農林中央金庫

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農林中央金庫
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本店が入居する「第一・農中ビル」。第一生命(D)と農林中央金庫(N)の敷地にて行われた再開発プロジェクト(P)から(仮称)DNPと呼ばれ、1993年の完成後は「DNタワー21」の別称がつけられた。
本店が入居する「第一・農中ビル」。
第一生命(D)と農林中央金庫(N)の敷地にて行われた再開発プロジェクト(P)から(仮称)DNPと呼ばれ、1993年の完成後は「DNタワー21」の別称がつけられた。
団体種類 特別民間法人
設立 1923年12月20日
所在地 東京都千代田区有楽町一丁目13番2号
第一・農中ビル
起源 産業組合中央金庫
主要人物 河野良雄(代表理事理事長)
活動地域 日本の旗 日本
活動内容 系統信用事業における資産運用・指導
基本財産 資本金3兆4,259億円(2015年3月31日現在)
従業員数 3,501人
(2015年3月31日現在)
会員数 3,723団体
(2015年3月31日現在)
子団体 16社
ウェブサイト http://www.nochubank.or.jp/
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農林中央金庫のデータ
英名 The Norinchukin Bank
統一金融機関コード 3000
SWIFTコード NOCUJPJT
店舗数 国内19店・国外3
(2015年3月31日現在)
資本金 3兆4,259億円
(2015年3月31日現在)
総資産 連結:94兆5,497億円
(2015年3月31日現在)
貸出金残高 18兆9,300億円
(平成26年9月30日現在)
預金残高 51兆4,968億円
(平成26年9月30日現在)
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農林中央金庫(のうりんちゅうおうきんこ、英称:The Norinchukin Bank)は、1923年大正12年)に設立された農業協同組合森林組合漁業協同組合系統中央機関の役割を持つ金融機関であり、国内最大規模の機関投資家である。海外では日本最大のヘッジファンドとして名高い。略称は農林中金

経緯[編集]

特殊法人であったが、1986年(昭和61年)に特別民間法人となり、農林中央金庫法を根拠法とする純粋な民間金融機関となった。

1990年代後半より、貸出利率は下落し貸付業務は徐々に魅力をなくした。そのため、潤沢な資金を背景にヘッジファンドとして転換を遂げた。米国一流大学のMBA取得者約300人を抱える有価証券投資部門を擁し、ロンドンニューヨークシンガポールを拠点に海外積極投資を展開している。

銀行免許を持つ金融機関でありながら金融庁ではなく農林水産省の所管となっている。約3,200人の職員で、JAバンクから上がってくる約80兆円の預金を運用するため、有価証券投資、法人向け大口貸付業務が主流業務となっている。そのため、農業組合等の第一次産業事業への貸付は全体のポートフォリオの5%に満たないことから、一次産業推進のために設立された金庫の存在意義が度々疑問視されている。

現在、JAバンクへの管理、コンサルティング業務を行う傍ら、各県の信用農業協同組合連合会(県信連)との経営統合を進めており、これまで青森県宮城県秋田県山形県福島県栃木県群馬県千葉県富山県岡山県長崎県熊本県の各県信連との経営統合を完了した(この他、奈良県島根県沖縄県は、県域農協に一本化し、全県一区となった単一農協に信連を事業譲渡している)。

概要[編集]

農業協同組合(JA)、漁業協同組合(JF)、森林組合(JForest)その他の農林水産業者の協同組織の金融の円滑化を目的として、預金の受け入れ、資金の移動や貸付、手形取引、有価証券運用および、根拠法である農林中央金庫法で定める業務を行っている。設立当初は資本金の半分を政府出資により賄い、また、監督行政面でも役員の全員を政府が任命するほか、監理官による監督を受けるなど政府機関的色彩が強かった。その後、組合金融の発展に伴い次第に政府機関的性格は薄れ、政府出資については1959年に消却完了している。その後、1986年の金庫法改正により完全民間法人化を果たしている。

小切手法(昭和8年法律第57号)の第59条、および「小切手法ノ適用ニ付銀行ト同視スベキ人又ハ施設ヲ定ムルノ件」(昭和8年勅令第329号)によると、農林中央金庫は銀行と同視されるため、小切手金の支払人たる資格を有することとなる。

系統金融機関における主たる業務として、系統組織、法人向けの融資や預金受け入れ(預金総額のうち8割強が会員からの受け入れである)を標榜しているが、近年においては国内最大規模の機関投資家としての側面を大きくしている。

また、割引農林債券「ワリノー」および利付農林債券「リツノー」「リツノーワイド」と呼ばれる金融債を発行していたが、リテール向けについては、2006年(平成18年)3月27日をもって売出しが中止された(但し、機関投資家向け募集形式では継続中)。また、投資信託や定期預金の新規受付も徐々に停止し、一部支店では大口法人以外の新規口座開設も今後受け付けない方向になる見通し。但し出来なくはないので店頭で応相談となる。債券がすべて償還されてから約2ヵ月後の2011年(平成23年)5月23日以降は、個人名義の口座がすべて本店へ統合され、個人顧客の取引チャネルが、本店窓口とテレバンのみとなる。この時点で、個人の取引が可能なものは、すでに保有している銘柄の投資信託の追加買付と解約のみとなっており、新規の取引は出来なくなっている。各地の支店は、各地の信連を統合した際の受け皿として機能している状態になっている。なお、支店自体が、統合で廃止になった拠点は、統合先の支店の配下に置かれる形で、推進室として格下げの上で、県域に最低1箇所は何らかの拠点を設置する形になっている。

そして、各店舗も地元のJAビル内に空中店舗化される傾向にあり、その一部については口座店が本店に移管されることになっているところもみられる。

空中店舗となった拠点はATMが撤去され、期間限定で地元JAのATMを無料利用できる形をとるが、それ以降は地元JAに移管して利用するなどの対策を各自でとらねばならない。

2015年3月までは、保護預かりとなっていなかった債券の償還金の受取の手続きは、農林中金の各支店で行い、その場で償還金の受領ができた(農林中金の支店に出向くことができない場合は、農林中金の代理店となっている金融機関ないしは、手数料がかかるが、近隣の金融機関での代金取立を利用した手続きが可能であった)が、現在は、農林中金の各支店での手続きに限定され、なおかつ後日、債券保有者が指定する金融機関への振込対応とされている(振込手数料の体系などは公表されていない)。

一方、2006年(平成18年)9月に期限付劣後債をユーロ市場で発行する事を発表。広く海外や国内の金融機関から資本調達する事で、系統組織に依存しない機動的な態勢を強化する目的。

2010年(平成22年)度半期の経常利益は1,039億円、純利益は834億円であった。

貸付・有価証券投資[編集]

  • 1986年(昭和61年)9月の農林中央金庫法の改正による特別民間法人化、2001年(平成13年)の金庫法全面改正を経て経営体制の大幅刷新、および投資銀行へと大きく舵を切り[2]、資金余剰で金利の低い国内金融を縮小し、金利の高い米国を中心とする外国債権購入・外国債券投資を増やした。この転換は米国の金利引き上げと円安傾向とあいまって利ざやが大きく大きな利益をもたらした。しかし、2007年後半から米国のサブプライムローン問題の顕在化で、これまでとは逆の米国の金利引き下げと米ドル安トレンドとなり、2008年(平成20年)3月期の最終利益は過去最高を達成したものの、日本の株価の値下がりの影響による870億円あまりの損失と合わせて2743億円の損失も計上することとなった[3]。2008年(平成20年)度に入ってサブプライムローン問題はさらに深刻化、金融危機が米連邦住宅抵当公庫(ファニー・メイ)や米連邦住宅金融抵当公庫(フレディ・マック)の旧連邦政府系金融機関にも及び、ファニー・メイの株価だけでなく両社発行の社債価格も大幅に下落した。両者の社債を日本国内で最大規模の5兆5000億円を保有[4]する農林中金は再び不動産金融で危機を迎えるのか予断を許さない状況だったが、政府管理下に置かれて元利払いが継続されるためこの問題は乗り越えた。9月中間決算で証券化商品の評価損として810億円を処理した。

沿革[編集]

  • 1923年(大正12年)
    • 4月 - 「産業組合中央金庫法」(大正12年法律第42号)公布。
    • 12月 - 「産業組合中央金庫」の名称で営業開始。
  • 1938年(昭和13年) - 出資団体に漁業団体が加入。
  • 1943年(昭和18年) - 出資団体に森林組合が加入。名称を「農林中央金庫」と改める(法律名も「農林中央金庫法」と改称)。
  • 1950年(昭和25年) - 「割引農林債券」発行開始。
  • 1959年(昭和34年) - 政府出資の消却完了。全額民間出資となる。
  • 1961年(昭和36年) - 役員の政府任命制度、監理官制度の廃止。
  • 1973年(昭和48年) - 「農水産業協同組合貯金保険法」(昭和48年法律第53号)公布、いわゆる「貯金保険機構」(預金保険機構のJAバンク版)の設置。
  • 1986年(昭和61年)9月 - 金庫法の一部改正、特別民間法人(出資資格者から政府が削除され、完全民間法人化)になる。
  • 2001年(平成13年) - 農林中央金庫法の全面改正(平成13年法律第93号)、経営体制の大幅刷新。
  • 2002年(平成14年)1月 - 「JAバンクシステム」スタート。
  • 2003年(平成15年)4月 - 双日の優先株引き受け。
  • 2004年(平成16年)
    • 9月 - 2006年3月後半債を最後に、農林債券「ワリノー」「リツノー」「リツノーワイド」の売出しを停止することを決定。
    • 9月 - (旧)みずほ証券に農中証券を営業譲渡後、資本参加。
  • 2005年(平成17年)
    • 3月 - アドバンテッジパートナーズを通しダイエーに出資。
    • 9月 2006年(平成18年)2月 - 三菱UFJフィナンシャル・グループに合計2000億円の出資。
  • 2006年(平成18年)9月 - ユーロ市場において劣後債権を発行する事を決定。
  • 2008年(平成20年)3月 - 同庫ATMサービスを廃止し、キャッシュカードの使用を停止。
  • 2011年(平成23年)5月23日 - 個人利用者の口座店をすべて、本店へ統合
  • 2015年(平成27年)

歴代理事長[編集]

産業組合中央金庫
  • 岡本英太郎:1923年(大正12年)12月20日 - 1928年(昭和3年)12月20日
  • 八条隆正:1928年(昭和3年)12月20日 - 1933年(昭和8年)4月21日
  • 有馬頼寧:1933年(昭和8年)4月21日 - 1937年(昭和12年)6月4日
  • 石黒忠篤:1937年(昭和12年)6月7日 - 1940年(昭和15年)7月24日
  • 荷見安:1940年(昭和15年)8月13日 - 1943年(昭和18年)3月11日
農林中央金庫
  • 荷見安:1943年(昭和18年)3月11日 - 1946年(昭和21年)11月5日
  • 湯河元威:1946年(昭和21年)11月5日 - 1956年(昭和31年)8月15日
  • 楠見義男:1956年(昭和31年)8月15日 - 1966年(昭和41年)11月21日
  • 片柳真吉:1966年(昭和41年)12月24日 - 1977年(昭和52年)5月25日
  • 森本修:1977年(昭和52年)5月25日 - 1991年(平成3年)5月24日
  • 角道謙一:1991年(平成3年)5月24日 - 2000年(平成12年)6月26日
  • 上野博史:2000年(平成12年)6月27日 - 2009年(平成21年)4月1日
  • 河野良雄:2009年(平成21年)4月1日 -

関連会社[編集]

  • 農中信託銀行(株)
  • 農林中金バリューインベストメンツ(株)
  • (株)農林中金総合研究所
  • 農林中金ファシリティーズ(株)
  • 農中ビジネスサポート(株)
  • (株)農林中金アカデミー
  • 協同住宅ローン(株)
  • 農中情報システム(株)
  • 農林中金全共連アセットマネジメント(株)
  • アント・キャピタル・パートナーズ(株)
  • 系統債権管理回収機構(株)
  • JA三井リース(株)
  • アグリビジネス投資育成(株)
  • 第一生命農林中金 ビル管理(株)
  • 三菱UFJニコス(株)
  • Norinchukin Finance (Cayman) Limited

融資系列及び出資企業[編集]

農林中央金庫出身の人物[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 村松岐夫 (2004-03). 「不良債権処理先送り」の政治学的分析:本人混迷と代理人の裁量 (Report). 経済産業研究所. http://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/04030020.html. 
  2. ^ FACTA2007年10月号「〔企業スキャン〕農林中金―「農」衰退でファンド化
  3. ^ MSN産経ニュース 2008年5月27日「農林中金 サブプライム関連損失1869億円計上
  4. ^ NIKKEI NET 2008年7月17日「農林中金、米住宅公社債5兆5000億円を保有 国内で最大規模
  5. ^ “農林中金が最大基金設立”. 朝日新聞(朝日新聞社). (2014年3月25日)
  6. ^ “オランダ大手金融と提携 農林中金”. 朝日新聞(朝日新聞社). (2015年5月28日)
  7. ^ 農林中金、欧州農業金融大手と提携発表 輸出拡大へ”. 日本経済新聞 (2015年5月27日). 2015年7月18日閲覧。

参考文献[編集]

関連項目[編集]


外部リンク[編集]