が監修した新コンセプトの販売店「新世代店舗」を順次展開することを発表した[96]

2016年1月には、マツダのクルマづくりやブランドを体現した直営のショールーム「マツダブランドスペース大阪」を開設した[97]

キャッチコピー[ソースを編集]

メイン・キャッチコピー[ソースを編集]

  • 技術革新のマツダ(1960年代後半)
  • クルマの主流をかえるロータリーのマツダ(1970年代)
  • Better & Better(1970年代後半)
  • 社会にとってのBetterへ 走ることのBetterへ(1970年代後半)
  • 個性あざやかに 品質のマツダ(1980年代前半)
当時の広告、カタログでは、品質のマツダがついていたが、CM、プロモーションビデオの最後の部分は、品質のマツダがなかった(上に、「個性あざやかに」下に「Mazda」の文字)。社名変更後は使われなくなった。
  • 新しいマツダ、始めます。(1995年 - 1996年)
  • For mobility pleasure(1995年 - 1996年)
  • 使えるクルマ・楽しいクルマ。That`s Mazda(1996年 - 1999年)
  • 心を動かす新発想(1999年 - 2002年)
  • ZOOM-ZOOM(2002年 - 現在)
  • Be a driver.(2013年 - 現在)

サブ・キャッチコピー[ソースを編集]

  • 走る歓びと環境安全性能の調和をめざすマツダ
  • 翼をもったクルマへ(2011年)
  • 世界基準の走りとエコを SKYACTIV TECHNOLOGYのマツダ(2012年)
  • 基本が変われば、パフォーマンスも変わる SKYACTIV TECHNOLOGYのマツダ(2013年)
  • 自分の行く道は、自分で決めた方が楽しいに決まっている Be a driver. マツダ(2014年)
  • クルマは、単なる道具ではない。(2014年)
  • ともに走り、ともに歓び、ともに生きていく。(2015年)
  • もっともっと人と一つになる車を Be a driver. マツダ(2016年)

他社との関係[ソースを編集]

日本国内[ソースを編集]

住友グループ
メインバンクである三井住友銀行をはじめ、住友グループとの関係が深い。オイルショック後の経営危機の際は、当時の住友銀行から役員の派遣を受け、銀行の主導で再建が進められた[98]バブル崩壊1991年には、住友銀行出身の和田淑弘が社長に就任し、銀行主導でフォードとの提携が進められた。2010年にフォードがマツダの株式を売却した際には、三井住友銀行や住友商事が株式の一部を引き受けている[99]。また、住友商事とはメキシコでの生産事業およびブラジルでの販売事業を合弁で行っている[100]。2012年6月には、本社工場などの土地を三井住友ファイナンス&リースに139億円で売却し、これらの施設について今後はリース契約を結んで引き続き使用すると発表した[101]
伊藤忠商事
1983年に東洋工業(当時のマツダ)と共同で起亜自動車と資本提携契約を結んだ[102]。2010年にフォードがマツダの株式を売却した際には、株式の一部を引き受けている[103]。2012年にはマツダの連結子会社であるトーヨーエイテックの株式を取得することで合意し[104]、発行済株式の7割を取得した[105]。2015年には南アフリカにおけるマツダの販売統括会社の第三者割当増資を引き受け、現地の販売事業を合弁化した[106]
トヨタ自動車
2010年3月ハイブリッド技術のライセンス供与で合意し[107]2013年11月にはSKYACTIV-GとTHS-Ⅱを組み合わせたハイブリッドシステムをアクセラに搭載し発売した[108]
2012年11月には建設中のメキシコ工場で製造する予定のマツダ2をベースにした小型車を、トヨタにOEM供給することを発表[109]2015年サイオンiAとして発売され、2016年にはサイオンブランドの廃止に伴いトヨタ・ヤリスiAに改称された[110]
2015年5月には中長期的な業務提携に向け基本合意したことを発表[11]2017年8月には業務資本提携を結ぶことを発表し、株式を相互に持ち合うことで合意した[13]。合わせて、アメリカでの合弁工場の設立、電気自動車コネクテッドカー安全技術での協業、商品補完の拡充を進めていくことを発表した。
日産自動車
1994年より商用車であるNV150ADのOEM供給を受け、ファミリアバンとして販売している[111]。逆に、マツダからはプレマシーラフェスタ ハイウェイスターとしてOEM供給している[112]
以前は、ボンゴバン、ボンゴトラックバネットバン、バネットトラックとしてOEM供給していた[112][113][114]
スズキ
1989年から軽自動車のOEM供給を受けており[115]、現在ではそれぞれキャロルスクラムフレアフレアワゴンフレアクロスオーバーとして販売している。また、インドネシアでは小型MPVエルティガのOEM調達を受け、VX-1の名で販売している[116]
以前は、エンジンプラットフォームの供給を受け、キャロルやAZ-1を製造していた。さらに、AZ-1をスズキにOEM供給し、キャラとして販売していた。また、普通自動車エスクードのOEM調達を受け、プロシードレバンテとして販売していた。
いすゞ自動車
商用車であるエルフのOEM供給を受け、タイタンとして販売している[117]2016年には、いすゞが開発した次世代ピックアップトラックをマツダにOEM供給することで合意した[118]。以前はディーゼルエンジンの供給を受け、タイタンやファミリアに搭載していた。
プレス工業
商用車であるボンゴ・トラックの製造を委託している[119]

日本国外[ソースを編集]

フォード
1979年11月に発行済み株式の25%を取得して以来、長らく筆頭株主であった。この時期にはマツダ車をベースとした車両をアジア・太平洋地域向で販売したり、日本国内ではマツダ車をオートラマ店(現・フォード店)でフォードブランドとして販売していた。バブル崩壊以後、マツダの経営状況が悪化したため、メインバンクの住友銀行(当時)の呼びかけに応じる形で1996年5月に出資比率を33.4%に引き上げ、経営権を握るに至った。これ以降、社長を始め多数の役員を派遣し、同じくフォードグループであるボルボも含めたプラットフォームやパワートレーンの共同開発・共有化が進められた。
しかし、2007年世界金融危機により業績が悪化したフォードは、2008年11月に保有していたマツダ株式の大半を資金調達のために売却し、さらに2010年には追加売却が行われた。2015年にフォードは所有するマツダ株式の全てを売却し、マツダはフォードグループから独立した。資本提携が解消された現在においても、中国およびタイでの生産合弁事業は継続されている。
フィアット
2013年1月、次期ロードスターをベースに開発したスポーツカーを、傘下のアルファロメオブランドで発売することで合意したと発表[39]。その後、当初の発表とは異なり、2015年にフィアットからは124スパイダーとして、2016年にはアバルトからアバルト・124スパイダーとして発表された[120][121]
第一汽車
中国での生産委託および合弁販売事業を行っている[122]
長安汽車
中国での生産委託および合弁販売事業を行っている[122]
ソラーズ
折半出資の合弁企業「マツダソラーズマヌファクトゥリングルース」を設立し、ロシアでCX-5、マツダ6(アテンザ)の生産を行っている[123]
ベルマツ
折半出資の合弁生産・販売会社を設立し、マレーシアでCX-5とアクセラの生産を行っている[124]。2013年6月には、イノコムに委託している現地工場の所有権を取得することを発表した[125]

過去[ソースを編集]

三菱自動車工業
1976年に、軽自動車規格改定に伴うポーターキャブ改良で、G23B型の供給を受けて搭載した。
1999年から2011年までボンゴをOEM供給し、デリカバン、デリカ トラック、デリカカーゴとして販売していた[126][127]
ホールデン
品供給契約を結び、ロードペーサーを製造した[128]
起亜自動車
東洋工業(当時のマツダ)の技術提供を受け、1962年三輪車の生産を、1970年代からはマツダ車の乗用車商用車ノックダウン生産を開始し、1983年には東洋工業(当時)及び伊藤忠商事と資本提携契約を結んだ[102][129]ボンゴは名称もそのままに現地で販売が行われたため、韓国では「ボンゴ」はワンボックスカー全体を指す語(商標の普通名称化)になっているとされる[130]

モータースポーツ[ソースを編集]

マツダ・787B

かつては世界ラリー選手権(WRC)ル・マン24時間レースなどにワークスマツダスピード)として積極的に参戦していた。ロータリーエンジン搭載車でのエントリーが主体であるが、レシプロエンジン搭載車であるファミリアWRCに参戦、ランティスJTCCに参戦していたこともある。2000年以降、日本法人のマツダとしては全くモータースポーツにはエントリーしていない。マツダスピードはブランド名だけ残して事実上解散してしまい、ノウハウと人材は社外に放散され失われた。787Bなどを保管しているが、高出力エンジンに対応したエンジンベンチ設備すらない状態である。マツダ本社がモータースポーツから完全撤退した後も、アメリカやオーストラリアの現地法人では、活発なモータースポーツ活動が継続されている。

レース実績[ソースを編集]

Grand Am GX MAZDA6 SKYACTIV-D Racing (2013年)
  • 1970年代サバンナ(RX-3)が国内レースで活躍。日産・スカイラインの連勝記録をストップさせた。
  • 1991年ル・マン24時間レースで総合優勝。(ロータリーエンジン搭載車として、また日本車として唯一の総合優勝)
  • サバンナRX-7IMSAで通算100勝を達成。
  • スパ・フランコルシャン24時間耐久レースでサバンナRX-7が日本車初の総合優勝。
  • オーストラリアでのバサースト12時間耐久レースで、アンフィニRX-7が1992年から94年まで、3年連続でクラス優勝。(現地法人)
  • ロードスターRX-8のワンメイクレース主催。
  • ファミリア世界ラリー選手権(WRC)への参戦。87年スウェディッシュ、88年スウェディッシュ、ニュージーランド優勝。
  • アメリカ合衆国カリフォルニア州モントレーにあるサーキット「ラグナ・セカ」は、マツダが筆頭スポンサーであるため、その名が冠されており、同社における新型車の関連イベントなどにも使用されている。
  • 2005年、クラージュ(Courage) C65 LMP2 車をロード・アトランタでのアメリカン・ル・マンレースに参戦。20B型3ローターエンジンを搭載。
  • 2004年より英国で行われている女性ドライバーによる年間シリーズ「フォーミュラ・ウーマン」は、RX-8のワンメイクシリーズである。
  • 2006年より、アメリカチャンプカー・ワールドシリーズの下位カテゴリーである、チャンプカー・アトランティックシリーズ(フォーミュラカーレースのF3に相当するカテゴリー)にエンジンを供給するコスワースに出資し、マツダエンジンとしてのバッジネームを取得。シリーズ名にも「チャンプカー・アトランティック・パワード・バイ・マツダ」の名が冠せられている。
  • 2008年デイトナ24時間レースのGTクラスでRX-8がクラス優勝を果たした。(現地法人)
  • 2012年6月、マツダが2.2L直列4気筒ディーゼルターボエンジンを、ル・マン24時間レースに出場するLMP2クラスに供給し、2013年にエンジンサプライヤーとしてレースに復活する方向であることが発表されたが、使用を希望するチームが現れず日本国内のイベントで車両を展示するに留まった。
  • 2013年、アメリカで、環境に配慮した車両によって競われるグランザム戦のGXクラスにマツダ6グランダムGXを投入。マツダ6グランダムGXはパイプフレームにアメリカのマツダ6似の外装を装着し、ディーゼルエンジンを搭載したマシンでシーズン中に9連勝などしてクラスチャンピオンを獲得した。レーシングエンジンの開発はマツダ社内では出来なくなってしまっている為に、フロリダ州のスピードソース・エンジニアリング社でエンジンが開発された。マツダは量産車の部品供給やマツダ本社とカリフォルニアのマツダUSA R&Dセンターからの専門家の派遣でサポートを行った。エンジンは380馬力を発生した。
  • 2014年、アメリカのUSCC(アメリカンル・マンとグランダムが統合した新アメリカンスポーツカーシリーズ;チュードル・ユナイテッド・スポーツカー・チャンピオンシップ)に、マツダUSAはチーム『SKYACTIV-Dレーシング』と『スピードソース』としてローラ製のシャシーにディーゼルターボエンジン搭載した2台のマシンを出走させた。前年のGXクラスでの活躍の経験を生かし、オーバーヒート対策や450馬力へのパワーアップがなされたエンジンがミドシップに搭載されたが、予選ではトップチームの4-5秒落ちのタイムしか記録できないなど戦力不足が明らかで戦績は芳しくなかった(他の主力チームはV8エンジンを搭載しており650馬力前後)。デイトナ24時間にも2台は参加したが、共にエンジントラブルでリタイヤした。マツダのLMP2マシンは他チームより10%遅いが35%燃費が良いとされた。またサンダーヒル25時間レース(2014年12月)では、マツダRX-8がE2クラスを制覇。E3クラスは、NA型マツダMX-5ミアータが2度目の優勝を飾った。最も速いE1クラスにも3台のディーゼル車を投入したが成績は残せなかった。
  • 2017年ヨースト・レーシングとの提携を発表し、2018年ユナイテッド・スポーツカー選手権に参戦する事を発表した[131][132]

レース車両[ソースを編集]

マツダ767B 兵庫県セントラルサーキット 2007年7月8日

スポンサー[ソースを編集]

スポーツ[ソースを編集]

国内チーム

広島東洋カープ
プロ野球セントラル・リーグ所属の球団で、持分法を適用していないマツダの非連結子会社。1968年に当時の社長であった松田恒次が球団筆頭株主になって以降、事実上の親会社であり、メインスポンサーでもある。その際、当時の球団名「広島カープ」に当時の社名である東洋工業の「東洋」がついて現在の球団名になった。マツダは球団筆頭株主ではあるが、運営はマツダ創業者一族であり球団株を合計50%以上取得している松田家一族が行っている。そのため球団オーナーは、松田耕平松田元と松田家から輩出している。現在の常務取締役球団本部長の鈴木清明はマツダからの出向である。
2009年、広島東洋カープの新本拠地(広島市民球場)が完成するとマツダが命名権を獲得し、「MAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島」と称することになった。同球場のカープパフォーマンス席上にマツダの広告看板があり宇品・防府で生産する最新車種の宣伝を行っている。
日本選手権シリーズではカープが日本一に輝いた場合の最優秀選手に対してはマツダ提供の高級乗用車が贈られた。(過去、1979年・1980年・1984年の3回。カープ以外の優勝であればトヨタ自動車協賛)2007年から乗用車の副賞は廃止されたが、マツダが日本野球機構(NPB)パートナーであることから、2007年以後カープを含む優勝球団の最優秀選手に対するマツダ賞の賞金として100万円が贈られている。
王シフト」は、マツダが所有していたコンピュータを用いて生み出された。
サンフレッチェ広島
Jリーグ所属のサッカークラブで、マツダの関連会社。マツダ(東洋工業)のサッカー部を母体としており、1992年の設立当初は球団筆頭株主で、2007年からは次席株主である。主要スポンサーの一つでもあり、1992年から現在までユニフォームスポンサーを務めている。
埼玉ブロンコス
B3.LEAGUE所属のプロバスケットボールチーム。マツダオート東京(現・関東マツダ)のバスケットボール部が前身だが、現在はマツダとの直接の関連はない(同業他社である富士重工業が一スポンサーとなっている)。
マツダブルーズーマーズ
マツダの社会人ラグビーチーム。現在同社のシンボルチームの一つ。

海外チーム

大会スポンサー

番組提供[ソースを編集]

現在

過去

研究開発拠点[ソースを編集]

三次自動車試験場。1974年当時
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成
  • 本社研究開発部門 (広島県安芸郡)
    商品・技術企画、デザイン開発、商品開発および育成、重要新技術の先行研究
  • マツダR&Dセンター横浜 (神奈川県横浜市)
    先行商品・先行デザインの調査研究および開発、重要新技術の先行研究
  • マツダノースアメリカン オペレーションズ (アメリカカリフォルニア州アーバインミシガン州フラットロック)
    北米市場における技術・市場動向などの調査・研究、デザインの開発、現地商品適合性評価
  • マツダモーターヨーロッパ (ドイツヘッセン州)
    欧州市場における技術・市場動向などの調査・研究、デザインの開発、現地商品適合性評価
  • マツダ(中国)企業管理有限公司中国技術支援センター (中国上海市)
    中国市場における技術・市場動向などの調査・研究

試験場[ソースを編集]

生産拠点[ソースを編集]

現在[ソースを編集]

日本

北米

欧州

中国

  • 一汽乗用車有限公司(吉林省長春市・2003年3月操業)
    • アテンザ、CX-4
  • 長安フォードマツダ汽車有限公司南京公司(江蘇省南京市・2007年10月操業)
    • アクセラ、CX-5
  • 長安フォードマツダエンジン有限公司(江蘇省南京市・2007年4月操業)
    • 自動車用エンジン

アジア・太平洋

  • 福特六和汽車股份公司(台湾中レキ市・1987年3月操業)
    • プレマシー
  • オートアライアンスタイランド(タイラヨーン県イースタン・シーボード興業団地・1998年5月操業)
    • デミオ、アクセラ、CX-3、BT-50
  • マツダパワートレインマニュファクチャリング(タイ・チョンブリ県・2015年8月操業)
    • トランスミッション、エンジン
  • ヴィナマツダ(ベトナムクアンナム省・2011年10月操業)
    • デミオ、アクセラ、アテンザ、CX-5
  • マツダ・マレーシア(マレーシアスランゴール州・2012年9月操業)
    • アクセラ、CX-5

その他の地域

  • フォードモーターカンパニーオブ サザンアフリカ(南アフリカプレトリア・1963年6月操業)
    • BT-50
  • ウィローベールマツダモーターインダストリーズ(ジンバブエ・ハラレ・1980年7月操業)
    • BT-50
  • マヌファクトゥラス アルマドゥリアス イ レプエストス エクアトリアノス S.A.(エクアドルキト・1986年11月操業)
    • BT-50

過去[ソースを編集]

  • オートアライアンス・インターナショナル(アメリカ・ミシガン州フラットロック・1987年9月操業 - 2012年8月生産停止[133]
  • コンパニアコロンビアナアウトモトリスS.A.(コロンビアボゴタ・1983年4月操業 - 2014年4月生産停止[43]

統括拠点[ソースを編集]

マツダノースアメリカンオペレーションズの本社ビル(カリフォルニア州アーバイン

日本

北米

欧州

中国

  • マツダ(中国)企業管理有限公司(上海市浦東新区
  • マツダ(中国)企業管理有限公司 北京分公司(北京市朝陽区
  • マツダ(中国)企業管理有限公司 中国技術支援センター(上海市嘉定区
  • 一汽マツダ汽車販売有限公司(吉林省長春市)
  • 長安フォードマツダ汽車有限公司販売分公司長安マツダ事業部(北京市朝陽区)

アジア・太平洋

その他の地域

関連団体・関連施設[ソースを編集]

マツダミュージアム[ソースを編集]

マツダが運営する企業博物館。宇品第一工場に隣接しており、入館は完全予約制。係員の案内で各種展示と、実際に稼動している隣接工場の生産ラインを見学することが出来る。Google ストリートビューで館内の一部を閲覧することが可能[134]

マツダ病院[ソースを編集]

マツダが運営する企業立病院1938年にマツダ構内の医務室として開設されたのが始まり[135]1945年広島原爆投下時には会社の寄宿舎・食堂を開放し、被災者の救護に当たった[136]1950年に付属病院に変更され、1961年には現在の地に病棟が建設された[135]

マツダ財団[ソースを編集]

公益財団法人マツダ財団は、「科学技術の振興と青少年の健全育成のための助成などを行い、世界の人々が共に繁栄を分かち合い、心豊かに生きることのできる社会づくりに寄与すること」を目的としてマツダが設立した公益財団法人[137]1984年財団法人として設立され、2010年11月に公益財団法人へと移行した[138]

マツダ工業技術短期大学校[ソースを編集]

マツダ工業技術短期大学校は、マツダが設立した厚生労働省認定の2年制企業内短大。技術・技能者を育成するために1988年に設立された[139]。設置学科は機械システム系生産技術科(2年制)のみで、定員は1学年64名。教育施設として、教育研修棟とマツダ本社施設(自動車工学実習場、製図室、体育館、プール等)を利用する。企業内学校であるため入校者は全てマツダの社員であり、新規の高等学校卒業者と社内選抜者で構成されている。高等学校卒業者の場合は入校のための入社試験を実施し、社内選抜者は生産職場に配属された20歳代前半の社員の中から職場推薦を受けた者を対象に試験が行われる。修了生はそれぞれ生産部門や試作部門などに配属される[139]

東洋大橋[ソースを編集]

マツダが広島本社内に所有するマツダミュージアム見学の際には社内バスでこの橋を渡って移動する[140]

事件・不祥事[ソースを編集]

パワーハラスメントによる社員の自殺[ソースを編集]

2007年、当時25歳であった男性社員がうつ病を基に自殺した。男性は、入社20年のベテラン社員が担当していた購買業務を引き継ぐ形で異動し、時間外労働は自殺直前に月80時間を超えていた。しかし上司は男性を叱責し続け、孤立無援の状態に置かれた男性はうつ病を発症し、社宅の自室で首つり自殺した。この上司は男性の自殺後にも、職場で笑いながら「あ、亡くなったわ」「この忙しいのに」と発言したり、同僚が男性の机に花を飾ろうとしたときに「大っぴらにするな」と制したりした。葬儀の場でも、弔文原稿に目を通しながら冗談めいた口調で「泣かすよなあ」と発言した。
マツダは遺族側と裁判で争い、「過重労働はなく、上司もサポートしていた」などと主張していたが、2011年2月、神戸地裁にて「質的、量的に過剰な労働で、自殺は業務に起因する。一方で上司の適切なサポートもなく、同社は安全配慮義務を怠った」として過労自殺が認められ、約6400万円の支払いが命じられた[141][142][143]

下請法違反[ソースを編集]

2008年6月、公正取引委員会がマツダに対して、下請事業者への代金支払に関して違法行為があったとして、勧告を行った。2005年7月から2006年11月の間、マツダが取引先から購入した部品について、下請事業者の合意無しに単価を一方的に引き下げた結果、下請代金支払遅延等防止法(下請法)にて禁止されている代金減額が生じたと判断された。これを受けてマツダは、公取から指摘された減額代金全額を、2008年3月に下請事業者へ返還した[144][145]

マツダ本社工場連続殺傷事件[ソースを編集]

派遣法違反[ソースを編集]

2009年6月、マツダが法定期間(3年)を超えて派遣社員を工場に勤務させたのは、労働者派遣法違反の疑いがあるとして、広島労働局が文書で指導を行った。マツダは本社工場や防府工場に派遣された5人の派遣社員を途中、期間従業員として約3か月間だけ直接雇用し、再び派遣社員で受け入れる方法で、法律上の直接雇用義務が生じる連続3年の派遣期間を超えないように操作していた。県労連は「全国初のケースではないか」としている[146]

関東マツダによる修理費不正請求[ソースを編集]

2012年1月、マツダの連結子会社である関東マツダは、事故車両の修理費を損害保険会社に水増し請求する不正があったと公表した[147]。不正は2006年4月以降、2978件あり、水増しした請求額は計約7707万円に上った[148]。このため国土交通省関東運輸局は関東マツダに調査を指示し、行政処分を下した[149]

テレビCF撮影に伴う危険運転およびその対応[ソースを編集]

2015年5月下旬、マツダの連結子会社である静岡マツダが、当時登場したロードスター(ND型)の地方局向けテレビCFを作成するにあたり、西伊豆スカイライン公道静岡県伊豆市)にて、映像制作会社の撮影車両が対向車線を大きくはみ出すようなかたちで危険運転を行った。交通規制等は特に布かれていなかった。この様子は現地に居合わせた一般人が撮影し、Twitterの当人アカウントに掲載したほか、マツダ本社広報部のアカウントへの指摘も行った。

同年8月3日、この指摘に対しマツダは関与を否定。一方で、指摘者のアカウントへ返信(リツイート)するさい返信先アドレスに「.(ドット)」を付加したことで、双方のやり取りはマツダ側Twitterフォロワー4万7千人(当時)にも閲覧可能となった。結果、指摘者はマツダフォロワーからを多数の批難を受け、アカウントを削除するまでに追い込まれた。この件に対しITジャーナリストからは「企業の公式ツイッターでドットを打つなんて聞いたことがない。悪意を感じる。」「“さらし上げ”の効果が高まる。」「マツダは最初の調査に自信があったのか、『悪いのはウチじゃないんだ』と過剰な防衛意識が働いたのでしょう。」との指摘を受けている[150]

ところが8月5日、マツダは「確認範囲を拡げ、現在事実関係を調査中」とした上で、8月7日夜、静岡マツダによる撮影であったと謝罪。おりしもマツダは8月7日から10日間、夏季休業のためコールセンターが停止する時期と重なったため、批判逃れではないかとインターネット上を中心にさらなる批判が巻き起こった[151][152]。同年9月、当該の映像制作会社および男性社員が道路交通法違反の容疑で書類送検された[153]

関西マツダによる整備費架空請求[ソースを編集]

2016年7月、マツダの連結子会社である関西マツダは、車両整備料金の一部をリース会社に架空請求する不正があったと公表した[154]。不正は2004年6月から2015年12月までの間に2054件あり、リース会社2社に対する架空請求は総額約1100万に上った。この事態を受け、国土交通省近畿運輸局は関西マツダに対して文書で警告した。

社員寮での強盗殺人事件[ソースを編集]

2016年9月14日午後4時15分頃、広島市南区向洋大原町のマツダの社員寮「マツダ大原寮」の非常階段において、19歳の男性社員が頭から血を流して倒れているのが発見され、その後病院で死亡が確認された[155]。24日、広島県警は同期の20歳の男性社員を強盗殺人の疑いで逮捕した[156]。被害者は14日午後2-3時頃、容疑者の運転する車で複数のATMを回り計120万円を引き出した後、午後3時35分頃、寮の非常階段において消火器で頭を殴られるなどして殺害されたとみられる[157]。事件後に奪われたと見られる現金は容疑者の口座へ入金されていた[158]。被疑者はその後10月14日広島地方検察庁から同容疑で起訴された[159]

関連会社[ソースを編集]

連結子会社[ソースを編集]

持分法適用会社[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

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  160. ^ エディオンが筆頭株主のため、エディオングループにも属する。

参考文献[ソースを編集]

  • 小堀和則 『マツダ : 技術への「飽くなき挑戦」の記録』 三樹書房、2009年ISBN 4895225321 
  • 東洋工業株式会社五十年史編纂委員会 『東洋工業五十年史 沿革編 1920-1970』 東洋工業、1972年NCID BN01575116 

関連項目[ソースを編集]

技術[ソースを編集]

スポーツ[ソースを編集]

人物[ソースを編集]

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その他[ソースを編集]

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