江原真二郎

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えはら しんじろう
江原 真二郎
本名 土家つちや 基定もとさだ
別名義 江原 眞二郎
生年月日 (1936-10-12) 1936年10月12日
没年月日 (2022-09-27) 2022年9月27日(85歳没)
出生地 日本の旗 日本京都府京都市
死没地 日本の旗 日本神奈川県横浜市
身長 170 cm
血液型 B型
職業 俳優
ジャンル 映画テレビドラマ舞台CM
活動期間 1954年 - 2022年
配偶者 中原ひとみ(1960年 - 2022年)
著名な家族 土家歩(長男)
土家里織(長女)
主な作品
映画
』 / 『純愛物語』 / 『どたんば
裸の太陽』 / 『あれが港の灯だ
武士道残酷物語
宮本武蔵 般若坂の決斗
宮本武蔵 二刀流開眼
宮本武蔵 一乗寺の決斗
戦争と人間シリーズ
走れリュウ』 / 『江戸城大乱
テレビドラマ
草燃える』 / 『不毛地帯』 / 『徳川家康
花へんろ・風の昭和日記』 / 『北条時宗
 
受賞
1996年 第22回菊田一夫演劇賞
演劇賞
2000年 第10回日本映画批評家大賞
ゴールデン・グローリー賞
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江原 真二郎(えはら しんじろう、1936年10月12日[1][2] - 2022年9月27日) は、日本俳優[2]京都府[1][2]京都市出身[3]身長170cm[1][2]。血液型はB型[2]1960年代前半まで、江原 眞二郎クレジットタイトルで表記されていた。本名は土家 基定[1]アズユー所属。

経歴・人物[編集]

生家は京都の島原近く[3]。父は悉皆屋を営んでいた[3][4]。兄が居る[3]。父が悉皆屋を辞めて転職したことにより、家も島原近辺から西大路七条今出川と京都市内を転々とする[3]日本通信学校高等部卒業[3][4]。高校生時代は野球部で活動、また学生時代はバレーボールの選手だったこともあった[3]

高校卒業後、元々東映時代劇映画が好きなことや[5]、知人に音響係をしていた人がいた関係もあり[5]、また兄の勧めもあって[3]1954年1月末に東映京都撮影所へ入所[1][5][6]屋のアルバイトで東映京都撮影所へ出入りしていたところスカウトされた[4]

最初の映画の仕事は『殴り込み二十八人衆』(萩原遼監督)の京都・嵐山ロケ[5]。最初は大部屋俳優だったが、映画監督今井正により、1957年の映画『』の主役に抜擢され、これを出世作とした[4][7]。同作で中原ひとみと初めて出会った[4]。東映時代に今井監督や家城巳代治監督に役作りを学ぶ[6]

文芸・恋愛・アクション・時代劇と二枚目から敵役まで主演・助演と演じてきた。1962,3年の映画『宮本武蔵 般若坂の決斗』、『宮本武蔵 二刀流開眼』、『宮本武蔵 一乗寺の決斗』では吉岡清十郎に扮している。

1967年、東映を退社しフリー[6]岡田茂東映プロデューサーが敷いた「東映ギャング路線」や「東映任侠路線」で売り出されていたため[6]大映作品に数本出たのち[6]、1969年の日活無頼 殺せ』で出たら岡田から「東映辞めたヤツが何で日活で同じような映画に出とるんや!」と怒鳴られた[6]。自身でも「日活で東映みたいなことを毎日やって不思議だなあ」と撮影の合間に思っていたという[6]

1960年代半ばからテレビドラマや他社映画にも活動の場を広げる。1964年、長門裕之南田洋子とともに人間プロダクションの設立に参加[8]

1960年[7]女優中原ひとみと結婚[9][10]。中原を初めて見たのは、1955年の映画 『源義経』の撮影現場で[7]、その後、自身の出世作となった映画『米』で兄妹役として共演したのが結婚のきっかけとなっている[7]。1960年4月18日椿山荘で挙式、媒酌人は当時の東映社長の大川博が務めた[7]

長男の、長女の里織[10]、そして妻とライオン歯磨(現・ライオン)歯磨き粉「ホワイト&ホワイト」のテレビCMに家族4人で出演、このCMは1972年から1982年まで10年間続いた[11][12]。その後子供2人は芸能界入りした。

2022年9月27日進行性核上性麻痺により神奈川県横浜市内の施設において死去した[13][14]。85歳没。訃報は約3か月後の12月9日に明らかにされた[13]

受賞歴[編集]

出演[編集]

映画[編集]

※はキネマ旬報ベストテンにランクインした作品

テレビドラマ[編集]

舞台[編集]

吹き替え[編集]

CM・OV[編集]

CM
オリジナルビデオ

ディスコグラフィー[編集]

シングル
  • 「男の星座」(作詞:石本美由紀、作曲:上原げんと。1958年7月発売。コロムビア
  • 「トラムペットの青春」(作詞:石本美由紀、作曲:上原げんと。1958年7月発売。コロムビア)

脚注[編集]

出典[編集]

  1. ^ a b c d e 江原真二郎 プロフィール”. MITAスタジオ. 2014年11月23日時点のオリジナルよりアーカイブ。2014年11月23日閲覧。
  2. ^ a b c d e 江原真二郎”. 日本タレント名鑑. VIPタイムズ社. 2017年3月24日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h 明星 1958年2月号 p.124-125「江原真二郎物語」
  4. ^ a b c d e 『スタア』1976年1月号, pp. 90–91.
  5. ^ a b c d 近代映画(近代映画社)1960年4月号内記事「私の苦労時代」
  6. ^ a b c d e f g 『映画秘宝』2015年9月号, pp. 76–77.
  7. ^ a b c d e 近代映画(近代映画社)1969年9月号 p.146-147「共演が実った純愛物語」
  8. ^ 「税制改正と体質改善」『放送エンマ帳 テレビは曲り角にきている』オリオン出版社、1967年、191頁。 
  9. ^ 江原真二郎(出典:VIPタイムズ社)”. ORICON STYLE. オリコン. 2017年3月24日閲覧。
  10. ^ a b 江原真二郎”. allcinema. 2017年3月24日閲覧。
  11. ^ 週刊平凡 1972年11月9日特大号 p.186-187
  12. ^ 週刊朝日 1997年7月4日号「夫婦の階段」(p.96)
  13. ^ a b "俳優の江原真二郎さん死去、85歳…歯磨き粉CMに妻・中原ひとみさんら家族と出演". 讀賣新聞ONLINE. 読売新聞社. 2022年12月9日. 2022年12月9日閲覧
  14. ^ "俳優・江原真二郎さん死去、85歳 妻は中原ひとみ「ホワイト&ホワイト」CMに家族4人で出演". 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社. 2022年12月9日. 2022年12月9日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年12月11日閲覧
  15. ^ 菊田一夫演劇賞(第30回~第21回)”. 映画演劇文化協会. 2017年12月30日閲覧。
  16. ^ 過去の受賞作品 2000年度?2009年度”. 日本映画批評家大賞. 2019年7月13日閲覧。
  17. ^ “俳優の江原真二郎さん死去”. 時事ドットコム (時事通信社). (2022年12月9日). https://www.jiji.com/jc/article?k=2022120901095 2022年12月10日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 加藤仁、小松一三「人物リサーチ これは意外!素敵なおじさまたちの知られざるプライバシー公開 藤竜也 江原真二郎 成田三樹夫 高橋悦史 小池朝雄 土屋嘉男」『スタア』1976年1月号、平凡出版、90–91頁。 
  • 轟夕起夫「日活クラシックインタビュー『戦争と人間』 江原真二郎」『映画秘宝』2015年9月号、洋泉社、76–77頁。 

外部リンク[編集]