ニコン

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株式会社ニコン
Nikon Corporation
Nikon Logo.svg
Shinagawa intercity B,C.JPG
ニコン本社(品川インターシティC棟)
種類 株式会社
機関設計 監査等委員会設置会社[1]
市場情報
東証1部 7731
1949年5月16日上場
本社所在地 日本の旗 日本
108-6290
東京都港区港南2-15-3
品川インターシティC棟
設立 1917年大正6年)7月25日
(日本光学工業株式会社)
業種 精密機器
法人番号 5010001008763 ウィキデータを編集
事業内容 カメラ、半導体製造装置(ステッパー)、顕微鏡、双眼鏡、メガネ、など、光学機器の設計、製造
代表者 牛田一雄代表取締役会長
馬立稔和代表取締役社長執行役員CEO
岡昌志(代表取締役兼副社長執行役員兼CFO
資本金 654億76百万円(2019年3月31日現在)
発行済株式総数 4億0087万8921株
売上高 連結:7,086億6,000万円
(2019年3月期)
営業利益 連結:826億5,300万円
(2019年3月期)
純利益 連結:665億9,700万円
(2019年3月期)
純資産 連結:6,167億2,600万円
(2019年3月期)
総資産 連結:1兆1,349億8,500万円
(2019年3月31日現在)
従業員数 連結:20,917人
(2019年3月31日現在)
決算期 3月31日
会計監査人 有限責任監査法人トーマツ[2]
主要株主 日本カストディ銀行株式会社(信託口) 7.58%
日本マスタートラスト信託銀行株式会社(信託口) 7.53%
ジェーピーモルガンチェースバンク380055 6.01%
明治安田生命保険相互会社 5.19%
ステートストリートバンクアンドトラストカンパニー 会計監査人 4.85%
(2012年3月31日現在)
主要子会社 (株)ニコンイメージングジャパン 100%
関係する人物 長岡正男(第6代社長)
小秋元隆輝(元社長)
更田正彦(元副社長)
鶴田匡夫(元副社長)
嶋村輝郎(元社長)
苅谷道郎(元社長)
歴代イメージキャラクターの節も参照
外部リンク 株式会社ニコン
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株式会社ニコン: Nikon Corporation)は、日本光学機器メーカー。カメラデジタルカメラ双眼鏡望遠鏡顕微鏡ステッパーメガネ測定機測量機光学素材ソフトウェアなど光学関連装置の大手メーカーであり、三菱グループの一員。三菱金曜会[3] 及び三菱広報委員会[4] の会員企業である[5][6]

社名[編集]

現在の社名「ニコンNikon)」は、元は、戦後に参入した35mmフィルムカメラの商品名ないしブランド名である(ニコンのレンジファインダーカメラ製品一覧#ニコンSシリーズを参照。後続のモデルとの区別のため現代では「ニコンI型」といわれることが多い)。アメリカ合衆国では「ナイコン」と発音されているが[注釈 1]、他では「ニコン」の発音が主流である[注釈 2]

社史[編集]

ニコン大井製作所
ニコンF(1959年)
ニコンF2チタン
  • 1974年(昭和49年) - 東京天文台木曾観測所に「105cm シュミット式望遠鏡」設置。
  • 1980年(昭和55年) - 日本初のLSI製造用ステッパー「NSR-1010G」を発売。
    • ライカ判一眼レフカメラ「ニコンF3」発売。
    • 「ニコンF3」を元にしたスペースシャトル用ライカ判一眼レフカメラをNASAに納入。
  • 1982年(昭和57年) - カラービデオカメラ「S-100」を発売。ウェハ検査顕微鏡装置「OPTISTATION」(オプチステーション)発売。
  • 1983年(昭和58年) - 35mmダイレクト電送装置「NT-1000」を発売。報道機関むけ。
  • 1984年(昭和59年) - MO、MO再生装置の開発を発表。
  • 1986年(昭和61年) - テレビカメラ用レンズ「TVニッコールレンズ S15×9」発売。
  • 1987年(昭和62年) - X線ステッパー「SX-5」発売。
  • 1988年(昭和63年) - 社名を「ニコン」(Nikon)に改称。電子スチルカメラ「QV-1000C」を発売。
    • ライカ判オートフォーカス一眼レフカメラ「ニコンF4」発売。
  • 1990年平成2年) - タイ王国に、Nikon Thailand Co., Ltd.設立。
  • 1992年(平成4年) - 世界初で唯一のオートフォーカス一眼レフ水中カメラ「ニコノスRS」を発売。
ニコンF801(1988年)
ニコンAC-2Eデータリンクシステム(1993年)
  • 1995年(平成7年) - 一眼レフタイプのデジタルカメラ「ニコンデジタルスチルカメラE2/E2s」を富士フイルムと共同開発。
  • 1996年(平成8年) - ライカ判オートフォーカス一眼レフカメラ「ニコンF5」発売。
  • 1997年(平成9年) - コンパクトタイプのデジタルカメラ「COOLPIX 100」発売。
  • 1999年(平成11年) - デジタル一眼レフカメラ「ニコンD1」発売。
  • 2000年(平成12年) - オランダにNikon Holdings Europe B.V.を設立。
  • 2001年(平成13年) - マレーシアにNikon Sdn.Bhd.を設立。
  • 2002年(平成14年) - 中国に尼康光学儀器有限公司を設立。
  • 2003年(平成15年) - ニコンのすべての製作所がゼロ・エミッション達成。ポーランドにNikon Polska sp.z.o.o.を設立。中国上海に尼康儀器有限公司を設立。
  • 2004年(平成16年) - ライカ判オートフォーカス一眼レフカメラ「ニコンF6」発売。
  • 2006年(平成18年) - デジタルカメラ事業に経営資源を集中するため、フィルムカメラ関連事業を大幅縮小。
    • アルジェリアで開かれた国連子供環境ポスター原画コンテストの授賞式で、ニコンは入賞者となった12歳のキューバ人少年に、賞品のカメラに米国製部品が含まれており、米国によるキューバ経済制裁に抵触するという理由で賞品を送らなかったが、のちに代替品を送ったと報じられている[7]
  • 2007年(平成19年) - デジタル一眼レフカメラ「D3」発売。
  • 2008年(平成20年) - デジタル一眼レフカメラ「D700」「D3x」発売。
    • 世界初の動画撮影を実現したデジタル一眼レフカメラ「D90」を発売。
  • 2009年(平成21年) - デジタル一眼レフカメラ「D3」がドイツiFプロダクトデザイン賞を受賞。
    • デジタル一眼レフカメラ「D3s」を発売。
  • 2010年(平成22年) - デジタル一眼レフカメラ「D7000」発売。
  • 2011年(平成23年) - ニコン初のレンズ交換式アドバンストカメラ「Nikon 1」発売。
  • 2012年(平成24年) - デジタル一眼レフカメラ「D4」「D800」「D800E」「D600」発売。
    • デジタル一眼レフカメラ「D800」「D800E」が35mmフィルムサイズに準じた撮像素子搭載のレンズ交換式デジタル一眼レフカメラにおいて世界最高となる3630万画素を達成。(2012年2月7日現在)
  • 2013年(平成25年) - デジタル一眼レフカメラ「D610」「D7100」、レンズ交換式アドバンストカメラ「Nikon 1 S1」発売。
  • 2014年(平成26年) - デジタル一眼レフカメラ「D4S」、レンズ交換式アドバンストカメラ「Nikon 1 V3」発売。
  • 2015年(平成27年)10月17日 - 2017年の創業100周年を記念し、本社2階にニコンの歴史・製品・技術を展示する初の施設「ニコンミュージアム」を開設[9]
  • 2016年(平成28年) - デジタル一眼レフカメラ「D5」「D500」「D5600」「D3400」発売。
    • 社内の構造改革のため、1000名程度の希望退職者を募集すると発表[10]
    • 英国のMark Roberts Motion Control Limitedを完全子会社化
    • ニコン初のアクションカメラ「KeyMission 360」「KeyMission 170」「KeyMission 80」発売。
  • 2017年(平成29年) - 希望退職者に1143名の応募があったと発表[11]
    • 2016年夏に発売予定だったが、その後発売時期を未定としていた[12] コンパクトカメラ「DLシリーズ」の発売中止を決定[13]
    • デジタル一眼レフカメラ「D7500」「D850」発売。
    • フルサイズミラーレス Z 7とZ 6
      フルサイズミラーレス Z 7とZ 6
      10月30日-コンパクトデジカメの不振により、中国江蘇省の工場の操業停止を発表[14]
    • (株)黒羽ニコンを(株)栃木ニコンに吸収合併。
  • 2018年(平成30年) - 半導体製造用露光装置「FX-103S」の販売計画達成、および「D850」の世界的ヒット[15] により、2018年3月期の連結決算にて大幅な増益を達成[16]
    • レンズ交換式アドバンストカメラ「Nikon 1」シリーズの生産・販売を終了。
    • デジタル一眼レフカメラ「D3500」発売。
    • 新設計の「Zマウント」と、ニコン初の35mmフルサイズセンサー搭載のミラーレス一眼カメラ「Z 7」「Z 6」発売。
  • 2019年令和元年) - レンズ交換式デジタルカメラ市場の縮小に伴い、2019年3月期の連結決算にて映像事業の減収を発表。
    • ニコン初の光加工機「Lasermeister 100A」発売。
    • APS-Cセンサー搭載のミラーレス一眼カメラ「Z 50」発売。
    • Zシリーズのフラッグシップレンズである「NIKKOR Z 58mm f/0.95 S Noct」発売。
    • ニコンプラザ名古屋の業務終了を発表。
    • 各アウトレットモールに展開していたニコンダイレクトストアの全店が閉店[17]
  • 2020年(令和2年)
    • デジタル一眼レフカメラ「D780」発売。
    • 新型コロナウイルス感染症のためデジタル一眼レフカメラ「D6」の発売を5月に延期。
    • 業績悪化を受け、宮城県の拠点でカメラ本体の生産をやめ、タイ工場に集約する方針を明らかにした。また、海外では生産や販売を中心に2000人超の人員削減を発表[18]
    • 「ニコンプラザ銀座」と「ニコンプラザ新宿」を統合し、「ニコンプラザ東京」としリニューアルオープン。
  • 2021年(令和3年)
    • Zシリーズのフラッグシップカメラである「Z 9」の開発を発表。

事業[編集]

ニコンのカメラ製品

事業規模としては2020年(令和2年)3月期時点でカメラなど映像事業が売上げの38%、半導体製造装置などの精機事業が同40%、顕微鏡などのヘルスケア事業が10%、光学測定器などの産業機器事業が10%となっている。

2010年代以降の映像市場の縮小、および半導体露光装置事業の慢性的な赤字と言う状況下に対して、2015年発表の中期経営計画、および2016年11月より実施した構造改革において、映像事業において高付加価値製品への注力、半導体装置事業の縮小、といった「勝てる領域に人材・資本を集中する」事業戦略の見直しを行った[19]。そのため2020年現在は、従来のニコンの主力だった映像事業よりも精機事業の方が売り上げが高く、とりわけ4K液晶・有機ELテレビ製造向けに絶好調のFPD露光装置が会社の利益を支えており[20]、またヘルスケア領域(顕微鏡や細胞受託生産など)などの成長領域にも積極的な投資を行っている。

カメラ[編集]

ライカ判一眼レフカメラのニコンFシリーズ、デジタル一眼レフニコンDシリーズ、コンパクトデジタルカメラCOOLPIXシリーズなどで知られる。2007年(平成19年)にはデジタル一眼レフカメラはそれまで首位だったキヤノンを抜いて国内年間シェアナンバーワンであった(BCN調べ)。また、シャープから「液晶ビューカム」のOEM供給を受け「液晶トリム」という商品名で、Hi8ビデオカメラを発売していたこともあった。2018年(平成30年)にはフルサイズミラーレス機であるZ 7を発表。デジタル一眼レフからミラーレスカメラにシフトしていく中、2019年(平成31年)には3位であったソニーにシェアを抜かれ、3位に転落した[21]

2006年(平成18年)1月12日、フィルムカメラ部門を大幅に縮小しデジタルカメラ部門に集中することを発表した。当初、デジタルカメラの一部機種は三洋電機からのOEMによる供給であった。他にもフィルムカメラ時代からパナソニックOEM供給が続いており、一部デジタルカメラのRAWデータのフォーマットが同社の一眼レフと互換性がないこと、USB端子が汎用ミニB端子でなく、パナソニックの社内規格であるのは、パナソニックの仕様に則っているためである。

宇宙開発においての長年の採用でも知られる。1971年アポロ15号における初採用以降、各国の宇宙機関に採用されており、2020年においては、D3S、D5などの市販モデルが宇宙空間向けの特別な改良を行うことなく採用されている[22][23][24]

カメラ製品[編集]

レンジファインダーを持つレンズ交換式のカメラについては

銀塩フィルムを使うニコンFシリーズやAPS一眼レフカメラなどの一眼レフカメラについては

銀塩フィルムコンパクトカメラについては

水中で撮影できるカメラのニコノスシリーズについては

デジタル一眼レフカメラについては

コンパクトデジタルカメラについては

レンズ交換式アドバンストカメラについては

フルサイズミラーレスカメラについては

レンズ製品[編集]

天体望遠鏡[編集]

受注生産による天文台向け大型望遠鏡や周辺装置を手掛けているほか、一時期、小型で個人むけの屈折式天体望遠鏡を量産していた。

双眼鏡[編集]

天文バードウォッチング船舶など多分野で幅広く使われている。

実体顕微鏡ファーブルフォト(カメラ装填状態)

顕微鏡[編集]

Fマウント対応で写真撮影が可能な携帯型光学顕微鏡「ネイチャースコープ ファーブルシリーズ」。

半導体露光装置[編集]

半導体の製造に用いる露光装置であるステッパー(縮小投影型露光装置)を1980年(昭和55年)に日本で初めて製品化し、以後日本および世界市場で事業を行っている。

2019年(令和元年)現在のニコンの半導体露光装置を出荷額ベースのシェアを、光源波長ごとに見た場合、ArF液浸では5.7%、ArFドライでは61.7%、Krfでは2.6%、紫外線を用いたi線では12.8%の市場シェアを持っている[25]。キヤノンがKrFとI線で世界シェア1位、ニコンはArFドライで世界シェア1位、ASMLがEUVとArF液浸で世界シェア1位と、微細化の世代によってメーカーですみ分けている。一方、同年の出荷額ベースのシェアを全体でみた場合、ASMLが81.2%(1位)、キヤノンが11.0%(2位)に対し、ニコンは5.9%(3位)となっている。

半導体露光装置事業は、かつては映像事業と並ぶ経営の柱で、1983年(昭和58年)以後売上高・出荷台数で世界トップとなって、1989年(平成元年)の頃には既に世界シェアが8割超、同事業がニコンの売上高に占める比率は約4割になっていた。1999年には世界初のArFドライスキャナーの開発に成功。しかし、2002年にオランダのASML社にシェアが抜かれて2位となった。2003年(平成15年)度は出荷台数で世界シェア44%(ガートナー調べ)と、首位1位を取り戻したが、2004年に再びASMLに抜かれて以降、シェアが下がり続けている。ニコンは、自社向けの露光装置の開発の為にニコンに莫大な開発費を投資し続けたインテル社の他は、東芝など日系半導体メーカーに露光装置を納入しており、そのため日系メーカーの撤退に伴ってシェアが下がり続け、次第にインテル一本足となり経営も悪化した。一方、ASML社は韓サムスン・台TSMCなど日米半導体協定によって成長したアジアの新興半導体メーカーに半導体露光装置を納入しており、そのため韓国・台湾メーカーの成長に伴ってシェアが上がり続けた。

2010年代に入ると半導体露光装置事業の慢性的な赤字が深刻化したため、2016年(平成28年)11月に構造改革の実施を発表し、ArF液浸露光装置の新モデル開発を縮小するなど半導体装置の開発費を削減し、加えてリストラで乗り切ることになった。その結果、半導体装置事業は2018年度に黒字化した。

ニコンが2002年に経営危機に陥った際、半導体世界最大手(当時)の米インテル社が露光装置の開発費100億円を負担した経緯もあって、2000年代以降はインテル社に半導体露光装置部門の経営を依存している。ニコンの市場シェアが下がり続け、2010年代以降に経営が悪化する中でも、インテルは2012年にニコンの次世代露光装置開発のために数百億円とされる開発費を負担するなど[26]、インテルだけは頑なにニコンの露光装置を使い続けていた。2014年当時、競合する半導体露光装置メーカーであるキヤノンが最先端プロセスであるArFの開発から撤退してKrFとI線に絞り、またASMLが次世代ArF露光装置の開発を一時停止してまで実現の見通しが立たないEUV露光装置の開発に社運をかけていたのに対し、ArF液浸に社運を賭けるニコンはシェアは低いながらも2014年当時で世界最先端の半導体露光装置メーカーであり、インテルはニコンのArF液浸露光装置を用いて2014年当時で世界最先端である14nm世代の半導体の製造に成功した。しかしASML社がEUV露光装置の開発に成功し、2010年代後半よりインテルの競合他社がASML社の製造したEUV露光装置の導入によって7nm世代(またはそれ以降)の半導体を製造するなか、頑なにニコンのArF液浸露光装置を使い続けるインテルは7nmプロセスの開発が大幅に遅れ、14nm/10nm世代から移行できずに業績が悪化し、2018年には半導体世界2位に転落。インテルも7nm世代ではASMLのEUV露光装置を導入することになり、2020年上半期にはニコンからインテルへの露光装置の納入が半減。同時に半導体装置の7~9割がインテル向けであるニコンの半導体装置事業の業績も悪化するリスクが懸念されている[27]

なお、ニコンが「次世代露光装置」としてインテルの支援を得ながら社運をかけて開発した450mmウエハー対応ArF液浸露光装置は、2015年に予定通り試作機が完成し、2017年には量産機が出荷されるはずであった[28]が、競合メーカーのEUV露光装置の実現とともに立ち消えになった。ただし、2021年現在のニコンとしては、競合メーカーのEUV露光装置の需要が伸びたとしても、ArF液浸露光装置の底堅い需要が2026年までは続くので、半導体露光装置事業は大丈夫だと考えている[29]

EUV露光装置[編集]

EUV露光装置に関しては、α機(プロトタイプ機)の制作までは進んでいた。

EUVに関しては、1986年(昭和61年)にNTT木下博雄が提案した次世代露光技術の一つである極端紫外線(EUV)露光装置の開発を、1996年より日立中央研究所と合同で進めており、このプロジェクトは1998年には超先端電子技術開発機構(ASET)が参加して日本の国家プロジェクト「極端紫外線(EUV)露光システム開発プロジェクト(EUVA)」に格上げされ、キヤノンなど他のメーカーとも協力してオールジャパンで開発を進めて来た。EUVAと並行して行われたプロジェクト「半導体先端テクノロジーズ(Selete)」では、2008年につくば市の産総研スーパークリーンルームに設置された日本初となるEUV露光機「EUV1」において、30nmの解像に成功した[30]。その後ニコンはインテルに納入予定のEUV2号機と、2012年に発売予定の量産機の開発を進めていたが[31]小松製作所ウシオ電機の合弁会社(当時)であるギガフォトンが開発するはずであったEUV光源の出力が上がらないなど、EUVの実用化までの道のりはあまりに遠く、装置自体の高いコストと重厚長大さなどの問題点も明らかになって「コンコルドの誤謬」に鑑み(莫大な資源を投入し続けた結果、仮にEUVの実用化に成功したとしても、事業として成功させるのは難しいとの判断)、収益性を重視する姿勢で2010年代初頭に同開発から撤退した[32]。この時点では人類に本当にEUVが実用化できるのか不透明であり、ニコンはArF液浸装置でシェア8割(当時)を占めるASMLに対し、最先端のArF液浸で新規顧客を開拓して反転攻勢に出るつもりであった[33]。ニコンはSeleteの後継として2011年に発足した日本の国家プロジェクト「EIDEC」(キヤノンのEUV露光計測装置「HSFET」が設置された産総研スーパークリーンルームを使って、EUV露光装置以外のリソグラフィ工程を開発する)に解散まで一応参加していたが、EIDECは2015年に民間プロジェクトに格下げされた後、2019年に解散した。

一方で、ASMLは1999年よりEUのEUV開発プロジェクト「EUCLIDES」を主導しつつ、米国のEUV開発プロジェクト「EUV LLC」(1997年に米国の国立研究所とAT&T・インテル・AMDなどが共同で開始。後にIBM、マイクロンなども参加し、2005年までにEUV露光技術を用いた半導体の製造を目指した)にも参加を許可された。実用化までの困難さからキヤノン・ニコンが続々と撤退する中で、2012年にはアメリカの光源メーカーのサイマー社を買収するなど、社運を賭けてEUVの実用化に向けて開発を続けた結果、当初の予定から10年遅れながらついにEUV露光装置の実用化に成功し、最後の難関であった光源の出力も次第に増大して、2016年頃より7nm世代以降の半導体の製造にはASMLの露光装置が不可欠となったために需要が増え、予想されていた欠点にもかかわらず事業を成立させている。

その他の精機事業[編集]

液晶ディスプレイの製造に用いるFPD(フラットパネルディスプレイ)露光装置の市場をキヤノンと二分しており、年度によってどちらかが上になったり下になったりしているが、2018年現在の市場シェアは金額ベースで58%とトップシェアを獲得している[34]。スマホやタブレット用の中小型に強いキヤノンに対し、ニコンは4K・8K用の大型パネルに強く、特に2010年代後半には中国がFPDブームに沸く中で高額な第10.5世代FPD露光装置の市場を独占しているため、キヤノンに比べて販売台数は少ない物の、FPD製造装置の売上高においてはキヤノンを上回る好調が続いている。半導体装置事業が苦戦する中でもFPD露光装置事業で売上を確保しているため、ニコンの多くの事業が赤字となるなかでも精機事業は利益を出している。

2019年(令和元年)には、半導体露光装置によって培われた光利用技術と精密制御技術を活用する新事業として、光加工機を製品化している。造形・肉盛りといった金属3Dプリンタの要素から、マーキング、接合、研磨などの金属加工まで半導体レーザーによって高精度で可能な「Lasermeisterシリーズ」を発表。

子会社[編集]

国内[編集]

仙台ニコン(宮城県名取市

海外[編集]

歴代イメージキャラクター[編集]

ニコン初のコンパクトカメラ「ピカイチ」の発売までは、有名タレントを起用した広告宣伝は行っていなかった。

提供番組(全て過去)[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 『明るい暗箱』p.29 によれば、アメリカ人が先入観なく「Nikon」を読むと「ナイコン」(アメリカ: [ˈnkɒn])となることは検討中から承知だったという。
  2. ^ 「ナイコン」と発音されている例は『僕のコダクローム』や、近年ではニコンD300のCMなどで確認できる。
  3. ^ 旧・フジノン

出典[編集]

  1. ^ コーポレートガバナンス報告書 2021年1月6日閲覧
  2. ^ 株主総会招集通知 2021年1月6日閲覧
  3. ^ 三菱金曜会”. 三菱グループホームページ. 2020年12月6日閲覧。
  4. ^ 三菱広報委員会の活動”. 三菱グループホームページ. 2020年12月6日閲覧。
  5. ^ 三菱グループに「落ちこぼれ企業」続出、最強エリート集団の大ピンチ”. 週刊ダイヤモンド公式サイト. 2021年7月15日閲覧。
  6. ^ 三菱広報委員会の加盟会社”. 三菱グループホームページ. 2020年12月6日閲覧。
  7. ^ Presidente Fidel Castro obsequia cámara fotográfica a niño cubano humillado por empresa Nikon より(スペイン語)。
  8. ^ 株式会社ニコンの本社移転に関するお知らせ,株式会社ニコン,2014年8月11日
  9. ^ 2017年に迎える創立100周年を記念し、「ニコンミュージアム」を10月17日にオープン,株式会社ニコン,2015年10月1日
  10. ^ [1]
  11. ^ 希望退職者の結果に関するお知らせ
  12. ^ デジタルカメラの発売に関するお知らせとお詫び
  13. ^ プレミアムコンパクトデジタルカメラ「DLシリーズ」発売中止のお知らせ
  14. ^ http://www.nikon.co.jp/news/2017/1030_01_j.pdf
  15. ^ 半年経っても品薄続く ニコン「D850」ヒットの背景
  16. ^ ニコン、2018年3月期の連結決算は大幅増益、一眼レフカメラ「D850」が好調
  17. ^ 株式会社インプレス (2019年8月21日). “ニコンダイレクトストアの全店が閉店 御殿場、三田、木更津の実店舗” (日本語). デジカメ Watch. 2021年4月1日閲覧。
  18. ^ ニコン、タイにカメラ生産を集約 海外で2000人削減” (日本語). 日本経済新聞 電子版. 2020年11月6日閲覧。
  19. ^ 構造改革の実施に関するお知らせ - 20161108_1_j.pdf 株式会社ニコン
  20. ^ カメラ以上に苦境の半導体装置。ニコン復活の切り札はあるか|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社”. ニュースイッチ Newswitch. 2020年12月1日閲覧。
  21. ^ ニコン、カメラ3位転落の苦悩” (日本語). 日本経済新聞 電子版. 2020年11月6日閲覧。
  22. ^ 報道資料:ニコン、NASAからデジタル一眼レフカメラ「ニコンD5」を53台受注”. 2020年9月6日閲覧。
  23. ^ 報道資料:ニコンの最新機材が国際宇宙ステーション(ISS)ロシア区画へ デジタル一眼レフカメラ「D3S」「D3X」およびNIKKOR(ニッコール)レンズなどを新たに受注”. 2020年9月6日閲覧。
  24. ^ 宇宙ではどんなカメラを使っているのですか?”. 2020年9月6日閲覧。
  25. ^ 隆, 湯之上. “半導体装置市場、報じられない地殻変動…カギ握る台湾TSMCの動向、中国市場の挙動不審” (日本語). Business Journal. 2021年3月6日閲覧。
  26. ^ ニコン、インテルから開発費 次世代半導体装置で: 日本経済新聞
  27. ^ ニコン、リストラ着手に潜むIntelリスク: 日本経済新聞
  28. ^ G450Cが語った450mmウェハ対応プロセスの開発状況(2) 450mmウェハ対応の製造装置はどこまで開発が進んでいるのか | TECH+ マイナビニュース
  29. ^ ニコン徳成CFO「全4部門の黒字化 必達目標」: 日本経済新聞
  30. ^ 【SPIE】 ニコンEUV1がSeleteで稼動,30nmを解像 日経クロステック(xTECH)
  31. ^ 【SPIE】ニコン,Intelに納入予定のEUV露光装置のアルファ機の開発状況を紹介 《訂正あり》 日経クロステック(xTECH)
  32. ^ ニコン次期社長 牛田 一雄氏 (61)”. 日本経済新聞 (2014年5月17日). 2020年12月1日閲覧。
  33. ^ ニコン利益半減、いったい何があったのか 東洋経済オンライン
  34. ^ ライジングチャイナ、岐路に立つFPD業界(3) 日本勢が大活躍するFPD製造装置市場” (日本語). マイナビニュース (2019年10月25日). 2020年11月25日閲覧。

参考文献[編集]

  • 『計算機屋かく戦えり』遠藤諭、アスキー出版局、1996年(ISBN 978-4756106070
  • 『復刻 明るい暗箱』荒川龍彦、朝日ソノラマ、2000年(ISBN 978-4257120278
  • 『ニコン (見学!日本の大企業)』 こどもくらぶ、ほるぷ出版 、2014年(ISBN 978-4593586882

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

旧社名「日本光学工業」を名乗っていた1966年に企画し、東京シネマが制作した短編映画《2016年現在、上記サイト内に於いて無料公開中》。一からカメラレンズをつくりあげる様子などが紹介されている。
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