藤谷美和子

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
ふじたに みわこ
藤谷 美和子
本名 岡村 美和子
おかむら みわこ
生年月日 (1963-03-10) 1963年3月10日(53歳)
出生地 日本の旗 日本東京都北区
民族 日本人
血液型 A型
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1975年 - 2005年
配偶者 岡村俊一(2005年 - )
事務所 トライストーン・エンタテイメント
主な作品
テレビドラマ
ゆうひが丘の総理大臣
あさひが丘の大統領
心はいつもラムネ色
そのうち結婚する君へ
映画
海燕ジョーの奇跡
それから
女殺油地獄
寝取られ宗介

藤谷 美和子(ふじたに みわこ、本名;岡村 美和子1963年3月10日 - )は、女優東京都北区出身。2005年より芸能活動停止。坂口健太郎などが所属するトライ・ストーン・エンターテイメントに所属していた。堀越中学校(廃校)→東京都立代々木高等学校(廃校)卒業。身長162cm。血液型はA型。

来歴・人物[編集]

カルビー(ポテトチップス)のCMで芸能界入り[1]

1978年、『ゆうひが丘の総理大臣』に出演してアイドル的な人気を果たす。

1980年、『ニッポン警視庁の恥といわれた二人 刑事珍道中』でスクリーンデビュー。

ベテラン俳優を相手役にするなど演技力も買われ、一世を風靡。

1984年の『心はいつもラムネ色』ではヒロインを演じ、視聴率50%超えを記録。

1994年には歌手デビューも果たし、大内義昭とのデュエットソング「愛が生まれた日」がミリオンセラーとなる大ヒット(日本レコード大賞では優秀作品賞に選ばれ、紅白歌合戦にも出場を果たし、日本ゴールドディスク大賞にも入選され、秋元康からも絶賛された)。同時期には日本アカデミー賞ブルーリボン賞キネマ旬報賞毎日映画コンクール報知映画賞など、連続して最優秀助演女優賞や助演女優賞も総ナメにした。

演技力・歌唱力に定評がある一方、奇妙な言動を繰り広げることから「お騒がせ女優」「プッツン女優」とも呼ばれた[2]

2005年、岡村と結婚(結婚した理由については「だって結婚しないと離婚できないでしょ?」と発言した[2])。その後は離婚を希望し、芸能界復帰の意思がないと一部のスポーツ紙は報じた[3]

2015年5月24日、大内の死去に対して追悼コメントを発表した[4]

現在は熱海市のスナックで働いている。

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. 愛が生まれた日』/大内義昭とのデュオ(1994年2月22日発売)
    日本テレビ系ドラマ『そのうち結婚する君へ』挿入歌)
  2. ドライフラワー』(1994年7月6日発売)
  3. スペアキー ~愛されてもしょうがない~』(1994年11月14日発売)
    テレビ朝日系ドラマ『ママのベッドへいらっしゃい』主題歌
  4. 私たちになりたくて』(1995年4月1日発売)
    テレビ朝日系列アニメ「美少女戦士セーラームーンSuperS」エンディングテーマ)
  5. 『I LOVE YOU EVERYDAY & まな板に乗った恋』(1995年9月30日発売)
  6. 『シャダバ ダバダ』/筧利夫・藤谷美和子(2001年10月24日発売)

アルバム[編集]

  1. 『SINGER』(1994年5月21日発売)
  2. 『BELIEVERS』(1995年4月1日発売)
  3. 『シングル・コレクション』(1996年8月31日発売)
  4. 『エッセンシャル・ベスト』(2007年8月22日発売)※5社共同企画、廉価ベスト盤シリーズの1枚。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 週刊アサヒ芸能 2012年6月28日特大号 俺たちが愛した美少女選抜BEST30 第1弾・70年代編
  2. ^ a b 藤谷美和子 電撃プッツン結婚(スポニチ、2005年12月29日)
  3. ^ “元祖プッツン女優”藤谷美和子の徘徊騒動にマスコミが深入りできない裏事情(日刊サイゾー、2012年4月12日)
  4. ^ 藤谷美和子 大内さん死去に「大切な思い出 とても寂しい」(スポニチアネックス、2015年5月24日)

外部リンク[編集]