カシオ計算機

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カシオ計算機株式会社
CASIO COMPUTER CO., LTD.
Casio logo.svg
CASIO-Honsya-Syaoku.JPG
カシオ本社社屋
種類 株式会社
市場情報
東証1部 6952
略称 カシオ、CASIO
本社所在地 日本の旗 日本
151-8543
東京都渋谷区本町1-6-2
設立 1957年(昭和32年)6月1日
業種 電気機器
事業内容 電子機器の製造・開発・販売
代表者 樫尾和雄(代表取締役会長)
樫尾和宏(代表取締役社長)
資本金 485億9200万円
(2013年3月31日現在)
売上高 連結2977億6300万円
(2013年3月期)
営業利益 連結200億5300万円
(2013年3月期)
純利益 連結118億7600万円
(2013年3月期)
純資産 連結1690億600万円
(2013年9月30日現在)
総資産 連結3710億1100万円
(2013年9月30日現在)
従業員数 連結1万1276名
(2013年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 日本マスタートラスト信託銀行株式会社 6.79%
日本生命保険相互会社 4.93%
日本トラスティ・サービス信託銀行株式会社 3.71%
有限会社カシオブロス 3.61%
(2008年9月30日現在)
主要子会社 山形カシオ株式会社
カシオヒューマンシステムズ株式会社
カシオ情報機器株式会社
カシオビジネスサービス株式会社
外部リンク http://casio.jp/
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カシオ計算機株式会社(カシオけいさんき、: CASIO COMPUTER CO., LTD.)は、電卓電子辞書電子楽器時計デジタルカメラなどを扱う日本電機メーカー。本社所在地は東京都渋谷区本町1-6-2。東証第1部上場証券コード6952)。通称カシオ(CASIO)。

概要[編集]

「カシオ計算機」の社名が象徴的するように、創業時は機械式計算機(リレー式計算機 14-Aなど)などを生産、後に電子式卓上計算機(電卓)を発売する。その後、電卓デバイスを基礎に事業分野を拡大し、現在の主な事業分野は電卓、電子文具、時計などの個人向け情報機器や、システム機器、電子デバイスなどの製造と販売。近年は電波時計やデジタルカメラ、電子辞書、TFT液晶などを主力商品として積極的に展開している。かつては携帯電話も手がけていたが現在は撤退している。
かつての本社は新宿住友三角ビルにあったが、後に初台に自社ビルを建設した。

社是は「創造 貢献」で、これは「世の中になかったものを創造することによって社会に貢献する」という意味である。英語ではそのまま「Creativity and Contribution」と訳されている。

ブランドイメージ[編集]

リレー式計算機 14-A(国立科学博物館の展示)

「計算機」の名の通り、電卓以前のリレー式計算機14-Aから電卓の時代を通って成長した企業・ブランドであり、電卓及びそれに類する電子製品のメーカーとして知られる。

特に大ヒットした電卓カシオミニにおいて顕著だったが、大胆な価格設定と割り切ったスペックでどこでも簡単に使える、といった新しい切り口の製品を発売し、時には新しい商品分野のブームの端緒となるようなヒット商品も作る。「糸井重里の萬流コピー塾」において題「ワープロ」への投稿で (松) の評価を取った「今買うな、カシオがきっと、何かやる」[1]や、パソコン雑誌『PC-WAVE』の「目の付け所がカシオ」(シャープの宣伝コピー「目の付け所がシャープでしょ」のパロディ)といった言葉がある。

ブランドロゴの由来[編集]

創業者の名字「樫尾」をローマ字で書けば「KASHIO」だが、これをあえて「CASIO」としたのは創業当初から世界で親しまれる企業になるという目標があったため。このロゴであることから日本以外では日本企業と思っていない人も多い。特にイタリアの企業と間違われやすい。ちなみにイタリアの名子役サルバトーレ・カシオ(Salvatore Cascio。出演作:ニュー・シネマ・パラダイスなど)は実際にカシオのCMに起用されたことがある。

代表[編集]

(2012年6月現在)

  • 代表取締役社長 樫尾 和雄(かしお かずお、1929年1月9日 - )
  • 代表取締役副社長 樫尾 幸雄(かしお ゆきお)

沿革[編集]

世界初の液晶モニタ搭載デジタルカメラ
QV-10
電子楽器CZ-3000
  • 1946年(昭和21年) - 樫尾忠雄が東京都三鷹市樫尾製作所を設立。
  • 1954年(昭和29年) - 機械式計算機が主流だった時期に歯車などの機械的機構を用いず、演算素子に継電器(リレー)を使った小型純電気式計算機の試作機を完成。
  • 1957年(昭和31年)6月 - 商用機「14-A」を世界で初めて開発した[2][3]。開発に携わった忠雄・俊雄・和雄・幸雄の樫尾四兄弟によってカシオ計算機株式会社が設立される。初代社長は四兄弟の父親である茂が就任する。
  • 1965年(昭和40年)9月 - 電子式卓上計算機「001」発売。
  • 1972年(昭和47年)8月 - 世界初のパーソナル電卓「カシオミニ」を12,800で発売し、後継シリーズも合わせて累計1000万台以上の爆発的ヒットを記録。
  • 1974年(昭和49年)11月 - 世界で初めてのフルオートカレンダー(大の月・小の月・閏年の調整が不要)機能を搭載したデジタルウオッチ「カシオトロン」発売。
  • 1978年(昭和53年)1月 - 初の名刺サイズ電卓「カシオミニカード」(LC-78;厚さ3.9mm)発売。
  • 1979年(昭和54年)7月 - 東京都西多摩郡羽村町(現羽村市)に羽村技術センター完成。
  • 1980年(昭和55年)1月 - 電子楽器「カシオトーン」発売。
  • 1981年(昭和56年)11月 - 第一回カシオワールドオープンゴルフトーナメント開催(指宿)。
  • 1982年(昭和57年) - 8bitパーソナルコンピュータ「FP-1100」と廉価版「FP-1000」を発売。
  • 1983年(昭和58年)4月 - 腕時計G-SHOCK」(ジーショック)1号機「DW-5000C」発売。
  • 1983年(昭和58年)6月 - 世界最小のポケット型液晶テレビ「TV-10」発売。
  • 1983年(昭和58年)10月 - 初のカシオ初のゲーム機「PV-1000」、「PV-2000」発売。
  • 1983年(昭和58年)11月 - クレジットカードサイズの電卓「フィルムカード」(SL-800)発売。
  • 1984年(昭和59年) - 最小限のスペックで低価格を実現したMSXPV-7」発売。
  • 1985年(昭和60年)3月 - 超薄型デジタルウオッチ「ペラ」(FS-10)発売、業界初のミリオンセラーとなる。
  • 1991年(平成3年)11月 - ラベル印刷機「ネームランド」(KL-1000)発売。
  • 1995年(平成7年)3月 - 世界初の液晶モニターつきデジタルカメラQV-10」発売。
  • 1995年(平成7年)10月 - 32ビットRISCCPU搭載のゲームマシン「ルーピー」発売。
  • 1997年(平成9年) - ハンドヘルドコンピュータ「CASSIOPEIA(カシオペア)」を発売。
  • 1998年(平成10年)1月 - 渋谷区初台に建設された自社ビルに本社移転。
  • 1998年(平成10年)11月 - Windowsパソコン「CASSIOPEIA FIVA」を発売。
  • 2000年(平成12年) - 携帯電話G'zOne」C303CAをKDDI沖縄セルラー電話を通じ発売。携帯電話事業に新規参入する。
  • 2003年(平成15年)2月 - 世界初の総2階建てジェット旅客機エアバスA380の開発に携わる日本企業として参加を決定。
  • 2003年(平成15年)11月 - データプロジェクター市場に参入。
  • 2004年(平成16年)4月 - 日立製作所携帯電話事業の合弁会社カシオ日立モバイルコミュニケーションズを設立。
  • 2005年(平成17年)11月 - 高知県・Kochi黒潮カントリークラブで「カシオワールドオープンゴルフトーナメント」開催。
  • 2006年(平成18年) - 世界最薄のプロジェクター「XJ-S30/35」を発売。
  • 2006年(平成18年)2月 - 同社初のSD-AudioおよびLISMO対応携帯電話「W41CA」をKDDI、沖縄セルラー電話を通じ発売。同社の大ベストセラーモデルとなった。
  • 2007年(平成19年)2月 - 同社初のワンセグ対応携帯電話「W51CA」をKDDI、沖縄セルラー電話を通じ発売。
  • 2008年(平成20年)3月 - ハイスピード・カメラ「EXILIM PRO EX-F1」発売。一秒間に60コマの世界最速連写、一秒間に1200コマのハイスピードムービー撮影を実現
  • 2008年(平成20年)10月 - ソフトバンクモバイル向け携帯電話端末830CAを発表。
  • 2010年(平成22年)6月 - カシオ日立モバイルコミュニケーションズとNECの携帯電話事業を統合。NECカシオ モバイルコミュニケーションズ(現・NECモバイルコミュニケーションズ)設立。[4]
  • 2012年(平成24年)4月 - シンセサイザー「XW-G1」「XW-P1」発売、シンセサイザー事業に再参入。
  • 2013年(平成25年)12月 - NECカシオモバイルコミュニケーションズの全保有株式をNECに売却し、携帯電話事業から完全撤退。[5]

主なブランド[編集]

EXILIMエクシリム
デジタルカメラブランド。カメラ機能を強化した携帯電話は「EXILIMケータイ」として売り出されている。
G'zOneジーズワン
耐水・耐衝撃性能に優れた携帯電話スマートフォンブランド。
SPEEDIA (スピーディア)
カラーページプリンタブランド
エクスワード
電子辞書ブランド
プリヴィア
電子ピアノブランド
ネームランド
ラベル印刷機ブランド
CASSIOPEIA (カシオペア)
プロジェクターのブランド。かつてはPDA・ペンコンピュータ・モバイルパソコンのブランド名
wave ceptor (ウェーブセプター)
室内用電波時計ブランド
IMAGING SQUARE (イメージングスクエア)
画像共有サイトのブランド
Paper Writer(ペーパーライター)
業務用Android搭載タブレット端末。

その他、小型のアナログ液晶テレビを手がけたこともあった。

腕時計[編集]

G-SHOCKジーショック
耐衝撃性能に主眼を置いている。女性向けにサブブランドBaby-Gもある。
PROTREK (プロトレック)
温度・気圧・方位計測センサーを搭載したアウトドア向け
OCEANUS (オシアナス)
チタン製メタルウォッチ
EDIFICE (エディフィス)
メタルウォッチ
SHEEN (シーン)
女性向けメタルウォッチ
wave ceptor (ウェーブセプター)
電波腕時計ブランド
DATA BANK (データバンク
テレメモ機能(電話番号登録)、電卓機能などが付いた腕時計ブランド

提供番組[編集]

現在[編集]

※番組休止時にも一部の番組を除き提供している。

過去[編集]

2013年現在は、スポットCM中心。ちなみに、2013年4月よりサウンドロゴが変更された。

その他[編集]

  • 1965年(昭和40年)9月、それまでのリレー式から電子式に革新を図った、電卓「001」を発売した。これは、前年のシャープによる電卓の発表・発売に追随して一部の技術者が基礎研究として試作していたものを基に、急遽製品化したものであるが、これには次のようなエピソードがある。実は同年の初頭頃はまだ、九九を回路化した高速乗算機能を持つ「リレー式として究極の」機種「81型」の発売を予定していた。しかし、同機が完成した同年4月の代理店向け発表会において、乗算こそ高速なものの除算ではやかましい音をたてて秒単位の時間がかかる同機は、電子式を既に前年に目にしているその場の代理店の者たちに「これはもう時代遅れだ」と思わせるに十分であった。新機種を一顧だにしない出席者に対応すべく、急遽、本来の発表会の予定には全く無かった試作機を持ってこさせてデモを行い、電子式計算機・電卓を発売する予定とした。翌日にリレー式の開発の終息が通知され、計算機部門の総力で電子式に取り組むこととなり「81型」は「幻の新機種」となった。なお「81型」はその後廃棄処分されたため、カシオ社内にも現存しない[7]
カシオ本社 エントランス
  • 本社ビルは「踊る大捜査線」秋の犯罪撲滅スペシャルなど、様々なドラマ映画ロケ地としても使用され、主にオフィスビルとしてのロケーションで使用される。選定の主な要因は、第一にロケーション提供に協力的であること、そして渋谷や新宿界隈のオフィス街でありながら撮影を妨げる人通りが少なく、エントランスが広く正面玄関の回転扉も大きく、近代的で見栄えが良いことや、初台玉井病院スタジオが近隣に存在することなどもあげられる。[要出典]
  • 2011年3月25日、上司のパワーハラスメントを告発して雇い止めをされた派遣社員との解雇差し止めを巡る裁判で和解が成立した[8]
  • 2012年5月15日に死去した前会長・樫尾俊雄の2012年3月期の役員報酬は13億3300万円であった[9](うち退職慰労金が13億1900万円)。この金額は、当時、上場企業の役員報酬の個別開示が義務付けられた2010年3月期以降で過去最高額であった[10]。なお忠雄の死去の翌年の2013年5月、東京・成城学園前駅近くの自宅を改装し「樫尾俊雄発明記念館」として自身が手がけたカシオ製品を展示している。
  • 一部のカシオ製電卓では、数字の1・3・7・9とACの5つのキーを同時押しすると、液晶画面に「CASIO」と表示されるようになっている[11]。オートパワーオフの直前に1秒ほど表示する機種もある。

関連項目[編集]

脚注[編集]

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外部リンク[編集]