藤谷美和子

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ふじたに みわこ
藤谷 美和子
本名 岡村 美和子
おかむら みわこ
生年月日 (1963-03-10) 1963年3月10日(53歳)
出生地 日本の旗 日本東京都北区
民族 日本人
職業 女優
ジャンル 映画テレビドラマ
活動期間 1975年 - 2005年
配偶者 岡村俊一(2005年 - )
事務所 トライストーン・エンタテイメント

藤谷 美和子(ふじたに みわこ、1963年3月10日 - )は、女優東京都北区出身。本名 岡村 美和子(旧姓:藤谷)。2005年より芸能活動停止。現在無所属。坂口健太郎などが所属するトライ・ストーン・エンターテイメントに所属していた。

来歴・人物[編集]

カルビーポテトチップス」のCMで芸能界入り[1]1978年日本テレビの学園ドラマ「ゆうひが丘の総理大臣」に出演してブレイクしてアイドル的な女優として人気を果たす。1980年ニッポン警視庁の恥といわれた二人 刑事珍道中」で映画デビュー。演技力も好評で、ベテラン俳優を相手役にするなど大ブレークを果たし、女優業では一時期一斉を風靡した。1984年には、心はいつもラムネ色でヒロインを演じ視聴率は50%超えになった。

1994年には歌手デビューも果たし、大内義昭とのデュエットソング「愛が生まれた日」がミリオンセラーとなる大ヒット。年末恒例のレコード大賞第45回NHK紅白歌合戦にも初出場となった。なお、日本アカデミー賞ブルーリボン賞キネマ旬報賞毎日映画コンクール報知映画賞などを、連続して最優秀助演女優賞や助演女優賞を総ナメにするなど話題となる。そして、歌では日本レコード大賞の優秀作品賞に選ばれ紅白歌合戦にも出場を果たしトップの座に上り詰めたアーティストにしか贈られない日本ゴールドディスク大賞に入選されたりなど歌唱力も抜群で秋元康に絶賛されていたという。 歌手や女優として幅広く大活躍しながらプッツン女優などとあだ名をつけられバラエティーでも活躍するようになる。

堀越中学校(廃校)→東京都立代々木高等学校(廃校)卒業。身長162cm。

奇妙な言動を繰り広げることから「お騒がせ女優」「プッツン女優」として知られる[2]2005年12月、演出家岡村俊一と結婚。結婚した理由について「だって結婚しないと離婚できないでしょ?」との発言を残した[2]。その後離婚を希望し、芸能界復帰の意思がないと一部のスポーツ紙は報じた[3]

2015年5月24日、大内義昭の死去に対して追悼コメントを発表した[4]

現在は熱海市のスナックで働いている。

出演[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

ディスコグラフィ[編集]

シングル[編集]

  1. 愛が生まれた日』/大内義昭とのデュオ(1994年2月22日発売)
    日本テレビ系ドラマ『そのうち結婚する君へ』挿入歌)
  2. ドライフラワー』(1994年7月6日発売)
  3. スペアキー ~愛されてもしょうがない~』(1994年11月14日発売)
    テレビ朝日系ドラマ『ママのベッドへいらっしゃい』主題歌
  4. 私たちになりたくて』(1995年4月1日発売)
    テレビ朝日系列アニメ「美少女戦士セーラームーンSuperS」エンディングテーマ)
  5. 『I LOVE YOU EVERYDAY & まな板に乗った恋』(1995年9月30日発売)
  6. 『シャダバ ダバダ』/筧利夫・藤谷美和子(2001年10月24日発売)

アルバム[編集]

  1. 『SINGER』(1994年5月21日発売)
  2. 『BELIEVERS』(1995年4月1日発売)
  3. 『シングル・コレクション』(1996年8月31日発売)
  4. 『エッセンシャル・ベスト』(2007年8月22日発売)※5社共同企画、廉価ベスト盤シリーズの1枚。

脚注[編集]

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  1. ^ 週刊アサヒ芸能 2012年6月28日特大号 俺たちが愛した美少女選抜BEST30 第1弾・70年代編
  2. ^ a b 藤谷美和子 電撃プッツン結婚(スポニチ、2005年12月29日)
  3. ^ “元祖プッツン女優”藤谷美和子の徘徊騒動にマスコミが深入りできない裏事情(日刊サイゾー、2012年4月12日)
  4. ^ 藤谷美和子 大内さん死去に「大切な思い出 とても寂しい」(スポニチアネックス、2015年5月24日)

外部リンク[編集]